【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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117:希望の光(side:クラーラ)

 「――ッ!!」

 

 覚醒状態に入り、腕を肥大化させて――振り下ろす。

 

 狙いはドレスを着た女悪魔で――攻撃が止められた。

 

「……!」

「きひひひ……随分とまぁ荒いですわねぇ?」

 

 異質な骨の腕ではない。

 華奢な腕で、ただのセンスによって防がれていた。

 腕がそれ以上進まない。

 力の差が歴然で――敵を蹴りつける。

 

 奴の魔力の障壁によって蹴りも防がれた。

 奴はビルの上でくつくつと笑い――背後にゾーヤが立つ。

 

「――シィ!」

 

 抜刀の姿勢でゾーヤが息を吐く。

 そうして、そのまま刀を抜き放ち――敵を斬り付けた。

 

 敵の体は空間事、真っ二つになった。

 が、切断されたのはドレスの女ではなく――犬の仮面をつけた黒衣の悪魔だ。

 

「……!」

「おやおや……再生できんなぁ?」

 

 奴の体は地面に転がる。

 ボロボロと体が崩れていて、紛れもなく死ぬ間際だと分かる。

 が、他の悪魔たちはまるで動じていない。

 黒衣の悪魔たちでさえも、その死をただ眺めていた。

 

 完全に犬の面の悪魔が死に。

 私たちは、互いに距離を取りながら建物の中を移動していく。

 サーチを行いながら、私は聴覚を強化して。

 敵の発する言葉から情報を得ようと――

 

「あぁ、死んだな。完全に死んだ。復活しない……“当たり”だな」

「そう……なら、さっさと持ち帰りましょうかねぇ。きひひ」

「喰っていいか!? 喰っていいよなぁ!?」

「……何?」

 

 敵の言葉から狙いを探る。

 死んだ悪魔の状態から何かを確信し。

 持ち帰ろうと言っていたが、恐らくは……ゾーヤが危険だ。

 

 私は危険を承知の上で。

 ビルの壁を思い切り殴る。

 壁には私の魔力を纏わせて。

 ちび散った残骸が弾丸のように飛ぶ。

 それらは建物の上で談笑していた奴らに当たり――消し飛ぶ。

 

 見れば、あのデブが口を動かしていた……なるほどね。

 

 デブの能力は分かった。

 恐らくは、対象を喰らうだけのシンプルな能力。

 魔術では無く、完全に特異能力であり。

 それは奴自身がその場から移動せずに飛んでいた残骸を全て喰らっていたからだ。

 つまり、条件として対象を視認する事。又は、その対象の位置を把握しておく必要がある。

 目を潰している状態であれば、恐らくは音であり――それなら!

 

 私はそのまま煙の中を突っ切る。

 そうして、どんどんと建物を破壊して魔力を纏わせた残骸を敵へと飛ばす。

 デブはそんな私の攻撃を丁寧に全て喰らっていた。

 喰らって喰らって――私は敵へと駆ける。

 

 体の中から、あるものを無数に創り出し。

 煙の中からそれを周囲に放つ。

 

「ゾーヤッ!!!!」

「――!」

 

 私が叫べば、アイツの動きが止まる。

 それだけで私の意図を理解したと気づく。

 敵は私の声を聞いて、デブが口を開けて――瞬間、けたたましい音が鳴り響く。

 

「「「……!」」」

 

 空間を振動させるほどの音。

 鼓膜を破壊するほどの甲高い音だ。

 私が生み出し投げたものは――“音響手榴弾”。

 

 一つであっても、密閉された空間では人を殺せるほどの威力を誇る。

 私が独自に改造を施したもので。

 それを何十も生み出し放ったのだ――デブはうめき声を上げていた。

 

 瞬間、私は煙から飛び出し。

 空を翔けながら、耳を押させる女に拳を振り上げる。

 ゾーヤもデブに狙いを定めて、その首を落とそうとしていた。

 

 これで決める。これで、すぐに撤退を――女が笑う。

 

 

 

「――“母葬の無垢手(シュプレマイノルゥス)”」

「「――!!」」

 

 

 

 悪魔がぼそりと呟き――私たちの体がぴたりと止まる。

 

 動けない。

 指一つ動かない。

 否、何も感じる事が出来なくなっていた。

 

 時が止まったような感覚。

 抗う事が出来ない。

 力を込めようとしても体が反応しなかった。

 

 目の前の女を見れば、骨の手がカラカラと音を発していた。

 無数の子供の頭蓋が揺れて笑っているように見える。

 

 女はゆっくりと手を動かして――握りしめる。

 

「――ッ!?」

 

 瞬間、私の心臓が――潰された。

 

 たらりと口から血が垂れる。

 が、吐き出す事も出来ない……何故?

 

 女は私の前に立つ。

 そうして、指を動かして空中で制止していた私を建物の上に立たせる。

 女は私の頬を生身の手で撫でる。

 

「何が起きたのかぁ……理解できませんわよねぇ?」

「……」

「発言は許可していないのでぇ。教えてあげましょう……これは私の能力。条件はありますがぁ、揃った瞬間にぃ、対象の存在の全てを掌握する能力なんですよぉ? 凄いですよねぇ。きひひひ」

 

 女は笑いながら、ゆっくりと指を動かして――私の片目を抉る。

 

 ぶちゅりと潰れて、無遠慮にかき混ぜられる。

 激痛が走るが、叫ぶ事は出来ない。

 奴は笑みを浮かべながら、ゆっくりと指を引き抜いて……舌で舐める。

 

「うぅん。味は……それなり、でしょうかねぇ……色々と混じっていてぇ、変な感じですがぁ……まぁいいでしょう」

 

 女はそれだけ呟き、固まっているゾーヤに視線を向けた。

 彼女は刀を抜く事無く静止していた。

 その前には涎をだらだらと垂らすデブがいて……まずい。

 

 

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい――どうにもできない。

 

 

 私は心の中で叫ぶ。

 やめろ、動くな、何もするな、そう叫び続けた。

 が、声は出ない。

 指一つ動かせない。

 ただ、視界の端で止まっているアイツを見る事しか出来ない。

 

 ドレスのを着た女悪魔はゆっくりと生身の手を動かして――引っ張るように動かした。

 

 瞬間、ゾーヤの体が僅かに動く。

 胸の方が少しずつ盛り上がり。

 ゾーヤの口元から血が流れて――よせ、やめろッ!!!

 

 私は彼女の変化を見続けて――“飛び出す”。

 

 ずぼりとゾーヤと体を突き破り。

 どくどくと鼓動する心臓が出て来た。

 空いた穴からは血がどぼどぼと流れて。

 ゾーヤは表情を変えていないが、確実にその目の光が小さくなっていた。

 

 女は、ゆっくりと手繰り寄せるように手を動かす。

 すると、ゾーヤの心臓は女の手まで近づき……女がそっと掴む。

 

「温かい。とても美味しい匂いがしますねぇ……きひひひ」

「……」

「……そんな目で見ないで下さいましぃ。食べないですよぉ。これは魔王様への貢物……さぁ、運びなさい」

 

 女が心臓を掲げれば、何かを突き破る音がして――巨大な鳥が姿を現す。

 

 黒い羽であり、翼の他にも胴体部から大きな人型の骨の手が六つ生えている。

 黒色の羽をした鳥は無数の目玉が生えた頭を動かし――ゾーヤの心臓を見つめた。

 

 女悪魔が差し出した心臓。

 鳥は胴体部の手を動かして、それをそっと包み込んだ。

 そうして、女悪魔から離れてそのまま飛び立つ。

 

 離れていった鳥型の魔物。

 それがあっという間に見えなくなり……女悪魔がこちらを見る。

 

「貴方の心臓もぉ、捧げても良かったのですがぁ……言われてないですからねぇ。それにぃ? あの子も、もう我慢できそうにありまでのでぇ……ねぇ?」

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁッ!!!!」

「「……」」

 

 起きろ、起きろ、さっさと起きろ――脳筋女ッ!!!

 

 私は叫ぶ。

 声には出ずとも、心で叫んだ。

 意味のない事だ。こんな事をしても状況は変わらない。

 それでも、今の私は心で叫ぶ以外の行動が出来ない。

 

 抗えない呪縛。

 今まで相対したどの悪魔たちよりも強大な存在たち。

 いつの間にか、黒衣の悪魔たちも周囲に集まり――“数が戻っていた”。

 

 アイツらは手を動かして何かを確認している。

 まるで、さきほどまでとは何かが違うといわんばかりで……いや、無駄だ。

 

 今更、考察してもどうにもならない。

 私は確実に死ぬ。

 が、私はストックがあるからこそ死んでも復活できる。

 だからこそ、そこまで重くは考えていない……問題はアイツだ。

 

 今にも死にそうなゾーヤ。

 心臓を抜き取られたからこそ、もう先は長くない。

 もしも、この場にダーリンはいてくれれば……そうだよ。

 

 ダーリンがいれば、ダーリンが来てくれれば……淡い希望。

 

 そんな事はあり得ない。

 ダーリンは行方不明で、あのクソ支部長でさえも分からないと言った。

 つまり、ライツには絶対にいないと言う事だ。

 

 どんなに完璧で、どんなにかっこいいダーリンでも……此処には来れない。

 

 きっと、世界は大変な事になっている。

 私たち以上に困難な場面に出くわしている奴らもいるかもしれない。

 そんな人間たちを助ける為に、ダーリンは今、頑張っている気がする……そうだよね。

 

「……んー? 何を考えているんですかぁ? 愛する人ぉ? あぁ、辞世の句というあれですかぁ? きひひひ」

「おい、何時まで待たせる気だ? 既に目的は果たした。さっさと始末して」

「――早く!!! 早くッ!!! はやぐぅぅ!!!」

「……はぁ、風情がありませんわよねぇ。本当にぃ……まぁ、いいでしょう。それでは」

 

 女悪魔はセンスを掲げる。

 私は動かない視界の中でそれを認識する……あぁ。

 

 完璧なダーリン。

 素敵でかっこいいダーリン。

 私の王子様でヒーローで……だからこそ、私は貴方に想いを伝えたい。

 

 

 

「――さぁ、お食べ?」

「あああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 女悪魔がセンスを振り下ろす。

 瞬間、ゾーヤの体をデブがわしづかみ。

 ゾーヤの瞳から光が消えかけていた。

 

 想いを伝える。

 愛する人への愛の言葉ではない。

 何時も何時も、貴方に対して与えていたものではない。

 ただこの場限りの想いであり、妻として失格かもしれない。

 

 

 

 でも、それでも、私は伝える――――

 

 

 

 

『助けて――ダーリン』

 

 

 

 

 私の心の声。

 

 何も出来ない弱い自分の言葉。

 

 それが心の内で反響し、静かに消えて行く。

 

 

 目から零れた雫が地に落ちて――血が飛び散る。

 

 噴水のように血が溢れて。

 周囲一帯を穢していく。

 それはデブが作り出した血であり。

 

 

 ゾーヤの体は――“消えていた”。

 

 

「あぁぁ?」

「……!」

 

 

 デブの両腕は――“切断されていた”。

 

 

 何が起きたのか。

 どうなったのか、それを確認しようとし――ふわりと体が浮く。

 

 私の時間が戻り――目を大きく見開く。

 

 

「――ダー、リン……がはぁ」

「……」

 

 

 私を静かに地面に下ろす男。

 見間違う筈がない、偽物とはまるで違う。

 冷たさを感じる目には確かな優しさがあり。

 私の体に添えられて手には確かな熱があって――あぁ。

 

 ダーリンの力を感じる。

 彼が私とゾーヤの傷を癒してくれていた。

 一瞬にして傷が治り――衝撃音が響く。

 

「――一筋縄ではいきませんよねぇ。天使も神をも超えた存在ですからぁ!」

「……」

 

 ダーリンがゆっくりと立ち上がる。

 そうして、敵へと振り返る。

 その手にはいつの間にか淡い光を放つ剣が握られていた。

 

「……ダーリン?」

「……」

 

 

 ダーリンの姿を見て――“違和を感じた”。

 

 

 何時ものダーリンで、私の心は彼を本物だと告げている。

 私の目にもハッキリとダーリンとして映っていた。

 でも、そんなダーリンに対して――違いを感じた。

 

 “魔力量は変わっていない”。

 唯一違うのは今まで見た事も無い剣で。

 その装いは“何時もの戦闘服”で――

 

「――大丈夫だ」

「……!」

 

 

 彼は今――喋った。

 

 

 ダーリンはそれだけ言って静かに歩き出す。

 どういう事なのか、何が起きているのか……いえ、一つだけ分かる。

 

 

 彼が此処へと現れた。

 それはつまり――“もう心配はいらないという事だ”。

 

 

 人類の希望、誰よりも強く誰よりも輝いている存在――“ヒーローが来たんだ”。

 

 

「……なら、私は、少し、眠るね……頑張って、ダーリン」

 

 悪魔たちが消える。

 ダーリンの姿も消えて――激しい攻防が目の前で繰り広げられる。

 

 何も見えない、何も分からない。

 でも、それでも――心に一部の不安も無い。

 

 何処までも安心しきっていて。

 何処までも安らいでいる。

 

 私は静かに目を、閉じて、行き――――…………

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