鳥の鳴き声が聞こえる。
温かい。
とても気持ちが良くて……ゆっくりと目を開ける。
「……うぁ?」
知っている天井だ。
視線を動かせば、僕の部屋の中で……不思議だな。
何だか、長い間、いなかったような気分だ。
ずっと何処かで戦っていたようなそんな気がする。
夢でも見ていた気がするけど、夢の内容は覚えていない。
凄く大事な事である気がするけど……下から母さんの声が聞こえて来た。
「――“エゴン”! さっさと起きなさい! お友達が来るわよ!」
「……わ、分かってるよ! うぅ、今日はテストがあるのにぃ」
昨日は徹夜してしまった。
大好きなヒーローアニメを夜通し見ていたからだ。
高校生になり、さっさと卒業しろと母さんは言うけど。
それだけは絶対に嫌であり……あれ?
「ヒーロー……僕の、好きな……?」
少し、違和感があるような……。
そんな事を考えていれば、母さんが階段を上がって来てドンドンと扉を叩いてきた。
このままでは勝手に部屋に入られそうだ。
焦った僕はベッドから飛び起きて、急いで制服に着替えて行く――
「……はぁ、憂鬱だなぁ」
「おいおい、結果はまだ分からねぇだろ?」
「そうそう! それに、テストで赤点取ったって死にはしねぇよぉ?」
「それなぁ! 俺もショーンもヤンも毎回赤点でもピンピンだしよぉ! ははは!」
「……それは、ダメじゃない?」
通学路を友達と歩いていく。
制服を着崩して、見かけはチンピラに見えるかもしれないけど。
ヤン君もレン君もショーン君も優しい人たちだ。
困っている人は助けるし、学校で行われるボランティアにも参加している。
僕も一緒に行っているけど、この三人は僕以上に真面目だった。
彼らは僕の事を励ましてくれている。
僕は頬を掻いて乾いた笑みを零し――背中に冷たい感触がした。
「ひょわぁぁ!!?」
「ははは! 今日も良いリアクションじゃん!」
「エゴンは敏感、と」
「ふ、ふひ、び、敏感……ふひゅ!」
背中を摩りながら振り返れば、クラスメイトのアデリナさんたちが立っていた。
アデリナさんは完全にギャルであり、エルナさんも綺麗な人で。
コルネリアさんは……不思議な人だ。
僕はため息を零しながら、ムッとして濡れた手をハンカチで拭くアデリナさんに注意する。
「……あ、アデリナさん……や、止めて下さいよ! 僕、そういうの弱いんですから!?」
「えぇいいじゃん。エゴンのリアクション面白いんだもん。ねぇ?」
「エゴンは女の柔肌に弱い、と」
「せ、性欲魔人……ぐひゅ!」
「……お前、何想像してんだよ」
アデリナさんは口元を手で押さえながらにやにやと笑う。
エルナさんは怪しげな手帳に何かを書き込んでいて。
妙な妄想をするコルネリアさんをレン君が怖がっていた……はぁ。
僕は歩き出す。
彼女たちもついてきて皆で何時もの通学路を歩いていく。
「それにしても……うーん! 良い天気!」
「だなぁ。この桜ってのも丁度見ごろだし……くぅ、学校なんて休んでぱぁっと花見でもなぁ!」
「やめとけよ。クルト先生に半殺しにされるぞ? この前だって、バカやった奴が簀巻きにされてよぉ」
「「……」」
ヤン君たちの声を聞き。
僕は街の中で咲き誇る美しい花を見た。
桜だ。
鮮やかな桃色の花を咲かせる木であり。
日之国から友好の証として授かったという百本の桜。
僕たちの通学路であるが、周りには少なからず外国からの観光客もいた。
彼らは美しい桜に見惚れていて、カメラで写真を撮っている。
僕たちは見慣れているけど……でも、綺麗だよなぁ。
僕たちは無言で静かに舞い散る桜の花びらを眺める。
気持ちの良い朝に、美しい花の中を歩いて……!
「エゴン?」
「…………」
――僕は足を止める。
桜並木の道の向こう。
僕たちの反対から歩いて来る人。
黒いビジネススーツを着て、革靴を履いている男性。
口には煙草らしきものを咥えているけど火はついていない。
彼は僕たちを見る事無く、歩いて――すれ違う。
「―――ぁ」
僕はハッとして振り返り……いない?
スーツ姿の男の人はいなかった。
歩き去ったのか。いや、そんな筈はない。
僕は周囲を見ながら、彼を探して――肩を叩かれる。
「おい、どうしたよ? 誰か探してんのか?」
「え、いや、その……は、はは、ご、ごめんね? ちょっと有名人に似た人が」
「――え!? どこどこ!? 誰、誰なの!? 歌手のシンイチ!? それとも、インフルエンサーのクラーラさん!?」
「い、いや! ち、違うけど」
「じゃ誰なのよぉぉぉ!!?」
「ぐ、ぐるじぃぃ」
僕はアデリナさんに首を絞められる。
ぶんぶんと振られて意識が遠のいていき……ふ、不幸だぁ。
◇
「はぁぁぁぁ……ダメだった」
夕暮れの空。
茜色に包まれる河川敷の階段。
僕は深く腰掛けながら、頭を抱えて深くため息を吐いた。
テストは散々であり、おまけに遅刻してしまった。
担任のクルト先生にはヤン君たちと一緒にお説教されて。
僕は見逃して貰ったけど。
遅刻の常習犯であるヤン君たちは今も学校でクルト先生の手伝いをされている事だろう。
自業自得ではあるけど……今度、ご飯でも誘ってあげようかな。
彼らには助けてもらった事も多い。
困ったときはお互い様だ。
テストの結果は散々だったけど……それよりも、これだな。
僕はクルト先生から返された――進路希望調査票を見つめる。
そこには僕の丸っこい小さな字でヒーローと書かれていた。
僕の憧れであり、子供の頃からの夢だった。
大人たちには馬鹿にされて、ヤン君たちも具体的にはどういうものかと聞かれて……はぁ。
「……具体的って……まぁ、そうだよなぁ……でも、どんなのって……ある、気はするんだけどなぁ」
ぼんやりとイメージしているヒーローは存在する。
が、それがどういうものだったのかは分からない。
忘れてはいけない事だろう。
そう思っている筈なのに、まるで思い出せない。
もやもやであり、居心地は良くない。
なるべく早く思い出せればいいけど……うーん。
僕は腕を組んで頭を捻り……ん?
声が聞こえた。
何事だろうと見れば――犬が溺れている。
流されており、その近くには小さな女の子もいた。
他にもいて、ガラの悪そうな男たちがゲラゲラと笑っていた。
僕は鞄も何も捨てて、駆けだした。
ごろごろと階段を転がり、全身が痛みを発していても無視。
制服を全て脱ぎ捨てて、僕はパンツ一枚で――川に飛び込む。
「あぶ! あぶぁ!? あげぇ!!」
「――!」
僕は必死になって泳ぐ。
川は思っているよりも深く。
流れも少し速い気がした。
が、僕は全力で泳いでいき――子犬を抱き寄せる。
白い毛並みの子犬は僕の頭に乗り。
重量が重くなった事で僕はほとんど沈んでいた。
が、根性で僕は川を泳ぎ切り――岸へと上がる。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ!! おはぁげはぁ!!」
「ネネちゃん!」
「わん!」
子犬は僕の頭から飛びのく。
ぶるぶると体を振るって水けを飛ばし。
駆け寄って来た女の子に抱えられた。
女の子は涙を流しながらも僕にお礼を言ってくれた。
僕は鼻水を垂らしながらも、気にしないでと伝えて――怒声が響く。
「おい!! てめぇ何邪魔してくれてんだぁ!?」
「折角、楽しんでたってのによぉ。殺すぞッ!!」
「どこのガキだ!! 代わりにテメェをサンドバックにしてやろうかぁ! あぁ!?」
女の子は怯えながら僕の後ろに隠れる。
僕は女の子をちらりと見て――笑みを浮かべた。
「大丈夫! 此処は僕に任せて! さぁ君はその子と一緒に家に帰るんだ!」
「で、でも、お兄ちゃんは?」
「はは! お兄ちゃんはね、こう見えて――すごく強いんだよ! ヒーローだからね!」
「……! ヒーロー……うん、分かった! あんな奴らやっつけてね!」
「うん! 任せて!」
少女は力強く頷いて駆けて行く。
僕はこれでいいと考えて――肩を叩かれる。
「は、はは、ここは一つ――うがぁ!?」
僕は思い切り顔面を殴られた。
鼻血を噴き出しながら、僕は地面を転がる。
見れば不良たちがボキボキと拳を鳴らしながら近寄ってきていた。
「おまえ――半殺し、決定な?」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」
僕の悲鳴が響き渡り。
そこから地獄のような時間が――――…………
…………――――あ、れ?
眠っていたのか……僕は、何を?
全身が痛い。
体が動かない。
何が起きたのかと考えて――ケーブルのようなもので縛られている事に気づく。
見れば、あの不良三人組がニヤニヤしながら立っていた。
携帯で僕の姿を写真に撮っていて……あぁ、そうだ。
僕はあの後、殴る蹴るの暴行を受けて。
気づけば夜であり、ドラム缶で炊かれている火で何とか周囲が見えるくらいだった。
此処は橋の下であり、誰にも見られる事はない。
意識が無くなっていたのか。
えっと、それで……不良が何かを言っていた。
「おい、起きてるかぁ? お前の哀れな写真を撮ってやったからな……逃がさねぇぞぉ?」
「これからお前は俺たちの奴隷として、一生を捧げるんだぞぉ?」
「先ずは金と……あぁ、女だなぁ。お前の携帯のアドレスに女の名前があったからよぉ。そいつら呼べや」
「お! いいねぇ。夜の大会といこうかぁ! 呼んだなら、今日のところは帰してやるよぉ」
奴らは醜悪な顔で笑う。
僕はそんな不良たちの顔に――唾を吐く。
「……あぁ?」
「……こと、わる……僕の事は、どうだっていい……でも、友達、だけは、絶対に!!」
「お前……頭、悪いだろ?」
「ごはぁ!?」
不良の一人が僕の腹を殴る。
僕は盛大に空気を吐き出した。
奴らはそんな僕を見てげらげらと笑い拳を振り上げて――その腕を誰かが掴む。
「……あぁ? 誰だテメェ」
「さぁ誰でしょうねぇ?」
「あぁ!? 何すかして――うおあああぁぁ!!?」
「「……え?」」
薄く開いた目。
見えたのは一瞬で。
不良の腕を掴んでいたその人が片手で不良を投げ飛ばしていた。
不良は放物線を描いて飛んでいき、そのまま川の中心にダイブした。
残りの不良たちは目を点にして、彼を見て――彼は笑う。
「夜のゴミ掃除――開始だぁ」
「「ああぁぁぁぁ!!!?」」
連続して響く殴打の音。
僕が受けた痛み以上の音で。
不良たちは泣き叫びながら理不尽的な存在にぼろ雑巾のようにされていく。
僕はそんな景色を、見なが、ら――――…………
「……あ、れ?」
目を開ければ……知らない天井だ。
視線を横にすれば、白衣を着た小さなおじさんが座っていた。
彼は僕が目覚めると「あぁ」と言った。
「意識が戻ったようだねぇ。良かった良かった」
「……貴方が、僕を?」
「うーん? いやいや、私ではないよ。スーツを着た男が君を此処へ運んできてね。お金は貰ったからいいとして、彼は何者かね?」
「えっと……すみません。僕も知らないと……」
「うーん、そうなのかい? いやぁ色々と聞きたかったんだがねぇ。ボロボロの君の姿とは違い、傷のほとんどは既に治療されていてねぇ。見事な処置で、まるで魔法のようだったよぉ。私はただ君を此処で預かっていただけでねぇ。お金も必要以上に貰ってねぇ返したいんだがぁ」
「ま、ほう……?」
僕はベッドから起きる。
すると、確かに僕の体の傷は全くない。
痛みもほとんど感じなかった。
お医者様は、不調が無ければ帰ってもいいと言ってきた。
「まぁ夜も遅いし、家が遠いのなら此処で一泊しても」
「あ、いえ! お世話になりました! そ、それで、その人はまだ!?」
「え、あぁ、さっきまではいたんだが……あれぇ? 何処に行ったのかなぁ?」
「――! あ、ありがとうございました! あ、この服は後で返します!」
「あ、え?」
僕はベッドから飛び起きる。
そうして、頭を下げてから駆けだした。
靴は履いていない。
スリッパであり――関係ない。
お礼を伝えなきゃ。
助けてくれた事への感謝を。
そして、守ってくれた事への感謝を――伝えなきゃ!!
診療所の扉を開けて外に出る。
左右に道があり、僕は右へと走る。
走って、走って、走って――あれは!
自販機の前。
黒いスーツ姿の男の人が立っていた。
お金を入れて、何かを買おうとしていた。
僕はその横顔を見て――駆けだす。
走って、走って、走って――止まる。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……あ、あの!!!」
「――ほらよ」
「あ、え!? あつぅ!?」
お礼を伝えようとすれば。
彼は買ったばかりの飲みものを投げて来た。
反射的にキャッチすれば熱々で……こ、コーヒー?
「やるよ」
「え、で、でも」
「当たったんだよ。ほら」
「え……あ、本当だ」
当たりと文字盤に表示されている。
彼は笑みを浮かべながら、全く同じコーヒーを選択した。
がしゃりと音がして出て来たコーヒーを掴み。
彼はプルタブを開く。
静かに飲む姿は大人の男として格好良く――
「ふぅ……んじゃ」
「え、あ、ちょ!! ま、待ってください!! 僕はまだ!?」
僕が声を掛ければ、彼は足を止めてチラリと僕を見て来た。
「分かってるよ……でもな、礼を言うべきは俺の方なんだぜ?」
「え、それは、どういう……っ!」
ずきりと頭が痛みを発した。
頭を押さえながら、何が起きたのか――あぁ、そうだ。
僕にとってのヒーロー。
目指すべき目標――似ていた。
目の前で背を向けるこの男の人にそっくりだ。
不愛想で、冷たい印象を覚えるが。
その心は誰よりも温かく優しくて。
理不尽で、暴力的でも。
結局は人を助けてしまい、皆から信頼されて……あぁ!
「――?」
僕は頬に指をあてる。
すると、濡れていて……彼は歩き出す。
「エゴン、立派なヒーローになれよ……お前なら絶対になれるぜ」
「……! 僕の、名前……貴方は!! 貴方は一体!!」
僕は彼に手を伸ばす。
すると、彼は歩きながら天へと指を向けていた。
「神様さ。お前たちをずっと見守っている……ヤニ好きの、な」
「……は、はは、そんな……ありがとうございました!!!」
僕は笑う。
涙が勝手に流れて鼻水まで垂れて来た。
ひどい顔だろう。
でも、今の僕の心はとても清々しい。
初めて僕の夢を認めてくれた大人の人は。
僕にとって最高の――ヒーローに見えた。
「……う!?」
瞬間、風が吹く。
僕は体をよろめかせながらも顔を上げて……あれ?
いない。
何処にも、いなかった。
おかしい、さっきまでそこにいたのに……もしかして!?
「ほ、本当に……か、神様!?」
僕は顔を挟み――熱さで絶叫する。
そういえば、ずっと握っていた。
熱々であり、握っていた手が真っ赤になっていた。
僕は服の裾でそれを包みながら、火傷した手に息を吹きかける……夢じゃない。
この熱さも痛みも本物だ。
あの人は確かに存在していた。
目の前にいて、このコーヒーを僕にくれたんだ……ふふ。
「……いただきます」
僕は缶コーヒーを掴む。
そうして、かしゅりと開けて口をつけて……!
「あ、甘い……でも、美味しい!」
僕はコーヒーの味に少し喜ぶ。
そうして、夜空に浮かぶ月を見つめた。
綺麗な月は、何時もそこにある。
僕たちの事を何時も照らしてくれていた。
僕はそんな当たり前のように存在する月に――頭を下げる。
「……ありがとう」
僕の小さな呟きは、風に乗って消えて行く。
僕は今日という日を胸にしっかりと刻みこんだ――
〇
「……よろしかったのですか?」
「あぁ? 何がだよ」
都市にある高層ビルの屋上。
柵に手を置きながら、俺は都市を眺める。
すると、後ろで燕尾服を着た初老の男性の姿をした――バトラーが立っていた。
「何がとは……勿論、彼らの事ですよ。自らの正体を、明かさなくても?」
「……エゴンには神様って言っただろ。それで十分だよ」
俺はコーヒーを飲みながら笑う。
消滅した筈の世界。
が、その姿は元通りで……簡単では無かったさ。
手に入れた力。
それを削り取って世界を戻す為に使った。
集まった想いたち。
それに命となるものを注ぎ込み。
一から世界を組み立てていった。
結果、元の世界とは異なっているが。
それでも、その世界にいた人間たちは何とか復活させる事が出来た。
バトラーはくすりと笑う……あぁ?
「……いやはや、貴方様は変わりませんな。大した見返りも求めず、自らの損となりえる事であろうとも。貴方は実行してしまう……それは美徳でもありますが、やり過ぎは」
「分かってるよ……ま、今回は特別さ。何せ、魔王に勝てたのもアイツらのお陰だし……な?」
俺はバトラーの方に振り返り笑う。
すると、バトラーはため息を吐き首を左右に振る。
「……そういう事にしておきましょうか……あぁ、そういえば、この世界と天界との繋がりが戻りましてね。先ほど、彼らからの使者がやって来たんですが……驚かないでくださいね?」
「あぁ? 今更、何に驚くってんだよ……で、何処だよ?」
俺は額に手を当てて周りを見る。
が、何処にもそんな奴はいない。
茶化しているのかとバトラーを見て――その背が光る。
大層な登場の仕方だ。
俺はコーヒーを飲みながら、光と共に現れるそいつを眺めて――盛大にコーヒーを噴き出す。
俺は激しくせき込む。
バトラーは俺のコーヒーを顔に浴びたそいつを見てくすくすと笑っていた。
奴は笑みを浮かべたまま、無言で近寄って来て――俺の腹を殴る。
「おごぉ!? て、てめぇ……何、しやがるぅ」
「……お前が悪いだろ? 僕の判断は正しい……ですよね? バトラー様」
「はい。その通りでございます。主様が全面的に悪いです」
「ほらな? ふふ」
奴は笑う。
その生意気な顔も。
天使としての正装ではなく。
何処にでもあるパーカー姿も――“ハリ・カブラギ”そのままだ。
俺は腹を摩りながら――笑みを浮かべる。
「たく、何処に行っちまったのかと思ったら……いいのかよ?」
「いいもなにも、僕の“持っていた刻印”が勝手にこうしたんだから……ま、先生の仕事を間近で見られるのなら悪くないんじゃない?」
「……タクミは?」
俺はタクミについて聞く。
すると、ハリは俺の横に立ち。
遥か遠くを眺めながら、儚げな笑みを浮かべた。
「……父さんは心配ないよ。さっきね、バトラー様にお願いしてね……新しい命を届けてもらったんだ……父さんも、父さんと結婚してくれた人も、新しい家族が出来るんだ……ちょっと寂しいけどさ。でも、心配はいらないよ」
「ハリ……なら、もう何も言わねぇ。お前は俺が責任を持って……」
「……責任を持って……な、何だよ?」
ハリは頬を少し赤らめる。
俺は奴の頭に手を置いて――にやりと笑う。
「俺の部下として地獄の労働を手伝わせてやるよぉぉぉ!」
「……はぁぁ、だろうと思ったよ……てか、何するのさ?」
「何ってそりゃ色々だよ。なぁ?」
「はい。色々でございます。世界の維持に、世界の管理、天使や神々からの報告を受けて、問題への対策や人間は勿論、あらゆる生命の願いを聞き、可能でればそれを叶えて。あぁ、輪廻において罪悪の」
「――ねぇ、まさか僕って……超絶、ブラックな職場に来た感じ?」
「ふふふ……慣れるさ」
「い、いやだぁぁぁ!!! やっぱり人間に戻るぅぅぅ!!!」
「うるせぇぇ!! さっきの言葉を秒で否定すんじゃねぇよ!! 俺だって休みがねぇんだぞ!!?」
俺は暴れるハリを抑える。
そんな俺たちを見つめるバトラーは目を細めて笑っていた……あ、悪魔だ。
「……まぁ、そういった事よりも……早急に行わなければならなそうな事がありましてねぇ」
「……何だよ?」
「……?」
俺は目を細めてバトラーに問いかける。
ハリもバトラーの言葉が気になって暴れるのを止めた。
バトラーは虚空から報告書らしき紙を出して読み始める。
「……どうやら、世界の至る所で、悪魔のような存在が確認されているようなのですよ。魔王は既に主様の中にいるというのにです。まぁ、十手ほどの実力者は確認されていませんが。可能性として限りなくゼロに近いとしても……第二の魔王となるやもしれません。神々の会議にて、早急に悪魔の駆除をと要望が出ていまして……さぁ、どうします?」
「「……ふっ」」
俺とハリはバトラーの言葉を聞いて笑う。
俺はハリから手を離し、そのまま歩いていく。
空になった缶コーヒーを空に投げれば一気にも燃えて消えてなくなる。
ハリも俺の背中を追ってついてきた。
バトラーはにこりと笑い指を鳴らす。
瞬間、世界の外へと繋がるゲートが開かれた……さぁて。
俺は肩を鳴らす。
そうして、スーツ姿から――祓魔師の装いに着替えた。
「仕事だ仕事……はぁぁ、俺の休みは何時になるんだろうなぁ?」
「悪魔を全部、駆除してからじゃないか?」
「いえいえ、その後にも仕事は山ほどありますからねぇ」
「はぁ、たく――休みてぇなぁ!」
俺は空を見上げてぼやく。
月は変わらずそこにあり。
アイツも俺と同じで休みなんてないんだろう。
俺は舌を鳴らして頭を掻く。
ハリとバトラーは先にゲートを潜っていった。
俺も潜ろうとして――振り返る。
「楽しかったぜ。何時かまた――会おうぜ」
俺は笑う。
慌ただしい世界との別れ。
此処で出会った仲間たちとの再会を夢に見て――俺は次の世界へと旅立った。