【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

119 / 134
119:もう迷いはない

 非常出口の明かりに、足元の小さなライト。

 病室内は静まり返り、誰も歩いてはいなかった。

 

 不思議だ。

 普通であれば、病身内のスタッフにすれ違う気がする。

 が、人の気配は病室以外にはまるでしない。

 

 ……嫌な予感はしない……寧ろ、配慮を感じる気がした。

 

 恐らくは、鬼畜眼鏡……いや、バルテン支部長か。

 それとも、“裏切っていない方”の上層部が手を回してくれたのか。

 

 今頃は、支部長の事だから。

 既に上層部の裏切った人間たちへの処分に動いているだろう。

 十手の派手な行動により、証拠となるものは集まった筈だ。

 奴らは形振り構う事無く動いていたように見えたが。

 実際は祓魔師の中でも、一部の派閥に属する奴らだけは被害は受けていなかった。

 “星の記録”を閲覧すれば、それらの情報はすぐに手に入る。

 調べる手間はかからず、知りたい情報だけを手に入れられる。

 こんな便利な力が最初からあればとも思うが……あったらあったで流れが変わっていただろうな。

 

 記憶を失い、力も失ったからこそ。

 遠回りにはなったが、魔王に最初から俺の存在がバレる事はなく。

 デウス・エクス・マキナの準備や封印そのものをどうするかを考える時間が出来た。

 もしも、最初から結論を出していたであろう俺が関わっていれば。

 恐らく、力の欠片を取り込む事も、魔王を認める事も出来なかっただろう。

 

 遠回り道だ。しかし、必要な歩みではあった。

 

 人間にとっては長い時間だったが。

 それでも、此処で過ごした時間は俺にとっては掛け替えのないものになった。

 人類全てを守る。

 俺の使命ではあるが、今回ばかりはそれも保証は出来ない。

 魔王との決戦であり、俺自身の存在も危ぶまれるからだ。

 

 が、少しでも人類が生き残ってくれるように俺も全力を尽くす。

 裏切者の処分に必要な情報は、既に支部長を通じて送ってある。

 違う行動を取りながらも、同時に複数の作業を行える今の俺は……社畜みてぇだな、おい。

 

「……元からって事か……笑えねぇな」

 

 舌を鳴らして、頭を掻く。

 ため息を零しながらも歩いていった。

 

 裏切者を排除すれば、人類は間違っても悪魔に従う道を選ぶ事はないだろう。

 人類の分裂は避けられて、決戦に向けた準備も進む。

 時間はほとんど無いが、対魔局や軍部も馬鹿じゃない。

 今までの積み重ねから、必要なものは十分にある。

 問題があるとすれば、兵隊の数が少なすぎる事だが……。

 

「……」

 

 足を止めて窓の外を見る。

 すると、街中が騒がしい。

 ヘリが飛び交い、病院の下では多くの兵士や祓魔師たちが動いていた。

 要警戒態勢であり、決戦の事も支部長を通して知らせているからこそ……誰しもに緊張が走っている。

 

 彼らにとっては人類の存亡を懸けた戦いで。

 俺たちにとっては全世界の存亡を懸けた戦いとなる。

 スケールは違うかもしれないが、必死になる理由は同じだ。

 

「……まさか……かもしれねぇな」

 

 病室内が静かな理由。

 外には多くの兵隊が歩いているのに、だ……やっぱり、だな。

 

 何時も何時も、厄介事を持って来るあの支部長様が。

 今回ばかりは空気を呼んでくれたようだった。

 俺はふっと笑いながらも再び足を動かす。

 

 俺は髪に触れて金髪に変えて、ださい眼鏡を身に着ける。

 そうして、祓魔師としての戦闘服からよれよれのスーツ姿に着替えた。

 

 

 “ランベルト・ヘルダー”ではない。

 “フーゴ・ベッカー”としてのお別れだ。

 

 

 誰もいないのは俺としては好都合だ。

 そのまま廊下を通り……彼女がいる部屋の前に立つ。

 

「……」

 

 連絡は来ていなかった。

 それはつまり、彼女がまだ目を覚ましていない事を意味している。

 

 何故、まだ目覚めないのか。

 何故、まだ彼女は動かないのか。

 何故、何故、何故……分かっていた。

 

 天使の力を使い続けて。

 自らの父親を救うために力を強制的に覚醒させて。

 それでも勝てずに死の縁を彷徨い……限界なのだ。

 

 人の身で神は勿論の事、天使の血ですらも耐える事は出来ない。

 あのアルメリアですらも……奇跡だろう。

 

 カミとして、多くの命を見て来たが。

 これほどに天使の血に馴染んだ人間は見た事が無かった。

 それはきっと、親の愛とその血を分けた天使の愛もあったのかもしれない。

 

 最期の瞬間まで、人によって作られた天使はそれを語らなかった。

 自らの使命のみを考えていた。

 何も分かってやる事は出来なかったが。

 それでも、カブラギに行き俺という存在を知るきっかけとなった。

 

 俺はそんな事を考えながら扉を開ける。

 すると、病室のベッドには穏やかな寝息を立てる――ハリ・カブラギが眠っていた。

 

 俺は足音を立てる事無く近づく。

 そうして、彼女の顔を見ながらそっと手を向ける。

 

「……ありがとう」

 

 俺は名も無き天使への感謝を伝えて――淡い光を手から放つ。

 

 それはハリの体を包み込み。

 彼女の中にある天使の血を変質させていく。

 天使としてじゃない、人間として生きて欲しい。

 それがタクミと、あの天使の願いだと俺は感じた。

 だからこそ、その願いを果たす為に――俺は此処に来た。

 

 彼女は眠っている。

 苦しみは無く、ただ安らぎだけしか存在しない。

 痛みなどは不要であり、眠ったままでいてくれればいい。

 

 時間にすれば数秒ほどか。

 光は段々と収まっていき……完全に消える。

 

「……新しい人生は……てめぇで見つけろよ。ハリ」

「……」

 

 彼女は何も言わない。

 俺はこれで用は一つ済んだと考えて――指を鳴らす。

 

 俺と数十名の時間のみが――隔絶される。

 

 病室の中にはぽつぽつと光が現れ始めて。

 それらが見知った人間の形を成していく。

 あっという間に――クラス全員分になった。

 

「……あ、れ? 此処は……え、せ、先生!?」

「え、先生……あぁ!? 先生じゃん!? え、何で!? てか此処何処!?」

「お菓子が無い……先生、お菓子を」

「いや、それどころじゃねぇだろ!? 俺たちさっきまで秘密の特訓を……い、いや別に何でもねぇからな!?」

「う、うひ。な、仲間がこんなに……ぁ、す、すみません」

「ヤンよぉ。レンの奴がベッドで寝てる人をガン見してっけどぉ?」

「……あれ? やっぱりカブラギじゃん……え、な、何かあったのか!?」

 

 ガキ共はわぁわぁと騒いでやがった。

 人の気も知らず呑気なものであり……たく。

 

「……お前たち、怪我は無かったのか? あの騒動の時に、お前たちも」

「あぁ! そうだよぉ!! 急にテレビつけたら綺麗な女の人がいてさぁ! それで…………あれ? それで…………何だっけ!?」

「……何だか、凄く恐ろしい目に遭った気がするんですが……ぼ、僕もよく覚えてないですね」

「不思議……きっと幻だったのかも」

「いやいや! 街の一部だってぶっ壊されてたじゃねぇかよ!? 修道院だって臨時休校になってたし……てか、先生、何か声が……え、喋れたのか?」

「「「……あ!」」」

 

 全員がようやく俺が肉声で喋っている事に気づく……おせぇよ。

 

 あの騒動で十手の一体が出てきたが。

 アイツの役割は恐らくはケーニヒの誘導と情報収集だったのだろう。

 人間たちの虐殺では無かったからこそ。

 祓魔師でもなかった見習いのこいつらは戦闘員としては使われなかった。

 

 不幸中の幸い……だが、犠牲はデカかった。

 

 今頃は、“裏切者”が混じった上層部の奴らが頭を突き合わせて考えている頃だろう。

 悪魔に服従するべきか。それとも、最期まで人類として戦うか。

 俺が出向いて裏切者を始末する事も出来る。

 が、それをしても対魔局が真面に機能するように回復する事は出来ない。

 既にケーニヒにも犠牲が出ていて……だからこそ、俺が行くしかない。

 

 生徒たちは目を輝かせて話しかけて来る。

 レンやエゴンたちはハリが眠っている事から何かを考えている様子だった。

 

 俺は生徒一人一人の顔を見て――言葉を発した。

 

 

 

「悪い。俺――教師、辞めるわ」

「「「……ぇ?」」」

 

 

 

 全員が息を飲む。

 俺は笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「カブラギはな、俺のせいで怪我を負っちまってな……まぁ怪我は完治して、明日にも目覚めるとは思うけど……俺、お前たちの教師として続けて行く自信ねぇわ。ははは」

「ははは、って……何だよ、それ……ふざけんなよ!? お前、何言って!?」

「そうだよ!! せ、先生私に言ったじゃん!! 貴方たちを優秀な祓魔師にするのが私の務めって、それまでは私の許可なく消える事は許しません。これは絶対ですって……私、覚えてるよ? ずっとずっと……私だって先生が勝手に辞めるなんて許さないんだから!!」

「「「先生!!」」」

「……私利私欲の為にお前たちをこき使ってたんだぜ? 言ってなかったが、お前たちの評価が悪ければ俺は職を奪われてたんだぜ? はは、我ながら必死だったなぁ。たく、慣れねぇ事はするもんじゃねぇな」

 

 俺は笑いながら煙草を出して口に咥える。

 火はつけずにただ咥えるだけだ。

 全員が信じられないと言った目を俺に向ける。

 が、たった一人――エゴンだけが俺を真っすぐに見つめる。

 

「……先生……別の理由があるんですよね?」

「……あぁ?」

「話してください――お願いします」

 

 ヤンやアデリナが怒っていた。

 他の生徒たちもであり。

 が、エゴンだけが違う様子で……言えってか?

 

 俺は考える。

 考えて、考えて――決めた。

 

 俺は盛大にため息を吐く。

 そうして、髪を乱暴に掻いた。

 

「……あぁそうだな。別の理由がある……俺はこれから――最後の戦いに行かなきゃならねぇ」

「最後の、戦い……? それは、何?」

「……も、もしかして……悪魔たちの、ボス、とか……ご、ごめんなさい!」

「いや、街中が慌ただしくてニュースでも悪魔災害の発生が強いとかどうとか……強ち否定が……マジ?」

 

 生徒たちがゆっくりと俺に視線を向けて来る。

 本来であれば、フーゴ・ベッカーとしての俺のまま去る方がいい。

 その方がこいつらにとっても心に負担が無いからだ。

 だが、此処で話さないのは俺としても祓魔師としても――話にならねぇ。

 

 これはケジメだ。

 こいつらを一人前にすると約束しちまった俺が。

 こいつらへの謝罪と約束を反故にした事への代償だ。

 ガキ共には知る権利が……いや、それに、こいつらはもう十分大人だ。

 

 

 俺はゆっくりと眼鏡を掴む。

 そうして、外してから髪の色を戻し。

 何時もの戦闘服に着替えて――大きく目を見開く奴らを見つめた。

 

 

「……ま、さか……え、ランベルト……ヘルダー、様?」

「ほ、本物、かよ……う、嘘、だろ?」

「……やっぱり……つまり、先生の最後の戦いは……人類存亡の……」

 

 エゴン以外は驚いていた。

 俺はくすりと笑いながら「そうだな」とエゴンの言葉を肯定する。

 

「想像できないような奴らとの戦いだ。死ぬかもしれねぇし、世界そのものが滅んじまうかもしれねぇ……けど、俺は勝つ。勝って、世界ってやつを救って……俺は元の場所に帰る」

「元の場所って……先生は! 私たちの先生で……修道院が、私たちが……うぅ」

「アデリナ、違う……先生は祓魔師。つまり、帰る場所は……」

「あぁ、違うな。うん、違うって言っておくぜ?」

「「「……?」」」

 

 全員が悲し気な表情をしながら首を傾げる。

 俺はもうここまで言えばいいかと考えて――にかりと笑う。

 

 

 

「俺、実はな――カミってやつなんだよ」

「「「……は?」」」

 

 

 

 全員の目が点になる……無理もねぇよな。

 

「あぁ、そういう反応だよなぁ……ま、無理もねぇか。忘れてくれ!」

「い、いやいやいや……え、神? 神様って事かよ? え、じょ、冗談……って思えねぇくらいには強かったよな。ヘルダー様って」

「……あぁ、先生。天使を超えた神……す、素敵過ぎますぅ!!」

「か、神様って……え、え、え……え? い、いや、ちょっと……す、スケールが……は、はは」

 

 驚いている奴ら。

 が、何故か、一人であろうとも否定する奴はいない……慣れて来てやがるなぁ。

 

 俺は生徒たちの成長を感じながらも。

 長居は出来ないからと用件を伝えようとした。

 姿勢を正して生徒たちを見て――深々と頭を下げる。

 

「お前たち、そういう訳でな……本当に申し訳ない。許して貰おうとは思わねぇ。だが、俺は戦いが終われば、この世界には留まれねぇんだ……もう会えねぇと思う。だから」

「――行ってください!」

「……?」

 

 顔を上げる

 すると、エゴンが――全員が笑っている。

 

 

「先生は! ランベルト・ヘルダーは! 世界の希望なんです! だからこそ、行って――世界を救ってください!!」

 

 

 ――エゴンが拳を握りしっかりと頷く。

 

 

「そんな理由なら引き留められる訳ねぇだろ……たく、アンタって人は本当に……絶対に勝ってくれよ!!」

 

 

 ――ヤンは親指を立てて笑う。

 

 

「先生の事、私は信じてるからね!! 絶対に、絶対に――勝つってね!!」

 

 

 ――アデリナがにかりと笑った。

 

 

「先生は最強。最強は一人。故に、先生は負けない……もしも、世界を救ってくれたら……毎日お供え物する」

 

 

 ――エルナが妙な事を言うが……信じてくれている。

 

 

「先生!! 負けんじゃねぇぞ!! 悪魔のボスなんかワンパンだ!!」

「そうそう!! 先生ならやれるぜ!! 何せ、俺たちの先生だからな!!」

 

 

 ――レンとショーンが力こぶを見せながら俺を鼓舞する。

 

 

「く、くふふ……が、頑張って、ください……後、サイン……な、何でもないです」

「……ほらよ」

「ほぉぉぉ! ……これって持って帰れるの?」

 

 

 ――俺のサインを書いた紙切れを持って喜ぶコルネリア。

 

 

「先生!! 頑張って!!」

「先生!! 負けるなぁ!!」

「ファイトだよ!! ガッツガッツ!!」

「「「先生!! 先生!!」」

 

 

 生徒たちは次々に叫ぶ。

 俺を真っすぐに見つめて、温かな言葉を吐き……俺は自然な笑みを浮かべていた。

 

「……たくよぉ……お前らって奴は……本当に――最高、だな」

「……あれ? もしかして……泣いてる?」

「……泣く訳ねぇだろ。殺すぞ?」

「えぇ嘘だぁねぇ?」

「え、ぼ、僕に聞かれても……よ、良ければ僕の服で」

「殺すぞ!」

「ははは、口わりぃな! アンタってやっぱそういう感じだったのかよ!」

「ははは、だな! 敬語の時はちょっと怖かったけど……今の先生、俺は好きだぜ!」

「「「ははは!!」」」

 

 生徒たちの笑い声。

 それを聞きながら俺は舌を鳴らし……煙草を口から消す。

 

 

「――せん、せい?」

「「「……!」」」

 

 

 全員がベッドに視線を向ける。

 慌てて全員がベッドへと駆け寄って意識が戻った針に声を掛けていた。

 ハリは戸惑いの声を上げながらも、背中を向ける俺を見ていた。

 すると、今度は生徒たちが戸惑うような声を上げていた……時間だ。

 

 全員の声が小さくなっていく。

 光の粒子が舞っていて……静かになった。

 

 時間は再び戻り。

 病室には俺とハリだけがいた。

 

「……先生が、僕の……天使の血を……ありがとう」

「……これからは、人間として……いや、ハリ・カブラギとして……幸せに生きろ。じゃあな」

 

 俺はそれだけ伝えて去ろうとする。

 が、ハリがベッドから這い出して俺に駆け寄る。

 俺の背中に触れながら、彼女は静かに言う。

 

「……行くんだよね。戦いに……分かるんだ」

「……あぁ」

「……先生はきっとこの世界の存在じゃない……天使でも、神様でもない……戦いが終わったら、行ってしまうんだろう……だから、どうしても言いたいんだ」

 

 背中の一部が湿り気を帯びる。

 俺の服を彼女はギュッと掴んで。

 俺はそんな彼女に視線を向ける事無く黙っていた。

 すると、彼女は顔を俺の背中に押し当てながらかすれた声で言う。

 

「今まで本当にありがとう……先生に出会えて、僕は、僕たちは――幸せだったよ」

「……そうか」

「だから、だから……もし、帰るって言うんだったら、その時は、僕も一緒に!」

 

 俺はハリの方に体を向ける。

 そうして、彼女の頭に手を置いてから優しく撫でる。

 

 

「――ありがとな」

 

 

 彼女は涙にぬれた目で俺を見上げる。

 そんな彼女の頭に触れた手に淡い光が発せられた。

 瞬間、彼女の意識は消えていく。

 俺は脱力した彼女の体を抱えた。

 

 ゆっくりとベッドへと下ろしてから布団をかけた。

 

「せん、せい……ま、って……ま、だ、ぼく、は……」

「今度、聞いてやるよ……約束だ」

 

 嘘だ――今度は無い。

 

 それでも、俺は偽りの約束だけをする。

 彼女は目から涙を零しながら、小さく笑った。

 

「……う、そ……つ……き……」

「……あぁ、大人は……嘘つきさ」

 

 彼女は静かに目を閉じる。

 そうして、穏やかな寝息を立てた。

 

 用件は終わり。

 俺はそのまま病室から出ようとする……いるな。

 

 病室の外から気配を感じる。

 俺は誰かと思って……あぁ、なるほど。

 

 俺は考える事もせずに扉へと近づく。

 そうして、扉を開ければ――クルト君が立っていた。

 

「……修道院を任せていた筈だけど……何で此処に?」

「……命令があって……というのは少し嘘になりますね……天使長様。彼女からの伝言を預かっています……用意が間もなくと整うと。それとバルテン支部長が“今までありがとう。君のお陰で、ようやく対魔局は本来の仕事を果たせる”っと……これだけの事で、私を派遣するのはおかしいと思いましたが……支部長が気を遣ってくれたのでしょう」

 

 クルト君は微笑む。

 何時もと変わらない笑みであり、その瞳は俺を真っすぐに見つめていた。

 しかし、違いがあるとすれば僅かに悲しみが感じられて……そうか。

 

「……怖いか」

「……分かりますか……流石ですね……はい、怖いです。これから始まる大きな戦い……きっと私程度の力では、貴方やケーニヒの方々にも遠く及ばない……そんな戦いで、運が悪ければ……私は死ぬ事になるでしょう」

「……死ぬのが、怖いのか」

「……怖いですよ。私は人間です……痛みも死も、怖いです……貴方のように完璧な祓魔師には」

「――俺もだよ」

 

 俺はクルト君の頭に手を置く。

 そうして、そっと撫でてやった。

 彼女は何も言わずにされるがままだった。

 

「……俺も、怖いんだ。人間の死とは違うが、俺にも死はある……自分という存在が消えて無くなっちまうのは怖い……でも、ある奴が教えてくれたんだ」

 

 俺は目を閉じる。

 そうして、俺の心にいる――バトラーに声を掛けた。

 

『想いは永遠……魂が、存在が消えても……想いだけは世界を巡っていく……それを今を生きる人や生き物たちは受け取って、繋いでいく……だよな?』

『ふふ、自分の言葉を改めて伝えられるのは少々むず痒いですが……その通りです』

 

 魔王の力の欠片をこの身に宿し。

 あの場所から去る時にバトラーは俺にそう言った。

 死は恐れるものだが、それで全てが消える訳じゃない。

 生きた証も、その命そのものも、巡り巡っていき新たな命となる。

 俺がそうクルト君に伝えれば、彼女はくすりと笑う……あぁ?

 

「あ、すみません……ただ、初めて貴方とお会いした時と……印象が変わっていたので、遂」

「……あの時はまぁ……すまなかったな」

「いえ、良いんです。私の自業自得なので……ありがとうございます。マスター……ご武運を」

「あぁお前もな……ガキ共を頼む。お前になら任せられる……よろしくな」

「はい!」

 

 クルト君はしっかりと頷く。

 そうして、彼女の頭から手をのけた。

 そのまま去ろうとし……俺は異空間からあるものを渡す。

 

「ほらよ」

「……! これは!?」

「……お守りだ。使えるかは別として持っていてくれ」

 

 俺は彼女に俺の愛銃を託す。

 彼女はそれを両手で握り閉めてそっと胸に抱く。

 俺は視線を逸らして頭を掻いて……あぁ。

 

「……こういうのは苦手でな……“男になら”適当に出来るんだけどよ……ま、勘弁してくれや」

「ふふ、十分です。これだけで、私は…………男になら、って……!!」

 

 クルト君が息を飲むのが伝わる……まぁうん。

 

 力が覚醒して、彼女の事も見ただけで全てが分かるくらいにはなっている。

 その結果、巧妙に隠していても分かってしまった。

 いや、薄々は気づいていたが……まぁいいよな?

 

 彼女をチラリと見れば、顔を真っ赤にしていた。

 何かを言おうと口を開けて――にこりと微笑む。

 

「マスター! 私は貴方の事を、心から――尊敬しています!」

「……俺もだよ。クルト、お前は今まで出会った後輩の中で……お前が一番、俺は……好きだったよ」

「……!」

「……じゃあな……行ってくる」

 

 俺はそれだけ伝えて今度こそ歩き出す。

 クルト君はそれ以上は何も――

 

 

「――いってらっしゃい!」

 

 

 彼女の元気な声。

 それを聞き、俺は手を上へと掲げた。

 これでもう、何も思い残すことはない。

 これで先へと進める。

 これでもう俺の心に――迷いはない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。