「……あ?」
私は――“何をしていた”?
ゆっくりと周囲を見る。
いや、手を見れば食い掛けの人間の腕があり……あぁ、そうだ。
視線を前に向ければ――いた。
その体は血に染まり。
虚ろな目で私を見つめていた。
人類最強。いや、神々を統べる存在――カミだ。
私は笑う。
手にもった腕にかじりつき。
そのまま肉を飲み込めば、更なる進化が――違和感。
肉体は進化している。
が、想像の範疇であり……いや、少ない?
不思議だ。
カミという存在の血肉だ。
想像を絶する美味さであり、幾らでも食べられる筈なのに。
何故か、私の腹は――満たされていた。
訳が分からない。
どういう事か、そう考えていればヘルダーが動き出す。
ゆっくりと足を動かしたかと思えば、すぐ目の前に現れて――私の体を斬る。
血潮が噴き出し、私は笑みを浮かべる。
意味のない事だ。
どれだけ私を攻撃しようとも、どれだけ強力な術を行使しようとも――無意味。
私の中でガチャリと歯車が回るような音が響く。
瞬間、私の受けたダメージは無効化されて。
私の体は奴の背後に立っていた。
奴の体は完全に静止しており。
愚かな部下共も何も出来ずに立ち尽くしていた。
私はくつくつと笑う。
そうして、手の爪を鋭利なものとし――奴の心臓を貫く。
どくどくと血が流れた。
腕を引き抜いて、滴り落ちる血を舐めとる……あぁ、良い。
我が力。
我が最高の能力――“
疑似的な世界を産み出し、その世界の支配者となる。
能力発動時の違和はほぼ無く。
感知不可能であり対処も不可能だ。
我が領域内に存在する全ては私の所有物であり。
我が願いのままに、全ての事象も意のままだ。
死からの蘇りも、ダメージの無効化も。
あらゆる事が叶う世界であり――あぁ、最高だ!
私はヘルダーから離れる。
そうして、奴の体から血が噴き出している様を見つめながら――時を動かす。
瞬間、奴の体は血だまりの中に沈み。
ぴくぴくと痙攣する様を私は眺めた。
愉快であり、最高であり――“胸から何かが生える”。
「あぁ?」
視線を下へと向ける。
すると、そこには血に濡れた剣があり――私は命令した。
「――消えろッ!!!」
瞬間、私の背後にいた存在は掻き消えて。
剣も消滅した。
私は呼吸を僅かに乱しながらも傷を再生させて。
周囲を警戒しながら見て――腹に強い衝撃を感じた。
「ごはぁ!?」
「……」
めりめりと拳がめり込む。
そうして、力のままに吹き飛ばされた。
奴の展開した結界に当たり大きく亀裂が走る。
私はすぐに拳を突き出す奴を視認し――命令する。
「完全に――消え去れッ!!!」
瞬間、奴の体は消滅した。
塵も残す事無く完全に消えた。
奴の反応はない。
奴そのものがこの世から消えてなくなった。
私は床に足をつく。
そうして、汗を流しながらも笑って――全身が床に叩きつけられた。
「ぐあぁ!? な、何が――そんな、馬鹿、なァ!?」
「……」
視線を上げれば――奴がいた。
氷のように冷たい目。
私を見下ろしながら、何も考えていない。
私の体は奴の力によって押さえつけられていた。
私は自らの体に命令する。
己が身体を最上級まで強化し。
無理矢理に体を起き上がらせて――
【――――
「ぐあぁぁ!!?」
私の体は更に床にめり込む……あり得ない!
私の体は奴の血肉によって進化し。
能力自体も、魔王様の力によって進化していた。
カミであろうとも、奴はまだ不完全で。
今の私であれば勝てる筈だ……なのに、何故!?
奴は私の頭上で足を上げて――振り下ろす。
「ぎぐぅぅ!!?」
「……」
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――何故だァァ!!
この痛みは紛れも無い本物。
脱出不可能な力の正体は奴本来の力。
完全に力を取り戻せる筈がない。
そうであるのなら、私を殺してすぐに魔王様の元に行っている筈だ。
こんな玩具に頼らなくてもいい筈で……何故、だッ!!
私は激しい痛みに襲われながら疑問で心を満たす。
すると、奴が私の頭から足をのけた。
そうして、徐に私の髪を掴んで持ち上げた。
私は血反吐を吐きながらも体を再生させる。
「死ねッ!!!」
奴の心臓へと己が腕を突き刺そうとし――捻じ曲がる。
不可視の力。
それを認識した瞬間に腕に激痛が走る。
私の腕はぐちゃぐちゃになり、捻じ曲げられていた。
奴はそんな私を見つめて――不気味な笑みを浮かべる。
「どんな、気持ちだ?」
「は、あ、は、ぁ?」
「どんな気持ちかって――聞いてんだよ」
奴は底冷えするような低い声で疑問を吐き――私の腹を殴りつけた。
「おごぉ!?」
凄まじい力だ。
腹に風穴があくほどの力で。
私は激しく血反吐を吐きながら奴を睨む。
奴は笑っている。
が、その目は喜びではなく――怒りに満ちていた。
「お前は理解できねぇだろうな。お前がしていた愚かな行為も。そして、俺に対してしでかした――罪も」
「罪、だと? く、くくく……お前が、この私を裁くなどッ!! 万死に値するッ!!!」
私は力を――覚醒させた。
残りの使用回数など関係ない。
この一度のみで勝負を決する。
故にこそ、全力だ。
世界の強度を上げて、奴の力も寄せ付けないほどの力を手に入れる。
私は雄叫びを上げながら、奴の拘束を解き。
そのまま体を再生させて、奴に対して暴力の限りを尽くす。
奴の体を殴り吹き飛ばす。
奴の体は結界を砕いて、建物の外へと出る。
何重にも展開されていた頑丈な壁を貫いてだ。
そうして、宇宙へと出れば奴の体は更に進んでいく。
私は一息で奴へと追いつき、そのまま奴の背中目掛けて膝蹴りをした。
バキバキと骨が砕ける音が響き、奴の体は闇の宙へと上がる。
私は笑みを深めながら、奴を追い掛けた。
そこからは一方的な殺戮だ。
殴り、蹴り、吹き飛ばし。
魔力の塊を叩きつけてずたずたにし。
奴の足を掴んで力のままに回転させて吹き飛ばし。
それでも尚、原型を留めている奴に対して連続攻撃を行った。
殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――殺すッ!!!!
私の中のケガレと魔力が勢いよく噴き出す。
暴力そのものと化し、奴の体を打ち続けた。
永遠に思えるような時間の中で、私は奴を攻撃し続ける。
――“奴はボロボロの顔で涙を流していた”。
――“必死になって助けを求めている”。
「――――っ!!?」
「は、ははははははは!!!」
哀れな人間と何らか変わらず。
恐れる要素など何一つない。
醜く弱く、哀れで空しく。
何処までも愚かな人間であり――にん、げん?
私の中に疑問が生まれて――――“次の瞬間には、私は地に伏せていた”。
「…………ぁ?」
「……楽しかったか。えぇ?」
声が、聞こえた。
ゆっくりと見上げれば――薄い笑みを浮かべるヘルダーがいる。
私は自らの体に視線を向ける。
すると、私の手足は半ばから切断されていた。
だらだらと血が流れており……再生しない?
命令した。
が、世界は私を拒絶する。
支配者たるこの私を否定し――目の前のカミを肯定した。
「塗り替えられた……そうか。お前は、私の、能力を」
「あぁ、理解した。理解して――“上書きしたよ”」
今までの戦闘。
アレは幻のようなものだ。
私の願望が見せた幻影であり。
本当の私は既に、こいつによって自由を奪われていた。
その幻影を見せたのはこいつであり。
抗えない力を見せて付けたのもこいつだ……あぁ、そうか。
魔王様の真の狙い。
それは私の力によってこいつを殺す事ではない。
こいつを私が殺せるなど微塵も思っていなかった。
故にこそ、私に対して与えた命令は――理解できた。
「ヘルダー。私はどうやら、お前に、勝てないらしい」
「そうだな。お前は負けて――死ぬだけだ」
「あぁ、そうだ。だが、魔王様の望みだけは――果たさせて貰うぞ?」
私はにやりと笑う。
瞬間、奴は力を行使しようとした。
そうはさせまいと先手を打とうとし。
不可視の力が私の肉体と魂を締め付ける。
全身に激しい痛みが走り、血管が裂けて血が噴き出した。
骨は砕けて、筋肉が蠢く中で死が迫りくる。
視界が赤く染まり、呼吸をすれば血で満たされる。
が、私は止まらない。
己が使命を理解した。
魔王様の忠実なる僕として、私に期待してくれた事。
それを果たせずして死ぬ事は許されない。
私は“己が魂を代償に”捧げて――能力を発動させる。
「ガゲラよぉ!! 我が王の元へ――イゲェッ!!!!!!」
「……!」
血反吐を吐きながら、私は命じる。
一瞬だ。ほんの瞬きの間だけであったが。
私は世界の支配者に戻り、世界は私の願いを――聞き届けた。
デウス・エクス・マキナに封じられし魔王様の力の欠片。
それが解き放たれて、地球へと向かう。
奴は動く事が出来ず、ただ上を見上げるだけだった。
私はこれで、役目を果たせたと認識した。
「「……」」
「お前たちは……あぁ、やっぱり……使え、ない、な」
私を見つめる存在たち。
ジョーンズと元ケーニヒの女。
最初から好ましくなく。
共に行動しても疑念は晴れなかった。
が、その視線から遂に理解できた……アレらは、我々の側ではない。
敵であり、不要な存在で。
何を企んでいるかは知らないが。
奴らは魔王様に仇名そうとしている。
ゆっくりと切断された腕を奴らに向けた。
が、魔力弾を放つ事は出来ず。
体が蒸気を発しながら消えて行くのを感じた……あぁ、ダメ、か。
此処までであり、これ以上は何も出来ない。
十手へと至り、魔王様の右腕になれるやもと思ったが。
私はそこまでの存在だったようだ。
思えば、この男との出会いが奇跡で。
私のような存在が十手へと至れたのも……く、くく。
私は血に染まった瞳でヘルダーを見つめる。
奴は何も語らない。
死にゆく私を冷ややかな目で見つめるだけだった。
私はそんな男を見ながら、呪いを吐き出した。
「お前が、全てを、変えてしまった……もう、元には、戻らない……この先の、未来で、お前は必ず、絶望する……お前の選択が、お前の取ったものが、過ちとなり、全てを崩す瞬間が、楽しみだ、よ……ヘルダー、私は、お前を、見て、いる、ぞ……」
「……」
体が崩壊していく。
私は最期まで何も語らない奴を見続けた――――…………
…………――――深く暗い、闇の底――光が消えた瞳で見えぬ光を見つめる。
真っ暗闇の中で浮かぶ私に――――無数の手が迫る。
「ははは、ははは、ははは――ははははははは!!!!」
氷のように冷たい無数の手。
それに奈落へと引きずり込まれていく。
奈落の底には、亡者たちの怨念が満ちていた。
私は笑い声を上げながら、そこにある光を、奴の未来を――――“ノロイツヅケタ”。