【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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112:誰かの選択

 天空の島。

 白い翼の鳥が羽ばたき、美しい鳴き声だけが森の中に響く。

 川の流れる音、木の葉のかすれる音。

 全てが心に届き、一欠けらのわずらわしさも感じさせない。

 安堵し、安らぎ……眠りそうなほどの心地よい。

 

 自然の本来の美しさを感じながら。

 俺たちは静かに歩いて行った。

 広大な島にある森の中を黙って歩いて行けば――巨大な湖が姿を現す。

 

《……あそこですね》

「……これはまた……神秘的、とでもいうんでしょうかねぇ」

 

 サムたちが武器を下げる。

 レイノスとレックスは口笛を吹き。

 ゴラムは顎を撫でながら目を細めて訝しんでいた。

 四人ともが共通している事は、同じ点が気になっている事だ。

 

 湖の中心。

 そこには“純白の建築物”が聳え立っていた。

 天空の島に存在する神殿……が、実際は完全に西洋の城だ。

 

 白亜の城であり、邪を寄せ付けないような結界が張られていた。

 ヘリオウトゥスから受けとった情報から。

 正規の手段で入場した俺たちには害はないらしい。

 問題はあの中にあるものらしいが……まぁ今は良い。

 

《湖を渡ります。私に捕まって……おや》

「「「ほぉ」」」

 

 俺が手を差し出そうとすれば。

 湖の水面が揺れて、湖底からゆっくりと足場のようなものが浮上してきた。

 進めと言わんばかりであり、まるで、この時を待っていたかのように感じる……行くしかないな。

 

 感嘆の息を漏らす四人に咳払いで警戒を怠らないように釘を刺す。

 四人は笑みを浮かべながらも、ライフルをしっかりと握った。

 

「分かってますよ……行くぞ」

「「「了解」」」

 

 俺は足を進めて足場の上を進んでいく。

 真っすぐに続く道を歩きながら、湖上に浮かぶ城を見据えて――俺は嫌な予感を抱いていた。

 

 

 

 

 足場を渡り切り、城の階段を上がれば。

 巨大な扉が行く手を阻んだ。

 見かけはガラス。いや、氷のような扉だった。

 先は見えないものの白が混じった透明であり、手で触れれば冷たかった。

 

「破壊しますか?」

《いえ、無理ですね。強力な結界が張られています……千人。いえ、幾万もの命を代償とした結界……力を解放しても、これを破るのは骨が折れますね》

 

 脆い氷のように見える扉だが。

 魔力で強化せずとも視認できるオーラを纏っていた。

 白い輝きのように見えるのは内包された魔力であり。

 それを使って今も尚、効果を持続しているのがこの結界だ。

 

 ……魔王の力の欠片が此処にあるのは間違いねぇな。

 

 どうすれば入れるかを考えて――手が勝手に動き出す。

 

《……は?》

 

 操られている――いや、違う。

 

 俺の肉体の意志が手を動かしていた。

 頭で分かっていないが、体が何かを覚えている。

 いや、もっと言うのであれば――“魂が記憶しているのか?”

 

 扉の表面で指を滑らせる。

 すると、表面には波紋のようなものが広がり。

 俺の指先からほのかに出る白い魔力を吸っていく。

 指を絵でも描くように動いて、波紋が複数発生し混ざり合う。

 

 円を描き、点を差し。

 直線を引いて、波打つように振り。

 渦を描いたかと思えば、サインでも描くように素早く指を動かして――指を放す。

 

「「「……!」」」

「……」

 

 指を放して暫く待てば――扉が動き出す。

 

 開かれて行っており、サムたちは驚いたような目を俺に向ける。

 が、一番驚いているのは俺である……何だ?

 

 俺は何を覚えていたんだ。

 いや、そもそも、どうやって扉を開けた。

 何がどうなっているのか分からねぇ。

 激しく困惑していれば……バトラーが発言する。

 

『先へお進みください。主様』

『……意地でも話さねぇってか……意地の悪い野郎だよ。てめぇは』

 

 バトラーは俺の嫌味に何も言わない。

 何時ものような軽快さはなく。

 ただ進むようにとだけ、俺に促すだけだった。

 まるで、この先へと進む事がこいつにとっての……嫌な感じだ。

 

 進まないと物事が進まない。

 が、進めば俺にとって嫌な事が起きる気配がする。

 それが何かは分からないが、確実に今の俺に影響を及ぼす何かで……考えるな。

 

 俺は足を動かす。

 そうして、扉の先へと進んでいく。

 

 止まっている暇はない。

 俺は祓魔師であり、ガキ共にとっての教師だ。

 仕事として悪魔を殺し、仕事としてガキ共に知恵を与える。

 

 やる事は何も変わらねぇ。

 例え、この先で何があろうとも――俺は俺だ。

 

 世界平和を成し遂げて、悪魔を皆殺しにしても。

 俺という人間の仕事も役割も消えやしねぇんだ。

 俺はそう自分に言い聞かせるように心の声を内で吐き出しながら。

 仲間の声も無視して奥へと向かう。

 

「――い、先生!」

「……」

 

 足を止める。

 チラリとサムたちを見た。

 少し困惑している……らしくねぇよな。

 

 俺は舌を鳴らす。

 そうして、彼らに謝罪をし周りに視線を向けた。

 

 俺たちが城の内部に入れば。

 背後の扉は音を立てながら閉じられていく。

 内部の作りは白と黄金で統一されており。

 唯一、真っ赤な絨毯が真っすぐに中心にある巨大な螺旋階段に続いていた。

 

 城に無数に配置されているステンドガラス。

 そこから差し込む光は虹のようであり。

 螺旋階段の先は、頂上まで続いていると分かる。

 

 俺はあんな階段をちんたらと昇りたくはないからと飛んでいこうとした。

 が、すぐに自らの肉体の異常に気が付く。

 

《……サム。気が付いていますか》

「……えぇ……魔力が消えています。魔術も使えない……外は強固な守りとなり、内では侵入者の能力制限を掛ける……かなり高度なものですね」

「……流石は、人知を超えた存在ってか」

「「違いねぇ」」

 

 サムの言葉にレイノスが付け足す。

 他の二人も同意し、ライフルを背中に戻して拳銃とナイフに切り替える。

 

 城の内部は広いが。

 室内であり、階段を上がるのであれば即応できるナイフと拳銃の方が良い。

 ライフルは悪魔との戦闘にて重要であり。

 悪魔が立ち入れないこの場であれば、武器を変えた判断は正しいと感じた。

 

《……弾は変えない方が良いでしょう》

「……そのつもりではありましたが……気になる事が?」

《……ハッキリとは言えませんがね……まぁ、そこまで考えなくてもいいですよ。恐らく、私にだけ関わる事のような気がするので》

 

 俺はそれだけ伝えて歩き出す。

 サムたちの視線が背中に刺さる。

 彼らなりに何かを考えてくれているのだろうが。

 今はそれに対して何か言葉を掛けるつもりはない。

 

 それほどに余裕がないからともいえる。

 この中に入ってから、心臓の鼓動が早くなっており。

 呼吸も少しし辛いように感じる。

 おくびにもそんな姿は見せないが。

 明らかな異常で……本当に何だって言うんだよ。

 

 不安や恐怖……それとはまた違う感覚だ。

 

「……」

 

 表情が硬くなっていくのを感じながら。

 俺は螺旋階段の一段目に足を掛けて――上を目指して足を動かした。

 

 

 ◇

 

 

「……老体には、中々に、堪えますなぁ……ふぅ」

《甘えないでください。貴方たちは私よりも若いんですから》

「若いってそんなぁ。先生の方がよっぽど若々しいと思いますよぉ? なぁ?」

「「うんうん」」

《……あまりうるさいと突き落としますよ?》

「「「……すみません」」」

 

 ぎろりと睨んでやれば、彼らは顔を伏せて謝る……全く。

 

 子供の頃と何も変わっていない。

 生意気であり、文句を言ってきて……手の掛かるガキ共だ。

 

 俺は小さく笑いながら、階段を上がるペースを少し落とす。

 ふぅふうという彼らに並び立ち。

 軽くサムの背中を叩いてやった。

 すると、サムは悲鳴を上げて涙目で抗議の視線を向けて来る。

 

《もう少しですよ》

「……はぁ、敵いませんなぁ……おらぁ! 行くぞ!」

「「「了解」」」

 

 サムの声に促されて、三人は汗を掻きながらもペースを上げる。

 いつの間にか追い越されてしまい。

 俺はそんな四人の背中を見ながら小さく笑う……たく。

 

 警戒は嘘のように消えて。

 遠足かハイキングのようだ。

 お陰で、息苦しさもなくなっちまったよ。

 

 気を遣わせちまったかと思ったが。

 あれは天然であり、配慮とかそんなものはない。

 昔からそういう奴らであり、本当に何も変わっていない。

 そう思いながら、俺も四人を追いかけて残りの階段を上がっていった。

 

 上がって、上がって、上がって……ようやくだな。

 

 終わりが見えて来た。

 四人は既に到達していた。

 階段の前で立ち止まっており。

 俺は何を見ているのかと思いながら、残りの段を上り終えて……へぇ。

 

《……あれですね。間違いなく》

「……アーサー王伝説。といったら……殴られますかね?」

 

 サムは冷汗を流しながら、目の前にあるものを指さす。

 そこにあるのは、石の台座に刺さった――両刃の剣だった。

 

 普通の剣ではない。

 刀身は錆に塗れて、今にも朽ち果てそうなほどに脆そうだった。

 刺さっている部分から、黒く淀んだ瘴気が漂っていた。

 

 ケガレであり、あの剣はそれを封印する為の蓋のようなものだ。

 元はきっと美しい剣であったのだろう。

 が、膨大なケガレのせいでボロボロだ。

 

 ……まさか、封印が解けそうだったから……俺を直接此処に?

 

 ヘリオトゥスの狙いも意図も分からないが。

 恐らくは、あの剣の状態がそうであると教えてくれていた。

 となれば、俺がやるべき事は簡単であり――剣に近づく。

 

「先生、何を?」

《……動かないでください。危険ですから》

 

 理解した。

 此処に来て、封印の前に立ち。

 やるべき事を――正しく理解した。

 

 俺は錆に塗れた剣の柄を握る。

 強く握れば、簡単に折れてしまいそうで。

 そんな剣の主の魂を感じながら――枷を解く。

 

「「「……!!」」」

 

 後ろにいる四人が片膝をつく。

 枷を解き、力が一気に溢れ出た。

 喉を抑えて今にも倒れそうな四人。

 が、俺が解放した力を体に纏わせるようにすれば……彼らは呼吸を正常に戻す。

 

「これは……?」

「……こいつを“治す”。ちっと我慢しろよ」

 

 俺は自らの声でこの場にいる全員に伝える。

 そうして、静かに息を吸い――

 

 

 

【――――Beleben(ヨミガエレ)――――】

「「「……ッ!?」」」

 

 

 

 俺の言葉を聞いた瞬間に、サムたちは頭を押さえた。

 理解できない言葉によって、脳と心が拒絶反応を起こしている。

 が、俺の手が触れた剣の反応は異なり――錆が消えて行く。

 

 ゆっくりと。しかし、確実に。

 錆がほろほろと溶けていっていた。

 俺はそれを見ながら、黄金を手から剣へと注いでいく。

 剣に流れて行く黄金は、ケガレに汚染された刀身を浄化していく。

 今にも溢れ出そうになっていたそれを、底へと押し戻して言っていた。

 

 ……まだ、足りない……もっと必要だ。

 

 俺はサムたちを見る。

 すると、サムは頭を押さえながらも――笑う。

 

 彼はしっかりと頷いた。

 それを見て、俺も頷き返す。

 

 この場から遠ざける事も出来る。

 が、“彼らはこの場にいなければならない”。

 “この後に起こる事”に、彼らは関わらなければならない。

 必要な存在であるからこそ、ヘリオトゥスは……いや、“俺”は彼らを此処へと導いた。

 

 俺は静かに息を吸い――

 

 

 

【――――Beleben(ヨミガエレ)――――】

「「「……ぐぅぁ!?」」」

 

 

 

 うめき声が聞こえた。

 倒れる音も聞こえた。

 が、俺はそちらを見ない。

 見る必要は無い。互いに、信じているからだ。

 

 言の葉の力と黄金が混ざり合い。

 死に果てようとした剣に――光が戻る。

 

 本来あるべき輝き。

 その白き輝きを淡く放ちながら。

 剣は喜びの音を奏でながら、封印されたケガレを深く押し込んでいく。

 蘇った聖なる刃、俺はそれを更に下へと押し込んでいく。

 力の限り、押し込んでいき――剣が止まる。

 

「……これで良い」

 

 剣は半ばまで差し込まれて止まる。

 これ以上は必要なく。

 封印は完璧に施された。

 

 枷を掛け直し、ゆっくりと振り返る。

 すると、四人は全身を汗に濡らしながらも笑みを浮かべていた。

 

《……さぁ、最後の儀式です……手を私に》

『――主様? 貴方は――』

「「「……っ」」」

 

 彼らは膝をつきながらも、片手を差し出してきた。

 俺は剣の前から退く。

 すると、剣から発せられる淡い光が――四人を包み込む。

 

「これ、は……凄い。力が!」

「あぁ、溢れて来る……全盛期。いや、それ以上だ」

「温かい。母ちゃんの腹の中みてぇだ」

「……何となく分かるぜ」

 

 四人は立ち上がり、手を開け閉めしていた。

 これは彼らの能力を強化する為のものではない。

 封印にとって欠かせない最後の儀式だ。

 

 

 

 最後の儀式――“そんなものは存在しない”。

 

 

 

 アレは力の強化ではなく、剣の力を“共有”しただけだ。

 謂わば、彼らの存在そのものが剣になったようなもの。

 剣自体が破壊される事はあり得ない。

 アレは魔王の力と神々の王の力でしか砕けぬ刃だ。

 が、力を共有しただけの彼らは違う。

 

 不死にはなっていない。

 ただ、聖なる力を宿しただけだ。

 死ぬ時は死ぬ。

 そして、彼らが万が一にも死んだ場合――“剣と封印は消失する”。

 

 朽ちぬ刃、不死なる剣。

 それが死ぬ時、そこには矛盾が生じる。

 あのまま放置をしていれば、剣そのものが欠片も残る事無く消えるだけだった。

 が、もしも、完全なる状態の剣が彼らを通して死を経験すれば……この城そのものを巻き込んで別の世界へと消えてなくなるだろう。

 

 

 ――“その先は、大世界の何処かなのか”――

 

 ――“それとも、大世界以外に存在しているかもしれない異なる世界か”――

 

 

 ……恐らくは後者であり、そうなれば……魔王も神々の王ですらも――“その行方を知る術は無くなる”。

 

 

「……」

 

 何故、俺自身がこれを行ったのかは分からない。

 何かが、俺を突き動かした。

 自分のようで、自分ではない何かを感じていた。

 

 

 儀式を終えて喜ぶ彼らを見ながら――“俺は、頬を濡らす”。

 

 

 何故、泣いているのか。

 何故、泣いているのに悲しいと思えないのか。

 何故、何故、何故、何故――気配を感じた。

 

 

 視線を向ければ、剣の傍に――バトラーが立っていた。

 

 

 彼は剣をじっと見つめている。

 仮初の体であり、その瞳には何の光も無い。

 ただ剣を見つめているだけであり……彼の声が小さく心に響く。

 

 

 

『その選択が――貴方の願いか』

「……」

 

 

 

 俺は何も言わない。

 怒りも、悲しみも感じられない彼の言葉を心の中で響かせながら。

 俺は得体の知れない何かに肩を抱かれて――“舌を鳴らした”。

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