奴等が空をも欲する時、
彼の運命は大きく変わる─
深海棲艦の出現から9年の時が流れた2008年6月上旬、神奈川県小田原市の小田原鎮守府。ここにはウラヌス中隊こと、SFR航空団第1戦隊第2中隊が駐屯している。ウラヌス中隊はティターニア小隊、オベロン小隊の2つの小隊により構成され、合計戦闘機数は8機である。
現在時刻は10:40。スクランブル待機用の詰所には、オベロン小隊の1、2番機のパイロットが待機している。パイロットの一人は日本人、もう1人はロシア人である。
「暑くないか…エアコンはどこだ…」
元ロシア海軍所属、現日本海軍SFR航空団第1戦隊第2中隊オベロン小隊2番機パイロットのアレクサンダー・イヴァノヴィッチ・クルィロフ兵曹長が弱音を吐く。
「ここにエアコンは無いぞ…水飲もうぜ…」
元航空自衛隊所属、現オベロン小隊1番機パイロットの青砥空良少尉は冷蔵庫から水を取り出そうと立ち上がる。
「エアコン無いのどうかしてるぜ…予算とか下りないのか?」
そう、今は6月上旬。初夏とは言えど彼らはフライトスーツと耐Gスーツを着ているため、真夏のように暑いのだ。アレクサンダーはタオルで顔を流れる汗を拭く。数ヶ月前に旅行先で買ったと言っていた今治タオルだ。
すると突然、詰所のドアが開いた。開いたドアの先に居たのはセーラー服を着た3人の少女。1人は銀色長髪、その後ろに居るのは茶髪で比較的短い髪の少女だ。
「ヴェールヌ…じゃなかった。響。それに雷に電まで。どうしたんだ3人とも。」
「実は私達の部屋のエアコンが壊れてしまって…」
銀色長髪の少女、響が言った。確かに響達の額には汗が浮かんでいる。
「他の子の部屋には行かなかったのか。」
「それが…みんなの部屋のエアコンも壊れてたのです…」
「それでここに来たんだけど…ここもダメみたいね…」
雷が珍しく弱音を吐いている。質問をした空良はマジか…という目で彼女たちを見る。
「ここにはそもそもエアコンがないしな…業者さん呼ぼうにもこんなデカい施設じゃ金もかかるよなあ。」
「…水か麦茶ならあるけど?」
冷蔵庫から水と緑茶のペットボトルを取り出そうとする空良だが、何やら怪しげな視線を感じて後ろを振り向く。視線の先に居たのはぼうっとした目で冷蔵庫を見つめる響、雷、電。
「…入るなよ?」
空良は3人に釘を刺す。
「えー…」
そりゃないよ、とでも言いたげな目で響が見つめる。アレクサンダーは思わず苦笑した。
「まあこれやるから…あとは自分達で何とかしてくれ…」
空良は3人に水と緑茶を1本ずつ渡す。
「ありがとう、感謝するよ。」
「助かったわ。ありがとね!」
「生き返るのです…!ありがとうございます!」
口々にお礼を言う3人に、空良とアレクサンダーは微笑んだ。
だが次の瞬間、スクランブルアラートが鎮守府全体へ鳴り響く。空良とアレクサンダーは戦闘機の格納庫へ全力疾走する。
空良は愛機F-2A支援戦闘機に乗り込み、機体を立ち上げる。エンジン始動。動翼チェック、良し。滑走路へタキシングする。後ろからはアレクサンダーの乗るSu-33がついてくる。
「こちらオダワラコントロール。貴機らは離陸後高度1万フィートまで上昇し、南東へ向かって下さい。クリアードフォー・テイクオフ。離陸を許可します。」
「オベロン1了解。」
「オベロン2了解。」
滑走路に並ぶ2機。アフターバーナー点火。フルパワーで加速し、上昇。ランディングギアが機体内部に格納される。
「オベロン1、2、高度制限解除。グッドラック!」
2機はぐんぐんと高度を上げて南東へ向かう。2機の戦闘機の腹では偵察ポッド、オウルアイが深海棲艦を探し出すために海を凝視している。
離陸から3分後、オウルアイは深海棲艦は見つけ出す。HMDヘルメットマウントディスプレイと対地レーダーに目標が表示される。駆逐艦、軽巡洋艦、雷撃巡洋艦が2隻ずつである。
「オベロン1よりオダワラコントロール。敵深海棲艦を確認。座標を送る。」
「オダワラコントロール了解。座標を確認した。これよりスクランブル艦隊を発進させる。敵艦隊の攻撃に十分注意し、偵察行動を実施せよ。」
「オベロン1了解。偵察行動に移行する。増槽投下。」
「オベロン2、コピー。」
2機は増槽を切り離し、高度を4000フィートまで落としてオウルアイの録画用カメラを起動。敵艦隊の上空をぐるぐると旋回する。
偵察を始めてから4分後、スクランブル待機をしていた味方艦隊が到着する。メンバーは木曾、那智、多摩、曙、文月、皐月だ。この6人ならそう苦戦はしないだろう。空良はそう思った。
戦闘が始まる。飛び交う砲弾、海中を突き進む魚雷。味方艦隊である木曾達は敵艦隊の攻撃を華麗に避けていく。一方の深海棲艦達はほとんどの砲弾を喰らってしまっている。それから数分後、那智が雷撃巡洋艦に向けて至近距離で撃った砲弾により、敵艦隊は全滅。戦闘は終了した。
「こちらオベロン1、偵察行動終了。味方艦隊、味方機ともに全員生存。損害は確認されず。コンプリートミッション、RTB。」
こちらオダワラコントロール了解─。管制塔とのやりとりが終わると、
「聞こえるか、空良。」
何者かが無線に介入してくる。
「木曾か。お疲れさまだ。」
正体は味方艦隊の旗艦、木曾だった。
「そっちもお疲れさまだ。話は変わるが、夜に一杯どうだ?」
酒の誘いか。別に明日は休暇だし、飲んでも良いかもな。断る理由もないし。空良はその誘いを了承した。
「いいぜ。じゃあ俺の部屋でなんか作って待ってるわ。」
「ああ、それじゃあな。次は陸で会おうぜ。」
無線が切られる。それと同時に次はアレクサンダーが無線に介入してくる。
「なあウルフ、それ、俺も行っちゃダメか?」
ウルフと言うのは空良のTACネームである。
「お前はダメだ。お前と飲んだら木曾と俺が潰れる。」
「えー…」
任務が終了し、ぷつりと切れた緊張の糸。何も無ければすぐに小田原へ戻れるだろう。
しかし、再び無線に介入してきた木曾の声で2人は戦場へ呼び戻される。
「空良、アレクサンダー!お前らの後ろから戦闘機だ!速いぞ、回避しろ!」
「Что?!(何だと?!)」
アレクサンダーは思わずロシア語が出てしまう。
「了解、ブレイク!」
2機は右方向へ急旋回。その直後、彼らが元々飛んでいたルートに不明機が突っ込んでくる。単発のジェット戦闘機。機体色は灰色だ。不明機は旋回し、再び空良とアレクサンダーのいる方向へ突っ込んでくる。
「この機体…F-16か?レーダー照射を受けてなかったから気づかなかったな…。」
不明機を避けながらアレクサンダーが呟く。
「いや違う、あれはF-2だ。主翼形状がF-16とは違う。」
「なら何で俺達に向かって突っ込んできたんだ…。」
空良はまさか、と思いオウルアイを再起動。HUDとHMDには敵と表示される。念の為にレーダーを空対空に切り替える。やはり敵との表示。次の瞬間、空良はFox2と言い放ち、空対空ミサイルを発射した。
だが灰色のF-2はクルビットに似た機動をとってミサイルを回避する。フランカーやラプターならまだしも、F-2では絶対に出来ないような機動である。
「やめろウルフ!自分のしていることが分かっているのか?!」
アレクサンダーは叫んだ。
「アイツは…深海棲艦だ!」
空良のF-2と灰色のF-2はドッグファイトを始める。
「よく見てみろイエティ。あいつはF-2なのに機体色が灰色だし、キャノピーも中が見えないくらい黒色だ。エンジン音も若干おかしい。こんなF-2、日本中探しても何処にもないぞ。」
「空自の岐阜の実験飛行隊の実験機かも知れないだろ!」
「岐阜の連中がなぜ相模灘まで来る必要がある…!なぜ俺達に向かって突っ込んでくる…!」
アレクサンダーはこれ以上無いまでに興奮している空良を止めることは出来なかった。IFFの故障かも知れない、アレクサンダーがそう言うと、空良は語気を強くして言った。
「例え味方だろうと…俺に対して攻撃の意思を持った以上墜とす!」
空良のF-2と灰色のF-2の距離が近い。ミサイルを放とうかと思った空良だが、この距離で撃ったら自分も巻き込まれると考えて武装を機関砲に切り替える。放たれた弾丸は灰色のF-2に何発も当たった。そろそろ墜とせるな、そう思った矢先に灰色のF-2は急旋回、急加速し、機関砲の弾道から逃れる。人が乗っていないような動きをしていた。
「これを見ても人間の乗っている機体だと思うか?」
「それは…」
アレクサンダーは言葉に詰まった。それに構わず空良は灰色のF-2を追撃。先の機関砲による攻撃の影響か、機体の動きにキレがない。これをチャンスだと思った空良は再びミサイルを発射。灰色のF-2はミサイルを避けきれずに被弾。機体は真っ二つに砕け、黒ずみ、墜ちていく。レーダーから反応が消える。
その後の帰路は静かだった。ただひたすら、ジェットエンジンの音だけが聞こえた。
オベロン1、2が帰還する─。
格納庫に搬入された2機は整備班にオウルアイを取り外される。2人は機体から降りる。待っていたのはウラヌス中隊、そしてティターニア小隊の隊長である風間義一少佐だった。
「スクランブルご苦労だった。これで終わり、と言いたいところなんだがな。」
俯くアレクサンダー。
「青砥空良少尉、本日1600、新宿軍事裁判所に出頭だ。理由は分かっているな。質問は。」
「ありません。」
情報伝達の速さに驚くが、空良はそれを顔に出さずに敬礼をして立ち去る。アレクサンダーはその場に留まり、風間に1つ質問をする。
「あの…少佐、自分は出頭しなくてもよいのでしょうか?」
「お前が例のアレを墜とした訳じゃ無いからな、安心しろ。」
ただ、次の査問で証人として呼ばれる可能性はあるから気を付けてくれ。風間はそう言って立ち去った。
木曾との約束は守れないだろう、アレクサンダーはそう思ってシャワールームへ向かった。