シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
「これが泥棒猫のナミで…………お前は?」
完全に床と同化しているナミ(仮)に向けていた指を先ほどの女に移動させる。
「だから似てないって言っ……あんた、女とは口きかないんじゃなかったの?」
武器を振り上げたままだった女が、怒りの形相から不思議そうな表情になる。
それを知ってるってことは、
「なんだ。お前がそうなのか。妻の許しを得て下々民の女とも会話ができるようになった」
「ふーん。……あんたの目おかしいわよ。どう見ても違うじゃない。この美人をあんなのと間違うなんて失礼しちゃうわ」
ナミ(本物)がため息と共に振り上げていた武器を下ろす。
「悪いな。俺の妻があまりにも美しいから他の女はみんな同じ顔に見えるんだよ。これでも髪色とか長さとか顔以外の部分を記憶しようとはしてて……。いや心配しなくていい。お前も美人なんだろうとは思う。たださっきも言ったが俺の妻が規格外に美しすぎるせいでだな、」
「ほんといちいちムカつくわね、あんた」
ナミは怒っているような口調ではあったが、その表情は明らかに呆れていた。
「さっきから何をごちゃごちゃ言ってやがるんだ!? うちの航海士を潰しやがって……!!」
キレた時の海王類と同じ目をした麦わらのルフィ……いや、この流れだとコイツも偽物か? とにかくルフィに似た男が懐から銃を取り出す。
「おれは麦わらのルフィなんだぞ! てめェら、このおれの仲間に手を出して無事に店を出られると思うなよ!!」
真っ直ぐ俺に向けられた銃口をじっと見つめる。
「…………俺がいつ、膝付き以外の無礼を許した?」
「ああ? 何を言っ…………てッ!?」
ルフィもどきが最後まで言い終わる前にその頭を掴み、近くのテーブルに勢いよく押し付けた。木製のテーブルが真っ二つに割れる。
男の頭は最終的に床に突き刺さり、離れたところで足から埋まってるナミもどきの姿も相まって酒場内のオブジェのようになっていた。
「ルフィ船長!?」
「俺への無礼は天竜人シャルリア宮への無礼ということになっている。お前は今、天竜人に銃を向けたんだ……この程度で済んだことをありがたく思うんだな」
これに関しては情報を後出しにした俺にも落ち度があるから命を奪うまではしない。
床から生えている男には聞こえてもいないだろうが、後で周りの仲間達から知らされるだろう。
振り返った先にいたナミは俺と目が合うとビクッと肩を震わせた。
「な……何よ。さっきあんたの頭を割ろうとしたことを根に持ってるわけ?」
「…………いや」
殺人未遂は根に持つレベルの話じゃないと思うんだが。
「アンタのところの船長には大きな借りがある。それにさっきのは間違えた俺も悪かったからな」
「大きな借りって」
「あの男もこの島に来ているのか? 会ったら『姉様の件は助かった』と伝えておいてくれ」
麦わらの一味がこの島に集まっているということは……確実に何かしらの厄介事が起きるな。この程度の騒動じゃ終わらないって断言できる。
さっさと用事を済ませて聖地へ帰ろう。
「じゃあ、俺はこの辺で……」
「待てえ!! ルフィ船長をこんなダサ……くないけど、惨め……でもないけど! そう!! あられもない姿にしておいて逃すわけないだろ!!」
「何度も言い直しておいてそれかよ」
お前らが一番ルフィ船長とやらの威厳を落としてないか?
ルフィもどきと同じ銃を手にしたフランキーもどきが……って、もどきもどき言いにくいな。そいつが無差別に発砲を始める。
他の客がこれ以上はヤバそうだと判断して酒場を飛び出して行った。
俺が厄介事を引き寄せやすいのか、麦わらの一味がそうなのか。それとも両方なのか。
面倒だけど仕方ないと片足を浮かせようとした俺の耳に、聞いたことのある声が届いた。
「――――必殺緑星! デビル!!」
酒場内に突然現れた巨大な植物が、グワッと体のサイズに見合った大きな口を開く。
植物はあっという間に銃を乱射していた偽フランキーを丸呑みにし、周囲には涎と一緒に消化液らしきものが飛び散る。
「なんだこれはあああ!? あ、あつっ! 溶けてる! ちょっとずつ溶けてる気がするぅ!!」
偽フランキーがバタバタと体を揺らすも、檻状になっている植物の口からは逃れられないようだった。
俺が酒場に来る前から中にいた客だろう。俺とナミの前に移動してきた鼻の長い男が、目元を覆い隠していた帽子を軽く指で押し上げる。
「ウソップ!? 久しぶり〜!! 何よ逞しくなっちゃってるじゃない!」
目を輝かせたナミが男に抱きつく。
「ウぶ♡ ナミ、そういうお前こそ随分と実っちまって…………って、えーっ!?
ウソップと呼ばれた男が俺を見て飛び上がる。
そうかこの男、ロズワード聖の頭上から落ちてきた例の命知らずか。
「……あの。ウソップ……さん」
「天竜人の夫がおれをさん付け!?」
「ちょっと話は後!! 場所を変えるわよ!」
ナミがウソップの腕と俺の服の裾を掴んで走り出す。
「まて。なんで俺まで」
「あんたウソップと話したいことがあるんでしょ? ほらこれ持ってて!!」
「うぶっ」
だからって天竜人の夫を問答無用で連れて行こうとするか?
しかも自分が腕に引っ掛けていた大量のショップバッグを顔面に押し付けてくる。……正気かよ!
「落としたら殴るわよ」
「…………ハイ」
これは脅しじゃない。この女なら絶対にやる。
「シャロム!」
酒場を出て、店の外で待っていたシャロムに声をかけた。
「え。何この大きなヘビ……きゃあっ!?」
「ぎゃあああ! 丸呑みにされるぅ〜!!」
俺たちに尻尾を巻きつけてきたシャロムの体を撫でてやり、二人は敵ではないことを伝える。
「目的地は?」
「これあんたのヘビなの!? えっと……後は服と靴を買ってから船に戻るつもりよ」
「……まだ買うのか。ならボンチャリがあった方がいいな」
ウソップも燃料の調達を任されていて、目的の店は三十番台のGRにあるそうだ。
「買い物をしながら三十番GRに向かうのはどうだ? そこのボンチャリ店の店主は顔見知りだからタダで貸してくれると思う」
タダと聞いた途端、ナミの目が分かりやすく輝いた。
「シャロム。三十番までゆっくり向かってくれ」
見知らぬ二人の人間を乗せて移動するのが不服らしい。
シャロムはどこかムスッとした表情のまま、仕方なくといった様子で進み始めた。
「…………んで、これが『ラフレシア』だ。その強烈な匂いで相手の戦意を喪失させることが出来る」
「ここで見せてもらってもいいか?」
「ダメだ。おれ達の鼻が死ぬ」
三十番GRでボンチャリを調達した俺達は、ナミが同GRにある店で熱心に服を見ている間に会話に花を咲かせていた。
二人してボンチャリに腰掛け、ウソップが持つポップグリーンという種を一つずつ見せてもらう。
「アンタがさっき酒場で使ってた『デビル』は名前も含めてかっこいいな。妻の庭園にいるのは食人花で……花じゃないタイプは初めて見た」
「だろ!? って、食人花がいるってどんな庭園だよ」
「もう一度見せてもらってもいいか?」
「絶対にダメだ」
パーク内で怪我人を出す気かとウソップは首を縦に振ってくれない。
じゃあ適当な海賊をとっ捕まえて、と言おうとして彼らも海賊だったことを思い出す。……海賊なのに民間人への被害を気にするなんて変わってる。
「そんなに興味があるならいくつか分けてやろうか?」
「え」
「育てるのにちょっとしたコツがいるんだが、一度覚えちまえば簡単だ。後で育て方をまとめた紙もやるよ」
ウソップは袋から一つ一つ種を取り出し、「こっちがデビルで、これがトランポリア。高く飛べて楽しいぞ」と俺の手のひらに並べていく。
「…………俺に無条件で何かをくれるのは俺にお願いされた女か、俺が脅した男だけなのに。なんで何も言ってないのに貴重な種を分けてくれるんだ?」
「こえーよ! せめて男にもお願いしろよ」
「俺なら野郎にお願いされたら殴りたくなる」
「この流れで脅すがマシなことあんのか」
ウソップはやりづらそうに頭を掻き、「そんな大層な理由はねェんだが……」と困り顔になる。
どうやら本当に純粋な好意のみで譲ろうとしてくれていたらしい。
「…………ありがとう」
「おう。全部こっちの袋に入れとくからな」
ウソップが用意してくれた袋に、シャロムがスンスンと鼻を近づけて匂いを嗅ごうとする。
「おいおい。やめとけ、ラフレシアは種の時点でちょっと臭ェんだ」
手の甲をシャロムの口に押し付けるようにして袋から離れさせた姿に瞠目する。
ついさっきまで丸呑みにされると騒ぎ立てていた男と同一人物だとは思えない。
「この手の生き物の扱いに慣れてるんだな。シャロムも珍しく嫌がっていない」
「へへっ、まあな。このおれ様にかかればこんなもんよ」
「でも無防備に指を差し出すのは――あっ」
「いだだだぁっ!?」
パクッと指ごと食われたウソップが悲鳴を上げる。
慌ててシャロムの口をこじ開けると、傷一つ付いていない手が出てきた。
「なんだ。口に入れただけか」
「はぁ……はぁ……食いちぎられたかと思ったぜ……!」
「いつもなら食いちぎられてるか毒をくらってお陀仏だ。ラッキーだったな」
不思議そうにしているシャロムに「天竜人だけじゃなくこの男にも危害を加えるのはダメだ。一応」と念押ししておく。ウソップは「一応ではなく絶対と言っておいてくれたまえ!!」と懇願してきた。
「なによ。もしかして仲良くなったの?」
俺とウソップの背中に驚嘆の声がかけられる。
「ナミ。目的のものは買えたようだな」
「ええ! 大満足♡」
両腕に大量のショップバッグを抱えたナミがにっこり笑う。
「本当は宝石類も見たかったんだけど……そろそろ船に戻らないとね」
重いため息をついたナミに、そういえばアレがあったなと懐からジャラジャラ音を立てながら宝飾品たちを取り出す。
「偽物の麦わらの一味が持ってたやつ。ポップグリーンの礼ってことで半分やるよ」
「あんた……いつの間に!?」
「ウソップがデビルを出した時に。あのレベルの海賊のにしては質が良さそうだから献上品だろうな」
「お……お兄さま…………♡」
「お前年下だったのか」
とくに含みのない疑問だったが、ナミには「老けて見えるって言いたいわけ!?」と殴られそうになった。首輪のこともあって全力で避けた。
しかも後から聞いたら一つ年上だった。何もかも理不尽すぎる。
ウソップ達と別れ、ポップグリーンが入った袋を大事に抱えながらシャロムと並んで歩く。
とくに『デビル』はチャルロス義兄様も喜んでくれるだろう。以前から庭園の食人花を目にするたびに「もっとデカくてかっこいいのがほしいえ〜」と残念そうにしてたから。
ウソップは「土と水さえあれば育てられる」って言ってたけど、聖地の土でもいけるんだろうか。
適当なプランターを用意してシャボンディの土を使った方が確実かもしれない。明日にでも付き人に準備してもらおう。
そんなわけでカブトムシは諦めて、今度こそ聖地へ帰ろうと……したんだけど。
義兄様以外にもお土産を頼まれていたことを思い出して、また四十番台のGRに戻ってきたのがいけなかった。
四十番GR。トレンドの扇子を取り扱っている店を出た俺は、丁度店の前を巨大なリュックを背負いながら通り過ぎようとしていた人物と目が合った。
「あ。お前は『変な格好』! 相変わらず変な格好してんな」
「…………麦わらのルフィ」
間違いない。今度こそ本物の麦わらのルフィだ。
にししと屈託なく笑う男はトレードマークである麦わら帽子は被っておらず、それどころか妙なヒゲが生えていた。
頭に深く被ったフードの隙間から好奇心旺盛そうな瞳が二つ、俺を真っ直ぐ見つめている。
「ハンコックに会えたんだろ? よかったな〜!」
「……その件はありがとうございました。貴方が姉様に私のことを伝えてくれていなかったら、きっと話もさせてもらえなかったと思います」
「ああ、アイツら男ってだけで殺そうとしてくるもんなー。……ん? なんで女しか生まれない国にお前が生まれたんだ?」
「今!? ……さあ、私が聞きたいくらいですね」
この男、その事に今更気づくなんてどれだけ鈍いんだ。
「まだ天竜人の夫やってんのか?」
「……貴方くらいでしょうね。天竜人の夫になることを、まるで期間限定の気軽なもののように口にするのは」
「ハンコックが言ってたな。お前が自ら望んでるとか何とか」
「ええ。私は今もこれからも、死ぬまでそうあり続けるつもりです」
ルフィは関心があるのかないのか「ふーん」とだけ口にする。
「さっき貴方のお仲間に会いましたよ」
「ほんとか!? ゾロか? ナミか?」
「ナミとウソップです」
「ナミとウソップかー! 早く会いてェなー」
「ところで、この島には他に麦わらの一味を名乗る奴らがいて……」
「んんっ!? あれっ、お前ら……!! もしかして……!!」
俺の忠告を完全にスルーしたルフィが、前方から歩いてくる二人組に釘付けになる。
腰に刀を三本差している男と、黒スーツを着こなした特徴的な眉を持つ男。
「ゾロー!! サンジー!! 久しぶりだなァー!!」
ルフィが二人の後ろに回り込んでその背中をバシバシと叩く。
「そ……そうだ。おれがサンジ」
「ゾ……ゾロだぜっ!」
「あれ? お前らそんな口調だっけ」
不思議そうに首を傾げるルフィに、二人は慌てた様子で口を噤む。
「待ってください。彼らは偽者です。私が先ほど忠告してさしあげたでしょう。……とくにこのサンジ、あれだけ似ていたのにデュバルの要素がほぼなくなっているではありませんか」
「偽者ォ? サンジとゾロだって言ってんのにィ?」
「では私がウソップだと言ったら信じるのですか」
「お前は変な格好だろ。で、ラースとかいう名前の……サザンカだっけ?」
「サから始まる方で呼ばないでください、二度と」
無意識のうちに寄っていた眉間の皺を指でほぐすように押す。この男との会話には余計な体力を消費させられる。
「……そうですか。まあいいでしょう。私はこの辺りで失礼させていただきます」
この男なら偽者相手に手を焼くことはないだろう。
しかし、偽のサンジとゾロが去ろうとした俺の前に立ちはだかる。
「待て!! お前にはまだ用がある」
「ゾロ? 変な格好に用って何だ?」
「そっ……それはまあ、色々だ。大事なことなんだよ」
ルフィは「二年振りだからかなー。お前ら口調だけじゃなくて顔も違うよなー。あっそうか、おれみたいに変装してんのか?」なんて能天気なことを言っている。
「……お前らの船長とやらに連れてくるように言われたのか? 悪いが雑魚の遊びにはこれ以上、」
「よっと」
ガシッと腕を掴まれた。
俺の腕を掴んでいるのは麦わらのルフィで――彼は嫌な予感がするくらい楽しそうな顔をしていた。
「うし。よく分かんねェけど変な格好も連れて行ったらいいんだな。で、どこ行くんだ?」
「あ……四十六番GRに」
「みんなそこに集まってんのか……!! 楽しみだな〜!!」
ルフィは偽者達を置き去りする勢いで走り出す。当然、俺の腕を掴んだまま。
俺のそばにいたシャロムはいくつかの疑問符を周囲に飛ばしながら追いかけてくる。
「……いや。まてまてまてまてまて!! 何で俺を連れて行っ……いい加減この手を離せ! 俺がお前に傷一つ付けられないからってこれはないだろう!!」
「何の話だ?」
「このバカが……っ!!」
何が面白そうな奴らだ。そういうのは自分に影響の及ばない場所から眺めるからこそのもので、こんな……俺が振り回される立場になるなんてこれっぽっちも考えてこなかった。
「俺の言葉は通じてるんだよな? 面倒だがもう一度説明してやる、あの二人は偽者で本物は別にいる。俺はさっき偽のお前にも会ったんだよ!」
「あ。間違えた。別のGRに来ちまった」
「聞いてすらいない!?」
ルフィは「うっかり」の文字を頭上に浮かべながら方向転換する。
そんな……。話が通じないどころか届いてすらいない相手をどうやって説得すればいいんだ……。
今まで生きてきてこれほど打ちのめされた経験はない。無理だ、この男は俺の手には負えない。
「ここか。ゾロ〜! サンジ〜! なんか足まで遅くなってねェか?」
ついに四十六番GRに到着したルフィは、ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返しながらよたよたした動きで付いてきていた偽者達を見て首を傾げた。