シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
「放っておけば勝手に死ぬアマスわ」
どうしてわざわざ連れ出して助けようとするのかと言わんばかりだ。ローを地面に降ろして止血している俺に、オモチャが理解できなさそうな顔をしている。
変わった天竜人だと思っていたが、こういうところは彼ららしい。ここにいるのがチャルロス聖だったら「楽にさせてやるえ」とローを撃ち殺していただろう。
大体の天竜人は「卑しい下々民はもがき苦しみながら死ぬべき」タイプだから、あれでもかなりマシな部類に入る。
「ローは計画の要だ。コイツが死ぬとウソップさんたちに余計な皺寄せがいく」
「余計な……とは、なん……ゴホッ!」
「目が覚めたか」
ローが血を吐きながら目を開ける。見たところ体に穴は空いてなさそうだが内部はボロボロなはずだ。
「ここはどこだ。ドフラミンゴは」
「一発お見舞いしてきたところだ。少しはスッキリしたか?」
「ハッ。悪くはねェな」
強がりを口にする元気もある。これなら大丈夫だろう。
「そこのオモチャは?」
「ドレスローザのオモチャは元人間らしい。このオモチャの言葉を信じるなら天竜人であり、俺の所有者だったようだ」
半信半疑のローに、視線だけで「俺もだ」と伝えておく。
人間をオモチャにするだけでなく、関わりのあった全ての人間の記憶から消すなんて規格外な能力だ。記憶に関してはメリットと捉えるかデメリットと捉えるかによっても違うかもしれない。俺やドフラミンゴのような人間からすれば、間違いなく前者だ。
「これからどうする。ウソップさんには向こうを手伝ってくれと言われていたが、状況が変わったからな」
「おれはドフラミンゴを討つ。麦わら屋たちとの同盟はすでに終わった。よって花屋、お前がおれに手を貸す理由はねェ」
ローはさらに言い募ろうとしていたが、止血の際に体を支えていた腕を離すと簡単に地面を転がった。
「うっ……! なに、しやがる……ッ!!」
「お前とルフィたちの同盟が終わったのなら、ウソップさんの頼みも白紙に戻ったわけだ」
「……ここで
「まさか。俺に死体蹴りの趣味はない」
ローの苦痛に歪む顔を見下ろしながら目を細める。
「あのムカつくピンクさえ潰せたらそれで十分だ」
「ドフラミンゴを討つのはおれだ」
「トドメの話ならどうぞご勝手に」
ここまで言ってもまだローは怪訝な顔をしている。俺の言葉ではなく意図が理解できないんだろう。
「俺にもドフラミンゴを野放しにできない理由ができた。……たった一人しかいない友人を、あの野郎に殺されるわけにはいかないんだよ」
「オークション会場でトビウオから落ちてきた大男か」
そういえばローも人間オークションに参加していたな。遅れてやって来た麦わらたちと違って、この男は俺が奴隷一歩手前になっていたのも知っているはず。
まったく、屈辱的で忌々しい過去だ。ディスコをオモチャにしたら、世界中の人間からこの記憶が消えてくれるんだろうか。
「利害の一致だ。ドフラミンゴを潰すまで手を組もう。お前と違って俺は約束は守るタイプだ」
「お前と違っては余計だ。…………断った場合は?」
「お前の邪魔をしながらドフラミンゴを潰すしかないだろうな」
ローは地面に転がったまま俺を見上げ、隣にいるオモチャに意味深な視線を向ける。
「…………花屋。おれはドフラミンゴを殺すためだけに今日まで生きてきた。あの男が天竜人なら、あの人もそうだってことになる」
「あの人?」
「聖地でドフラミンゴの弟について聞いたことは」
「ない。俺が知っているのはドフラミンゴたちが天竜人としての身分を捨て、下界に降りたってことだけだ」
俺たちの会話を聞いていたオモチャが心当たりのあるような反応をする。
「お父上様から聞いたことがあるアマス。父親は昔から変わり者で、妻子と共に下々民となったのアマス。ある日ドフラミンゴが父親の首を持って聖地に戻ってきたけれど、命まではとれずに逃してしまったと……。それ以外のことは私も知らないアマスわ」
オモチャが「お父上様やチャルロス兄さまなら、もっと詳しくご存知かもしれないアマス」と付け足す。
「……チャルロス聖の妹?」
「ええ。……今頃は兄さまも私のことをお忘れになっているのアマスね」
何度かチャルロス聖が「妹が欲しかったえ」と溢していたのを思い出す。
従姉妹であるティアンナ宮はチャルロス聖と同い年。俺の実姉が海賊女帝だと知った時には「わちしの妹にしてやってもいいえ!」と冗談なのかよく分からないことを言い、年齢を聞いた途端に激萎えしていた。
俺と姉たちはそこそこ歳が離れてるから仕方ない。チャルロス聖もあの見た目で二十代だからな。
それにしてもこのオモチャがチャルロス聖の妹ってことは、あの顔の女版…………。
「それで? ドフラミンゴの弟もここにいるのか?」
「いない。ただ……ここにきて知らないことがこんなにもあるのかと思っただけだ」
ローはふーっと息を吐き出し、大太刀を支えにして立ち上がる。
「お前にドフラミンゴと敵対する理由があるなら、おれにとっても好都合だ」
フラついて倒れそうになったローの腕を掴んで立たせる。
「気をつけろ。手を組んだ直後にくたばるつもりじゃないだろうな」
「まだ手を組むとは言ってねェ」
「……あー、いや。もうお前の同意はいらない。俺はそのつもりで動くからお前も勝手にしろ」
「…………!?」
ローは雷にでも打たれたような顔をする。
一応ウソップさんが協力してた相手だからって、わざわざ下手に出てやったのに損した気分だ。
「初めからこうすればよかった。何で俺がお前なんぞの同意を求めなきゃいけないんだよ」
「さっきから何言ってやがる」
俺は考えてることが顔と口の両方から出てくるような、分かりやすいヤツが好きなんだ。わざわざ内面を把握する手間が省けるからな。
「ああ……言い忘れていたが、ウソップさんたちは工場の破壊から手を引く気はないと思うぞ」
あえて最初に教えてやらなかったことだ。
「ボロ雑巾みたいなお前がドフラミンゴと現れる前、小人族やオモチャの兵隊とやらと手を組んだらしい。お前との同盟がなくなろうと彼らは止まらない」
「……おい。お前さっき鼻屋からの頼みは白紙に戻ったと言ってなかったか」
「ちょっと揶揄ってやっただけだ。でもそれ以外は嘘じゃない。ここでお前一人に暴走されてウソップさん達の邪魔をされるわけにはいかないし、ドフラミンゴを取り逃してデュバルに手を出されるのも困る」
まだ納得のいかない顔をしているローを眺める。コイツのこの強情さはどこからきてるんだよ。
「海賊ってのはみんな
「……これはあくまでおれ個人の問題だ」
ワンピースよりも優先されるドフラミンゴへの私怨がそれほどのものなのか、元々ワンピースへの興味がさほどなかったのか。
俺もなぜかワンピースにはあまりそそられなかったんだよな。宝石類ならどうせ金にかえるだけだ。
もしも一般的に想像される金品財宝の類いじゃないとしたら、『ひとつなぎの』『ひとかけら』と言われるように、どうにも一人の人間の手には余るような物である気がしてならない。何かを一つに繋げるための最後の一欠片だとか……。
その正体への興味関心はあっても、手に入れたいと思うかは別の話。飽き性な俺が、たった一つの目標に向かって一生を縛られて生きていけるはずもない。
ワンピースを手に入れて海賊王になることを「世界を手に入れる」ことと同義としていたヤツもいた。
それからだ。酔っ払いの戯言だと分かっていても、ワンピースが指しているのは
ワンピースは世界をひとつなぎにする一欠片。
今の世界が繋がれていないと仮定して、世界を分断しているものとして真っ先に思い浮かぶのは
それら全てを取っ払って一つの海とするのがワンピースなんじゃないか?
もう一つ思いついたことがある。海そのものが世界を分断しているとみなす場合だ。
思いついただけであってこっちの可能性は低いだろう。海賊の秘宝とされているのに、海がなくなるなんて本末転倒だ。
レッドラインもそうだ。大陸を取り除いたくらいでは空に浮かぶ空島と繋がることはできない。ワンピースによってすべてが空に浮かばない限り、世界を繋ぐのは不可能なのでは?
……結局、大秘宝ってのは個人が思いつくような代物じゃないってことか。
「花屋。お前こそどうなんだ。ドフラミンゴを無事に倒したとして、その後は? おれたちの邪魔をしないと言い切れるのか」
「今の俺はドフラミンゴの次はモルガンズにしか興味がない。その後のことは……よほどの理由がなければ、わざわざお前たちに手を出すことはないはずだ」
珍しいことに、この先でやりたいことが何一つ思い浮かばない。とりあえずモルガンズを一発殴って、あの写真のデータは完全に削除させよう。
いつまでも無駄話に花を咲かせている場合じゃない。
無理矢理にでもローを引っ張っていこうかと考え始めた頃、何の前触れもなく、複数の気配が俺たちのいる路地裏に雪崩れ込んできた。
ローと同時に武器に手をかける。
「このクソアマ!! おれたちを誰だと思っ……へゔぁっ!?」
「――――うん? 大丈夫、これで静かになるはずだから……それでね、ロビンさんもこの国にいるみたい。久しぶりに会いたいな」
武器を持った大男たちをあっという間に制圧したのは、電伝虫で誰かと通話している小柄な女。
女は気絶した大男たちの上に腰かけ、マイペースに会話を続行していた。
「…………はい。地下のことは任せて」
電伝虫の向こう側にいる誰かに何かを任されたのか、女は力強く頷いてから通話を切る。
大男たちの上から飛び降りる際に、ようやく俺たちの存在に気がついたようだった。
「…………七武海の?」
「おれを知ってるのか」
ゴーグルのついた帽子を被っている女はしばらくローを見つめていたが、ふと俺のほうを見た。すぐに青色の瞳を大きく見開く。
「キミ……もしかして、ラース君!?」
七武海であるローならまだしも、俺の顔と名前をセットで覚えてるヤツは珍しい。しかも君まで付けてやけに親しげだ。
「…………誰なのアマス?」
「さあ。知らない顔だな」
女は目尻に涙まで浮かべ、感極まっている様子だった。
「よかった。ここにいるってことは逃げ出せたんだ!」
「何の話だ」
「あ……急にこんなこと言われてもびっくりするよね。私は革命軍のコアラ。キミのことはよく、」
コアラと名乗った女が言葉を途切れさせる。雲が太陽を覆い隠したのかと思うくらい、周囲があっという間に闇に包まれたからだ。
「…………おい、まさかこれ」
「隕石だァー!! 隕石が落ちてくるぞ!!」
表通りが急に騒がしくなり、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の姿が見えた。
「イッショウさん! 今ならこの辺りに市民の姿はなさそうです。……あっ、いました! トラファルガー・ローと天竜人の夫君、それから革命軍です!!」
俺たちのいる路地裏を覗き込んだ海兵が叫ぶ。後からあのムカつく顔が出てくるのにそう時間はかからなかった。
「みなさんお揃いで」
「…………藤虎。お前、聖地からの任を放棄する気か」
俺たちの頭上にある隕石はグリーンビットで見たものよりも大きい。こんなものが降ってきたら今度こそ無事では済まないはずだ。
ここにいるのは自称革命軍の女と、死にかけのロー、そして俺とオモチャ。足手纏いを庇いながら勝てる確率は……。
「とりあえず……」
この場にいる全員がこちらに注目する。真っ先に動いたのがオモチャで、先ほどのように俺の首にしがみついてきた。
「ここを離れるぞ!!」
「あっ……。ラース君、後で合流しよう! キミに話さなきゃいけないことが……!!」
まさかこんなところで革命軍と遭遇するとは。
コアラという女の意図も分からない。世経の記事を読んで、天竜人の夫になった俺に同情でもしてたのか?
呼び方といい、俺と話したがってることといい、レイさんの顔がよぎるのも不快だ。また姉絡みの厄介ごとじゃないだろうな。
女の言葉には返さず、何やら文句を垂れているローを抱えて走り出す。どうせ「おれは置いていけ」か「逃げずに戦え」のどちらかだろう。聞く価値もない。
「花屋! おれはここに置いていけ!」
そっちかと思いながら当然のように却下しておく。
まずは盾にできる女たちを探しに――
「…………あなた!!」
オモチャの声に体が即座に反応した。真っ先に彼女の視線の先を確認し、黒い点だと思った
「
「チッ……!!」
ドフラミンゴとローがコロシアムに飛んでくる前、建物を真っ二つにしたと思われる技だ。
剣を抜く暇もない。抱えていたローを放り投げる。自由になった両腕を胸の前でクロスして最大限の覇気を纏った。
体への直接なダメージは防げても糸そのものは止められない。糸は俺を巻き込んだまま、勢いよく後ろの建物に突っ込んでいく。
武装が不十分だった背中から強く打ち付けられたせいで、数秒間呼吸を忘れるほどの衝撃だった。
「あなた……あなた……!! ああどうしたらいいのアマス、頭から血がこんなに……」
オモチャは無事だったようだ。
脳震盪でオレンジ色に染まった視界を他人事みたいに眺めながら、糸が建物を貫通しても今回は崩れ落ちなかったんだなと冷静に判断する。この高さとはいえ、瓦礫の下敷きになっていたら面倒なことになっていた。
「やだ……私を置いていかないでくださいまし……」
「大袈裟だな……これくらいで死ぬほど俺はやわじゃない」
これは骨がいくつかダメになってるな。頭から滴り落ちてくる血液のせいで、視界がオレンジ色じゃなくなっても見辛くてしょうがない。
左腕を持ち上げて額の血を雑に拭う。今にも後追い自殺しそうなオモチャの制止を振り切って立ち上がった。
「まだ立ち上がってはいけないアマスわ……!」
「油断した。でもあの攻撃いいな。物理的ビームというか……ムカつくけどかっこいい」
俺の傾国も横長じゃなく縦長の衝撃波を出せたら擬似ビームになるかもしれない。後で試してみよう。
「フッフッフッフ……生きていたか。ローはどこだ」
「さあ。適当にぶん投げちまったからな。お前の足元にでも埋まってるんじゃないか?」
現れたドフラミンゴに挑発的な笑みを向ける。
正面の道にはコイツがいて、後ろの道には藤虎がいる。完全に挟み撃ちにされていた。
藤虎が隕石を使って市民を遠ざけて俺をこの道に追い込み、待ち伏せしていたドフラミンゴが姿を見せる。初めからコイツらの手のひらの上だったというわけだ。
遠ざけたのは市民というより、女。先ほどのように俺が彼女達を盾代わりに出来ないようにする為だろう。
「はぁ……ダサすぎる。これほど憂鬱な気持ちにさせられたのは久しぶりだ」
でも、と付け足す。
「
「フッフッフッ!! それで弱いお前は故郷とやらを逃げ出してきたというわけだな」
「随分と嬉しそうだな、ドフラミンゴ。グリーンビットで俺に煽られたのがそんなに悔しかったのか?」
お互いに浮かべていたはずの笑みが消えていた。次の瞬間には俺とドフラミンゴの蹴りがぶつかり合っていた。
「
「ガキを捻り潰す程度、おれだけで十分だ」
「ふーん。ガキの追い込み漁にはママに泣きついておきながら健気なことで」
至近距離にあるドフラミンゴの眉がピクピクと上下に動く。コイツ本当に煽られ耐性がないな。
「…………グリーンビットで言っただろう、お前は後だと。おれは忙しいんだ。先にローのヤツを尋問しなきゃならねェ」
ドフラミンゴがそう口にした直後、足元でガコンッと鉄板がひっくり返るような音がする。
「えっ」
自分からこんな間の抜けた声が出るとは思わなかった。
「おれが何もない道にお前を追い込んだとでも思ったか。その先はゴミ捨て場……ガキに似合いの場所だ」
こちらに背を向けようとしていたドフラミンゴは足を止め、手のひらから出した無数の糸を束ねて鞭のようにしならせる。
「ついでに手土産もやろう。
足場を失った体はすでに落下し始めてる。俺の周囲から消え去った地面は両手足を伸ばして届くサイズじゃない。
この至近距離でさっきの技を受けるなんて自殺行為だ。
一か八か。強固な海楼石でできた鞘を掴んだところで、俺とドフラミンゴの間に割り込んできた影があった。
「この人は私の命より大切な人……お前に奪われるわけにはいかないのアマス!」
「フッフッフッ!! なら二人まとめて貫いてやろう――――
オモチャが俺を庇うように両手を広げる。ドフラミンゴの放った糸はオモチャの胸元に狙いを定めたようだった。
「…………シャルリア!!」
口から勝手に知らない名前が飛び出してきた。オモチャが顔だけでこちらを振り返る。
「どうして……私の、」
オモチャの頭を掴んで強引に自分の胸に押し当てる。逆の手で掴んだ剣の鞘部分でドフラミンゴの糸を弾いたが、跳ね返すことはできず、急所を逸れて俺の左肩を貫通していった。
痛いというよりは、とにかく熱い。まるで熱線に貫かれたみたいだ。遅れてやってきたヒリヒリとした痛みが全身の骨に響く。
「あなた……あなた……ッ!! やだ……だめアマスわ……この先一生私のそばを離れないと約束してくださったのに」
一生? そんな途方もないバカげた約束、するやつの気が知れない。
本当にこのオモチャは大袈裟だ。肩に穴があいたくらいで俺が死ぬはずないだろ。
でもさっきから左腕が上手く動かせない。神経をやられたのか、一時的に痺れているだけか。出血量からしてデカい血管は傷ついてなさそうだが、早めに血を止めないと……。
オモチャを抱きしめたまま猫のように身を丸くし、パイプらしき筒状の穴をひたすら下に落ちていった。
少しの間気絶していたらしい。オモチャの泣き喚く声で目が覚めた。
「…………ここは」
「スクラップ場アマス。私も一度ここに落とされたの」
足元には壊れたオモチャが山のように積み上げられている。頭上には外と繋がる穴が複数あって、どの穴から落ちても必ずここに辿り着くようだった。
起き上がろうとしたら左肩を中心に激痛が走った。
「……っ、さすがに遊びすぎたな」
「まだ動かないでくださいまし! あの時の兄さま達より酷い怪我アマスわ……」
俺の左肩には布が何重にも巻かれており、頭も同様にされている。巻き方はお世辞にも上手いとは言えない。天竜人が止血のやり方なんて知ってるはずがないから、見よう見まねでやってみたんだろう。
動かせる右腕で頭の布を確認していたら、俺の隣に座っていたオモチャが項垂れる。
「後悔ばかりアマスね。あなたを守る為にここに来たのに……あなたはこうして傷ついてばかり」
オモチャがブリキでできた手で俺の頬に触れる。
「あの時、どうして私の名を呼んでくださったの?」
「記憶にない名前を口にしたのは覚えてる。それが何だったのかは思い出せないが……」
きっと痛みと熱で頭が朦朧としているせいだ。熱が通わず冷たいブリキの手のひらを甘んじて受け入れ、その心地よさに目を細める。
あれほど女に触れられるのに拒否感があったのが嘘みたいだ。
「……お前こそ何のつもりだ? オモチャの身でドフラミンゴのアレを受けていたら、今頃体がバラバラになっていたところだ。天竜人が下々民を庇おうとするなんて聞いたこともない」
「あなたは下々民では…………いいえ。どちらだろうと構わないの。愛する人の身分など些細なことアマスわ」
何の恥ずかしげもなく「愛する人」と口にされて面食らってしまった。俺にとってこれほど聞き慣れた言葉はないってのに、自分でもどうして過剰に反応してしまうのか分からない。
「ミョスガルド聖のような天竜人が他にもいたんだな」
あの人も天竜人らしくない天竜人だった。俺を側に置くチャルロス聖を見て「ついにチャルロスも私の考えを理解してくれたのか!」と嬉しそうにしていたかと思えば、変わらず奴隷を使い捨てにしているのを見て落胆していた。
「私はあの方と違ってあなた以外の人間はどうでもいいの。あなたは私の全て……。あなたの為ならこの身を投げ出すことも怖くなかったアマスわ」
俺の頬を撫でていたオモチャの手が離れていく。
「オモチャにされたのが私で良かったとさえ思うのアマス。もしもあなたがオモチャにされ、私の記憶から消えていたら……あなたに何をしていたか……」
オモチャは想像の痛みにすら耐えられないといった様子だった。
俺に向けられる真摯な瞳を見ていると、あの女の顔が頭に浮かぶ。他の女たちのように分かりやすく目をハートにさせることもなければ、愛の言葉を口にすることもなかったのに、瞳には俺への感情がハッキリと滲んでいた。
あれほど煩わしくて仕方なかったものが、どうして目の前のオモチャ相手だと不快にすら思わないんだ?
ゆっくりと長めの息を吐き、すぐそばに落ちていた剣を手に取る。
「さっき一度ここに落とされたと言っていたな。出口はどこだ」
「ないアマスわ。あの時は上の穴からネバネバしたものが降ってきて、無理やり上の部屋に連れて行かれてしまったの」
オモチャは俺の手元の剣に目を向けて首を横に振る。
「あなたは何もしないでくださいまし。またあのネバネバが来たら、私があの男たちを始末するアマス」
「たちってことは、複数いるのか」
「ええ。私をネバネバで拘束した大男と、私をオモチャに変えた女がこの先にいるアマスわ」
人間をオモチャにする能力者は女……。どうやら俺の運はまだ尽きていなかったようだ。
「シュガーという名だったはずアマス。あの女に触れられるとオモチャになってしまうのアマス。私の前にいたオモチャは『人間に危害を加えないこと』と『ファミリーの命令には従うこと』という契約を一方的に交わされていたアマスわ」
どこまでも反則的な能力だ。人間をオモチャにするだけでなく、自分の思い通りに動かせてしまうなんて。
「でもお前は契約してないんだろ」
「ええ。あの女が契約を口にする前にビームを撃ったアマス」
「ははっ……お前も大概だな。人間だった頃からそうなのか?」
つい笑うと、オモチャはキョトンとした顔でこちらを見返してきた。表情は変わっていないのに不思議と考えていることが分かる。
「ビームを出せるようになったのは、この体になってからアマス」
「そっちじゃなくて……いやいい。とにかくそのネバネバとやらが来てもお前は手を出すな」
「まさかその体で戦うと仰るの!? だめアマスわ! これ以上あなたが傷つくなんて、」
「…………また耳元で泣き喚かれても迷惑だ。無傷で終わらせてやるよ」
オモチャから顔を逸らしながら口にする。しばらくして、鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。
「……ふふっ。すでに無傷どころではないというのに……あなたは変わらず愛おしい人アマスね」
残りの時間は目を閉じて体を休めることにした。
無傷で終わらせるつもりとはいえ、オモチャにする能力者の件が解決してもドフラミンゴと藤虎のことが残ってる。ドフラミンゴはついでで解決できる可能性もあるが、藤虎に関しては未知数。そう簡単に攻略させてはくれないだろう。
今は少しでも多く体力を残しておく必要がある。
「……きたアマスわ!」
時間としては五分か十分か、それくらいのはずだ。俺のマントの内側に身を隠しているオモチャの声で目を開ける。天井にあいた無数の穴の一つから、溶けた餅のような見た目をしたナニカが降ってくるところだった。
ネバネバは俺の頭から背中にかけてべったりと張り付き、そのまま頭上のパイプを通り抜けていった。
話に聞いていた通りなかなかの粘着性で身動きがとれない。元から無抵抗なのもあって、あっという間に中央にメリーゴーランドが設置されてる妙な部屋に連れてこられた。
「べへへへへ!! おめェがドフィの言ってた天竜人の夫だな〜?」
何かの台に乗せられたようだ。そばにはデュバルよりは小さい大男が立っている。大男はなぜか足枷をつけていて、動くたびに足元から音が鳴っていた。
「お前がこのネバネバの持ち主か」
「ネバネバじゃなくてベタベタだァ! べっへへへ〜!! そしてこれはおれの粘液!!」
一瞬本気で粘液から抜け出そうと力を入れたがビクともしなかった。
粘液ってことはこれ……。大男の鼻から垂れ流しになってるものと俺の体を拘束しているネバネバを交互に見る。最悪だ…………。
「きたない死んで」
「死なねェ!! おれは!! おめェみてェなクソガキの言うこときかねェ!!」
いつの間にか大男の隣には普通サイズの少女が立っていた。シュガーと思われる女はカゴいっぱいのグレープを休まず口に運び続けながら、大男に向かって「うるさい死んで」と再度暴言を吐く。
「トレーボル。この男もオモチャにするって?」
「べへへへ! ドフィはそう言ってた。特別にこき使ってやれってなァ〜!」
「そう。じゃあ今すぐオモチャに……えっ!?」
俺の体に手を伸ばしたシュガーと確かに目が合った。ここまでの会話で導き出した、この女好みの男を頭に浮かべながら口を開く。
「そのような状況ではないことは重々承知しています。ですがどうか……あなたのお名前を知る僥倖を私に与えてくださいませんか……?」
「んねーんねー! なんだこの男ォ〜? 急に態度を変えやがってェ〜!!」
「わ、私は……シュガーよ」
「お前もかシュガー! クソガキが何顔を赤くしてやがんだ!!」
騒いでるトレーボルとやらは存在ごと消し、真っ直ぐシュガーだけを見つめて微笑んでみせた。
「シュガー様というのですね。ゴミ溜めに落とされた時は私もここで終わるのかと絶望しましたが、まさかその先で貴女のような人に出会うことができるなんて」
ギリギリのところで耐えていたシュガーの瞳がついにハートになった。
「あなたの……名前は……?♡」
「ラースといいます、シュガー様。叶うならもっと貴女のお側に行きたいのですが……これでは難しいですよね」
俺の体の自由を奪っている粘液を見つめて眉を下げる。トレーボルが「ぐへへへ〜! 当たり前だろうが!」と下品な笑い声を上げる。
「お前はここでオモチャとなり、おれやドフィたちに一生こき使われるんだ! さあシュガー。くだらねェこといってねェで、さっさとこのガキをオモチャにしろォ〜!!」
「うるさい。死ぬのはあんたよトレーボル」
「なっ、なんでおれに触れ……んねェ〜!? なァ〜んでェ〜っ!?」
急に目の前にオモチャが現れた。ということは、誰かがオモチャにされたんだろう。……何も思い出せない。シュガーの能力は本物ってことだ。
「あんたが誰か忘れちゃったけど契約よ。ファミリーの命令には従うこと。そしてファミリーの命令だろうとラースだけは傷つけないこと」
「シュガー!! おめェ、おれにこんなことしてタダで済むと思ってんのかァ〜!!」
「うるさい。静かにして」
シュガーに命じられた直後、オモチャの動きがピタッと止まる。契約を交わされたオモチャは命令に逆らえない。これも例のオモチャが言っていた通りだ。
「ラース。こっちへきて」
「…………はい」
さっきまで動きを封じる何かがあった気がするのに、俺はいとも簡単にシュガーの指示した場所へ移動することができた。
だんだん分かってきた。この違和感は素直に信じたほうがいい。俺はきっと何かに動きを封じられていて、それが先ほどシュガーが何者かをオモチャにしたことによって解放された。オモチャはシュガーと対等かそれ以上の存在かのような態度でもあった。……つまり、あのオモチャは幹部以上ということ。
この部屋の中央にはメリーゴーランドと俺が座っていた台座らしきものがあり、周囲にはスクラップ場へ続く無数の穴が存在している。そのさらに外側にはプリンの見た目をした座席らしきものが複数配置されていた。
シュガーはそのうちの一つに俺を座らせ、自分は向かい側に腰かける。
「ラースはグレープすき? 私これが一番気に入ってるの」
「貴女がお好きだと知ってさらに好きになってしまいました」
「ええ?♡ そう……じゃあ一つだけあげる」
シュガーが指で掴んだグレープをこちらへ向けてくる。さっきからマントの内側にいるオモチャが俺の皮膚をつねり続けてるのが非常に気になるが、顔には出さずに口を開ける。口に放り込まれたグレープを咀嚼してみると確かに美味しかった。
「どうかしたの? おいしくなかった?」
「いえ……どうしてかあのオモチャに何かされたような気がして……。情けないのですが恐ろしくて食べ物が喉を通りにくいようです」
俺が恐ろしいのはさっき喚いていたオモチャじゃなく、マントの内側にいるほうだ。凄まじい力で皮膚を掴まれていて地味に痛い。あの見た目でどこからこの馬鹿力が出てくるんだよ。
「あのオモチャに海楼石の錠をかけてくださいませんか? 貴女と私の仲を引き裂くのではないかと心配で……」
おねだりしてみたら、あっという間にシュガーが部下を呼びつけてオモチャに海楼石を付けていた。あのオモチャが能力者じゃなかったとしても鍵がなければ外せないはずだ。
「可愛いのね。そんなに心配なら鍵はあなたが持っていて」
「ありがとうございます。シュガー様」
ニコニコと笑みを浮かべながら手錠の鍵を受け取る。
拍子抜けするくらい簡単に事が進んだ。このままシュガーを利用して、ドフラミンゴとヤツの部下を全てオモチャに変えてやればいい。この先の旅にも同行させてモルガンズのクソ野郎もオモチャにしてやろうか? でもせっかくオモチャにしても、俺の記憶から消えてしまうならあまり意味がないような……。
なんだかさっきから俺らしくない。こんな状況、いつもの俺なら楽しくて仕方がなかっただろうに、妙に心が凪いでいる。
「…………シュガー様。私と貴女がこの先一緒にいるために、障害になるような方は他にいらっしゃいますか?」
「障害……そうね。若様はきっと反対なさると思うわ。ううん、若様だけじゃなく他の幹部も」
「では皆様をオモチャにして差し上げましょう。全員に海楼石の手錠を付け、スクラップ場に落ちていただくのです。そうすれば誰も私たちの邪魔をすることはできませんよ」
海楼石の手錠を求めるのは万が一の保険、だけじゃなさそうだ。俺は……あのオモチャが人間に戻ることを望んでいるのか?
「でも……そんなことをしたら」
シュガーは思ったより責任感が強いようだ。目をハートにさせながらも僅かに残った理性が抗っている。
「私は何を犠牲にしても貴女と共にいたい……。貴女をこんなにも想っているのは私だけなのですね」
「そんなことない!」
「よかった。どうか過去の人はお忘れになって私のことだけを考えてください。私もそうしますから」
オモチャが俺をつねる力がさらに強くなった。悠長にしていたら皮膚をちぎり取られかねない。
「ラースの過去の人は……そういえばあなた、天竜人の」
「かつては天竜人の所有物とされていましたが、今の私は貴女だけのものです」
何かが引っかかったらしく、シュガーは天竜人という言葉を何度も口にする。
「…………まって。天竜人の夫ってことは使用済みの中古ってこと?」
突然態度を一変させたシュガーの両目はすでにハートではなくなっていた。
彼女はふらりと立ち上がり、俺に手のひらを伸ばす。
「私が他の女のお下がりを使うなんてありえない。……きたない。今すぐ死んで」
まさかコイツ……女にしては珍しい童貞厨!?
「お待ちくださいシュガー様。私はっ……!!」
弁解の余地すら与えられず、シュガーの手が俺の腕に触れた。