【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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110:彼とその他大勢(side:クラーラ→ベルクゥリ)

「……はぁ」

 

 ライツ連邦共和国、バルトロン州にあるダーリンの仮自宅。

 合鍵を使って中に入れば、ダーリンの姿はない。

 何処に行ったのかと考えていれば、先ほど、本部から連絡が入った……行方不明、と。

 

「……はぁぁ」

 

 私はダーリンのベッドで寝ながらため息を吐く。

 少なくとも一日一回、ダーリンの顔を見てダーリンの声を聞かないと私は生きていけない。

 寿命がマッハで減っていて、こうやってダーリンの匂いに包まれていないと溶けてしまいそうだった。

 

「……ダーリン。早く帰ってこないかなぁ」

「少なくとも、貴方がいる限りは帰ってこないと思いますよ?」

「……何でいるんだよ。帰れよ。此処は私とダーリンの家だぞ」

「あれ? そんな事は一度も聞いたことがありませんでしたが……脳に深刻な障害が?」

「……今すぐにひき肉にしてやってもいいけど……見逃してやるよ。今はそんな気分じゃないし……はぁ」

「……まぁ気持ちは分かりますよ。私もあの人に会えないと胸が苦しいですから……はぁ」

 

 隣に住んでいるだけの癖に、恋人のような事を吐く未亡人。

 泥棒ネコなんて可愛いものじゃない。

 こいつは醜いゴブリンであり、頭の中はセ〇クスの事でいっぱいなんだろう。

 可哀そうな女だ。

 ダーリンのような素晴らしくてかっこ良い人を好きになる気持ちは分かる。

 が、こいつにとっては残念な事に既にダーリンには私という最高最良の妻がいる。

 どう頑張ってもこいつには一ミリの勝機も無く。

 そもそもが、勝負は始まる前に終わっているのだ……哀れな女だ。

 

 私はそんな事を考えたが。

 すぐに、邪魔な女の事は記憶から消し。

 肺一杯にダーリンの匂いを吸い込む……あぁぁ効くぅぅぅ。

 

「……悲しくないですか? それ」

「……? 旦那様の匂いを妻が嗅ぐのが当然だけど?」

「……もういいです。話にならないですから……テレビでもつけようかな」

 

 アイツは立ち上がる。

 そうして、そのままテレビの電源をつけに向かう……やっとダーリンのテイスティングに集中できる。

 

 私はニコニコと笑いながら。

 ダーリンの枕に顔を埋める。

 ヤニの匂いの中に、ダーリンの渋みのある漢の香りがする。

 まるで、天国の透き通るような空気であり。

 最高級のワインや凄く高いワインや……兎に角、良い匂い!

 

「ふ、ふふ、ふへへ。だーりぃん……ちゅちゅ!! むちゅ……おい、テレビの音がうるさいんだけど?」

「……」

 

 テレビをつけたクソ女。

 が、チャンネルを変えた瞬間にそのまま動かなくなった。

 私の言葉も無視して食い入るようにテレビを見つめている。

 何の番組かは知らないけど、さっきからずっと女の歌声が響いていた……うるさいなぁ。

 

 私は何度もクソ女に音量を下げるように命令する。

 が、奴は耳が聞こえていないと言わんばかりにしかとをこいて……私は切れた。

 

「チッ……あぁもう! うるさいんだよ!」

 

 私はイライラしながら立ち上がる。

 そうして、テレビの方に歩いていき……なにこれ?

 

 テレビに映っているのは人らしき何か。

 何かというのは見かけは人間であはあるものの。

 私の勘がこいつを人間じゃないと告げていたからだ。

 

 背中まで伸びた白い髪。

 瞳は青か水色か、そんなところで。

 如何にも自分が優しくて美しいと思っていそうな体と面をしていた。

 私の美声を聞けと言わんばかりに、さっきからずっと何処かのステージの上で歌っている。

 青いドレスを身に纏っていて、手足は枝のように細くて弱っちそうだった。

 

「……ねぇ、消すけどぉ。ちょっと、おーい……はぁ、だる」

 

 クソ未亡人は目を見開いて固まっていた。

 ずっと画面を見続けていて、私はイラつきながらテレビの電源を消そうとし……は?

 

 電源が切れない。

 いや、それどころかチャンネルが切り替わらない。

 叩いても何も起きず……もういっか。

 

「えい!」

 

 私は腕を大きなハンマーに変える。

 そうして、力いっぱいに――振り下ろす。

 

 瞬間、テレビは粉々になる。

 プスプスと煙を発していた。

 別に、これくらいの事でダーリンは怒らない。

 怒ったとしても私にとってはご褒美であり、テレビ何て幾らでも作れる。

 

「ほら、消えたよ……て、今度は寝るのぉ? もぉぉ何だよぉぉぉ」

「……」

 

 クソ女は糸が切れた人形のようにその場に寝転がる。

 別に何処で寝て何をしようとも私にとってはどうでもいい。

 十中八九が、あの自意識過剰の人間擬きの仕業であり……悪魔だろうけどぉ。

 

 暫く、倒れた女を見つめる。

 足で小突いてみたり、ぐりぐりと頭を踏みつけたり……死んでないし。ま、いっか!

 

 上から命令も来ていないから、私は何もしない。

 ダーリンなら動くだろうけど、そのダーリンの所在すら不明なのだ……そうだ!

 

「ダーリンを探しに行こう! 今日は珍しく、悪魔を殺しに行けって言われないし……そうしようそうしよう!」

 

 私は今日のやるべき事を見つけた。

 そうと決まれば、行動あるのみだ。

 私はダーリンの匂いが詰まったものを手に入れる為に。

 先ずは洗濯機の中を物色する。

 すると、ハンカチや靴下が出てきて……こ、これは!

 

 私はその布を手に持つ。

 トランクスであり、まだ洗っていない貴重なもので――よし!

 

 私はエリクサーをポケットにねじ込む。

 念の為にと、靴下も別のポケットに入れておく。

 準備は万端であり、私は扉を開けて外に出て……あぁ?

 

「……また歌ぁ? 本当に、何なんだよ……ま、興味ないけど」

 

 街中に響いている謎の歌。

 が、さっき聞いたからあの悪魔のものだと分かった。

 私は秒でどうでもいい悪魔の事は忘れて。

 家の鍵を掛けてから、鼻歌を歌い歩き出す。

 

「ダーリン、ダーリン……何処にいるのぉぉ? 奥さんは此処だよぉぉ」

「「「……」」」

 

 鼻歌を歌いながら歩けば。

 周りの人間はオブジェのように固まっていた。

 静かで良い事だと思いながら、私はダーリン捜索の旅に一人出かけた――

 

 

 〇

 

 

「くくく……始まったようですねぇ」

「「……」」

 

 私はライツにある映画館で、映画を見ていた。

 周りには人間はおらず。

 人間だった残骸が飛び散り、低俗な魔物たちが血肉を喰らっていた。

 

 隣にはジョーンズと元人間の女が座っている。

 ジョーンズは耳を掻きながら欠伸をし。

 女は無表情を装っているが、膝に置かれた拳は硬く握りしめられていた……ふふ。

 

 外の状況は分かっている。

 “彼女のコンサート”が始まり、人間たちは“(カイ)”へと誘われて行った。

 逃れる事の出来ない無限の牢獄であり。

 入れば最後、聞くもおぞましい絶望が待っている……良いなぁ。

 

 羨ましいと思っていれば、女が声を掛けて来た。

 

「……何故、こんなところで待たなければならない。全員が動けないのであれば」

「あぁ、違いますよ? 全員が動けないと言うのは――我々も含めての事ですからね?」

「……どういう事だ? アイツも悪魔であるのなら、同族であれば」

「そうはいかねぇんだよ……あの女。“游獄祈姫(ゆうごくきひ)のエヌトゥヒィ”の能力は……見境がねぇんだよ」

 

 ジョーンズは指についたクソを吹き飛ばし、女に説明する。

 エヌトゥヒィの特異能力は――“光り亡き心海(ルゥスバルディノォス)”。

 

 歌を歌う事を彼女はトリガーとし。

 発動したが最期で、聞く者も見る者も全てを海へと誘う。

 例え、歌を聞かずとも意味はない。

 あくまで歌をトリガーとするだけであり、その本質は――心にある。

 

「……アイツの能力は、自分自身に対して興味関心……いや、もっというのなら何かしらの気持ちを向けた相手を海って呼ばれる空間に誘い込むものだ。海に入れば、自力での脱出は絶対に出来ない。例え、俺やこいつ……あのヘルダーでさえも無理だろうなぁ」

「……その海に入った者たちは……どうなるんだ」

「……聞いた話じゃ、アイツの楽しみに使われるらしいぜ……ま、拷問ってやつだ。それも、閉じ込められた人間や悪魔が最も恐れる事が永遠と置き続ける。故に、光が無い、ってな……あぁ出る方法は一応あったなぁ」

「……それは」

「――満足する事。アイツがもう良いって思ったら解放される……ま、あり得ねぇけどな」

「……っ」

 

 女は恐怖を感じているようだった……あぁ良い。

 

 私はそんな彼女の顔に微笑みかけながら。

 彼女の能力を回避する方法はほぼ無いと伝えた。

 

「見た者、聞いた者に対して気持ちを向けないと言う事は、無理なんですよ。誰であろうとも、相手を見たり、話を聞けば何かしら思うものです。良い匂い、美しい顔、近寄りたくない、気持ち悪い、誰かに似ている、どこの出身……そんな些細な気持ちでさえも、彼女の海へと誘われるきっかけとなる……恐らくは、あのヘルダーでさえもこれを回避する事は出来ない。くくく」

「……なら、何故、そんな強大な力を有する存在を隠していた。そいつがいれば、ランベルトでさえも」

「――勿論、切り札の一つであるからですよ?」

 

 私は血に濡れたカップに入った目玉を取る。

 指で転がしてから弾いて、長い舌で受けて口へと運ぶ……まずい。

 

 泥のような味がしたそれを床に吐き。

 私はハンカチで口元を拭う。

 すると、女は私にさっさと話せと目で訴えて来る。

 

「……彼女の力は強大です。が、あくまでそれは初見であればの話。ランベルト・ヘルダーであれば、一度見た能力には何かしらの対抗手段を用意してくるでしょう。奴には、同じ手は通用しない……まぁ、彼女の力であの男を完全に殺せるとは私は思っていませんがね。何万という死を経験した男に、心を折るほどの絶望を与えるのであればどれほどの時間が掛かるのやら」

「――ハッキリと言ったらどうだ。それとも、お前には何も知らされていないのか?」

 

 女は私を嘲るような言葉を吐いた。

 私は思わず眼玉を摘まんだ指に力を入れてしまう。

 汚い汁が指を濡らし、私は笑みを消して殺気を女に放つ。

 

「……あまり図に乗るなよ? お前はきまぐれで生かされているだけなんだ。それとも――此処で死にますか?」

「……っ」

 

 私は能力を発動しようとした。

 が、隣に座るジョーンズが私の腕を掴む。

 低俗な悪魔であれば、腕が千切れるほどの力で……私はため息を零す。

 

「……分かっていますよ……申し訳ありません。どうも、昔の悪い癖が抜けていないようで……それで、えぇっと。あぁ、切り札の話でしたね。まぁ、切り札というのは、あの男を殺す為という意味ではありません……魔王様の目的はあくまでも、力を取り戻す事ですので……つまり、彼女の力を使えば――欠片の在処が分かる筈です」

「……どういう事だ。その力が何故…………いや、待て…………そうか。世界中で彼女の力を発動させれば…………まさか、囚われた存在の……っ」

「えぇ、ご想像の通りですよ。彼女の海に入った者たちは、彼女の所有物。嘘も、真実も、心でさえも――彼女の願うままなのです」

「……っ」

「……ほんと、おっかねぇなぁ。敵じゃなくて、マジで良かったぜ」

 

 女は更に恐怖する。

 ジョーンズは首を左右に振り、もっともな事を言っていた。

 

 我々は此処で待つだけでいい。

 後は彼女が必要な情報を手に入れてくれる。

 その後が我々の出番であり……あぁ、今すぐにでも会えないかなぁ。

 

 愛しい愛しいヘルダー。

 彼にまた会いたくて、彼の肉を味わいたくて。

 何時も何時も彼の事ばかり考えていた。

 

 今すぐにでも外に飛び出したい。

 そして、彼を我が物とし。

 思うままに――喰らいたい。

 

 喰って、喰って喰って喰って喰って喰って――喰らい続けたい。

 

 彼にはそれほどの価値がある。

 

 世界中の人間と彼を天秤に掛けても。

 彼には敵わない。

 世界を滅ぼす事になっても、私は彼さいればいい。

 

 これは愛だ。

 恋心ともいうかもしれない。

 それほどまでに、私はあの男を欲していて――

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふぅ!!」

「……涎、拭けよ。きたねぇな」

 

 ジョーンズがため息を零す。

 私はハッとしてハンカチで口元を拭う。

 

 いけないな。

 まだじゃないか。これからであり……“楽しみは、この後だ”。

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