【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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023:祓魔師は不穏を感じる

 ケトルからコトコトと音が鳴る。

 スイッチを切り、持ち上げてから急須に湯を注いだ。

 軽く回してから、それを緑色の湯飲みの中に注いでいく。

 二つの湯飲みに茶を入れてから、それを両手で掴んで持っていく。

 机の前には不安そうな顔をした女が座っていた。

 

《どうぞ》

「ありがとうございます……えっと、花がお好きなんですか?」

《いえ、別に……いりますか?》

「あ、いえ」

 

 緑茶の入った湯呑を机に置く。

 自称ヤンの母親は俺の部屋の異様さに笑みを引きつらせていた。

 部屋中に花瓶が置かれていて、花が詰め込まれているからな。

 誰が見ても気持ちが悪いし、俺自身もこの部屋の異様さには慣れない……出来る事ならさっさと処分してぇよ。

 

 花なんて全く興味が無い。

 捨てられるのならとっくに捨てているさ。

 しかし、この花たちや手紙を捨てようとすれば、血濡れの天使として活動していた時の“トラウマ”が蘇る。

 

 毎日毎日、俺に花や手紙を送って来る自称ファンたち。

 そんな奴らをフルシカトしていれば。

 何時しかファンは俺への愛情を憎悪にと変えた。

 奴らはテロリストに変貌し、街で暴動を起こしたり一般人に危害を加えるようになった。

 行き過ぎた行動は社会現象となり、挙句の果てには支部の前で自殺を謀る異常者たちまで出て来る始末だ。

 

 事態を重く見た上層部は、俺になるべく手紙を書くようにお願いしたが。

 それはお願いというには重いものだった。

 半ば強制的に俺は手紙を送って来る奴に丁寧に返事を書くようになり。

 その結果、送れば返事が返ってくると分かった愚か者共は手紙を五トントラックの荷台が埋まるほど送り付けて来た。

 

 悪魔を殺して帰って来て、たこ部屋で手紙を書かされる。

 睡眠時間なんてあってないようなものであり。

 俺は悪魔を殺して手紙を書くという地獄の労働を続けた。

 その結果、驚異の二十徹を記録し、流石にやばいと判断した馬鹿な上層部が俺への手紙や送り物は受けて付けないと発表した……おせぇんだよ。

 

 既に俺の中には、手紙は返さなくてはいけないという習慣が根付いてしまった。

 クソほど面倒で、クソほどやりたくなくても。

 手紙を受け取れば書いてしまう習性が染みついてしまったのだ。

 花束などの送り物ものもそう簡単に捨てられなくなって……くそ。

 

 俺は無数の花を忌々しく思いながら。

 そんな事はどうでもいいと椅子に座る。

 そうして、対面に座る母親に視線を向けた。

 

「……あの子は……息子は……祓魔師には向いていないんです」

《ほぉ……で?》

「……っ。あの子は本当は心が優しい子なんです! 虫も殺せないほどに優しい子で!」

《へぇ……で?》

「だ、だから……あの子は悪魔との戦い何て出来ません!」

《なるほど……で?》

 

 俺は自称母親を見つめる。

 俺が全く話を聞いていないと思ったのか少しだけムッとしたような顔をする。

 俺は茶を飲んでから、静かに息を吐く。

 

《向いている、向いていない以前に……彼が自らの意志で、修道院に入ったんですよ?》

「それは、そうですが……でも! きっと何か事情があって!」

《そもそも、妙な違和感があったんですが……貴方は息子の入学に今になって異議を唱え始めたのは何故ですか?》

「……っ! そ、それは……そう、街での事件があったからです! だから、このままじゃだめだと思って!」

 

 ……なぁんか、胡散臭ぇなぁ?

 

 息子の身を案じて修道院を辞めさせたいってのは、母親としては無い事もないだろう。

 が、祓魔師になるのならばそういう危険はつきものであることは最初から分かる筈だ。

 それなのに、一度は入学を許し、悪魔による事件が発生したから考えを改めた、ねぇ……何か、ちげぇよなぁ。

 

 母親としての考えはあるにはあるが。

 こいつからは母親特有の誠実さが感じられない。

 必死ではあるが、別の狙いがあるように感じる。

 まだその正体については分からないが……そうだなぁ。

 

 このまま帰らせるのは簡単だ。

 適当に説得すると言えば、こいつは納得するだろう。

 が、どうせすぐに俺が何もしていない事に気づいてまたやって来る。

 そうなれば色々と面倒であり、俺はどうしたものかと考えて……いや、てっとり早い方法があるな。

 

 俺は椅子から立ち上がる。

 そうして、魔術によってスマホが震えているように偽装する。

 

《すみません、連絡が入ったので》

「あ、はい……っ」

 

 俺は玄関へと行き、扉を開けて外に出る。

 そうして、流れるように生徒への緊急時の連絡先を調べて……あったあった。

 

 俺はアドレスを確認してから掛ける……さてさてぇ。

 

 

 ◇

 

 

「どうして……お前が此処にいるんだよッ!」

「ヤン……先生、何でヤンを?」

《まぁまぁ、三者面談ということでね》

 

 俺の家にやって来たのはヤン・バール君。

 俺がこっそりと連絡を取って、此処に君の母親がいると教えてやった。

 すると、こいつは血相を変えて飛んできた。

 自称母親と対面したヤンは、それはもう怒りの形相だった。

 まるで、親の仇でも見るような目で……まぁ知り合いではあったか。

 

 対して、母親の方は慌てている。

 まさか、俺が息子を召喚するとは思っていなかったんだろう。

 俺の方をちらちらと見て助けて欲しそうにしている。

 

 俺はヤンの方を見て質問する。

 

《この方は、君の母親》

「――ちげぇよッ!! こいつは俺を捨てたクズだッ!!

「ヤン……ごめんなさい。でも、事情があったの……まだ、貴方に会う資格なんて本当は私にはない……でも、せめてお母さんの話を」

「ふざけんなッ!! お前のせいで俺は……爺ちゃんだけだ。俺の面倒を見てくれて、最後まで一緒にいてくれたのは……っ。今更、母親面したっておせぇんだよッ!!」

「ヤン……っ。そうよね、貴方の言うとおりだわ……でも、私は一度でも貴方の事を忘れた事は無いわ……それだけは、本当よ」

「……っ!! 帰れッ!! 俺の前から消えろッ!! お前の顔なんか――見たくねぇッ!!」

 

 ヤンは机を思い切り叩く。

 その瞬間、湯飲みが倒れて茶が零れた……クソがぁ。

 

 俺がふつふつと怒りの感情を沸き上がらせていれば。

 ヤンの母親は悲しそうな顔で静かに頷く。

 

「……今日は帰るわね……ヤン、もしも、お母さんと話してくれるのなら……連絡して?」

「……っ」

 

 ヤンの母親は彼の手を取る。

 そうして、紙らしきものを包ませた。

 ヤンは母親を憎んでいるようだが。

 それでも、その手を振りほどく事はしなかった。

 

 ヤンの母親デボラは会釈をしてから去っていく。

 扉がぱたりと閉じられて、ヤンは悔しそうな顔をしていた。

 俺はゆっくりとキッチンに行き、置いてあったふきんを取ってヤンの前に置く。

 

《掃除してください》

「……分かってるよ! クソッ! こんな時くらい……教師らしく慰めやがれ」

《ははは、そんな事、私がする訳ないでしょ?》

「……チッ!」

 

 ヤンは母親から渡された紙をポケットに突っ込む。

 そうして、ふきんを手に取り乱暴に机を拭いていく。

 俺はそんな彼を見ながら、自分の湯飲みにお茶を注ぐ。

 

「……何も聞かねぇのか」

《……? 聞いて欲しいんですか?》

「……本当に、てめぇは……今から言う事は独り言だ」

「……」

「独り言だ! ……はぁぁ! ……アイツは、俺が生まれてすぐに俺を置いて家を出ていった。残された俺を育ててくれたのは、アイツの親父……俺の爺ちゃんだ。爺ちゃんは厳しかったけど、俺の事を育ててくれた……感謝してるし、その、好きだったよ……でも、爺ちゃんは二年前に亡くなっちまった。その時に分かったけど、爺ちゃんは俺にすげぇ大金を残してくれてたんだ……けど、爺ちゃんの遺産を狙う自称親戚共が押し寄せてきてな。どうにかしてぇと思った時に、俺に祓魔師としての適正がある事が分かった……取り敢えず、修道院にいればそんな厄介な奴らと会わなくて済むからよ……でも、まさかあの女が来るなんてな」

 

 ヤンは乾いた笑みを零す。

 恐らく、母親が来たのもその遺産絡みと思っているんだろう。

 自らを捨てた母親との再会が感動的なものである筈が無いと、そういう事だ。

 

《それは大変ですね。明日からもちゃんと修道院に来てくださいね》

「……お前さ、本当に人の心がねぇのか? 世間では慈愛の教師って呼ばれてるんだぞ? 自覚あんのかよ?」

《ありませんが? そもそも、私がそう呼べと言った訳じゃないです。失望したいのなら失望すればいいじゃないですか》

「……はぁ、話にならねぇ……まぁ今はその方が気楽でいいけどよ……アイツに何言われたか知らねぇけど。俺はアイツと縁を戻す気はねぇからな! それだけは覚えておけよ」

《はいはい。そこ、垂れていますよ》

「……はぁぁ」

 

 ヤンはため息ばかり吐く。

 そんな奴を見ながら俺は考える。

 

 ヤンの母親については色々と手を打っておいた方がいいかもしれない。

 別に、どのような目的があってこいつに近づいたのかは心底どうでもいいが。

 何かしらの方法を使って、こいつを退学させるかもしれない。

 そうなれば俺の評価に関わる事であり、何としても阻止しなければならない。

 

 ……にしても、あの香水の匂い……けっこうきつめだけど……何か懐かしい“臭い”を感じた気がしたな。

 

 あの母親からは何かを感じた。

 普通の人間では感じられない何かであり。

 母親としてこいつのことを見ているのは何となく分かるが。

 退学させようとしている狙いに嘘がある気がした。

 

 何かを隠してあり、俺にはそれを言えないんだろう。

 ヤンであれば、容易に聞き出せるかもしれねぇが……ま、どうでもいいや!

 

 俺はこいつに退学何て勧めねぇし。

 そもそも、こいつも退学する気なんて更々無さそうだ。

 だからこそ、俺たち二人が行動しない限りは間違いは起きない。

 血縁関係者であるものの、入学手続きに関してはこいつがしたのは確定だ。

 だったら、今更、自分を捨てた母親がでしゃばってきても何も出来やしない。

 

 気にはなるし……何故か、すげぇ嫌な予感はするが……今は放置だ。

 

 相手が何かアクションを起こせば動けばいい。

 別に戦う訳じゃねぇんだからな。

 俺は楽観的な事を考えながら、すっかりぬるくなった茶を飲んでいた。

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