筆が乗ったので、書き申した。
頼郷稲津。
またの名をウィッチナンバー666、ライコウ。
あるいは、らいこうしゃん、管理者、日本最高のサポートウィッチ、
彼女の成した偉業は、本人たちの認識はともかくとして、あの
あらゆるウィッチとのエナによるネットワークの接続と、それによる情報共有化とウィッチの生存力の向上。
シルバーロータスの成したインクブス世界への逆侵攻と日本全土へのファミリアの配置と、ジャンルは違えど大差ないと言って良いほどの偉業だ。
最も、その逆侵攻は情報漏洩を危惧したライコウによって統制されているため、それを知る者はごく一部のウィッチ以外には存在しない。
当の本人であるシルバーロータスは自身のファミリアの戦力でインクブスから身を守ることが出来ることと、日本自身の方針もあって干渉されることはない。
しかし。ライコウは。
その日本の方針に逆らってでも、保護しなくてはならない存在だった。
影響力という意味でも。
戦闘力という意味でも。
そして、家庭の事情、という意味でも。
***
稲津の親は、彼女が八歳の時に亡くなっている。
母はインクブスに連れ去られ、父はインクブスに殺された。
幸いにも、と言っていいのか、稲津は丁度インクブス襲撃のタイミングで両親とはぐれていたことでインクブスから逃れ、軍人に保護された。
両親を失い、行く当てもない。
そんな彼女は、警官の一人に引き取られて養子となり、それとほぼ同時期にウィッチとなった。
そして、初めの段階で挫折した。
インクブスの中でも最弱であるゴブリン退治。それも相手は単独だというのに、稲津は敗北した。
考えてみれば当然であり、至極当たり前の結果だった。
幼い女の子に、戦う覚悟も、立ち向かう勇気も、恐怖に打ち勝つ心も、そしてそもそもの話として身体が出来上がっていなかった。
例えウィッチになることで肉体が強化され、一時的に幼女から少女相当の身体を得たとしても、それは同じこと。
稲津は負けた。そして、彼女を養子として引き取ってくれた警官が稲津を守るために連れ去られた。
彼女も女だったために、そうなってしまった。
稲津が失敗してしまったために、そうなってしまった。
ライコウが逃げてしまったために、そうなってしまった。
ライコウの心には、深いトラウマが刻まれた。
彼女は戦うことを恐れ、逃げ出し、引きこもった。
─────それでも稲津は、戦うことを諦めきれなかった。いや、『何かをしなくては』という、強迫観念があったのかもしれない。
稲津は、ライコウは探した。自分にできることを、自分にしかできないことを。自分を支えるパートナーと共に。
そして、彼女は見つけた。
自身のエナの性質の利用と、それによる効力を。
本来なら、そんなことは出来ないはずなのに。だが彼女は成し遂げた。
戦闘の才はなくとも、それ以外の才があったからこそ、エナによるネットワークを築き上げることができた。
自身のエナを広げ。
中継地点を創り、固定し。
範囲内にあるエナを宿す者たちとエナを
共有したエナでさらに範囲を広げ。
エナの共有から、思考の共有へと繋げ。
共有にリミッターを掛けて、掲示板として再構築した。
それによって、ライコウによるネットワークは完成した。
そして、そのネットワークの完成とほぼ同時期。
稲津は、軍に保護された上で生活を援助してもらい、引きこもり生活を送ることになった。
もはや彼女は、この世に存在するほぼ全てのウィッチに干渉することができる、唯一のウィッチとなったから。
***
ぱちりと、目を覚ます。
目覚めたことを自覚。しばらく布団の中に潜ってもぞもぞと動き、顔を出す。
「……よ」
稲津は、直ぐ側にあるパソコン……その形をしたパートナーへと声を掛ける。
『おはよう、マスター。具合は?』
「ん」
『ならば良かった。現在時間は6時30分、メールは届いていない』
淡々とした様子で、パートナーの声に抑揚は見られない。
いつものことであるため、稲津は気にすることなくパジャマを脱ぎ、私服へと着替えるとすぐ近くにおいてある小型の冷蔵庫からタッパーを取り出し、もそもそと食べだした。
『マスター、それは温めることを進める。あと箸を使うべき』
「ふぁい」
もぐもぐと口を動かしながら応え、食べながら割り箸を取り出してパキリと割り、食べる。
しばらく無言の時間が続き、食べ終えると稲津はタッパーを水に浸し、パートナーに向き合う。
そしてタイピングで文字を打ち出し始めた。
カタカタカタ
【進展は?】
『なし。物質へのエナの固定化は未だ停滞中、未来視持ちによるインクブス出現予想も同様。インクブスの世界への逆侵入も不可』
【そう簡単に進められるものでもない。他国の情勢は】
『他国のウィッチからの情報は統制されている』
【あれからNo.2は?】
『音信不通。何かしらの作戦行動に出るためと推測される。また、アメリカのウィッチにも似た傾向が発生している』
パートナーの声と、稲津のタイピングを打つ音が個室に響く。
少しの間をとって、稲津は文字を打ち出す。
【必要なら、皆に動いてもらう】
『No.13の護衛に適したウィッチを選出しますか?』
【護衛ではなく、ウィッチ及びインクブス撃退チームを組む。念の為、No.13にも通達を】
『了解……完了しました』
【ありがとう。次は掲示板でチーム募集の告知。最悪、インクブスとウィッチを同時に相手取らないといけない可能性があることも考慮して】
『了解』
稲津は更なる作戦立案のためにタイピングを続け……パソコンの画面内の通知から、メールが届いたことを認識する。
素早くクリックし、メールを開く。ウイルスの心配はない。通知が来ている時点でパートナーによる選定は済んだ状態だから。
稲津はそのメールの内容を読み……顔を顰め、すぐにタイピングを始めた。
【メールを返して。私にウィッチの行動を縛る力はない、と】
『了解。返信しました』
稲津はパートナーにメールを返信させ、ふと思い出したようにタイピングを打ち出す。
『どちらへ?』
【蒼星さんと、チームを組んでるナンバーズに。蒼星さんには必要ないだろうけど、ナンバーズの力は必要になるかもしれない。念の為】
『了解』
再び、彼女の手は動き出す。
いつか、インクブスを駆逐した世界を作るために。
自分にできることを精一杯に。
それが、逃げたライコウにできる、罪滅ぼしだと。
そう言い聞かせて。
なおこれにより連携力の高いウィッチチームが参戦する模様。
・No.1
「そういう子だってことは知ってたわ。それならそれで、こちらも好きにさせてもらうだけだから」
・No.2
「ごめんなさい」
・No.■
「彼女は非常に有用です。このまま、あの方を支えてほしいものですね」
・No.13
「彼女は……私なんかよりも、よっぽど多くの人を救っている」