【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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125:絶望こそが我が願いだった(side:アンブラマルゥトス)

 狭い部屋の中。

 青黒い光を放つランタンが無数に吊り下げられた湿気の多い空間。

 カスであり、ゴミであり。

 生きている価値などまるでない私は――涙を零す。

 

 私は独り涙を流しながら、己が指を動かす。

 なぞるように指を動かせば、赤い線となり表面に広がり。

 目の前にある小さな四角形の箱が、カタカタと揺れて出て来た口が赤い線――我が血を飲む。

 

 己の指から垂れる血。

 ”十手・五掌”として、魔力しか取り柄の無い私の血を“絶具”は喰らう。

 美味そうであり、もっと欲し気に鳴き……あぁ、可愛い。

 

 感情のままに、私は“呪われた道具”を生み出していく。

 これだけであり、これをしない私など地獄で存在する意義がなくなる。

 魔王様の子として生まれ、何の成果もあげられなかったこのクズが。

 この行為を止める事、それ即ち――死を意味する。

 

「く、うぅ、ぐぅ、ぅ、ぁ!」

 

 私は泣く。

 ぽろぽろと涙を流し。

 その水は色を変えて、穢れた色へと変わる。

 

 私の目覚めてしまった力――“絶望の再現《デスラントゥス・オォベェイル》”

 

 自らの負の感情や絶望の光景。

 それを“実現する為”の道具を生み出す能力。

 絶望的で負の感情が強ければ強いほどに強力な道具を生み出す事が出来る。

 その全ては呪われており、人間にとっては害にしかならず。

 強力なものになれば、悪魔でさえも殺しかねないものもある……あぁ愚かだ。

 

 私は悪魔の中で最も弱い存在だ。

 生まれて成体となっても、力が増す事はなく。

 他の悪魔たちから蔑まれて、泉にて子供と共に飯を啜っていた価値無き存在。

 虐げられるべき存在であり、敬われる事など本来ある筈が無かった。

 そんな私が絶望的な能力に目覚めて、何時しか十手に加えられて。

 勝手に私を信奉する悪魔たちの為に、道具を作り続けていた。

 

 不幸であり、絶望であり……あぁ、終わりが無い。

 

 私は祓魔師と戦えるだけの戦闘力は無い。

 魔王様もきっと私の事は能力だけのゴミであると考えているだろう。

 それは正しい認識であり。

 今もカミとの決戦に向かわれた魔王様や悪魔たちとは違い。

 私は地獄にて永遠と意味も無いガラクタを作り続けていた。

 

 カタカタと箱が私の手の中で揺れる。

 私の傷を癒すように、下が私の指を舐めていた……あぁ。

 

「あ、あぁ、不幸だ……私のような出来損ないが……ぐ、ぁぁ、生きてる価値など、ないのに……ぐぅぁ、のうのうと生きて、こんな、ゴミを、生み出し続けて……私は最低最悪のゴミだ……あぁ、不幸だ」

 

 私は“穢れた涙”を流す。

 そうして、流れ出る涙は箱へと吸い込まれて行く。

 箱の表面には血管のようなものが浮き上がり。

 中ではどくどくと心臓の鼓動がしていた。

 

 この箱は呪われている。

 が、出来る事と言えば対象と使用者を条件が揃うまで永遠に閉じ込めるだけだ。

 以前、作った覚えのある“不浄の庭園”と呼ばれる絶具。

 アレの効果と似ているが、これはそれを更に強化したものだ。

 

 贄として膨大な魔力を必要とするが。

 発動すれば、この箱の中では別の世界が展開されて。

 そこで使用者か閉じ込めた存在のどちらかが死ぬまで解放される事はない。

 

 何故、こんなものを作ったか……決まっている。

 

「これさえあれば、私は、戦わなくて済む……もし、奴が来ても、これで私とアイツを……私は、死にたく、ない。うぐ、生きて、生きて……“不幸(シアワセ)”にならなければ、ならないんだ……逃げる、隠れよう。最期まで、私は無様で、無能で、哀れで……ふ、ふふ、ふぎゅ! あぁ、不幸だぁ!」

 

 私は涙を流しながら笑う。

 そうして、私の涙と血を取り込んだ箱から手を離す……さて。

 

 今のままでも、地球と月の範囲であれば問題ないだろう。

 それ以上の領域は展開できない。

 それは魔力不足であり、可能であればもっと贄を……そうだ。

 

「泉に行こう。今なら、誰もいない……残りカスでも、数が揃えば……少しでも、僅かでも……私が、生き残る為に……ふ、ふひゅ! ふひ!」

 

 私は箱を両手で持つ。

 そうして、ずるずると衣服を引きずりながら移動する。

 ふと足を止めて横を見れば……醜い。

 

 そこには罅の入った姿見があった。

 己の姿を正しく認識し。

 誤って希望を抱かぬ為に、敢えておいておいたただの鏡。

 そこに映るのは、枯れ木のようにやせ細った老人の姿をしている弱き悪魔。

 髪をむしり取られたかのような禿げあがった頭に、目は真っ赤に充血している。

 歯はボロボロであり、ボロを纏っていて汚れた草履を履いている。

 

 悪魔としてのプライドは無く。

 他の悪魔たちから嘲られて罵られて。

 子供の悪魔に混じって泉で食事をしていただけの弱者。

 ただ長い時を生きただけであり、尊敬される点など何一つない。

 私の抱える負の感情。

 “絶望(ネガイ)”が、私に分不相応の能力を与えて……あぁ、あぁ!

 

 「私は……私はぁぁ!! 何と、哀れで、何と可哀そうで……う、あぁ!! ゴミそのもので、乞食のようなこの私がぁぁ!! 他の悪魔たちが死地にて戦っているこの時に、私は自分の事だけを考えてぇぇ!! あぁあぁあぁ!! 最低だぁ……最低最低最低最低最低最低最低最低――ふひ、ひきひきき!!! 絶望だぁぁ!!」

 

 私は箱を両手で持ちながら――額にぶつける。

 

 何度も何度もぶつければ。

 額が裂けて血が噴き出す。

 それでも尚、私は自傷行為を続けた。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も――何度もだ。

 

 己を責め、己を罰し。

 己を恥じて、己を罵倒し。

 己が体が、心が傷つき――絶具は力を高めていく。

 

 鼓動が早まり、両手に強い熱を感じる。

 私の不幸が、絶望が――応えてくれる。

 

 哀れで可哀そうだから。

 そんな私の為に、可愛い可愛い絶具たちは私の為に頑張ってくれる。

 

 あぁ、可愛い。

 何と愛らしいのか。

 私は涙を流しながら、手に持つ絶具に頬ずりをする。

 

「可愛い可愛い我が子供よぉ……名を与えよう。そうだ、名を与えなければ! うーん、何がいいかぁ……」

 

 私は足を止めて考える。

 我が子供たちには相応しい名を与えたい。

 それが子を産んだ親の務めだからだ。

 

 どんな悪魔に奪われて。

 どんなひどい使われ方をしようとも。

 私は親であり、子を愛さなければならない。

 子はそんな私の期待に応えようと全力を尽くし。

 そうして、ゴミとなって消えて行く。

 それが運命であり、それが世の常であり……あぁ、これも、不幸なのかぁ?

 

「悲しい。悲しい……こんなに、可愛い、我が子も……うぁ、ゴミに、なってしまう、のかぁ……ぅ、ぁあ! あぁ可哀そうに、可哀そうだ……どうか、最期まで、私の、役に、立ってくれ……ぅ、ぅぅ!」

 

 私は更に激しく頬ずりをした。

 そうして、皮がめくれて血が流れる中で。

 私は思いついた名を告げようとし――扉が開かれる。

 

「……へ?」

「よ!」

 

 視線を向ければ……あぁ、あぁ!

 

 

 恐ろしい。

 この世で二番目に会いたくない存在が――目の前にいる。

 

 

 汚れ切った闇のような黒い瞳。

 私の穢れなど比にならないほどの闇に染まった目だ。

 並みの悪魔であれば見つめられただけで命を絶ち。

 祓魔師たちは彼を恐怖の象徴として見ていると聞く。

 

 同じように黒く穢れた髪は短く切り揃えられている。

 筋骨隆々の体であり、多くの戦闘を経験した事で。

 私は愚か、十手全員が束になろうとも敵う事はないであろう真なる強者。

 青を基調とした服に黒いボロボロのロングコートを羽織っている。

 手足には地獄でも名の通っていた魔物を殺して作った革製の籠手やグリーブを嵌めている。

 

 

 

 十手・弐掌――“壊律”のジュダス。

 

 

 

 魔王様の右腕であり。

 悪魔の手本であり、我々のカリスマ的存在だ。

 絶対悪であり、強者にしか興味を示さない“戦闘狂い(バトルジャンキー)”だ。

 

 彼は私の前に立ち笑みを浮かべて片手を上げていた……何故、此処に……戦いに行ったのでは?

 

 私は震える声で、何の用であるかを聞いた。

 すると、彼は少し考えてから――道具が欲しいと言ってきた。

 

 普通の悪魔であれば、やりたくないが作っていた。

 十手の中にも、私の絶具を欲する輩も存在した。

 

 ――が、この男は違う。

 

 私の道具が無くとも、この男は如何なる相手であろうとも殺してきた。

 自らの意志で強者に戦いを挑み。

 その血肉を喰らい、悪魔としての地位を築いていた。

 

 私以上に、この男は悪魔たちから絶大な信頼を寄せられている。

 あのランベルト・ヘルダーが人類の希望ならば。

 間違いなく悪魔にとっての象徴は……この男であると誰しもが理解していた。

 

 そんな存在がだ。

 もっとも凄惨でもっとも苛烈な戦いを放棄し。

 道具が欲しいからと私を尋ねて来た……嫌な予感がする。

 

 この場にいてはいけない。

 この男の提案を飲んではいけない。

 が、ジュダスが薄い笑みを浮かべながら私を見下ろせば……私の口は勝手に音を奏でた。

 

「へ、へぁ。ひゃい……ど、どんな、道具を……ふぐ、ほ、欲して……ひぐ、ますか?」

「あぁ、そうだなぁ……俺とヘルダーが戦っても壊れない……最高の舞台てっとこか?」

「へ、へぁ……こ、壊れない、でしゅぁ……! こ、これ! これ、を!!」

 

 私は即座に自らの手の中にあった道具を差し出す。

 “こんなもの”で、私の命が助かるのならば。

 幾らでも差し出せる。

 私は涙を流しながら、必死に笑みを浮かべる。

 両手はカタカタと震えていたが。

 ジュダスは気にも留める事無く、私から箱を奪う。

 そうして、手で転がしながら私に質問して来た。

 

「こいつはぁ……どれほどのもんだ?」

「ど、どれほ……!! せ、世界を構築します!! 使用者と対象者一名を閉じ込める縛りによって、世界の強度を上げて……そ、それで!! 何方かが死ぬまでは、脱出も、世界の破壊も不可能で……た、ただ、魔力が足りず……そ、その……地球と月の距離までしか、構築が……あ、あぁ!! そ、それで!! 今から泉に行こうと!! あそこでなら、僅かでも魔力の補充を」

「――必要ねぇだろ?」

「……え? それは、どういう…………へ?」

 

 ジュダスは必要ないと言った。

 私は一瞬、それで十分という事かと思った。

 が、彼は私の頭を片手で掴み――瞬間、激痛が走る。

 

「うぐあああぁぁぁぁぁ!!?」

「……仮にも十手だ。それも、無限に道具を生み出せるテメェなら……十分だろ?」

「そ、そんなぁぁぁ!! 私はぁぁぁ私はぁぁぁいぎでぇぇぇああああぁぁ!!?」

 

 私は必死になって拘束から逃れようとした。

 が、私の中の魔力はどんどん吸われて行く。

 激しい激痛を伴っているのは。

 魔力だけでなく、私の魂さえも吸い上げているからで……あぁ、やっぱりだ。

 

 ジュダスは邪悪な笑みを浮かべている。

 この男にとって私は対等ではない。

 何処まで行っても、自分の欲望を満たすだけの道具に過ぎない。

 

 私は死ぬ。

 この男の楽しみに利用されて。

 ゴミのように消えてなくなる。

 

 止める事は出来ない。

 抗う事は出来ない。

 私が生まれて、今まで生きて来たのは。

 この男の最期の楽しみに使われる為だったのだ。

 

「あ、あぁぁ……不幸だ……私は、不幸だぁ……ふ、ふひ、ふききき!! 絶望(ネガイ)で満ちて行くぅぅ!!」

「……そいつは、良かったなぁ」

 

 ジュダスは笑う。

 私は不幸(シアワセ)だ。

 最低(サイコウ)であり、絶望(ネガイ)に満たされて……あぁ、最悪だなぁ。

 

 吐き気に、激痛に。

 苦しくて辛くて苦くて気持ちが悪く。

 

 目の前は真っ暗で。

 冷たさしか感じず。

 

 不快で、不快で、不快で――

 

 

 不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で――――

 

 

 

 不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快―――――――

 

 

 

 

 ――――あぁ、気持ち良いなぁぁ――――…………

 

 

 

 

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