【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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061:貴方のような祓魔師に(side:エゴン)

 草を掻き分けていく。

 倒れた木の枝が服に当たるが関係ない。

 滝のように汗を掻き、呼吸を乱しながらも――進んでいく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

「ま、待って……お願いだから、皆!」

 

 僕たちは森の中を走っていた。

 アデリナさんの声でハッとし足を止める。

 彼女の服はボロボロで、僕たちも同じような姿で……どうしてこうなったのか。

 

 あの後、どうにかして外の人たちにこの事を知らせる為に何ができるのかを考えた。

 皆で意見を出し合った結果、森の中に入ろうと僕から提案した。

 反対する人たちもいたし、それしかないと諦めに似た事を言う人たちもいた。

 結果からいえば、グループは二つに分かれてしまった。

 

 救助が来るまで待つと言った人たちが大体半分。

 僕を筆頭に森の中に入ると言った人たちはその残りで……既に夜は明けている。

 

 いや、夜どころかもう何日も経過しているように感じる。

 あまり眠る事は出来ておらず。

 魔物と悪魔を警戒し、聖刃は絶対に手放せない。

 

 僕たちの心は体力の消耗と共にすり減っていく。

 食べ物に関しては、虫でも何でも食べていた。

 口に入れれるのなら何でもいい。

 例え、木の皮であろうとも無理矢理に胃の中に入れた。

 アデリナさんも文句を言う気力も残っていないようで。

 僕たちはただ森の外を目指して歩いていった。

 アデリナさんはその場に腰を下ろす。

 僕たちはそれを見て、誰が促すわけでもなく木に背中を預ける。

 そうして、ヤン君が皆はどうしているかと聞いて来る。

 

「……きっと大丈夫だよ……先生たちを殺す事が目的だったんなら。僕たち何て」

「……なぁ、カブラギの言ってた事、覚えているか」

「え、あ、あぁ……先生たちの死体が偽物ってことだよね? それが……」

 

 ヤン君は何かを考えていた。

 言おうか言うまいかと考えていて……ゆっくりと口を開ける。

 

「……悪魔にとって人間は……餌、だったよな?」

「……うん、先生はそう言ってたね……いや、そうか……餌なら、何で態々、先生たちの死体を弄ぶだけで……食べなかったんだろう」

「……そんなの、食べるよりも先生たちの事を……うぅ!」

 

 アデリナさんが涙を流す……そうかもしれない。

 

 先生は悪魔たちは人間を餌として見ていると言っていたけど。

 人間たちの中にも、食べる以外の事で生き物を殺める非道な存在はいる。

 遊ぶように殺したり、すかっとする為に惨殺したり……そういうものかもしれない。

 

 ……けど、ヤン君の疑問は確かに違和感に思える……そもそも、この状況は一体……っ!

 

 がさがさと茂みが揺れる。

 僕たちはハッとして、武器を構えた。

 すると、茂みの中から――コルネリアさんが顔を出す。

 

「……え? コルネリアさん? 何で此処に……皆は、どうしたんですか?」

「……」

 

 彼女は何も言わない。

 口を小さく開けて、手足をだらりと下げている。

 ただジッと僕を見つめて……いや、違う。

 

 

 彼女は僕を見ていない。

 否、その瞳には――“生気が無い”。

 

 

「――逃げてッ!!!!」

「「「――!」」」

 

 

 全員が僕の声に反応した。

 唯一、アデリナさんだけがキョトンとした顔をしていた。

 瞬間、コルネリアさんの体を引き裂いて――悪魔が姿を現す。

 

 全身が黒い体毛で覆われて、手足は太く爪は鋭利で。

 ぎょろぎょろと飛び出た目玉が動き。

 長い舌をべろりと回して――それがアデリナさんの足を捕まえた。

 

「ひぃ!!」

「アデリナさん!!」

 

 僕は咄嗟に動く――が、横から強い衝撃を感じた。

 

 ごろごろと転がり、大木に体を打ち付ける。

 そうして、がふりと血を吐き出して何が出て来たのかと見た。

 すると、また別の悪魔であり、今度は怪しげな縦長の仮面をつけたひょろ長い異形の姿で。

 そいつは盾を構えるヤン君に襲い掛かり、いともたやすく彼の盾を破壊した。

 怯える彼を無視し、悪魔はそのまま仮面を引き裂くように無数の歯が並ぶ口を開いて――彼に噛みつく。

 

「アアアアァァァァ!!!!?」

「「ヤン!!」」

 

 レン君とショーン君が駆けだす。

 彼らは必死に悪魔に対して攻撃を行っていた。

 が、その攻撃はまるで通じていない。

 

 悪魔はゴキゴキと音を鳴らしながら、レン君の腕ごと肩を噛みちぎる。

 ヤン君は白目を剥いて痙攣していた。

 仮面の悪魔はニッと笑い、そのままレン君たちの手足を掴んで――あ、ああ、あぁぁ。

 

 目の前で仲間たちが殺されて行く。

 あんなに頑張って、あんなに絆を深めた。

 それなのに、悪魔たちは僕たちを――食べていた。

 

 アデリナさんは泣き叫ぶ。

 痛い痛いと叫んでいて――ぶちぶちと音が響く。

 

 上半身と下半身が千切られた。

 アデリナさんは血の泡を噴いていた。

 ぴくぴくと痙攣し、悪魔はそんな彼女を頭から食べていく。

 

 レン君とショーン君も、綿あめを千切るように手足をもがれて。

 そのまま、団子でも作るように、捏ね、られ、て――は、はは、ははは。

 

「何で、どうして、嘘だ、こんなの、こんなのって、は、はは、ねぇ、ねぇ、ねぇ!!」

 

 僕は笑っていた。

 狂ったように笑い、両目から涙を流す。

 嬉しいのか、悲しいのか、怒っているのか――何も分からない。

 

 全てが、僕の心を壊していく。

 目の前で起こる惨劇が、悪夢であって欲しいと願っている。

 が、自分の体を襲う冷たさも痛みも――“本物”だ。

 

 

 全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ゼンブゼンブゼンゼンゼンゼゼゼゼゼゼ――ぜ?

 

 

 気が付けば、僕の体は悪魔たちに持ち上げられる。

 奴らは目を充血させていた。

 そうして、大きく口を裂けさせながら笑っていた。

 

 瞬間、僕は堰を切ったかのように――叫ぶ。

 

「いや、いや、イヤダアアアアァァァァァアアアアアアァァヤアアァァ!!!!!」

「「――」」

 

 悪魔たちはゲラゲラと笑う。

 不快な声で嘲笑い、その口の中では仲間たちが空ろな目で僕を見ている。

 

 皆、死んだ――皆、殺された――皆、皆、皆皆皆――あぁ、そうだ。

 

 僕は死ぬんだ。

 此処で呆気なく死んで。

 それで、それで、それで――――?

 

 悪魔が口を開く。

 そうして、僕の頭を口に入れた。

 ゆっくりゆっくりと頭に力が加えられていく。

 ギチギチと閉められて行って――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛―――

 

 

「――ぁ」

 

 

 ぶちゅりと音がして、僕の意識は黒く――――…………

 

 

 

 

 

 …………――――目を開けた。

 

 白い光が眩しい。

 鳥の鳴き声が聞こえる。

 いや、不思議な獣の鳴き声も……あ、れ?

 

 此処は、天国なのか。

 僕はそんな事を考えて――大きく目を見開く。

 

 

 

「あ、ああ、ぁぁ…………あぁ?」

《おはようございます。貴方が――最後ですよ》

 

 

 

 僕を上から見下ろす人は――“先生”だ。

 

 生きて……生きている?

 

 先生は、あそこで……いや、先生は、どうして……あ、れ?

 

 

 

 声が聞こえる。

 ゆっくりと体を起き上がらせて周りを見れば――あぁ!

 

 

 いる。いた――皆が!

 

 

 アデリナさんとエルナさんは抱き合っている。

 ヤン君とレン君とショーン君も声を上げて泣いていた。

 コルネリアさんも、カブラギ君も――皆、生きている!!

 

「は、はは……これ、夢?」

《どちらかと言えば、貴方たちに起こっていた事の方が夢ですね》

 

 僕が頬をつねれば、先生が訂正してくる……今までの事が、夢?

 

 視線を先生に向ければ、先生は歩き出す。

 皆は自然と先生に視線を向ける。

 先生が手を叩けば、何処からともなく――悪魔たちが姿を現す。

 

 全員がぎょっとする。

 が、先生だけは冷静で――あれ?

 

 瞬きをする。すると、悪魔だと思っていたそれらが――人間になっていた。

 

 年配の人たちであり、彼らは薄く笑みを浮かべている。

 僕たちを心配している人たちもいたが。

 そんな事よりも、これは何かと先生に説明を求めた。

 

 

《……皆さんに起こっていた事は――“半分が現実で半分が夢です”》

「……それは、どういう……?」

 

 

 カブラギさんがため息を零す。

 そうして、頭に指を向けた。

 

「魔術による高度な――“催眠”だ」

「さい、みん?」

《流石に、一番に抜け出しただけの事はありますね……えぇ、そうです。皆さんは催眠状態で、活動をしていたのですよ》

 

 僕は大きく目を見開く。

 魔術には心にも作用するものがあるとは聞いたことがあった。

 でも、実際に受けた事は無かった……こんなにリアルなのか?

 

 ヤン君は声を荒げる。

 催眠だったら何故、全員が同じ世界を共有していたのかと。

 先生はそれは簡単だと告げる。

 

《集団催眠というものをご存じですか? アレは、その場にいる全員が、同じものを見た、同じ事を経験したというものです……色々な小道具や暗示は必要ですが。同じ体験をさせる事自体は難しくありません……えぇだってそうでしょう? 今この瞬間も、貴方たちは私という存在に注視している。考える事に差異はあろうとも、見えるものは同じですからね》

「……っ。り、理屈はそうでも……そもそも!! 何であんな事を……幾ら、先生だってやり過ぎだろ!!!」

「……ごめん。先生、今回の事は私も……今も、手が震えてるんだよ? ほら」

 

 ヤン君は顔を青くさせながら胸を抑える。

 アデリナさんも自らの手が小刻みに震えているのを先生に見せていた。

 クラスメイトの皆は、今回の事がどれだけ怖かったのかを訴える。

 正直、今までの訓練の比では無い。

 これは肉体よりも、精神的にかなり堪えた。

 何時もなら、先生の課す課題を嬉々として受ける僕でも、これは……っ。

 

 

 先生は皆の言葉を聞く。

 静かに聴いて――“薄く笑う”。

 

 

 

《だったら、結局の所――それだけの器だったという事ですね》

「「「……ッ!!」」」

 

 

 

 皆が怒りを発した。

 先生はそんな彼らを見つめながら、ため息を零し首を左右に振る。

 

《この程度で狼狽えているようでは話になりません。如何に、力をつけようとも……貴方たちが祓魔師になる事は絶対に不可能です……まぁそうですね。貴方方は残念ながら――失敗作、と言ったところでしょうか。ははは》

「――ッ!!! テメェ――ッ!!!!」

 

 ヤン君が叫ぶ。

 そうして、拳を握りしめて――先生の頬を打つ。

 

「――は?」

「……」

 

 全員が驚いた。

 いや、誰よりも驚いていたのはヤン君本人で――先生はヤン君を見つめる。

 

《気に入りませんか? 避けるだろうと思った拳が当たってしまって――悲しいんですか?》

「……っ! 何処まで、お前は……俺を、俺たちを……クソッ!!!」

 

 ヤン君は先生の胸倉を掴む。

 先生はヤン君に何をされても抵抗しない。

 それはまるで、殴られても仕方が無いと受け入れているように感じた。

 

 誰しもが何を言えばいいのか分からない。

 全員が全員、先ほどの悪夢の恐怖に震え。

 先生がそれを行わせた事への戸惑いで心と体がバラバラになっていた。

 

 ヤン君はぽろぽろと涙を流す。

 必死に先生の体を揺すって、何か言う様に叫ぶ。

 が、先生は何も言わない。

 

 ヤン君は先生の服から手を離し。

 その場に膝をついて泣いていた。

 先生は静かにため息を吐き――踵を返す。

 

《……此処で諦めるのもいいでしょう。ヒーローになりたいのなら、他でもなれます……この仕事は、狂っていなければ出来ませんからね》

「「「……っ」」」

 

 先生はそれだけ言って去っていく。

 すると、いつの間にか立っていたバーデン先生が僕たちの前に立つ。

 そうして、淡々と林間学校の終わりを告げて、速やかに撤収するように言う。

 

 僕たちは返事もしない。

 ただジッとその場で立ち尽くしていて……知らない人たちが舌を鳴らす。

 

「……これじゃ、先生が報われないな……全く、手の掛かるガキどもだ」

「あぁ、確かにな……これでは、見習いどころか。赤ん坊と大差ないわ」

「違いねぇ。文句だけは一丁前の図体のデカい坊どもだ。ははは!」

 

 彼らは笑う。

 僕たちを見つめて、あざ笑うかのように……ヤン君がぼそりと呟く。

 

「……黙れよ」

「「「はははは!!!」」」

 

 ヤン君は呟きは、彼らの笑い声で掻き消される。

 彼らは決して笑うのをやめない。

 ヤン君はスッと立ち上がり、今度は強く黙れと叫んだ。

 すると、彼らはピタリと笑うのを止めて――1人の男性が前に出る。

 

 彼はヤン君の前に立つ。

 しわくちゃな顔で、ヤン君よりも背は低い。

 手は義手であり、彼は目を細めながらヤン君を見つめて――ヤン君の腹を殴る。

 

「うごぉ!!?」

「……目上の人間に、タメで話すな。ボケが」

「「や、ヤン!」」

 

 レン君とショーン君がヤン君に駆け寄る。

 貫禄のあるその人は煙草を取り出し火をつけた。

 そうして、たっぷりと煙を吸ってからせき込むヤン君に吹きかける。

 

「「「げほ、げほ!」」」

「……悪魔を殺して、市民からちやほやされるだけの仕事……んな訳ねぇだろ……同じ釜の飯を食った仲間は、悪魔の晩飯にされて葬儀も碌に出来ねぇ。仲良くなった同僚は、手の一本でも残ってたら幸運だが、そんなもんで遺族は納得しねぇよ……挨拶を返してくれるご婦人も、気がついたら消えていて、行方不明のリスト入りときたもんだ……どんなに頑張っても、どんなに死ぬ気で戦っても……弱い奴から死んでいく。あの人は、俺が知る中で最も優秀で最も頼れる存在だ……分かるか? あの人がどれだけ、世の人間たちから期待されて……“恨まれている”のかを」

「なに、言って……うぐ!?」

 

 ヤン君は顔を上げようとした。

 が、それよりも早く老人はヤン君の髪を乱暴に掴み持ち上げる。

 彼は底冷えするような声と、氷のような視線をヤン君に向け続けた。

 

「お前なら救えた、もっと速く来ていれば助かっていた、何故そこにいなかった、お前は何をしていた……表に出る賞賛の声なんかよりも、あの人の失態を罵る奴らの声の方が何百倍もデカいんだよ……ヒーローはちやほやされるからヒーローなんじゃねぇ。全ての想いも罪も、受け止めてどんな結果になろうとも最善を尽くして戦い続けるから――ヒーローなんだよ」

「……っ。だから、それが……あぐ!」

 

 彼はヤン君の頭を更に上げる。

 そうして、にやりと笑って言葉を吐き捨てた。

 

「俺はテメェのママじゃねぇんだ。脳みそが詰まってるなら、テメェで考えな」

「ぐぅ!!?」

 

 彼は乱暴にヤン君の頭から手を離す。

 そうして、煙草を片手で握りつぶす。

 

 その人の声で、全員が撤収を始める。

 僕たちは去っていくその人たちを眺める事しか出来なかった。

 

 ……あの人の言葉は……先生の、真意は……っ。

 

 分かっている。

 先生がどんな思いで今回の事をしたのかは。

 それでも、全員の顔を見れば分かる。

 

 今回の事は、誰しもが目を背けていた事だ。

 起こりえる未来を、疑似的に見る事が出来たんだ。

 避けては通れない道であり、誰しもが幸福な結末を迎えられる訳じゃない。

 

 理解して、分かっていて……僕たちは考える事を放棄していた。

 

 それを此処で分からされた。

 目を背けていた現実を全員が直視した。

 

「……」

 

 僕はゆっくりと自分の手を見つめる。

 今まで鍛えていた事でボロボロだ……でも、これでは意味がない。

 

 どんなに鍛えても、どんなに力をつけても。

 僕は恐怖というものを――乗り越えていない。

 

 このままではダメだ。

 このままでは全てが無意味になる。

 先生が今まで僕たちにしてくれた事も、先生と共に作った思い出も……それだけは、ダメだ。

 

 僕は拳を作る。

 恐怖を簡単に乗り越える事は出来ない。

 どんなに決意を固めても、綻びは生まれるだろう。

 

 

 でも、それでも――先生にあんな事を言わせてはいけない。

 

 

 

『……此処で諦めるのもいいでしょう。ヒーローになりたいのなら、他でもなれます……この仕事は、狂っていなければ出来ませんからね』

「……貴方は、そんな事……思っている筈が無いッ!」

 

 

 

 僕たちを信じてくれていた。

 僕たちの可能性に誰よりも早く気づいてくれていた。

 例え、利己的な考えの元だったとしても構わない。

 あの人のお陰で僕は、僕たちは――成長できたんだ。

 

 他の誰でもない。

 先生だからこそ、僕たちは成長できたんだ。

 例え、自分自身に嘘をついたとしても――あの人の信頼にだけは嘘をついてはいけない。

 

「……」

 

 僕は拳を額につける。

 そうして、静かに目を閉じる。

 

 瞼の裏には、仲間たちが殺される光景が焼き付いていた。

 耳には仲間たちの叫びがこびりついている。

 思い出すだけで心臓は早鐘を打ち……まだだ。

 

 僕は止まらない。

 こんな事で、僕の憧れは――消えやしない。

 

 乗り越えて見せる。

 いや、この光景を――二度と仲間たちに見させはしない。

 

 強くなる。

 誰よりも強くなって見せる。

 そうして、全てを守れるほどの男になってやるッ!!

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