俺は静かに目を開ける。
周りを見れば、何処かの街の中だ。
見慣れた景色のようであるが……違う。
人の気配はなく。
星の記録にもアクセスできない事から。
この空間……いや、この世界は偽物だ。
巨大な箱庭で。
唯一、俺の目の前にいる悪魔だけは――“本物”だ。
「……やっぱり、テメェが来るのか……本気か?」
「あぁ本気さ。でなけりゃ……お前に失礼だろ?」
ジュダスは羽織っていたコートを脱ぎ捨てる。
奴の体内から膨大な量のケガレと魔力が溢れ出した。
奴の闘志は本物であり、奴は本気で俺に勝つつもりでいた。
俺は武器を出そうとして――が、出ない。
眉を僅かに動かせば、ジュダスはにやりと笑う。
「俺の能力の一つはな……純然たる闘争を行う為のものだ。お前は、俺を殺さねぇ限り、武器を出す事もカミとしての力を使う事も出来ねぇ。分かりやすく言ってやるよ――テメェの身一つで俺を殺して見ろや」
「ハッ! 良いねぇ。シンプルで――俺好みだッ!!」
俺は戦闘服のマントを解除する。
互いに拳を構えた。
互いの魔力が天へと昇り。
俺たちは目をギラギラと輝かせて互いを見つめて――大地を蹴る。
「――ッ!!」
「――ふはッ!!」
互いの攻撃は一瞬だ。
一瞬で拳は相手の頬にぶち当たる。
魔力が迸り、雷のように周囲に飛び散っていく。
俺たちは笑みを深めて――大きく飛び上がる。
空中を舞いながら、俺たちは拳打を放つ。
互いに純粋な拳と蹴りでのみの戦い。
肉弾戦であり、俺は魔力のみであり――笑った。
「「――――ッ!!!!」」
互いに叫ぶ。
そうして、俺はジュダスの攻撃を弾き。
奴の腹に強烈な一撃を見舞った。
奴は体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。
ビルを破壊していき、地面を抉りながら進み。
俺は一瞬で奴を追いこして、足を振りあげて――奴を上空に蹴り飛ばす。
奴の体は激しく回転。
俺は大地を蹴り、奴を追い掛けた。
俺はあっという間に奴に追いつき、奴の体にもう一発放ち――空を切る。
「――!」
残像だ。
そう認識する前に――横腹に強い衝撃を感じた。
バキバキと骨が折れる痛みが走る。
そうして、俺はそのまま横へと吹き飛ぶ。
一瞬見えたジュダスは足を振っていた。
が、すぐに奴の姿は消えて――足を掴まれる。
「吹っ飛べッ!!!!」
「アアアァァ!!!!」
奴が凄まじい勢いで回転。
脳みそをぶちまけそうになりながら。
俺は抵抗も出来ずに遥か上空へと投げ飛ばされた。
何とか空中で体勢を整えて――腹に奴の拳が刺さる。
「がはぁ!?」
「飛べッ!!!!」
胃の中のものをぶちまける。
そうして、空を超えて宇宙へと飛ぶ。
奴は全身にケガレと魔力を纏わせていた。
奴が両手を引き絞り――放つ。
連続の拳打。
音速を超え、光速で。
一撃一撃が星を砕くほどの威力を持っていた。
俺は全身を激しく叩かれて――カッと目を見開く。
「舐めるなァァ!!!!」
「うぉ!?」
奴の拳打を魔力の解放のみで弾いた。
奴の体はがら空きで俺は一瞬で奴との間合いを詰める。
奴は咄嗟に足で蹴りつけるが――俺は消える。
残像だ。
俺は奴の背後に回り――拳を放つ。
「ぐああぁぁ!!?」
「倍返しだッ!!!!!」
打ち付けた拳から骨を砕く感触がした。
奴は血反吐を吐きながら、宇宙の彼方まで吹き飛ぶ。
俺は更に力のギアを上げて行く。
体が熱い。
灼熱のようであり――が、気持ち良い!!
俺は笑う。
血を口から垂らしながら笑った。
ジュダスは吹き飛ばされながらも体勢を戻し。
そのまま俺目掛けて突っ込んできた。
奴が拳を固めて放ってくる。
俺はそれを片手で受け止めて、余った手で奴を殴りつけ――奴も受け止めた。
互いに頭を後ろへと引き――打ち付ける。
力が周囲に広がり。
その衝撃だけで世界に漂っていた小惑星が動いていく。
俺たちの魔力は稲妻となり、宇宙に轟音を響かせた。
互いに目を見る――あぁそうか。
ジュダスは笑っていた。
俺と同じように血を垂らしながら笑っている。
同じだ。こいつも俺と同じで――楽しんでいる。
今、本物の世界では。
魔王が完全復活を果たそうとしている。
こんな所で時間をかけている場合ではない。
すぐに抜け出し、魔王を仕留めに行かなければならない。
それなのに、俺は此処にもっといたいと思っている。
ジュダスだ。
こいつの純粋な闘争心が俺の心に――火をつけやがる。
悪魔の癖に、眼が輝いている。
真っすぐに俺を見つめて――
「だったらァ!!!! 最後までッ!!!!」
「あぁ!!! やろうぜッ!!!!!」
俺たちは互いに弾き飛ばされる。
そうして、魔力を全力で解放しながら宇宙を駆ける。
ジュダスは星を貫通し。
その残骸を俺に向けて散弾のように放つ。
巨大な岩の塊であり、俺はそれらを拳の乱打によって撃ち砕く。
ジュダスを探し――奴が残骸の一つから飛び出す。
「此処だァァ!!!」
「うごぁ!!?」
奴の拳が俺の頬を打つ。
脳が激しく揺さぶられてそのまま彼方へ吹き飛ぶ。
一瞬、意識が飛びそうになり――が、問題ない。
そのまま空を翔ける。
奴は俺へと追いつこうとし。
俺はそのまま体を回転させた。
魔力を流していき。
奴の視界を光で塞ぐ。
俺はそのまま一瞬で加速。
奴の視界から完全に消えた。
そうして、星の一つへと落下する。
全身が摩擦によって熱を持ち。
再生させた服が黒く焼けて行く。
大気圏を突破し、そのまま海のような場所へと入った。
暗く深い水の星。
そこにも生命は存在しない。
俺はゆっくりと深海へと沈んでいく。
「……」
力を溜める。
溢れ出る力を中へと押し込めて行く。
大きな壺の中へと押し込み蓋をするようなもので。
力が流れ出たくてガタガタと震えて……まだだ。
目を閉じる。
そうして、遠く離れたジュダスの気配を探る。
奴は俺を探していた。
周囲に視線を向けて、怒りのままに周囲の星を破壊していた。
俺はそんな奴の位置を正確に把握。
遂に海の底へとたどり着く。
俺はゆっくりと足を曲げた。
体に溜めた力は壺に罅を入れていた。
限界であり、これ以上は無理であり――なら、解放だ。
「……ッ!!」
俺はカッと目を見開く。
そうして、力を全て解放し――星を砕く。
上へと駆けあがる為の力。
それだけで星には巨大な風穴が開いた。
星一つが砕け散るのを感じながら。
俺は一瞬でジュダスへと迫り――奴に拳を放つ。
が、奴は俺の攻撃を察知して――両腕でガードする。
奴の体が勢いよく飛ぶ。
俺はそんな奴に拳を打ち続けた。
奴の体は光の速度を超えて。
星々を破壊していきながらも止まる事はない。
俺は口から血を流しながらも歯を食いしばり――叫ぶ。
「オオオォォォォォ!!!!!!」
「ガアアァァァァ!!!!!!」
ジュダスも叫ぶ。
奴の腕からはおびただし量の出血が起こり。
奴はそれでもガードを続けて――俺の攻撃を弾く。
「――な!?」
「まだまだァァ!!!!」
奴の姿が変化する。
悪魔本来の姿――いや、違う。
人間体のまま、奴の体が変化していく。
髪が長くなっていき、ボロボロの服から見える肌の色は赤黒くなり。
その表面には漆黒の魔力が文様のように流れて――奴が黄金の瞳を開く。
進化した。
この短時間の内に――俺を超えようとッ!!!
奴は叫ぶ。
その声だけで周囲の惑星は震えあがる。
俺は両腕でガードしながらも、衝撃で後方へと吹き飛ぶ。
奴はそんな俺を追い掛けて来る。
すぐそこで拳を構える奴に対して、俺は蹴りを放ち――空を切る。
次の瞬間、背中に衝撃が走る。
鋭い痛みが走り、上へと吹き飛んだ。
体勢を立て直そうとし――頭が強く揺れた。
殴られた。
それも一瞬であり、俺の体は横へと飛んで――連続して打撃が放たれる。
「がぁぁ!!?」
「――――ッ!!!!!!」
奴の叫び声だけが聞こえる中。
俺は抵抗も出来ないままに殴られ続けた。
脳が揺れ続けて吐き気を超えて気持ちよくなっていく。
ドンドンと意識が遠のいていき、眼が閉じかけられて――良いじゃねぇかッ!!!!!」
「最高だッ!!!!! ジュダスッ!!!!!!」
俺は叫び――己の力を極限まで高めた。
純粋な闘争。
肉体のみの戦い。
生命力が大きく削られて。
力も大幅に減退している中で――覚醒した。
内なる力があふれ出る。
ボロボロの状態の俺の心臓が凄まじい速度で鼓動する。
全身が激しい熱を持ち、眼は輝いて――俺は翔けた。
互いに光を超えていた。
そんな中で見える景色は――無。
光も何も見えない。
無音の空間だ。
そんな中で確かに存在するのは――俺とお前だけだ。
「「――!!!」」
俺たちは互いを見つめる。
そうして、拳を構えて――激突。
互いの進化した肉体によって行われる――殺し合い。
世界も、誇りも何も無い。
ただの喧嘩であり、ただの殺し合いであり――俺たちだけの時間だ。
俺たちは更に速度を高める。
世界が、宇宙が。
俺たちを起点として変わっていく。
無音であった空間には光の線が走っていく。
それらをなぞる様に翔けながら、俺たちは拳と足を動かし。
ただ目の前を敵を殺す為だけに――生きる。
最高だ。最高に――熱いじゃねぇか。
俺は血に塗れながら笑う。
一瞬見えるジュダスの顔も笑っていた。
やっぱり、同じだ。
お前と俺は、同じで。
もし、お前が悪魔じゃなかったのなら……いや、良い。
そんな可能性なんてどうでもいい。
今はただ、お前という存在に出会えた事を喜ぼう。
全力でやり合える数少ない好敵手。
そんな存在の誘いを受けて行われる闘争に――全力で臨みたい。
俺は更にギアを上げる。
奴も同じようにギアを上げた。
互いに光の線を越えて――翔ける。
存在が、肉体が――形を変えていく。
手足が消えてなくなり、光そのものとなる。
俺は黄金で、奴は赤黒く発光し。
俺たちは互いにぶつかりりながら、世界の果てを目指す。
何処までも行ける――
何処までも行こうぜ――――
俺とお前で――――――終点へッ!!!
「「――――ッ!!!!!!」」
最早、声とも呼べない叫び。
それに共鳴するように。
光が更に強く発光する。
俺たちは白い輝きに包まれながら、限界を超えて更に翔けた。
無数の打撃。
手足の感覚が無くとも。
ぶつかり合った瞬間に攻撃を放つ。
本能であり――魂がそうさせる。
互いに回転し。
俺たちは白い輝きの先へと到達し――地面を滑っていく。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……どう、やら……此処が……そう、らしい、な?」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……く、はは……みてぇ、だな……えぇ?」
俺たちは気づけば元の姿に戻っていた。
ジュダスは通常の人間体で。
俺もランベルト・ヘルダーの姿のままで。
唯一、互いの肉体からはおびただしいほどの出血があり。
既に意識は朦朧とし、限界が近いと分かる。
周囲を見れば、白い花が咲き誇り。
空の色も白で、全てが白に染まっていた。
清らかな空間ではない。
ケガレに満ちている訳でもない。
無の極致であり、此処が世界の境界だ。
そう、互いに認識してたらりと汗を流す。
魔王との戦いがあったから――違う。
連戦の状態だからこそ此処まで苦戦した――断じて、違う。
ジュダスの野郎は、戦いが始まる前に――俺の傷を癒し、体力も回復させていた。
それが俺を閉じ込めたものの力かは分からない。
が、確実に言える事は。
奴は全力での俺と戦いに臨み。
此処まで俺の体力を削って来たという事だ……流石だよ。
俺は無言で拳を構える。
ジュダスも同じように拳を構えた。
互いに、もうほとんど力は残っていない。
次の一発で終いであり……なら、後悔したくねぇな。
俺は笑う。
ジュダスも笑って――互いに走る。
「「――――ッ!!!!」」
互いに血をまき散らしながら叫ぶ。
拳を固めて、ありったけの魔力を纏わせて。
そのまま互いの魔力の光が発せられる拳を突き出して――突風が吹く。
凄まじい衝撃波が。
周囲にあった花を散らしていった。
白い花弁が宙を舞い。
互いの血がべったりと地面についていて……俺は片腕を失っていた。
くるくると俺の腕が回転し。
ぼとりと地面に落ちる。
切断面からはぼとぼとと血が流れていた……スゲェな。
俺は笑う。
笑って、同じように笑いながら――血を流すジュダスを見つめる。
その胸には俺の腕が刺さっている。
全力での一撃が奴の防御を突破し。
その心臓を貫いた。
奴は口からをだらだらと血を流して――俺に覆いかぶさってきた。
俺は抵抗する事無く。
奴を――瞬間、肩に痛みが走る。
「うぐぁ!? ジュダ、ス……て、めぇ!!」
奴は俺の肩に噛みついていた。
ぶちぶちと肉を食いちぎり。
俺はそんな奴の胸から腕を抜き、奴の体を蹴り飛ばす。
奴は後ろへと転がり、俺は地面に手をつきながら奴を睨む。
すると、奴はふらふらと起き上がり。
血を吐きながらも笑った。
「ちげぇ、だろ……お前は、俺に……そんな目……向けて、良い、筈が……ねぇッ!!」
「……!!!」
奴は震えながら、両手を広げる。
既に心臓は破壊し、再生も出来なくなっている。
俺を喰らっても、奴の失った心臓にはならない。
目からは血が流れ落ち。
口からも血を吐いていて。
手は完全に上がらず、足は震えていた。
満身創痍、瀕死の状態で――が、奴は敵として俺の前に立つ。
奴は声を上げながら――笑った。
「俺を、見ろッ!!! 俺はお前の――敵だッ!!!!」
「……そうだな。お前は敵で――俺が殺すべき悪魔だ」
奴は俺の言葉を受けて目を細めて笑う。
そうして、奴は足を動かしながら走って来る。
いや、走っていない。
その動きはあまりにも遅い。
足は震えて、手は上がっていなかった。
ただ口を大きく開けているだけで――“畏敬の念”。
俺は敵であるこの悪魔を――誇りに感じた。
最後まで悪魔として奴は全力で。
勝てないと分かっていながらも向かってくる。
そんな存在に対する惜しみ無き賞賛。
俺は敵であるこの悪魔に魅せられていた。
故にこそ、俺は拳を固める。
渡してやるよ――引導を。
「ヘル、ダァァァ――ッ!!!」
「ジュダスッ!!!!」
俺は走る。
スローに感じる世界で。
白い花弁をまき散らしながら。
俺たちは互いに走る。
走って、走って、走って――俺の拳が奴の顔に当たる。
俺は涙を流す。
歯を食いしばりながら。
魔力も無い、ただのパンチを全力で放つ。
奴はぐちゃぐちゃの顔で笑いながら――吹き飛ぶ。
血が、眼球が、脳漿が――飛び散る。
奴はそのまま地面に倒れ伏し――停止した。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……ジュダス。お前は、俺にとって――“最悪の敵”、だったぜ」
「……」
俺は血を唾と共に吐き捨てる。
そうして、片膝をつく……限界だ。
もう動けねぇ。
魔王との決戦が控えているのに。
これでは真面に戦えない。
俺はふらふらとする意識の中で――
『主様。私に任せてください』
「……バトラーか? 何を……いや、任せる。頼んだ、ぞ……」
俺は前に倒れる。
そうして、ゆっくりと意識を沈めて行く。
そんな中で、体の内から温まっていくのを感じる。
バトラーが俺の体の中で何かをしていて……あぁ、助かる。
世界がゆっくりと崩壊していく。
恐らく、ジュダスが死んだ事で。
この世界の縛りが解けたのかもしれない。
奴が死んで俺も死ぬ可能性もあるが……そんな事はあり得ねぇか。
真剣勝負で、最期まで敵として立ちはだかった男が。
そんな悪趣味な真似をするなんて想像できない。
残虐で非道で最も恐ろしい悪魔は……誰よりも戦いにおいては正直だった。
「本当に…………馬鹿、だな…………は、はは」
俺はジュダスではなく。
アイツを信じてしまっている俺に、笑って――――…………