暗い――深い――光り無き――闇の世界――
深海のようで――深き穴の底のようで――しかし、感じるものがある――
「……」
暗黒に包まれた世界で――俺の目には――光が、見えていた――
淡い光で、それが無数にあり――ゆっくりと近づき――体の中に入って行く――
「…………」
何も無い筈の世界に――光が――記憶が、思い出が――溢れていた――
この世界に至る時、捨てざるを得なかったものが――再び、帰って来た――
「………………」
俺は見えない手を、心臓に当てる――静かに目を閉じて――“自らを感じた”。
瞬間、瞼の裏には“俺たち”が座していた場所が映る。
白く染まった天上の世界。
雲の上であるかのような幻想的な場所であり。
木漏れ日のように儚く温かな光に満ちていた。
穢れ無き世界。不浄なる者が踏み入る事の出来ない空間だ。
そんな場所にて、二つの大いなる存在が――“対峙していた”。
一方は白き衣を纏い、手には黄金の杖のようなものを持ち玉座にて座る。
もう一方は体から黒き靄を発生させて、その相貌を見る事は叶わない。
その目は怒りに満ちて、吐き出す吐息は毒のようであった。
黒き靄はケガレ――いや、違う。
アレはその場にいた俺の心が見せる幻。
本来は見える事も無ければ、存在する筈も無かったケガレだ。
奴という存在を異常なる存在として認識してしまった俺が――俺の心が見せるまやかしだ。
対峙する黒い存在は王に対して言葉を吐く。
『カミよ。いや、“我が半身”よ――お前は、それで、満足なのか?』
『……何が言いたい? 俺たちの使命は最初から決まっていた。世界を管理し、全ての命の一生を見届ける事……世界を創り、命を増やし、神々と天使に任を与えて、そして』
『――それに何の意味がある! 永遠に続くこのくだらぬ輪廻が! 我々が管理する事に何の意味がある!! 意味も無く、我々に対して何の利益も生まない下等な存在たちを見続けて!! 知恵を与え、心を与え、世界まで与えて――与え続けるだけの役目に何の意味があるというのだ!! 良いか!? 力あるものがする事は弱者共の管理ではない――完全なる支配だッ!!!』』
黒き存在は吐き捨てるように言う。
与えるだけで感謝の言葉の一つも言わない存在たち。
人間を始め、多くの心ある者たちが我々の事を正しく認識していない。
与えられる事を当たり前であると考えて。
失敗や過ちを我々の責任であるという醜悪な存在を導く事に何の意味があるのかと。
奴には紛れもない――“欲があった”。
認められる事、褒められる事。
最初に芽生えたであろう与える事に対しての見返りを求める小さな欲。
それが時が経つに肥大化し、己が強大な力を自覚して――その欲が心に悪を植え付けた。
『我々には力がある!!! 全ての命、全ての世界は我々が生み出した贋作だ!!! 我々はそれを従えて、我々が真に王たる事を知らしめなければならない!!! 支配だ!!! 力での支配こそが、王たる我々が成すべき事!!! 何故、お前はそれを理解できない!!!』
『……力のみの支配に意味などない。暴力と混沌の世界に待つのは虚無。お前が望む急速な進化や成長はあっても、それは破滅への時間を早めているだけに過ぎない……見守るのだ。子供たちの成長を。誕生し成長し、それが終わる時まで……命は巡り、終わりを迎えようとも新たな命が誕生する。輪廻の輪が乱れない限り、世界の破滅は存在しない。緩やかなる時の流れが、正しき進化と成長を促していくのだ』
『……くだらない。何と非効率的な考えだ!! 如何に無限の時を我々が有していようとも、俺はお前のように無駄な時間も労力も掛けはしない!!! 与え続ける事では意味がないんだ!!! 世界にとって価値ある者たち!! 我々のような存在にこそ、価値あるものを差し出すべきなんだ!!! 力も、命も――全てをな!!』
男は叫ぶ。
黒い靄に覆われて、欲と力に溺れし――半身。
カミが己が内に眠る心を別けて生み出したもう一人のカミ。
互いに認め合い、世界の管理をより効率よく進めようとしていた。
が、半身の欲は底知れず。
自らの力に酔いしれ、全ての世界、全ての命の支配を考えた。
力ある者が我慢をする必要は無い。
何故に、弱き命を守り見届けなければならないのか。
理解できない言葉であったが、その考えは俺にもあった気がする。
あったからこそ、アイツはその言葉を吐き捨てた。
俺には出来ない事をアイツは意図も容易くして。
そんな奴に俺はほんの少しの羨望を抱いていたのかもしれない。
家族と呼べるものはいなかった。
俺は最初から一人で、兄弟すらもいなかった。
寂しさは無い、悲しみもない。
最初から愛というものを知らなければ何という事は無かった。
漠然とあった使命。
やらなければならないと認識していた事を俺は生まれてからずっとし続けた。
世界を創り、無数の命を誕生させて。
知恵を授けて、多くの罪が生まれて……憧れていたのかもしれない。
過ちを犯す人間を、無駄を愛する人を。
子を成し、自らの一生を捧げて未来を繋げる命たちに。
故にこそ、俺は自らの半身を切り落とした……それこそが、今へと繋がっていた。
一なる者、全なる者は支配者で無ければならない。
弱き者たちを従えて、その全てを献上させる。
傲慢であれ不遜であれ、王とは欲深く罪深く。
力のままに全てを従える孤高であると奴は俺に説いた。
――が、俺はそんな事など望んでいなかった。
自らがカミとして生まれたその日から、俺は全ての世界で生まれる命の幸せを願っていた。
それが俺が俺として生まれた意味であり。
俺が俺でいる為に、必要な事であったと認識していたからだ。
自らの体を千切り、血を注ぎ。
世界を生み出して、それぞれを繋ぐ道を創り。
髪を抜いて世界へ飛ばし。
星を作り出しては、その星に住む命を創り出した。
想像した事象が世界へ流れて。
知恵ある者たち、心ある存在たちに感情や願いを抱かせた
破壊と創造。
幾万を超える星々の終わりを見届けて。
小世界の終わりと誕生を管理し。
無限に続くカミとしての役割を繰り返しながら、全ての世界は巡っていき――奴は限界を迎えた。
俺にとっての幸が――奴にとっては不幸であったんだ。
他者の幸せに嫉妬し、強き者が弱きものを支配する姿を喜び。
力だけで格を知らしめる世界こそが奴にとっての願いとなっていた。
弱者はいらない。
強き者のみが存在すれば、誰しもが上を目指し世界も命も進化していく。
争いが、戦争が、悪徳が、罪科が――命の格を上げて行くのだ、と。
不幸の中でも、確かに存在する幸の光。
儚い命たちの輝きを見れるだけで俺は十分だった。
進化も成長も必要なものではあったが。
それは穏やかでゆるやかに成していくものだと俺は説いた。
何千何万年と俺たちは争った。
互いに意見を押し付け合い。
認める事無く、互いの意志は鋭くなっていった。
が、どれだけの時間を掛けようとも俺たちは分かり合う事が出来ず――奴は俺の前から姿を消した。
そして、時が流れて――“最悪の戦争が起きた”。
――“
半身が生み出した己が子供たち。
欲に塗れ、ケガレと呼ばれる不浄の力を手に入れた存在たち。
全ての命の幸福を奪い、絶望と怒り。不幸を糧にして力を得るもの。
力のみを求める獣であり、“悪を美徳とし、魔に憑りつかれた存在たち”――“悪魔”だ。
我らはそんな悪しき存在たちに対抗し。
大世界の消失を招きながらも、何とか奴の力を削ぎ封印した――が、それは誤りだ。
記憶が変わり、荒れ果てた大地にて四肢が砕けた奴が倒れ伏す。
俺も片腕を失い、全身が朽ち果てようとしていた。
血に濡れた瞳で奴を見ながら、俺はボロボロの剣を奴に向ける。
奴は血反吐を吐きながら、そんな俺に憎悪の染まった目を向けて――呪いを吐く。
『俺は、こんな所で……死なない、死ねない……お前は俺を殺せない……それをすれば、お前は、俺を――認めるしか、ないんだ』
『……認めない。俺はお前を……認める事など、出来ない』
『あぁそうだろうなぁ!! 俺も同じだ!! お前を認めない!!! お前など、カミを名乗るに値しない!!! お前は弱さと儚さを愛で続けるだけの――腐った老いぼれだァ!!!!』
殺す事は出来た――が、“俺はそれをしなかった”。
奴を完全に殺す方法は、完全な状態にするだけではない。
奴の存在を認めて、別たれた心を己に戻すのだ。
悪しき存在となった奴を、完全となった状態で己に戻す……到底、認められる事では無かった。
結果、俺は世界の底へと奴を沈めて。
その世界を管理する神と天使たちに封印を維持監視する任を与えた。
時が解決する事を選択した……それこそが、最大の誤りであった。
時が解決する事は無かった。
いや、そんな事など最初からありはしなかった。
逆であり、時が経つにつれて奴の心は――“
最悪の時まで、俺は気づく事無く。
封印の管理を任せていた神や天使たちは死に。
何とかしてこの世界へと入る事が出来たが……俺は、また、逃げようとした。
「……」
サムたちは――“死ぬ”。
今の俺には、その運命が見えていた。
いつ死ぬのかは分からない。
が、確実に敵の手によって残酷な死を迎える。
それが分かっていたからこそ、俺は彼らに剣の力を……最低だ。
教え子の死をトリガーとし。
俺は完全でいたいが為に、奴を生きながらえさせる選択を取った。
“今の俺が彼らが生きる未来を強く願うのなら”、そんな気持ちを利用して――“過去の俺は彼らの死を願った”。
死ねばいい、死ねば全てが解決する。
完全体の奴で無いのなら、犠牲はあっても再び封印できる。
万が一を想定して、この世界にて作り上げたものがある。
ゲンブ・カブラギによって創造されし人工の神。
五十の勝率を八十にまで引き上げるものであり……それすらも、“俺が仕組んでいたものだった”。
「……俺は……完全で完璧な……ゴミ野郎だって事か」
この世界と神や天使の一部が死んだだけだ。
そして、魔王との戦いが起きれば更に大きな犠牲が生まれる。
最悪の場合、小世界が崩壊するだろう。
しかし――“たったそれだけの犠牲”で、奴を再び封印し、俺は再び完全なる自分へ……。
今は良い、今じゃなくていい。
その時ではない、考える時間は幾らでも作れる。
また封印すればいいだけだ。
次はより厳重に、より完璧な体制を整えて。
そうすれば、過ちは起きずに“世界”も“自分”も不幸にはならない。
きっと時間を掛ければ、何れは――――違うだろ、ボケが。
何千年何万年、何億年経とうとも――――奴は改心しない。
奴は己だけを肯定し、己のケガレを高めていく。
世界を呪い、俺を恨み。
全てを喰らい支配しようとしている。
奴の改心を願っているんじゃない。
ありもしない未来を、俺がでっち上げているだけだ。
逃げる事に意味はない。
戦いを避ける事などあってはならない。
封印が出来たとしても、その次は確実に全てが終わる。
世界は闇に、ケガレに飲み込まれて真なる混沌に変わってしまう。
その世界には喜びも無く、純粋な存在もいない。
優しさも助け合いも、分かち合う事も差し伸べる事も無い。
暴力の限りを尽くし、力を求めて強者が弱き命から全てを奪う。
奪われた者たちは復讐を誓い、力を求めて次の支配者となり……
「力だけが、命の格を……己の価値を証明するもんじゃねぇ……だけどよ、今なら――“理解できる”」
予感でも未来視でもない。
奴は俺であり、俺そのものであるから分かるんだ。
何度も良いようにされないからこそ、奴も――“
肯定は出来ない。が、もう否定はしない。
その選択も俺のものであり、あり得たかもしれない道の一つだ。
俺が世界の幸せを願ったように、悪しき心に染まる前の奴にも――世界を想う心があった。
あぁ、そうだ。もう間違えねぇ。
選択は今であり――“時が来たんだ”。
「……そうだ。代償を……俺自身の罪を清算する時が来たんだ」
俺は闇の世界で己を形作っていく。
曖昧な存在が、一人の人間となり。
カミであった存在は、一つの命として――“生まれ落ちる”。
決意が光となり闇が晴れて――剣が目の前に見えた。
俺が覚悟を決めれば、何かが俺の傍に立った。
肩を掴み、俺の足を止めようとする。
考え直せ、それはダメだ。そう言っている気がする。
が、俺は決めた。
もう二度と過ちを繰り返さない。
その為に、俺は――アイツを受け入れる。
「……悪いな……見ていてくれや。俺」
『――』
肩を掴んでいた存在が消えて行く。
それは何だったのか。
過去の俺自身だったのか。
分からないが、俺の弱さが見せた幻だったのかもしれない。
一度は仲間を犠牲にしようとしていた過去の弱き自分。
しかし、俺はようやく決心がついた。
仲間に力を与えて、そんな仲間たちを――俺が全力で守るんだ。
アイツらは決して弱くはない。
弱かったのは俺であり、アイツらはそんな俺を信じ支えてくれた。
もう迷いはない――“進め”。
『……決めたのですね。遂に』
「あぁ、決めたよ。俺は奴を、俺自身を――認める」
剣は静かに光を放つ。
まるで、俺の覚悟を祝福してくれているようだった。
バトラーは笑みを浮かべて静かに頷いた。
彼が剣から離れて、俺はゆっくりと剣に歩み寄る。
封印は完全であり、手を加えない限りは何万年もこのままだろう。
が、俺は決断した。故にこそ――柄を握る。
バトラーは重く静かに、最後の忠告を俺に伝える。
『一度受け入れれば……私にもどうなるかは分かりません。もしも、貴方様が』
「――分かってる。そん時は……頼んだぜ?」
『……承知しました』
奴はお辞儀をし、鋭い瞳を俺に向ける。
何時でも殺す準備は万全であり……頼もしいこった。
俺はゆっくりと柄に力を入れて――引き抜いていく。
「――ッ!!」
瞬間、抑え込まれていたケガレが勢いよく噴き出す。
隙間から僅かに洩れているだけだ。
それでも、周囲の空気を毒へと変えるだけの力を有していた。
俺はそれを体に纏わせながら、歯を食いしばって――更に剣を抜く。
「ぐあぁ――あああああぁぁぁ!!!!」
ケガレがより一層濃くなる。
それらが体へと入り、俺の心を乱していく。
怒り、悲しみ、苦しみ――そして、絶望。
感じる。アイツの全てが。
アイツが抱えていた全ての負の感情が――流れ込んでくる。
俺はそれを痛みとして感じながら。
歯が砕けるほどに噛み締めて――限界まで剣を引き抜く。
『――ぅ!!』
「――――ッ!!!!!!」
声にならない叫び。
それでも尚、俺は己を保つ。
奴が俺の心を塗り替えて、俺を欲望のままに生きる獣に変えようとする。
乱暴で、強引で、粗暴で――全てを壊そうとする。
俺自身の心の中が、眼に映る――荒れた風景だ。
『――――ッ!!!!!!!!』
荒れ狂う黒い暴風の中のようで。
全てをなぎ倒し、俺の心を形作るものを破壊していく。
奴は血のように輝く真っ赤な瞳を俺に向けて狂ったように叫びながら全てを破壊しようとしていた。
そんな奴へとゆっくりと近づく。
ゆっくり、ゆっくりと近づいて――黒いケガレに手を添える。
「――俺は、此処だ」
『――――ッ!!!!?』
ケガレとなった奴に心の中で触れた。
奴は金切り声を上げて、俺の心を切り刻む。
触れた手の皮がめくれて、肉が露になる。
血が噴き出して、強烈な痛みが駆け抜けていく。
が、俺は笑みを浮かべながらそんな奴を――両手で触れる。
『叫べ。もっと叫べ……もう、お前を否定しない。お前から逃げない――お前は、俺だ』
『――――ッ!!!!!!!!』
白き炎が、奴を包み込む。
漆黒の炎と白い炎が混ざり合い。
互いに溶け合って、新しい色を創っていく。
それを感じながら、俺は――――…………