シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
世界中の関心を掻っ攫っている火拳のエースの公開処刑まで、あと三日。
チャルロス聖とパンゲア城に行ってから、とくに変わり映えのない日々が続いていた。
……ある一点を除いて、だが。
「シャルリアの夫はどこだえ」
「シャルリア宮のご夫君でしたら庭園におられます。ご案内させていただきます」
今日も日課である庭園の散歩に勤しんでいたら、庭園の入り口からチャルロス聖と俺の付き人の会話が聞こえてきた。
「チャルロス聖。私をお探しでしたか?」
軽く両膝の土埃を払って立ち上がる。後ろを振り返れば、すでにチャルロス聖が立っていた。
「そうだえ。何でわちしがお前を探さなきゃいけない? お前の方から来るべきなのに」
……この三日間、飽きもせず毎日俺の元を訪ねておいてよく言う。しかも時には一日に何度も顔を出しているときた。
最初は「あのお兄さまが……私の夫はそれほど魅力的ということアマスね」と嬉しそうにしていたシャルリアですら、昨日の夕方頃には薄ら不機嫌になっていた。
この人は限度というものを知らないのかもしれない。
「私に何かご用でしょうか」
「このわちしが、用がなければ来てはならないのかえ?」
「……そのようなことは」
天竜人なんだから好きな時に好きなところへ行けばいいと思う、けど。
何故それが俺のところなのかと、疑問に思うくらいは許されたっていいはずだ。
シャルリアのこともあるし、出来ればもう二度と来ないでいただきたいところではあるが……。
そわそわと視線を彷徨わせ、意を決して口を開く。
「……ではチャルロス聖。昨日話題に挙げられていた、珍しいカブトムシはどうでしょうか」
「仕方ない。特別にここに持って来させてやるえ」
一番の問題は、あれだけこの人に苦手意識を抱いていた俺が、最近ではこの人との時間を随分と楽しんでしまっていることだった。
「あなたとチャルロス兄さま、また二人でコソコソと会っていたのアマスね。それも私が数時間ほど屋敷を留守にしているタイミングを狙って」
「誤解ですシャルリア。チャルロス聖も、貴女の目を盗んで会いにきてくださっていたわけでは……」
「まあ。お兄さまを庇うの? 本当に、男の人ってどうしてそうなのアマス。いつも男の人だけで結託し合い、いつまでも子供のような物事で盛り上がって……。女である私はいつも仲間外れアマスわ」
いつもならサロンで夕方のティータイムをしている時間。
外出していたシャルリアが帰宅したと同時に夫婦の寝室へと連行され、俺たちはベッドの上で向かい合っていた。
しかし色っぽい雰囲気は皆無で、シャルリアは見たことがないくらい不機嫌な顔をしているし、俺は大罪人のように正座をして項垂れていた。
「仲間外れだなんてとんでもない。俺の世界は常に貴女を中心に回っています」
「そういう話ではないのアマス」
シャルリアは両手を組み、深いため息をこぼしている。
「お兄さまもお兄さまアマス。私といてもつまらないからと一人で人間屋に行ったり、他の男性と奴隷自慢ばかりしていたのに。今度は私の夫と虫で遊んでいるのアマスか?」
「シャルリア。虫は虫でもカブトムシです。しかもその辺に生息しているただのカブトムシとは比べ物にな、」
「だからそんな話はどうでもいいのアマス」
「ごめんなさい」
ピシャッとお叱りを受けて思わず姿勢を正す。
「……ずるい。私だってお兄さまやあなたと遊んでみたかったのに」
そう口にしたシャルリアはとても寂しそうな顔をしていた。
「シャルリアもカブトムシを……」
「虫には興味ないアマス」
「でしたら、次は貴女も一緒に楽しめる遊びをチャルロス聖に提案してみます」
「やだアマス。それではお兄さまが興味をお持ちではないもの。お兄さまは私と同じものがお好きではないアマスから」
シャルリアの言っていることは理不尽の塊でしかなかったが、そんなことは彼女自身も分かっているようだった。
花やアクセサリーを見に行くことが好きなシャルリアと、奴隷対決や魚や虫などをコレクションするのが好きなチャルロス聖とでは一緒に遊ぶのは難しいのかもしれない。
でもシャルリアはそれだと寂しいんだな。かといって、無理にチャルロス聖の趣味に合わせることも、その逆もしたくないと思ってる。
「あなたも私といるより、チャルロス兄さまと遊んでいる時の方が楽しそうアマスわ」
シャルリアは子供のようにムスッと頬を膨らませていた。可愛い。
「チャルロス聖との時間はとても楽しいですが、貴女と過ごす時間はもっと好きです」
「……嘘アマス」
「このようなことで、俺が貴女に嘘をつくはずがないとご存知でしょう?」
漸くシャルリアの表情が僅かに緩んできた。
彼女は怒っていても可愛らしいが、花のように微笑んでいる時が一番綺麗だ。
シャルリアは、未だに正座している俺の膝に手のひらを乗せてくる。
「では、これからはチャルロス兄さまからの誘いを断ってくださるのアマスね?」
「…………それは」
「……やはり、お兄さまもあなたも浮気者アマス!」
完全に選択を間違えた俺は、その後シャルリアの機嫌を取り戻すのに五時間ほどかかった。
「お前が噂のシャルリアの一番目かえ」
「あのシャルリアが大層可愛がっているとか」
まるで珍獣の鑑賞会かのように、複数人の天竜人が代わる代わる俺の顔を覗き込んでいく。
俺が今いる場所は、とある天竜人が開いたパーティー会場だ。
屋敷内で一番広い部屋を開放しているらしく、天竜人とその夫人や夫君達、そして彼らが連れている奴隷を入れてもまだまだ余裕がある。
普段はこのような場所に奴隷を連れて入ることはないそうだが、今日は奴隷を使った見せ物や、奴隷自慢が活発に行われているようだった。
一体何をお祝いするパーティーかは聞いていない。彼らはどんな些細なことでもすぐにパーティーを開くとはいえ、これだけの規模だ。相当めでたいことがあったんだろう。
「おい。何か喋ってみるえ」
会場の隅で置物のようにジッとしていても、シャルリアの夫というだけで目を引いてしまうらしい。
シャルリアには「相手が天竜人だろうと、あなたが嫌だと思うことはしなくていいアマスわ」と言われているものの、流石に天竜人を無視するのはマズい。
俺はその場で胸元に手を当て、軽く頭を下げた。
「お初にお目にかかります。シャルリア宮のご意向により、天竜人である皆様に対してこのような簡略的なご挨拶しかできないこと、どうか寛大な御心でお許しください」
先ほどからこちらを無遠慮に覗き込んでいた天竜人達は「やはりシャルリアが犬より可愛がっているというのは本当だった」だとか「その首輪はエルエムの特注品かえ?」と、さらに興味津々になっている。
俺を夫に迎える前のシャルリアは他の下々民の男を側に置くこともなければ、相手が天竜人だろうと一度も誘いに首を縦に振ることはなかったらしい。
喜びを隠しきれずにニヤニヤしていると、天竜人達に「コイツ、幸せそうだえ」と呆れられてしまった。
「ああっ!? おばえは……あの時の!!」
その後も次々と飛んでくる天竜人達の質問に一つ一つ答えていたら、たった今会場に入ってきた男が俺を指差してブルブルと震え始めた。
「なんだえ騒々しい。シャルリアの一番目と知り合いかえ?」
俺の首輪をじっくり眺めていた天竜人のうちの一人が煩わしそうに男へ目を向ける。
「貴方は……神の庭園でお会いした方ですね」
俺の記憶が正しければ、以前シャルリアと神の庭園を散歩した時に話しかけてきた天竜人だった。
「そうだ! わちきの可憐で美しいシャルリアがこのような男にィ……!!」
男は顔を真っ赤にして、怒りのあまり涙目にすらなっている。
……あの時はとくに何も思わなかったけど。「わちきの」ってなかなかにムカつくな。シャルリアは俺の妻なのに。「可憐で美しい」に関しては異論はない。
「でもシャルリアの一番目はなかなかに面白いらしい。この間チャルロスが自慢していたえ」
「気難しいところがあるロズワードですら、人間オークションの一件でこの男に一目置いたようだった」
ここに来てからやけに天竜人達に好意的に接してもらえてると思ったら……。俺自身に対してというよりは、「シャルリア達に受け入れられている元下々民」への興味ゆえらしかった。
「それがなんだと言うんだ! そこの男が穢らわしい下々民の男で、天竜人であるわちきから未来の美しい妻を奪ったのは事実だえ!! そうだろうチャルロス!?」
男は俺を指差しながら叫び、ちょうど別室から戻ってきたチャルロス聖を呼び止めていた。
「ん〜? なんの話だえ。わちし、シャルリアの夫を探すのに忙しいんだえ〜」
「だから! そのシャルリアの夫の話をしているんだえ!!」
相変わらずマイペースなチャルロス聖に、男がカッと目を見開いて怒りを露わにする。
チャルロス聖は右手に持っていたソフトクリームを頬張り、キョロキョロと周りを見渡して俺と目が合った。
「おお。こんなところにいたのかえ」
「チャルロス! 天竜人であるお前が下々民の男なんぞを探すとは……!!」
「むふふ〜ん。この男は珍しい遊びを知っているのがいいんだえ」
チャルロス聖は怒り狂っている男のことは気にも留めず、真っ直ぐ俺の元へ歩いてきた。
「シャルリアはいないのかえ?」
「はい。ティアンナ宮と一緒に、お付き合いのある方々と別室にいらっしゃるそうです」
このようなパーティーの一番の目的は社交だろう。チャルロス聖がロズワード聖と共に挨拶回りをしていたように、シャルリアにも貴婦人達との付き合いがあるようだった。
「チャルロス!! わちきが言いたいのは、その男のせいでわちきがシャルリアを妻に迎えることができなくなったことで……!」
「むふーん……シャルリアを妻に」
チャルロス聖は何かを思い出そうとするように視線を彷徨わせる。
「でも、シャルリアはお前のことは嫌いだと言っていたえ?」
「はぅあっ!? シャルリアが……わちきを……!?」
「そうだえ。これまでにシャルリアが好きだと言ったのは、そこにいる男だけ」
チャルロス聖が真っ直ぐ俺を指差したせいで、周りの天竜人達の視線が一気にこちらへ集まった。
シャルリアが好きだと言った男、この世に俺だけ。マジか。……マジか!!
「どうしよう。俺、チャルロス聖のことが好きになりそう…………」
「お前、心の声がダダ漏れだえ」
「大変失礼いたしました。チャルロス聖のことをお慕いしております」
「キモすぎだえ」
確かに言葉を間違えた感はある。というか天竜人も「キモすぎ」なんて言うんだな。
チャルロス聖と二人、サッと周りを見渡してシャルリアがいないことを確認し、同時にホッと肩を撫で下ろす。
また浮気者だと叫ばれてしまうところだった。
「おばえ……!! まさかシャルリアだけでなくチャルロスにまで!?」
「誤解です」
正直チャルロス聖には友情に近い何かが芽生えつつあるけど、断じてそういうのじゃない。
「奇跡のように美しい女性の夫という身に余る光栄を与えられた私が、他の方に目移りするはずがありません。私にはシャルリア宮だけです。あの方が私を望んでくださる限り、永遠に」
「シャルリアが美しいのは認めるが、おばえが好きなのはそれだけだえ!? わちきは幼き頃から彼女を見てきた。おばえも知らない彼女の内面をたくさん知ってる!」
表情に出ないように気を付けていたはずが、ぴくっと右の眉が動いてしまった。
「……そうですね。元下々民である私と違って、貴方はこの世界の神に等しく、何よりも尊い存在ですから。初めから敵うものなどないでしょう」
「フン。当たり前なことを。おばえがシャルリアの夫だというだけで吐き気がしてくるえ」
その場で吐くようなジェスチャーをした天竜人に対し、ふっと笑みを向ける。
小さな頭を侵食しようとしていた怒りや嫉妬といった負の感情が、あっという間に消えていく。
俺は本当に単純な男だ。あの人の前だと全てがどうでもよくなってしまう。
「…………貴婦人達とのお話はよろしいのですか? シャルリア宮」
人々の間を縫うようにして現れたのは、俺とお揃いの色のドレスを身につけた女性。
左腕には俺の首輪と対になる腕輪を付けており、胸元では俺の瞳と同じ色の宝石が上品な光を放っていた。
どこからどう見ても俺は彼女のものであり――彼女自身もまた、俺のものだった。
「私だけ先に出てきたの。あなたを一人にしてしまったのが気がかりで話に集中できなかったアマスわ」
「俺は大丈夫です。チャルロス聖のご友人方が親切にしてくださりました」
「まあそうだったのアマス?」
シャルリアはぐるっと周りにいた天竜人達を見渡し、誰もが見惚れるような柔らかい笑みを浮かべた。
「お兄さま方が私の夫を可愛がってくださっていたようで安心アマス。もし何かあったらと心配していたアマスから……今後も夫のことを気にかけてくださいまし」
シャルリアは大人びた雰囲気を纏ってはいるが、ロズワード聖やチャルロス聖への態度を見ていれば分かるようにとても甘え上手だ。
このパーティーの参加者は年上が多いことも相まって、シャルリアの可愛らしい妹仕草に天竜人達はでれっと顔全体を緩ませていた。
「勿論だシャルリア。お前とチャルロスがそこまで気に入っている男ならわちし達も興味があるえ」
「……ああっ、何をするえ! シャルリア! わちきは……!!」
「諦めるえ。これまでにシャルリアの物に手を出した者達がどうなったか知らないはずがないえ?」
ニコニコ顔をした天竜人のうちの一人が、例の男の肩に腕を回して連れ去っていく。
我の強そうな天竜人同士の揉め事ってどうしてるんだろうと疑問だったが、些細なことであればこうやって穏便に済ませるものらしい。
「それにしてもシャルリア。この数年間で見違えるほど美しくなったえ。ティアンナもだ。さっき見かけた時には驚いた。二人ともまだまだ可愛らしい子供だと思っていたのに」
「ふふ。嬉しいアマスわ。最後にお会いしたのは私が十二の頃だったアマス?」
穏やかな会話を続けるシャルリアと天竜人達を手持ち無沙汰に眺めていたら、視界の端でチャルロス聖がぶんぶんと勢いよく手まねきをしていた。
そんな、犬か猫を呼び寄せるみたいにしなくても。喜んで行くけど。
チャルロス聖のそばには先ほど俺に声をかけてきていた男性が三人ほど集まっており、全員が魚人族の奴隷を連れているようだった。
ピンとくるものがあり、確かめるように口を開く。
「チャルロス聖が魚人縛りの腕相撲大会で優勝した時の……」
「そうだえ。お前の話をしたら面白そうだと言うから」
チャルロス聖が今回のパーティーに連れてきたのも、例の奴隷二号だ。
どうやらチャルロス聖と彼らは特別に親しい仲であり、毎日のように奴隷を使った遊びに精を出しているらしい。
「チャルロス。お前が言っていたシャルリアの夫との楽しい遊びとは何なんだ? 早くわちき達にも教えるえ」
「シャルリアがこの下々民を気に入っているのはそのせいかえ?」
一人が俺のことを「下々民」と言った途端、チャルロス聖は顔を真っ青にさせてその男の口を手のひらで塞いでいた。
「いかんえ! もしシャルリアに聞かれでもしたら……この男を『下々民』と言えば二週間は口を利いてくれなくなり、跪かせた暁には一ヶ月以上目も合わせてくれなくなるえ……!」
チャルロス聖の口ぶりからして全て実体験のようだ。
「それはいかんえ……怒ったシャルリアはチャルロスの父君でも手を焼くそうだからな」
チャルロス聖と特別仲のいい友人なだけあって、彼らもシャルリアの恐ろしさを身をもって知っているらしい。チャルロス聖の忠告に何度も力強く頷いていた。
「シャルリアの夫とは、つい最近はカブトムシで遊んだえ」
「カブトムシ? あれは鑑賞用だろう。チャルロス、お前のピラニアの隣に置いてあるだけだった」
「わちしもそう思っていたが……とにかくアレがなかなかに面白かったんだえ。わちしはお前達ともカブトムシで遊んでみたい」
チャルロス聖の友人達はいまいちピンとこないようで、お互いの顔を見て肩を竦め合っている。
「わちき達の言葉も通じない虫でどう遊ぶんだえ。どう考えても魚同士を戦わせた方がいい。次は腕相撲ではなく、魚に命懸けで戦わせてみるえ!」
チャルロス聖達が連れている魚人達がビクッと肩を揺らし、地面を見つめたままガタガタと震え始める。
チャルロス聖はチャルロス聖で、友人達にカブトムシの魅力を理解してもらえなくてしょぼんと肩を落としていた。
「…………チャルロス聖が所有されているカブトムシは特別に体が大きく賢いようですから、アレに勝てる個体となるとなかなか難しいかもしれませんね」
俺が「特別」と口にした瞬間、天竜人達の耳が面白いくらい大きくなった。
「私はそれなりにカブトムシに詳しいという自負がありますが、チャルロス聖のカブトムシほど素晴らしいものはこれまでに見たことがありませんでした」
「なっ……チャルロスのカブトムシはそんなに強くてすごいのかえ……?」
「はい。見た目までかっこいいです」
「わちきの持ってるカブトムシもかっこいいえ!! おばえ、今度わちきのカブトムシを見にきて、チャルロスのとどっちがかっこいいか教えるんだえ!」
天竜人達は興奮で顔を真っ赤にしていた。そのくせ目をキラキラと期待で輝かせている。
シャルリアのことがなくても、俺が何となく彼らを嫌いになれない理由がここにあったようだ。
下々民への扱いはともかく、彼ら個人は子供がそのまま大きくなったように純粋さを失っていない。
俺は昔からそうだった。子供のように単純で真っ直ぐな人間を見るとすぐ好ましく思ってしまう。
ボニーやデュバル、かつてシャボンディ諸島で俺に自分達のことを兄と呼ばせていた愉快な男達。
デュバルを除いて全て過去のものとなってしまったが……。当時の俺が彼らに向けていた感情に偽りは一つもなかった。
「私のような者が……いいのでしょうか?」
「今度と言わず、今すぐ誰のカブトムシが最強かハッキリさせないと気がすまない。いいだろう、チャルロス!?」
「もちろんだえ! わちしのカブトムシも従者に持ってこさせるゆえ、この場でシャルリアの夫に最強のカブトムシを選ばせるえ!」
チャルロス聖含む全員が鼻息を荒くして、早速そばに控えていたそれぞれの従者に指示を飛ばしていた。
「……あなた。これは何の騒ぎなのアマス」
先ほど天竜人達との世間話を終えたシャルリアが俺の隣に並ぶ。
彼女の視線の先には、小テーブルを取り囲んで「やれ! わちきのカブトムシ一号!」「わちしのカブトムシが勝つえ!!」と騒いでいる天竜人達の姿があった。
最初はチャルロス聖と三人の友人達で行われていた小規模なカブトムシ対決は、どんどん他の天竜人達も乱入してきて、最終的にはパーティーに参加していた男性天竜人のほぼ全員が参加するほどになっていた。
「カブトムシの王を決めています」
「…………アレが楽しいのアマス?」
「チャルロス聖だけでなく、他の方々にも気に入っていただけたようです」
シャルリアは「そう……」と言いながら俺に寄りかかってくる。周りの女性天竜人の反応からして、彼女達にはこの遊びはウケが悪いようだった。
カブトムシの良さが分かる男という性別に生まれて本当によかった。
「シャルリアの夫! この男がカブトムシ同士の戦いに手を入れたが、これはルール上どうなんだえ!?」
「それはいけません。カブトムシ達の戦いに我々が介入するのは無粋です」
「ほら! お前が余計なことをしなければわちきの優秀なカブトムシが勝っていたのに……!!」
悔しそうに歯軋りしている天竜人に感化され、とりあえず観客に回っていた天竜人達も「あそこまで熱中するほど面白いらしいえ」「わちしの家にも珍しいカブトムシが!」と次々に従者を走らせていた。
「……チャルロス兄さまがここまで楽しそうになさっているのは、お父上様に初めて巨人族の奴隷を買っていただいた時以来アマスね」
シャルリアが、友人達とお互いのカブトムシを自慢し合っているチャルロス聖を見て複雑そうに目を細める。
「シャルリア宮。チャルロス聖に楽しんでいただけたのは光栄なのですが……パーティーを主催した方を不快にさせてしまうでしょうか?」
俺もまさかここまでの規模になるとは思ってなかった。
自分のパーティーに呼んだ客人達が全く別のことに関心を向けているなんて。天竜人じゃなくても気を悪くするに違いない。
「それは問題ないアマスわ。このパーティーの主催者はチャルロス兄さまのご友人だもの。不快になるどころか……ほら。ふふっ、一緒に遊んでいるアマスね」
このパーティーの主催者は、チャルロス聖と特別仲のいい友人三人組のうちの一人だったのか。
「シャルリアの夫! そんなところにいないで、近くでわちき達のカブトムシを見るえ!」
噂をすれば何とやら。チャルロス聖の友人が俺を呼ぶ。
ちらっとシャルリアを振り返れば、彼女は諦めたようにため息をついていた。
「いいアマスわ。今日は兄さまにあなたを貸してさしあげることにするアマス。それに、私にはまだティアとやることがあるアマスから」
シャルリアは軽く背伸びをして俺の頬に口付ける。
「私が戻ってきたら、すぐにチャルロス兄さまから返してもらうアマスわ」
「……はい。お待ちしています」
シャルリアがするりと俺の腕から手を離し、ティアンナ宮がいるであろう部屋へと消えていく。
ぼんやりと彼女が消えていった部屋の方を見つめていた俺に、再び天竜人達の催促の声が届いた。
「この男、また幸せそうな顔をしているえ」
「そんなことより、この場合の勝敗はどうなるのか教えるえ!」
痺れを切らした天竜人達に無理やり腕を掴まれて連行された俺は、その後も最強のカブトムシ決定戦とそれぞれのカブトムシ自慢大会にたっぷり付き合わされることになった。