生きていた。
サム・ホーキンスを含めた月光のメンバーたちは――生きていた。
監視者がいる事もあり、会話をする時間は限られていたが。
それでも互いに会話し、無事であった事に心の中で安堵した。
感動的な再会ではなかったかもしれない。が、それでも十分だ。
俺は微笑みながら、サムに視線を向ける。
すると、奴はニカりと笑って「運が良かったようです」と言う。
《運も実力の内……ですが、運にばかり頼る事が無いように……いや、説教はよしましょうかね》
「はは、そうして頂けると助かります…………さて、では、此方へ」
サムたちは立ち上がる。
そうして、店の外に出るのではなく。
店の奥の方へと歩いていった。
見れば、観葉植物に隠れるように扉がある。
彼らは観葉植物をどけてから、扉のノブを回して中へと入って行く。
俺もその背中を追って中へと入れば、そこには丸いテーブルと椅子が四脚置かれていた。
喫茶店の個室ルームと言わんばかりの内装だ。
特にこれといって珍しいものは無く。
何故か、奥に続く扉がもう一つあるだけだった。
「……」
「どうぞ、座ってください。すぐに済みますので」
促されるままに椅子に座る。
彼らも座ってから、沈黙が場を支配した。
何が起こるのかと待っていれば…………動いている?
僅かだが、振動を感じた。
部屋そのものが動いているようであり。
何処かを目指していると分かった。
サムは静かに頷き手を組む。
「……ようこそ、月光の代表として貴方を歓迎します……積る話はありますが、今は必要な事だけ言わせてもらいます。現在、我々は対魔局の中の一部の派閥に所属しています……その代表は貴方も知る存在ですが、それは此処では明かせません……カブラギへ行き、事件に遭遇したと聞きました。恐らく、すでに貴方の中で対魔局に対する不信感が出ているのでしょう。違いますか?」
《……どうして、そこまで正確な情報を?》
「それはこの先で待つ存在の力によるものです。実は我々は、その存在を発見する前に交戦した悪魔によって“殺されていました”。何故、生きているのかも最初は分かりませんでしたが。その存在を見た事で、すぐに理由が分かりました。その存在は、貴方の事を知っていて、我々が先生とコンタクトを取る前から必ず貴方が此処に来る事も言っていました。“予言”に近いでしょう……彼女は何千、何万という長い時間を生きた存在です。そんな存在が、貴方に会う事だけを願い待っていました……正直な話、全てを信用する事は出来ませんでした。が、命を救ってもらったのは確かです。故に、我々はその恩に報いる為に、彼女に協力する事を約束しました……ま、その結果、月光は壊滅した事になり、形式上では我々は死亡した事になってしまいましたがね」
《……なるほど》
話を聞きながら、状況を整理する。
サムたちを含む月光のメンバーたちは生存し。
現在は、対魔局の中でも一部の派閥のチームに加わっているようだ。
その派閥のメンバーの一人は俺が知る人間で、こいつに関しては大体の当たりはつけていた。
それは今はいいとして、彼女と言っていたそれは確実に人間では無いと分かる。
いや、人間でない事以外にも予想はつき、それは――
《天使、ですか?》
「「「……!」」」
「……はは、流石ですね。そこまで知っていたとは……ですが、少しだけ違います。階級的な意味でですが」
サムは補足として階級について加えて来た。
俺はそれを聞いて、あの天使との会話を思い出す。
『我々には命が与えられました。その命に従い、この施設にて血の提供を主にしています』
『その命を与えた者は誰ですか』
『天使長――――様です』
「……」
可能性としては高いだろう。
この先で待つ存在が、俺たちが探している存在。
あの天使に命令を与えていた存在である天使長だ。
此処で会えたのなら話は早いだろう。
恐らく、デウス・エクス・マキナについても情報を持っている筈だ。
関わっておらずとも、何万年も生きていたのであれば……いや、希望的観測ではあるがな。
そうだと思って行動するのは止めた方が良い。
可能性の一つとして考えるだけだ。
《……それにしても、私はてっきり本部からの要請で仕事をしていたと思っていましたが》
「あぁ、はい、最初はそうだったんですよ……ですが、本部への連絡時にコードが切り替わったようで。あのお方との連絡を取った事で、状況が一変し。現在は本部の依頼では無く、あの方との契約によって動いています」
《あの方、ねぇ……ですが、妙ですね。貴方が本来の依頼を放棄してまであのお方とやらと契約を交わすなんて》
月光は一度受けた依頼を放棄する事は無い。
よほどの理由が無い限りは任務を続行する。
そうしないのには理由があるのだろうと考えて――
「――上層部が最初から、“我々を殺す気だった”と言えば?」
「……」
サムは笑みを消して言葉を発した。
信じられない事だ。
だが、サムが冗談でそんな言葉を吐く事は無いと知っている。
《……根拠は?》
「我々が本来、行く筈であった場所。そこには悪魔たちが待ち伏せしていました。我々は部隊を二手に分けて、行動をしていました。調査に関してはムサイがいなければ進められませんが、現地の調査だけであれば少数名でも行えます……が、それが間違いでした」
《……現地に向かった人間たちは……》
「……分かりません。連絡は繋がらず、破壊された端末のバックアップデータから私の端末に現地に調査に行ったメンバーの一人から罠であったという音声メッセージが入っていただけです」
《……それが偽装である可能性は?》
「ないです。メッセージの発信源と音声データの解析。全てにおいて正しく、声音から精神操作による影響も無いと判断しました……彼らは我々に正しい情報をくれました」
「「「……」」」
ムサイの心に怒りも悲しみも無い。
ただ淡々と情報を伝えてくれた。
俺はそれを静かに聞き、どう判断すべきかを考える。
もしも、サムの言葉が真実で。
対魔局が月光の壊滅を狙ったとすれば、それは何の目的がある?
月光の壊滅によって得られる利は何だ?
そんなものはありはしない。
月光は対魔局に対して協力的であった。
受けた依頼は完璧に遂行し、邪魔となる行動も取ってはいない。
忠実であり誠実であり…………いや、“月光の壊滅”が目的じゃなかったら?
彼らの目的が月光の壊滅でないのなら。
何が目的になるのか。
彼らの立場からして、最も恐れている事はデウス・エクス・マキナの発見だ。
特に俺には知られたくない事であり、監視の目を増やしたのも月光や現在の彼らの雇用主と俺を会わせない為だ。
いや、俺を餌として彼らを発見する事が目的である可能性の方が高いか。
裏切者をあぶり出し、ひそかに始末する。
そうしたいのであれば……いや、これは違う。
始末が目的であっても、それは理由にはならない。
裏切者であるのなら、調査をしている時点では月光にそんな素振りは無かったからだ。
今重要な事は、彼らが恐れる事と月光がどうすれば結びつくかで……いや、そうか。
デウス・エクス・マキナに繋がるものは。
現在、俺がタクミから受け取った鍵だけだ。
そして、関係していると思わしき存在はサムたちが匿っている天使になる。
が、サムが重要である筈のデウス・エクス・マキナの情報を現在保有していないのであれば。
その天使がデウス・エクス・マキナの場所を知っていない可能性が高い。
そうと考えるのであれば、現状でデウス・エクス・マキナの手掛かりを掴める可能性が高いのは――
《ムサイ・パパス……彼を消す事が目的だった》
「「「……!!」」」
「……この短いやり取りで……流石は先生ですね」
サムは静かに頷く。
この考えは正しい気がする。
ムサイの刻印は特別だ。
痕跡を辿り、対象者を追跡する事に関してはこれ以上にないほどだ。
対魔局にとってもその刻印によって悪魔の捜索や排除に大きく貢献してきた。
が、そんな彼が邪魔だと判断した事は……恐らく、俺が関係している。
力の覚醒がトリガーになったと考えるのが妥当だ。
そうでなければ、もっと前にムサイを殺していたに違いない。
メリットよりもリスクが高くなったからこそ、悪魔を利用して消そうと考えた。
……だが、何故だ。そうまでして、俺をデウス・エクス・マキナに近づけたがらない理由は何だ?
鳩野郎……いや、今は羊か。
『バトラーで構いませんよ……あぁ、すみません。思考は共有されているようなものなので』
『……どうでもいい。それよりも……アレが暴走した場合、どんな事が起きるか予想は出来るか?』
『そうですね。確実な事は言えませんが……まぁ世界は滅ぶでしょうね』
『…………だとしたら、理由は十分か』
神の力を完全に模倣しているのであれば。
デウス・エクス・マキナが暴走した場合。
世界そのものを消滅させてしまう可能性がある。
それを考えていなかった訳じゃない。
寧ろ、その可能性の方を強く考えていた。
そうでもなければ、彼らが俺をそれから遠ざけたいとは考えないだろう。
……だが、それならそれで別の疑問が出て来る……彼らは何故、それを俺に伝えなかった?
いや、今まで秘密にしていて。
今になって知らせようとしていた可能性もある。
本部に呼び出したのもそれが理由かもしれない。
が、それならそれで何故――“ムサイを始末しようとした”?
俺がその説明を聞いて納得したのであれば。
ムサイは殺す必要が無い。
可能性として俺が協力を拒むと考えて先手を打ったのか。
それならば一応は辻褄は合うが……妙だな。
ムサイを始末したと考えているのであれば。
彼らは何故、俺に対して監視の目を増やした。
それも手練れをつけた上で、餌として利用したのか。
天使の存在は知らない筈だ。
月光が生きている可能性だってゼロに等しい。
彼らが遺跡で発見した天使は偶然のもので。
事前に知っていて発見した物ではない。
もしも、事前に知っていたものであれば……知っていれば、何だ?
《……おかしい》
「……? どうかされましたか?」
不可解だ。
天使の存在が知れたらどうなるというんだ。
いや、そもそも奴らが何故、天使の存在を知らないと思ったんだ。
俺が今から会う天使の事を知らない可能性は高い。
寧ろ、そうでないのであれば俺を餌として使う事に意味が無い。
デウス・エクス・マキナに大きく関わるであろう天使であるのならば。
最重要人物であり、強引な手を使ってでも捕縛に掛かるだろう。
こんな回りくどい方法を取らずともだ。
が、俺はある事によって此処で大きな矛盾が生まれていると気づいた。
それは今から会う天使が、人工天使の女から聞いた天使であると仮定した場合の話で。
その天使は確かに、あの場所でカブラギに対して協力する事を命令していた。
それはつまり、カブラギに対しては協力的であった事になる。
カブラギは対魔局の“姿が見えないほどの上にいる立場”の一部の人間たちが支援を行っている。
つまり、月光やあのお方にとっては敵対関係にある派閥である可能性が高い。
十中八九が、デウス・エクス・マキナの居場所を知っている筈だからだ。
もしも、その会う予定の天使が奴らの仲間であったのなら。
ムサイを殺す計画を建てた奴らと救った側で矛盾が生まれる。
此処で意図的に俺たちの目を欺いたとしてもそれには何の意味はない。
……冷静に考えるのなら、件の天使と対魔局の上層部は敵対関係にあると見ていい。
そう考えるのであれば、だ。
奴らは天使の事も知らない――いや、それは間違いだ。
奴らは天使の事を知っている。
が、何処にいたのかは分からなかった。
何かしらの方法でオリジナルの天使が未だに存在している事を知り。
あの方と月光が匿っている事を知ったんだ。
オリジナルの天使の存在を知っているのであれば、その力についても知っている可能性が高い。
俺を餌として利用したのは、確かな情報を得る為であり。
そうでもなければ、泳がせるような真似はしなかっただろう。
恐らく、その天使は抜け目が無く。逃走に関しては奴らの上を行くのだろう。
……現時点では、奴らはまだ尻尾を掴めていない。俺と彼らが接触を図る可能性が高いと考えただけだ。
そう考えるのであれば、本来のオリジナルの天使とやらは人間に対して協力的であった。
以前までは互いに協力関係にあったと考えられるだろう。
が、何かしらの要因によって袂を別ち、互いに別の道に進んでいった。
もしくは、天使が殺されそうになった事で姿を眩ませた可能性もある。
『……いえ、それはどうでしょうか。如何に強い人間であろうとも、天使長を殺せる存在などいるとは思えません。それは腕力や魔力に限った話では無く。その不死性故です』
『……なら、殺されそうになったというよりは……利用されそうになったか?』
『……そうですね。罠に掛けられそうになったのであれば、その可能性はありますね』
デウス・エクス・マキナは神を模して造られた。
そうであるのであれば、天使長と呼ばれる存在の力は何かしらで役立つ筈だろう。
天使長は何かを知って、自らの力を利用されない為に逃亡した。
そして、俺が現れるまで……いや、カブラギに接触するまで待っていた。
人工天使たちに命じて血肉を提供させ続けたのは。
少しでも長く人類の世界を維持する為で。
あくまでも人類の味方として世界を守っていた。
まだ確定した訳じゃない……が、今はそれが妥当だろう。
思考を続けている間にも、部屋は動いていて……ガコリと音がした。
「……さ、着きましたよ……ふふ、それにしても意外だったでしょう?」
《……ただの喫茶店が秘密基地の入口だった事ですか? 随分とまぁ、少年心をくすぐるものだとは思いましたよ》
「はは、そんな呆れないでくださいよ。こういうコテコテの演出は、意外と誰も思いつかないんですよ? 私たちも、まさかと思いましたからね……まぁ表で働いているマスターと娘さんは、私たちを“映画好きの金のあるオタク”だと思っているようですがね」
《…………まぁ、話せないのは分かりますが…………うーん》
それでいいのかと思う反面。
少年の心を持った大人たちの秘密基地と思わせておくのが良い隠れ蓑だと思ったり……複雑だな。
俺は小さくため息を零し頭を掻く。
サムたちは立ち上がり、扉の方に行く。
それは入って来た扉とは真逆の扉で。
俺も立ち上がり、彼が開けてくれるのを待つ。
「それでは行きましょう。我らが新しい家に」
「……」
扉が開かれて行く。
サムたちが俺に入るように促す。
俺は小さく頷き扉を潜って……!
中に入れば、そこには受付のようなものがあった。
図書館の受付のようであり、真ん中の小さなカウンターの中には少女がいる。
奥の両隣にはまたしても扉であり、他は本棚とぎっしり詰まれた本だ。
本棚を見るが、ジャンルに統一感はない。
SFであったり、恋愛ものであったり。
児童書もあれば、聖書のようなものまであった。
そんなものを見ながら、受付らしき場所に立つ少女に近寄る……あれ?
何処かで見た覚えがある。
瓶底メガネに黒髪のおさげで。
小柄であるが豊満な胸に…………あぁ!
《…………“ケーテ・キューネ”さんですか? アントホルンの司書の? 何故、此処に?》
「わぁ! 私の事を知っていたんですね! 流石はヘルダー様!」
《いや、そうではなくて……サム!》
「あぁ、はいはい……彼女はアントホルンで司書をしていた、事は知っていましたね……えっとですね。どうやら、彼女、一月前にクビになったようで」
「違いますよ! クビでは無く、ヘッドハンティングです! “アーベルト・バルテン支部長”から直々に此処を任せて頂いて「ちょいちょい」…………ぁ」
《……まぁ知っていましたよ》
キューネさんは口元を抑える。
会うまでの秘密にしたかったようではあるが。
別にそうだと思っていたので驚くほどではない。
キューネさんは「どうしましょう」と涙目でサムを見ていた……え?
「……いや、そのですね……サプライズかどうとかって言ってましてね?」
《……やりそうですね。あの男なら》
サプライズの好きな男であり。
何時も俺に労働と残業をプレゼントしていた。
情報という最も欲しいものは送らずに、だ……鬼畜眼鏡ェ。
俺は殺気を放ちながらも。
怯えるキューネさんに安心するように言う。
驚くふりをすればいいだけだ。簡単簡単。
そう伝えれば彼女はホッと胸を撫でおろす。
そうして、後ろの棚に掛かっている鍵を三つほど取って渡してきた。
《……これは?》
「此処での移動に必要な鍵になります! くれぐれも無くさないように!」
彼女はウィンクをして座る。
そうして、仕事は終わったからと本を読み始めた……変わらねぇな。
俺は振り返り、サムに何処に行けばいいか尋ねる。
すると、彼は俺から鍵の一つを取って扉に――行かず本棚に近寄る。
「えっと……あぁ、あったあった」
彼は一冊の本を手に取る。
それは有名な哲学書であり、彼はその本に鍵を――差し込んだ。
瞬間、鍵穴のようなものが本の表面に出る。
鍵が収まり、軽く回したかと思えば錠が開くような音が響く。
すると、本が独りでに動き始めて無数のページが飛び出してきた。
「さぁ、行きますよぉ」
《……本当にまぁ……はぁ》
面白い仕掛けだと思いながら。
俺の体は無数のページに包まれて――――