輸送機が滑走路に降り立つ。
約九時間のフライトが終わり、俺たちはようやくニンドゥの領地に辿り着いた。
此処はニンドゥのスーシン国際空港であり、ざっくりと言えばニンドゥの南の端の方だ。
窓から景色を見れば、空はすっかり暗くなっている。
空港敷地内のライトが点灯し、空港内には人もそれなにいるように感じた。
通常よりも人が多いのは……やっぱり、あの“ニュース”の効果だろうな。
新聞にもデカデカと載っていたほどだ。
古代文明の遺跡が見つかり、その発掘作業を行っていると。
多くの人材を募集しており、もしも重要なものを発見する事が出来れば。
かなりの報酬が支払われるなどと書かれていた。
だからこそ、一獲千金を夢に見て多くの若者が集っているらしい。
……恐らく、あのクズの事だ。金に目がくらんでふらりと来たんだろう……たく。
クズの事は今は良い。
どうせ、発掘現場に向かえば嫌でも会えるのだからな……さて。
腕につけた腕時計を確認する。
ライツとニンドゥでは時差があり。
ざっくりと計算して三時間半ほどだ。
朝の九時に出発し、九時間のフライトで。
時差も含めて計算すれば……今は午後九時半といったところだ。
時計を調整しながら、生徒たちを見る。
どいつもこいつもぐったりとしている。
根暗女はゲロを吐きすぎてげっそりとやせ細っていた。
大人組は平常運転であり、デボラは地図を見て何処に行こうかと考えていて。
クラーラは俺の名前を呟きながら、地図を見て何処に行こうかと考えていた……似てんなぁ、おい。
クルト君は端末を取り出し、スケジュールを確認している。
六連休あるとはいえ、滞在できる時間は限られている。
故に、生徒たちへの指導に関しては彼に全面的に任せておく。
彼とは担任と副担任としての立場としては期間は短いが。
それでも、彼は俺の意図を理解してくれていた。
生徒たちを甘やかす事無く、適切な指導をしてくれる事を俺は期待している……止まったな。
色々と考えている内に輸送機は停止した。
通信が繋がされて、軍曹が――
《先生、何か様子がおかしいぞ? 何時もと違う場所に止まらされた上に、外に……武装した兵士たちがおる》
「……?」
武装した兵士たちが下で待ち構えているだと……どういう事だ?
手続きに関しては問題なかった筈だ。
クルト君に出発前にニンドゥの情勢なども聞いたが問題ないと言っていた。
いや、何かしら不手際があったのなら出発前に指摘されていただろう。
そもそも、何かしら重要な事があれば報道がなされている筈だ。
それすらもなかったのなら……何だ?
俺は考える。
が、このまま此処でいても事態は好転しない。
ハッチの方がガンガンと叩かれている音が聞こえる。
俺は念の為に、デボラとクルト君に中で待機しておくように言う。
《胸騒ぎがします……クルト君は、己の職を悟られないようにしてください。ライセンスや武器は絶対に見られないように》
「……分かりました」
クルトはそう言ってすぐに荷物から隠すべきものを隠蔽の魔術で偽装する。
他の生徒は目を瞬かせながら俺たちを見ているが……こいつらは大丈夫だろう。
兵士たちが下で待ち構えている理由は推測がつく。
おおよそ、俺たちが関係している事といえば祓魔師という事だ。
それも、ケーニヒが輸送機内には登場している。
一応モナートである俺もいるが……顔を変えておくか。
俺は刻印の一つを起動する。
そうして、顔の形を無理矢理に変形させていった。
これは肉や骨を無理矢理に弄るものだから痛みもそれなりにあり。
戻す時も面倒なのであまり使いたくは無いが……こんなものだな。
馬鹿たちには絶対に下手な真似はしないように言い聞かせておく。
クラーラは笑顔で俺の命令を承諾し、ゾーヤも静かに頷いていた。
俺は通信機を持ち、すぐにハッチを開くように軍曹に指示する。
すると、軍曹は気を付けるように言いハッチを開いていった。
ゆっくりゆっくりとハッチが展開されていき――兵士たちが銃口を向けてなだれ込んで来る。
「両手を上にあげろッ!! そして、そのまま動くなッ!! 貴様たちには“大量虐殺の嫌疑”が掛かっているッ!! 特に、お前……ッ! おいリストを見せろ……“
《彼なら、途中で降りましたよ。何でも、仕事があるとかで》
「……チッ! なら、貴様も連行するッ!! 奴に関して知っている事は全て吐いてもらうぞッ! 他には……お前たちは祓魔師かッ! 虚偽の報告をすれば、それだけで状況は悪化するぞッ!」
「わ、私は……この子の母親で、付き添いの主婦です」
「私はベッカー先生と同じライツの修道院で働く教員です。彼らはまだ見習いで、子供です。ニンドゥへは生徒たちの引率で来ました……よろしければ、具体的な説明を」
クルトが質問をすれば、隊長らしき男はライフルを構えて威嚇する……質問も無しってか。
「私は動くなと言った……おい、念の為にこいつらを調べておけ。もしも、祓魔師であれば……分かるな?」
「「ハッ!」」
「……貴様らは俺と共に来てもらうッ! 抵抗はするなよッ! この場で射殺する事も許可されているのだからなッ!」
「「「……」」」
俺たちは手を上げる。
射殺とかほざいているが、ただの鉛玉で俺たちを殺せると――“本気で思っているのか”?
よくは分からないが、勿論、抵抗はしない。
下手にもめて後でどやされるのは腹が立つし。
ニンドゥには想い入れは無いとしても、勝手に指名手配にされるのは嫌だからだ。
大量虐殺の嫌疑と言ったが、祓魔師という存在が何故に大量虐殺に関わっているのか。
もしかして、悪魔にも生きる権利があるなどとほざいている馬鹿がいるのか?
そうであるのなら、救いようのねぇカスだとは思うが……そういう空気でも無さそうだな。
よく分からないものの、此処で暴れても何のメリットも無い。
故に、俺は抵抗する事も無く奴らに手錠を嵌められる。
ご丁寧に魔力封じであり、これでは魔術も“通常なら”使えないだろう。
他の奴らも従っていて、クルト君たちはそのままで兵士たちにより輸送機のチェックが始まった。
「……」
「……!」
クルト君をちらりと見る。
そうして、アイコンタクトで後は任せると伝える。
クルト君は表情には出す事無く、俺の意志を受け取ってくれた。
デボラはデボラで、事が穏やかではない事を悟り黙っていた。
大人たちは問題ない。
アイツらは状況によって適切な判断を下せるだろう。
俺たちも俺たちで、状況によって行動を取る事が出来る……が、恐らくは……。
「さっさと歩けッ!!」
「「「……」」」
背中を押されながら輸送機から降りていく。
荷物は全て没収されて、ゾーヤも武器を奪われていた。
兵士の一人が俺のチョーカーを指摘し、調べると言う事でそれすらも奪われる。
俺たちはそうして、外で待つ護送車へと押し込まれる……さてさて。
こんな事は初めてかもしれない。
仮にも、ケーニヒであるこいつらを拘束するんだ。
それ相応の理由があって当然だろう。
果たして、その嫌疑とやらがどういう根拠があってのものなのか。
すぐに上層部が気づくに違いないが……もしも、気づかないのであれば……情報統制を敷いている可能性があるがな。
俺たちが捕まえられた事を他国に伝えない為に。
国が組織を動かして情報を制限させている。
そうなれば、如何に世界に根を広げる対魔局であろうとも。
すぐに動く事は不可能だろう。
もしくは……考えたくない事だが……。
いや、一番あり得る可能性だが……俺が、また何も知らずに――“あの鬼畜眼鏡に嵌められた”事くらいだな。
◇
「ほらよ。たく、テメェも運がねぇな。口も聞けないから、そいつがねぇと苦労すんだろぉ? 精々、”涙と汚物”でそいつを壊すんじゃねぇぞぉ。ひひひ」
「……」
俺は刑務官の一人に背中を蹴られる。
そうして、大きな独房の中に放り込まれた。
暗い部屋の中には大柄の男たちが何人もいる。
奴らは新しく入って来た俺をニタニタとした気持ちの悪い顔で見ていた。
その中でも、中心にて酒瓶を手に持ち呷る三メートルはある巨体の熊のような男が印象的だった。
全体的に毛むくじゃらで、肌が見える箇所には傷跡が無数にある。
俺はゆっくりと立ち上がりながら、服の埃を払う。
そうして、今日はもう何も出来ないからと早々に寝ようとした。
が、ベッドの前には男が立ちふさがる……はぁぁ。
「おいおい、テメェ新入りだろぉ? だったら、ボスに挨拶するのが筋じゃねぇのか? えぇ?」
《あ、はい》
「あぁ、何だテメェ。それは声なのか? ははは、おもしれぇ!」
俺を嘲笑うクズ共。
それを無視して、俺はボスである熊の前に立つ。
そうして、ゆっくりとお辞儀をして世話になる事を伝えて――
ガラスが砕ける音が響いた、
頭に強い衝撃を感じた気がする。
そうして、頭からぼたぼたと液体が垂れていった。
舌を出して舐めとれば酒の味がした。
ゆっくりと顔を上げれば、男は目を細めながら俺を見ていた。
「舐めろ」
「……」
「聞こえねぇか。舐めるんだよ、ダボが……それが嫌なら……こっちの方がいいか?」
男はそう言ってズボンのファスナーを下ろす。
男たちはくつくつと笑っていて、俺は小さくため息を零す。
そうして、熊男に徐に近づいていった。
男はにやりと笑いながら下品な事を言う。
俺はそのまま奴の股の前に立ち――足でデカいだけのそれを踏みつける。
「ふぎゃああ!!!」
「ぼ、ボス!!?」
俺は痛みで絶叫するカスの股間を全力で踏む。
すると、独房の床に僅かに亀裂が走った。
ボスと呼ばれた男は泡を吹きながら、部下たちに俺を殺すように命じる。
そいつらは何故か、独房である筈なのにナイフなどの武器を取り出して……はぁ、たくよぉ。
《クズはどの世界でも、同じようなものですね……死にたいのなら、来ればいい》
「……く、クソがァァ!!」
ナイフを突き出して来るカス。
俺はそれを防御もせず背中で受けて――ナイフが砕ける。
「は、え――ぶぎゅあぁ!!?」
俺は放心する馬鹿の頭を片手で掴む。
そうして、全力で床に叩きつけた。
クズは顔から血を噴き出しながらぴくぴくと痙攣している。
そんなカスを冷めた目で見つめて――後ろから別の敵が迫る。
「オラァ!! このまま首をへし折ってやらァ!!」
「……」
デブが叫んでいた。
ギリギリと俺の首を絞めている。
奴はニタニタと笑いながら勝利を確信していた……馬鹿が。
この程度で俺の首をへし折れる訳が無い。
俺にとっては赤ちゃんの戯れほどでもなかった。
そんな事を思っていれば、目の前にひょろがりの男が立つ。
視点が定まっておらず、顔全体にどくろの刺青を入れているジャンキーのような男。
奴はとげのついた棍棒を持っていた。
それをぺらりと舐めたかと思えば――振り下ろして来る。
「キイィィィエエェェェ!! 死ね死ね死ねェェ!!」
「……」
何度も何度も棍棒を振りかざすクズ。
身に着けていた眼鏡は砕かれて、床に残骸が転がる。
眼鏡は良い、別に買い直せばいいだけだ。
が、唾をつけたもので俺を殴るのは――死に値する。
俺はデブの腕を掴む。
そうして、一気に力を込めて――べきりとへし折る。
「ひぎゃああああ!! 俺の腕がぁぁぁ!!?」
「きぃえ……え、え、え?」
俺を殴っていたガリガリ。
奴は目を点にして固まっていた。
そいつへと俺は一歩ずつ近づいていく。
奴は恐怖から棍棒を振るうが、俺は一切ダメージを受けない。
そのまま奴は鉄格子に当たり、俺は逃げようとした奴の顔を素手で掴む。
そうして、そのまま力任せに鉄格子に押し付けていった。
「や、やめ、やべ、で――あ、ぁあ、あああぁ――――…………」
「……」
ちょろちょろと小便を漏らすクズ。
俺は奴の顔から手を離した。
床に転がったそいつは気絶しており、顔は鉄格子の形に変形していた。
ゆっくりと震えている残りのクズ共を見る。
《舐めなさい》
「「「え、え、え、ぁ、ぇ……ぇ?」」」
《舐めなさい――殺しますよ?》
「「「――ッ!!!」」」
クズ共は顔面蒼白になりながらも、その舌で汚れた床の掃除を始めた。
俺はようやく落ち着けると、熊男に歩み寄る。
奴は泡を吹きながらもまだ意識があった。
そんな男の目を見つめながら、俺は笑顔で伝える。
《改めてよろしくお願いします。もしも、私を不快にさせたら……殺しますので》
「あ、あ、あぁ、は、はひぃ」
俺は伝える事を伝えてベッドに横になる……あぁ、くせぇな。
汚くてかび臭いベッドだ。
俺はそんな事を思いながらも、警戒心だけは持って仮眠を取る事にする。
恐らく、明日から取り調べと評した尋問が行われるだろうが……まぁどうとでもなる。
ガキ共はクルト君に任せておけば、修道院に連れて行ってくれるだろう。
如何に、祓魔師という存在がこの国で敵視されるような事になったとしても。
子供のいる学校まではそれ相応の権利が無ければ立ち入る事は出来ない。
修道院であれば尚の事であり、国家が相手であろうとも変わらない。
取り敢えずは、此処を出る方法も考えておこうか。
もしも、対魔局からの助けが無いのであれば、自力でどうにかしろという事だろう……あぁ、クソ。
十中八九が、あの鬼畜眼鏡が敢えて情報を伏せた可能性が高い。
もしも、こんな状況になっていると知っていれば、俺が様子を伺うと思ったのか。
全くその通りであり、普段であれば俺の事を理解できていないアイツも。
こういうところだけは頭が回るようだった。
「……」
俺はいらいらとしながらポケットを漁り……あぁクソ。
煙草まで没収された。
俺はゆっくりと体を起こす。
そうして、掃除を終えたクズ共を見つめる。
《煙草、無いですか?》
「あ、あります!! お、おい!」
奴らはそそくさと動く。
そうして、ベッドに隠していた煙草とライターを持って来る。
箱から出した一本を俺が口で咥えれば持ってきた奴は震える手で火をつけた……ふぅ。
クソ不味い……金を払っても吸いたくはねぇ味だ。
が、気付けには丁度いい。
俺は煙草の箱とライターを奪い取る。
そうして、ゆっくりと時間を掛けて吸いながら。
牢屋の窓から見える月を眺めて、静かに煙を吐いた。
-裏-
「……よろしかったのですか」
「ん? 何がかな?」
「クルト・バーデン様に言伝をしていましたが……アレだけで本当にヘルダー様がニンドゥへ行くと?」
執務室でアヒムが質問をしてくる。
表情は変わらないものの、不安を感じているようだった……そうだね。
「確かに、僕はボブ・アーモンドの捜索をお願いしただけだ……でも、僕の考えが正しければ彼は間違いなくニンドゥへ行くと思うよ。僕よりも彼の方が、あの人の生態については詳しいだろうからね」
「……? そうですか……ですが、あそこに彼らを向かわせるのは……少々危険すぎると思います」
「まぁそれはそうだ。何せ、ニンドゥの王は血濡れの天使を始めとしたケーニヒたちに疑いを持っているからね……恐らく、悪魔たちの仕業だろうけど、今では現地の支部とも連絡は取れなくなってしまった……でも、だからこそ僕は彼らをあそこに派遣したいんだよ」
「……と、言いますと?」
「ふふ、すぐに分かるよ……彼らは僕の思考では至れない結果を掴む事が出来る……きっと彼らなら大丈夫さ」
彼の事だから僕が何も伝えなかった事に不満を抱くかもしれない。
でも、彼に全てを話してしまえば彼は誰よりも消極的になってしまう。
彼は危機に陥れば、その分だけ迅速に問題の収束に臨む傾向がある。
故に、敢えて話さずに送り出す事で、僕は彼の能力を十二分に発揮させようと思っていた。
サポートは出来ない。
出来る事は、彼が一緒に連れて行くであろう生徒たちを守る為に。
クルト・バーデン君を補佐に向かわせる事くらいだ。
幸いにも、ニンドゥにはケーニヒやダーメに関する情報が渡っているだけで。
トゥルムまでであれば、上手く誤魔化す事が出来ればやり過ごす事は出来る。
彼の事だから、すぐに異常に気づいて指示を出すだろう。
バーデン君も、彼の言う事であれば素直に聞く筈だ。
それ以外は此方からは何もする事は出来ないが……彼にはそれでも十分すぎる。
今までもそうだが。これからも――彼ならばどんな困難も“跳ね除けていく”のだから。