シャルリア宮の第一夫君   作:倉庫から出す

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心的外傷

「仕方ないわよ、ルフィなんだから」

「ルフィだからな」

 

 麦わらの一味の船の上。

 なんでお前がここにいるんだという視線を寄越してきたナミとウソップに、これまでの経緯を丁寧に説明したら上の反応が返ってきた。

 

「とにかく俺はもう用済みでいいな? 妻に早めに帰ると約束したのに……」

「ええ。ついでにあそこに見える軍艦止めてきてくれない?」

「そんな軽いノリで頼む内容じゃないだろ」

 

 いくら何でも俺に海賊を捕らえようとしてる海軍の仕事を妨害する権利はない。

 

「アンタがいるからか撃ってこないわね。……もうこのまま一緒に魚人島まで行く?」

「行くわけ……」

「変な格好、おれの船に乗るのか? 別にいいぞ」

 

 さっきまでフランキーとやらの姿に感激していたルフィがあっさりと乗船許可を出してきた。

 

「まてまて!! ルフィ、確かにコイツは悪いヤツには見えねェが天竜人の夫だぞ!? それにお貴族様が海賊なんて……お前何か特技でもあんのか?」

「…………恐喝♡」

「ルフィ!! 取り調べの結果、危険すぎる男だと判明!!」

 

 騒ぎ立てているのはウソップくらいで、他の船員はそれこそ「まあルフィだから」くらいのテンションだった。本当にいいのかそれで。

 

 とはいえあのサンジが大人しいのは意外だと思っていたら、船の隅でチョッパーによる手当てを受けていた。そういやさっき、突然鼻血を出して空に打ち上げられていた気がする。

 

 二年前にシャルリアの下着を要求したあのクソガイコツも何かしらの攻撃を受けた後らしく、サンジのそばで痙攣しながら死にかけていた。……今なら簡単にトドメをさせそうだな。

 

「レイリーが言ってたぞ。お前、魚人島に興味持ってたって」

「あの人はどうでもいいことを覚えてるな。天竜人の夫(おれ)がお前達の船に乗るはずがない」

 

 ウソップはホッと胸を撫で下ろし、ルフィは何を考えているのか分からない顔でこちらをじっと見ていた。

 

「でも()()()行きたいんだろ?」

「……お前と一緒にいたら退屈する暇もないんだろうな。でも俺は乗らないよ。妻を置いていけない」

 

 本当に……シャルリアよりも先に彼らと出会わなくてよかった。タイミングが違ったらこの魅力的な誘いを断れた気がしない。

 

 今の俺が魚人島に行くとしたら、それはシャルリアかチャルロス義兄様と一緒にだろう。

 

「麦わらの一味!! 今すぐシャルリア宮の第一夫君を解放するんだ! ……頼むから!!」

「やべ、撃ってこねェけど近づいてくるぞ!」

「ついにおれたちに捕まれって言わずに人質の解放だけ要求してきたな。かなり切実な感じで」

 

 多分、俺が人質になってることがシャルリアに伝わってるからだ。聖地から何かしらの圧がかかったんだろう。

 

「仕方ない。ここはおれのスゥーパァーウルトラハイパービームで……」

「…………お前、ビームが出るのか? よく見たらその体……ロボ!? かっこいいな!!」

「あんたもかァ! そんな暇ないって言ってるでしょ!!」

 

 フランキーのロボみたいな姿に目を輝かせていたら、背後から細長い棒で頭を殴られた。

 頭のズキズキとした痛みのことはすぐに忘れてフランキーに詰め寄る。

 

「ちょっとその腕外して見せてもらってもいいか?」

「ダメだ」

「ほんのちょっとだけ。片手だけでいいから……」

「キョカデキマセン」

 

 丁寧な機械音声で断られた。システムがそう判断したのなら仕方ない、か。

 

「マズい。痺れを切らした軍艦の大砲が……!」

 

 威嚇目的なのか、放たれた砲弾はこちらの船よりも手前の海に落ちていく。

 船体がぐらっと大きく傾き、周囲に緊張が走った。

 

「こちらも反撃を!!」

 

 各自が慌ただしく持ち場へ走っていく中、巨大な軍艦の前に一隻の海賊船が横入りしたのが見えた。

 

「…………あのマークは」

「九蛇のマークね。七武海である海賊女帝が率いる女人だけの海賊……」

 

 俺の言葉に被せるようにしてニコ・ロビンが口にする。

 味方である七武海の乱入に、海軍側は攻撃の手を止めるしかないようだった。

 

「七武海!? なんだあの絶世の美女は……でもすげー見覚えのある顔してねェか?」

「はうぁっ!?」

「わっ! 眩しい!! 美しさが留まるところを知らない!!」

 

 ウソップに加えて、死にかけていたはずのサンジとガイコツまで双眼鏡を手にした状態で両目をハートにしている。

 サンジにいたってはハートは片目だけであり、半身だけ石化していた。逆側は何かを悟ったかのように真顔だ。

 

「……おいエセ天竜人。おれはなァ……この二年間、バケモノしかいない国で死と隣り合わせの生活を続けてきたんだ」

「…………? そうか」

 

 バケモノしかいない国って、俺でいうルスカイナでの生活みたいなものか。でもどうして急に俺にその話をしようと思ったのかが分からない。

 

「来る日も来る日も襲われそうになり、時には逃げて時には必死に反撃する日々……。そんなおれにとって、女人国とそこにいるという世界一の美女の存在がどれだけ心の支えになっていたか……ッ!!」

 

 サンジは眉をハの字にして号泣していた。それも半身だけ。もう半分は相変わらず目をハートにしたまま石化している。

 

 サンジが石化していない方の手で俺の肩を掴んで揺さぶる。

 

「なんで世界一の美女がお前と同じ顔をしてんだよ!! まさか血縁者だとか言わねェよな!? もしそうだとしたら、女人だけの夢のような国は初めから……」

「あそこにいる海賊女帝は俺の実の姉だ」

「やめろおおおおお……!!」

 

 ついにサンジは脳がキャパオーバーしたらしく気絶する。

 チョッパーが「サンジ!? 出血多量で死にかけた次は石化で心肺停止!?」と大慌てで治療を開始していた。

 

「お! ハンコック達だ」

「あんたが海賊女帝の弟ってだけでびっくりなのに……ルフィまで彼女と知り合いなの?」

「ああ。おれ女ヶ島に飛ばされたからな」

「ごふっ……おれは……おれはあんなところに飛ばされたのに、ルフィ、なんでお前だけ……」

「もう喋っちゃダメだサンジ!」

 

 ……いい加減船を降りよう。

 先にシャロムを海の中へ落とす。すぐに頭だけを海から出したシャロムの上に着地した。

 

「変な格好。もう行くのか?」

「お前達もそろそろ海に潜っておけ。レイさんのコーティングならその辺の職人のものより頑丈だろうが……一度に複数の穴が開いたら海の藻屑になるぞ」

「今すぐ魚人島へ向かうわよ!!」

 

 この船は俺が離れた瞬間から大砲の餌食になることが決定してる。

 フランキーが大慌てで海の中へ消えていく。シャボンに空気を入れに行ったんだろう。

 

「――――あなたっ!」

 

 どれだけ離れていても俺がこの声を聞き間違えるはずがない。

 

 四十二番という数字が書かれたマングローブの真下。そこにはたった今空から降りてきたのかと錯覚するくらい美しい女性が立っていた。

 

 その人は天竜人の正装を着ており、頭に被ったシャボン越しにこちらを心配そうに見つめている。

 

「……はっ!! あそこにいるのは人間オークションの時に出会った麗しい天竜人!? おれとしたことが、あまりにも美しさに磨きがかかりすぎて一瞬気づけなかった……!!」

 

 不死鳥の如く二度目の復活を遂げていたサンジが目をハートにして体をくねらせる。

 

「俺の妻なのか…………?」

「いや何でお前まで分からなくなってんだよ」

 

 なぜか真顔のウソップからチョップが飛んできた。

 

 ……本当にシャルリアなのか。

 

 俺はこれまで生きてきて、必ず記憶しておくべきだと判断した物事について忘れたことがない。

 その俺がこれだけ必死に記憶しているのに覚えられないということは、シャルリアの美しさのレベルが上がったということ。

 

 今朝会ったばかりなのに、この短時間で……。なんて恐ろしい人なんだ。

 

 海軍から知らせを聞いて駆けつけてくれたにしては早すぎる。きっとその前に迎えに来てくれていたんだろう。

 

「少将殿!! 麦わらの一味が海中へ逃げました!!」

「くっ……! いやそれよりも一刻も早くシャルリア宮の第一夫君を引き上げて差し上げろ!」

 

 このまま直接シャルリアの元へ行ってもよかったがそれなりに距離がある。

 先に軍艦に引き上げてもらおうとその場に留まっていたら、軍艦と俺の間にいた九蛇の海賊船が近づいてきた。

 

 巨大な毒海ヘビに引かれている海賊船が俺とシャロムのすぐ目の前で止まる。

 

「…………そなた。なぜあの方の船にいたのじゃ?」

 

 船首に近い場所に立っていた姉様が殺意に満ちた目でこちらを見下ろしていた。

 

 ……いや。なんで俺があの男の尻拭いをする流れになってるんだよ。

 

「お久しぶりです、姉様。男である私とこのような場所で言葉を交わしてよろしいのですか?」

「わらわの問いに答えよ、サザンカ!!」

「私の名はラースです。それに私はあの方には何もしておりません。もちろん指の一本も触れ、て……」

 

 向こうから腕を掴んだり腰に腕を巻き付けてきた場合はカウントされるのか? そういえばシャロムに好きなだけ噛んでいいって言ったような……。

 

「触れて?」

「…………私からは触れておりません」

「あの方が好き好んでそなたに触れるはずがないであろう! そなた、一体あの方に何をしたのじゃ……!?」

 

 怒りで顔が真っ赤になっている姉様を、彼女の左右に立っていた二人の女が宥めるように声をかけている。サンダーソニア姉様とマリーゴールド姉様だろう。

 

 二人は俺に何と声をかけたらいいのか分からない様子だった。

 俺とハンコック姉様を交互に見ては、まるで迷子になった少女のごとく不安な顔をしている。

 

「サンダーソニア姉様、マリーゴールド姉様。お二人にお会いするのは初めてですね」

「……本当にサザンカなの?」

「今はラースと名乗っています」

 

 どちらがソニア姉様でマリー姉様なのかも分からないが、とりあえず聞かれたことには答えておく。

 二人の姉だけでなく、海賊船に乗っている戦士達の反応からして俺の性別の件はすでに知れ渡っているようだった。

 表面的なものとはいえ男である俺への嫌悪が感じられないのも、あの男のおかげなんだろうか?

 

「…………ラース、様」

 

 姉達の後ろにいたレモン色の髪の女が控えめに前に出てくる。

 

「マーガレット? 蛇姫様の弟君と知り合いだったの!?」

「そっか、アフェランドラもスイトピーもあの時の記憶が一部飛んでるから……」

 

 俺がアマゾン・リリー時代に確実に記憶している数少ない人物の一人、マーガレットだ。

 授けられた花の名と同じ色の髪を持つその女が、続くはずだった言葉を急に忘れてしまったかのように黙り込む。

 

「マーガレット」

「私を……覚えていてくださったのですか?」

「もちろん。久しぶりだね」

 

 自然と口調があの頃の柔らかさを取り戻していて自分でも驚いた。

 それと同時に、昔の自分がこの女に抱いていた感情の一部を思い出す。

 

「……元気そうでよかったよ」

 

 過去に囚われていた俺の意識は、軍艦から飛んできた少将と思われる男の声によって引き戻された。

 

「シャルリア宮の第一夫君! シャルリア宮が島でお待ちですので……どうかこちらにお乗りください!」

 

 少将の右手には電伝虫が握られており、その電伝虫はシャルリアらしき姿をしていた。気のせいじゃなければ、両目が吊り上がっていてまるで怒っているような……。

 

 ゾワッと背中を悪寒が駆け抜けていった。

 ……どうしよう。シャルリアがいるであろう島の方を見る勇気がない。

 

 早急に軍艦にシャロムごと引き上げてもらい、全速力で島へ戻る。

 

 役目を終えた九蛇の海賊船は、静かにアマゾン・リリーへと引き返していった。

 

 

 

 

 

「…………あなた」

「あの……シャルリア」

 

 軍艦を降り、やっと目の前に愛しい妻がいるというのにこれでは生きた心地がしない。

 

 シャルリアの後ろには彼女の付き人と数人の衛兵が立っている。奴隷は一人も連れていないようだった。

 

 シャルリアの冷ややかな瞳に真っ先に射抜かれたシャロムは震え上がり、そのデカい体で俺の後ろに隠れようとしていた。

 

「軍艦の電伝虫越しにすべて聞いていたアマス。九蛇の……最後に話をしていたあの女は誰」

 

 これは一度でも答えを間違えたら首が飛ぶ。

 内心ビクビク震えながら答える。

 

「彼女はマーガレットという……あの……故郷でよく遊んでいた人、です」

「遊んでいた? あなたは故郷ではずっと退屈だったと言っていたアマスわ」

「それも本当です。ずっと退屈で……だから他の人と何かが違っていたマーガレットが、」

 

 ――――特別だった。

 

 俺でもこの言葉をシャルリアの前で言うべきではないことは分かる。

 でも常に俺の心を正確に言い当ててしまう彼女の前では全てが無意味だった。

 

 シャルリアは傷ついたような顔をしていた。

 

「私は…………あなたのあのような声を初めて聞いたのアマス」

 

 潤んだ瞳からは今にも涙が溢れ落ちてしまいそうで、混乱しすぎて逆に冷静になってきた頭の一部分が、シャルリアの泣き顔を見たのはチャルロス義兄様の夫人の件以来だと思考する。

 

「ここ最近のあなたは堅苦しい言葉遣いが少なくなって、気を許してくれている様子で……私はそれがとても嬉しかったの」

「……シャルリア」

 

 言われてみれば最近の俺はシャルリアどころか義兄様にも敬語を忘れることが多かったのに、二人は当然のように受け入れてくれていた。

 

「……私以外の女に気を許しているあなたを見るのは、ヤダ」

 

 シャルリアはぐすっと鼻を啜りながら俺を上目遣いで見つめてくる。

 彼女のすべての言動が愛おしくてどうにかなりそうだった。

 

「マーガレットは今思うと友人に毛が生えたような存在で……当時の俺は友人とも認識してなかったけど……。とにかく、気を許していたわけではないです」

「嘘アマス。あれほど柔らかな言葉遣い、私は聞いたこともないアマス」

「あれは幼少期の、俺が故郷で女として育てられていた頃の名残りです」

 

 俺が女として育てられた過去を黒歴史としていることを知っているシャルリアは、ムスッとした表情をしつつも納得はしてくれたようだった。

 

 ボニー達と過ごしていた頃もあの口調を使っていたが、あれはあくまで俺の考える「善良で心優しい人間」に相応しいから採用していただけだ。

 それなりにかっこいい名前を手に入れた俺にあのような口調は似合わない。

 

 ようやく全てを許して俺の胸に飛び込んできてくれたシャルリアが、甘えるように体ごと擦り寄ってくる。

 

「でも……時々は私にもあのように接してくださいまし。過去のあなたも私の愛するあなたであることに変わりはないもの」

「…………努力します」

 

 この手のことには絶対に他人の意見を聞き入れたくない俺ですら、気に入らない過去ごと許容してもいい気分にさせられてしまう。

 

「今日はパーティーを抜け出して迎えに来てくださったのですか?」

「ええ。……二年前のような口調に戻っているアマスわ」

「…………ごめん。一度意識するとよく分からなくなってきて」

 

 シャルリアは少し目を見開き、次にはくすくすと楽しげに笑っていた。

 

「あなたは……本当に仕方のない人。それ以上に愛らしい人アマスね」

 

 

 

 

 

 今日はシャロムには乗らずに帰りたいと言われたので、二人で手を繋ぎながらシャボンディを歩いていた。

 

「…………俺の手汗は大丈夫ですか?」

「気にならないアマスわ」

「…………力加減も問題ないですか?」

「ふふ。このままでは簡単に離れていってしまいそうアマスから、もう少し強く握ってくださいまし」

 

 俺は何もかもが心配で、逐一シャルリアに尋ねずにはいられなかった。

 

「きっとチャルロス兄さまは待ちくたびれているアマスね」

「そうですね……このGRを出たら貴女を抱き上げて歩いてもいいですか?」

「いいアマスわ」

 

 チャルロス義兄様の件もあるが、それ以上に早くここを離れたい理由があった。

 ……二年前の人間オークションでの出来事を考えると、麦わらの一味が去った後も何かしらの厄介事に巻き込まれる気がしてならない。

 

 そういや、さっきこの辺りで何かあったような……。

 

「きゃあっ!? 何アマス、これは!」

「シャルリア! コイツらは…………うっ!!」

 

 またあの感覚だ。俺の胸元からにゅうっと顔を出した半透明のゴーストがニタニタ顔でこちらを見ている。

 

 シャルリアと片手を繋いだままその場にガクッと崩れ落ちた。

 

「クズ野郎で…………すみません」

「まあ…………!! あなたが私以外の者に対してクズなのはとっくに知っているアマス。今更落ち込む必要はないアマスわ」

 

 ネガティブの波に攫われながら、シャルリアもクズなんて言葉を口にするんだな……なんて考える。

 チャルロス義兄様に初めて「キモすぎだえ」って言われた時以来の衝撃だった。

 

 俺の元を離れたゴーストが今度はシャルリアの体をすり抜けていく。

 

「させるか……ッ!!」

 

 天竜人であるシャルリアに膝をつかせるわけにはいかない!

 

 素早く彼女を抱き上げてゴーストが徘徊するGR内を駆ける。シャロムや従者達も必死の形相でついてきていた。

 

 シャルリアは俺に抱かれたまま両手で顔を覆い隠し、「私は兄さまの虫以下アマス……」などと嘆いている。ネガティブになっていてもシャルリアは可愛かった。

 

「…………一体、何が起きたのアマス?」

「あのゴーストに触れるとネガティブになってしまうようです。まだ離れないでください。さっき到着した海兵達の様子が……」

 

 この四十二番GRには、先ほどの俺達と同じようにゴーストの被害を受けた海兵達が転がっていた。

 俺がシャルリアを抱えて逃げ回っている間に別の小隊が到着したようだが……彼らは何かに足止めされているようだった。

 

「……ア〜ラァ? こんなところにあたす好みの男が一人……♡」

 

 俺の真後ろに立った誰かの影が、抱えているシャルリアごとすっぽり覆い隠す。

 ……この気配には気づいていたのに、体が全く動かなかった。

 

「あなた…………?」

「…………シャルリア、逃げ……て。俺はもう、」

 

 せめて彼女だけでも安全なところに逃したいのに、相変わらず指一本動いてくれない。まるで金縛りを受けているみたいだ。

 

 俺の前に回り込んできた()()()が揃って奇声を上げる。本人は可愛い悲鳴のつもりなんだろうが、どこまでも野太いオッサンの声だった。

 

「みんな見て〜んっ!! ここにイイ男がいるわよォ〜♡♡ 海兵なんてどォ〜うでもいい♡ あたすらとお茶するわよねェ!?」

「……やめろッ!! 俺は既婚者だ! 美しすぎる妻がいる!!」

「ヤァダッ♡ あたすらのことが美しすぎるって! 結婚してあげるう♡♡」

「アンタらには言ってねェよ!!」

 

 ああ、シャルリアの前だというのにこんな汚い言葉遣いを……。でもこうでもしなきゃ正気を保っていられそうにない。

 

 例の人間屋にいたジュゴンと同じ系統の容姿をした男とも女とも言い難い存在達によって、俺とシャルリアは完全に包囲されてしまっていた。

 

「知ってる? 男子って好きな女の子の前ではつい悪態をついちゃうものなのよ♡」

「勘弁してくれ……。せめて……せめて妻だけでも見逃してくれないか……」

「やだアマス……! 逃げる時はあなたも一緒アマスわ!」

 

 シャルリアがぎゅっと力一杯抱きついてくる。

 

「海兵達は何をしている……!? さっさと私と夫をこの怪物達から救い出すのアマス!!」

「申し訳ありませんシャルリア宮……! 我々も心が折れそうで……ッ!!」

「お前達の心などいくらでも折れてしまえばいいアマス!!」

 

 俺以外の男に容赦ないシャルリア、最高。

 

「…………シャロム」

 

 俺にとっての魔法の言葉はこれかもしれない。

 

 生命の危機はないと判断してすっかり寛いでいたシャロムが「今いいところなのに何だよ」とでも言いたげな様子で頭を持ち上げる。

 

「俺とシャルリアを乗せて、全力でこのGRを脱出しろ!」

 

 シャルリアの付き人と衛兵のことは知らん。コイツらのターゲットにはならなかったようだから自力で何とかするだろ。

 

「キャーッ!! 何よこのヘビ! 怖い! あたす怖いわっ! だって乙女なんだもの!」

「しっしっ! あっち行ってぇ〜ん!!」

 

 幸運なことに怪物達の弱点はシャロムだったらしい。

 

 彼(女)らは泣き叫びながら蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。

 

 その隙にシャロムは俺とシャルリアを尻尾で包み込み、無事に四十二番GRを脱出した。

 

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