そしてこれは、大人である”先生”の両手から零れて落ちる生徒の命による物語。大して力もないのに群れることを嫌う生徒は人知れず'死ぬ'という現実は在る。
――これはある女生徒と諸事情により群れを離れた獣人との記録――
0-1
――ああ、この世界に神などいない。子供向けの童話や娯楽小説に出てくるヒーローも現実には存在しないと理解した。その虚ろな瞳は何も映さず、何も返さない。
私、
ある日、両親の経営する会社が音もなく倒産した。
そしてあっという間に、なにもかもを失った。
お金、学校の友人、両親の住む家、キヴォトスでは命の他に大事な生徒手帳。あとは共に暮らしていたペット――プードルのマルちゃんも。
町を歩けば、後ろ指を差され、石を投げられる事もあった。
わざとぶつかり、小莫迦にする者もいた。
ある日を境に両親は消え、代わりに別の人物がアキを引き取る親代わりとなった。少し小太りで紳士帽子を被り、タキシードに身を包んでいた。首に金のネックレスをつけ、両手の人差し指、中指、薬指に色とりどりの宝石指輪をつけており、自らの権力を誇示しているように見えた。
顎に手を当ててアキを見ながら店員のような恰好をした男に問う。
「これが借金のカタというわけか?あまりにも幼すぎると思うが」
店員は渋い顔をしながら「あの二人では、取れるものはこれくらいしかなかった」と説明していた。その答えを聞いて小太りの紳士風な男は眉をひそめた。
「うむ。困ったな、こんな熟す前の小娘じゃあ大した客も呼べない。かといって……」とそのままの体勢でお経のように独り言を繰り返していた。
「しっかし、このガキまったく騒がねえっすね?よほど親が
なんて、いいながらアキの頭を撫でる。普通の子供なら怖がった素振りを見せるが、アキの表情には一切の変化はなく、自身の頭を撫でる存在を見つめるだけであった。
「黒い髪に、大きな黒い目。肌の色も悪くない。だが、年齢相応に体つきも幼い……。普通に水商売させるなら、もっと熟したのがいいと思いますけど」
「ほら、トリニティとかゲヘナの方だったらいい商品になる金の卵が沢山……」
スーツを着た機械の男性が案を出すも小太りの紳士風な男は顔色を変えない。目の前にいるアキをどうするか、それだけをひたすら考えていた。
そこへバニースーツに身を包んだ筋肉質な猫の姿をした男が声をかける。
「あー、新人君。あのお方はこうなったら、当分は戻ってこない。それにこの子は商品にはならないと思うよ。この目を見なさい。……全てに絶望している目だろう?」
「水商売の商品にしても、これじゃあダメか。穴の締まりや鮮度はよくっても反応がイマイチじゃあ客は満足しない。そこで考えてる人にとっては厄、そのものってわけか!」
「そういうこと。食肉加工しても、借金がどこまで片付くなんて知らないし……いっそのことペットになるしかないかねえ?だけど、大っぴらには出来ないから、結局行きつく先は」と言ったところで新人が「水商売。それかそのまま加工しちゃったら?こんなに幼かったら、希少性がつくでしょう」と言った。
「希少性、ねえ。そんなこと言っても、この子みたいなのはマーケットじゃ、ありふれてるの」
そう溜息を吐いて呆れた顔をするも「でも、店長!知っていると思うけど同じ人はこの世界に二人としていない!」と返した。いたら、それは怪異かドッペルゲンガーだとも。
「借金のカタみたいなのは珍しいけどね。まぁここに立たせっぱなしってのも可哀そうだし、店の中に入れてあげましょうか」
「あ、アグロディッテさん。この黒髪の子、中に入れておきますんで!考え事が済んだら、入ってきてくださいね~」
店主は先に中へ入り、新人はアグロディッテに声をかけたあとにアキの手を引いて【迷子センター】へ入る。
店内は狭く、入ってすぐにカウンターと椅子があるだけだ。カウンターの奥には棚が整列されており、瑞々しい果実のような匂いと花の蜜のような甘い匂いが充満していた。
(この匂い……頭がくらくらする)
アキは新人の手から離れてカウンター前の椅子に捕まり気分悪そうに項垂れる。その様子を見た新人が声を荒げて叫ぶ。
「ちょ、店長!この子、この部屋の匂いにやられちゃってますよ!」
「あら。ダメだったかしら?」と麦茶が入ったコップをおぼんに乗せて店長が現れる。新人は窓をあけて換気をしており、店長はその様子を見て「最初は強烈だけど、慣れたら心地よいもんになるのだけど」と残念そうに呟いた。
(……頭が痛い)
ズキズキと痛み始める頭を押さえ、椅子に座ろうとするが握る力が入らない。なんで、と困惑し焦っていた。そうしていたら手汗で滑り、カウンターの角に頭を強打する。
その瞬間にアキの意識は途切れた。同時に頭の上にあった小さな白いヘイローも消えた。
ガタンと大きな音が部屋中に響き、店長と新人がアキの元へ駆け寄った。
頭から血が出ており、二人の呼びかけに反応を示さない状態のアキを見て、悲鳴をあげた。