シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
「……驚いた。もうここまで出来上がっていたのか」
先ほどチャルロス聖が鼻歌混じりに入っていった建物には、『神の
元下々民である俺が所有する下界の店とはいえ、俺のものはシャルリアのものなのだから大袈裟どころか妥当かもしれない。
入り口の真横には『店内は無礼講とさせていただいております』と走り書きされたプラカードが立てかけられていた。
チャルロス聖の訪問を知ったディスコ達が慌てて用意させたものだろう。あれからすぐ電伝虫で知らせておいて良かった。
「これはこれは……チャルロス聖! シャルリア宮の第一夫君! お待ちしておりました」
チャルロス聖の姿を認めた瞬間、俺でも反応できないようなスピードでディスコが店の奥から顔を出す。
彼が常々口にしていたプロ根性とやらを見た気がした。
ディスコは縁に小さなダイヤモンドらしき石をあしらったハート型のサングラスをかけており、オークションの時のようなイカれたダサい服でもなく、黒を基調としたスーツを上品に着こなしている。
「まだまだお客様をお迎えできるような状態ではなく申し訳ありません」
「構わないえ」
「ありがとうございます!! これから店に関するご相談をシャルリア宮のご夫君とさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「むーん……仕方ない。お前、すぐ戻ってくるんだえ」
「はい。チャルロス聖」
応接室へ案内されているチャルロス聖を見送ってから、ディスコと共にバックヤードへ向かう。
後ろ手で表と繋がる扉を閉じたディスコが、途端にすごい剣幕で詰め寄ってきた。
「ラース!! チャルロス聖が来るならもう少し店内をまともにしておいたのに……。店が小汚いだとか難癖を付けられて、支援ごと打ち切られたらどうするつもりだったんだよ!?」
「そのハートのサングラス。思ったより似合ってるじゃないか」
「へへ、そうか? どうせハートにするなら少しでもおれさまに似合うやつにしようと……ってちがーーう!! 今はそんなことはどうでもい!!」
乙女のように頬を染めたかと思えば、今度は顔を真っ赤にして怒ったり、相変わらず忙しない男だった。
「悪かったな。俺も電伝虫で連絡を入れる数分前まで、チャルロス聖がここに来ることは知らなかったんだ」
「お……おう。あんたに素直に謝られると、それはそれで調子が狂うな……」
ディスコは気まずそうに頬を掻き、「まあいい。そろそろ来てもらいたいと思ってたところだ」とすぐに切り替えていた。
「見ての通り店の準備は順調だ。聖地からその道のプロ達が派遣され、最低限必要な物もすぐに揃えられたからな」
「そのせいか。やけに進捗が早いと思っていた」
すでに外観はほぼ完成していて、内装の方はまだまだ足りないものが多そうに見えるが、一応店の体裁は整っている。
居抜きとはいえ、元は人間屋だった建物をこの短期間でよくもここまで整えられたものだ。しかも、俺の要望通りに三階まで増築されている。
この辺に疎い俺でもこれが異常だということはよく分かった。
「正式に店を開けられるのはいつ頃になる?」
「あんたは遅いと思うかもしれないが、おれは半年後にした方がいいと考えてる。何事も最初が肝心。一度中途半端なものを出してしまったら、その後いくら改善を重ねようと見向きもされない。貴族相手の商売なら尚更だ」
ディスコはそわそわと俺の顔色を窺いながら自分の意見を出してくる。
たった半年で店ができる時点で随分早い方だと思うが……。聖地から派遣された設計士と大工がよほど優秀なのか、すでに土台は完成している。
これまで以前の雇い主に無茶振りされすぎて、ディスコの感覚が狂ってるのか?
「分かった。だが、二階の例の部屋だけはもう少し早めに用意できないか?」
「昨日の夜からはそちらを最優先に動いてる。あんたがそう言うんじゃないかと思ってな。流行りが終わってからじゃ遅いんだろ?」
「……ディスコ。お前、優秀だな」
喋りは上手いし人間屋の実質的なトップだったならそれなりにやれるだろう、くらいの軽い気持ちでスカウトしたのに。
昨夜、俺が電伝虫で連絡を入れてすぐに優先順位を入れ替えてくれたようだ。
店全体のデザインや、置かれている家具一つ一つのセンスも良い。
人間オークションの時のような格好で現れることもなく、店の雰囲気にあった衣装を身につけてしっかり溶け込んでいる。
電伝虫越しの俺の些細な一言を逃さなかったことといい、今のところ文句のつけどころがなかった。
「優秀……おれが!?」
「やはりお前の以前の雇い主は見る目がなかったようだな。ところでデュバルはどこにいる?」
「あ、ああ。奴なら隣の部屋に」
瞠目しているディスコが指差した部屋の扉は僅かに開いており、俺が目を向けた瞬間、大きな影がビクッと震えた。
「デュバル」
「…………なっ、なしてオラだと分がったぬら!?」
「そんなデカい体で隠れているつもりだったのか」
デュバルは今から飼い主に叱られることが分かっている犬のように、恐る恐る部屋から出てくる。
「何をやった?」
「何もしてない! いや何もしなかったわけじゃ……しようという努力は勿論した!!」
大慌てで否定しているが、慌てすぎて自分でも何を言っているのかよく分からない感じになっているようだった。
「実は……アンタに頼まれてたビーブー兄弟の件で言わなきゃいけないことが……」
「逃げられでもしたのか?」
正直デュバルに頼んでいたことすら忘れていた。
いたなあ、そんな奴ら。あの後シャルリアと朝までイチャイチャできたし、むしろ俺を攫ってくれてありがとうと握手したいくらいだ。
「いや。おれが兄弟のところに向かった時には、すでに聖地の人間がいたんだ」
「……聖地の?」
「二人は大罪人だから奴隷にする、と。そのまま聖地へ連れて行かれちまったみてェで……だからアンタに頼まれたことは実行にすら移せなかったというか、おれは悪くないというか!!」
「そうだな、お前は悪くないようだ」
「へっ!?」
俺は何も聞いていないが、間違いなくシャルリアの指示だろう。
「……アンタ、笑ってるのか?」
「俺の妻は本当に可愛らしい人だな。お前もそう思うだろう?」
「まさか……あんたを夫にしたっていう天竜人が?」
「そのようだ。あの兄弟が奴隷に落ちたのなら罰は受けたことになる。よってデュバル、お前への頼みも取り消す」
ああどうしよう。元からシャルリアのことが好きだったのに、さらに好きになってしまいそうだ。
俺の為にそこまでしてくれる女性を他に知らない。なんて魅力的な人なんだろう。
ため息を吐いてうっとりしている俺に対して、デュバルとディスコは二人揃ってドン引きしていた。
「今回はいつまで滞在するつもりなんだ? アンタにしては随分長いこと留まっているようだが」
「言っただろう。今の俺は天竜人の夫であり、一人では外出もままならない身だと」
「以前のアンタなら、相手が天竜人だろうと関係ないと言ったはずだ。その首輪だってあのコーティング職人に外してもらえば……」
「デュバル」
未だに俺の変化を信じられないデュバルの言葉を遮る。
「すでに過去の俺はここでの生き方を決定した。シャルリア宮が望んでくださる限り、死ぬまで彼女の夫であり続ける。未来の俺にすら決定権はない」
「……飽き性なアンタに続けられるとは思えない」
この男は昔からそうだ。俺に怯える仕草を見せるくせに、思ったことは何でも素直に口にして、こうやって鋭い指摘も飛ばしてくる。
「俺という人間をよく知ってるお前に言われると耳が痛い。……確かに、これまでの俺はそうだったな」
シャボンディ諸島にいた頃も、半年ほどで全てに飽きてしまっていた。
それにも関わらず滞在し続けていたのは、一度くらいは結婚というものを経験してみたかったから。
適当な女を捕まえて結婚すれば楽に終わることは自分でも分かっていた。
でもそれは俺の考える『堅実な人間』がやりそうにないことだったし、いや、すでにあの頃の俺は、世間一般的な人間の考える堅実さとは真逆の振る舞いをしていた自覚もあったが……。
元々アレには無理がありすぎたんだ。極力自分という人間を変えずに、生き方だけを変えるだなんて。
だから最後は、己の考える堅実な自分として振る舞うことすら億劫になっていた。
俺に過度な期待を向けてくるあの女に素の自分で対応をしてしまったり、過ごせば過ごすほど粗が出てくる。
残りの半年間がずっとそうだったわけじゃない。兄のような同僚達のことは心の底から慕っていたし、彼らと一緒に過ごした時間のほとんどが楽しかった。
楽しかったが……それ以上でもそれ以下でもない。
結局は俺にとって、最初から最後までどうでもいい人間の枠を出なかったことを確認しただけだった。
「デュバル。お前は俺が故郷に帰れないことを知ってるだろ。ただの暇つぶしで各地を転々としていたつもりで……本当はずっと、自分が帰るべき場所を探していたのかもしれない」
今更になってあの女の言葉が正しかったことに気がつくなんて。とんだ皮肉だ。
「俺の旅はもう終わったんだ。シャルリア宮という、帰るべき場所を見つけてしまったから」
「……まあ、おれはアンタが幸せならそれでいいけどよ」
「なんだ。俺を心配してくれていたのか?」
「心配? まさか! 殺しても死なない悪魔みたいな男だろ、アンタは」
こっちは密かに感動してたのに、当の本人は無駄に周囲にバラを散らしながら首を横に振っていた。
この顔になってからウザさが八割り増しになった気がする。
デュバルは急に半目になって両手を体の前に突き出し、俺の攻撃から身を守るかのようなポーズをとった。
「…………? 拳が、こない」
「まさか私がこのような些細なことで暴力を振るう男だと思っているのですか? 心外ですね」
「うおおおお!? 何だその上品な感じ……! アンタには似合わねェよ!」
予想通りの反応をしてくれるデュバルに思わず笑ってしまった。
「無駄な時間を過ごした。俺はそろそろチャルロス聖の元へ戻る。他に報告しておくべきことはあるか?」
「無駄ってなんだ!! ノリノリだったくせに!」
「何もないはず……というか、お前たち本当に友人同士だったんだな」
ディスコの顔には「信じられないものを見た」と太字で書かれてあった。
「友達ィ!? そんなわけないだろ! ディスコはおれがこの男にどんな仕打ちを受けていたか知らねェから……!」
「……と、言っているが?」
「デュバルの虚言癖は気にするな」
出会った時に「仲良くしよう」と言ったのはデュバルの方だ。俺はついでに人生初の友達を作るというノルマを達成しただけ。
あの時はコイツの訛りが酷過ぎて残りはほとんど聞き取れなかったんだよな。
本人は「生まれた時から訛ってた」などと意味の分からないことも言っていたが、アイツが俺に無意味な嘘をつくとは思えないし……。
「と、に、か、く!! おれはもうアンタの為だけに動く都合のいい男じゃねェんだ! 今は若旦那達への恩返しで忙しい上に、急にいなくなった彼らの船を守るという大役が…………あっ」
「お前……それは俺にだけは言うべきじゃなかっただろ」
ロズワード聖は今でも麦わら達を血眼になって探している。何度か海軍に問い合わせている姿を見かけたこともあった。
もし彼らの船が無防備な状態でシャボンディ諸島に残っていると知ったら……まず跡形もなく壊されてしまうだろう。それとも、有名な海賊団の船としてコレクションする場合もあるんだろうか?
顔を真っ青にして滝のような汗をかいているデュバルに、こちらが頭を抱えたい気持ちにさせられてしまった。
「俺は妻にはこの手のことで嘘をつかないと決めている。彼女に尋ねられでもしたら正直に答えるしかなくなってしまう」
「そこを何とか……! おれァ、本当に麦わら達には感謝してるんだ。若旦那の役に立ちたいんだよ!」
デュバルは俺の両肩を掴んで必死に懇願してくる。
俺はどうしてか、昔からこの男に頼まれたことには全て応えてやりたいと思ってしまう。
「はぁ……分かった。忘れる努力はしてやる。もう二度と俺の前で麦わらの一味の情報を出すなよ」
「……ああ! ありがとう」
「暫くは花の調達を別の人間に任せてもいい。その代わり、店が完成したらディスコと共に売り子の仕事もやってくれ」
「売り子……!? おれがそんなまともな仕事をしたことがないことくらい、アンタも知ってるはずじゃ……」
自信なさげに目をキョロキョロさせているデュバルの肩に手を置く。
「ただ店にやってくる女達に花を売るだけだ。お前は余計なことを言わずに最低限の愛想で対応するだけでいい。……寡黙な花屋の男は確実にモテるぞ、俺が保証する」
「やらせていただきます」
「よく言った。天竜人の対応はディスコに任せておけ。お前はすぐ彼らの怒りを買いそうだからな」
デュバルは「ついにおれが女にモテる時代到来ー!!」とガッツポーズをするのに忙しく、俺の後半の言葉を聞いていたかすら怪しい。
目が合ったディスコが力強く頷いてくれた。任せていいらしい。
「チャルロス聖はまだ応接室にいらっしゃるのか?」
「部屋を移動すれば連絡が入ることになってる。ないってことは、まだそこにいるはずだ」
俺は「そうか」とだけ返し、未だに妄想の世界に浸っているデュバルを置いてバックヤードを離れた。
応接室に足を踏み入れた瞬間、中にいたチャルロス聖にビシッと指をさされた。
「お前!! 遅すぎだえ〜!!」
「はい。遅かったですよね」
素直に自分の非を認めたら、チャルロス聖は「分かっているならいいんだえ……」と渋々ながらに許してくれた。
「さっさと面白いところへわちしを連れて行くえ」
「実はお見せしたい部屋があるんです。まだ何も揃っていないのですが……」
謙遜じゃなくマジで何も無いんだけど、チャルロス聖は気に入ってくれるだろうか。ちょっと心配になってきた。
「二階へご案内します」
「三階は天竜人専用だと聞いた。そこではなく?」
「はい。二階は主に展示を……他でもないチャルロス聖に一度ご覧になっていただきたいのです」
チャルロス聖は「そこまで言うなら見てやらないこともない」といった満更でもなさそうな顔をする。
「失礼します」
階段の前でチャルロス聖を抱き上げ、そのまま段差を上っていく。
「……わちしの奴隷は?」
「あ」
半分くらい上ったところで、明らかに困惑しているチャルロス聖に指摘された。
しまった。いつも長めの段差ではシャルリアにそうしているから……まさかこの人相手にやらかすとは。
シャルリアと違って、チャルロス聖は常に自分の奴隷を使って移動しているのに。
「チャルロス聖の奴隷を置き去りにしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「謝るところはそこかえ!?」
「取りに戻りますか?」
「もういいえ……」
チャルロス聖は全てを諦めたらしい。奴隷の鎖を持ってついてきていた従者に「一階で待て」と命じていた。
「こちらの部屋です」
二階に作らせたものの中で一番広い部屋にチャルロス聖を誘導する。彼は中に入った途端に顔を顰め、「何だこれは」と不機嫌そうな声を出す。
「何もないえ」
「ええ。ここは展示室ですが、まだここに展示すべきものが決まっていないんです」
正面には壁掛けタイプの額縁がいくつか並んでおり、中には何も入っていない。その真下には、これまた何も載っていない台座が物寂しく鎮座しているのみ。
「これのどこが面白いんだえ」
俺は一言も面白い部屋だなんて言ってないんだけどなと思いつつ、「……当初の予定では」と続ける。
「壁一面にシャルリア宮のお写真を飾り、台座にはシャルリア宮を模した小さな像を載せ、その周りをシャルリア宮の誕生花で埋め尽くすつもりでした」
「……当初の、ということは今は」
「やめました。シャルリア宮のお姿を私以外の男性が目にすることは、到底耐えられない苦痛を伴うことに気づいたからです」
チャルロス聖は俺の返答を聞いて安堵するように胸を撫で下ろしている。
そうだよな。チャルロス聖だって、あれほど美しくて可愛らしい妹を不特定多数の男の前に晒したくはないはずだ。
「ではここには何を展示するんだえ?」
「中央の額縁には、カブトムシ大会の初代優勝者のお姿を飾らせていただこうかと思っています」
「初代……優勝者!?」
チャルロス聖は衝撃を受けたような顔をして、先ほどは興味なさげに流し見していた額縁に目を向ける。
「今後二回目や三回目が行われるようであれば、初代優勝者の左右に次の優勝者のお姿を飾ります」
チャルロス聖は再び背景に稲妻を走らせながら左右の額縁に視線を向けていく。
「この台座には何を? 優勝者の像かえ!?」
「サイズ的にもカブトムシにしようと思っています。優勝者がその大会で使用したカブトムシを模した像です。この像は二つ作成し、一つは優勝者に贈らせていただきますので、皆様のお部屋にも飾っていただけます」
「カブトムシの像!!」
ついにチャルロス聖は両目をキラキラと輝かせていた。
「悪くないえ……!」
「気に入っていただけたようで良かったです」
「これはカブトムシだけ? クワガタもかえ?」
「その時の聖地の流行に合わせますので限定はしていません。ここは聖地の流行の記録としても使うつもりですので」
天竜人に憧れている一部の下界の貴族達なら、この為だけに店に足を運ぶんじゃないだろうか?
俺の付き人の「後からでも天竜人の流行りを追いかける」という言葉が本当だとすれば、だが。
「ということは、また魚縛りの奴隷腕相撲大会を開けば優勝者として名が載るということかえ!」
「はい」
前回はチャルロス聖とそのご友人だけの小規模なものだったが、大々的に行えば当然参加者も増える。
チャルロス聖が再び優勝できる確率も低くなるけど……この反応を見る限り心配なさそうだ。
たくさん遊べることがとにかく嬉しいらしく、その場で小躍りしている。しかも「さ〜かなっ、さかなっ♪」という歌付きだった。
「この部屋は聖地の皆様に気に入っていただけるかどうかにかかっているのですが……ダメであれば、やはり私個人の部屋にして全面にシャルリア宮の、」
「それだけはやめるえ」
まだまだ未練たっぷりなシャルリア部屋に思いを馳せていたら、チャルロス聖に却下された。
「この店はいつ完成する?」
「店全体としては半年後で考えています。二階のこの部屋だけは急がせるつもりです。カブトムシ大会から日が経ち過ぎてはいけませんので」
「むーん……半年後。まだまだ先だえ〜、他には何を作るんだえ?」
全ての階級の人間が利用できる一階には花に関連した商品を並べ、天竜人と一部のVIP会員のみが入れる二階には展示室と小規模な大会や模擬練習が行える部屋の二つを用意し、天竜人限定の三階に何を置くかは完全に未定だった。俺が彼らの好みをイマイチ把握できていないからだ。
「三階については、チャルロス聖や皆様のご意見を募らせていただきたいです」
「カブトムシ大会の日が決まったら、お前も一緒に連れて行ってやるえ」
「ありがとうございます」
カブトムシ大会の主催はチャルロス聖ということになっていて、パーティーの時には不在だった人やカブトムシを用意できなかった人達の準備が出来次第、正式な第一回目となる大会が行われる。
どうやらロズワード聖も参加するらしく、チャルロス聖は「最大のライバルだえ……!」と震え上がっていた。
「もうこんな時間。シャルリアが帰ってくる前に屋敷へ戻るえ!」
「はい」
展示室を出て、またチャルロス聖を抱きかかえて階段を下りていく。
一階の階段前にはチャルロス聖の言いつけを守っていた従者と奴隷、そしてディスコが待機していた。
「むーん。今流れているこの曲はなんだえ」
「私も初めて聴く曲ですね」
店内には軽やかなテンポの歌が流れており、その出どころは小型の映像電伝虫のようだった。
「こちらは最近話題の歌姫、ウタのものです。不定期にライブ配信をしているんです」
「歌姫……ウタ?」
ディスコがうっとり顔のまま答える。
「彼女の歌声は本当に素晴らしい! ほんの短期間で多くのファンを獲得しているようです。ちなみにこの曲は『フラワー』といって、まさにこの店に相応しい曲でして!」
「この下々民はどこにいるんだえ?」
「そ、それは分かりかねますが……」
チャルロス聖は歌声の持ち主に興味を持ったようだったが、流石に居場所も分からない配信者相手に深追いする気にはなれなかったらしい。すぐに「そうかえ」と興味をなくしていた。
「随分と古い電伝虫のようですね」
「私の私物として長年使っている物ですから……映像は途切れ途切れで音質も良くないんです」
小型とはいえ個人が映像電伝虫を持ってるなんてすごいな。あの規模の人間屋をやっていただけある。
電伝虫から流れてくる音楽は、ノイズ混じりでもその素晴らしさが十分伝わってくるものだった。もしも質の良い電伝虫で聴くことができていれば、チャルロス聖は「今すぐこの歌声の持ち主を連れてこい!」と言い出していたに違いない。
「お前。歌は得意かえ?」
「……一度だけ子守唄をせがまれて歌ったら、悪夢を見たから二度と歌わないでくれと言われたことがあります」
チャルロス聖だけでなくディスコまで「なんか分かる気がする」という顔をしていた。失礼すぎるだろ。
「まあいい。次の奴隷は歌が得意な奴にするえ」
チャルロス聖は先ほどのフラワーという曲を口ずさみながら歩き出す。
「チャルロス聖、シャルリア宮の第一夫君。本日はお二人に店をご覧になっていただけて光栄でした。一日でも早く開店できるよう、今後も全力で取り組んでまいります」
その場に膝をついたディスコは、俺達が店を出ていくまで一切頭を上げなかった。