シャルリア宮の第一夫君   作:倉庫から出す

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ハンコック視点

 初めて目にした男は、わらわには理解の及ばない恐ろしい存在でしかなかった。

 

「見目がいいから姉妹揃って買ったのに! 反抗的な態度をとるばかりで腹が立つえ〜!!」

 

 時には理不尽な理由で殴られ、体内のものを全て吐き出すまで腹を踏みつけられる。

 

 二人の妹と共に天竜人の奴隷となったわらわ達にとってこのようなことは日常茶飯事。

 肉体だけでなく心すら磨耗していき、かつてはあれほど恐ろしかった死にすら救いを見出すようになっていた。

 

 今がどれだけ辛くとも肉体が死を迎えれば解放される……。

 死という終わりがあるからこそ、この地獄のような日々を耐えられていた。

 

「穢らわしい奴隷でなければ、わちきの妻として三人仲良く孕ませてやったところを……まあいい。次のパーティーで悪魔の実でも食わせてやる。いい余興になるはずだえ!」

 

 奴隷に直接触れたくないのか、わらわ達を奴隷商人から買った天竜人は常にグローブを付けている。

 

 聖地へ来てから天竜人にも色々いることを知った。

 

 相手が下々民や奴隷であろうと気にせず性欲を向ける者もいれば、目の前の男のように下々民以下の存在に素手で触れることや同じ空気を吸うことすら嫌う者もいる。

 

 女ヶ島で生まれ育ったわらわは、男と女がどのようにして子を成すのかを知らない。

 知らないが、この男との子など……考えただけでゾッとする。

 

 グローブ越しにわらわの顎を掴んでいた天竜人の男が、わらわと目が合った瞬間に激昂する。

 

「また……!! 奴隷のくせにわちきを睨んだ!!」

 

 わらわの後ろにいるソニア達の悲鳴は拳と肌がぶつかる音でかき消されてしまう。

 

 ――早く終わってほしい

 

 この地獄はいつまで続くのだろう。なぜ始まってしまったのだろう。

 

 あの日のわらわ達はただ、歳の離れた妹ができると知って九蛇の海賊船で少し浮かれていただけだった。

 

 マリーは「私にとって初めての妹よ!」と大喜びし、ソニアは「名前は何になると思う? 冬に生まれる予定だからツバキやスイセン……他にあったかしら」と待ちきれない様子で、わらわも「生まれる前から気にしたって仕方ない」と言いつつまだ見ぬ妹の存在に心が浮き足立っていた。

 

 それがいけなかったのか……いや、どちらにせよこうなる運命だったのかもしれない。

 

 

 

「――――魚人だ!! 魚人が暴れ回って奴隷達が逃げ出しているぞ!!」

 

 およそ四年後。

 死ぬまで逃れられないと思っていた地獄は、思いもよらぬ奇跡によって急遽終わりを告げることとなった。

 

 

 

 

 

「蛇姫様。……また妹君のお写真を見ていらしたのですか?」

 

 随分と色褪せてしまった写真を片手に溜息をつく。

 心配そうにこちらを見つめるエニシダに「過ぎたことじゃ」と返し、彼女が持ってきた白酒を受け取る。

 

「そうであった! そなたの末妹(まつまい)が突如姿を消してから十三年ほど経つニョか」

 

 九蛇城の皇帝の広間。無礼にも先ほど不法侵入してきた老婆を見下ろす。

 

 老婆ことニョン婆はエニシダの制止を振り切って、あろうことかサロメに背中を預けるわらわの隣にまで足を踏み込んできた。

 

「そこのサロメの片割れは……シャロムといったかニョう? 消えた妹君の代わりにそなたが世話をしておるとか」

 

 ニョン婆の視線の先では、サロメの双子として生まれた色違いの大蛇が興味なさげに目を伏せていた。

 サロメは青色のスカーフなのに対して、シャロムは赤色のスカーフを巻いている。先代皇帝の話では、末の妹が自ら選んで二匹に与えたものだそうだ。

 

「それにしても妹君はそなたによく似ておる。このまま成長しているニョなら……ニョッ!? ニョニをなさるのじゃ、蛇姫様!?」

「先代皇帝の温情で国に留まることができている存在で……断りもなくわらわの隣に立つとは何事じゃ」

 

 ニョン婆に放った蹴りは、歳のわりに身軽な動きによって避けられてしまった。

 本気ではなかったとはいえ気分は良くない。白酒に口をつけ、漸くわらわから距離をとったニョン婆を睨みつける。

 

「まだ話は終わっておりませニュぞ! 沖に停泊しておる中枢の者達の船について……」

 

 その後も続いた話を適当に聞き流し、いつまでも煩いニョン婆の髪を掴んで城の外へ放り投げた。

 

 

 

 

 

 九蛇城の天守閣にある浴場ではもうもうと湯けむりが立ち上っている。

 

 わらわが湯浴みを行う二刻の間、城内にいる全ての人間を外に出し、浴場の入り口を二人の妹に守らせることになっていた。

 

 身に纏っていた布を脱ぎ捨てて奴隷の烙印を押された素肌を晒さなければならぬ時間。

 しかし、人払いをしたことで確実に一人になれる貴重な時間。

 

 常に気を張っているわらわが唯一、ほんの僅かでも昔の自分に戻れる時間でもある。

 

 此度の遠征で体についた汚れを念入りに落としていく。綺麗になった体で湯に浸かって小さく息を吐いた。

 

 …………ニョン婆め。あの者が余計なことを口にするから、未だに行方の分からぬ妹のことが頭を離れなくなってしまった。

 

 末の妹がまだ生きているのなら十七になっているだろう。いや、まだ誕生日が来ていないから十六か。

 わらわ達がアマゾン・リリーに帰還した日も先代皇帝が「誕生日が来たら四歳になる」と言っていた。妹は無事に冬に生まれ、二歳になる頃にはサロメとシャロムを大層可愛がっていたという。

 先代皇帝曰く、「時々抜けているところがあって好奇心が旺盛な子」だそうだ。

 

 いざ先代皇帝と共に妹がいるというジャングルに行ってみれば、そこに彼女の姿はなかった。

 

 妹とよく遊んでいた子供に尋ねても心当たりはないという。ついには数時間後に、粗末な作りの小舟とまだ子供の毒海ヘビが消えていると大騒ぎになった。

 

 妹が自らの意思で国を出たのか何者かに攫われたのかは分からない。後者だとすれば、わらわに似た容姿をもつ妹がどこに連れ去られたのかは想像に難くない。

 

 先代皇帝は戦士達と共に国中を探し回り、遠征から帰ってくる度に妹の手掛かりは得られなかったと申し訳なさそうにしていた。

 

 わらわが皇帝の座についてからもそれとなく妹の行方を追ってはいたが、今日まで生死すら掴めずにいる。

 

「一体どこに…………」

 

 湯気に混じって呟いた時だった。

 

 ダァンッ!! と天守閣の屋根に物が当たったような音がしたかと思えば、わらわの真後ろに瓦礫と共に何かが落ちてきた。

 

()ちいい!! 水じゃなくてお湯……おっ、足がついた。何だここ風呂場か?」

 

 瞬時に振り返る。麦わら帽子を首にかけた男が立っていた。男は先ほどまで背中を向けていたわらわに対して何かに気が付いたように声を上げた。

 

「おめーの顔、つい最近見たような。背中の()()もどっかで……」

姉様(あねさま)!!」

「一体何事なの!?」

 

 異変を察知したマリーとソニア達が浴場へ駆け込んでくる。

 マリーが脱衣所に置いていたバスローブを肩にかけてくれておかげで、これ以上男の前で裸体を晒さずに済んだ。腰の位置にある紐をキツめに結び、改めて不法侵入してきた男と対峙する。

 

「背中の()()は、わらわ達が死んでも見られたくないものじゃ……!!」

 

 男は「背中を見たくらいで!」「そもそもお前誰だ!?」などと口にしていたが、容赦なくメロメロ甘風(メロウ)を放つ。

 

「………………?」

 

 十分な時間が過ぎても男は石にならない。間抜けにも腕だけでメロメロ甘風を防ごうとした素振りを見せているのみ。

 …………そんなはずはない。

 

「なぜ効かないの!? 姉様の裸体に見惚れない男なんているはずがないのに!」

「きっと死への恐怖が勝ったのよ! そうじゃなきゃ説明がつかない……!」

 

 もう一度だけ放ってみるも結果は同じ。

 

 ガラスを突き破って外へ飛び出した男を(ピストル)キスで撃ち落とし、真下に集まっていた九蛇海賊団に向かって叫んだ。

 

「九蛇海賊団!! そこの侵入者を取りおさえるのじゃ!!」

 

 

 

 

 

 眼下に広がるのは、闘技台とそれをぐるっと囲むように配置された客席。

 闘技台と客席の間の溝には鋭い剣が敷き詰められており、決して罪人を外へ逃がさない。

 

 闘技台の上では鉄のように硬いヘビ達に拘束された男だけが残されている。男をここまで運び込んだ戦士達は今頃客席に戻ってヤジを飛ばしているだろう。

 

「とにかくおれはここを出て行きてェ場所があんだよ! この国に用はない、海に出たいだけなんだ!!」

「生きてこの国を出られると思うな。死は免れぬ……!」

 

 このような状況に陥っても女ヶ島に来た目的を口にしない男に苛立つ。

 

 わらわが王下七武海となって世界政府と契約関係にあることで、表立って仕事が出来なくなった人攫いか?

 もしくは九蛇の財宝を探しに来た盗人か。

 

 どちらとて同じこと。男子禁制の女人国であるアマゾン・リリーに足を踏み入れた時点で、男に下された死刑が覆ることはない。

 

「お待ちください、蛇姫様!!」

 

 すぐにでも闘技台に処刑人を投入しようとしていたわらわを、どこか聞き覚えのある声が引き止めた。

 

「この者はおそらく嘘を言えるような人物ではありません!!」

「護国の戦士か」

「マーガレットといいます。……それにこの者は、先代皇帝や蛇姫様がずっとお探しになられていた末の妹君を知っている可能性があります」

 

 どうりで聞いたことのあるように感じられたわけだ。マーガレットというのは、わらわの末の妹と交流があったという子供の名だったはず。

 

「おもしろい冗談じゃ。ではそこの男はわらわに妹の居場所を教える為に、わざわざアマゾン・リリーまでやって来たと言うのか?」

「わ……私もこの者の目的までは把握しておりません……。ですが、この者が先代皇帝と私しか知り得ない妹君の名前を言い当てたのです!」

 

 恐怖と緊張を必死に押し退けながら続けられたマーガレットの言葉に眉を寄せる。

 

「そなたと先代しか知り得ぬ名じゃと……?」

「はい。妹君は生まれた時に授けられた名前はその……お気に召さなかったようで、消息が分からなくなる一年ほど前に先代皇帝が代わりの名をお考えになられたのです」

 

 これも先ほどのように冗談だと笑い飛ばせたらどんなに良かったか。

 頭に浮かんだのは、あの日真っ先に妹の名前を尋ねたマリーに「本人に聞いた方がいい」とだけ返した先代皇帝の複雑そうな表情だった。

 

「そうだ。誰かに似てると思ったんだよ! お前、あの変な格好の姉ちゃんなのか?」

「男!! 蛇姫様に対して『お前』とは無礼な……! まさか『変な格好』も妹君のことじゃないだろうな!?」

「お前がジャングルでやけに聞きたがってた、シャボンディ諸島で会ったラースってのが変な格好だよ。でもお前らさっきから妹って……」

 

 男の口からこれ以上無礼な言葉が出てこないようにする為か、マーガレットが「蛇姫様!!」と再度わらわに呼びかける。

 

「『ラース』は末の妹君の本来の名前の由来となったものと、同じ花言葉を持つ花から取ったものだと先代皇帝から聞いております。それに、この男がシャボンディ諸島で会ったというラースという人物の容姿も妹君のものと一致しています」

 

 女ヶ島で生まれる子供には「このように育ってほしい」という願いを込めて花の名が与えられることがほとんどだ。

 この島の人間は大人になるまでに花の名やその特徴など、花に関する知識が自然と身につくようになっている。

 

 末の妹に与えられた花の名前と同じ花言葉を持つ花といえば……。

 

「……口だけは達者なようじゃ。シャボンディ諸島で見たというラースという者がわらわの妹であるはずがない。そこの男の、命が惜しいが故の戯言に決まっておる」

 

 シャボンディ諸島にはシャッキーとレイリーがいる。彼らがわらわに似た容姿をしている妹に気づかないはずがなく、本当にいるのであれば今頃何かしらの連絡が来ているはずだ。

 

「それより……マーガレット」

「は……はいっ!」

「先ほどの、そなたがこの男を入国させたという話に偽りはないな?」

「……はい」

 

 覚悟を決めたマーガレットがこちらを見上げてくる。

 これから己の身に何が起こるのかアマゾン・リリーの人間であれば分からぬはずがない。

 そんなマーガレットに続き、スイトピーとアフェランドラの二人が己も同罪だと闘技台へ降りて来た。

 

 とびきり豪奢なつくりをした皇帝の観覧席から立ち上がり、彼女達と縛られた男がいる闘技台へわらわも足を降ろす。

 

 その場に手をついたマーガレットの顎を人差し指で持ち上げる。

 

「さあ(おもて)を上げよ……正直者のマーガレット」

 

 至近距離で目が合ったマーガレットがわらわの美しさに見惚れているのが分かる。

 

「ここでそなたを石にしてしまっても、まだ見ぬ妹は許してくれるじゃろう。なぜなら……」

「あっ……蛇姫様……!」

 

 わらわの囁き声にすら耐えられないといった様子のマーガレット達の前に両手を構えた。

 

「そう、わらわが美しいから――メロメロ甘風!!」

 

 魅了された三人があっという間に物言わぬ石に成り果てる。

 

「次はそなたの番じゃ、男!!」

 

 最後の見せ物にと、闘技台に処刑人であるバキュラを投入した。

 

 

 

 

「はぁ……。わらわは一体どうしてしまったのじゃ……」

 

 あの男……いやルフィが極刑の武々(ぶぶ)中に、背中の烙印を観客の前に晒しそうになったソニアを庇った時からだ。

 あの人のことを考えるだけで胸が苦しくなり、居ても立ってもいられなくなってしまう。

 

 マーガレット達の石化を解くか、この国を出る為の船を手に入れるか。どちらかを選ばせた時もそう。あの人はマーガレット達の石化が解けることを喜び、躊躇なくわらわに頭を下げた。

 

 わらわ達が天竜人の奴隷であったことを知っても蔑むどころか天竜人は嫌いだと口にする。その上、先日あの天竜人を殴り飛ばしたというのだから……この世にまだこのような勇敢な人が存在していたなんて。

 

 わらわに出来ることがあれば何でもして差し上げたい。

 

 そんな思いから彼をシャボンディ諸島まで送り届けることを申し出たが、その先に待っている別れのことを考えると胸が苦しいどころか痛くなった。

 

 ルフィと離れとうない。……ずっとお側にいたい。

 

「それが恋というもニョじゃ蛇姫! 己の気持ちに蓋をして偽り続ければ、いずれ命をも蝕む病となる。現に、ルフィと共に大監獄(インペルダウン)へ行くと決めてからは胸の痛みも落ち着いたはずじゃ。それに漸く末の妹君の手掛かりが手に……」

 

 恋はいつだってハリケーンなのだと騒ぎ立てているニョン婆を無視し、短い期間とはいえルフィと同じ船に乗るという事実に頬を染めた。

 

 

 

 

 

「今からパンゲア城に来いじゃと!?」

「はっ、はいハンコック様! マリンフォードでの戦いが完全に終わったようですので……。麦わらのルフィを乗せた潜水艦を追っていたこの船も、今すぐ帰還するようにと上から命じられております!」

 

 両目をハートの形にした海兵が勢いよく敬礼をする。

 

 わらわが無事にインペルダウンに送り届けたルフィが、兄であるポートガス・D・エースを目の前で失い、瀕死の状態で潜水艦に乗せられて逃げ延びたのがほんの数分前の出来事。

 

 わらわもこれから彼らが向かったアマゾン・リリーに戻る予定が……パンゲア城に向かえじゃと?

 あの悪夢のような場所、聖地マリージョアへ?

 

「ハンコック様は事前の集まりに不参加でしたので、今回は必ず来るようにとのことです。ほんの一時間程度の滞在になるかと思われますのでどうか……」

 

 これまでのわらわであれば、たとえ七武海の称号を剥奪されようとも真っ直ぐ国に向かっていただろう。

 しかし国には今、あの方がいる……。

 このタイミングでわらわが七武海でなくなってしまえば、療養が必要なあの方を安全に匿える場所がなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 ルフィのためならば、わらわはどこへでも行きます……♡

 

 相変わらず目をハートにさせている海兵達に指示を出し、マリージョアへと船を急がせた。

 

 

 

 

 

 およそ四年間。地獄のような日々を過ごした場所に再び足を踏み入れることは、わらわにとって容易なことではなかった。

 

 いっそ死んだ方がマシだと思わされるほどの痛みや苦しみ、己が人ですらない()()()に成り下がったのだという絶望感と無力感。

 

 わらわが最後まで正気を保っていられたのは妹達の存在があったからだ。……そこにはきっと、言葉を交わしたことすらない末の妹も含まれている。

 

 当時のことを思い出すだけで手足は震え、額からは冷や汗が流れ落ちていく。

 

 それでも引き返す選択肢はなかった。

 

 今この瞬間も生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているあの人に比べれば、わらわの痛みなど大したことではない。

 

 目の前で大切な兄を死なせてしまったあの人の心の傷に比べれば、かつてのわらわが受けた苦しみすら些細なもの。

 

 あの人の身に降り注ごうとする全ての痛みと苦しみを、わらわが受けることができればどんなにいいか……。

 

「――――以上で話は終わりだ。次にこのような事案があれば必ず来るように」

 

 パンゲア城での会議は三十分ほどで終わった。

 

 ずっとルフィのことを考えていたからどのような内容であったかすら忘れてしまった。

 

 誰よりも早く会議室を出たわらわを待っていたのは、わらわを城門からここまで案内した衛兵。

 

「ハンコック殿。外までご案内します」

 

 パンゲア城は九蛇城よりも広く複雑な構造をしており、気を抜けば迷い込んでしまいそうなほどだった。

 一分でも早くルフィの元へ帰るためにも、ここは大人しく案内させた方がいいだろう。

 

 来た時と同じように、衛兵にわらわの前を歩く許可を与える。

 

 長い廊下を歩き、すでに三度は道を曲がった。

 心ここに在らずだったとはいえ、ある程度は道を覚えていたこともあってすぐに違和感を覚えた。

 ……どうやら城門ではなく別の場所へ向かわされている。

 

「待て。そなた……わらわをどこへ連れて行くつもりじゃ」

 

 衛兵はぴたっと足を止め、緩慢な動きでこちらを振り返る。

 

「裏口です。こちらの方が近道ですから」

 

 淡々とした物言いに眉根が寄った。そんなはずはない。もうとっくに外に出ていてもおかしくない頃合いなのに、わらわ達はまだ城内にいる。

 

 ここでわらわを足止めする、もしくは別の場所へ誘導する意図とは一体。

 

 まさか電伝虫経由でわらわの容姿が配信されたことがきっかけで、あの時の天竜人がまたわらわを奴隷にしようとしている……?

 

 万が一にもわらわを攫った人攫いや当時関わりがあった天竜人達に気づかれぬよう、わらわの姿を写真に収めようとする者達のことは徹底的に石にしてきた。

 王下七武海になる以前に政府から出された手配書ですら、正面から写したものは一つもない。

 

「そなたの目的は分からぬが……」

 

 ヒールの音を立てながら衛兵に近づき、真正面に立つ。

 

「一体どこへ連れて行かれるのかと……わらわ……怖い…………♡」

「は?」

 

 衛兵はまともな反応もできぬほど、わらわの可憐さに見惚れているようだった。

 両手でハートの形を作り、間抜けな衛兵へ向ける。

 

「――メロメロ甘風ッ!!」

「こ、これは……!! 手からビーム!?」

 

 いつかのルフィのように、手でメロメロ甘風から身を守るような仕草をした衛兵。

 しかし、今回も何も起こらない。

 

「…………」

「…………今のは何ビームでしたか? 時間差で相手の肉が飛び散るタイプ?」

 

 両手を下ろした衛兵が心なしかそわそわした様子で尋ねてくる。

 

「まさか九蛇に代々伝わる特殊ビームとか……九蛇の人間なら練習次第で使えたり、」

「そんなはずはない! あの方以外にわらわに魅了されない男がこの世にいるはずが……!」

 

 まだ何か言いかけていた衛兵をギロッと睨みつける。

 

芳香脚(パフューム・フェムル)!!」

 

 すらりと伸ばした脚は意外にも素早い動きで避けられ、お返しにと槍が飛んでくる。

 

「多少は覇気を使えるようじゃな」

 

 同じように覇気を纏った脚で槍を受け流す。わらわの足場となっていたサロメが尻尾で槍を投げ飛ばした。

 

 到底手の届かない場所に飛ばされた槍を目だけで追っていた衛兵が溜息をこぼす。

 

「流石の身のこなしですね。……やはり大人しく従ってくれそうにない」

 

 衛兵が頭に被っていた鉄兜を両手で掴んで持ち上げる。

 

 露わになった衛兵の顔を見た瞬間に言葉を失った。

 サロメは威嚇音とも違う切なげな音を出し、両目から涙を溢しながら衛兵に飛びついていた。

 

 衛兵は慣れた手つきでサロメの顎に手を添え、懐かしげに目を細める。

 

「いくらお前でも、元の持ち主の匂いが残ってる甲冑を身につけた俺には気づけなかったらしいな。サロメ」

 

 衛兵の短めの黒髪が揺れ、サロメに向いていた目がわらわの姿を収める。

 

 男女の決定的な違いさえなければ、もう一人の自分が現れたと錯覚したかもしれない。

 

 そう思わせる程度には青年の顔は己のものに近く、微かに二人の妹達の面影も感じられた。

 

「その反応。私が何者か分かっていただけましたか」

「…………男?」

 

 意地でも認めたくない心が正常な思考を妨げようとする。

 

「ええ。貴女の血を分けた弟です」

 

 男は物腰の柔らかい話し方を一変させた。

 

「――――しかし、今の私は天竜人の第一の夫。今ここに立っているのは私の意思ではありませんが……」

 

 先ほどまで優しくサロメを撫でていた手が、乱暴にサロメが被っている髑髏を掴む。

 

「聖地に足を踏み入れた以上、この先は私に従っていただきます。……姉様(あねさま)

 

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