シャルリア宮の第一夫君   作:倉庫から出す

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無二無三

「この人間屋には正面と裏口以外にも脱出経路が用意されてるんだろ? お前は誰にも見つからずにそこから外へ出て、どうにかしてデュバルと接触するんだ。俺の名前と花屋の話題を出せば伝わるだろう」

「分かっ……分かりました」

「俺と二人でいる時は気楽な口調でいい。それから名前は適当なものに変えておけ。その特徴的なサングラスは、そうだな。星じゃなくてハートにしよう」

 

 ディスコは付けている星型のサングラスを両手で掴み、「ハートだと!? 男がハートなんて使えるかァ!」と全力で首を横に振る。

 

「他のじゃダメなのか? ほらっ、ダイヤ型とかいっそオーソドックスな丸型とか」

「ダメだ。妻はああ見えて可愛らしいものが好きだ。とくにハートには目がない」

「そんな理由でおれがハートのサングラスなんぞを……」

 

 ハート型に親でも殺されたのかと思うくらいの拒否っぷりだった。

 

 いいと思うけどな、ハート。今の星型よりは、コイツの全身から醸し出されている胡散臭さが軽減しそうだ。

 

「あんただって同じものを付けろと言われたら嫌だろ!?」

「妻が望むなら喜んで付ける」

「…………そうか」

 

 ディスコは「だんだん分かってきたぜ、あんたという人間が」と妙な言葉遣いをした。

 

「店の管理を任されたからといってデュバルを軽く扱うなよ。アイツは俺の友人だ。丁重に扱えとまでは言わないが、決してお前の下に置かれているわけじゃない」

「あんたのような人間に友人がいるとは」

「そういうお前は一人もいなさそうだな」

「……あれ。今おれが刺されたのか?」

 

 向けられた刃を送り返してやっただけなのに被害者面をされた。

 

「この状況で誰にもバレずに外に出るには、司会者控え室にある隠し通路を使う必要がある。あんたも一緒に?」

「俺は裏口から出るつもりだ。妻をそこの海兵達に任せている」

 

 それならさっさと一人で行くかと俺に背を向けたディスコが、突然何かを思い出したように声を上げた。

 

「あんたは天竜人の夫だろう。今後どうやって連絡を取ればいいんだ?」

「ああ……。とりあえず次にシャボンディ諸島に来た時にここに立ち寄るつもりでいる。こればかりはいつになるかハッキリと言えない。俺からも妻にお願いはしてみるつもりだが……」

 

 シャルリアの許しを得るまでは電伝虫での連絡は不可能だから今はこうするしかない。

 当然、この段階でディスコ達の電伝虫の番号を受け取っておくこともしない。全てはシャルリアに話をしてからだ。

 

 俺の歯切れの悪い返答に、どうやらディスコは不安になってきたらしい。

 

「…………あんた。花屋の話はいつ思いついた?」

「今日だ。俺がお前のとこのクソ人攫い兄弟に攫われる少し前」

「衝動的かよ!! それにビーブー兄弟は人間屋(おれたち)が雇ってるわけじゃねェ。他の人攫いチームもな!」

 

 その場で頭を抱え始めたディスコが「もしかして」と続ける。

 

「デュバルは少なくともつい最近まで人攫いだったはずだが、あいつとは」

「今日、数年ぶりに会った」

「あんたマジで最悪だぜ」

 

 唖然とした表情で言われた。そんなに?

 

「おれはとんだ泥舟に乗っちまったわけだ」

「死ぬよりはマシだろ?」

「後であそこで大人しくくたばっとけば良かったと思う日が来るんじゃないかと思ってるよ、おれは」

 

 大袈裟な物言いについ笑ってしまった。

 

「まあ、妻はこれくらいの望みなら聞いてくれるはずだから大丈夫だろう」

「……おれは天竜人がただの夫君の為にあそこまでするなんて聞いたことがなかった。確かにシャルリア宮の寵愛を得ているあんたなら問題ないか」

 

 これも俺にとっては青天の霹靂だった。

 

「寵愛か……。実は、それを受けていることに気づいたのも今日だっ、」

「もうあんたいい加減にしてくれよ」

 

 最後まで言い切る前に会話を強制終了させられてしまった。

 

 

 

 

 

 司会者控え室の前でディスコと別れ、舞台袖から顔を出して中の様子を確かめる。

 

「あ。ボンチャリの時の『変な格好』!」

「……麦わらのルフィ」

 

 真っ先にこちらを向いていた麦わらの青年と目が合う。

 

 とっくに逃げ出しているだろうと思っていた麦わらの一味が残っていた。

 流石にこれから出ていくところだったらしく、ほぼ全員が正面出口周辺に集まっている。

 

 そのせいで海軍による天竜人の救助もまだのようで、チャルロス聖達は床に転がっているままだった。

 

『速やかにロズワード一家を解放しなさい! 直に大将が到着する、今のうちに降伏した方が身の為だぞ!!』

 

 扉の向こうから拡声器越しの声が聞こえてくる。

 中で戦闘になれば確実にロズワード聖達を巻き込んでしまう。彼らも無理やり突入することは出来ないようだった。

 

「そいつ連れてくのか」

「ええ、妻の兄君ですから。いつまでもこのような場所に置いておくのは無礼でしょう」

「お前が一番無礼だよ」

 

 チャルロス聖の体に被っている瓦礫を適当に足で蹴り飛ばしていたら、長鼻の男に引き気味に言われた。

 

 ロズワード聖を尻で潰した奴にだけは言われたくない。コイツら、このまま捕まったらエサ抜きガリガリ奴隷の刑にされるって分かってんのか?

 

「あら。どうかしたの?」

「あいつ……! さっきからずっとおれのこと見てくるんだ」

 

 ぬいぐるみのようなタヌキが、俺の視線から逃れるようにニコ・ロビンの後ろに回る。頭隠して尻隠さずとは言うが、タヌキはほぼ全てがこちらから見えてしまっていた。

 

「……さっき、ゴリラのような姿をしていましたね。タヌキになる悪魔の実を食べたゴリラタヌキですか?」

「全部ちげェよ!? わざとかコノヤロー!!」

 

 タヌキもといチョッパーは目玉が飛び出るほど驚き、早口で「おれはヒトヒトの実を食べたトナカイ人間だぁっ!!」と叫ぶ。

 

「人間形態があるってことは、トイレでは人のようにうん、」

「それ以上言わないで。そして二度と聞かないで。絶対に」

 

 トナカイ人間の排泄について聞こうとしたら、チョッパーの両耳を塞いだロビンに冷ややかな声で言われてしまった。

 

 鳥肌が立った腕をさすっていた俺を、長鼻の男が指差してくる。

 

「なあコイツを人質にして脱出できたりしねェかな……おれァもう外に海軍大将がいるのかと思うと……!」

「無理ですね。俺ごと蜂の巣になるだけです」

「何よあんた。天竜人の夫なんだから海軍は味方でしょ?」

「…………」

「この期に及んで無視すなァ!!」

「ナミ!? オニオニの実を食べた鬼人間みたいな顔になってるけど大丈夫か?」

 

 全ての瓦礫を蹴り飛ばし、小さな呻き声を上げているチャルロス聖を持ち上げる。

 

「長鼻の人。あちらの女性に、私は下々民の女と話すことは禁じられていることを伝え……」

「それはケイミーにも言ってたから知ってるわよ!」

「下々民って何だ?」

「下々民というのは天竜人以外の……下界で暮らす下々の人間のことですね」

 

 そういや、この下々民に世界貴族ではない貴族や王族は含まれるんだろうか。

 

 貴族達の態度を見ていると自分達を下々民と認識してるとは到底思えないけど……シャルリア達は彼らのことも下々民と変わらない扱いをしていた気がする。

 

「てめェ……ナミさんを下々の人間だとォ!? どっからどう見ても天使、下界どころか天界におわす存在だろうがァ!」

 

 先ほどのナミより鬼に近い形相で俺の胸ぐらを掴んできたサンジを見下ろす。

 

 ……この男、なんだか調子が狂う。顔がデュバルに似てるからか?

 

「あくまで天竜人から見た話をしています。それに私も同じです。正確には元下々民ですが、本質は貴方達と変わらないでしょう。よって人質としての価値もありません」

 

 チャルロス聖の体を片手で支え、空いた方でサンジの手を振り払う。

 

 コイツらが天竜人を人質にすると言い出す前に、さっさとチャルロス聖を運び出してしまおう。

 

「うう……シャルリア宮の、第一夫君……! さっきから海賊達と親しげに何の話を…………ぐわぁああ!?」

 

 チャルロス聖のそばに転がっていた衛兵が目を覚ましたので、抱えていたチャルロス聖を腹の上に落としてやった。

 

「天竜人より先に起きるなんて無礼の極み。もうちょっと寝てろ」

「だからお前が一番無礼だよ!!」

 

 チャルロス聖の我儘ボディーを存分に味わった衛兵が再び気絶する。

 落としたと表現したが、実際には置くような高さだった。コイツの反応が大袈裟すぎる。普段からチャルロス聖を背中に乗せて歩いている奴隷以下とは恥ずかしい奴め。

 

「申し訳ありません、チャルロス聖。先ほどの衛兵は座椅子にもならない役立たずでしたので、このまま私が外にお連れします。多少揺れますがお許しください」

「おれァ……お前が一番怖ェよ。心から……っ!」

 

 長鼻の男はさっきから一人で叫び続けており、すでに肩で息をしていた。

 

「ラース君」

 

 麦わらの一味に背を向けた俺にレイさんの声がかかる。

 

 顔だけで振り返ると、レイさんは魚人族の男の腕を自分の肩に回しているところだった。

 

「私たちはまた会うことになるだろう」

 

 この人に会うのはこれで最後がいいに決まってる。

 

 薄らとした予感をこの人にも言われてしまったなら……そう遠くない未来、俺たちは再会するんだろう。

 もう決まってることだ。嘆いても仕方がない。

 

「俺もそんな気がしています。……それでは、お元気で」

 

 

 

 

 

 裏口から外に出ると、シャルリアの時と全く同じ状況になって全く同じことを言う羽目になった。

 

 とりあえず海兵達には銃を下げてもらい、同じようにチャルロス聖を引き渡す。

 二度目となると海兵達も申し訳なさそうな顔をしていた。……俺はそんなに犯罪者っぽい顔をしてるのか?

 

「チャルロス聖は私共の方で診させていただきます」

「よろしいでしょうか、シャルリア宮の第一夫君」

 

 海兵達を割って入ってきたのは、白衣に身を包んだ男達。

 

「どうしてあなた方がここに?」

 

 彼らはマリージョアの優秀な医療チームの一つで、今回の件で呼び出されたにしては随分と早い到着だった。

 

「私共は事前にシャルリア宮による要請を受けておりました。第一夫君がお怪我をなさっているかもしれないとのことでしたが……」

 

 医師達は俺の全身を眺め、同時に脇腹の辺りで視線を固定する。

 

「念の為、第一夫君も診させていただきましょう」

「このままで問題ありません。私よりも、チャルロス聖やシャルリア宮を」

「勿論皆さまの治療を優先させていただきます。ですが、第一夫君に何かあったとなれば私共はシャルリア宮にこの命で償わなければなりません。どうかご理解ください」

「……分かりました」

 

 そこまで言われてしまっては断れない。

 医師達は「ご安心ください。すぐに終わります」と言い、本当にあっという間に俺の脇腹の切り傷に適切な処置を施して包帯を巻いてくれた。

 

「中にいた海賊達が正面から出てきたようだ! 私たちは裏口から突入し、ロズワード聖とティアンナ宮を保護する!!」

 

 ここに集まっていた海兵達の半数ほどが裏口の前に集められ、指揮官と共に会場へ突入していく。

 

「シャルリア宮はまだお目覚めになられていないようですね」

「ええ。ですが頭を打った形跡もありませんでしたので、さほど心配はいらないと思いますよ」

 

 外傷のないシャルリアは軍医と思われる男に診てもらっていたようで、彼は俺があまりにも情けない顔をしていたからか慰めるように言ってくれた。

 

「……そうだといいのですが」

 

 シャルリアの手を自分の頬に添えて目を閉じる。普段から冷たい彼女の手のひらは、今日はより一層冷えていた。

 

 今思い返してもあの状況をどうにかできたとは全く思えないが、シャルリアが気絶させられる前に会場から抜け出すことは出来たはずだった。

 

 旧友だからとデュバルと話し込み、ガイコツ野郎の発言にカッとなって本来の目的を忘れる始末。

 デビル・ディアスの件といい、俺はシャルリアのこととなると周りが見えなくなってしまうようだ。

 

 今日ほど自分の行いを反省した日はない。

 今後、俺が好き勝手に行動していいのはシャルリアの安全が確保された時だけだ。絶対に。

 

 暫くの間そうしていたら、裏口から一部の海兵達が出てくる。

 彼らは持ち込んだ担架にティアンナ宮を乗せてきたようだった。

 

「…………シャルリアは!? シャルリアはどこにいるのアマス!!」

「ティアンナ宮! どうか安静になさってください」

「煩いアマス、下々民! さっさと答えるアマス!!」

 

 担架の揺れで目を覚ましたらしい。ティアンナ宮はそばにいた海兵達を怒鳴りつけていた。

 彼女は物凄い形相をしていて、今にも彼らを射殺しそうな勢いだった。

 

「ティアンナ宮」

 

 握っていたシャルリアの手を離し、ティアンナ宮の元へ向かう。

 

 ティアンナ宮は血走った目をしていたが、俺の落ち着いた様子を見てシャルリアの無事を悟ったのか、すぐに肩から力を抜いていた。

 

「…………シャルリアは、無事なのアマスね」

「はい。今はあちらでお休みになられています。医師によれば目立った外傷もなく、直にお目覚めになるだろうとのことでした」

 

 静かに長めの息を吐いたティアンナ宮を見つめる。

 ……この人。前々から思ってたけどシャルリアのことを嫌ってるというよりは、むしろ。

 

「お前も斬られた傷はいいのアマスか」

「私のことまで……ありがとうございます。浅く済んだようで何の問題もありません」

 

 そんな話をしている間に、ロズワード聖が同じように運び出されてきた。すぐにチャルロス聖の隣に並べられて聖地の医療チームによる処置が始まる。

 

 シャルリアやティアンナ宮と違って、彼らは目覚めるまでに時間がかかりそうだった。

 

「…………何アマス?」

「……申し訳ありません。少し意識が朦朧としていたようです」

「フフ。お前も今回ばかりは疲れているのアマスね」

 

 無意識のうちにじっと見つめてしまっていたらしく、慌ててティアンナ宮から目を逸らす。

 

 ティアンナ宮ってこんな顔だっけ。以前はもっとチャルロス聖に似ていたような……。

 

 俺のような身分の者が天竜人を不躾に見つめるなんて、即射殺されてもおかしくないほど無礼な行為だ。ティアンナ宮は不問にしてくれたようだけど気をつけなければ。

 

「第一夫君」

 

 ちらほらと自力で裏口から出てくる者達が現れ始めた頃、俺の付き人がサルウを腕に抱いた状態で姿を見せた。

 

「……申し訳ありません」

 

 たった一言に全てを込めた付き人に笑みを向ける。

 

「サルウをありがとうございました。……どうやら眠っているようですね」

 

 サルウも気絶しているのかと思いきや、今は気持ちよさそうに寝息を立てている。相変わらず可愛い犬だ。

 

「第一夫君! シャルリア宮がお目覚めになられました。すぐにいらしてください!」

 

 サルウを起こさない程度に頭や鼻先を撫でていたら、軍医の男が慌てた様子で呼びにきた。

 

 シャルリアに何かあったのかとそちらに顔を向ければ、彼女は上体を起こして俺のことを睨んでいるようだった。

 

「シャルリア宮! もう起き上がってよろしいのですか? ……ご無事でよかった」

 

 すぐに駆けつけてシャルリアの両手を握る。彼女の吊り上がっていた眉が微かに下がった。

 

「……また私を置いてどこへ行っていたのアマス」

「お側を離れて申し訳ありません。ティアンナ宮とサルウのところにいました」

「違うアマス。あなたはその前に一人で会場に戻っていたアマスわ」

 

 ハラハラとした表情で俺とシャルリアのやり取りを見守っていた軍医に目を向ければ、彼は「違います!」と言わんばかりに全力で首を横に振っている。

 

 もしかしてあの時薄ら意識があったんだろうか?

 シャルリアには全部話すつもりだったとはいえ、余計な心配をかけてしまったようだ。

 

「オークションの司会者のところへ行っておりました。あの男は貴女に無礼を働いたというのに、まだ息があったようですから」

 

 空気を読んだ軍医が離れてくれたのを確認してから、シャルリアの手を握ったまま話す。

 彼女の眉はすっかり元の位置に戻っていた。

 

「始末したのアマス?」

「そのつもりだったのですが……あの男を俺のものにしてもいいでしょうか?」

 

 シャルリアの瞳が不思議そうに瞬く。

 

「あなたが人間を欲しがるのは初めてアマスね。でも、ただの人間は奴隷として大して役に立たないアマス」

「奴隷ではなく、例の花屋の件をあの男に任せたいと思っています。その為にこの人間屋の、」

「いいアマスわ。全てあなたの望むままにしてくださいまし」

「えっ」

 

 大丈夫だろうとは思ってたけど、まさかこんな簡単に許可が貰えるとは思ってなかった。

 

 相当間抜けな顔をしていたらしい。シャルリアが俺を見てクスクスと笑う。

 

「この程度で驚いていたら、そのうち心の臓が止まってしまうアマスね」

「……あまり意地悪なことを仰らないでください」

「だってあなたの全てが愛おしくて仕方がないの」

 

 シャルリアは俺の反応が楽しくて仕方がないといった顔をしていた。俺ばかりが調子を狂わされていて割に合わない。

 

「早くお家に帰ってあなたに触れたい」

 

 ついには熱を帯びた瞳でそう言われてしまい、俺はもう茹で蛸みたいになってしまった。

 

 やっぱりあの時からおかしい。何もかも刺激が強すぎる。

 

 シャルリアとはこれまでに何度も夜を共にしてきたというのに、全てがリセットされてしまったかのようだ。

 

「あの……シャルリア宮」

「何アマス?」

「よく、考えてみたのですが。俺が初めて好きになった女性は間違いなく貴女でした」

 

 昔の俺は恋や愛がどういうものか分かっていなかった。

 

 では当時の俺がそうだと認識していた感情は何だったのか?

 

 この疑問に対する答えはまだ出ていないが、性欲かただの情かその両方か。どちらにせよ碌なものではないだろう。

 

 レイさんと再会し、造船所での出来事を反芻したことで、シャルリアの夫となってから初めてあの女のことを考えた。

 

 やりたいことが思いつかないからと、与えられた寮と作業場の往復ばかりしていた俺をしつこく外へ連れ出し、何が楽しいのかいつもニコニコと笑みを絶やさなかった変な女。

 

 誘われるままに二人でシャボンディパークに行ったり、同僚の結婚式にも出席した。

 

 結婚式を見るのは初めてだと言った俺に、彼女は見たことのない真剣な横顔で「一生の誓いって重いわよね。目に見えないし、形としても残らないのに……どうしてこんなにも惹かれるのかしら」と口にしていた。

 

 今なら分かる。その後俺を見つめた彼女の表情は、シャルリアが俺を見る時のものと同じ。

 

 彼女は間違いなく、俺のことが好きだった。

 

 だからこそ……レイさんと話してる時に頭に彼女の顔が浮かんだ瞬間、俺の胸を占めたのは――――僅かばかりの罪悪感だった。

 

 俺がもしも彼女の立場だったら、愛する人に興味すら持たれず邪険に扱われる日々をどう感じただろうか。

 

 当時は彼女の存在を煩わしいとしか思わなかったのに。

 誰かに向ける愛とそれに伴う苦しさを知ってしまった今、彼女はシャルリアに愛されなかった未来の自分の姿だったのではないかとも考えてしまう。

 

 俺は知らなかったんだ。ずっと自分の中に眠っていた、この制御不能な感情の存在を。

 

「貴女が望まれるのであれば俺の過去の全てをお話しします。ですがこれだけは知っていてください。これまでに俺の心に触れたのはシャルリア宮、貴女だけです」

「……私も同じ言葉を返すアマス。この先も私の体と心に触れていいのはあなただけアマスわ」

 

 人の目があるからせめてハグだけでも……と緊張で震える腕でシャルリアをやんわりと抱きしめたら、想定以上に大きな感情が乗せられた言葉が返ってくる。

 

 思わずシャルリアから身を離して二メートル以上距離をとってしまった。

 

「…………あなたは色々と慣れる必要があるアマスね」

 

 顔を真っ赤にしているであろう俺を見たシャルリアは、少し呆れたようにそう言った。

 

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