視界に映る景色が勢いよく流れていく。
街灯の明かりに、看板の下品な光。
それらが一つの線のように見えていた。
ガタガタと激しく揺れる車内。
男の悲鳴とサイレンの音が鳴り響き。
金属同士が擦れる音も聞こえてきて、俺は真顔でアクセルを踏む。
「ちょちょちょちょ何でぇぇぇぇ!!?」
《舌、噛みますよ?》
隣でシートベルトを掴みながら泣き叫ぶ男。
黒いスーツを着てサングラスを掛けたこの男こそが――“K”だ。
現在、刑務所からの脱獄に成功し。
計画通りにKは黒塗りのセダン車を用意して待機していた。
負傷したクラーラは俺の魔術で治し、ゾーヤと一緒に後部座席に放り込んでおいた。
今は黙って乗っており、街をぼけっと眺めていた。
運転席には俺が乗り、助手席にはKがおり――街を全力で疾走していた。
後ろからサイレンを鳴らしながら追って来るパトカーたち。
その中には装甲車もあり、街中であるのに機銃を掃射して俺たちを攻撃してきていた。
ちゅんちゅんと車の外装を銃弾が撫でていく音が聞こえる。
街の中で歩道の上を歩く一般市民を華麗なハンドリングで避けながら。
俺はパトカーたちを引き連れてある場所を目指す。
夜道を歩く市民たちが驚いていた。
時折、道を塞ぐように止まっている車を避けるように歩道を走る。
酒場が用意した席やテーブルを跳ね飛ばし。
座っている客たちは俺の魔術で安全な場所に噴き飛ばす。
彼らはふかふかのゴミ袋の中に頭から突っ込んできゃんきゃんと吠えていた――知らねぇな。
前方で、警察隊の人間がスパイクを設置したのが見えて――ハンドルを勢いよく回す。
「あああぁぁぁ!!!?」
ギャリギャリとタイヤが擦れる。
ギアなども動かしてドリフトし、そのまま狭い路地裏に強引に侵入する。
ガリガリと外装を削りながら走れば火花が激しく散っているように感じた。
不快な音であり、眠っていた人間たちも飛び起きて窓から顔を出していた。
寝ぼけ眼の猫は一気に覚醒し逃げ去り、ゴミを漁っていたカラスたちが奇妙な鳴き声を上げて飛び去っていく。
ゴミ箱を弾け飛ばし、寝ている浮浪者の頭上を飛び越えていった。
それらを全て無視し、そのまま路地裏から出る。
ガタンと軽く車がバウントし、そのまま車を回転させた。
そうして、ギアを戻してアクセルペダルを踏む。
一気に加速しながら、またストリートを疾走していく。
暗い道でありライトをハイにしておいた。
そうして、信号も全て無視して突き進み――道の真ん中で銃を乱射する一団を見つけた。
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「ひぃぃぃ!!!?」
奇妙な声を上げながら銃弾を放つ男。
その目は焦点が定まっておらず。
袋のようなものを持ってその中の何かを吸入している。
高確率でハイになっている狂人か何かだろう。
奴らは俺たちを見るなり問答無用で銃を撃って来る。
ガリガリと外装が削られて、窓ガラスにも銃弾が命中する。
防弾仕様であるものの、もうほとんど限界だった。
俺は邪魔だけになったそれを片手で砕き、全力でアクセルペダルを踏む。
そうして、そのまま――狂人たちを引き殺した。
人が空中を舞い、後方でべしゃりと地面に転がった。
Kは顔面蒼白で後方を確認し、指を向けながら魚のように口をパクパクさせていた。
「ひ、ひ、ひ、ひひひ、ひ、と」
《ん? 人じゃないですよ? あれは……ゴミですね。えぇ。ですよね?》
「うん! おっきなゴミだったね!」
「ゴミだった。よく燃える方の」
「……い、イカれてる……何なんだ、この人たち……あ、トップの方々だった……は、ははは」
俺は気晴らしにラジオを掛けてやる事にした。
かちりとボタンを押しツマミを回して……お?
《――だね! 古代文明の遺跡はかなり広いけど、今はどうなってるのかなぁ?》
《さぁ、それは分かりませんねぇ。何せ、作業をしている人たちは住み込みですし。作業の内容は秘密ですからねぇ。果たして、一般公開は何時になる事やらですよぉ。ははは!》
「……」
例の遺跡の発掘作業か……きなくせぇな。
上からは何も聞いていないが。
十中八九が祓魔師も一枚かんでいた筈だ。
古代文明とか遺跡とかは関係なく。
そこに眠るものの中に悪魔に関係する何かがある場合を想定し。
国からの要請を受けて、俺たち祓魔師が現地に派遣されるのが普通だ。
関係なければそのまま国の管理下になるだけであり。
隠し立てをしたとしても何のメリットも無い。
遺跡そのものや発掘された重要な歴史文化財を奪ったりはしないからな。
《Kさん。一つ質問があります……祓魔師は、遺跡の発掘には関わっていないのですか?》
「え!? い、いえ! 関わっていましたよ!! ですが、例の件によって我々の調査は中断させられて。その結果、今は外部の企業があそこの現場で指揮を執っていますぅぅぅ!!?」
《……外部の企業が態々ですか? それは何故ですか?》
「なななな何故って――あぁぁああぁぁ前!! 前ぇぇぇ!!!」
バリケードを築いてるのは見えている。
警官では無く軍の兵士で、設置したタレットから銃弾を放って来ていた。
俺は結界を展開し銃弾を全て弾いていった。
そうして、そのまま刻印の一つを起動し――車を浮かせた。
一気に上へと飛びながら、俺たちはそのまま警察たちの包囲網を突破する。
勢いよく道路に着地し、そのままノンストップで街の外を目指していった。
《で? 何故ですか?》
「え、え、え……えっと、大臣である……ヴィール・カムダール氏が自ら選んで、そこに任せると……え?」
《あの大臣がですか……妙ですね》
ヴィール・カムダールという男については知っている。
先代のニンドゥの王の時代から、政務に関わっている男で。
その信頼は高く、仕事も真面目で民からの信頼も高かったと聞く。
実直な男であり、頭は固いが受けた仕事は必ず果たすと聞いていたが……そんな男が外部の企業を使うのか。
国の事を第一に考えるのであれば。
得体の知れない外部の企業を招くのではなく。
多少コストが掛かろうとも、ニンドゥ内の信頼できる企業に大事な発掘作業などは任せる筈だ。
王の懐刀と言えども、これに関しては明らかに軽率過ぎる。
が、王はそれを疑う事も無く任せているのか……妙だと思うだろうよ。
幾ら、大事な民が殺されたとはいえ。
調べた結果、俺たちであると分かったとしても。
本人たちからの証言であったり、動機などを確かめる事も無く。
祓魔師の行動を制限した上に、俺たちをお尋ね者にした。
恐らく、上層部の方には俺たちの身柄を速やかに引き渡すように要求していたんだろう。
あのクソメガネはそんな事を話す事も無く俺たちを現地へ送り……アイツめ、何を企んでやがる?
この件を解決する方法は幾つかある。
その中でも、最も重要なのはこれを仕掛けた悪魔の生け捕りだ。
殺してもいいが、自分たちの無実を証明するのであれば生け捕り以外に手は無い。
そして、その次に重要なのは大臣と王の身柄を――“確保する事”だ。
大臣の方はほとんどクロに近いだろう。
不自然な行動の理由は洗脳か。あるいは……“成り代わり”だな。
そいつの皮を剥いで成りすましてやがるのか。
それとも、魔術や特異能力によって変装しているのか。
恐らくは後者であり、そいつが俺たちの偽物を演じた可能性が高い。
王の事も心配であり、成り代わりの可能性が低いように思える事から。
洗脳或いは、何かしらの薬物により精神支配を受けている可能性が高い。
もしも、王そのものが悪魔になっているのであれば。
恐らく、奴ら自身ももっと派手な行動を取っていただろう。
そうでないのであれば、王そのものに成り代わる“リスク”を意図的に避けた可能性が高い。
王には自然と視線が集まる。
自由が無いに等しいのであれば。
おのずと王よりも監視の目が低い人間に成り代わるであろう。
ヴィール・カムダールであれば、外部企業との交渉であったり。
外交の面でも自らが進んで行っていたという記録もある。
だからこそ、自由に行動したとしても怪しまれる可能性は低い。
……悪魔を確保し、王の安全を確保するのであれば宮殿に乗り込むのが早いが……“違う気がするな”。
何か胸騒ぎがする。
それは遺跡の事であり、あそこが妙に俺は気になっている。
態々、俺たちの動きを制限させて。
祓魔師を遺跡から遠のけたように思えるからこそ――あそこには重要な何かがある気がした。
選択を誤れば取り返しのつかない事態になる。
戦力を分散させるのも得策とはいえない。
俺一人でも、悪魔の軍団と渡り合う事は可能だが……今回はそうも思えない。
久々に感じる悪寒だ。
背中に這ううすら寒い感覚。
こういう時は大抵、碌な事が起きない。
だからこそ、一度仲間たちと合流し――
「どどどどど何処に行ってるんですかぁぁ!!?」
《……煩いですよ》
立ち入り禁止の看板を弾き飛ばす。
そうして、侵入したのは工事が途中で止まっている橋の上だった。
後ろからは狙い通りパトカー共が追いかけてきている。
俺は指を鳴らして、クラーラに人形の用意を命令する。
奴は笑みを浮かべながら、すぐに俺たちそっくりの肉人形を生み出した。
俺はそれを確認してから、更にアクセルペダルを踏む。
Kは必死に俺の肩を揺すって来るが無視。
俺はそのまま肉人形の頭を掴んで――宙を舞う。
橋の先へと飛び、そのままゆっくりと落下していく。
下は奈落であり、Kは白目を剥いて気絶した。
俺はそのままギリギリまで待つ。
勢いよく地面が迫っていき――飛び出す。
肉人形と入れ替わるように俺たちは車外へ飛ぶ。
Kの野郎も魔術で引き連れて、そのまま車は地面に激突し派手な音を立てて爆散した。
俺たちはそのまま闇夜に紛れるように高速で移動する。
「……」
片手を上げて全員に止まるように指示する。
遠く離れた場所で足を止めた。
そうして、橋の方を確認すれば。
パトカーから降りた警官たちが燃え盛る車を橋の上から見下ろしていた。
ヘリも飛んでおり、サーチライトをそこへ向けている……取り敢えずは、だな。
紅蓮の炎が闇夜の中で存在を出している。
炎が黒煙を出し、天へと昇っていた。
誰もが目の前で起きた突然の死を黙って見ていた。
疑う事を知らず、証拠を信じる奴らであれば……いや、いい。
祓魔師の中でも、俺たちの事を良く知る人間たちであれば。
あんな小細工は意味が無いが。
良く知りもしない奴らであれば、取り敢えずはあの死体で暫くは時間が稼げるだろう。
俺は顎を動かして移動を再開する。
二人は頷きながら俺の後をついてきた。
◇
闇夜の中を移動し。
俺たちはニンドゥの対魔修道院へとやって来た。
周りには軍の兵士たちがいたようだが、明らかに穴が出来ていた。
今頃は俺たちの死体の調査でほとんどの人間が仕事に向かったんだろう。
俺たちは何の心配も無く施設内に入る……懐かしいな。
木造建ての校舎。
白いペンキで塗りたくり、昔と違って剥げ跡がある。
鐘つきの時計台に、古典的な修練器具たち。
静かに修練場へと降り立ち、汗や血が混じったような懐かしい臭いを嗅いでいた。
それらを見ながら、俺たちは首を傾げる生徒たちに……おっと、いけねぇな。
俺は魔術を起動し、顔を変形させる。
そうして、元の顔に戻して視線を向ければ――生徒たちは笑みを浮かべた。
「「「先生!!」」」
《お待たせしました……何か、変わった事は?》
俺は良く知る人物であるラフールに声を掛ける。
すると、“小僧”は問題は無いと伝えて笑う……問題ない、か。
生徒たちは矢継ぎ早死に俺たちに質問をしてくる。
大丈夫だったのか、怪我はしていないのか、腹は減っていないか……はぁ。
《貴方たちには関係ありません。もう今日は遅い、早く寝る》
「――関係あります!」
「そうだ!! アンタが俺たちを此処に連れて来たんだろ!? だったら、関係ないなんて事はねぇよ!!」
「そ、そうだよ!! 私たちだって……何か手伝える筈でしょ!?」
生徒たちは俺に反抗する……生意気な奴らめ。
俺は考える。
話してもいい。
だが、事情を知ればリスクが生まれる。
敵から狙われる恐れもあり、命の危険だって発生する。
……が、知らないままの方が……確かに“リスク”だ。
俺はため息を零す。
そうだ、俺の過ちだ。
こいつらを連れ来たのは俺だ……なら、けじめをつけるべきは俺だ。
俺は歩き出す。
生徒たちは何処に行くのかと聞く。
俺は足を止めてから振り返る。
《ついて来なさい。話してあげましょう……そして、クルトからの話も聞きましょう》
「「「……っ!」」」
コツ、コツ、コツと靴の音が聞こえた。
すると、建物の影からクルトが現れる。
彼は静かに頭を下げて、俺の傍に近寄る。
「……申し訳ありません。補佐でありながら、御救いできず」
《構いません。貴方は貴方の役目を果たした……さぁ行きましょう》
俺は歩き出す。
ケーニヒたちもついてきた。
生徒たちも慌てて俺を追って来る。
「……ねぇ、さっきから気になってたんだけど……先生が担いでるあの人……誰?」
「……さ、さぁ……誰、だろう?」
「ぐったりしている。泡を吹いてる……死んでる?」
「……」
Kはぴくぴくと痙攣している。
俺は早く起きろと思いながら、小さくため息を零した。