シャルリア宮の第一夫君 作:倉庫から出す
キツく縛られた袋の口がやっと開かれ、中のゴミを追い出すかのように乱暴に地面に叩きつけられた。
「先にコイツに手錠を付けておけ! あの兄弟が言うには、この魚人用の袋を突き破りそうになっていたらしいからな」
俺をここに連れてきた人攫いとは違う声がしたと思ったら、両手を後ろに回されてガシャンッと手錠がかけられる。
この厚みと重さ、恐らく普通の手錠だ。奴隷の首輪のように爆発するタイプじゃない。
「ディスコさんを呼ぶのか?」
「ああ。奴隷を客に出す順番に頭を悩ませているようだったからな。それなりのが入ったらすぐ教えろってよ」
「男の貴族にはあの踊り子、女の貴族にはコイツで決まりだろう。あとは予約が入ってるっていう天竜人が巨人をいくらで落札してくれるか……」
クソッ。この手錠、思ったよりしっかりした作りをしてる。奴隷用の物でなければすぐに外せるんじゃないかと思ったが甘かった。
音を立てない程度に手錠をはめられた腕に力をこめていく。
…………警告音は鳴らない。多少時間はかかっても何とか外せそうだ。
「女貴族向けの男が入ってきたって?」
「ディスコさん。この男です」
「どれどれ。ほら、顔を上げろ」
ここに来てからずっと俯いていた顔を無理やりに上げられたことで、自分がいるのが奴隷たちの収容部屋だと気づいた。すぐ隣の鉄格子の奥には奴隷の首輪を付けられた者たちが一定の間隔をあけて座っており、数分後には俺もあちら側の人間になることは明白だった。
司会者控え室から出てきたディスコという男は、強引に掴んだ俺の顔を至近距離でじっくりと眺め、人の良さそうな笑みを浮かべたまま興奮気味に叫ぶ。
「おお……! コイツはいい。貴族の女共が全財産尽きるまで競い合ってくれそうな奴隷じゃないか!」
男は今にも鼻歌でも歌い出しそうな様子だった。俺の顔から手を離し、鉄格子の前をのんびりと歩き始める。
「今日の目玉はなんてったって巨人族! それまでにいい感じに会場を温めてくれる商品は重要だからな。死にかけのジジイに音楽家の海賊……無いよりはマシだが、これだけではイマイチ盛り上がりに欠けるだろう?」
誰に問いかけるでもなく話し続けていた男が、ふとこちらを振り返った際に何かに気がついたらしい。少し険しい表情で俺の目の前に立った。
「……おい。コイツのマントを脱がせろ」
「へ、へい!」
手錠が外れるまでは無駄な抵抗はしない方がいい。首元を隠す為に羽織っていたマントはあっという間に剥ぎ取られてしまった。
「く……首輪!? まさかコイツ、すでに誰かの奴隷だったのか? 例の兄弟はワノ国の町人だと言っていたのに」
「奴隷の首輪なら鎖が外れてる時点でとっくに爆発してるはず。それによく見てみろ。身につけている物も上等そうだ」
俺を取り囲んでいた男たちが、俺が身につけている服やら装飾品を一つ一つ触って確かめていく。
シャルリアの耳飾りと同じ色の石が埋め込まれたアンクレットに、シャルリアとシャボンディ諸島に降りてきた時に「きっと似合うアマスわ」と選んでくれた指輪…………。
目を閉じて眉間に力を入れる。
…………不快だ。まるで俺とシャルリアだけの世界に土足で入ってきて、好き勝手に踏み荒らされているような気分だった。
今すぐにでも目の前の男たちを蹴り上げて暴れ出したい衝動を抑え、両手首に当たる手錠の感覚に意識を向ける。
これがある限り、今のところ自由な足で暴れたところですぐに捕まってしまう。たった一年とはいえここで暮らしてきたんだ。人攫いや人間屋の連中がどれだけ厄介かは理解しているつもりだ。
部屋の出入り口はそれなりに腕っぷしに自信のある者たちで固められているだろうし、外には警備の人間も待機しているだろう。
俺が狙うべきは、誰もが油断している瞬間。ディスコという男が他の奴隷を売り捌くための売り文句を喋ってる隙にこの手錠を破壊し、彼の背後に回って人質にとる。この人間屋の顔と言っても過言ではない男を盾にしていれば発砲はされないはずだ。そのまま裏口に回って鍵を奪って逃げ出し……。
その先のことを考えようとして、時が止まる。
すでに奴隷予備軍となってしまった俺をシャルリアはどう思うんだろう。それどころか結局この手錠は外れず誰かに落札されてしまい、完全に奴隷に落ちてしまったら。
奴隷という卑しい身分の男が、あのような高貴な人の夫のままでいられるはずがない。そもそもこれまでがおかしかったんだ。ただの下々民ですら、シャルリアとは目を合わせることすら許されないのに。
俺とシャルリアの関係はいつだって彼女が全ての決定権を持っていた。
俺の知る天竜人たちは下々民と同じ空気を吸うことすら嫌っていて、相手が奴隷となれば虫以下の扱いだ。
稀にシャルリアのように元下々民である夫人や夫君をペットのように可愛がる天竜人はいるとしても、奴隷にそのような扱いをする人はいない。見たことがない。
気に入らない下々民を射殺することを許されている彼らでも、奴隷の条件を満たさない善良な下々民を勝手に奴隷にすることはできないんだ。それほど下々民と奴隷の間には明確な線引きがある。
天竜人であるシャルリアですら、チャルロス聖の例の夫人を『天竜人の夫に無断で触れた罪』でわざわざ罪人としてから奴隷に落としたように。
尊い身分にある彼らが自らの夫人や夫君にしても良いと思える最低ラインが、下々民までだったのに。
目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。
俺は…………俺はもう、ダメなのか?
人攫いにここに売られた時点で、あの人の元へは二度と戻れないのか?
ディスコが放心状態に陥っている俺の目の前でしゃがむ。
「ワノ国の大名の娘だとか、そういった身分のある女の情夫ってところだろうな。商品としては何の問題はないさ」
「ディスコさん、この首輪はどうしますか。どうやら奴隷用のものより頑丈なようで、ここにある器具では外せないんですが……」
「いい、いい。爆発しないのならそのままにしておけ。ワノ国のお姫様の元情夫って売り文句にするなら、むしろ外れない首輪があった方が箔がつくってもんだ。貴族にはそういった物好きが多い」
「では、奴隷用の首輪はどうしますか?」
「足につけるタイプのものでいいだろう。鎖を外したところで両足を潰されたら逃げられないんだからな」
ぼんやりとしてきた意識の外側で、両足にそれなりの重さの枷が嵌められたのを認識する。枷には穴が二つあいていて、あっという間に耳障りな音を立てる鎖と繋がれてしまう。
抵抗一つしない俺を、ディスコが「ふむ」と自身の顎を撫でながら見下ろしてくる。
「外せない首輪はともかく、この無駄に豪華な装飾品の数々はこちらで回収してもいいだろう」
…………装飾品。シャルリアが俺のために用意してくれたものたち。
ディスコの腕がこちらに伸びてきた瞬間、勢いよく地面を蹴ってぐるんっと体を半回転させる。遠心力を利用し、体の後ろに回されていた両腕の手錠部分でディスコの横顔をぶん殴った。
「ディスコさーんっ!?」
「おいソイツを取り押さえろ!」
妙な角度で鉄格子にめり込んだディスコの姿が可笑しくてけらけらと笑う。
「情けねェなあ。首にも手足にも枷を付けられた奴隷にぶん殴られた気分はどう?」
周りの男たちに助け起こされたディスコが、血が出ている額を手で押さえながら俺を睨みつけてくる。
「この……! 顔しか取り柄のねェ奴隷の分際でぇっ!!」
「俺が顔しか取り柄がないなら、お前には何の取り柄があるんだよ。口か? 見たところその口も大したことなさそうだけどな」
顔を真っ赤にしたディスコが殴りかかってきたので、ひょいっと体を逸らす。ディスコが振りかぶった拳は、俺を取り押さえていた別の男に当たっていた。
「マヌケ」
「離しやがれ! このクソ生意気なガキを一発は殴らないと気が済まねェんだ!」
「抑えてくださいディスコさん! とくにコイツは顔を傷つけちゃ不味いですって!」
ディスコは男三人がかりで控え室に無理やり連れて行かれ、俺も他の奴隷たちと同じように鉄格子の向こう側に押し込められる。先ほどとは態度を一変させて大人しくしている俺に、男たちはかなり不気味そうにしていた。
「その指と足に付けてるものは、よっぽど大事なものなのか?」
檻の中、床に直座りして目を閉じていたら、すぐ隣の木箱に腰掛けていた男が話しかけてきた。
「別に。アンタには関係ないだろ」
「わざと司会者を煽ってまで守りたかった物だということは分かる。だが殴ったのはやりすぎだ。一歩間違えばあの場で殺されていた」
「……はっ。奴隷同士で説教か? くだらない」
話しかけてきた男は頭に髑髏マークが描かれた帽子を被っており、その胸にも同じデザインの刺青が彫られている。
いい加減海賊という存在にうんざりしていた俺はその後の男の言葉を全て無視し、再び目を閉じて身じろぎひとつしなかった。
俺が目を閉じてじっとしている間に人魚が入ってきただの、またディスコの怒鳴り声が響いたり、なかなかに騒がしい時間が流れていたようだった。
「それでは毎月恒例、1番
たくさんの人間の歓声が奴隷の待機部屋にまで聞こえてきていた。
俺の右隣にいる人魚の女はすっかり怯えてしまっていて「はっちん……はっちん助けて……」とうわ言のように繰り返している。その声に聞き覚えがあるような気がしたが、もうどうでも良いことだった。
「お前はこの後の17番目だ。さっさと来い!」
左隣にいた例の海賊は一つ前の16番目として連れて行かれ、今度は俺の番。
俺の両足に繋がる鎖を引っ掴んだ男が明らかに力加減を間違えたせいで、前のめりに倒れそうになった。
とりあえずこの後殺す人間リストにこの男を入れておき、オークションが行われている舞台の袖から会場の様子を見つめる。
……ここからだと、客一人一人の顔まではよく見えない。
「15番目にご紹介させていただく商品は、絶世の美女奴隷♡ この奇跡のプロポーションをご覧ください!!」
ステージに立つディスコの隣には、踊り子の衣装を着た美しい女が俯きがちに立っていた。
会場内にいる男たちの目の色が変わり、80万ベリーから始まった入札はあっという間に三桁後半にまで膨らんでいく。
金だけはあるキモデブ男に美しい女が買われてしまい――みたいな、よくある質の悪いAVの導入のような流れになっていた。
「16番! 次はお前だ」
俺の隣で待機していた海賊が床を見つめたままステージへと向かう。
俺に説教を垂れたり、檻から出される際には「奴隷にするのはやめてくれえええ!」と暴れたり、なかなかに情緒不安定な男だった。先ほど鎮静剤を打たれたせいか、今はある程度落ち着いているように見える。
「懸賞金1千700万ベリー! 繊細な計略家、ラキューバです!!」
あまり海賊らしくない男だとは思っていたが、それなりに活動してきたようだった。
「それではこの男の懸賞額と同額からスタートです!」
この男もまたどこかの海賊団の船長。ロズワード聖が好きそうだと思っていたら、入札開始を前にして会場全体に動揺が走った。
男の唇の端からつぅ、と赤い血が流れる。流れ落ちた血はポタポタとステージの床を汚していく。
客席からいくつもの悲鳴が上がる。どうやら舌を噛んだらしい。
ラキューバという海賊は床に倒れる前に舞台袖にいる俺に目を向けた。まるで、お前もおれと同じ道に立っているんだぞ、と言わんばかりに。
あっという間に舞台には幕が引かれ、ディスコが「このバカが! おれの顔に泥を塗りやがって……こうなったら先に人魚を出すか?」と頭を抱えていた。
心配しなくてもすでにお前は泥まみれだろと内心毒吐いていたら、急に足の鎖を掴まれた。
「いや、予定通りお前でいく」
「……あの男みたいに舌を噛めないように詰め物でもしておいた方がいいんじゃないか?」
「フン。お前みたいなのにそんな度胸ねェだろ」
死ぬのに必要なのは度胸じゃないだろうとは思ったが、実際に死ぬ気はなかったので挑発的に笑うだけに留めておく。
少なくとも俺より先に死ぬのはこの男だ。俺が決めたのだから確実にそうなる。
「続きましては、やっと女性の皆さまにお勧めできる奴隷をご紹介できます!」
足の鎖を手に持つディスコと共にステージへ上がる。
ディスコは巧みな言葉遣いで俺という奴隷の魅力を客に伝え始め、完全に会場内の空気を掌握していた。
先ほどはこの男の意識を装飾品から逸らすために「口も大したことがない」などと適当なことを言ったが、このようなオークションの司会を長年任されているだけあって、その手腕はなかなかのものだった。
「この男は、その名も出身地もすべてが謎に包まれた魅惑の存在!」
俺が最後まで自分に関する情報を漏らさなかったからこのような売り文句になったんだろう。
物は言いようだなと呆れながらも、会場に向けた目はずっと忙しなく動いていた。
会場の前方、一番ステージが見やすいであろう中心的な席は明らかにVIP席の装いなのに誰も座っていないようだった。それどころか。
…………シャルリアはどこだ?
シャルリアどころかロズワード聖やチャルロス聖の姿すら見当たらない。あのような奴隷に乗っていたチャルロス聖はともかく、あれだけオークションを楽しみにしていたシャルリアが遅刻するとは思えないのに。
未だ続いているディスコの言葉を聞き流しながら、自嘲的な笑みが浮かぶ。
……俺は安堵しているのか、それとも落胆しているのか。
でもこれで良かったのかもしれない。バカな男の、バカみたいな未練を完全に断ち切る為には。
「観賞用にしてもヨシ、情夫にするもヨシ! さあ、70万ベリーからスタートです!」
ついに始まってしまった。
複数の女が10万刻みで入札していく中、全身をあらゆる宝飾品で着飾ったどこぞの王族らしき女が叫んだ。
「500万で買うわ!」
「おおっとぉ……初っ端から他の追随を許さない高額の値がつきました! 他にはありますでしょうか!?」
女の中指には大きな赤い宝石が輝いている。まだまだ余裕のありそうな振る舞いに、周りの女達もこれ以上競っても敵わないと悟ったらしい。
シンと静まり返る会場にディスコが「それでは――」と続けようとしたその時、何度か聞いたことのある声が俺の耳に届いた。
「600万で買うアマスわ」
会場の右奥。付き人や衛兵に囲まれた女が、いつかのように口元を扇子で覆い隠していた。その目は細められていて、この状況を心の底から楽しんでいるのが見てとれる。
「これはこれは……ティアンナ宮、600万です!」
……なんでティアンナ宮がオークションに。
そういえばシャルリアが近いうちにオークションに参加するかもしれないと教えてくれた日、彼女はティアンナ宮の家のお食事会に参加していた。お食事会に今回のことが話題に上がったのだとしたら、元からティアンナ宮はオークションに参加する予定だったのかもしれない。
どこぞの王族っぽい女は、ティアンナ宮の参戦に悔しそうに唇を噛んでいた。
「くっ……こちらは680万よ!」
「私は750万アマス」
「820万!」
「850万」
もはやこの二人の戦いに他の参加者は手も足も出せない様子だった。
天竜人であるティアンナ宮にとってははした金だろうに、わざと少しずつ金額を上げて相手の女を揶揄っているようにも見える。
女の巨人族の相場である1000万ベリーをゆうに超えた頃、会場の入り口の扉が開かれた。
「あ…………」
まるで時が止まったかのような衝撃だった。
身長が二メートル以上ありそうな男性と一緒に会場に入って来た女性は、真っ先に俺の方を見た。
女性がこちらへ続く階段を一つ一つ下りていくたび、彼女が身につけている耳飾りが左右に揺れる。
「え、ええーと……現在は1450万ベリーが最高額です! 他にはありますでしょうか?」
なぜか決められた席ではなくこちらへ向かってくる女性に、ディスコが何事かと冷や汗をかいている。
――しかし、誰も女性を止めない。止められなかった。なぜなら彼女は天竜人で、ここにいる誰もが彼女を止める権利を持たないから。
ついに俺のいるステージの前にまでやって来た女性が、その口元に笑みを浮かべる。
「…………私の夫はこんなところで遊んでいたのアマス? 困った人アマスね」
明らかに目元は笑っていないシャルリアの言葉に、真っ先にその意図を読み取ったのはディスコだった。
「あっ……しゃ、シャルリア宮のご夫君であらせられましたか!? いや、いやいやそうでしょうとも! ご夫君はとても好奇心旺盛なお方でして、ぜひともオークションに出品される商品の真似事をなさりたいと……!」
正直ここにいる誰もが無理があると思っただろう。俺もその一人だった。
しかしシャルリアは実際に白を黒に、黒を白にするほどの権力を持っていた。
天竜人の夫がバカみたいな好奇心で奴隷の真似事をする為にステージに立っていたことにすれば、俺が奴隷予備軍になっていた事実すらもなかったことになる。
ディスコが俺の足に繋がる鎖を手放したおかげで、俺は一歩また一歩とステージ上でシャルリアに近づくことが許された。
本当にこれは現実なのだろうか。俺は、自分に都合の良すぎる夢を見ているだけなんじゃないのか?
震える唇で、彼女が求めているであろう言葉を紡ぐ。
「…………申し訳ありません、シャルリア宮。お遊びが過ぎたようです」
「いいアマスわ。私の夫にそんな小汚い足枷が付けられることなんて、この先一生あり得ないはずだったもの」
視界の端でディスコ達の顔色が青を通り越して緑になったのが見えた。
「おいお前ら! さっさとシャルリア宮のご夫君の足枷と手錠を外せ!!」
大急ぎで足枷を外され、その場で軽くなった足を上げて感覚を確かめる。問題なさそうだった。
「……こ、この手錠」
次に俺の手錠を外そうとした男が、壊れる寸前であろうそれを見てゾッとしたような顔をしていた。
促されるままにステージから降りる。ステージに降り注ぐ光から逸れ、妙に落ち着く闇の中に身を置く。
この闇はシャルリアそのもの。シャルリアが強すぎる外の光から覆い隠すように広げた庇護の中に、俺はまた戻ってこられたんだ。
ステージを離れる前、裏方からは「やべぇぞ、天竜人の夫を売るところだった……絶対にこの店ごと潰される……!」だとか「いやこの後の人魚をヤツらが気に入れば不問にしてもらえるかもしれない!」といったヒソヒソ声が聞こえてきていた。
「シャルリア宮」
ここに来るまでに降りた分だけ階段を上っていくシャルリアの背中に声をかける。
「どうして事実を捻じ曲げてまで俺をお側に置いてくださるのですか? 俺の生まれが下々民であることはこの先一生覆ることはなく、今もあと一歩で奴隷に落ちるところでした。……どう考えても貴女のような高貴な方には相応しくないでしょう」
シャルリアは何も言ってくれない。いつになく静かに俺を見据える瞳にどのような感情が隠れているのかも読み取れない。
俺はこんなにも貴女への溢れ出る感情を抑えられないのに。
「…………もう、来てくださらないのではないかと思いました。本当は奴隷としてステージに立つ姿を貴女に見られたくもなかった」
でも、と唇を噛みしめる。彼女のことを責めたいのか、縋りつきたいのか。両方かもしれないし、どちらでもなかったのかもしれなかった。
「最後に一目だけでも貴女に会いたかった。貴女の姿をこの目に焼き付けたかった。それで満足だったはずなのに、いざ貴女を目にしたら苦しくて仕方がないのです。……貴女は一体、俺に何をしたのですか?」
もはや自分でも理不尽な恨み言のようだと思う。
でも全部本音だった。
昔の俺であれば容易く選択できたであろう、これまでの暮らしを捨てて別の場所で生きるということが、これほどまでに難しかったことはない。
ゆっくりと階段を下りてくるこの人から目を離せなくなり、奴隷でもいいからそばにいたいと願ってしまうほどには。
あの日、造船所で彼女に出会った日から全てが狂ってしまった。
この美しくも残酷で、かと思えば純粋な少女のような振る舞いをするこの人に。
惹かれない方が難しかった。誰よりも高貴なこの人が、俺のような人間を大切な宝物のように扱ってくれたのに。
シャルリアはといえば、目の前でバカな男が勝手に一人で狂っているというのに、くすくすと楽しげに笑っていた。
「おかしなことを言うのアマスね。……まるでその感情を与えられたのは自分だけとでもいうように」