「ぁ、ぁぁ……ば、化け物、め――ッ――…………」
「……」
乾いた音が響き渡る。
握りしめた愛銃から放たれた“銀の弾丸”が“悪魔”の眉間を貫通する。
瞬間、敵の頭は爆ぜて周囲にまた血が飛び散ってしまった。
冷めた目で悪魔の死体を見つめて、ゆっくりと銃をホルスターに戻した。
真っ赤に染まった部屋。
体中に風穴を開けた悪魔の死体が無数に転がっていた。
悪魔の血も人間と同じ赤色で、今、この部屋は凄まじく獣のような臭いが立ち込めていた……くせぇ。
かつては地元では有名であった大病院。
しかし、今では有名な心霊スポットになってしまった廃病院。
そこを悪魔が根城にして、やって来る一般人を襲っているとの情報を受けて。
既に三徹目に突入している俺を現地に向かわせる指示を出した
嫌々現地に向かえば、既に俺がやって来る事を聞きつけていた悪魔共が奇襲を仕掛けて来た。
それら全てを数えている訳じゃないが。
ざっと二百体はいたような気がする。
そいつらを掃除しながら、最後にこの悪魔共を指揮していた上級悪魔を殺して……はい、終了。
さきほど眉間を貫いた悪魔こそが上級悪魔で。
他の中級や低級の悪魔共もあらかた掃除し終えた。
何体か逃げていったような気がするが、もう二度と此処へは帰ってこないだろう。
後でやって来る“支援部隊”に任せておけば、この地の“ケガレ”を払い浄化の作業を勝手にしてくれる筈だ。
「……」
静かに息を吐く。
呼吸もしたくないほどに臭いが。
徹夜続きのせいで少し頭がぼぅっとしているのでそこまで苦痛ではない。
幾ら、俺が不老不死だからと言っても休みを与えずに仕事をさせ続けるのはどういう了見なのか?
遂最近のやり取りを思い出す。
それは俺の上司である男との会話だ。
『……』
『ん? どうしたのかな? そんな目を細めて睨むように……はは、なるほど。君の事だから恐らく――もっと仕事をくれ、と言いたいんだね』
『……!』
『はは、図星かい? 本当は君にこそ休んでいて欲しいんだけど……そうだね。そうも言ってられないのは君も承知の上なんだろう……分かった。でも、無理な時は無理と教えてくれ……それと、ありがとう』
『――』
優し気な目で俺を見るイケメン上司。
二十歳という若さで“アントホルンの支部長”に就任し。
俺を尊敬しているような口ぶりながら、全く俺の事を理解していない鬼畜眼鏡だ。
仕事は出来るようであり、的確な采配によって新人の祓魔師たちが死なないように手を回しているのは知っていた。
奴を慕っている人間も多く、女にも男にもモテるその姿は俺にとっては腹立たしい事このうえない。
奴こそが諸悪の根源であり、俺を休ませないようにしている俺にとって本物の悪魔なのだ。
百五十年前、悪魔と思わしき何者かに俺の故郷は滅ぼされた。
そうして、俺には決して消える事の無い“不滅の呪い”が掛けられた。
老いる事も死ぬことも無いこの呪いのせいで、俺は常に悪魔から狙われ続けた。
悪魔が欲する存在は強き存在であり、百五十年を生き続けても精神が壊れない俺は奴らにとって至高のディナーに等しい。
来る日も来る日も悪魔に追われて、その度に戦った。
負けた事もあったが、絶対に死ぬ事は無い。
何度も何度も傷つきながらも戦って、そうして俺は勝利してきた。
何百何千何万という戦闘を経験し。
何時しか俺は祓魔師として働くようになった。
それは祓魔師であれば、悪魔を殺しただけで金が貰えるからと。
俺の呪いを解く方法を一番初めに手に入れるところが此処であると考えたからだ。
悪魔は太古の時代より存在し。
人を騙し、人の魂を喰らう存在だと分かっていた。
奴らは常に腹を空かせていて、強き魂を求めてさ迷っている。
奴らの故郷は
故に、悪魔は人間を理解し人間社会に溶け込む努力をする。
人の皮を被り、人の心と言葉を学び。
人に好かれる行動をとって、自らの虜にし――喰らう。
そんな化け物どもを殺す事を生業としているのが祓魔師だ。
俺たちの目的は世界から悪魔を根絶する事で。
その為に、日夜悪魔を研究しそれに対抗する為の武器や術などを作り続けている。
俺が使っている銃もそんな悪魔殺しに最適化された“
聖なる刃と書いてセイジンと読む。
これは最初に開発された武器が剣であった名残から来ているが……ま、どうでもいい。
兎に角、俺たちは祓魔師として悪魔をぶっ殺す。
分かり合えるなんて微塵も思っていない。
そもそも、アイツらを同じ命とすら思っていない。
何故なら、奴らは人を食うからだ。
自分たちの事を飯だと思っている奴と話し合い何て取れない……そういう事だ。
「……」
破壊された部屋の窓。
そこから風が吹き、俺は漆黒のコートをたなびかせながら窓に近寄った。
床を踏む度に、体につけたシルバーのチェーンやアクセが擦れて音が鳴る。
手に嵌めた黒のレザーの手袋の感触を確認して……い、いてぇ。
全身漆黒でもあれなのに、これみよがしにシルバー盛り盛り。
意味不明なチェーンを腰で数本垂れさせて。
何の為にあるのかも分からんシルバーの指輪や天使の姿を模った紋章のようなものを勲章のように胸からぶら下げて。
肩とかなんて海軍の提督かよといいたくなるような銀の……ホォォ!!
改めて己の姿を認識するだけで顔から火が出そうだった。
俺は近くの壁に思い切り頭を打ちつけて破壊する……ふぅ。
少し冷静さを取り戻す。
そうして、窓へと近づき夜空を見た。
白き光を放つ丸い月が見えている。
今宵も月は綺麗であり、仕事終わりに見る月だけが俺にとっての癒しだった。
本当は酒でも飲みながら、大好物の“シビレマメ”を摘まんで月を眺めて……くぅぅ!
心の中で酒盛りを開きながら。
表面上は静かに、俺は淡い光を放つ夜空の月を見つめた。
そうして、思い出したように耳に指をあてて通信機を作動させる。
すると、通信機越しにしわがれた声の老婆――相棒の“カーラ”が応答してくれた。
《仕事は終わったのかい?》
「……」
俺は軽く耳を叩く。
一回叩けば肯定の意味で、二回叩けば否定の意味だ。
彼女とはそれなりに長い付き合いであり、俺専属のパートナーと言ってもいい……まぁ仕事上での関係だけどな。
《そうかい……ま、お前さんならこのくらい朝飯前だね……後は支援部隊に任せな。アンタの今日の仕事はこれで終わりだよ》
「……!」
俺は通信機を一回叩く。
少し感情が出てしまって強く叩いたら。
通信機越しの相棒はカラカラと笑っていた……はずい。
通信を切り、俺は死体を踏まないように歩いていく。
そうして、扉があった場所を潜って外に出た。
建物は戦闘によってほとんど壊れている。
何処から出ようとも関係ないが……一般人に見られたら面倒だからな。
結界は張っていて人払いも済ませているが、もしかしたら何処からか侵入している恐れもある。
祓魔師は一般人にとってヒーローのようなものだが。
俺は例外であり、俺の姿を見れば一般人は悲鳴を上げて逃げていく。
いや、それだけならまだいい。中には泡を吹いて気絶した者もいたほどだ……はぁ、鬱。
「……」
全くもって辛い。
呪いのせいで何故か声も出せないから友達も出来ないし。
プライベートの時間に一緒に出掛けたり遊んでくれる人もいない。
“不老不死”なんかになってしまったが故に、孤独な人生を永遠のように生かされ続ける。
普通の人なら、不老不死になれて最高なんて思うだろう。
しかし、実際に不老不死になればどれほどこれが辛いかはすぐに分かる。
やっとのこさ友達になってくれた同期の人たちは鬼籍に入り。
副作用として悪魔に狙われる毎日を送らなければならなくなる。
一度はお試しで捕まっては見たが、あれは想像を絶する地獄だ。
死を望んでも終わりはなく、永遠に感じるような時間を苦痛と絶望のまま過ごす。
俺は死なないからこそ、魂ですらも元に戻ってしまう。
食われ、食われ、食われ……あぁ思い出しただけでも吐き気がする。
自分という存在が消されるのだ。
激痛や吐き気は勿論の事、強い喪失感も後から来る。
心が何度も壊れそうになり、生まれて初めて心から死を望んでいた気がする。
軽はずみな行動で捕まった事を後悔しながら、俺は逃げ出す準備をしていた。
十年掛けて隙を作り逃げ出し、その日からは奴らを殺す術を死ぬ気で身に着けた。
思えば、祓魔師になったのもその時からだった気がする。
その結果、大抵の悪魔であれば瞬殺できるくらいには強くなれた……でも、根本的な解決にはなっていない。
俺の望みはただ一つだ。
人としての生を全うし、人として当たり前の死を享受したい。
それだけが望みであり、それだけが今の仕事を続ける意味だ。
気が付けば百五十年が経っているが……未だに、俺の呪いを解く為の方法は分かっていない。
投薬でもダメ、魔術的なアプローチも無駄。
結局の所、俺に呪いを掛けた悪魔を殺す他ない。
けど、百五十年も祓魔師を続けて悪魔をぶっ殺してきたが……生きてるのかなぁ?
流石に百五十年も戦っていれば、本当にそんな悪魔がいるのかも怪しくなる。
悪魔という存在はプライドが高い。
それも高位の悪魔になればなるほど自尊心の塊のような奴が一杯だ。
そんな奴らは決まって、祓魔師の中でも名の通った奴を殺しに来る。
俺の所にも何万という悪魔がやって来たが……結局、呪いは解けていない。
高名な術師や聖職者でさえも解けない呪いだ。
悪魔の中でも、強大な力を持つ存在である事は確定しているが……まさか、引きこもってるのか?
あり得る話ではある。
最近はあまり強い悪魔を見かけなくなっているしな。
俺の所に来るのも精々が上級悪魔程度だ。
最上級はここ数年は見ていない上に、その上の存在なんて数十年会っていないかもしれない。
異名がつくほどの存在なんて……あぁ、そういう事か。
「……」
足を止める。
そうして、俺は床を見つめながら一つの答えに辿り着いた。
力のある悪魔全員……地獄に帰った?
可能性としてはある。
人間に勝てないと悟って帰ったんだ。
きっとそうであり、そうに違いない。
俺は腕を組みながら何度も頷く。
そうなれば、俺の呪いは一生解ける事がなくなってしまう……うーん、そうなると。
残された方法はただ一つだ。
そう、敵の根城に――“乗り込む”。
地獄に乗り込んで、そこにいる悪魔共を皆殺しにすれば。
きっと俺の呪いも解けるだろう。
どうせ死なないのだ。
もしも、勝てなかったとしてもゾンビ戦法で挑めばいい。
それでも勝てない相手がいるのであれば……その時は素直に退却し、作戦を練って後日再び挑もう。
俺は短い時間で結論を纏める。
そうと決まれば支部へと戻り書庫へと行き、地獄に関する書物を見直さなければならない。
今までの歴史の中で、地獄に辿り着いた人間は一人もいないと聞いたが……ま、なんとなかなるっしょ!
「……♪」
俺はスキップをする。
心なしかワクワクしている気がするが。
自分でも何故、地獄へと行く事を嬉しく思っているのか分からない。
恐らく、三徹という苦行が俺の負の感情を反転させているのだろう。
全く眠くない。
寧ろ、目も体もギンギンだ。
声が出せていたら、きっと俺は大声で歌っていただろう。
楽しい、楽しい、あぁ楽しい…………鬱だ。