シャルリア宮の第一夫君   作:倉庫から出す

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人間オークション

「おばえも行くのかえ? シャルリアが夫を連れて行くなんて珍しいえ」

 

 せめて一歩か二歩くらいは下がっておこうと後退りした俺を、シャルリアの兄であるチャルロス聖が妙な角度で覗き込んでくる。

 

「はい。シャルリア宮に誘っていただきました」

「あー跪くのはいらんえ。おばえにさせたら、またシャルリアがわちしと口をきいてくれなくなる」

 

 せめて膝をつこうとしたらそう言われ、しまいには付き人たちに肩を掴まれて半強制的に立たされてしまった。どうやら、俺の知らないところでシャルリアと揉めたらしい。

 

「チャルロス兄さま!」

「シャルリアが来たえ。ほら、おばえも早く行け」

 

 チャルロス聖の俺を追い払う仕草は、いつかのティアンナ宮のものにそっくりだった。

 

 今日はシャルリアとチャルロス聖、そして二人の父親であるロズワード聖と一緒に、シャボンディ諸島の人間(ヒューマン)オークションに参加することになってる。つまり新しい奴隷を見に行くってことだ。

 

「チャルロス兄さまと何かお話を?」

「俺が同行するのは珍しいと仰っていました」

「お父上様に、そろそろあのような場にも慣れさせるべきだと言われたのアマス」

 

 なるほど、人間育成ゲームのような理由だった。

 

「チャルロス、シャルリア。二人とも揃っているな」

 

 噂をすれば何とやら。二人の父親であるロズワード聖だ。

 ロズワード聖の後ろから出てきたのは巨人族かと思うほど大きな男。そのさらに奥から出てきたのは、巨人族とまではいかないものの一般的な人間の倍はありそうな大男。首元に付けられた鎖からして奴隷だろう。

 身長が二メートル以上あるロズワード聖でも、彼らの近くにいれば小さく見えるんだから不思議だ。

 

 彼らを見たシャルリアが「まあ」と嬉しそうな声を上げる。

 

「お父上様。今日はこのコを連れて行っていいのアマス?」

「そうだえ。お前もこのサイズの散歩のさせ方も学んでおきなさい」

 

 シャルリアがロズワード聖から最後に出てきた大男の鎖を受け取る。

 大男は長い髪を頭頂部で左右に分けて髪飾りで留めており、露出している胸元には特徴的な刺青が彫られていた。……なんだか自分のこの表現に覚えがあるような、ないような。

 

 大男は俺を見て驚いたように目を丸くしたが、やがて何事もなかったかのように目を逸らす。

 

 この大男を直接見るのは初めてだが、シャルリアが何度か躾が上手くいかないと愚痴っていたことがある。初めて会った気がしないのはそのせいだろう。

 ロズワード聖の船長コレクションのうちの一つでもあるそうだから、どこかで手配書を見た可能性もある。

 

 シャルリアは鎖を付き人の男に預け、俺の隣へ戻ってくる。

 

「二人であの奴隷に乗りたいアマス」

「分かりました」

 

 付き人たちによって無理やり跪かされた大男の背に乗り込み、シャルリアへ手を差し伸べた。俺の手を掴んだ彼女を引っ張り上げる。

 

「今日こそは人魚を手に入れるえ〜!」

 

 むふーと鼻息を荒くしたチャルロス聖は一般的な人間サイズの奴隷の背に乗っている。腕力に自信があるタイプというわけでもなさそうで、奴隷の両手はぷるぷると小刻みに震えていた。

 

 日常的な躾という名の虐待に加え、まともな食事を与えられないことによる栄養失調。そんな劣悪な環境に置かれては精神状態も最悪だろう。あの調子でオークション会場まで保つんだろうか。

 

 聖地を出る前にシャルリアと共に頭にシャボンを被せられた。シャボン内の空気を常に清潔に保つための装置も付けられ、両手には薄いグローブを装着させられる。

 

 最近では服も天竜人達が着ているものとまではいかなくとも、似たデザインのものを着せられることが多くなった。あのワノ国の着物のように何枚も重ね着しているのに、やはり暑さや重さはほとんど感じない。

 そして今回も当然のようにシャルリアと同じ銃を持たされている。

 

 相変わらず無駄に豪華な装飾が施された首輪だけはそのままだ。これがなければ、一般人は俺のことをちょっと貧相な天竜人とでも思ったかもしれない。

 

 俺の付き人に抱えられていたサルウがぶるっと体を震わせる。察しのいい付き人によって地面に下ろされたサルウは、付き人に触れられた箇所を上書きするかのように念入りに舐めていた。

 俺やシャルリアに抱えられた時はやらないようだが、この犬はどうも潔癖なきらいがある。

 

 

 

 

 

「お父上様。この奴隷はノロマアマス」

 

 俺とシャルリアが乗っている奴隷はかなり体格の良い男だったが、それなりに長いと思われる奴隷生活ですっかり筋力が衰えてしまったようだ。

 

「今回のオークションで巨人が出品されていたら買ってくださいまし」

「お前は先日やったばかりの魚人族の奴隷を壊したところだえ。巨人が出ていたらチャルロスに譲りなさい」

 

 シャルリアはいつものように「やだアマス」と返そうとして、俺たちより随分後ろにいるチャルロス聖に目を向ける。チャルロス聖はやはりというべきか、出かける前から弱っていた奴隷のゆっくりすぎる歩みに苛ついているようだった。

 

「……可哀想アマスわ、チャルロス兄さま」

 

 シャルリアはチャルロス聖を不憫そうに見つめ、ロズワード聖に「ではその次に大きな奴隷を買ってくださいませ」と再度おねだりしていた。

 

 

 

 後方にいたチャルロス聖がもはや米粒サイズになってしまった頃、事件は起きた。

 

「それ以上おれに近づくな! 近づいたら、この男を握り潰してやる!!」

 

 俺たちが乗っていた奴隷が唐突に暴れ出し、首輪と繋がっていた鎖を無理やり外してしまった。

 

 首輪だけとなった奴隷が背中に乗っていたシャルリアに手を伸ばしてきたので咄嗟に彼女を俺の付き人に投げ渡したところ、間抜けにも逃げ遅れてしまったわけだ。

 

 そのデカい腕で俺を挟み込んでしまった大男が震える足で後退していく。

 

「奴隷如きが天竜人であるこの私に何を……!」

 

 顔を真っ赤にしたシャルリアが胸元から取り出した銃を大男に向ける。

 

 シャルリアの銃の腕前はかなりのものだ。この大男は的としてはデカすぎるし、奴隷生活で弱った体では俊敏な動きもできないだろう。動く相手に対して狙った箇所に正確に当てることは出来ずとも、どこかしらには当たるはず。

 

 下手に動かない方がいいと判断して大男の腕の中で大人しくしていたら、俺が人質にされていることに気づいたシャルリアと目が合った。

 

「あ…………」

 

 真っ直ぐ大男に向いていたはずのシャルリアの銃は、一向に照準が定まる様子がない。

 シャルリアの異常に気がついたロズワード聖が自身の懐に手を伸ばそうとする。

 

「……だめアマスお父上様! 私の夫に当たるアマスわ!」

「死んだならまた新しいのを、」

「やだアマス、あの人は……っ!」

 

 シャルリアの取り乱しっぷりに父親であるロズワード聖ですら困惑しているようだった。

 

 付き人たちはシャルリアとロズワード聖の盾になるべく立っており、衛兵たちは天竜人の指示なしでは動けない。唯一サルウだけは大男に吠え続けて敵意を示し続けていた。

 

 シャルリアがロズワード聖の腕を掴んで懇願している間に、大男は俺を抱えたままゆっくりと後退り――天竜人の腕前でも銃が当たらないであろう距離まで離れたことを確認してから背中を向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 マングローブの幹に『31番GR』という文字が見えた。

 

 一体どこまで逃げるつもりなんだとうんざりしていたら、頭上から随分と高圧的な声が降ってくる。

 

「お前の首輪は後で必ず外してやるから、先におれの首輪を壊すものを見つけて来い!」

「どうして私がそんなことをしなければならないのですか?」

 

 コイツ、奴隷生活で頭がイカれたのか?

 

 男は俺の返答に大袈裟なくらい驚いていた。

 

「はぁ……!? お前だってこうなることを望んでただろうが! ティアンナ宮とかいう天竜人と奴隷部屋に来た時も初対面のフリをしていたくせに。さっきも今も抵抗一つせずおれに攫われたのは、おれと一緒にアイツらから逃げるためだったんだろ!!」

 

 俺が無抵抗だったのはシャルリアの所有物であるこの男を勝手に傷つけるわけにはいかなかったからで、万が一の時はシャルリアが俺ごとこの男を撃つと思っていたからだ。

 

 実際彼女は撃たなかったが、それはまあ愛玩目的で置いている男に傷がつくのは問題だろうから仕方ない。俺だってそのせいでシャルリアの夫という今の立場を失いたくないし。

 

 それよりこの男、初対面のフリって言ったか? ティアンナ宮と奴隷部屋にって何の話だよ。

 

「私と貴方は今日初めて会ったはずですが」

「……すっとぼけてんのか? 奴隷部屋どころかあの日、シャボンディ諸島の造船所で! 暴れていたどこぞの海賊団の船長をお前が撃ち殺した時、おれの海賊団もそこにいたんだぜ!?」

 

 十秒ほど自分の頭の中の記憶をさらってみたが、何のことやらサッパリだった。

 

「覚えていませんね。何か会話をしましたか?」

「……っ! 混乱に乗じてコーティング済みの船を掻っ払おうとしたおれと仲間たちをぶん殴っただろうがっ!」

 

 マジで記憶にない。海賊相手の商売、そういった輩が多すぎていちいち覚えてられるはずないだろ。

 ああ、昔の俺。なんて可哀想な男なんだ。昔の俺の最大の不幸は、まだシャルリアに出会っていないことだけど。

 

 悔しそうに歯軋りしている男に対し、深いため息をつく。

 

「アンタみたいなのがいるから、俺のような下っ端の仕事が増えるんスよ」

「今となっては過去はどうでもいい! 確かなのは、おれの言う通りにすればお前も天竜人から解放されるってことだ!」

 

 その巨体に相応しい、逞しい腕で俺の体を拘束している男を冷ややかに見上げる。

 

「どうやら誤解されているようですね。私は天竜人であるシャルリア宮の第一の夫。この生活に不満があるどころか、永遠に続いてほしいと願うほどの魅力を感じているのです」

 

 男の表情はこの日一番の歪みを見せた。

 

「どうかしてやがる……ッ! あんなイカれた女に飼われ続けるなんて、奴隷じゃなくて夫だろうがおれは願い下げ、」

 

 ビキッと額の辺りで不穏な音がする。

 

「お前…………今、その汚い口で俺の高貴な妻を侮辱したのか?」

 

 無意識に握りしめた拳からも同じ音がして、何も考えずに振り上げたそれは男の顎にめり込み、俺の倍近くありそうな巨体を、空に浮かんでいたシャボンまで打ち上げた。

 

 

 

 

 

 白目を剥いて気絶している大男を前に、俺は途方に暮れていた。

 

 どうしよう。シャルリアのものを勝手に傷つけてしまった!

 

 いやー……これ、マジでどうする。どうにかできるのか?

 天竜人に飼われているだけの存在が勝手に天竜人のものに手を出すなんて。エサ抜きガリガリ奴隷の刑にされても文句は言えない。

 

 一向に目覚める気配がない大男を虚無の目で見下ろす。

 そんな俺に追い討ちをかけるかの如く、大男の首輪から例の警告音が鳴り響いた。

 

 俺の首輪と違って奴隷の首輪は一度鳴ったら二度と止まることはない。警告音というよりは、覆ることのない命のカウントダウンそのもの。

 

 きっちり予め決められた時間だけ鳴り続けた音が止まった瞬間、肌を刺すような爆音と爆風に包まれる。

 

 顔の前で腕をクロスしていた俺は、ある一つの希望に思い至った。

 あれだけの爆発だったんだ。俺が殴ったなんて分からないくらい顔がぐちゃぐちゃになってる可能性もあるんでは!?

 

 周囲の煙が消え去り、大男の少しずつ姿が鮮明になっていく。ドキドキしながら覗いてみる。

 

「…………終わった」

 

 全身から血が噴き出している大男の歯は半分以上折れており、口はパクパクと動くだけで声を発することさえ出来ない様子だった。誰かを抱きしめるかのように広げられた腕は、やがて力を失って地面に落ちてしまう。

 そんな大男の顎には、俺の拳の形がハッキリと残ってしまっていた。

 

「き……きゃああああっ!! 奴隷が天竜人を巻き込んで爆発したわ!」

「とんでもないことになった……。今すぐここから離れるんだっ!」

 

 逃げ惑うシャボンディ諸島の人たちの中にも、腰が抜けているのかその場から動かない者たちがいる。

 服についてしまった汚れを軽く手のひらで払い、その場に留まっていた青年に声をかけた。

 

「あの奴隷を診てくれる医者を探しているのですが、心当たりは……」

「すみません、申し訳ありません、大変失礼いたしましたあああ!?」

「…………あの」

 

 青年は眼球が飛び出るんじゃないかと思うくらい驚き、飛び跳ねるような動きで走り去ってしまった。

 

「少しいいですか。お願いがあるのですが……」

「キャアアアアアアッ!? お許しください、お許しください……っ!」

「…………はぁ」

 

 気を取り直して別の女性に声をかけたら、まるで犯罪者にエンカウントしたかのような悲鳴を上げられてしまった。

 

 ……そりゃそうか。

 俺だってあの天竜人にお願いなんてされたら気でも狂ってるんじゃないかと邪推するし、急に正気に戻ったソイツに「下々民の分際で天竜人であるわちしにお願いをさせるとは何事だえ〜!!」って発砲されるんじゃないかって思う。

 

 マズいな。せめてあの顎の拳の痕……いや生命の維持ができる程度には大男を治療してもらいたいのに。

 シャルリアたちとはそれなりに離されてしまったから、応急処置をするくらいの時間は残されているはずだ。

 

 仕方がない。直接病院にコイツを運び込もう。31番(ここ)から一番近いのはシャボンディパーク……は救護室しかなかったな。生死の境を彷徨ってる患者を運び込む場所じゃない。

 無法地帯の24番になら大きめの病院があったはずだ。でもここからだと遠すぎる。せめて移動手段があれば…………あっ。

 

「そちらの麦わら帽子の人。申し訳ありませんが、そのボンチャリを貸していただけませんか。急ぎ向かわなければならない場所があるんです」

 

 周りを見渡した際にボンチャリを持っている青年を見つけた。たった今このGRにやってきたらしく、先ほどの騒動は見ていなかったようだ。

 

 俺は運がいい。あれがあれば大男を括り付けてあっという間に病院まで運ぶことができる。

 

 当然貸してくれるもんだと思っていたのに、青年はふるふると首を横に振る。

 

「いやだ。これはおれの小遣いでレンタルして、これからおれの小遣いで買うヤツだからだ」

「ニュ〜……あの流れでまだ諦めてなかったのか!? そんなことより、相手はさっき話した世界貴族だ! 大人しくボンチャリを渡してくれ……!」

 

 麦わら帽子の青年の隣で膝をついていた男が真っ青な顔で青年を説得していた。

 

「ええっ……お前、世界貴族か?」

「直接聞いたーっ!?」

 

 麦わら帽子の青年が鼻をほじりながら尋ねてくる。そんな青年の後ろでヒトデのような生物と女性が眼球が飛び出るほどに驚いていた。

 

「いえ。違います」

「なんだ違うのか。じゃ、これはやらねェ」

 

 キッパリと断られてしまい肩を落とす。

 天竜人だと勘違いされていれば恐怖ゆえに話すら満足に聞いてもらえず、天竜人であることを否定すればボンチャリを貸す価値すらないと軽んじられる。世知辛い。

 

 せめて俺が無一文でなければ……。この首輪についてる宝石、一個くらい引き抜いてもバレないんじゃないか?

 

 こうなったら直接ボンチャリの店に行ってお願いしよう。あそこならここから走ればすぐだ。

 あそこの店主が以前と変わっていなければ、顔見知りってことで無銭でも交渉の余地があるかもしれない。渋られたら奥さんに浮気をバラすぞって脅してやる。

 

「…………ところで、どこかでお会いしたことがありましたか?」

 

 俺に尋ねられた青年が「ん〜?」と腕組みをした状態で首を傾げる。

 

「お前みたいな変な格好のやつは初めて見たけどな」

 

 ヒトデやタヌキみたいな謎の生物を連れてる男に変って言われるの嫌すぎる。

 

「そうですか。お時間をとらせて申し訳ありませんでした」

「いいよ。ボンチャリはやれねェけど、乗せてやってもいいぞ」

「私はあそこで倒れている男を病院へ運ばなければならないんです。貴方たちは指一本触れないでください。あれは天竜人の所有物ですから」

 

 さっきの俺への態度といい、この青年はどうにも危うい。世界貴族について詳しそうな男が隣についてるから大丈夫そうではあるが、一応念押ししておく。

 

「……アイツ怪我してんのか?」

「ええ。では、私は急ぎますので」

 

 青年は他にも何か言いかけていたが、とにかく時間が惜しい俺はさっさと背中を向けてボンチャリの店へと足を急がせた。

 

 

 

 

 

「お前……まさか、造船所のとこの!?」

「はい。お久しぶりです」

 

 ボンチャリ店の店主が俺の姿を見た瞬間に店から飛び出してくる。じろじろと俺の全身を確認し、まるで幽霊か何かが化けて出たのではないかと疑っているようだった。

 

 ここに来るまでに頭に被っていたシャボンとその装置、そして天竜人らしい服を脱いでおいて正解だったかもしれない。上着は裏返して短いマントのようにして身につけているから、覗き込まれない限り首輪も見えないはずだ。

 下に着ていた服だけならワノ国の着物に見えなくもないし、おかげで変に萎縮されずに会話ができている。

 

「これはまた……お前はどこぞの天竜人の夫にされたって聞いてたが、ありゃあデマだったのか?」

「酷いデマですね。世界貴族に飼われた人間がこんなところにいるわけがないですよ」

「そりゃそうだよな。……あー、それにしても残念だったな」

 

 ボンチャリのレンタルを切り出す前に、何やら意味深な顔で言われた言葉に首を傾げる。

 

「何のことですか」

「何も知らねェのか?」

「はい。今日までシャボンディ諸島を離れていたので」

「お前が働いてたコーティング道具の会社だよ。親父さんだけでなくサラお嬢さんまであんなことになっちまって……」

 

 今思い出した。ボンチャリの店主は一度話し出すと長いんだった。

 

 店に並んでいるボンチャリのうち、一番速度が出るものを指差す。

 

「あれを貸してくれませんか? 今ちょうど持ち合わせがなくて、返却する暇もないので乗り捨てになるんですけど」

「はあ!? 何の話だ、そんなの貸すわけないだろ」

「困りましたね。貴方が当時シャボンディパークで働いていた例の女性とどういう関係だったのか、うっかり奥様の前で口が滑るかもしれません」

「なんなら二個いるか?」

「一つで十分ですよ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる店主からボンチャリを受け取り、適当なシャボンの中に入れる。

 

 早速31番GRに戻ろうとした俺は「あっ」と声を上げた。

 

「ロープもください。体が大きい死体でも問題なく縛れそうな頑丈なやつ、店の奥に置いてありましたよね」

「お前マフィアにでも転職したのか?」

 

 

 

 

 

 シャボンの中にそこそこの長さがあるロープを押し込む。

 

 さてこれに乗って大男の元へ戻ろうという時に、俺の真横を一台のボンチャリが物凄い速さで走り抜けていった。

 

「……はっ!?」

 

 それだけなら別にいい。危ない運転をする奴がいるもんだとため息をつくだけで、一分もすれば記憶からも消えていただろう。

 

 走り抜けていったボンチャリから飛んできた大きな布が俺の視界を塞ぎ、後からやってきた別のボンチャリの運転者に袋のようなものに押し込められなければ、の話だ。

 

「へへっ。最近美女ばっかりで貴族の女向けの奴隷が不足してたからな。コイツは高く売れるぜぇ〜」

「なんだコイツの馬鹿力……! 魚人捕獲用の袋がこのままじゃ破られるぞ!」

 

 しまった、人攫いに捕まったのか? しかもなんだこの袋……蹴り破ろうとしてるのにびくともしない。

 

「にしてもコイツ、本当にワノ国の人間か? この島の人間だったらアウトだぞ」

「そんなの今更だろ。素性の分からない奴隷なんてこの世にはごまんといるんだ。おれたちは高値で売れそうなのを攫うことだけ考えてりゃいいんだよ」

 

 袋越しに聞こえてきた男二人の会話に全身の血の気が引いていく。

 

 そうか、ワノ国は世界政府非加盟国。人間屋(ヒューマンショップ)に並べても良いとされている商品は、海賊などの犯罪者や世界政府非加盟国の人間、または差別対象である()()に限られている。

 

 人攫いのうちの一人が機嫌の良さそうな声で言う。

 

「今日は1番GRで大規模なオークションがある。大金が手に入ったらパーッと飲みに行こうぜ、兄弟!」

 

 それは奇しくも、シャルリアたちが参加する人間(ヒューマン)競売(オークション)だった。

 

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