ようこそ櫛田桔梗から攻略する教室へ 作:葱塩柚胡椒
中学生になって二度目の新しい学年になって迎えた登校初日。いつものように登校しているだけで通り過ぎた女子が黄色い声を上げる。
「(顔が良いってだけでここまでプラスに働くもんかね。男だけじゃなく女も単純だな。
アイドルにキャーキャー言うのは男女共に変わらないもんだから、これは当たり前の事実なのかもしれないけど)」
転生チートである【女受けする理想の男の肉体】の絶大な効力はもちろん、人は第一印象が九割というのも真実なのだということを実感する。
そんなことを思いながら教室まで辿り着けば、既に九割以上の生徒がクラスに集まっていた。
ザワザワと新しいクラスになったことで、緊張と不安を抱いているような喧騒が耳に届くが、俺を見ると女子達が喜色を孕んだ声を出す。
そんな新しい活気が生まれた教室の中で、さも当たり前のように教室全体が見渡せる位置で話していた美少女に向かって、俺は声を掛けた。
「おはよう。やあ、久し振りに同じクラスだね桔梗ちゃん」
「うん、おはようっ!そうだねっ、同じクラスになれて嬉しいよ
中学二年になると小学五年生から同じクラスになることがなかった櫛田と、久し振りに同じクラスだ。
白いセーラー服がとても似合っている。隠された腹黒とのコントラストが絶妙に男心をくすぐってくる。
「(まあ、他クラスでもその顔の広さからか櫛田の方からやって来てたし、久し振りって感覚は特に無いんだけどな。
承認欲求を満たすことを考えれば、学校一のモテ男からの言葉は自尊心を大いに刺激されただろうからな)」
「あっ、そうだ!今度の休日にみんなでカラオケ行こうって話し合ってたんだけど、謳歌くんはどうかな?一緒に行かない?」
「(ん?…………ああっ!なるほど!……『このクラスで一番のイケメンに声を掛けれる私』ってことか。
俺が親しい感じで声を掛けたのもそれを後押ししてる。クラスカーストを構築する上で繋がりは大事だからなぁ)」
「あっ!そういえば謳歌くんは極真空手を習ってるから来れないよね。ごめんね?」
両手を胸の前で合わせながら、片目を閉じて謝るその姿はあざとさマシマシの男子受けを狙ったものだったが、櫛田の美少女加減がそれを見事に打ち消し自然なものにしている。
だがそれよりも、俺は櫛田の言い回しの方に関心をしていた。
「(……つまりこれは、断られることを前提とした提案だ。本来ならこの申し出が受け入れられるかは俺の気分次第。つまりは賭けになる。
万が一櫛田が俺に断られてしまえば、例え何かしらの事情が俺にあったとしても『イケメンに振られた女』という汚名を、櫛田はこの一年の間背負うことになる。
もちろん、それだけで櫛田桔梗がクラスカーストから失墜するわけがないのは当然だが、何かあればそのことをグチグチと他の女子になじられる可能性は捨てきれない)」
女子の嫌味や悪口なんかに際限が無いことは、今世で大方分かってきた。偶然聞いたけどかなりえげつない内容だったなあれは。
「(だが、習い事という断ることに仕方がない理由があればそれもない。『断られた理由は櫛田桔梗だからというわけではなく習い事が理由だから』と、完璧な建前を構築できるというわけだ。
効率的に見ればこれは無駄な会話だが、安心安全なノーリスクハイリターンな一手を打ち込む手練手管と考えれば、しない理由なんて一つもない先制攻撃。
これで間違いなくクラス内の派閥は、櫛田を中心に回っていく)」
なんで『東京都高度育成高等学校』に入る前から、そんな派閥競争なんてしてるんだろう?これが女子の常識ならば、女子が男子は子供にしか見えないって言うのも頷ける。
基本的に男子中学生って、昼休みにドッチボールかサッカー、あるいはバスケがやれるってだけで、テンション上がる馬鹿だから。
「いや、俺もカラオケに行かせて貰うよ」
「えっ……ええっ!?いいの!?」
「うん、極真空手は辞めたんだ。これからは高校受験に取り組まないといけないし、中学生活をこのまま習い事に注ぐのはもったいない気もしてね」
堀北学への媚び売りも終わったし、そろそろ本気でハーレムを作る前準備をしなければ綾小路に全部持ってかれる……!
「(ん?あれは……)」
ふと、扉の方を見れば綺麗な黒髪ロングの美少女が入ってくるところだった。それを見てなんの気兼ねもなく声を掛ける。
「堀北さん、おはよう。今年も同じクラスだね」
「…………」
スルー。圧倒的スルー。
これでも学校一のイケメンなわけだが、超麗クールな堀北鈴音殿には効果は今一つのようだ。
「(大好きなお兄ちゃんを倒した男ってのがそんなに憎らしいかねぇ~?
まあ、そのお兄ちゃんはだいたい仏頂面だけどあれで普通に俺と話すし、俺と戦うことに喜びを見出だしてる格闘家なんだけどなァ!?
……いや、本当にアレが品行方正であらせられる生徒会長様の姿か?アンタがそんなんだから、妹が人にコンパス刺すような女になったんだろ)」
少し悲しそうな顔をしながら、内心で毒を吐きまくる。
「(堀北学から『お前は俺と同じ様に、東京都高度育成高等学校に進学してこい』とのお言葉を貰った俺でーすっ。どうせブラコン拗らせた堀北鈴音ちゃんは、そのお言葉を言って貰えなかったんじゃないのぉ?)」
どうせあのお兄様の理想を追い続ける堀北鈴音は、そんな言葉を掛けて貰えるはずがないのである。
ざまぁとしか言いようがない。痛快だね。
「な、何あれ!?信じられなくない!?謳歌くんに挨拶して貰って無視するとか……!?」
「うん、酷すぎだよ……謳歌くん可哀想ぉ……」
「あははっ、堀北さんはいつもああだから気にしないでいいよ」
原作に出てこないモブキャラが俺を労ってくれるが、俺的には櫛田と堀北以外はどうでもいいのが本音である。
ほら、今実際に俺が考えてることといえば……
「(どうせ堀北を落とすなら黒髪ロング時代の、孤高と孤独を履き違えたあの高慢チキな時期の堀北を落とした方が興奮するよなぁ)」
そんなしょうもないことではあるが、これは適当に扱っていい問題ではない。それはつまり、高校二年になるまで堀北を成長させてはならないということなんだから。
「(綾小路の堀北成長計画を乱す必要がある。あの綾小路のやることだ。生半可な方法では防ぐことなんかできないが、堀北クラス……つまり、Dクラスを最底辺から再起不可能な状況に陥らせればいい)」
綾小路清隆に隙は無い。だが、『東京都高度育成高等学校』のあの環境下ならば、綾小路の馬鹿げたその実力を発揮させないその方法を取れる。
それこそ俺でも簡単に思い付く方法であり、たった一手で事足りて、さらにはそれをしたことで綾小路に睨まれる可能性も0%の方法。
「(櫛田桔梗に学級崩壊をさせないようにすればいい。これだけで綾小路は原作よりも遥かに動きにくくなる)」
言ってしまえばたかがそれだけのことだが、原作最初期のDクラスで櫛田桔梗という少女が居なければ、三馬鹿は勉強も
そして三馬鹿が行った『おっぱいランキング』で生まれた、男子と女子の亀裂をどうにかしようとするのも平田だけになる。端的に言えば男子である平田だけではその修復は不可能だ。
そして平田も退学者が出て壊れてしまえば、Dクラスの潤滑油は全て消え去ってしまう。
「(たったそれだけで無人島生活は退学した池の働きも無くなるし、体育祭や学年末に行われたAクラスとの戦いも、退学した須藤の力が欠けた状態になる。
それを考えると、最終対決である坂柳とのチェスまで辿り着くことすら不可能なんじゃないか?)」
山内?あいつは居ても居なくても変わらん。
「その全ての原因が俺によるものだと綾小路が知るには……一つ、俺が『東京都高度育成高等学校』のシステムを入学する前に全て知っている事実。
二つ、櫛田桔梗が原作通りDクラスに配属された未来を知ること。
この二つを完璧に理解する必要性があるが、こればかりは幾ら綾小路でも無理だ」
未来予知染みたことをしてるなんて、幾ら化け物な綾小路でも見破れまい。全て能力値がMAX近くある綾小路清隆も、原作の未来を知る能力なんて備わっていないのだから。
「え?今、謳歌くん何か言ったかな?」
「いやいや、なんでもないよ桔梗ちゃん。そろそろ先生も来ることだろうし席に着こうか」
新しいクラスの席に座り、入ってきた新しい先生の話を聞く。なんてことはない普通の中学生活がそこにはあった。俺はそれをボーッとしながら見ながら頭では別のことを考える。
「(うーん、もう少しチャラさを出してく方がいいか?いや、なんだかんだで櫛田も堀北もチャラい奴って好きそうじゃないんだよなぁ)」
ちなみにだが、俺のスタンスとしては爽やか系統のイケメンであり、少しそこにチャラさを加えた感じだ。
「(平田のように何から何まで誠実系で接すると、自分から女を落としにくくなるデメリットが出てくるし、難しいところだ)」
如何にも女を所有物として扱ってますみたいなのは、あの閉鎖空間だと一歩間違えば敵しか増えない。その点で南雲雅は天才的な立ち回りを成功させていると言えるだろう。
あんなの普通は不満が爆発して、一致団結されたあと退学まで追い込まれるのが普通だ
「俺には……いや、少なくとも人脈つよつよの櫛田と天才坂柳、暴力男こと龍園に我らが怪物、綾小路が同学年に居る時点で誰にも無理。南雲雅も同学年なら退学させられてたんじゃないか?」
あの学年を支配するなんて無理無理。俺の転生チートでも不可能な可能性が高いんだ。どうしようもない。
……というか、原作も綾小路が入学したせいで、ヤバい奴らの巣窟になったわけじゃないよな?思わずそんなことを想像してしまうぞ。
「……そしてイライラしてるだろう櫛田が爆発するのは中学三年っと……」
少なくとも堀北が同じクラスで爆発することはないし、今は好感度稼ぎと立ち回り方を学ぼう。
これからのことを想像し、思わず浮かべた笑みを見られて隣の女子が勝手に顔を赤くしてるが、原作に出てこない女のため一秒で意識から追い出す。
今、俺の頭の中にはあのヒロインの姿しかない。
「まずは週末のカラオケによるクラス会からか。ずーと、幼馴染みっていう関係性だったんだ。それから一歩進んだっていいよな?」
狙うターゲットはーー櫛田桔梗だ。