【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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070:祓魔師は神罰を下す(side:ランベルト→ザンダルク)

「……っ……っ!」

 

 呼吸が荒い。

 視界が霞む。

 来る日も来る日も仕事をする。

 悪魔の事件が急増しており、俺の出動も要請されている。

 

 悪魔による事件であるが。

 事件を起こしているのは悪魔では無く――“魔物”だ。

 

 それも今まで見た事が無い個体で。

 植物のような魔物だ。

 体長は五十メートルはある巨体で。

 無数の蔦を伸ばして、そこから生えた青い花から特殊な粉をまき散らす。

 それを吸った人間は気が狂ったように自傷行動を起こす。

 壁に頭を打ち付けたり、刃物で手首を切ったり。

 ひどい場合は、窓を破って飛び降りたりする。

 

 都市部ではまだ確認はされていないが。

 小規模な村や街でその植物型の魔物は現れている。

 調査隊の調べによって、それは小さな種からある条件によって魔力を吸収し。

 ものの数分で成長し、そこから人間たちを狂わす粉を放出し始めるらしい。

 

 一週間の内に、それによって発生した事件は――百を軽く超えていた。

 

 事態を重く見た対魔局が全ての街や都市にて調査を開始した。

 その結果、植え込まれていた種の回収も進んでいるが……それでも、未だに事件は発生している。

 

 詳しく話を聞けば、粉以外にもその魔物はあらゆるものを飛ばしており。

 種も含まれている事から、至る所に既に撒かれていると考えた方が良いと調査隊の隊長たちは言っていた。

 つまり、その魔物を駆除する方法は……今のところない。

 

 少なくとも、ある条件をクリアしない限りは一気に開花する事は無い。

 その条件が何かは分かっていないようだが……俺には分かる。

 

 この悪魔事件の犯人は――“堕天使共”だ。

 

 奴らの中に魔物を生み出せる奴がいたのを覚えている。

 恐らく、そいつが種を植え付けていたんだろう。

 それが花開き、世界中に種を飛ばさせているのであれば。

 その条件に奴の意志が関わっているのは何となく分かる。

 そうでなければ、俺が動かざるを得ない状況を作りつつ。

 人類の数が大きく減るような事態にしないように調整など出来ない。

 絶対に奴の意志があり、それによって絶妙なタイミングで開花させている。

 

 これも俺を殺す為の作戦であり……“あぁ、スゲェな”。

 

 俺は雨の中で魔物を殺し終える。

 後に支援部隊が来て、事後処理とケガレを祓うだろう。

 すぐにまた連絡が来るだろうから休む暇はない。

 俺は全身をボールで打たれるような感覚を抱きながら。

 口を大きく開けて雨粒を口にいれていった。

 

 乾く。喉が、心が――飢えていた。

 

 死ぬほどの飢餓。

 いや、死んだ方がマシだと思えるほどだ。

 耐えがたい苦痛であり、十日以上経過して既に限界は何度も超えている。

 家にいれば家具を全て破壊し。

 心配してきてくれたデボラやアデリナにも喋りかける事は出来ない。

 会話をするだけで殺意が爆発し、誰かを手に掛けてしまいそうだった。

 

 目に映るもの全てが食べ物に見えている。

 小便を電柱にひっかけている犬も、道を歩く人間たちも。

 全てが口に入れても問題ないものに見えていて――とうに理性は死に果てているのかもしれない。

 

 辛うじて、まだ何も起こしていないだけだ。

 少しでも気を抜けば、ゾンビのように人を喰らおうとするだろう。

 それほどの飢餓であり、怒りや殺意はもう止める事も出来ない。

 常に呼吸も鼻息も荒く、目は血走っていて。

 口に雨粒を入れて――叫んだ。

 

「――――ッ!!!!!!!」

 

 声とも呼べない叫び。

 己の中から膨大な魔力が発せられて。

 雨粒全てを弾き飛ばし、大地を大きく揺らして半壊した建物たちは崩壊していく。

 此処がホームレスや移民が暮らしているような過疎地域で良かった。

 彼らは既に避難しており、辺りには誰もいない。

 

 俺は怒りをむき出しにし、両手で髪を掴む。

 そうして、力任せに髪を引きちぎった。

 ぶちぶちという音と想像を絶する痛みを受けながらも。

 俺は握った拳で地面に叩きつける。

 俺の拳を受けた地面には大きなクレーターが出来て。

 バキバキと俺を中心に地が裂けて行った。

 

 俺は狂ったように叫びながら。

 何度も何度も地面を殴り……何とか呼吸を整えようとする。

 

 苦しい、痛い……“死にたい”。

 

 ふつふつと負の感情が湧き出る。

 まるで、炎の中にガソリンをぶちまけるように。

 俺の中の負の感情が一気に増大していく。

 俺は心臓を片手で抑えながら、額を地面にぶつけて唸り声をあげる……まだ、だ。

 

 こんなもんじゃない。

 この程度では、まだまだだ……もっと耐えろ。もっともっと――“己を苦しませろ”。

 

 俺は口から血の泡をふく。

 そうして、笑みを深めながらゆっくりと顔を上げる。

 

 目を限界まで開きながら曇天を見つめる。

 顔に雨粒が掛かり、痛みと怒りが増大する中で――俺は笑った。

 

 魔術を起動し、何処かで見ているであろうクソ共に声を飛ばす。

 

「俺は、生きている、ぞ!! 俺は、まだ、耐えられる!! 見ろ、俺を、俺の、姿を!!! 来い、殺しに、喰らいに!!! 俺は、此処だ!!! ははははは!!!!」

 

 狂ったように笑う。

 雨の勢いは増していき、全身に銃弾を受けるような痛みが走る。

 雨音で俺の声はかき消されて、何をしようとも反応は返ってこない。

 が、俺はそれでも言葉を発し笑い続けた――

 

 

 ◇

 

 

「…………」

 

 

 俺は、一人――山の頂に座る。

 

 

 周りには誰もいない。

 否、“いてはいけなかった”。

 

 一月が過ぎて、俺の精神汚染は深刻なものになった。

 声を掛けられただけで人を襲うほどになり。

 悪魔を殺すという仕事を忘れて、破壊をまき散らすほどになった。

 止める事は出来ない、止めようとすれば――殺されるからだ。

 

 人類の希望は、言い換えれば世界で最も恐れられる――“暴力装置”だ。

 

 制御が出来なければ、自然と遠ざけられる。

 俺もそれを望んで、後の事は全てケーニヒたちに任せた。

 今はただ、誰も来る事の無い山の上で座り続けていた。

 

 どれほどの苦しみか。

 百年、二百年……いや、それ以上の苦しみだ。

 

 想像も出来ないだろう。

 百年を遥かに超える長き時間を何も食わず何も飲まず。

 寝る事も出来ず、ただただ苦痛だけを感じ続けるんだ。

 

 恐怖じゃない――“虚無”だ。

 

 満たされない心には既に穴が開いてしまったのだろう。

 修復できな穴であり、もう真面な思考も出来ない。

 ただ淡々と己の状況を分析するだけで……その間も苦しみは増していく。

 

 最早、自分の体とも思えない。

 満足に体が動かせない状態だった。

 手を軽く上げるだけでも、何百トンもの重りを上げるようで。

 プルプルと震えて、笑う事しかできない。

 

 こんな状態で戦闘が出来る筈もない。

 これでは最早、俺という存在に――“生きる価値は無い”。

 

 何も見えない中。

 分厚い霧に包まれる暗闇の中で。

 俺はゆっくりとポケットからそれを取り出す。

 

 十粒の錠剤であり、それを一粒出した。

 どうせ、戦えないんだ。

 このまま、苦しみだけを受け続けるのは……もう、嫌だ。

 

 殺して欲しい……もう、死なせてくれ。

 

 俺は錠剤をゆっくりと口へと運んでいく。

 その間にも、己の中で死を望む声が増大していく。

 

 

 死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい――――“シナセテ、クレ”。

 

 

 ぽろりと涙が零れる。

 そうして、錠剤を口に含み……飲み込んだ。

 

 

「――っ――――…………」

 

 

 意識がふわりとした。

 痛みや苦しみが遠ざかっていく。

 考えていた事も忘れていき、そのまま俺は、思考、を――?

 

 体を横たわらせる。

 すると、背後で気配を感じた。

 誰なのかは分からない。

 見る気力もない。

 俺は静かに目を閉じていき――――

 

 

 

「眠れ――永遠に、な」

「……」

 

 

 

 〇

 

 

 奴の心が崩壊した。

 レナァクヤがそれを感知した。

 故に、我々は地獄から現世へと行き。

 気配を完全に断った状態で奴を見ていた。

 すると、奴は夜の霧の掛かった山頂で怪しげな錠剤を服用し――“完全に心が死んだ”。

 

 念の為にと、異界化を行う。

 崩壊した神殿のような場所。

 天井は無く、無数の柱だけが立ち。

 紫色の靄のようなものが空を覆っている。

 

 私はゆっくりと天に指を掲げた。

 

「これも、だ」

 

 私の合図と共に、異界化された結界の空に上がる月が――赤く染まる。

 

 紅月の光を浴びた空は更に禍々しいものになる。

 我々は異界化によって発生させた紅月の効果によって力を増大させた。

 黒翼であり、紅月によって能力は更に増大し……もう、貴様に勝機は無い。

 

 目の前にて唾を垂らす男。

 我々に恐怖という感情を植え付けて。

 悪魔たちに最も恐れられた存在。

 人類にとっての希望であるランベルト・ヘルダーは――“もう、いない”。

 

 俺は倒れ伏す奴の髪を掴む。

 奴は虚ろな目で此方も認識できていない。

 痛みも苦しみも感じておらず。

 それはつまり、奴の心が完全に死んでいるという事だった。

 

 戦う意思も無い。

 抵抗する意志も感じない。

 ただただ泡を吹き、小便をまき散らすだけの哀れな存在だ。

 

 俺はゆっくりと自らの手に魔力を込める。

 最大級に練り上げられた魔力。

 禍々しい漆黒の魔力が集まっていき……仕上げだ。

 

 

 

「――“無に帰すは灰の神子《ロォボス・レメデンザァ》”」

 

 

 漆黒の魔力に能力による“呪い”が加わる。

 命あるものを終わらせ、一瞬にして死人へと帰る。

 触れただけでも大抵の存在は殺せる。

 が、目の前の男は心が死のうとも特別な存在だ……手を抜く真似はしない。

 

 再生も防御も不可能。

 如何なる防御術も意味はなさず。

 一瞬にして再生を施す能力を有していようとも関係は無い。

 心臓に撃ち込んだ瞬間に、この男という存在を確実に無へと誘う――“絶対的な死の呪い”。

 

 

 お前がいたから、私はこの力を授かった。

 お前という存在が、私を高みへと導いた。

 お前をこの力で殺す事によって――私は完成される。

 

 

 我が欲望は留まる事を知らない。

 最強を殺し喰らったとしても、私はまだ上を目指すであろう。

 これは通過点に過ぎない。

 

 

 ――いや、始まりなのかもしれない。

 

 

 こいつを喰らう。

 それによって得られる力は計り知れない。

 かつて、上級程度の存在だった悪魔が。

 こいつを喰った事によって十手へと至った。

 それは紛れもない真実であり……ならば、私が食えばどうなる?

 

 上級程度で十手に至ったのだ。

 ならば、既に黒翼として覚醒している私は……。

 

 私はヘルダーを見つめる。

 私が言葉を送っても、殺気を放とうとも――意味は無い。

 

 

「……我が血肉となり、永遠の眠りにつけ……さらばだ。英雄よ」

「……」

 

 

 それでも、私は奴に対して敬意をもって最期の手向けの言葉を送る。

 そうして、己の右手で――奴の心臓を貫く。

 

 勢いよく血が噴き出す。

 奴は口から血を垂らすだけでうめき声もあげない。

 そんな男の目から光が消えていく……流石だ。

 

 本来であれば、一瞬で死へと導くもの。

 目に光など残る筈が無い。

 が、奴はまだ辛うじて生にしがみついていた。

 

 奴はぴくりと手を動かす。

 すると、異空間が展開されて……ぼとりと袋が落ちる。

 

 全員が警戒心を抱き、地に転がるそれを見つめる。

 が、それは何の動きも見せない。

 魔力の反応も無く、“腐りかけの肉”の臭いがするだけで……。

 

 私は小さくため息を零す……残念だよ。

 

「……最期の行動が、これか……期待外れだ」

 

 死の間際で苦し紛れに行った事だ。

 爆弾でも出したのであれば、関心の一つはしただろう。

 が、最後に取りだしたのが肉の入った袋で。

 それほどまでに飢えを感じていたのだろうとは思った……哀れだな。

 

 奴の心臓から手を引き抜く。

 ごぼりと血が溢れ出し。

 そのまま奴の瞳から――“光が消えた”。

 

 

 

 ランベルト・ヘルダーは――“完全に死んだ”。

 

 

「……ふっ」

 

 最強と呼ばれた男はこの世から消え去った。

 私はそのまま魔術を発動し、奴の肉体を細切れにする。

 地面に転がった肉片たち。

 同胞たちはうつくつと笑っている。

 誰しもが頬を紅潮させて涎を垂らしていた。

 

 私も我慢が出来なくなっている。

 私たちはゆっくりと極上の餌を掴む。

 そうして、互いに最強の男の肉片を掲げて――勝利を祝う。

 

 

「希望を潰えた。我らが偉業を祝そう。褒美は極上――“存分に、喰らえ”」

「「「――ッ!!」」」

 

 

 奴らは口を大きく開けて――肉に喰らいつく。

 

 私も同じように肉を口に含んだ。

 硬い。途轍もなく硬いが――美味である。

 

 何度も何度も噛み。

 溢れ出る血と肉汁を舌で味わう。

 深く濃厚な味であり、口の中で踊るように汁が弾ける。

 

 美味い。美味すぎる――あぁ、甘美だ。

 

 危険を冒すだけの甲斐はあった。

 これほどのものが食せるのならば、如何に下等な悪魔であろうとも戦いを挑むのが分かる。

 一度この味を知れば抗う事は出来ない。

 それほどまでに美味であり、今まで味わったもの全てが泥のように感じるほどだ。

 

 我々は転がっている肉を喰らう。

 奪い合う様に肉を取りかじりつく。

 口の周りを血で濡らし、沸き上がる食欲を満たしていく。

 

 喰らって、喰らって、喰らって――終わりが来た。

 

 全ての肉を平らげた。

 骨すらも残す事無く完食した。

 

 乱暴に腕で口の周りの血を拭う。

 そうして、指についた血を舐めとった。

 

「「「……」」」

 

 我々はただ無言で己の体に触れる。

 肉体への変化を確かめて…………“妙だ”。

 

「……これは、どういう事だ」

「……分かりません……力は増した気がしますが……十手には至っていない」

「……まさか、あの話は出鱈目だったのか?」

「いや、そんな筈は……確かに、あの悪魔は上級だった。僕はよく知っているよ……でも、それなら何で……」

「……何か、嫌な予感がする」

 

 我々は美味なるものを味わった幸福感よりも。

 本来、起こるべき肉体への変化がない事に――強い戸惑いを覚えた。

 

 私も知っている。

 十手に至ったあの悪魔は、確かに上級だった。

 肉を喰らい、十手へと昇りつめたのも事実だ。

 そうでもなければ、あれだけの成長を短時間にて成し遂げられる事など――

 

 

 

 私はふと考えた。

 此処には他にも――“肉がある”。

 

 

 

 死ぬ間際にヘルダーが異空間から出した肉の入った袋。

 もしも、もしもだ。

 あれが苦し紛れの行動では無く――“意図して起こした行動ならば”。

 

 

 

 ドク、ドク、ドクと脈打ち音が聞こえた。

 自らの体から発せられる音で。

 私は冷たさを感じながら、ゆっくりと袋の方に視線を向ける。

 

 

 

 ゆっくり、ゆっくりと向けて――――“無い”。

 

 

 

「――――ぁ?」

 

 

 

 無い、無い、無い無い無い無い無い無い――“何も、無かった”。

 

 

 

 

 そんな筈はない。

 あり得ない。

 袋が独りでに動く筈が無い。

 生きているものならまだしも、アレは完全に死体の肉だ。

 何の肉かは分からないが、魔力の反応が無いか消えているのであれば。

 完全に死んでいる肉であり…………いや、まさか。

 

 

 冗談だ。

 悪い夢であり、絶対にそんな事はあり得ない。

 もしも、本当に私の予想が当たっているのであれば――風が吹いた。

 

 

 

「――ふぅ」

「「「――――ッ!!!」」」

 

 

 

 声がした。

 誰の声でもない、男の声で――”奴の声だった”。

 

 

 全員が振り返る。

 すると、黒衣を纏う奴が立っていた。

 ボロボロのコートが風によってたなびき。

 無造作に伸ばされた黒き髪が揺れていた。

 凍てつくような光無き漆黒の眼は誰にも向けられていない。

 ただ静かにそこに立ち、その手には――“レナァクヤの首が握られていた”。

 

「――ッ!!!」

 

 全員が遅れてレナァクヤが立っていた場所に視線を向ける。

 すると、首が切り取られたレナァクヤの体がゆっくりと倒れる。

 血を噴き出して痙攣しており、一瞬にして白い炎が体を燃やし尽くす。

 

 

 

 全員が悟った――“死を”。

 

 

 

 奴は一言も発しない。

 が、奴が本物であると誰しもが疑わない。

 

 奴は生きていた。

 そして、我々が喰らったのは奴の“偽物”だ。

 

 魔術か、能力によるものか。

 奴は精巧な自分の分身を生み出し。

 あろうことか、本体である自分自身を――“殺させた”。

 

 魔術により生み出した影であれば、本体が死ねば消滅する。

 が、アレはどういう訳か本体を殺しても生きていた。

 態々、己を殺させたのは自らを異空間へと入れる為で。

 奴は生と死が曖昧なものとなる狭間の中で、ずっと自我を保っていた事になる。

 

 誰も分からない。

 異空間には生きた存在は入れない。

 一度は行ってしまえば、出る事は決して出来ない。

 時間という概念が存在せず。

 生きているのかも死んでいるのかも分からなくなり。

 自分という存在が希薄になってしまう危険な空間だ。

 そんな中に、自らを入れて奴はずっと待っていたんだ。

 

 

 

 ――“分身が死に、我々が姿を晒すまで”。

 

 ――“ずっとずっと息を潜めていた”……狂っている。

 

 

 

 こんな計画を思いつける筈が無い。

 本体である奴の精神が崩壊する可能性が高かった。

 何よりも、分身が奴を解き放たなければ奴はそのまま永遠に異空間にてさ迷っていた。

 二度と出る事も出来なかった筈だ。

 それなのに、奴は短い時間で決断し、ハイリスクな懸けに出て…………っ。

 

「ばけ、ものめ……この、化け物がァ!!!!」

 

 私は叫ぶ。

 そうして、奴に対して能力を発動し襲い掛かる。

 手を黒く染め上げて、そのまま飛んでいく。

 奴はその場に微動だにしない。

 私はそのまま奴を――全身が一瞬にして貫かれる。

 

「がはぁ!!」

 

 血を吐き出した。

 そうして、そのまま私は全身を激しく殴打された。

 抵抗できない。否、攻撃の軌道が見えない。

 まるで、この場に何十人も敵がいるようで――私はそのまま大きく後方へと吹き飛ばされた。

 

 地面を削りながら転がっていく。

 同胞たちもそんな私の姿を見て奴へと襲い掛かる。

 が、一瞬にして返り討ちに遭う。

 奴らは叫び声をあげながら、四肢を砕かれてそのまま地面を転がっていく。

 

 私は大岩に激突し何とか止まる。

 そうして、同胞たちの反応を確認し――目の前に奴が立つ。

 

 

「……」

「ぁ、ぁぁ、あぁ」

 

 

 奴は喋らない。

 ただ氷のように冷たい目で私を見下ろしていた。

 

 

 怖い。心が凍り付き――寒かった。

 

 

 同胞たちは何かと戦っている。

 魔術や能力を発動し、爆発による衝撃が大地を激しく揺らす。

 魔物鳴き声が響き、絶命の絶叫も同時に響いた。

 

 

 戦っている。

 誰と、何と――“この状況は何だ”?

 

 

 その何かは分からないが。

 強い気配であり、それはまるで――

 

「俺のような、存在が、他にもいる……て、ところか?」

「ぇ、ぁ、あぁ……何、で――あがぁ!?」

 

 奴は私の顔を蹴りつけた。

 私はそのまま横へと吹き飛ばされる。

 異界化された空間内に存在する障害物を破壊し。

 激しく回転しながら進み――顔を掴まれた。

 

「――ぅがぁ!!?」

 

 一瞬にして先回りした奴は、そのまま私を地面へと押し付けた。

 凄まじい力が掛かり、顔がべきべきと音を立てて潰される。

 私は虫のように手を動かして激しく抵抗した。

 

「舐めるなァ――ッ!!!!!」

 

 私は魔力による衝撃波を発生させた。

 そうして、奴を上空へと飛ばす。

 そのまま能力によって拳を強化した。

 

 魔力と能力によって強化された黒掌。

 それによって呆けた顔をする奴の心臓を――“穿つ”。

 

 奴は大きく目を見開き吐血した。

 

「がふぁ」

「ふ、ふふふ、ふははははは!!! どうだ!!! 見たか!!! 貴様なんぞ、貴様なんぞに!!!!! ――は?」

 

 

 奴が――笑った。

 

 

 そうして、私は一瞬にして上から強い衝撃を感じて――地面に押しつぶされる。

 

 

 ゴミを踏み潰すように全身が薄くなった。

 血が噴き出し、全身の骨は砕けていた。

 声も出ないほどの損傷。

 が、黒翼の力によって体は再生される。

 

 

 体を元に戻し。

 奴に視線を向けた――――“生きている”。

 

 

 無傷だ。

 傷も無ければ、血の跡も無い。

 まるで、初めから何も起きていなかったかのように――“ただ、そこにいた”。

 

 

 確かに殺した。

 確かに奴は死んだ――が、いる。

 

 

「……ふぅ」

「……っ」

 

 

 奴は静かに息を吐く。

 そうして、髪をゆっくりとかき上げた。

 奴は私を見下ろしながら、自らの近くに――“自分を作り出した”。

 

 まだ、いる。

 一瞬にして、同胞たちと戦っていた奴らも集まる。

 その手には首だけになって苦悶の表情を浮かべる同胞たちがいた。

 

 

 合計で十体の――ランベルト・ヘルダーがいる。

 

 

「こ、れは……悪い、夢だ……こんな、事が」

「――夢じゃない。現実だ」

 

 

 奴はハッキリと言葉を発した。

 そんな奴を見ながら、私は歯ぎしりをする。

 

 まだ、私は諦めていない。

 同胞たちは殺された。

 が、アレだけの力を使ったんだ。

 オリジナルである奴の力も削がれている筈だ。

 通常の分身であれば、力が半減した状態であったり。

 オリジナルの魔力を譲渡する場合が考えられる。

 

 つまり、奴の数は増えているが。

 実質的には一人で……そうだ。レナァクヤを倒したとはいえ、奴にはまだ……。

 

 

「お前、もしかして――まだ、勝てるって思ってる?」

「……ふっ、当ててみればいい……貴様が如何に力を誇示しようとも。貴様が弱っている事は」

「――あぁ、そういう事か! なるほどなぁ」

 

 

 奴は笑った。

 そうして、拳を叩く……何だ?

 

 違和感を抱く。

 それも大きな違和で――奴は困ったような顔をする。

 

「確かに、これを使う時は俺が追い詰められているときだけだ。どうしようもない状況でしか使えないくらいには、俺にとっては負荷の大きい力さ。既に二体が始末されていて、一度に生み出せる数も限られている……あぁやべぇなぁ。全部が殺されたら、弱った状態の俺が戦うしかねぇからなぁ。あぁ不安だなぁ」

「……ふ、ふふ。何を考えているか知らんが……あぁすぐに殺してやろう。そうして、今度こそお前の血肉を喰らい」

 

 

 

 奴は満面の笑みを浮かべて――“私に絶望を告げる”。

 

 

 

「あぁそうだな。後残りたったの――“九十八体”だ!」

「――――ぇ?」

 

 

 

 奴がそう言った瞬間に、虚空に光が集まる。

 それらは人の形を成し、ヘルダーそのものになる。

 次々とヘルダーが誕生し、私の眼前は――ランベルト・ヘルダーで埋め尽くされた。

 

「あ、あぁ、ぁぁぁ……ぁ?」

 

 私は言葉も出せなかった。

 分身一体でも、強大な力を感じる。

 十体であれば、そう認識していたからこそ、まだ私の意志は残っていた。

 が、蓋を開けてみれば――九十八体だ。

 

 分身を殺せば、当然、オリジナルが控えている。

 奴を見れば、笑っていて……何故、だ?

 

 何故、笑っていられる。

 自分と遜色のない分身を百体生み出した。

 そんな状態でも、奴の膨大な魔力の変化は無く。

 奴自身も全くと言っていいほど苦しさを出さない。

 

 

 虚勢か、ハッタリか……いや、違う。

 

 

 その程度なんだ。

 奴の言う大きな負荷と言うのは――“その程度でしかない”。

 

 

 人間の子供が擦り傷を大げさに言う様に。

 打撲の跡を見て、骨折したと喚くように――そういう認識だ。

 

 

 

 瞬間、私の中の何かが――“音を立てて折れる”。

 

 

 

 奴は大きく目を見開き笑う。

 

「どうした? 勝つ気なんだろ? 来いよ。ほら、ほぉら――さっさと来いよ」

「――ッ!!」

 

 奴は両手を広げる。

 その瞬間に――私は逃走を選択した。

 

 羽を広げて一気に逃げ出す。

 勝てる筈が無い。

 否、戦いを挑んだこと自体が間違いだった。

 

 私はそのまま異界化を解き――ッ!?

 

「馬鹿なッ!!? 何故、解けない!? これは」

「――当たり前だろ」

「――があぁ!!!?」

 

 奴の声が聞こえた。

 瞬間、私の背中に鋭く重い一撃が放たれた。

 バキバキと音を立てて骨が砕け散る。

 そのまま私は地面に激突する。

 

 全身から血が噴き出しながらも、私は地を這う。

 

「に、にげ……ま、だぁ――アアァァ!!?」

「逃げるなよぉ。傷つくなぁ」

 

 奴が音も無く傍に降り立つ。

 そうして、私の羽を掴み――ぶちぶちと千切る。

 

 私は痛みによって絶叫する。

 奴はけらけらと笑いながら全ての羽を引きちぎる。

 再生が出来ないように根元を白い炎で焼き。

 私の体を蹴り飛ばしてあおむけにする。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!!」

「息が荒いなぁ。大丈夫かぁ? ほぉら、頑張れ頑張れぇ」

 

 奴は子供を応援するように手を叩く。

 私はそれを受けながら、何とか立ち上がる。

 そうして、能力を発動し――奴の空間を切り取る。

 

 

 切り取った空間の上から――更に空間を切り取った。

 

 

「カット、カット、カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットッ!!!」

 

 

 私は狂ったように能力を使う。

 そうして、何重にもして空間を切り取り。

 それを魔術で燃やす。

 

 轟々と音を立てて、奴を切り取った空間が燃えていた。

 私は全身を汗に塗れさせながら、笑みを浮かべて――奴の腕が突き出す。

 

 燃えている空間。

 そこから手が突き出し、足が出て来た。

 そうして、強引に空間を――突破して来た。

 

 奴は炎を蝋燭の火のように意図も容易く消す。

 そのまま、服の埃を払い――笑う。

 

「次は?」

「……ぇ?」

「だぁから、次は何? 見せてくれよ」

「ぇ、ぇ、ぁ、ぇ」

 

 

 私は激しく戸惑う……次とは、何だ?

 

 

 私は頭を混乱させながら奴を見つめる。

 すると、奴は笑みを消して呟いた。

 

 

「何だ、もう終わりか……“期待外れ”、だな」

「――ッ!! クソォォォォガァァァァ!!!!!」

 

 

 私は後ろへと下がる。

 そうして、奴に向かって魔術を発動させた。

 

 炎による攻撃。

 全てを焼き尽くすほどの火力がうねる。

 地面を操って両側から勢いよく叩き潰し。

 水を操り、竜のように蠢くそれを上から流し閉じ込められた奴事閉じ込める。

 風によってその流れを更に強化し。

 奴を閉じ込めた岩を砕き、その破片と共に激しい水流の中で奴の体をバラバラに――衝撃波が発生した。

 

 魔力によるものであり。

 それが私の魔術を意図も容易く消し飛ばす。

 腕でガードして前を見れば、奴がその中心で浮遊していた。

 静かに地面に降り立ち、いつの間にか奴の分身に周りを囲まれる。

 

「……沢山、見せてもらったな……じゃ、俺たちの番だな」

「ぁ、ぁぁ、ぅぁ」

 

 奴らはそれぞれに違う術を起動する。

 私は全身を震わせながらもその場に立つ。

 勝てる見込みは無い。

 だが、私にも黒翼としての――“誇りがある”。

 

 悪魔として、力のある者として。

 最期まで戦う事。

 それが私に許された最期の――ッ!!

 

 カッと目を見開く。

 そうして、私は自らを奮い立たせるために雄叫びをあげる。

 

 

 戦え、戦え、戦え――戦えッ!!!!!

 

 

「オオオオオォォォォォォォォォォ――――ッ!!!!!」

「「「ハハハハハハハハハ!!!!」」」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……がふぅ…………ぁ、ぁぁ」

 

 

 私は、戦った。

 最期まで誇りある悪魔として……戦い抜いた。

 

 死力を尽くし、死を悟りながらも。

 強大な敵に立ち向かい。

 肉体が撃ち砕かれても……あぁ。

 

 悪魔としての一生。

 存分に殺し、存分に喰らい。

 己の実力だけで黒翼にまで至った。

 

 叶う事なら、十手に至りたかったが……私の夢も、此処までだ。

 

 ヘルダーは死にゆく私を静かに見つめる。

 私は血を吐き出し、体が崩壊していくのを感じながら。

 ゆっくりと目を閉じていく。

 

「我が、生涯に……悔いは……」

 

 静かに、自らの死を受けいれて――――…………

 

 

 …………――――意識が覚醒する。

 

「起きろ」

「あがぁ!!?」

 

 強烈な痛み。

 腹部に感じた衝撃。

 思わず呼吸を再開し…………え?

 

 私は体を起き上がらせる。

 自らの体を確認すれば――戻っていた。

 

 傷も無い。

 復活していた。

 私は汗を流しながら、私を見つめるヘルダーに何故、生き返らせたか聞いた。

 

「まさか、この私を懐柔――グアァ!!!?」

「――ちげぇよ、ボケ」

 

 私が問いかければ、奴は一瞬して私を蹴りつけた。

 地面を削りながら滑り、またしても山に当たり動きを止める。

 パラパラと瓦礫が落ちていく音を聞きながら、霞む視界で空に浮遊する奴らを見た……どう、して。

 

「どうしてってか……教えてやるよ。何でお前を生き返らせたのか――それはこの俺を最高にムカつかせたからだ」

「……ぁ、ぇ?」

 

 意味が理解できない。

 私は目を瞬かせて奴を見る。

 すると、奴は目を血走らせながら鬼のように血管を浮き出させて笑みを浮かべていた。

 

「初めてだぜ。ここまで俺に惨めな思いをさせて、俺を気が狂うほどにムカつかせたのは……本来なら、あの女の悪魔をいたぶるべきだったが。気が変わった……首謀者はてめぇなんだろ?」

「い、ぁ、ぁ」

「否定するなよ――“俺がそう決めたんだ”」

 

 奴らは無尽蔵の魔力によって術を発動させる。

 眩いばかりの光は、まるで奴が発する後光のようで――あ、あぁ。

 

 

「て、んし――か、み?」

 

 

 私は涙を流し、絶望を吐き出す。

 奴は大きく口を更に歪ませて笑った。

 

「一度っきりの死で、テメェの罪は清算できねぇ。殺して、殺して、殺しまくって……テメェの存在が消えて無くなるまで、俺が罰を与え続ける。今この瞬間だけ――俺が神だぁ」

「ぁ、ぁぁ、ぁい、や、ぁあ」

「刺殺、絞殺、撲殺、毒殺――フルコースだなぁ……“楽に死ねると思うなよ”?」

 

 奴は掌を天に掲げる。

 奴の体から白い炎を噴き出し。

 奴の纏う衣のようになり、私はそんな存在を見ながら――絶叫した。

 

 

「アアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 

 視界が光で満ちる。

 救済の光ではない。

 これから行われる絶望の光で、私は涙を流しながら――――…………

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