シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
「シャルリア。やはりドレスローザはやめておきませんか?」
「他でもないあなたが『どこへでも一緒に行く』と言ったのアマス。あのような大事な場面であなたが私に嘘をつくはずがないアマスわ」
朝起きてからというもの、俺とシャルリアは暇さえあれば似たような問答を繰り返していた。
「私との約束を守ってくださらないの?」
「ウッ……そういうわけではないのですが……やはり危険すぎるのではないかと」
「あなたがいるのに私に何かが起こるはずがないアマス」
「今回ばかりは相手が悪いです。どうしても行くと仰るならサイファーポールを百人、海軍大将を三人連れて行きましょう」
もうそれくらいしないとシャルリアの安全は確保できない気がする。
サイファーポールに周囲を固めさせ、シャルリアの前後左右には大将を立たせ……って一人足りないな。元帥でも立たせておくか。
「ふふ。それではまともに歩けそうにないアマスね」
シャルリアは俺の脳内で展開していた護衛配置まで読み取ったのか、クスクスとおかしそうに笑う。
「海軍大将は難しいアマスわ。サイファーポールも数人程度……。兄さまがいつもそうだもの」
「やっぱりやめましょう」
「やだアマス」
そうだよなあ……。海軍大将は天竜人に害をなす人間がいて初めて呼び寄せられる存在であり、今回のような長期間の旅に同行させるのは難しいだろう。
それにたったの三人しかいないしな。天竜人が外出するたびに護衛をさせていたら、それこそ天竜人達の間で取り合いの喧嘩が起きかねない。
「ではせめてサイファーポールを千人は……」
「あなた。これを見てくださいまし」
俺達がいるのはシャルリア専用のサロンだ。
俺の言葉を遮ったシャルリアが、侍女達にテーブル上のティーカップを下げさせる。代わりに今朝の新聞を広げた。
普段はその日の新聞は朝一で確認してるのに、今日はシャルリアを説得するのに忙しくてまだ目を通せていなかった。……どうせあのムカつく笑顔がデカデカと載ってるだけだろうしな。
世経の一面を飾るのは、予想通り奇跡の復活を遂げた麦わらのルフィとその仲間達。
視界の端にとんでもないものが映った気がしたが、一旦記憶を消して見出しの文字を追いかける。
「死んだと思われていた麦わらのルフィ、天竜人の夫君を…………は?」
一体いつ撮られたのか。
手配書と同じ屈託のない笑みを浮かべるルフィの写真の隣には、ルフィの腕に巻き付かれた状態で運ばれている俺の写真と、顔がはっきりと視認できる正面から撮られた写真が並んでいた。さらにその隣には頂上決戦の時の姉様の写真までご丁寧に貼られている。
「あの時の屈辱的な姿が世界中にばら撒かれてる、だと……ッ!?」
「屈辱的? 愛らしい姿の間違いアマスわ。でも私だけが知っておくべき姿を他の女が目にすることに関しては許せないアマスね……」
俺が新聞を握りつぶす前に回収したシャルリアが「本当に可愛いアマス」とうっとり顔になる。
新聞には俺の出自に関する考察がずらっと書き連ねられていた。姉様の写真まで貼り付けてもはや決定事項扱いだ。
これだけ顔が似ていたら疑う余地もないんだろうが……。
「世界経済新聞……モルガンズ……いつか会うことがあれば、生まれてきたことを後悔させてやる…………!!」
「ねえ、あなた。この写真を拡大して寝室に飾りたいアマスわ」
「嫌です」
「やだアマス」
俺の嫌という感情を拒否したシャルリアは、新聞を丁寧に折りたたんで従者に持たせていた。
あの日から夫婦の寝室には俺を正面から撮った写真が飾られるようになった。しかもわざわざ世経側とやり取りしたのか、元データを拡大して印刷したようだ。
俺の左右に本物のルフィと偽ルフィがいるってことは、偽麦わらの一味の集合場所で撮られたものだろう。
さらに俺がルフィに抱えられている写真はシャルリアの部屋に飾られているらしい。何もかも最悪だ。
「はぁ…………」
最近は朝が来るたびに憂鬱な気分に襲われる。とくに今日は酷かった。
「ドレスローザか」
ついにこの日が来てしまった。
ドレスローザに行く話が出てから毎日のようにシャルリアを説得してきたが全て無駄に終わり、すでに俺の身支度は終わってる。今はシャルリアの準備が終わるのを自室で待っている時間だ。
さっきから部屋の中をそわそわと歩き回ってる俺の足に、シャロムの尻尾が纏わりついてくる。
「シャロム。こうなったらお前だけが頼りだ。俺達でシャルリアを守るぞ」
いつもは微塵もやる気を感じられないシャロムだが、今回ばかりは力強く頷いてくれた。
「ラース様。シャルリア宮のご準備が整いました」
「すぐに出る」
付き人と扉越しに会話を済ませる。
テーブルに置いていた銃を懐に仕舞い、先日ロズワード聖から贈られた剣を腰にさす。武器には疎いが、これがかなり良いものだってことは何となく分かる。
シャルリアと合流してエントランスホールに向かうと、すでに義兄様とロズワード聖が待機していた。
「ラース! わちしには何を買ってきてくれるんだえ?」
「……俺が決めるのですか? 珍しいですね、義兄様が真っ先にご自身が欲しいものを口になさらないなんて」
「ドレスローザに何があるのか知らんえ」
なるほど。言われてみればそうだ。シャボンディは観光客向けかつ聖地の流行もすぐに取り入れるから大体何でも揃っているが、ドレスローザもそうかは分からない。
……くまとボニーの故郷のようにマジで何もない国もあるからな。あそこは天竜人への天上金の為に国民は皆ギリギリの生活を強いられていて、娯楽系の店はほとんどなかった。
「俺もドレスローザには初めて行きます。義兄様が好きそうなものがあれば買ってきますね」
「むふふ〜ん。お前が選んだものなら間違いないえ」
チャルロス義兄様は最後に「早く帰ってくるんだえ〜」と付け足してくれた。
「ラース」
こほん、という咳払いと共にロズワード聖に名前を呼ばれる。
「ちゃんと私が贈った剣を持っているようだな。私の愛する娘を任せるえ」
「この命にかえてもお守りいたします」
俺の腰にある剣を満足げに見つめていたロズワード聖が、ぽんっと俺の肩に手のひらを置く。
「お前もだえ。無事に帰ってきなさい」
「…………はい」
まともに表情を作れなかった上、気の利いた返事すらできなかった。
「あなた。そろそろ時間アマスわ」
「……では、行ってまいります」
何だか妙に名残惜しい気がする。
俺達は義兄様とロズワード聖に見送られながら屋敷を出て、新世界側にある
「この度シャルリア宮と第一夫君の護衛役に任命されました! サイファーポール〝イージス〟ゼロの……」
「…………お前本当にサイファーポールか?」
赤い港に停めてあった船の前には、真っ白なマントを風にはためかせた男が立っていた。
「勿論であります!! 私は、」
「もういい。あと何人くる?」
「私だけですが……」
「は?」
薄紫色の髪の男はいたって真面目な表情だ。
男は顔の一部を白いマスクで覆っており、何度か義兄様の護衛役として見かけたサイファーポールに近い雰囲気を纏ってはいる。そう、雰囲気だけは。
「何の冗談だ。お前みたいな雑魚がサイファーポールなわけがないだろ」
「雑魚だとォ!? さっきから黙って聞いてりゃ、天竜人の夫君如きがこのおれを……!!」
「……何アマス? 今、私の夫を侮辱したのアマス?」
「アッイエ!! 今のは言い間違いでしてェ〜……アッハッハ…………」
俺だけでなくシャルリアにも睨まれた男がみるみるうちに小さくなる。
「ロズワード聖はお前達に最大人数で来るようにと指示されたはずだが?」
「これが最大人数です。短時間の護衛であれば私共ももう少し人員を割けたのですが……。今回は長期間でしたので空いている者が私しかおらず……」
「…………つまり、長期間いなくても問題ない雑魚を寄越してきたというわけだな」
指でこめかみを押さえながら目を閉じる。……頭が痛い。
目の前の男はどう見ても衛兵以下の雑魚。他に同行するのは俺とシャルリアの身の回りの世話をする十人の従者と、パンゲア城から連れてきた衛兵が三十人ほど。そして船を安全に島へ運ぶ役目を任された外部の者達だけだ。この者達はドレスローザ到着後はただの船番となるので、当然戦力には数えられない。
「シャルリア。これでは貴女の安全を確保できません。旅は延期しましょう」
「…………やだ。折角あなたとシャボンディ以外でデートできる日がきたのに。ここで帰るなんてあんまりアマスわ」
脳内にデートという大変魅力的な文字がデカデカと表示された。
「デート……いや、そうですが……俺もシャルリアと……いやいや、そんなことより貴女の安全が最優先で、」
「シャボンディにすら泊まったことはないアマス。あなたは私との外泊が楽しみではないの?」
脳内のデートの文字が眩しいくらいに光り輝き始める。ついには、遅れてやって来た外泊の文字と押し合いまで始めていた。
「正直楽しみすぎて昨日は眠れませんでした」
「そうアマスね。今日もそれほど眠らせてあげられないけれど……さあ、私を抱えて船に乗ってくださいまし」
頭の中がデートと外泊の文字に埋め尽くされてる間にシャルリアと船に乗っていた。
なんか隣に世界一の美女がいるな、ということはシャルリアだな、などと考えているうちに港を出航する。
「………………はっ!! 海の上!?」
「あなた。もっと近くで新世界の海を見たいの。支えてくださいませ」
この状況を整理する前に、反射的にシャルリアの腰に腕を回していた。
シャルリアは俺に支えられながら海を覗き込んで楽しそうにしている。
すっかり意識の外だったが、ちゃんとシャロムも船に乗り込んでいた。忙しなく動き回っている船員達を物珍しげに眺めている。
「…………いつまでも貴女には敵いませんね」
「嫌いになったアマス?」
「まさか。あまりにも魅力的で、いっそ怖くなるほどです」
シャルリアには出会った時からその手のひらの上で転がされ続けてきた。
女の尻に敷かれるどころか、相手に夢中になっているこの状況そのものが心地いいだなんて……昔の俺ですら知らなかったことだな。
「そろそろ中に入りましょう」
「ええ」
船はプロに任せておいて客室に入る。
彼らは商人であり、新世界とマリージョアを何度も往復している猛者でもあるらしいから問題はないだろう。
「新世界は商人でも覇気を使えるんだな……」
明らかにあのサイファーポールより強い。俺の周りでは覇気を使えるのは海賊やそれに近い悪党くらいのものだったが、力を犯罪行為以外に使う者がいるのは当然だった。
新世界のものを聖地へ供給できる人材は貴重だから、きっと稼ぎもそれなりにいいはずだ。
「思ったよりも中は整っているアマスね」
「ロズワード聖がシャルリアの為に用意させたそうだよ。不便があるといけな……あっ」
うっかり昔の口調が出てきて、慌てて手のひらで口元を覆う。
揶揄われると思ったらシャルリアは愛おしそうにこちらを見ているだけで、それはそれで調子を狂わされてしまった。
「座り心地も悪くないアマス」
聖地の屋敷まではいかないものの、下界の貴族の部屋くらいの作りにはなってるんじゃないだろうか。
シャルリアが腰掛けているソファだけでなくテーブルやイス、ベッドや棚に至るまで質が高いものを選んでくれているようだ。
「こんなに小さなベッドは初めて見るアマスわ」
「…………そうですね」
セミダブルくらいか? いつも「寒いから」だとか「よく眠れるから」などと理由をつけてシャルリアを抱きしめながら寝てるから問題はない。むしろ最もらしい言い訳が出来てラッキーだ。
「そろそろ食事の用意をさせ……シャルリア!?」
「何アマス?」
「…………それを外していいのですか?」
あまりにも自然にシャボンの代わりに被っていた装置を外すから目を疑った。
シャボンを使えるのは、マリージョアや魚人島を含むシャボンディ諸島の周辺のみ。
天竜人がそれ以外の場所へ出向く際には、立体の特殊な装置を被ることで下界の空気を吸い込まないようにすることになっていた。
シャボンと違ってこの装置は通り抜けない為、食事の際には外す必要がある。その時は例の天才科学者が作った『設置型シャボン』を部屋に設置することで、一時的に部屋全体をシャボンで覆うことができるそうだ。
俺達もそうするはずだったのに、シャルリアはこれを起動せずに被っていた装置を外してしまった。
「いいの。ドレスローザに降りてからも食事のたびにシャボンを張った宿に戻るなんて面倒アマス」
「ですが……」
「聖地に戻ってから一緒に汚れを落とせばいいのアマス。それに五老星や神の騎士団の方々は、何も被らずに下界へ降りることが多いと聞いているアマスわ」
五老星はどうか知らないが、騎士団の人達はシャボンやそれに近い装置を被っていては動きが鈍るからなんじゃないのか。
少なくともシャルリア達は、下々民と同じ空気を吸わない為に普段から徹底しているのに……。
「私は平気アマス。あなたが育ってきた下界だもの」
「……分かりました。何かあればすぐに教えてください」
シャルリアは少し困ったように微笑んでいた。
「あなたもお父上様のように心配性アマスね」
「当然です。もし俺に貴女のような娘がいたら……いや、俺がロズワード聖ならその辺の男が近づくことすら許せそうにない……そいつに出会う前に先回りして息の根を止めるしか…………。百歩譲って結婚を許したとして、シャルリアがその男の影響を受けて危険な新世界に行きたいと言い出した暁には、やはりその男を生かしては……ッ!!」
「顔が怖いアマス」
シャルリアの手が伸びてきて両頬をぐにぐにされた。
「シャルリア宮! 第一夫君! ドレスローザが見えてまいりました」
優秀な船員達のおかげで大したトラブルもなく目的地に到着した。
国全体が巨大な岩石に囲まれており、どことなく故郷であるアマゾン・リリーを彷彿とさせる。
リク王家が実権を握っていた時代は一切戦争をせず『平和の象徴』となっていた国だ。前提として、国そのものが外敵を寄せ付けない構造にもなっているんだろう。
シャルリアと共に船を降りてすぐ目に入ったのは、まるで人間のように生活しているオモチャ達だった。
「まあ。オモチャが動いているアマスわ」
「チャルロス義兄様がお好きそうですね」
彼らは人間の家族や友人という言葉がしっくりくるほど自然に溶け込んでいる。
どういう仕組みなんだろう。人間のように動いて、話して、まるで魂が宿っているみたいだ。
……何体か持ち帰って義兄様に献上するのもアリだな。
「シャロム、お前はシャルリアの隣へ」
まだ眠たげなシャロムがいそいそとシャルリアの右隣へ移動する。俺はシャルリアの左隣に立ち、差し出された手のひらを握った。
俺達の周りは訓練された衛兵達が囲んでおり、真後ろには従者達が控えている。
「あー……サイファーポールの、名前は?」
「もう五回は名乗ってんのにふざけてんのか!? あっいや、スパンダムです……ハハ……」
サイファーポールの男はシャルリアに睨まれるたびに小さくなり、消え入りそうな声で名乗る。
「そうか、パンダ。お前は俺と衛兵の間を歩け。弾除けくらいにはなるだろ」
「やっぱわざとだろお前ッ!! このおれを誰だと思っていやがる! 親父の権威が弱まってなきゃ、今頃ゼロを束ねているのはおれだったはずなのに……!!」
「シャルリア。あそこに花屋がありますよ。後で見てみませんか?」
「わざとらしく無視すんなァ!!」
すれ違う人々は俺達が出す物々しい雰囲気にすっかり怯えているようだった。小さく「まさか天竜人か……?」「どうしてこんなところに」と話す声が聞こえてくる。
「旅の間は膝付き不要ということでしたが……大丈夫ですか?」
「問題ないアマスわ」
ここにいる者達はシャボンディの住民と違って天竜人への作法に疎い。天竜人にまみえる機会がほとんどないからだろう。
たまに膝をつこうとする者もいたが、一番前を歩く衛兵に「作法は構わないから道を開けろ」と指示されていた。
「歩いているだけで花の香りがするアマス」
シャルリアは俺に手を引かれながら目を閉じ、すーっと深呼吸をしていた。
「とてもいい香り。あなたも分かるアマス?」
「はい」
「神の庭でもここまで濃厚な香りはしないアマス。サルウも連れてきてあげたかったアマスね」
「そうですね……帰ったらサルウと出かけましょう。そろそろ食事にしますか?」
「あそこがいいアマス」
シャルリアが指差したのは普段の彼女の好みとは真逆の店。俺達が店に入った途端、客達が一斉に飛び出してくれたおかげで追い出す手間が省けた。
「お……おまたせしました……天竜人様……!!」
店主が両手をぶるぶる震わせながら運んできたのは、海の幸がふんだんに使われた炒飯だ。
「ドレスローザ名物、妖精サザエの炒飯です!」
「不思議な見た目の食べ物アマス……」
「俺が食べやすくしましょうか?」
「いいえ。一度食べてみるアマスわ」
シャルリアが手に持ったフォークで妖精サザエだと思われる巻き貝を軽くつつく。
チャルロス義兄様と違って、普段はきちんと作法を守っている彼女のかなり意外な姿だった。
俺も妖精サザエは食べたことがない。普通のサザエと違ってカラフルな色の殻だ。炒飯でサザエの殻ごと炒めてるっぽいのも珍しい。
フォークの先を蓋の部分に差し込んでみると、多少の力は必要だったがすんなりと開いた。
「おお」
思わず感嘆の声が漏れる。蓋が開いた瞬間、外側の殻がドロッと溶け始めて中の身にあっという間に吸収されていったからだ。
あんなに硬い殻を……どういう仕組みなんだ? 海の中を漂って栄養を蓄えた殻を最後は身が吸収したって考えると美味しそうだな。
「……きゃっ!?」
「おっと」
力加減を間違えたらしいシャルリアのサザエがこちらへ飛んでくる。反射的に手で掴み取ってしまった。
数秒ほどお互いに目を見開いた状態で見つめ合う。
「…………もう。意地悪な顔をしているアマスわ」
「そうですか? 俺はいつだって貴女に親切なつもりでしたが」
「悪い顔アマス」
食事の席でシャルリアのあのような焦り顔は初めて見た。
聖地で出される食事が美味しいのは当然であり、その次に食べやすさが重視されている。サザエを殻のまま出されたことなんて一度もなかったはずだ。
「……くく。今の貴女を世経の記者がカメラに収めていたら、ぜひとも引き伸ばして部屋に飾りたかった」
「まだあの記事を根に持っていたのアマス? とても可愛いのに」
「可愛いのはシャルリアです」
「いいえ。あなたアマス」
会話がよく分からない場所に着地する。
シャルリアが拗ねている間に、全ての蓋をとった俺の皿と彼女のものを交換しておいた。
「…………朝、か」
部屋に差し込んできた光に目を開く。
そうだ……昨日からドレスローザに来ていたんだった。
見慣れない天井に驚いてベッドを飛び出す前に思い出してよかった。俺が下手に動いて、腕に抱いているこの人を起こすわけには――
「…………んっ」
「なんだこの絶世の美女は……ッ!? …………俺の妻か」
勢いよくベッドを飛び出した際に、壁に背中を強くぶつけてしまった。そのままズルズルと座り込む。なんて心臓に悪い目覚めだ。
「…………あなた?」
「…………起こしてごめん」
結局シャルリアを起こすし背中は痛いし、何をやってるんだ俺は。
扉をノックする音がした。
「シャルリア宮、ラース様。お休みのところ申し訳ありません」
「構わない。すぐに出るから扉は開けるな」
俺の付き人がこんな時間に声をかけてくるということは……何かあったな。
ネグリジェ姿のシャルリアの肩に俺の服をかけ、自分はバスローブを羽織って部屋を出る。
「こちらを」
「今朝の新聞か」
ローブの腰紐を結びながら、もう片方の手で新聞を受け取る。
「…………ドフラミンゴが七武海を脱退!?」
記事のタイトルを読み上げて眠気が一気に吹き飛んだ。しかも七武海どころかドレスローザの王位まで放棄したと報じられてる。
「七武海であるドフラミンゴが辞めたタイミングで、同じ七武海であるトラファルガー・ローと麦わらのルフィが海賊同盟を結成? キッド達まで……こちらはルフィ達とはまた別の同盟のようだな」
「そのようです。調べたところ、最後にトラファルガー・ローとモンキー・D・ルフィの姿が確認されたのはパンクハザード周辺だそうです」
「パンクハザード……ドレスローザから近いな」
こういう時だけ無駄に当たる俺の勘が「ドフラミンゴの件にルフィが関わってる」と囁いてくる。
「いかがなさいますか?」
「…………あのサイファーポールにも探らせろ。情報収集くらいは出来るだろう」
「畏まりました」
部屋に戻ると、すっかり目が覚めてしまったらしいシャルリアが俺を待っていた。
「何かあったのアマス?」
「ドフラミンゴが王下七武海を脱退し、ドレスローザの王位まで放棄したようです」
「まあ……」
「外部から圧がかかったか、何か別の目的があってのことだと思います」
聖地の天竜人でさえ手を焼いているドフラミンゴに圧を掛けられる人間なんて……。
以前電伝虫越しでの脅しで有効だった海軍大将か、それとも四皇か?
別の目的があるとしても今はこれといったものが思いつかないな。
「朝食は部屋に運ばせますか?」
「ええ」
「聖地と違ってここは不便でしょう。ドレスローザで一番大きな宿を選んだのですが……」
「そうアマスね。でもあなたと一緒だからか、それほど気にならないアマスわ」
シャボン装置の件といい、俺が予想していたよりもずっとシャルリアは下界での生活への適応力が高いようだ。
ベッドに腰掛け、シャルリアの髪に手を伸ばす。絹糸のような髪は俺の指から逃れるようにさらさらと溢れ落ちていく。
「今日は俺が貴女の髪を整えてもいいですか?」
「いいアマスわ」
「着替えも?」
「ふふ。仕方ないアマスね」
先ほどシャルリアの肩に掛けた俺の服が、パサッと音を立ててシーツの上に落ちる。
露わになった素肌に唇を寄せると、シャルリアが擽ったそうに身を捩る。
「……朝食の前に湯浴みも」
「だめ。早めに朝食を済ませて服を見に行くのアマス」
シャルリアの両手で口元を覆われて完全にガードされてしまった。
「……誤報? どういうことだ。お前の仲間がこの国に来ていると言ったな」
朝食を済ませ、シャルリアが行きたがっていた服屋に来ていた。
店内にいるのは俺とシャルリアとシャロム、そしてサイファーポールの男のみ。俺の付き人含む従者や衛兵達は店の周囲に立たせている。
「私も知らなかったんです!! どうやら今回の件は、昨日急に出てきた話だそうで」
「ドフラミンゴが七武海脱退を偽装して何のメリットがある」
「私もそこまでは……」
昨日のうちにドフラミンゴが七武海脱退の偽装をサイファーポールに依頼し、今朝の新聞については住民達に誤報だと知らせておきながら口外は禁止?
「第一夫君……私の情報は有益でしたでしょう? 是非ともロズワード聖に『サイファーポールのスパンダムは大変優秀な男だった』と口添えを、」
「煩い。俺の思考の邪魔をするな」
「あなた。どちらの服がいいアマス?」
「シャルリアの髪と瞳によく合ってる。両方買いましょう。ああ、この服もいいですね。もういっそ店ごと貴女のものにしますか?」
「扱いの差ッ!!」
シャルリアは「一つでいいアマスわ」と言い、謎にサイファーポールの男はキレ散らかしていた。
「この三つを試着されるそうだ」
「はっ、はい……! すぐにご用意させていただきます!!」
俺達が店に入った時から挙動不審だった店主の男にシャルリアが選んだ服を手渡す。
男は裏の部屋から袋に入った新しい服を持ってきて、「試着室はこちらです」と引き攣った笑みを浮かべる。
店の外に待機させていた侍女を一人だけ呼び、シャルリアと共に試着室に入らせた。
「試着された姿を全て見たいです」
「いいアマスわ」
試着室のカーテンが閉まる。中からは微かに布が擦れる音が聞こえてくる。
シャルリアは何を着ても似合うけど、さっき選んだのはこれまで着ているところを見たことがない系統の服だった。どのような姿で出てきてくれるのか楽しみだ。
そわそわと試着室の周りをうろうろしたり、他の服を眺めて時間を潰していたが、何故か一向にシャルリアが出てこない。
「シャルリア?」
もう布の音は聞こえない。無性に嫌な予感がして試着室のカーテンを掴む。
「シャルリア。……開けますよ」
やはり返事はない。万が一着替え途中だった場合も考慮して、俺だけに見える程度にカーテンを開く。
「…………ん?」
目の前に広がるのは、いくつかの服が足元に散乱している小部屋。暫くの間、その光景を見つめていることしか出来なかった。
「そちらの試着室がどうかされましたか……?」
「…………いや」
慌てて駆け寄ってきた店主に何とか返事をする。
「本日は、ええーと……女性への贈り物をお求めでしたね」
「……ああ。だが、もういい」
試着室のカーテンを掴んだままだったことを思い出して手を離す。
「第十七夫君! 次はどちらのお店に行かれますか? 出世の為、いや貴方様の為ならどこまでも護衛させていただき――へぶぁっ!?」
ヘラヘラと笑いながら近づいてきたサイファーポールの男の顔を蹴り上げる。
男は意識を失う寸前に剣を抜いたようだった。
男が手に持つ剣はみるみるうちに象の姿に変わり、特徴的な長い鼻は刃と一体化している。
「パオオォ……ッ!!」
「象剣? 飼い主よりペットの方が優秀そうだな。……シャロム」
俺に突進しようとしていた象剣は、シャロムの巨大な尻尾の一振りで吹き飛ばされて服屋の壁にめり込んでいた。
シュルシュルと俺の体に巻き付いてきたシャロムの頭を撫でる。
「まったく……過去の俺にも困ったものだ。いくらチャルロス聖との遊びが楽しいからって、ここまで聖地に滞在する予定はなかったのに」
シャロムに体を預け、服屋の裏口を指差す。
「衛兵に見つかると厄介だ。裏口から出よう」
さあ、次はどこで何をしようか。麦わらの一味の船に乗らなかったのは勿体ないことをしたな。
どうしてあの時の俺は、あんな魅力的な提案を断ったんだ?
「聖地の情報を差し出して革命軍に入るのも楽しそうだ。……お前はどう思う? シャロム」