翼を失い、空を奪われた彼は
心の渇きを癒やすため、
もう一人の「相棒」と
酒を酌み交わす―
軍法会議が終わり、身柄が解放された空良。結局今回の査問であのF-2の正体は分からず、空良は次の査問まで自宅で謹慎。あらゆる作戦行動や計画に参加してはいけないということだった。つまり鎮守府まで行けないと言うことだ。現在時刻は午後7時半。木曾との約束の時間は大幅に過ぎたし、しばらく鎮守府にすら行けないが、連絡はしたし多分大丈夫だろう。そう考えて空良は愛車RZ350に乗って厚木にある自宅へ向かった。
数時間後、空良は自宅のマンションに到着。数ヶ月振りの自宅。ここよりも鎮守府の寮に居た時間の方が長かったので、少しこの空間に違和感を感じる。空良はテーブルの上に弁当とペットボトルの茶を置く。6本セットのビールも買ったが、飲む気にはなれなかったので冷蔵庫に入れた。
弁当を食べている時、テレビ台に置いてあった1つのプラモデルが目に入った。F-14のプラモデル。幼少期に彼の祖父が組んでくれたキットである。子供の頃はF-14に乗りたくて空自を目指していたな、と思い出す空良。実際に配備されていたのはF-15J、F-2A/B、F-18Jだったが。そして今は空自ではなく日本海軍に所属している。なかなか面白い人生を送っているんだな、と空良は思った。弁当を食べ終わり、シャワーを浴びた空良はベッドへ倒れ込み、死んだように眠った。
次の日、空良はインターホンの音で目覚める。ガラケーの時計を見ると、午前9時と表示されていた。こんな時間に誰だ?まさか親?そんな予感がして一瞬ドアを開けるのを躊躇う。インターホンがもう一度鳴る。
「…どちらさまですかー…」
ドアの向こうに居たのは木曾だった。何やらビニール袋を持っている。
「よっ、空良。」
空良の中の時間が数秒止まった後、
「…ちょっと待ってて着替えてくる。あと寝グセも直してくる。」
と答える。
「いや寝グセは出来てないが…」
何も言わずにドアを閉めた30秒後、再びドアが開く。
「入っていいよ。」
「速いな…」
「そこら辺にあったTシャツとジーパンだからな。」
「それじゃお邪魔しまーす。」
木曾が部屋に入る。
「綺麗だな。寮の方が散らかってないか?」
「何か月も帰ってなかったからな。正直寮の方が過ごしやすいし。てかその袋は何なんだ?」
ああこれか、と木曾はビニール袋の中身を見せる。中身は日本酒の瓶とコンビニで売っているおつまみだった。
「なるほどな。昼…というか朝から飲むってか…」
「ダメか?」
「いや大丈夫。今実質長期休暇だから。お前の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。有給2日取ったんでな。」
木曾は親指を立ててグーサインを作る。空良はそれを見て少し笑う。
「よし、じゃあ今日は飲みまくるか。昨日買ったビールまだ飲んでないからな。」
空良は冷蔵庫から6本セットのビールを取り出す。飲み会の始まりだ。
「そういやさ、木曾って今日何乗ってきたんだ?」
空良は木曾に聞いてみる。
「バイクだぞ。だからほら、ライダースジャケット着てきただろ、今脱いでるけど。」
日本酒を飲む木曾。
「マジかよ、よくGB250でここまで来れたな。あれ単気筒だろ?」
「ああ、おかげで若干手が痺れたよ。」
まあそうだよな、と空良は笑ってビールをすする。
「俺もRZで小田原から新宿まで行って、そこから家のある厚木まで帰るのは流石に疲れたぜ…。」
ははは、と笑う木曾。
「やっぱり戦闘機乗ってても疲れるもんなんだな。」
「そりゃあ着座姿勢がモロ違うしな。2スト2気筒だから余計振動もあるわけだし。」
「確かにそうだ。俺も普段から艤装背負って戦ってるけど、その時の疲労とバイクに乗った時の疲労は違うもんな。」
空良はビールを一口飲み、でもさ、と話を続ける。
「バイクは乗ってて疲れるモンだって分かってんのに乗ってる俺らって、中々変だよな。」
「そうか?」
「まああくまで俺の主観だからな。」
時は流れ、時刻は13時を回ろうとしていた。
「そうだ、今度ツーリングでも行こうぜ。」
「おお…唐突だな。」
ビールを飲む手が止まる。
「こういう時にしか話せないだろ?」
「まあそうだな。んでどこに行くんだ。」
「…静岡とか?」
「あー、じゃあ俺アレクサンダーでも…あ」
空良は昨日、無線でアレクサンダーに対して放った言葉を思い出した。今更ながら、あまりいい言い方はしていなかったな、と後悔した。
「アレクサンダーがどうかしたのか?」
「…いや、なんでもない。とりあえずアレクサンダーは呼ぼうぜ。他に誰か居る?」
あとでメールで謝ろう、空良はそう思った。会話はまだまだ続く。
「バイク乗ってる…北上姉とか?」
「あの人バイク乗ってんの?」
「スーパーカブだけど。あと小田原には居ないけど。」
「下道縛りはキツいもんがあるな…。あ、那智が確かバイク乗ってなかったか?」
「ああ、VMAXだろ。あいつあれ売ったよ。」
「えっ」
ビールが気管に入りかける。
「なんでも欲しい酒があったから売ったとか。」
「金貯めろよ…」
「どれだけ高い酒なんだって話だよな。」
その後も順調に酒を飲む2人。気付いたら時刻は16時を回っていた。
「あー…もう4時かよ、早いな。」
ビールを飲もうとする空良。しかし残りが無いことに気付く。まだ飲んでいない缶を探そうとするがそれも見当たらない。6本全て飲みきってしまったのだ。
「ビール買ってきてもいい?」
「いいぜ、行ってこーい。」
立ち上がる空良。長時間座っていたことによる足の痺れか、それとも酔いが回っているのか、足どりが若干落ち着かない。玄関のドアを開ける。その瞬間聞こえたやかましい程のセミの鳴き声、身を包む湿気混じりの熱気。空良はドアを閉めて部屋へ戻る。
「どうした?ビール買いに行くんじゃ…」
「文明って凄えな。」
空良はそう言ってベッドに寝転がる。その真上にあるのはエアコンだ。
「なんだ暑かったのか?」
頷く空良。
「よし、じゃあ俺が買ってきてやる。」
木曾は立ち上がり、玄関へ向かう。元々アルコールに強い体質なのか、それとも艦娘だからなのか、足がふらつくことはなかった。ドアの開く音が聞こえる。だが次の瞬間、木曾は早足で部屋へ戻り、空良の隣に寝転がった。
「暑いだろ?」
「ああ…」
「……なんで俺の隣で寝るんだ。このベッド1人用だぞ。」
「ここが一番涼しいから。」
「…そうか。」
2人の間に沈黙が訪れる。
「…なあ」
沈黙を破ったのは木曾だった。
「昨日お前が墜としたF-2…いただろ?」
「………」
空良は何も喋らなかったが、木曾は話を続ける。
「俺達、お前がF-2を墜とすところ見たんだ。」
「…で?」
「艦娘としての勘なのかは分からないけど、どうにもあいつ、深海棲艦にしか思えないんだ。」
「…そうか。」
「…酔いが醒めちまうな。やめるかこの話。」
「ああ。」
再び訪れる沈黙。艦娘としての勘、か―。野生動物の多くに備わっている狩猟本能みたいなものなんだろう、と空良は思う。人間に備わっている狩猟本能よりももっと研ぎ澄まされた狩猟本能―自分自身にもそんなものがあれば、昨日の査問もやり過ごせたかもしれない、と空良は思ったが、結局はそんなものただの思い込みに過ぎないと裁判官達に一蹴されてしまうのだろう、という結論になった。
「…おい、空良、おい。」
木曾に右腕を掴まれて、空良は自分の世界から戻ってくる。
「どうした、木曾。」
「晩ごはんどうするんだ。」
「……あ。」
空良の腹が鳴る。そういえば、今日1日ずっと酒と軽食しか口にしていなかった。
「冷蔵庫の中には何も入ってなかったが…」
「いつの間に俺の冷蔵庫覗いてんだよ…」
「悪ぃ悪ぃ」
空良がベッドから降り、肩掛けバッグを手にする。
「どこ行くんだ?」
「ミロード。本厚木の。」
「外暑いだろ?」
「さっきよりかはマシだろう、多分。……お前も来るか?」
「行くか…」
2人は夕食を買うためにミロードへ向かった。夕食を買うついでに酒を買うことは無かった。これ以上飲むと二日酔いになる、そんな気がしたからだ。
夏の太陽はまだ沈まない。夕食を食べ終え、ベランダに出た空良の心の中では、こんな日があっても良い、という気持ちと、早くF-2に乗って空を飛びたい、という気持ちが混ざり合っていた。