シャルリア宮の第一夫君   作:倉庫から出す

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降臨

 シュガーの手が触れた直後、目線がみるみるうちに低くなって全身から骨が軋む音がした。

 

「まさか……俺がオモチャに!?」

 

 真っ先に自分の両手を見る。あのオモチャみたいにビームが出せそうな砲身は見当たらない。

 そ……そんなはずは。辛うじて人型っぽいけどそれ以外はただのブリキのオモチャだ。……ビーム抜きの。一番大事な部分がなんで付いてないんだよ!

 

 シュガーが顔の前で人差し指を立てる。

 

「あんたのことも忘れちゃったけど、ど(・)う(・)し(・)た(・)い(・)か(・)は覚えてる。――契約よ。ファミリーの命令には従うこと。護衛役として私を命懸けで守ること!」

「…………契約内容はそれで全てだな?」

「黙って私のそばにいなさい」

 

 命令通りに口を閉じ、シュガーの隣に立つ。俺に関する記憶は消えているはずなのにシュガーはやけに上機嫌だった。

 

「そこのあんた。スクラップ場から次のオモチャ候補を連れてきて」

「はっ、はい!! あの……どのようにして連れてきましょうか?」

 

 別室からシュガーに呼び出された男は「自分には出来そうにありません!」と困惑気味だ。

 ……そういえば俺も、あの場所からどうやってこの部屋に連れてこられたんだったか。本来はさっきオモチャにされたヤツの役目だったのかもしれない。

 結局男は怒ったシュガーに無理やりスクラップ場へ続く穴に落とされていた。この女もなかなかに気が短い。

 

「私はここで何をしていたのアマスか……」

「……あの時取り逃したオモチャ?」

 

 俺がオモチャ化した際にマントから放り出されていたオモチャだ。この場にオモチャが増えすぎてややこしいから天竜人と呼ぶことにしよう。

 天竜人は痛むはずのない頭を押さえながら立ち上がり、シュガーを目にした瞬間、親の仇の如く睨みつけた。

 

「天竜人である私をこのような姿にした下々民の女!!」

「天竜人? あんたはただのオモチャよ。契約を結び損ねたあんたに用はない……。そこのオモチャ! あれをスクラップ場に落としてしまいなさい」

 

 先ほど俺のおねだりによって海楼石の手錠をかけられたオモチャが前に進み出る。

 

「その海楼石も外して…………鍵はどこ?」

 

 そうか、この記憶も無くなってるのか。シュガーの能力で特定の人間の記憶が消えた際に起こると思われる『辻褄合わせ』は、必ずしも全ての齟齬を解消してくれる完璧なものではないようだ。ここに至るまでに俺が何度も違和感を覚えたのが何よりの証拠。それでもこの能力が規格外なのは変わらない。

 

「仕方ないわね。他のオモチャも呼び寄せてあのオモチャを…………ッ!!」

 

 別室から増援を連れてこようとしたシュガーの左肩から、鋭利な何かが生える。

 

「な……んで…………」

 

 自身の左肩に触れ、驚愕に満ちた表情でこちらを振り返ったシュガーと目が合う。彼女の視線はゆっくりと下へ移動し、俺の持つ天竜人の剣へ注がれた。

 

「どうして契約を交わしたオモチャが私を攻撃できるの!? そんなこと絶対にありえな……あぅっ!」

 

 シュガーの左肩を貫いていた剣を引き抜く。軽く剣を振って付着した血液を払った。

 これでドフラミンゴの糸で肩を貫かれた件は痛み分けってことにしよう。

 

「その様子だと契約内容はさっきのオモチャと同じらしいな。ファミリーの命令には従うこと、俺を傷つけない云々は違うとして……人間を傷つけないこと、か?」

「…………何を言っているの。私が口にした契約をあんたも聞いていたはずよ」

「ああ、確かに聞いたはずだ。だが今の俺にその記憶はない。覚えているのはお前が契約という言葉を出したこと、俺が『契約内容はそれで全てだな』と確認したことだけ」

 

 シュガーは「ありえない」と何度も自分に言い聞かせるように呟いていた。

 能力者ってのは自分の力で思い通りにした事柄において疑うことを知らない。契約を交わしたオモチャに対する、自分を傷つけることはないという絶大な信頼。そんな油断しきったバカを後ろから刺すのは簡単なことだった。

 

「賭けは俺の勝ちだな。お前は契約を交わす際には『契約を口に出して相手に聞かせる』必要があり、『相手が内容を失念すると契約は解除される』ことが分かった」

 

 さっき天竜人に「契約を結び損ねたあんたに用はない」と言っていたことからして、一定時間が経つと契約そのものが結べなくなるんだろう。シュガーが契約内容を最低限の数で抑えている理由だとしたら、契約可能時間はかなりシビアなはずだ。もしくは、状況に応じて一度に結べる契約数に上限があるのかもしれない。

 

「俺への再契約は有効か? 何度でも交わすといい。何度でも忘れてやる」

「意図的に記憶を消すなんて……能力者だったのね」

 

 訂正するのも面倒になってきた。

 生きていれば気に食わない出来事の一つや二つは必ず出てくる。消せないってことは、ずっと抱えて生きていくということ。俺からすれば、不都合な記憶を消さずに生きている奴らのほうが理解できない。

 悪魔の実なんぞなくとも執念で成せるものだと信じているからだ。

 

「オモチャの体も案外悪くないな。おかげで出血死の心配をしなくていい」

 

 痛みもない代わりに左肩の可動域が狭まってるくらいか。あとは全体的に動きがぎこちない点に目を瞑れば、むしろ以前より快適なくらいだ。……これでビームが打てたら完璧だったのに。

 

「未契約のオモチャが増えようと同じことよ」

 

 シュガーが腹の底からの大声を出す。

 

「私の声が届く位置にいるオモチャたち! 幹部塔に侵入したオモチャを始末しなさい!!」

 

 命令を受けて真っ先に海楼石がついたオモチャが俺に飛び掛かろうとしたが、見えない何かに弾かれたかのように後ろにのけ反っていた。

 

「何を遊んで……ああ、この場合は俺のことを忘れても『俺を傷つけてはいけない』って契約は有効なのか」

 

 一応契約そのものを忘れたわけじゃないからな。シュガーの契約周りもそれなりに分かってきた。

 

 幹部塔と繋がる部屋、恐らくあそこがローの言っていた工場がある空間だろう。ここからでも重い荷を運ばされているオモチャたちの姿や、停泊している船が見える。

 そちらから駆けつけてきた大量のオモチャたちは武器一つ持ってない上、すでにボロボロで死にかけてるヤツまでいた。

 

「そこの青色のパイナップルと、紫色のオモチャよ!」

 

 紫色が天竜人だとして…………消去法で俺が青色のパイナップル!?

 言われてみれば腕の一部分に青色が使われていたような。パイナップルなんてどこに、と自分の体を見下ろしてみたら胴体部分がまさにパイナップルっぽい、ダイヤもしくはアーガイル柄らしきデザインになっていた。それにこの関節部分にあるボルトは何なんだ。コイツのせいで全体的にボンレスハムみたいになっていやがる。

 …………ダサすぎるだろ!!

 

「クソッ!! こんなダサい姿でいるくらいなら死んだほうがマシだ。能力者を殺したら元に戻れるんだろうな……!?」

 

 能力者の死によって一生能力を解除できなくなる場合もある。シュガーがこれだとしたら厄介だ。そもそもこの能力、コイツの意思でオモチャから人間に戻せるのか?

 

「さっさと死になさい!!」

「……確信が持てるまでは殺せない、か。先にコイツらを片付けないとな」

 

 シュガーを守るために壁となっている一部を除いたオモチャたちが一斉に向かってくる。

 

「壊れても恨むなよ。俺の道を妨げたお前たちが悪い」

 

 向かってきたオモチャたちをまとめて蹴り飛ばす。幹部塔の壁にめり込んだ大半はそのまま動かなくなったが、数人はケロッとした様子で立ち上がる。そのうちの一人はどこから拾ってきたのか鉄パイプを手にしていた。

 ちゃんと強いのが混ざってるなと感心していたら、顔スレスレを鉄パイプが通過していった。

 

「うわっ!」

 

 もう少しで当たるところだった。いつもより当たり判定が広いような……俺の顔、どうなってる? なんか縦にも横にも長くないか!?

 

「何だこれ。鉄板を二つに重ねてネジで留めたような顔になってる」

 

 自分の顔をペタペタ触りながら鉄パイプによる攻撃を避けていく。

 このオモチャ結構強いな。身のこなしが熟練の剣士そのもの。二年前のクソガイコツの剣より遅いが、威力はこちらのほうが圧倒的に上だ。武器が鉄パイプじゃなく剣だったらどうなっていたか。

 

 フッと俺の足元を大きな影が覆う。その正体を確かめる前に後ろに飛び退いた。

 さっきまで俺が立っていた場所に別のオモチャが頭から突っ込んでいた。オモチャは床にめり込んでいた頭をすぐに引き抜く。なかなかの石頭だ。

 

「きゃーっ!? 何なのアマスか、この汚らしいオモチャたちは!!」

「そうか、あっちにもオモチャが……」

 

 天竜人の悲鳴に意識を向けていた俺の顔の両端から、にゅうっと丸い何かが飛び出してくる。咄嗟に膝を曲げて身を低くする。頭上で二つの薄くて丸型のものが勢いよく重なった。

 

「危なっ! シンバル!?」

 

 合わせシンバルだ。至近距離でジャーンという音が鳴り響き、ブリキの体でもビリビリと空気がひりつく感覚が伝わってきた。

 

 鉄パイプを持った剣士もどきとに、魚雷のように突っ込んでくる石頭と、両手がシンバルと一体化しているサルのオモチャ。人間だった頃はそれなりの実力者だったに違いない。一度にこの三人を相手するのはなかなか骨が折れそうだ。

 

 自分を取り囲むオモチャたちにビームを放とうとしている天竜人の元へ駆け寄り、今の俺の半分ほどしかない小さな体を抱き上げた。そのままオモチャたちの攻撃を避けながら走る。

 

「死ぬアマス下々民のオモ――……何をするのアマス!?」

「天竜人。お前、オモチャを人間に戻す方法を知ってるか?」

「離すアマス!! 天竜人である私に卑しい下々民が触れるなんて……!! エサ抜きガリガリ奴隷の刑にしてやるアマスわ!」

「…………性格変わりすぎだろ」

 

 さっきまではもっとこう、お淑やかで落ち着いた雰囲気というか。ところどころ片鱗はあったけど、少なくとも俺に対しては健気な姿勢を崩すことはなかった。

 しかもエサ抜きガリガリ奴隷の刑ときた。これがロズワード家の者たちが考える「下々民に与えるべき最も重い罰」だってことも知ってる。彼らの口からこれが出てくる時点で相当ブチ切れてるはずだ。

 

 妙に面白くない気持ちになり、つい反論を口にしてしまった。

 

「触るなと言っても俺たちは……その、ふ、夫婦……だったんだ。今更だろ。それに俺のことをあ……あい……してると何度も言ってたじゃないか」

「何を言っているのアマス!? 私が穢らわしい下々民なんぞを夫にするはずがないアマスわ!」

 

 さっきから随分と言いたい放題だ。男の話題になった時の故郷の女たち並みに口が悪い。

 

「知るか。俺だってチャルロス聖の妹なんぞを妻にしたくなかっただろうよ」

「無礼な……!! この世界の創造主の血を何だと思っているのアマス!?」

 

 チャルロス聖のように下々民でも好みの容姿なら聖地に迎え入れるタイプかと思ったら、下々民の男は奴隷としての価値しか見出していないタイプだったようだ。コイツ、本当に俺を夫にした天竜人なのか?

 

「ハッ、所詮は同じ人間だろ」

「許さないアマスわ……。この私を侮辱した罪、その命で償わせるアマス!!」

「待てビームを打つな! 今はタイミングが悪すぎる、追われてない時にやってくれたらよかったのに!」

 

 俺に向けられた腕を無理やり後ろにズラす。放たれたビームは丁度シュガーのいる方角にいったらしく、悲鳴を上げながら逃げ惑う姿が見えた。

 天竜人と二人、同時にニヤッとした。

 

「ははっ! あの顔見たか? ドフラミンゴに見せてやれないのが残念だ」

「ふふ。いい気味アマス。下々民の女が私に触れた挙句、このような姿にしたのがいけないのアマスわ」

 

 天竜人と合わせ技をした時もそうだった。なぜか攻撃のタイミングも合わせ方も手にとるように分かる。その呼吸でさえ完全に掌握しているような奇妙な感覚すらあった。

 

 俺に抱えられたままだった天竜人はすでに抵抗をやめており、俺たちは意味もなく見つめ合っていた。

 先に目を逸らした天竜人が、俺から離れて床に着地する。気付かないうちに抱えていた腕から力が抜けていたらしい。

 

「簡単に終わらせる必要はないアマスね。あの女には、いっそ殺してくれと許しを乞うような生き地獄を味わわせてやるアマス」

 

 遠回しに俺と同じ考えを口にした天竜人に内心驚いた。悟られないように目を細めるだけに留め、こちらを取り囲んできたオモチャたちに目を向ける。

 

「その為には先にアイツらをどうにかしないとな。俺へのビームは取っておいてくれ。避けたのは勿体ないと思ってたんだ」

「……下々民は頭まで悪いのアマス?」

 

 ちょっと憐れむようなトーンで言われた。こういうところはティアンナ宮に似てる。

 

「ビーム以外には何ができる?」

「銃が……でもオモチャになった時にどこかへ消えてしまったアマス」

「そういえば俺の銃もないな」

 

 着ていた服と一緒にオモチャと一体化したんだろうか。だとすると、天竜人の剣はオモチャ化する前に床に落としたから無事だったんだろう。

 

「この体だと剣が握りにくいんだよな。顔もキモくなってるし、当たり判定もデカいし」

「見た目はかわ……悪くないと思うアマスわ」

 

 天竜人がじっと俺を見上げながら言う。

 

「鉄板ネジ顔のどこに可愛い要素があるんだ。それに俺は可愛いって言われるのが一番嫌いなんだよ」

「可愛いなんて言っていないアマス。下々民は耳も悪い上に自意識過剰アマスね」

 

 いちいちムカつく物言いをする女だな。

 とりあえず現状はどうにもできないってことだ。今あるもので目の前の奴らを蹴散らすしかない。

 

 天竜人が飛びかかってきたサルのオモチャにビームを放つ。サルはそのマヌケな見た目に反して俊敏に避け、シンバルと同化した両手を大きく広げる。

 またあの不愉快な音を出されたらたまらない。天竜人の剣を槍のように突き出し、片側のシンバルを弾く。バランスを崩してたたらを踏んでいたオモチャを掴んで持ち上げた。

 

「向こうで大人しくしてろ」

 

 サルのオモチャの声にならない悲鳴が聞こえた気がしたが、問答無用でスクラップ場に続く穴へ放り投げる。それを見ていた天竜人も鉄パイプと石頭のオモチャを同時に穴へ落としていた。

 

 ……やっぱ強すぎないか? オモチャになっても元の戦闘力はある程度引き継がれてるようだから、この天竜人も人間だった頃は俺より強いかもしれない。

 俺が聖地から逃げられなかった原因、絶対コイツだろ!

 

「さっさとあんたたちも行きなさい! たった二人のオモチャに何を手こずってるの!?」

 

 最後まで残っていたシュガーの護衛たちだ。一番前には海楼石のオモチャが立っていて、「べっへへー!! 海楼石の錠さえなきゃ、お前らなんぞ一捻り……」と言いかけ、シュガーに「きたない。その口は一生閉じていなさい」と命じられていた。

 オモチャは前にも「静かにして」と命じられていたはずだが、あちらの効力は一時的なものだったらしい。

 

「海楼石がなければ俺を一捻りできる……試してみるか?」

 

 剣の柄部分に引っ掛けていた鍵を手に取り、オモチャの前でゆらゆらと揺らす。一生口をきけないことが確定したオモチャが勢いよくぶんぶんと首を縦に振る。

 

「いいだろう。ゴミの中を這いつくばって探し出せたらな」

 

 パッと手を離す。鍵がパイプにぶつかりながらスクラップ場へ落ちる音が響く。

 オモチャはパイプに足を踏み出したが、やはりシュガーの命令には逆らえないようで俺に向き直っていた。

 

「はぁ……つまらないな。お前、もう俺の視界から消えろ」

 

 海楼石のオモチャを穴に向かって蹴り飛ばす。ついでに残りの護衛もまとめてスクラップ場送りにしておいた。

 

「な……あんたたちの強さは一体……。どうして私が契約したオモチャたちは全く歯が立たないの!?」

「さあ。運良く人型になったからじゃないか?」

 

 剣士っぽいやつも人型だったけど指が二本しかなかった。あれじゃ鉄パイプを掴むので精一杯だったはず。サルのオモチャは両手がシンバルで物を掴むどころじゃないし、石頭は足がホイール式だった。何をどうやったのか飛び上がることは出来たようだが……。

 俺がアレになってたら詰んでただろうな。蹴りを封じられたらお手上げだ。

 

「今れすっ!! シュガーの周囲に護衛のオモチャがいない好機を逃すわけにはいかないれすよ!」

 

 どこから潜り込んだのか、シュガーと対峙している俺の後ろに、手のひらサイズの小さな人間が集団で立っていた。

 

「…………小人族アマス?」

 

 天竜人が怪訝な声を出す。

 小人族と思われる集団からリーダーらしき人物が一人前に出てきて、キラキラした目で俺と天竜人を見上げる。

 

「隊長みたいに強くてかっこいいオモチャれす!!」

「無礼者!! 天竜人に下々民が気安く話しかけるなど……」

「ええーっ!! 天竜人!?」

 

 ……小人族、初めて見たな。過去にすれ違っていても、このサイズじゃ見逃してそうだ。

 

「ん? 小人族ってことはウソップさんと協力関係にある奴らか」

「ウソランドを知ってるれすか!?」

「あー……俺がオモチャになったから、あの人の記憶からも消えてるよな。彼には手を貸すよう頼まれてたんだ」

「なんて心強い!! さあ、観念するれすシュガー! 工場で働かされている仲間たちを助け出し、おまいを気絶させるのれすっ!!」

 

 小人が高らかに宣言する。

 

「……まさか気絶で能力が解除される? いやまて、それここで言っていいやつなのか……?」

「全員でかかれェ〜!! 取り押さえて口を開けェ〜〜っ!!」

「やめろ! 口に何かを入れようとしてるのがバレバレだろうが!!」

 

 しかもリーダーらしき小人が堂々と抱えているのは、シュガーの好物であるグレープ。今からこれを口に放り込みますと宣伝しているようなものだった。

 

 小人たちが武器を手に一斉に駆け出す。

 同じようにシュガーに飛びかかろうとしていたリーダーの小人を掴んで引き寄せた。

 

「何するんれすか!」

「それはこっちのセリフだ! 生身のお前たちはシュガーに手を出すな。あの女をどうにかできるのは、すでにオモチャ化していて契約を結んでいない俺と天竜人だけ――って、急にミニサイズのオモチャが……!?」

 

 突然シュガーと俺たちの間に小人サイズのオモチャが現れた。ってことは、もう奴らの一部がオモチャにされたか。

 

「契約よ。私の命令に命尽きるまで従うこと! 幹部塔内の者達を皆殺しにしなさい!!」

 

 聖地の図書室で小人族に関する本を読んだことがある。彼らの寿命は俺たちよりも長く、腕力や脚力も優れているらしい。

 厄介な連中がシュガーの手に落ちてしまったようだ。

 

「そこのパイナップルは後にしなさい。先に紫のオモチャを狙うのよ!」

 

 小人のオモチャたちが方向転換して天竜人に狙いを定める。

 

「小さなオモチャなど全て吹き飛ばして……きゃっ!?」

 

 恐ろしく小回りのきくオモチャたちが天竜人の前に立ちはだかり、一人は対象の足を滑らせ、それ以外が隙の出来た天竜人に剣を振り上げる。やけに手慣れた連携プレーだ。

 

「クソッ、手のかかる女だな!」

 

 天竜人の背中に右手を差し込み、左手に握った剣でオモチャたちの複数の剣を受け止める。

 

「は、その体のどこにこんな馬鹿力があるんだよ……!!」

 

 向こうの剣を弾き返すどころか、むしろこちらが押されていた。押し負けないように力を込めるたび、剣を持つブリキの腕がギギギギと不穏な音を立てる。

 もしこれで腕が飛んだらどうなる。人間に戻った時にも反映されるとしたら面倒だ。

 

 俺に抱き寄せられていた天竜人が、俺の持つ剣と腕を交互に見つめて強張った声を出す。

 

「…………お前が壊れてしまうアマスわ」

「天竜人が下々民の心配か?」

 

 そういえばこの天竜人、あれだけ神経質だったわりに、今は俺に抱かれていても文句の一つも言わないな。

 

「今よ! ヤツらの背中のものを外してしまいなさい!!」

「背中?」

 

 俺と剣で力比べをしていたオモチャのうち二人がサッと一歩下がり、それぞれが俺と天竜人の背後に回る。

 残ってる奴らがいる以上は剣を持つ手を緩めるわけにはいかない。咄嗟に片足を振り上げたが、小さい上に小回りまで効く小人族相手には無駄な足掻きだったようだ。

 

「…………背中に、何かある」

 

 俺の足から逃れたオモチャがそ(・)れ(・)に触れたのが分かった。

 シュガーの口ぶりからして、俺だけでなく天竜人にもあるはず。天竜人の背中にあるのは――――巻き鍵だ。

 これはゼンマイを巻くためのもので、一部のオモチャはこれを回すことによって動いている。つまり巻き鍵を外されたら、

 

「くっ、体が……!!」

 

 俺の背中にあると思われる巻き鍵が、天竜人のものと同時に引き抜かれた。二人一緒に地面にガシャンッと音を立てて崩れ落ちる。

 まともに動くのは頭だけ。手も足もほとんど力が入らない。僅かに持ち上げることができる程度だった。

 

「ふん。オモチャが生みの親である私に逆らうからいけないのよ。さあ、あんたたち。残りの小人族も始末してしまいなさい」

 

 小人族のオモチャたちが離れていき、遠い場所から武器がぶつかり合う音と小人族の悲鳴が聞こえてくる。

 

 ……そうか。俺や天竜人が他のオモチャたちより動けたのは人に近い姿を持っていたことに加え、ゼンマイを巻くことによって蓄えられたエネルギーを動力源にしていたからだ。

 しかも本来なら人の手で回さなきゃいけないところを、悪魔の実で作られたオモチャだからか、少なくとも天竜人の巻き鍵は一定の間隔で自動で回っていた。

 

 急に引き抜かれて軸が逆回転しなかったのは不幸中の幸いだろう。

 どうやら天竜人も生きてはいるようだ。時々呻き声のようなものが聞こえてくる。

 

 全ての力を振り絞って片腕を上げたが、すぐに力なく床に落ちた。

 

「……こんなところで終わってたまるか……!! 俺は、まだ何も…………」

 

 一人で長い旅を続けてきた。

 滞在場所ごとに達成すべき何かしらを決めてきたが、その先で自分が望むものは未だ分からないまま。

 

 漠然と結婚をすれば自分の望むものが得られるんじゃないかと感じていた。

 シャボンディで兄と呼んでいた男に招待された結婚式で、やっとこの手に掴みかけたと思ったのに……。

 

 聞こえてくる小人族の悲鳴がどんどん小さくなっていく。

 体内に残っていた僅かなエネルギーが徐々に減っていくのが分かる。ついに頭を動かすのもキツくなってきた。向こうの状況を音でしか確認できない。

 

『ウソランド? さっきも言ってた名前ね』

 

 シュガーが拡声器モデルの電伝虫を手に取ったようだ。肉声だけじゃ届かない場所にいる者も呼び寄せる為だろう。直接的なものと電伝虫越しの声がほぼ同時に聞こえてくる。

 騒動を聞きつけてドフラミンゴの手下たちも集まってきた。

 

 ……俺と天竜人の巻き鍵はどこにある?

 今なら事情を知らないドフラミンゴの部下たちが付け直してくれるかもしれない。

 コイツらはオモチャという労働力を求めてる。巻き鍵一つで働けるオモチャが増えるなら、多少の手間は惜しまないはずだ。

 

『ウソランドはぼくらのヒーロー……。彼はぼくらだけじゃなく、全てを救ってやると言ってくれたのれす! 毎日毎日この地下で働かされているオモチャ達も……工場で奴隷にされてるぼくらの仲間達も……楽しく街を歩く様で、心の中で泣き続けているオモチャ達も……!!』

 

 俺がドフラミンゴの手下たちに声をかける前に、小人族のリーダーの声が力強く響いた。

 

『愛する者を失った事にも気づけない、不幸な大人間達も!!』

 

 …………愛する人を失ったことに気づかない、不幸な……。

 

 オモチャの体にないはずの心臓が、ドクンッと大きく跳ねた気がした。

 

『ウソランドはみんなを救ってくれる……伝説の英雄(ヒーロー)なのれす!!』

『バカね。そんなの嘘に決まってるじゃない。騙されやすいあなた達を利用しただけ』

『ヒーローはウソなんかつかない! これ以上ウソランドを侮辱するのは許さないれすよ!!』

 

 ……外海の人間は、どうしてここまで愛というものを美しく尊いものとして扱う?

 愛なんて所詮は人間の外側だけを切り取って愛でているだけの無駄なものじゃないか。外海の女たちは俺に対して軽々しく愛を口にするが、誰一人として俺の中身までは見えていなかった。

 

 それが愛の正体だと分かっていたはずだ。

 まるで外海の人間たちが口にする愛を正しく理解していた過去があったような……そんな馬鹿げたこと、あるはずないのに。

 

『許さないからって……何? あんた達はここで死ぬのよ。同じ小人族の手によってね』

『同じ小人族? ここにいるのはオモチャだけ………ああっレオに何をするれすか!?』

 

 落ち着いていた悲鳴がまた次々と上がる。悲鳴というより断末魔だ。シュガーが小人族のオモチャたちにトドメをさすよう命じたんだろう。

 いい見せ物状態になっているようで、ドフラミンゴの手下たちの下品な笑い声も混ざってきた。

 

「う…………」

 

 ついに口を開けることも難しくなってきた。これじゃ手下共相手に交渉すらできない。

 本当にここにウソップさんがいるんだろうか。せめて俺の巻き鍵だけでも戻してくれたら……。

 

『あなたたちのヒーローは怖気付いて逃げたの。ここに現れないのが何よりの証拠よ』

『ウソランドは必ず来てくれる! ヒーローは遅れて登場するものだって言っ……ゲフッ!!』

『そうれす! ぼくたちに何かあった時は、おれが全てを救ってやるって……そう言ってくれ……た、……』

 

 音だけでも小人族たちの命が一つずつ消えかかっていくのが分かる。

 

『いい加減にしろお前らァ〜ッ!!』

 

 もう立っている小人族はいないんじゃないかと思った頃、ウソップさんの声が建物内に響き渡った。

 

『お前らどこまでおれを信じるんだ! そいつの言う通り全部ウソなのに!!』

『ええーっ!?』

『おれは伝説のヒーローでもねェし!! ウソランドなんて名前でもねェ!! 泣く子も黙る麦わらの一味の狙撃手、名前はウソップ! 海賊だァ!!』

『な……何でそんな事いうのれすか……?』

 

 …………前々から思ってたけど、ウソップさんは何であんなに雑魚の演技が上手いんだ。声はそれっぽく震えてるし、拡声器の影響か鼻を啜る音まで聞こえてくる。

 あれだけの覇気を持っていて弱いはずがないだろ。

 

『何度も言わせるな。おれはお前らをダマしてたんだよ!! それをいつまでもしつこく信じやがって……!!』

『わざわざ小人族たちの心を折るために出てきたの?』

 

 麦わらの一味が電伝虫で情報交換していた時、小人族と協力してオモチャを救うのは彼らの共通意識だったはず。

 ウソップさんは、どうしてこの状況で事実と異なる嘘を?

 

『そうだ。そうでもしねェとコイツら、死ぬまでおれを待つからな。そんな寝覚めの悪ィマネされるより、こんなおれを信じてくれた礼によ……命の一つも賭けて散る方が格好がつくってもんだろう!?』

 

 本当にものすごい演技派だ。あと…………かっこいい。こんなの本物のヒーローみたいじゃないか。

 

『おれの名はウソップ!! よく覚えとけトンタッタ!! もしおれが死んだ時はノーランドの横に銅像を建てろ!! 今からおれが、お前らの伝説のヒーローになってやる!!』

 

 ウソップさんがこの世で一番かっこいいセリフをキメた直後、シュガーのオモチャたちと交戦しているらしき音が聞こえてくる。途中から一方的に殴っているような音になり、やがて何も聞こえなくなった。

 

『…………ウソ、ランド?』

『シュガー。部下達から連絡があった。敵襲があったのなら今すぐ王宮へ来い!!』

『安心して、若。動ける人間は一人を除いて全てオモチャにしたし、その一人もトンタッタ族のオモチャに拘束されて身動き一つ取れない。今から息の根を止めるところよ』

 

 シュガーはドフラミンゴからの連絡にそう答え、『無駄に長い鼻も折れちゃって可哀想』と嘲笑う。

 

『小人族が持ってたこの毒入りのグレープも返すね』

『……ああっ! ぼくらの希望、タタババスコが……!!』

『ウソランド。あんたが食べて死になさい』

 

 どういう状況なんだこれは。まさかウソップさんが負けた?

 

 性能のいい拡声器が、ウソップさんがグレープを丸ごと飲み込んだと思われる音まで拾い上げる。

 

『ぎィやああああああああ!!』

『えっ……きゃああああああ!?』

 

 音だけでもこちらの目玉が飛び出そうな叫び声だった。

 

「ちょっ、不味くないか!? シュガー様が目を回し、て……」

「気絶したーっ!?」

 

 俺の周囲で見物客と化していたドフラミンゴの部下たちがオロオロと狼狽えている。

 

 もしかしてウソップさんは……わざとシュガーとの戦いで敗れ、毒入りのグレープを食べる事で完全に相手を油断させ、その隙に何かしらの反撃をして気絶に追い込んだっていうのか?

 

「……すげェ。本当にシュガーを気絶させ…………うっ!」

 

 ――声が出る。突然全身が沸騰したみたいだ。

 視界が大きく歪み、手足の感覚が慣れ親しんだものに作り変えられていく。それと比例して忘れていた左肩の痛みが強くなった。

 

 逆流してくる過去の波に足を取られ、この場にいるすべてのオモチャが溺れそうになっていた。

 

 誰よりも先に混乱の渦から抜け出したその人が、愛しい声で俺を呼ぶ。

 

「あ……あな、た……?」

 

 自由と世界の広がりを謳歌していた俺の魂も上書きされ、最後に愛という名の小さな箱庭だけが残った。

 

 瞳にたっぷりとした涙を溜めたシャルリアが俺の胸に飛び込んでくる。その華奢な背中に腕を回すことすら憚られた。

 

 喉元まで迫り上がってきた言葉をやっとの思いで口にした時には、情けないほど震えてしまっていた。

 

 ――――俺は…………なんてことを。

 

「他の何を忘れても、貴女のことだけは忘れてはいけなかったのに…………」

 

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