異世界と銃と義手のメイド   作:レゾリューション

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壊れたもの

気がつくと、空が赤黒く染まっていた。

 

焦げた鉄と血の匂いが鼻を突き、荒れ果てた光景が広がっていた。瓦礫が積み重なり、焼け落ちた建物が無惨に屹立している。この場所がかつて都市であったのか、今となってはそれすらも遠い記憶のようだ。ここはもう、何もかもが崩れ去った後の戦場。

 

咲夜はゆっくりと身を起こし、自分の状況を確認する。衣服は所々焦げ、ナイフの一部は砕け散っていた。しかし、最も異常だったのは——

 

「……時間が止まらない?」

 

自分がいつもの感覚で時間を止めようするも、周囲の時間はそのまま動き続ける。幻想郷ではいつも感じていた「時間を操る感覚」が消えている。まるで、この世界がそれを許さないかのように。

 

それでも、彼女は冷静だった。能力が使えなくても、戦う術はある。何者かに呼ばれ、ここに飛ばされたのならば、その者がどこかにいるはずだ。咲夜は再び周囲を警戒しながら、足元を確認した。

 

その瞬間、背後で砂が崩れる音がした。

 

即座に飛び退く。異形の影が地面から這い出してきた。

 

それは人間の形をしていたが、明らかに人間ではなかった。闇の塊を凝縮したかのような黒い身体、歪んだ関節、禍々しい光を放つ瞳。敵意を持っていることは明白だった。

 

咲夜は懐から残っていたナイフを抜き、鋭く投げる。刃は一直線に飛び、異形の頭部を貫いた。

 

一瞬、動きが止まる。だが——

 

「……効かない?」

 

ナイフを刺したまま、異形は歩みを止めなかった。

 

次の瞬間、それが音もなく目の前に迫る。咲夜は後退しながら、何枚ものナイフを連続で投げる。だが、敵はまるでナイフなど存在しないかのように突き進んでくる。

 

「なら——」

 

近づいた瞬間、咲夜は敵の腕を蹴り払い、懐へ飛び込んだ。全身のバランスを崩させ、顎下へ鋭くナイフを突き立てる。

 

その刹那、黒い液体が弾け、異形の身体が崩れるように消えていった。

 

咲夜は息を整え、周囲を見渡す。

 

——静寂。

 

だが、それはほんの一瞬のことだった。影の群れが、四方から現れる。

 

「……面倒だわ」

 

咲夜は再びナイフを構えた。異形の数は多く、一体倒しても次が現れる。咲夜は走り、跳び、斬り裂き、ナイフが尽きれば敵の武器を奪い、応戦を続けた。

 

だが、次第に疲労が蓄積する。

 

ナイフを振るう速度がわずかに鈍った、その瞬間だった。

 

——ズシャッ。

 

「——っ!」

 

激痛。視界が白く弾ける。

 

咲夜は数歩よろめき、目を落とした。

 

左腕の上腕から下がなくなっていた。

 

まるでそこになかったかのように消えている。地面に転がる自分の腕を見て、遅れて激痛が脳を焼いた。血が吹き出し、意識が遠のいていく。

 

(……ここで、終わるの?)

 

膝をつき視界が暗くなる。朦朧とする意識の中、最後に見たのは、影の向こうから歩いてくる誰かの姿だった。

 

 

 

……

 

 

 

——気がつくと、そこは紅魔館だった。

 

暖かな陽光が赤いカーペットを照らし、静寂と優雅な空気が館を満たしていた。咲夜は何の違和感もなく、いつものように紅魔館の廊下を歩いていた。

 

窓から差し込む光、並ぶ絵画や装飾、かすかに漂う紅茶の香り——

 

(……私、いつの間に……?)

 

しかし、疑問はすぐに薄れた。

 

「咲夜、紅茶をお願い」

 

馴染み深い主の声が響く。

 

咲夜は扉を開け、銀のティーセットを持って部屋へ入った。

 

レミリア・スカーレットは椅子に腰掛け、優雅に微笑んでいる。

 

「まったく、遅いわね。私を待たせるなんて罪深いことよ?」

 

「お嬢様。今、用意していたところです」

 

咲夜は自然な動きでカップに紅茶を注ぐ。

 

琥珀色の液体から立ち上る湯気が、部屋を穏やかな空気で包む。

 

「ふふっ、美味しそうな香りね」

 

レミリアがカップを手に取る。

 

「今日の紅茶は?」

 

「ダージリンでございます。朝にふさわしい、上品な味わいです」

 

「さすがね、咲夜。私の好みをよく分かっている」

 

「当然です、お嬢様のメイドですもの」

 

二人のやりとりを見ながら、扉の向こうから小さな影が飛び込んできた。

 

「お腹空いたー!」

 

フランドール・スカーレットが元気よく駆け込む。

 

「お姉様、お菓子ちょうだい!」

 

「お菓子じゃなくて、朝食を食べなさいな。」

 

「やだ! 咲夜、クッキー!」

 

「はいはい、用意してありますよ」

 

咲夜は苦笑しながら、焼きたてのクッキーを皿に盛る。

 

フランドールは満面の笑みを浮かべて、クッキーを頬張る。

 

「んーっ! 咲夜のクッキー、美味しい!」

 

「光栄です、妹様」

 

そんなやりとりを見て、レミリアがくすくすと笑った。

 

「咲夜、あなたは本当に私たちには欠かせない存在ね」

 

「……お嬢様?」

 

「あなたがいなくなったら、私たちはどうなってしまうのかしら?」

 

レミリアの言葉に、咲夜はふと胸の奥がざわめくのを感じた。

 

しかし、すぐに微笑んで答える。

 

「私はいつまでも、お嬢様のそばにおります」

 

それは当然のこと。紅魔館のメイド長として、主に忠誠を誓い、仕えることが自分の役目。

 

……そのはずだった。

 

ゴゴゴゴ……ッ!

 

突如、世界が揺れた。

 

部屋が震え、ティーカップが倒れ、銀のスプーンが音を立てて転がる。

 

咲夜はとっさに身構える。

 

「な……に?」

 

不穏な気配が館を覆い尽くしていく。

 

まるで、ここが現実ではないと告げるかのように。

 

ガシャァン!

 

突如、窓が砕け散った。

 

闇が流れ込み、紅魔館の美しい室内を呑み込んでいく。

 

レミリアとフランドールの姿がかすんでいく。

 

「……咲夜、戻ってきなさい」

 

レミリアの声が遠のく。

 

手を伸ばすが、届かない。

 

――違う、違う、違う! こんなはずじゃない!

 

(待って……お嬢様……!)

 

咲夜は叫ぼうとしたが、声が出なかった。

 

闇が視界を覆い尽くす。

 

紅魔館が、消えていく。

 

 

 

……

 

 

 

「お嬢様!」

 

目を覚ました時、最初に感じたのは冷たい金属の感触だった。

 

咲夜はゆっくりとまぶたを開け、周囲を確認する。暗く薄い光が差し込む窓。天井にはいくつかの配管がむき出しになり、壁には数えきれないほどの機械的な装置が取り付けられている。

 

空気はひんやりとしており、どこかしら化学薬品や金属が混じった匂いが漂っている。少し不快で、すぐにその環境に慣れることはできなかった。

 

そして、視線を下に向けると——

 

「……これは?」

 

左腕が、あった。

 

だが、それは彼女が知っていた腕とはまるで違うものだった。人間のそれとは異なり、鈍く光る機械の義手が彼女の体に取り付けられている。指先まで細かく作られたその義手は、まるで生き物のように動かせそうだったが、その感触はどこか冷たく、無機的であった。

 

咲夜は動揺を隠しながら、腕を少しずつ動かしてみる。違和感があるものの、それは完全に使えないわけではなく、しっかりと反応する。違和感が残るものの、恐らくは手足として機能するだろうと予想できた。

 

「……悪くないわね」

 

そう呟くと、部屋の隅から低い声が響いた。

 

「ようやく起きたか」

 

声の主は、無骨な風貌の男だった。白髪に無精髭、片目にはゴーグルをつけ、煙草を咥えたその男は、腕を組みながら咲夜を見つめている。表情に一切の優しさは見えず、その眼差しはどこか冷徹で、かつ無駄のないものだった。

 

「お前、腕を失ってたからな。代わりをつけてやった」

 

男は煙草の煙を吐き出し、無表情のまま続ける。咲夜は彼の言葉に反応し、腕を動かしながらその異物感をじっくりと感じ取った。最初の驚きが収まると、少しばかりの冷静さを取り戻し、その義手に関心を示した。

 

「……使えるわ」

 

「気に入ったなら何よりだ。」

 

男は無精髭を撫で、立ち上がると机の上に何かを置いた。

 

それは黒と銀を基調とした、一丁のハンドガンだった。無駄な装飾はなく、シンプルだがその存在感は圧倒的だった。

 

「片腕を失ったままじゃ、戦えねぇだろう?」

 

男はにやりと笑い、懐からさらにもう一つの物を取り出した。それは黒いアタッシュケースだった。

 

「それと、こいつもだ。お前みたいな奴には必需品だろう?」

 

咲夜がそのケースを受け取ると、開けた中には弾薬と共に、彼女が持っていたナイフが整然と並んでいた。手に触れる感触は温かく、懐かしさすら感じる。だがその背後に潜むものは、今となってはもう遥かに変わり果てた世界で生きるための必需品に過ぎなかった。

 

「そいつはただのケースじゃねえ。収納空間が拡張されてて、時間も止まる。武器の整理に困ることはねえさ。」

 

「気が利くわね」

 

「それで、お前は自分がどこにいるのか分かってるか?」

 

咲夜は男の言葉に冷静に応じたが、内心ではその意味を理解していた。しばらく黙って男の言葉を待つと、男は少し口を開き、ゆっくりと語り始めた。

 

「まぁ、お前からすれば異世界みたいなもんだな」

 

咲夜は一瞬、その言葉に驚くも、すぐにその事実を受け入れた。異世界——彼女は知っている。異常に歪んだ現実を見たからだ。

 

男は椅子に深く腰をかけ、ゆっくりと背もたれに身を預けながら話を続けた。

 

「かつてはもっと豊かな世界だったが、今は異形どもが徘徊する地獄みてぇなもんだ」

 

咲夜は静かにその言葉を聞いた。異形——それは、戦争や汚染によって生まれた怪物たちだと男は語る。数十年に渡る戦争がこの世界を荒廃させ、無数の異形がその隙間に紛れ込んでいる。

 

「異形……?」

 

「あぁ、見たことあるだろ? 黒い化け物、あれだ」

 

咲夜の脳裏には、あの恐ろしい存在が蘇る。刃を貫いても止まらなかった、無慈悲で不死身のような異形。あの瞬間、彼女はその恐怖と直面した。

 

男はその後も静かに続けた。

 

「大戦の後、この世界はすっかり変わった。人々は地下や辺境に逃げ、生き残るために必死に戦ってる。だが、それだけじゃない。異形ってのは、ある者の手によって生み出された。黒幕がいるんだよ」

 

「黒幕?」

 

男は顔をしかめ、言葉を選ぶように言った。

 

「ヤツがこの世界を歪ませ、異形を生み出した。そして、世界を滅ぼしつつある。だが、ヤツが誰なのか、目的は分からねぇ。ただひとつ、確かなことは、ヤツがこの世界を破滅に導いているってことだ」

 

咲夜はその言葉を反芻しながら、自らの義手を握りしめる。その指先が少しずつ震え始める。

 

「……どうして、私を助けたの?」

 

咲夜は冷徹な眼差しを男に向け、その義手をわずかに動かしながら問いかけた。男はしばし黙っていたが、煙草を灰皿に押し付け、低い声で言った。

 

「壊れたものは、直すもんだ」

 

咲夜はその言葉を静かに胸に刻み、目を細めて反芻した。

 

「……私は‘壊れたもの’だったと?」

 

男は無表情のまま、淡々と続けた。

 

「腕をなくし、意識もなかった。あのまま放っておけば、異形どもに喰われて終わりだっただろうよ」

 

その言葉に咲夜は何も言わなかった。ただ義手をしっかりと握りしめ、その手を銃に伸ばす。確かな感触が手のひらに伝わり、ひとしきりその感覚に慣れた後、彼女はゆっくりと銃を構えた。

 

銀色の滑らかなスライド、精密なグリップ——

 

そして、スライドに流れるように刻まれた筆記体の言葉に目を奪われた。

 

A life taken, a legacy forged.(命は奪われ、遺志だけが残される)

 

咲夜はその言葉を噛み締めるように静かに目を細めた。続けて、冷たい声で問う。

 

「……なんでこんな言葉を?」

 

男は煙草をもう一度口に咥え、煙を吹かしながら答える。

 

「そのまんまの意味さ」

 

咲夜の視線は冷徹に男を射抜いた。

 

「説明になっていないわ」

 

男は肩をすくめ、無精髭を撫でながら語り始めた。

 

「俺には娘がいた、名前はリゼット。彼女が戦地に行った時のことだ。娘が戦場に持っていた銃、それだけが壊れて帰ってきた」

 

男はその銃をじっと見つめながら、静かに続けた。

 

「それを見た時、俺はただ壊れた物を修理するだけじゃ済まないって思った。あの銃には、リゼットの意志が込められていた。俺はその意志を繋ぐしかなかった」

 

男は少し目を閉じ、心の中でその記憶を振り返るように語り続けた。

 

「それで、スライドにこの言葉を刻んだ。『命は奪われ、遺志だけが残される』。彼女はもういない。でも、その遺志は死んだわけじゃない」

 

男は深く息を吸い込み、言葉を続けた。

 

「リゼットが生きた証を無駄にはできない。その証を持つ者には、その遺志を伝えるべきだと思った」

 

「だから私に渡した....」

 

「ああ」

 

咲夜はその言葉を受け止め、銃のスライドを見つめた。

 

男はそんな彼女を見守りながら、静かに問いかけた。

 

「——さて、お前はこれからどうする?」

 

咲夜はその問いに一瞬だけ考え込み、すぐに答えた。

 

「決まっているわ。この異世界で何が起きているのかを知り、元の世界へ帰る方法を探す」

 

「そのためには、この世界のことを知る必要がある。そして、もし邪魔をする者がいるなら——」

 

咲夜は銃を手に取り、スライドを引いて装填する。

 

「排除するまでよ」

 

男はしばらく咲夜を見つめ、煙草の煙をゆっくりと吐き出しながら、その鋭い眼差しの奥に何かしらの計算が見え隠れしていた。しばらくの沈黙の後、彼は無意識に口元を緩め、にやりと笑った。その笑みには、どこか満足げなニュアンスが含まれていた。

 

「ははっ、いい目をしてるな。お前なら、コイツらを使いこなせるだろうな」

 

その言葉には、ひとしきりの賛辞と、どこか試すようなニュアンスが込められていた。咲夜はそれに対して微動だにせず、冷徹にその目を男に向けたまま答えた。

 

「——借りていくわ。貸しは作らない主義だけど、礼を言っておく」

 

咲夜は言葉少なに立ち上がると、男が目の前に置いた黒いアタッシュケースに目を向け、そこから必要な物を取る。腕の装甲に組み込まれた技術が、彼女の手のひらにぴったりと合う。それがまるで生き物のようにしっくりと彼女の体の一部となり、義手はただの道具以上の存在に変わっていった。無駄のない動きで、咲夜はその武器を身につける。

 

「この世界が何者かの意志で歪められたのなら、その元凶を探し出し、」

 

「幻想郷に、紅魔館に帰る」

 

咲夜は冷静に、そして確信を持った声で言葉を紡いだ。その言葉の奥には、誰にも動じない強い意思が込められていた。男の目には、咲夜の中にどこかしら燃え上がる炎を見て取ったが、彼はそれを一切表に出すことなく、無表情を貫いていた。

 

そして、咲夜は義手の指を軽く鳴らし、口元に微かな笑みを浮かべる。その笑みは、どこか冷徹で、しかし確固たる決意を示すものだった。

 

「帰るわ。私のいるべき場所へ。」

 

その一言が、彼女の心を決定的にしていた。男はその言葉をじっと聞き、再び煙を吐き出すと、深く息を吸い込みながらゆっくりと頷いた。彼は何も言わず、ただその決意を見届けるように咲夜の背中を見送った。咲夜は迷うことなく、その場を後にしようと足を進める。

 

「なら、とっとと行きな。俺はここで新しいガラクタを作るだけさ」

 

男の声が、背後から響いた。咲夜はその言葉に軽く反応しつつも、振り返ることなく扉へ向かって歩みを進める。彼女の姿勢は一貫して冷徹で、揺るぎないものだった。だが、その背中にどこか孤独さが感じられ、同時に深い決意も感じさせた。

 

だが——

 

咲夜の右腕には、確かな証が光を反射していた。それは、ただの義手ではなく、彼女がこの世界で生き抜くために作り上げた、名も無き武器の一部に過ぎなかった。光を反射するその黒い義手——《ルナティック・アーム》それは彼女の力の象徴でもあり、同時にその力を持つ者の宿命を背負うものでもあった。

 

その義手が、静かに、しかし確かな力を放ちながら、彼女の歩みを導いていた。咲夜の一歩一歩は、確実に目的に向かって進んでいることを、誰もが感じ取ることができた。

 

扉を開けた先には、彼女が進むべき未来が待っている。闇に包まれた異世界、歪んだ世界の中で、彼女はただひたすらに前に進むのみ。その歩みは、誰にも止めることはできない。

 

そして、咲夜が扉を開け放つと、そこから外の冷たい空気が流れ込んだ。それは、あの異世界の大地に踏み出すための第一歩。彼女の視線は、ただ前だけを見つめ、その行く先にある答えを求めて歩み続ける。

 

「私は生きて、必ず帰る」

 

その決意が、もう一度静かに胸の中で響いた。

 

 

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