シャルリア宮の第一夫君   作:倉庫から出す

14 / 32
幕引き

「それはそうと、私に嘘をついたアマスね」

 

 顔に一点集中していた熱がある程度引いた頃。「こうしていないと逃げてしまうから」と俺の左手をぎゅっと握ったままでいるシャルリアが、咎めるように睨んでくる。

 

「……嘘、ですか。俺が……シャルリア宮に?」

 

 瞬時に頭をフル回転させて記憶を遡ったが全く心当たりがない。

 

「下々民の女とのくだらない過去について。忘れる努力をすると言っていたのに、海賊達とその話に花を咲かせていたアマスわ」

「………………あっ」

 

 シャルリアの言葉を聞いた途端、意図的に閉じていた記憶の蓋が全部開いたのが分かった。

 

 そうだった。以前シャルリアに「下々民の女と必要以上に話をしてはならないアマス」と言われた日、同じように「これまでに関わってきた下々民の女達に関する記憶も、もうあなたには必要ないアマスね?」と念押しされていたんだった。

 

 ……妙に記憶がスカスカになってる箇所があると思ったら。どうりでデュバルのことまで忘れてるわけだ。

 デュバルのことを思い出せば、必然的に過去に関わった女達のことも思い出す。だから無意識のうちにデュバルごと頭の奥底に追いやってしまったんだろう。

 

 レイさんやあの女のことも、ただ思い出す機会がないまま今日まで来てしまったんだと思っていた。全ては俺の融通のきかなさが招いたことだったらしい。

 

「申し訳ありません。忘れなければならない内容が多すぎたのか上手くいかなかったようです。次は必ず成功させてみせます」

「……もういいアマスわ。ティア姉さまとの出来事はしっかり忘れていたもの」

「…………あれもそうだったのですか?」

「ええ。ふふ、ティアのあのような顔は滅多に見られるものではないアマスね」

 

 シャルリアはすっかり機嫌を取り戻したらしく、口元に手のひらを当ててくすくすと笑っている。

 

「本当はあなたの顔も体も声も、すべてを私以外の女の目から隠してしまいたいの。でもそんなことは出来ないアマスわ」

「……シャルリア宮」

「いつものように『すぐ慣れるよう努力する』とは言わないのアマス?」

「どうか揶揄わないでください」

 

 シャルリアに左手を握られたままだから逃げたくても逃げられない。

 

 俺はもはや楽器かと思うくらい煩い心臓の鼓動を感じながら、目を閉じて耐えるしかなかった。

 

 ……これ本当に大丈夫? 実は心臓の鼓動を前借りしていて、ある日突然止まったりしない?

 

「ただいまパシフィスタがトラファルガー・ロー、キャプテン・キッドと交戦中! 麦わらの一味は突然の落雷や煙に紛れて姿を眩ませており……」

「雷ぃッ? この快晴で!?」

 

 耳に入ってきた海兵達の言葉に、閉じていた目を開く。

 

 海軍大将が来ている以上このままデュバルも捕まるんじゃないかと思っていたが、一旦は逃げ果せたようだ。

 

 それにしてもパシフィスタ? 海兵の口ぶりからして人名ではなさそうだったが……。

 

 海賊達との戦闘が本格的に始まったらしく、裏口に集まっていた海兵達のほとんどがいなくなっていた。ここに残っているのは天竜人の護衛に選ばれた数十人と軍医だけのようだ。

 

 軍医の男がシャルリアの前で膝をつく。

 

「ここでは最低限の手当てしかできませんので、念の為ロズワード聖とチャルロス聖を近くの病院へお連れしてはいかがでしょうか」

「お父上様達が下々民と同じ病院に入るなんてありえないアマスわ! それに例の海賊もまだ捕まらないのアマス!?」

「ひぃっ!? 申し訳ありません! 大将も到着しますので時間の問題かと……!」

 

 俺とのやり取りを見てシャルリアの性格が温厚だとでも勘違いしたのか、軍医は彼女に怒鳴られて飛び上がるほど驚いていた。

 

 二人が瀕死の重症だったならシャルリアもシャボンディ諸島の医療施設で妥協しただろうが、ロズワード聖もチャルロス聖も恐ろしいことに軽傷で済んでいる。

 

 チャルロス聖は三億の懸賞金がかけられた男の怒りに任せたパンチを受け、ロズワード聖は天井スレスレの高さから落ちてきた男に容赦なく下敷きにされたはず。……だったよな?

 前科があることを差し引いても自分の記憶に自信がなくなってきた。

 

 見た目はかなり痛そうなことになってるけど、聖地の医療チームと軍医によれば数日の経過観察で全快するそうだ。

 軽傷は治るまでの期間が一ヶ月未満のことを指すはずだから、この場合は……かすり傷?

 

「鈍臭い犬共アマスね……。このまま取り逃すことがあれば、お前達をお父上様と兄上様の奴隷にしてやるアマス!!」

 

 海軍大将相手にルーキーと呼ばれている海賊が逃げられるはずがない、けど。

 

 なんでだろうな。あの麦わらの青年がこんなところで終わるとも思えない。

 

「シャルリア宮。今はロズワード聖とチャルロス聖の治療を優先しませんか? 急ぎマリージョアへ戻り、整った環境で少しでも早くお二人の傷を癒して差し上げる方がよろしいかと」

「……でも、あなた。あの海賊達を捕らえて私達の前に連れてくるまではここを離れたくないアマスわ」

「捕らえた者達は後で聖地に持って来させれば良いのです。それより、天竜人である貴女達をいつまでも下界に留まらせてしまうことの方が問題でしょう」

 

 ここでいくら待っていても麦わらの一味がやってくることはない。時間の無駄だ。

 

 ロズワード聖達のことで心を痛めているシャルリアを慰めるように抱き寄せる。

 どうやら真面目な状況下であれば、以前のように彼女に触れても問題ないようだった。

 

「……そうアマスね。聖地に戻るアマス」

 

 すんなりとここから離れることを決断したシャルリアに、軍医の男が「おれもほとんど同じことを言ったのに……」と唖然としていた。

 

 よくないと思いつつ、ちょっとドヤ顔をしてしまった。シャルリアなら俺が無法地帯の寂れた病院を提案したとしても、怒鳴りつけることはなかっただろう。

 

「まあ! そのような顔をなさるなんて。端のうアマスわ」

 

 目敏く気づいたシャルリアには軽く頬を摘まれてしまった。

 

 俺とシャルリアを見守る海兵達の目つきがだんだん生温いものになってきた頃。

 俺達を聖地へ送り届ける準備をしていた彼らが、ある一点を指差して騒ぎ始めた。

 

「なんでこっちにパシフィスタがいるんだ」

「逃走中の麦わらの一味がこの近くにいないか探しにきたんだろう。……でもちょっと緊張するな」

「おれも。誤作動でビーム当たったらどうしよう」

 

 妙に気の抜ける会話をしている海兵達の視線の先では、身長が七メートル近くありそうな大男が立っていた。

 

 頭に被っている帽子からは髪が一部露出しており、まるでクマの耳のように見える。

 

「あなた?」

「シャルリア宮。こちらへ」

 

 シャルリアを抱きしめることで大男の視線から隠す。

 

 ……平和主義者(パシフィスタ)ってあの男のことだったのか。

 

 海賊に平和という言葉はあまりにもかけ離れている。

 俺はあの男のことをさして知らないが……。海賊らしくないのは確かだ。

 

 大男は俺たちや海兵をぐるっと見渡し、そのまま正面入り口の方へ消えていく。

 

 完全に男の姿が見えなくなってから深いため息が溢れた。

 

 あの男は王下七武海。海兵どころか天竜人がいるこの場所で何かをしてくるはずもなかったな。

 どうやらドフラミンゴの件もあって余計な警戒心を抱いてしまったようだ。

 

 抱きしめていたシャルリアから身を離し、代わりに手を差し出す。

 

「聖地へ帰りましょう、シャルリア宮」

「ええ」

 

 シャルリアは、まさに花のような美しい笑みを浮かべて俺の手を取った。

 

 

 

 

 

「これは一体……何が起きているんだ!?」

 

 寄り道をしてからマリージョアに戻るというティアンナ宮とはオークション会場で別れ、俺たちだけで港への移動中。

 何故か身の丈に合わない銃を持った子供達と遭遇した。

 

 子供だけかと思いきや、かなりの年寄りが銃を杖代わりにして歩いていたりと、そばに落ちていた電伝虫から聞こえてくる悲鳴のようなものと相まって混沌と化している。

 

「何で子供が海兵の格好をして銃を……?」

「いやまて! 知ってる顔ばかりだぞ!?」

 

 俺達を護衛してくれていた海兵達が、子供や老人達を指差して騒ぎ出す。

 

 あちらも俺たちの存在に気づいたようで、涙目で助けを求めてきた。

 

「ジュエリー・ボニーだ! ここにいたら悪魔の実でガキやジジイに変えられちまう! 頼む、援軍を呼んできてくれ!!」

「どうして大喰らいがここに!? 別のGRにいるはずじゃあ……」

「そんなことより天竜人をお守りしろ!!」

 

 銃を持った子供と年寄りの正体は海兵で、彼らは悪魔の実の力で姿を変えられているようだった。

 

「あっはっはっは!! あー……天竜人が来ちまったなら終わりだな。『なんでここに』はウチらのセリフだっつーの。あのバカ助達のせいで、もう少しで海軍大将とやり合わなきゃいけないところだった」

 

 頭上から聞こえてきた声に顔を上げれば、ピンク髪で唇の一部に紅を付けている女と目が合った。

 

「…………ラースっ!? なんでこんなところに」

 

 女は手に持っていたピザを地面に落としたことにも気づいていない様子で、瞬きもせず俺を見つめている。

 

「またあなたの知り合いアマス?」

「心当たりはないのですが……」

 

 この展開、今日だけで何回目だよ。

 俺だけでなくシャルリアまでうんざりしているようだった。過去の俺の行いが悪いばかりに申し訳ない。

 

 下々民の女に関する記憶は、シャルリアの許しを得たこともあって全て思い出したと思ってたんだけどな。まだ取りこぼしがあったらしい。

 

 もしくは『どうでも良すぎて記憶しなかった』パターンか?

 

 でもジュエリー・ボニーといえばこの短期間で一億の首にまでなった『期待の新人』であり、手配書でも何度か目にした顔だった。

 

 それに、このような美人を俺が直接見ても思い出せないなんてことあるはずが、

 

「あなた?」

「ごめんなさい」

 

 こちらの思考を読んだようなタイミングで、シャルリアが低めの声で俺を呼ぶ。

 

 反射的に謝ってしまったし、恐怖心からドキドキと鳴っている胸を服の上から押さえる。

 

 レイさん相手にもここまでの恐怖を感じたことはない。シャルリア……なんて恐ろしいんだ。

 

()()()だって!? ……ラース兄、まさか天竜人に――んぐっ、ゴホッゴホッ!!」

 

 女は驚きのあまりピザの残りを詰まらせたらしく、何度か喉の下あたりを叩きながら咳き込んでいた。

 

「…………妹がいたのアマスか」

「……俺が把握している限りではいないはずです」

 

 俺は三歳くらいの頃に故郷を離れてるから、その後にできた子がいたとすれば可能性はある。

 でも女の見た目からして俺と三つ以上歳が離れているようには見えない。むしろ年上じゃないか?

 

 それに仮に妹がいたとしても、俺のことをラースなどと呼ぶはずがない。何かの間違いだろう。

 

「クソッ! これからトンズラするつもりだったのに!!」

 

 女は目尻に浮かんでいた涙を指で拭い、何かを決意したかのようにこちらを睨みつけてくる。

 

 建物の上に立っていた彼女は、後ろに控えていた仲間と思われる男達の制止の声を振り切ってこちらへ駆け出してきた。

 

「うわああああ!? おれたちまで子供の姿にぃ!?」

「ハァ……ハァ……こっちはジジイ……んぁ? はて、何の話をしておったかのう……ううっ腰がぁ……」

 

 女は一瞬で俺とシャルリアを守る為に囲っていた海兵達の間をすり抜ける。

 俺たちの護衛をしていた海兵はあっという間に子供と老人になってしまい、さらには付き人や衛兵までもが被害に遭っていた。

 

 俺の付き人は子供、彼が抱えていたサルウは子犬の姿へ。

 

 俺とシャルリア、そして後方で担架で運ばれているロズワード聖達はまだ何もされていない。

 

「まあ……サルウ? なんて可愛いのアマス」

 

 チャルロス聖が麦わらに殴られた時といい、絶妙にズレているシャルリアが口元に手を添えながら口にする。

 

 しまいには付き人からサルウを受け取り、「あなた。見てくださいまし、小さくてとても可愛いらしいアマスわ」と嬉しそうに俺に見せてきた。

 

 サルウは可愛いし、シャルリアはもっと可愛い。なぜか今日はシャルリアが何をしていても輝いて見えてしまう……。

 

「あたしは天竜人を喜ばせる為にやってんじゃねェよ!!」

 

 ジュエリー・ボニーが般若顔のまま、地面を蹴ってシャルリアに手を伸ばそうとする。

 

 ……速い。けど、あのガイコツ剣士ほどじゃない。

 

 素早くサルウごとシャルリアを抱えて後ろへ飛び上がる。

 

 女の手は空振りし、悔しげな舌打ちが響く。

 

「ラース兄! 何か弱みを握られて天竜人と一緒にいるの? どこかでお父さんを見かけなかった? ねぇ…………教えてよ!!」

 

 女の今にも泣き出しそうな顔を見た途端、その姿が記憶の中のとある少女のものと重なった。

 

「…………ボニー?」

 

 言われてみれば名前は同じ。でも、おかしい。彼女は俺と七つも歳が違ったはず。つまり今は――まだ十歳。

 

「あたしもバカ助でいい! だからっ」

 

 彼女は海兵が持っていたと思われる棒状の武器を手に掴む。

 

 海兵達を子供や老人に変化させた時は、素手で彼らに触れることで能力を発動させていたようだった。彼女自身の年齢が変わっているのも同じ能力によるものだろう。

 

 なら、これは能力に関係のないただの打撃か? いや考えている時間はない。

 どのような能力だろうとシャルリアを抱えている今、彼女にだけは攻撃を届けてはいけないんだ。

 

「シャルリア宮。少し揺れますが、俺から離れないでください」

 

 シャルリアがサルウを胸に抱いた状態で俺の首に腕を回す。これで片手が自由になった。

 

 もう一度大きく後退し、まだ無事だった衛兵達のうち適当な一人の腕を掴む。

 

「第一夫君!? 私の槍を強奪するだけでは飽き足らず、今度は何を……」

 

 どうやらオークション会場で俺が槍を拝借した衛兵だったらしい。

 

 そんなこと俺には関係ないので、振り上げられていたボニーの武器の前に衛兵の体を滑り込ませた。

 

跡死(トシ)突きッ!!」

「ギャアアア!! 斬られるよりはマシだけどっ、手が小さ……足も短けェ!? きゃっ、パンツもズレるズレる! 見ないでぇ……!」

 

 ボニーの棒状の武器で叩かれた衛兵の体から、星やハートといったファンシーな物体が大量に飛び出す。

 

 みるみるうちに子供の姿になった衛兵が身につけていた鎧は完全に脱げてしまっており、その下に着ていた服どころか、下着すらサイズが合わずにずり落ちてしまっていた。

 

「ぐえっ」

 

 乙女のように恥じらいながら両手で下着を持ち上げていた衛兵が、背後をとったボニーの武器に突かれて倒れる。

 全てはアイツの運のなさが招いたことだから俺は悪くない。

 

「これも対象者を子供に変える効果があるのか」

 

 これまでと違って体から妙な物体が出ているのは気になるが、衛兵の状態からして今すぐ命に影響のあるものではなさそうだ。

 

「私に槍を」

 

 あの衛兵のおかげで十分にボニーから距離をとれた。残りの衛兵にシャルリアとサルウを任せ、同時に彼らの槍を要求した。

 

 あの男のようになるよりはマシだと思ったのか、すんなりと差し出された槍を受け取る。

 

 黒足との戦いでもそうだったように、どのような手を使ってくるか分からない相手には素手で戦わない方がいい。とくにボニーはこちらもリーチのある武器で応戦した方が良さそうだ。

 

 あの両手と武器と、ボニーの体に触れること自体がアウトなんだろうか?

 

 俺の場合は首輪もあるから、彼女に触れる時間が長くてもマズい。

 

 俺の頭めがけて飛んできたパンチを難なく避け、次にかけられようになった足払いを飛び上がることで回避する。

 

 俺が浮いてる隙にと繰り出された武器を槍で受け止めた。

 ボニーの攻撃は能力のこともあって厄介ではあるが、黒足ほどの重さもガイコツほどの速さもない。

 

「うわっ!」

 

 受け止めた武器ごとボニーを押し倒し、肩を槍で押さえつける。彼女の手を離れた武器は先に蹴り飛ばしておいた。

 

「げほっ、ラース兄……どうして」

「衛兵。そこの海兵達から海楼石の手錠を受け取ってきてください。一つくらいは持っているはずです」

「はい!!」

 

 思ったより簡単に済んだな。麦わらと同じ大物ルーキーにしては手応えがなさすぎるような……。

 

「ラース兄、あんなに優しかったのに……! 天竜人に何されたんだよ!?」

 

 俺が今の彼女と同じくらいの年齢の頃、とある貧しい国に滞在していたことがある。

 

 初めは強奪でもしながら暮らすつもりだったが、あまりにも貧しくて奪るものすらないのは予想外だった。

 

 別の国へ行くことも考えたが、これもいい暇つぶしになるかもしれないと留まることにした。

 これまでやってきたこととは正反対の――善良に生きてみる為に。

 

「……ああ。あの時の俺しか知らないから碌な抵抗もされなかったのか。()()()俺が自分を傷つけるはずがないと?」

 

 あくまで独り言のていで呟く。

 俺がデュバル似のサンジに対してなんだかやりにくかったように、ボニーも俺相手では情とやらのせいで、いつもの力が出なかったのかもしれない。

 

 まったく、昔の俺にはいい加減にしてもらいたいものだ。

 

 いつまでもガキみたいなことを……でもシャルリアに第一夫君にすると言われた時に逃げ出さなかったのは、俺のこのガキみたいな部分のおかげでもある。

 

 マリージョアに着くまでに逃げ出すタイミングはいくらでもあった。シャボンディ諸島には二度と足を踏み入れられなくなっただろうけど、基本的に一度過ごした場所には戻らない俺には何の問題もない。

 

 そうしなかったのは天竜人の夫として生きることへの興味と……当時の俺は自覚していなかったが、シャルリアに一目惚れしたからだった。

 

 初対面の時に「天使のような」と表現したことといい、俺に寄り添って眠ってしまった彼女に何の打算もなく上掛けをかけてやったり……。

 

 今となっては自覚がなかったのが不思議なくらいには、俺は出会った時からシャルリアに惹かれていた。

 

「第一夫君! こちらが海楼石の手錠です」

「ありがとうございます。私は下々民の女に触れることができませんので、貴方が代わりに、」

「――老化衝撃(オイルショック)!」

 

 視界の端で、ボニーが俺の槍に触れた部分があっという間に腐敗したのが見えた。

 

「しまっ……!」

 

 この能力、無機物にも影響を与えられるのか。そんなのチートだろ!

 

 取り逃すよりはマシだろうとボニーの腕に手を伸ばす。

 しかしボニーの体はみるみるうちに縮んでしまい、伸ばした手は呆気なく空振りしてしまう。

 ここで子供の姿に……なるほど、能力の使い方が上手い。

 

「跡死突き!!」

 

 目の前で火花が散ったのかと思った。

 

 実際に散ったのは火花ではなくハートや星や月といったものたちで、しかも俺の体から飛び出したものだった。

 

「わ……私の夫が…………」

 

 シャルリアが震える声で続ける。

 

「可愛すぎるアマスわ……!」

 

 この状況で振り絞る言葉が本当にそれでよかったんだろうか、シャルリアは。

 

「う……うわっ、何だこれ」

 

 立ち上がろうとしたら布の山に阻まれ、べしゃっと顔からダイブしてしまった。

 

 なんたる屈辱……シャルリアの前でこんな恥を晒すとは。格好悪すぎる。

 

「パシフィスタ! パシフィスタがこっちにくるぞ! 海賊ジュエリー・ボニーを捕まえてくれぇ!」

 

 くまがきたところで、自分の娘(ボニー)を捕まえるはずがないだろ。

 

 短すぎる手足を駆使し、ほぼ羽織るだけとなっている布たちを自分の体に巻き付け、紐できつく縛って固定する。

 

「あ…………お父、さん」

「船長! さっきも見ただろ、あれはくまじゃない。ラースと同じように政府に何かされたに決まってる!」

「おい。さっきから人のことで好き勝手言いやがって。殺されたくなければ今すぐ俺を、」

「ほら! ラースはこんなチンピラみてェなこと言わねェよ。とにかく今は逃げよう!!」

「待て!! 俺をこんなガキの姿にしておいてどこに……!」

 

 呆然とパシフィスタと呼ばれた父親を見つめていたボニーは、何人か見知った顔の男達によって連れ去られていく。

 

 まてまて、俺のこの体……どうなってる? 鏡を見るまでもなく縮んでるのは確かだ。

 

 悪魔の実の能力の影響って一体いつまで持続するんだろう。まさか能力者が死ぬまでなんてことは……。

 

 そんなの困る。俺はこれから帰って、シャルリアに色んなことをされちゃう予定だったのに!!

 

 体ごと振り返り、ボニーの姿を見かけて駆けつけてきたと思われる男を睨みつける。

 

 ピピピピピ……。

 

 恨み言を吐こうとした俺の耳に、人間の体から発せられるはずのない機械音が届く。

 手袋を外した男の手のひらには以前のような肉球はなく、銃口のようなものが付いていた。

 

 ピピ…………ギュイー……ン、ピュンッ!!

 

 眩しい、と感じた時には男の手のひらからは光線のようなものが飛び出し、真っ直ぐボニー達の方へ向かっていた。

 

「え」

 

 撃った。くまが……ボニー達に?

 

 あれほど娘であるボニーを溺愛していて、彼女が冗談で「あたし、ラースとケッコンしようかな〜!」などと口にした時には、ショックでボロボロと涙を流していたような男が?

 

「うわああああ!! 危なッ!?」

 

 ボニー達はギリギリ避けたらしく、悲鳴を上げながら逃走を続ける。くまはそんな彼らを全速力で追いかけていき、やがて彼らの姿は全く見えなくなってしまった。

 

「…………なんなんだ一体」

 

 結局俺、子供の姿のままだし。こんな姿じゃボニー達には追いつけない。

 

 絶望に打ちひしがれていた俺を、後方からやってきた大きな影が覆い隠す。

 

 影は驚くほど簡単に俺を抱き上げてしまい、目が合った途端に「ふふっ」と楽しげに笑う。

 

「本当に可愛らしいアマス」

「…………シャルリア宮」

「あなたをこうやって抱き上げられるなんて夢のようアマスね」

 

 シャルリアは俺の頬をぷにぷにと指でつついたり、頭を撫でたりして満足そうにしていた。

 

「あまり……見ないでください」

「またあの無意味な問答をするつもりアマス?」

「…………お好きなだけどうぞ」

 

 シャルリアは俺の返答に満足げに頷き、「あの女の能力は、永続するものではないと海兵達が言っていたアマス」と教えてくれた。

 

「残念アマス。こんなにも可愛いのに」

「ずっとこのままでは困ります。貴女を抱き上げてお連れすることもできないなんて……」

「ふふ。そうアマスね。でもあの悪魔の実……欲しいアマスわ。帰ってからお父上様にお願いするアマス」

 

 シャルリアは俺を抱き上げたまま機嫌良く続ける。

 

「あなたと子供を作ったら、このような可愛い子が生まれるアマス?」

「こっ……子供!? いえ、そんなっ、俺たちにはまだ早いです……! それに俺ではなく貴女に似ている方が絶対に…………とんでもなく可愛いですね」

 

 シャルリアとの子供なんて考えたこともなかった俺は大慌てて否定し、流れでシャルリア似の子供の姿を想像してしまった。

 

 ボニーの能力にかかったのがシャルリアじゃなくて俺でよかった。想像でこの破壊力、あまりの可愛さに気を失っていたかもしれない。

 

「あなたまでお父上様のようなことを言うのアマスね」

 

 シャルリアはうんざりしたように言い、むにっと俺の頬を指でつまむ。

 

「私は欲しいのに、あなたは違うの?」

「……いけません。ロズワード聖も反対なさっていたでしょう」

 

 チャルロス聖と違ってシャルリアは産む側だ。

 出産は命懸けだって言われてるし、ロズワード聖がこの件でシャルリアに厳しくする気持ちはよく分かる。

 

 天竜人からの要望を拒否するなんて、即死刑にされてもおかしくないほどの重罪。

 しかしシャルリアは、じっと俺の顔を見つめてから「……お父上様の許しを得てからにするアマス」と渋々ながらに了承してくれた。

 

 他の部隊と合流して体勢を立て直していた海兵達が、俺を抱きかかえているシャルリアに気づいてギョッと目を見開く。

 

「シャルリア宮。第一夫君は我々がお運びしましょうか?」

「このまま私が抱いて行くアマス。こんなにも可愛いんだもの。いつ人攫いに狙われてもおかしくないアマス」

「…………」

「…………」

 

 無言で顔を覆い隠す俺と、無言で俺達を見つめる海兵という、地獄のような空間が爆誕していた。

 

「それでは、子供や老人になってしまった者達の分まで私共が護衛を担当させていただきます。どうかご安心ください」

「次にあのような失態があれば、お前達全員の首が飛ぶアマスわ。オークション会場でのことといい、衛兵も海兵も役立たずばかりでうんざりアマス」

「申し訳ありません」

 

 シャルリアは頭を下げている海兵に冷たく言い放つ。

 

 そして今度こそ、俺たちはマリージョアへの帰路につくことができた。

 

 

 

 

 

 マリージョアに戻る為には、赤い港(レッドポート)にてボンドラに乗る必要がある。

 

 大変恥ずかしいことに、俺にその辺の記憶はない。気がついたらマリージョアに着いていた。

 

 シャルリアの腕の中が心地良すぎたせいか、いつの間にか眠ってしまったようだった。子供化した影響も少しはあるかもしれない。

 

 もう色んな意味でシャルリアに合わせる顔がない俺とは違い、彼女はずっと満足そうにしていた。

 

「あの海賊達がまだ捕まっていないとはどういうことだえ……!? わちしの人魚と魚人は!?」

 

 シャルリア達の屋敷に着く頃には、なんとロズワード聖とチャルロス聖は意識を取り戻していた。

 

 チャルロス聖は目覚めてすぐ麦わらの一味が逃走中という知らせに怒り狂い、五億ベリーという高額で入札した人魚や、自らの手で仕留めた魚人さえも逃げたと聞いて悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 

 念の為言っておくが地団駄云々は比喩じゃない。

 二人の生死を本気で心配していた俺が間抜けに思えるくらいには、二人は生命力で満ち溢れていた。

 

「今日のお父上様やチャルロス兄さまとの食事会は延期アマスね……」

 

 シャルリアが気遣わしげに口にする。

 

 あれでも一応食事会に参加できないくらいには弱っているらしい。むしろ天竜人を短時間でも気絶させた麦わらの一味が強すぎるのでは?

 

「お二人のことは医療チームに任せるアマス」

 

 そう言ったシャルリアの後をタタッと短い足で追いかける。この姿では大人と同じ速さで歩くのも一苦労だ。

 

 俺の様子に気づいたシャルリアが立ち止まり、再び俺のことを抱き上げる。

 

「このまま一緒に湯浴みをするアマス」

 

 ……あまりにも、あまりにも悔しい。

 シャルリアに抱えられながら移動しているこの状況も、本来ならばあんなことやこんなことが起きたであろう、シャルリアに直々に体をキレイにしてもらう神イベントすらも!

 

 こんなガキの姿じゃ、起きるものも起きないじゃないか!

 

 いや、まてよ。これはこれで……年上なシャルリアとのイチャイチャってかなり美味しい……のでは?

 男の大半が憧れるであろう、おねショタジャンルなのでは!?

 

「もう抵抗はやめたのアマス?」

「俺は初めから抵抗はしていなかったはずですが……」

「ついさっきまでは、心の内では納得していなかったはずアマスわ」

「俺の心が読めるのですか?」

 

 彼女は以前から、俺の心を読んでいるような言動が多かった。

 

「あなたはとても分かりやすいもの」

 

 シャルリアがくすくすと笑う。

 俺が彼女には一生敵わないと思う要素が、ここに全て詰まっていた。

 

「…………子供の姿でも、あの件は有効でしょうか」

 

 不思議そうに首を傾げたシャルリアに、ごくっと喉を鳴らす。

 

「俺がこの先忘れることのないように、その……教えていただけるのでは?」

 

 もごもごと濁しながら口にすれば、シャルリアは僅かに目を見開き、やがて柔らかく細めた。

 

「それは――――」

 

 シャルリアが何か言いかけたのを、ボンッという間抜けな音が遮る。

 

 一瞬浮いた体がシャルリアの手を離れる。

 そのまま床に落下するのを察知した俺は、馴染みのある手足を駆使して無事に着地を決めた。

 

「…………戻った」

 

 これまた馴染みのある低い声が鼓膜を震わせる。

 無理やり体に巻きつけていた服は今では適正サイズで、紐が解けたせいで片方の肩からずり落ちてしまっていた。

 

「あの姿も可愛かったけれど、あなたはそのままの姿が一番アマスね」

「あ……シャルリア宮、裾が汚れてしま……っ」

 

 俺の目の前で膝を折ったシャルリアの服の裾が床についてしまっている。

 

 完全に意識がそちらに向いていた俺の唇に、シャルリアのものが軽く触れていった。

 

「私がこうやって触れたいのは、今のあなたですもの」

 

 すぐに離れていったシャルリアの顔をぽかんとした表情で見つめる。

 

「は…………えっ!?」

「いつものように私を運んでくださらないの?」

 

 こてんと首を傾げるシャルリアに「うう……」という言葉にならない声しか出てこない。

 

 なんだか胸まで苦しくなってきた。

 まってくれ。恋だとか愛だとかの胸の苦しさって、シャルリアに会えなくて辛い時以外にも発動すんの? こんなの聞いてないんだけど!?

 

「私への愛で苦しいのアマスね」

 

 目眩でクラクラしてきた俺を見たシャルリアが、心配そうな口調とは裏腹に嬉しそうに微笑む。

 

 彼女は伸ばした両手で俺の頬を包んだ。

 出会った日に「顔をよく見せて」と口にした時と全く同じ表情だということに、少し遅れてから気がついた。

 

「あなたも私に教えてくださいまし。どれだけ私を愛しているのかを……私がこの先、決してあなたの愛を疑うことのないように」

 

 シャルリアは天使のような美しい顔でそう囁き、俺は吸い寄せられるように――彼女を強く抱きしめていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。