シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
「……レイさん。どうして貴方がここに」
問いかけながらも答えはすでに分かりきっていた。
この人のことだ、また酒かギャンブルにでもお金を注ぎ込んで無一文になったに違いない。
そのせいで人間屋に売られたのか自ら潜り込んだのかは定かではないが、先ほどの巨人族の男との会話からして、ディスコ達の金を奪るつもりで留まっていたのは確かだった。
俺としたことが、この人の気配に今の今まで気づかなかったとは。いくら何でも気を抜きすぎだ。それだけこの人が強者の気配を隠すのが上手いってのもあるんだろうけど。
あーそういや、あの時の俺は自暴自棄になっていて、オークション側の人間をどう殺すかしか頭になかったんだった。
俺の悪い癖だな。何かあるとすぐゼロか百でしか判断できなくなる。
……まあでも、あの司会の男だけはこの混乱に乗じて殺してしまおうか。
現在進行形でもう一つの悪癖である『乱雑な思考』を発揮しつつ、ずるずると体を引きずりながら舞台袖に隠れようとしているディスコの姿を目で追う。
そんな俺の視線を追っていたレイさんは、何やら含みのある表情をしていた。
「随分と纏う雰囲気が違うと思ったら……変わらないようだなァ、キミは」
「俺ではなくレイさんの話をしましょうよ。まさか、俺の妻を気絶させておいて暇潰しだったなんて言いませんよね」
絶対に敵に回してはいけない人だと言っておきながらめちゃくちゃケンカを売ってしまった。自殺願望者か?
俺は俺が思っている以上に冷静じゃないのかもしれない。
「ふむ……そうか、そこの娘さんが」
レイさんがちらっと俺が抱いているシャルリアに視線を寄越し、次は水槽の中にいるケイミーという人魚へ。それから会場内を大きく見渡したかと思えば、「おお!? ハチじゃないか? 久しぶりだ!!」と負傷した魚人族の男に対し、親しい友達を見つけた子供のような顔をした。
「……その傷はどうした?」
途端に表情を曇らせた彼は、会場入り口付近で気絶しているチャルロス聖や、麦わらの一味と対峙している衛兵達を見て全てを察したように頷く。
「なるほど、つまり…………ラース君」
「はい」
「キミはどの立場でここにいる?」
最後に、これだけは分からないといった風にレイさんが尋ねてくる。
よりによってレイさんがあの魚人側の人間だったとは。これではどう転んでもオークション開催側には勝ち目はない。もちろん、天竜人側にもだ。
「…………貴方側ではないことは確かなようですね、レイさん」
「キミを夫にしたという天竜人は彼女か。キミはそういったことには全く関心がないものと思っておったよ」
「俺もです」
この人相手に嘘は通用しない。むしろ初っ端から正直に話しておいた方が若干心象がいいくらいだ。
レイさんは何度か自身の髭を指で撫で付けながら、答えを出しかねている様子だった。
「キミが殺気立っている理由は、私が彼女を気絶させたからではないだろう」
「はい」
「私の友人を傷つけた報復を彼らにするのではないかと危惧している。そうだな?」
「……そうです。どのような理由があろうとも、この方に手を出されるのを黙って見ていることはできません。死んでも貴方を止めてみせます」
俺の答えを聞いたレイさんは大きく目を見開き、なぜか「わはははは!!」と愉快そうに笑う。
「そうか、そうだな。キミ達は一度そうなったからにはどこまでも真っ直ぐでブレることはない。しかし恋とはそういうものだ。これから苦労するだろう!」
「……ええと。何の話をしてるんスか」
急に話が飛躍するどころか別空間に飛んでしまっていた。思わずシャボンディ諸島に来てから使い始めた口調が顔を出す。
「もう少しゆっくりしたいところだが周りは待ってくれないようだ」
悠長に会話していた俺達の周りをいつの間にか衛兵が取り囲んでいた。
彼らは俺とレイさんの会話を聞いていなかったらしく、「シャルリア宮と第一夫君をお守りしろ!」と一斉に槍を構える。
「それで、だ……。どうかね? ラース君」
レイさんは「どうかね?」のところで薄ら浮かべていた笑みすらも完全に消し去っていた。
その直後、彼を中心とした目に見えない波紋のようなものが会場全体を駆け抜けた。
俺たちを囲んでいた衛兵や後方に散らばっていたオークション開催側の人間達もが、先ほどのシャルリアのように気を失って倒れていく。
「…………ぐっ」
至近距離で、それも特別デカいのを食らったようだ。
意識どころか魂ごと持っていかれるような感覚。グラつく視界の中、腕に抱いているシャルリアだけは離すまいと歯を食いしばる。
全ての波が落ち着いた頃。肩で息をしている俺を、レイさんが楽しそうに見下ろしていた。
「
「………………このクソジジイ」
「わははは! それが素のキミか! 以前のよりずっといい」
レイさんは愉快そうに笑い、俺のすぐ目の前にまでやってきて片膝をつく。
「初めて見るタイプの首輪だ」
彼は俺の首輪を軽く持ち上げたり裏側を確認したかと思えば、「だが私なら外せるだろうな」と自信たっぷりに言った。
「外さなくていいです。この首輪は俺より価値のあるものですから」
「今のキミが決めたのならそれを貫くのもいいだろう」
自分は賛同しかねるが、といった否定的な意思を感じる。
レイさんとは以前、天竜人ってほんとヤな存在っスよね〜という愚痴で盛り上がった仲だ。
久しぶりに再会した天竜人アンチ仲間が盛大に手のひら返ししてたんだ。そりゃ思うことも多々あるだろう。
最近は思い出すことすらなかった造船所時代の出来事を、今日はやけに反芻させられている。
シャルリアの奴隷だったデビル・ディアスといい、レイさんのことといい……過去の自分がやらかしたツケを今更払っているような気分だ。
「本当はもう少しキミの私への警戒心が解けてから確認したいことがあったのだよ。その前にキミは天竜人の夫としてシャボンディ諸島を離れてしまったがね。……ずっと、ゆっくり話をしたいと思っていた」
レイさんは何やら懐かしむような、誰かと重ねているような。コーティング職人がかつての道具会社の新入りに向けるにしては湿っぽい視線を寄越してくる。
「この後時間はあるかね」
「ないっス。妻を海軍に保護してもらわなきゃいけないし、他にやることもあるんで」
「くく……そのわざとらしい口調は『以前よりいい』と言った私へのささやかな反抗か?」
「……そんなガキみたいなことしませんよ」
昔から俺のことを手のひらの上で転がして酒の肴にするような人だった。
そういう時には、いつもあの女が割り込んできてたっけ。
脳内に薄汚れたエプロンをつけた女の笑顔が浮かび、次の瞬間にはなぜか寂しそうな顔を見せて消えていく。
胸の奥が少しだけざわついた。
そういえば、ボンチャリ店の店主が何か言っていたような……。
「レイさん」
「何かね?」
「…………いえ。俺は裏口からシャルリア宮を外にお連れします。残念ですが話はここまでにしましょう」
「だがキミはまたここへ戻ってくる」
「はい。ですが、レイさんとの話はこれで終わりです」
未来で俺の行動を見てきたかのような口ぶりだった。
この人は状況を把握する能力が異様に高い。先ほどのように軽く周囲を見渡しただけでその場で何が起きていたのか、ほぼ全てを理解することが出来る。
あの時ディスコを見ていた俺が何を考えていたのかすらお見通しなんだろう。
シャルリアの背中に腕を回して抱き上げた。
「残念だ。シャッキーもキミと話したがっていたんだが」
シャッキーさん……はそうだ、ぼったくりバーの。
今はどうか分からないが、当時はレイさんと夫婦に近い関係にある人だった。
「今は無一文なのでぼったくれる金すらないですよ、とお伝え下さい」
あの時飛んでいった数ヶ月分の給料を思い出しながら、オークション会場の裏口へと足を向けた。
「誰か出てきたぞ!! 海賊か!?」
シャルリアを抱いた状態で裏口から出た瞬間、あっという間に銃を構えた海兵達に囲まれた。
裏口になんでこんなに海兵が?
緊急事態で集まったにしては人が多すぎる。まるで初めから近くに待機していたかのような厳重っぷりだ。
「……銃を下ろしてください。この方にそのようなものを向けることは許されていないはずです」
「しゃ……シャルリア宮っ!?」
「全員ただちに銃を下ろせ!」
銃が下ろされるのと同時にシャルリアを乗せる担架が運ばれてくる。
「貴方は?」
「シャルリア宮の第一の夫です」
天竜人の夫君や夫人が自主的に動いているのが珍しいのか、海兵達は「シャルリア宮の第一夫君……ですか」と状況を飲み込むように口にする。
「貴方も怪我をされているようですね。こちらへどうぞ」
「私はオークション会場に戻ります。あなた方はまだ中にいらっしゃるティアンナ宮やチャルロス聖、ロズワード聖の救出をお願いします」
彼らに背を向け、「それから」と付け足す。
「もしシャルリア宮が目を覚まされたら『すぐに戻ります』とお伝えいただけないでしょうか」
「は……しかし! 中は海賊達が暴れており大変危険です。そのような場所にシャルリア宮の夫君を行かせるわけにはいきません」
「私を引き止められるのはシャルリア宮だけです」
強引に止められるかと思いきや海兵達は素直に道を開けてくれた。話が早くて助かる。
オークション会場に戻ると、丁度レイさんによって人魚の首輪と手錠が外されたところだった。
人魚の女が水槽の前を通ろうとする俺を見て両手を叩く。
「あ……ボンチャリの時の、えっと、ラースちん! 病院に連れて行こうとしてたあの人、他の人達が連れて行っちゃったけど大丈夫だったのかな」
…………ラースちん。
どうやら自分のことに精一杯で、俺が同じ檻の中にいたことには気づいていないようだ。
シャルリアの奴隷を連れていくとしたら……海軍か。あの男は賞金首だ。死んでいないのなら、むしろ奴隷だった頃よりマシな生活が待っているだろう。
「おい! ちょっと待て」
黙って通り過ぎようとしたら、人魚を抱きかかえようとしていた男に肩を掴まれる。
オークションの休憩時間にナミやサンジ達と一緒にいた男だ。バカンスの途中で抜け出してきたかのような格好をしている。
「おれァさっきまで裏にいたからよく分かんねェけどよ。何でコイツを無視すんだ。話しかけられてたの分かってるだろ」
男が人魚を親指でさす。
人魚は「わ、私は全然気にしてないよっ!」と手を上下に動かして慌てていた。
「私は私の所有者によって、下々民の女と会話することを禁じられているんです」
「あぁん? なんだそりゃ」
「……あ、やべ。そういや奴隷の首輪が爆発した時に一人喋ったな。いやあれは緊急事態だったからノーカンのはず、女装した男の可能性もないわけじゃない」
一人でぶつぶつと喋り始めた俺を不気味に思ったのか、肩にあった男の手が離れていく。
「とりあえず、あの奴隷がどうなったかは私も知りません。……と彼女に伝えてください」
なんだか今日は伝言ゲームのようなことばかりしてるな。
「デュバル」
「なっ……まだオラに用があるぬらべっちゃ!?」
離れた場所にいたデュバルの名を呼ぶ。何だかんだ言いながら全力で駆けてきた。
近くまでやってきたデュバルの肩に腕を回す動作をすれば、彼は反射的に身を屈める。
俺がこうする時は他の人間に聞かれたくない話をする時だと分かっているデュバルは、ごくっと喉を鳴らして大人しく耳をすませてくれる。
「さっき、人攫いだったことがあるって言ってただろ。シャボンディ諸島を拠点にしている人攫いチームの中に、二人組の兄弟はいるか?」
「なんだそんなことか……。ビーブー兄弟だろう。この辺で有名な二人組でしかも兄弟となりゃアイツらしかいねェ。で、ソイツらがどうかしたのか」
「俺を攫ってこの人間屋に売りやがった」
「……はぁっ!? アンタを……奴隷にぃ!?」
デュバルは腰を抜かしそうなくらい驚いていた。
「アンタみたいな人間があの兄弟に捕まるとは思えないが……はっ、まさかこの数年の間にすっかり体が鈍って……!?」
「やけに嬉しそうだな。確かめてみるか?」
即座に首を横に振って否定するデュバルに肩をすくめる。買って欲しくないケンカをわざわざ売りにくるところも以前と変わってない。
実際に体は随分と鈍ってしまったし、常に警戒の糸を張り巡らせていたあの頃の俺はもういなくなってしまった。
この事実はデュバルには知られない方がいい。
「デュバル。俺の代わりにアイツらをボコッてこい」
「なしてオラがそんなことを!?」
「今の俺は天竜人の夫なんだ。一人で外に出ることもできなければ、こんな状況じゃなければ単独行動すら許されない立場にある。……それに、妻との大切な時間をそのようなことに割くのは勿体ないし」
ふう、とため息混じりに言えば「アンタの口からそんな言葉が出てくるなんて。……やっぱりおれは夢でも見てるのか?」なんて言葉が返ってくる。
「別に殺さなくていい。ただ、二度とシャボンディ諸島に足を踏み入れる気にならない程度には痛めつけておいてほしい」
「まあ……それくらいならいいべよ。……その代わり! オラたちの縁は終わりずら! お前に支配される人生もこれで最後だらっちゃ!!」
デュバルの肩に回していた腕を外し、そのまま手を差し出す。デュバルは「何だこれは」という顔をしていたが、やがて別れの挨拶だとでも解釈したのか満面の笑みで俺の手を握ってくる。
なんて学習能力のない男なんだ。俺も人のことは言えないけど。
それに俺は、デュバルのこの素直さを昔から気に入っていた。
「俺たちの友情を再確認できて良かったよ。――――ところでお前、花売りに転職する気はないか?」
そう言って、すっかり顔を青くさせているデュバルの手を強く握り返した。
ステージ裏に顔を出してみれば、檻は鉄格子そのものが変形するほど引き伸ばされており、中にはもう誰も残っていなかった。レイさんと彼が連れていた巨人族の男の仕業だろう。
あれだけいた用心棒どころか雑用係すら見当たらない。一人残らず逃げ出したようだ。
「ハァ…………ミスター……ドフラミンゴ! ここはあんたの店じゃねェか、今どこにいるんだよ!?」
司会者であり、この店の管理を任されているであろうディスコを除いて。
彼はローテーブルの上に置かれた電伝虫に向かって話しかけており、シャルリアに撃たれた箇所からは止めどなく血が流れている。
「よりによって天竜人の夫君を商品として並べちまった! それどころか、海賊達が天竜人に危害を加えるという前代未聞の最悪の事態!」
『フッフッフッフ……!! 間抜けな男だおめェは…………くだらねェミスをしやがったな』
電伝虫越しに独特な笑い声が聞こえてくる。
「もう店の信用は地に落ちた。ロズワード一家のことだ、夫君のことだけじゃなく海賊の件もおれ達に責任を問うに決まってる……! あんた何とかしてくれよ!!」
「全てはおめェが引き寄せた
「このまま全ての責任をおれ一人に擦りつけ、ロズワード一家が理不尽に店を潰すのを待つって言うのか!?」
ロズワード聖達が天竜人の中でも上級クレーマー扱いされてることに思わず笑ってしまった。
これにはシャルリアも含まれるんだろうけど……彼女はそういうところも魅力的でいいじゃないか。
「そこに誰かいるのか!?」
俺から漏れた微かな笑い声に目敏く気づいたディスコが、体ごとこちらを振り返ってくる。
彼は俺と目が合った瞬間、険しくさせていた表情をわざとらしく緩めた。
「これはこれは、シャルリア宮の夫君ではありませんか! このような汚い場所にどのようなご用件で? ……もしかして先ほどの会話を聞いておられましたか? ………………いつから?」
ディスコからの問いかけには答えず、懐に忍ばせていた銃を手に取る。
「ヒィッ……それは!? ま、まさかシャルリア宮が私の死を望まれたのですか!?」
ディスコは電伝虫の受話器を手に持ったまま恐怖に顔を歪ませていた。
「さあどうでしょうね。望まれているかどうかまでは私には分かりません。ですが、確かなことがあります」
銃の引き金に指を添える。
「私が天竜人シャルリア宮の名において、気に入らない下々民を射殺しても良いとされていることです」
引き金を引いた。以前と違って銃弾は狙ったところに命中し、ディスコの体が床に倒れる。
ディスコが持っていた受話器が電伝虫と繋がった状態で床スレスレを行ったり来たりしていた。
『フッフッフッフッ…………!! あの悪名高いロズワードの娘を誑かすだけはある。とんだイカれ野郎だ』
いかにもといった悪人ヅラをした電伝虫から、またあの特徴的な笑い声が聞こえてくる。ディスコからドフラミンゴと呼ばれていた男のものだろう。
その名は有名だ。王下七武海の一人と同じ名前なのだから。
そして、彼のファミリーネームはとある天竜人のものと同じでもある。以前ロズワード聖が「あそこの連中はおかしな奴ばかりだ」と苦々しく口にしていたことがあった。
「……この世で最も尊い存在である天竜人をそのように呼ぶとは、命知らずな人ですね」
振り子のように揺れている受話器を掴む。
「申し訳ありませんが、もうここに用はありませんので切らせていただきます」
『フッフッフッ……まあ待て……! おれが雇っていた男を勝手に殺したんだろう? お前にも相応の罰が与えられるべきだとは思わないか?』
「私を罰せられるのは所有者であるシャルリア宮ただ一人だけです。仮に貴方が天竜人であろうとも、あの方の許可なく私を害することは許されません」
実際はそんなことはなく、シャルリアの目の届かない場所で天竜人に敵意を向けられた場合、俺は抵抗すらできずに死ぬだろう。
ただ何となく勘が働いた。この電伝虫の向こう側にいる男には、ハッタリでも構わないから「こちらには手を出すな」と牽制しておく必要があると。
「貴方に都合の悪い男を処理する手間を省いたのですから、むしろ感謝していただきたいものですね。私は貴方がどこのどなたかは全く存じ上げませんが……この店が天竜人の怒りを買ってしまった以上、店との繋がりを誰にも知られたくないのでは?」
遠回しにお前がこの人間屋の経営者だってことをロズワード聖にバラすぞって脅したら、電伝虫の向こう側は沈黙していた。
先ほどの発言からしてこの男が天竜人に畏怖の念を抱いているとは到底思えないが、ロズワード聖が本当にプロクレーマーなら海軍大将をドフラミンゴに差し向ける可能性もゼロじゃない。
いくら王下七武海といえど、海軍の最高戦力は敵に回したくないはずだ。
「それでは失礼いたします」
受話器を置く。目つきの悪い電伝虫は寝息を立て、騒がしかったステージ裏に一時的な静寂が訪れる。
「さて。やっと今後の話が出来るな」
「な……なんなんだお前は……おれをどうする気なんだよ……!?」
先ほど俺が放った銃弾はディスコの頭があった位置よりやや上の壁にめり込んでおり、すっかり腰を抜かしていたディスコが恐怖に染まった目でこちらを睨んでいた。
「お前は運のいい男だ」
例の海賊団の船長を撃ち殺してしまった時は、相手の頭の右上を狙ったつもりが脳天に命中してしまった。
なら、あの時とは別の銃で同じように頭の右上を狙ったらどうなる?
以前と同様に脳天に当たって死ねばそれはそれで良し。死ななければ――また別の使い道がある。
「だが爪が甘すぎる。お前ら俺の身体検査すらしなかっただろ」
人攫いの兄弟に袋に詰められて運ばれている時。俺はシャルリアに持たされていた銃を、千切った布で太腿に固定して隠し持っていた。
しかし、いざ人間屋に着いてみれば下着どころか上着一枚脱がされずに引き渡す始末。ディスコ達が確認するのかと思いきや、彼らも俺がマントのように羽織っていた上着だけを脱がせて首輪一つに大騒ぎしてあとは放置ときた。
おかげで俺は天竜人の銃というその辺の銃より性能のいい武器を隠し持ったまま、オークションの開催を迎えることができた。
「もし妻がここに来なければ、俺は俺を買った貴族ごとお前達を殺すつもりだった。俺も死ぬことになっただろうが、少なくともお前を含む数人は確実に
結果論にはなるが、そのルートを選択した俺はレイさん側に付くことができただろうから死ぬこともなかったはず。
今思うとあれは大きな分岐点だった。ある意味では、本当に悪運が強かったのは俺の方かもしれない。
「っと、無駄な話が続いた。大切な話に戻そう」
その場に腰を下ろし、相変わらず腰が抜けていて立ち上がれないディスコと目線を合わせる。
「さっきお前が言っていたように、この店はロズワード聖によって潰される。天竜人の怒りを買った場所だ。今後土地の買い手すらつかないだろう」
「わざわざおれを笑いにきたのか? クソガキが……」
「まさか」
屈辱に震えているディスコに笑みを向ける。
「お前の雇い主とやらはバカな男だな。優秀な部下をこうもアッサリ切り捨てるとは」
「…………は?」
「ここでお前に『口も大したことがない』と言ったのは取り消そう。俺は今日、下々民の喋りで妻が笑うところを初めて見た」
俺や家族のなんてことはない発言に楽しげに笑うことはあっても、あのような状況でシャルリアが笑ったのは今回が初めてだった。
「天竜人や他の貴族相手に今日まで上手く立ち回っていたことといい、お前のような男をここで失うのはあまりにも惜しい」
「…………」
「デュバルという男を知っているか?」
「は、デュバル? 知ってる、いや知っていますが……」
ディスコは自分の身をどこに置けばいいのか分からないといった顔をしていた。
「アイツにはとりあえず花の調達を任せたから、お前には店の管理を任せたい」
「花……店って、一体何の話でしょうか」
「これだけ広い土地を更地のままにしておくのは勿体ないだろ。この規模の人間屋をやってたんだ、資金は足りるよな? まあ足りなければ臓器でも何でも担保にするといい」
唖然としているディスコに畳み掛けるように言った。
経営についてはど素人だからすでに見当外れなことを言ってるかもしれない。一旦店が潰れるわけだから資金どころか借金まみれになるんだろうか?
そういやレイさんがこの店の金に手を出してるんだった。ディスコ達が売上をどの程度店に置いていたのかは分からないが、それらは全部やられてしまってるだろう。
この男の性格からして、別所にある程度まとまった金を隠し持っている気もするが……。
どちらにせよシャルリアに資金提供をお願いした方が良さそうだ。上手くロズワード聖を説得してもらえれば、借金を被ること自体回避できるかもしれない。
「俺はここに品揃え豊富な
「……花屋なんて需要がありませんよ。店を構えたところで、今回の件も相まって見向きもされないはずです」
「天竜人であるシャルリア宮が一番目の得意先になるとしてもか?」
ディスコがハッとした表情をして俯いていた顔を上げる。
「それにただの花だけを並べるわけじゃない。腕のいい職人が作った花をモチーフにした装飾品や、ゆったりと商品を眺められるように食用の花を使った軽食を用意するのもいいな」
他にも色々あるんだろうが……この手のことに疎い俺には思いつかない。
「シャボンディ諸島は人間屋のおかげで貴族や天竜人の往来が活発なわりに、最高級品を扱う店が少なすぎる。花が嫌いな女より好きな女の方が多いしな。夫の付き添いで来た女貴族の需要もそれなりにあると思うんだが……お前はどう考える?」
実際にマリージョアでしか取り扱われていない新聞では、シャボンディ諸島で味が良いと評判の飲食店や、質を重視した宝飾品店の情報ばかりが取り上げられている。
金と時間を持て余した天竜人達は、俺たち下々民が思っている以上にこの手の情報に飢えているようだった。
「もちろん妻が店を気に入らなければ終わりだ。……まあそこは心配いらないだろう。お前がこの規模の人間屋で上手くやっていたように、そのセンスと人脈の広さを信じる。店の外観や内装、並べる商品に至るまで好きに決めてもらって構わない」
「どうしておれにそんなことが言えるんだ……? おれがアンタに何をしたのか忘れたわけじゃないだろ」
こりゃもう少しだな、と思いながらディスコに手を差し出す。
「お互いあの立場で出会ったからこそ見えるものがある。それとも、お前にはまだ俺が何の取り柄もないクソガキに見えているのか?」
「…………いや」
「俺もそうだ。お前だからこそ任せたい」
真っ直ぐディスコの目を見て口にする。
彼は星型のサングラスをかけていることもあって正確な感情までは読み取れないが、呆けたように俺の顔を見つめていた。
「……ああ、分かった。やってやるよ! あんたは店を持つ難しさをなぁんにも分かっちゃいねェ。何とか出来るのは歩くスーパーバザールと呼ばれていたおれ様くらいだ」
「交渉成立だな」
ディスコは思っていたよりもすんなりと、差し出されていた俺の手を握った。