屋敷が揺れている。
ハラハラと天井から埃が落ちて来た。
俺たちが歩いてきた道には“大量の死骸”が転がっている。
あのサメのように魔術や魔力を吸収するタイプでは無く。
苦し紛れで出したただの案山子だったのでさっさと殺していった。
「――ッ!!!」
《邪魔ですよ》
扉を開けてゾンビのような何かが襲い来る。
そいつに視線を向ける事無く。
人差し指を立てて――額に突き刺す。
瞬間、奴の頭部は風船のように膨らんで破裂した。
結界を展開したことで返り血は浴びなかった。
汚ねぇ花火だと思いながら、俺は何事も無かったように歩いていく。
魔物もどきを大量に生み出し、俺たちがそれを殺し続けた。
恐らくは、クラーラたちも同じように殺しているのだろう。
その結果、屋敷を維持する余裕が無くなっていた。
ダメージを喰らい続けて、いよいよ限界が来たようだ。
屋敷全体が大きく揺れており、カブラギはふらふらと足取りが不安定だった。
倒れそうになった奴の手を掴み引き寄せる。
《離れないように》
「……っ」
カブラギは無言で俺のスーツを掴む。
暫く待っていれば――変化が始まった。
屋敷が本来の姿に戻っていく。
壁はどんどん狭まり、窓ガラスは砕けた。
床は劣化が進み穴が空き、隠れていた鼠やら虫やらが這い出して来る。
カブラギは驚くような声を上げていた。
そんな時に、壁や天井が破壊されて――奴らが現れる。
「お? パイセンじゃないっすかぁ!」
「ダーリン! 此処にいたんだね! やっと会えたぁ」
「中々に手応えるある敵だった……まだ、いないか?」
全員が全員、激しい戦闘があったのか血みどろだ。
ボブやクラーラの手には得体の知れない生物の手足が掴まれていた。
ゾーヤは比較的綺麗であるものの、それでも顔や手は血で染まっていた。
返り血でべちゃべちゃであり……まぁ怪我はしてねぇみてぇだな。
そんな事を確認し、適当に異空間からタオルを出す。
奴らは残骸を投げ捨ててタオルを受け取り、体中の血を拭っていった……さて。
仲間たちとは無事に合流できた。
恐らく、この屋敷を任されているであろう悪魔も。
今頃は屋敷の防衛機能が破られて大いに焦っているだろう。
外に展開した俺の結界に変化は無く、まだ誰も此処から出ていないのは確かだ。
俺はすぐに屋敷内をサーチして……いるな。
屋敷の中心。それも上の方から感じる。
俺は手で上を指し示し、すぐに移動を再開した。
果たして、どんなカスが待っているのか――
◇
「「「……」」」
二階に上がり、中央の扉を開けて中に入れば――それは置かれていた。
大きな円筒状の筒。
その中には謎の液体で満ちている。
中には体がひどく破損した――“悪魔が入れられていた”。
死んではいない。
が、生きているとも言えないだろう。
無理矢理に生かされている状態だ。
恐らく、この屋敷に施された術はこいつが行使していたに違いない。
……いや、それよりも……他のものがなぁ。
大きな円筒状のタンク。
その他にもタンクがあり、その中には液体は入っていないが。
代わりに紫色に輝く火の玉が入れられていた。
それは意志ある炎であり――“スークヤント”だ。
合計で十三の特殊な炎を宿したスークヤントたち。
そのタンクからは細長いケーブルを束ねたものが伸びている。
それは真っすぐに半壊した悪魔の元へと繋がっている。
後はこれみよがしにそこに存在している十個ほど存在する“棺らしきもの”にも伸びていた。
こんなものは今まで見た事が無い。
これらのスークヤントの目的は何か……考えられるとしたら、この悪魔のエネルギー源か?
スークヤントで生命を維持する発想など思いつきもしないが。
悪魔たちの中には、こういう機械的なアプローチを考え付く輩も出て来たのか。
いや、単なるエネルギー源であればもっと別の方法があった筈だ。
「……」
俺は考えた末に、悪魔の元に近づく。
そうして、魔術によってタンクのガラスに穴を開けた。
穴から罅が広がっていき、タンクは一気に割れた。
中に納まっていた悪魔は床に転がり、ぴくぴくと痙攣している。
俺はそんな奴の無事である頭に――手を差し込む。
肉を抉り取り、そのまま奴の残留思念を読み取っていき――ッ!!
《ハッハッハァァァ!!! 闇が全てを呑み込みッ!! 世界は“ゼロ”に戻るのさァ!!》
《おいやめろ――やめてくれッ!!!》
手を引き抜き離れる。
瞬間、悪魔の体から炎が噴き出す。
それが瞬く間に悪魔の体を灰へと変えてしまった……なるほどな。
《万が一の防衛機能……仲間であろうとも殺すとは……いや、奴らに仲間などという概念は無いか》
「……何か分かったんすか?」
ボブが聞いて来る。
魔術の応用であり、生体信号から奴の記憶を復元。
俺自身の脳にトレースする事によって疑似的に悪魔の経験を追体験してみたが……気持ちが悪いな。
少し吐き気を感じる。
が、それは決して表に出す事無く立ちあがる。
俺はボブに断片的な記憶だけが手に入った事を伝えた。
《この悪魔はやはり、デイヴィ・ジョーンズと会っていました……が、何らかの失敗で体が破壊されて。そのまま、この屋敷の秘密を守る為の防衛装置として再利用された……あれらのスークヤントたちは、こいつのエネルギー源であり――今起きている誘拐事件を引き起こしているものに関わっていたようです》
「……? どういう事だよ。スークヤントが、そんな事出来るのかよ」
カブラギは当然の疑問を吐く。
確かに、普通のスークヤントであれば絶対に出来ない。
が、此処にあるスークヤントは特殊なものだ。
《スークヤントは炎そのものです。肉体は無く、炎から生まれるという説を提唱する学者もいます……それはつまり、奴らは火があればどこからでも生まれる事が出来るという事です》
「……つまり、スークヤントは……失踪者の付近で生まれたと?」
ゾーヤが聞いて来る。
俺は大体は合っていると伝えた。
《火というものは、様々な捉え方が出来ます。生命の源として、象徴として。或いは……魂そのものと解釈が出来ます。スークヤントはそんな曖昧な境界で生きているからこそ。人類の科学技術では到底できない――“長距離のワープ”を可能にしたようですよ》
「「「……?」」」
全員が首を捻る……まぁ分かんねぇよな。
つまり、此処にいるスークヤントは親のようなもので。
子である別のスークヤントが生まれれば。
自然に此処に戻って来るように設定されている。
ファックスに例えれば分かりやすいか。
オリジナルの紙を読み取らせれば、それが別の機械が受信して届けてくれる。
紙は違うが、情報量は同じで……“そこにいたスークヤント情報そのままだ”。
つまり、別の場所で生まれたスークヤントを此処で復元した事になる。
親となるこいつが此処にいる限り、世界中で生まれたスークヤントは地獄では無く――此処に行きつくのだろう。
最初にこの屋敷を見つけた時にスークヤントの反応が強かったのは。
此処にスークヤントが集まっているのではなく。
無数に存在するスークヤントの情報をこの13のスークヤントが保有していたからだ。
悪魔の記憶を読み取った上での仮定であるが……恐らく、間違ってはいないだろう。
世界中で突発的にスークヤントが発生し。
スークヤントは失踪者たちの血を吸い出していた。
恐らく、報告こそ上がっていなかったが。
世界中の人間たちが奴らに血を吸われていた筈だ。
スークヤントに血を吸われたかどうかは、正直なところ検査では分からない。
ただその部分が僅かに黒くなっているだけであり、悪魔が関わった事で怪しまれるだけだ。
そもそも、カリブ海の付近以外ではスークヤントはあまり見つかっていなかった。
だからこそ、一般人たちはただ蚊に刺されただけとでも解釈して放置していたのだろう。
結果、俺たちの対応は後手に回り。
奴らはあの学者が言っていた通り、才能あるものを調べる時間を手に入れた。
その結果、奴らはようやく目的の存在たちを突き止めて。
一気にそいつらを攫って行ったのだ。
目的の人間の血を吸い出せば、スークヤントは速やかに此処に戻り――“吸収したものを献上していた”。
此処に来るまでずっと考えていた。
スークヤントを計画に組み込んだのは良い。
が、それをどうやって活用すれば世界中の人間たちを連れ去る事が出来るのかと。
スークヤントは血を吸うだけの魔物だ。
奴らは人間を運ぶ事も、人間を洗脳し誘導する力も無い。
血を吸い尽くし、その身で人間を焼く事くらいしか出来ないだろう。
……が、ようやく見えて来た……恐ろしい考えだがな。
これほどの科学技術。
悪魔では到底、出来ないような事だ。
魔術だけであると考えていたからこそ気づく事が出来なかったが。
科学的アプローチが加えられているのであれば、或いは……。
《私の考えが正しければ……最悪の事が起きていた事になりますね》
俺はそう全員に伝えて、棺を見るように言った。
すると、全員が棺の近くによる。
俺はスークヤントが入れられた筒に近寄る。
そうして、ガラスの上部分を手刀で切り取る。
俺はそのまま腕を爪で切りつけた。
おびただしい血が流れる中で。
スークヤントがいる中に、血をだらだらと流す。
すると、紫色のスークヤントは俺の血を一気に吸収していき――ケーブルが光り始めた。
真っすぐに棺の方に何かが流れていく。
それは俺の血であり、棺から機械の音が聞こえ始めた。
空気が漏れるような音も響き。
全員が固唾を飲んでその光景を見つめる。
待って、待って、待って……駆動音が止まる。
俺は腕の傷を再生させた。
そうして、ボブに棺を開けるように指示する。
彼は頷いてから棺の蓋に手を掛けて――全員が目を丸くする。
そこに眠っていたのは――“俺だ”。
いや、俺のような何かと言うべきか。
ちゃんとした姿はしておらず。
とこどころが歪だが。
それでも、俺であると分かるような特徴はあった。
俺そのものは完全にコピーする事が出来ないからこそ。
この結果は妥当であり……これでも十分な証拠になった。
俺は決まりだと、眠っているそれを炎で燃やす。
一気に火葬してやれば灰すらも残らない。
完全に消えたそれから目を逸らし、全員にこれで分かったかと聞く。
「……パイセン、それじゃ、アイツら……“全員、殺してた”って事すか」
「お、おい。待てよ……それじゃ、今、生きているかもしれないのは……」
ボブはいち早く気づき、カブラギ君も最悪の結果に顔色を悪くする。
クラーラたちも気づいたようで憎々し気にスークヤントたちを睨んでいた。
《えぇ、そうです。どうやって、世界中の人間を連れ去る事が出来たのか。正解は――“殺して、血だけを運んだ”です》
「「「……」」」
血だけであれば、スークヤントは運べる。
そして、血というものにはその人間のあらゆる情報が詰まっている。
昔の学者の中には、血そのものを魂と定義する者もいたからな。
つまり、スークヤントたちにその人間の血を一滴残らず吸わせて。
カラカラに乾ききった肉体は奴らが人知れず燃やし尽くしていた。
燃やした跡も、灰すらも残さなかったのは俺たちの調査をかく乱する為の偽装だ。
それ自体はスークヤントではないかもしれないが、運搬自体はスークヤントの仕業だ。
カリブ海の近くで調査しようとも。
俺たちで無ければこれには辿りつけなかっただろう。
誰もこんな非道な手段を想像できる筈が無い。
奪い取った血があれば。
この謎の装置によってその人間を復元できる。
復元された人間はオリジナルと同じ魂を持っていて……胸糞わりぃな。
既にオリジナルは死んだと考えていい。
生きている可能性があるのは、全てクローンだ。
救出したとして、真実を本人に伝えるべきかどうかは……今は考えられない。
信じる信じないの話ではない。
そんな事があったと聞かされたものの反応は決まっている。
狂うか、怒るか――絶望するかだ。
自ら命を絶つ者もいるだろう。
それが最も最悪な結末だ。
……だが、何も知らずにこれから生きて行けるかは……俺にも分からない。
俺のように魔術で生み出した分身じゃない。
魂があり、オリジナルと同じ記憶を共有しているだろう。
が、もしも何処かで不都合が起きれば……クソ、面倒だ。
俺は頭を掻く。
そうして、これを考える事は後回しにする。
異空間から無事なインカムを取り出し装着。
すぐに、カーラに連絡を繋いだ。
《やっと繋がったね。そっちはどうだい?》
《色々と見つけましたよ……それで、至急やって欲しい事が》
《そこの調査を行った奴らの事だろ? お前さんらと連絡が取れなくなった時に、すぐに報告してあるさ。さっき連絡が入ってね。奴らの身柄は拘束したって聞いたよ》
《……仕事が早いですね。助かります》
カーラの気遣いに感謝する。
そうして、此処の事は別の祓魔師と支援部隊に任せる事を伝えた。
勿論、可能ならばダーメほどの立場の人間が好ましい。
下の人間は信用できないからだ。
まだまだ、調べられそうな事はありそうだが……それよりも、裏切者の容疑が掛かっているそいつらが重要だな。
何度も調査をしておきながら。
これだけのケガレを見落とす可能性は低い。
そもそも、防衛装置が組み込まれているのであれば。
そいつらが調べた時点で作動している筈だと思った。
考えられるパターンがあるとすれば。
奴らを欺く為に、敢えて攻撃を行わなかったのか。
それとも、奴らが悪魔と内通しているかだ。
前者であれば、担当した奴らが相当な間抜けだろう。
そもそも、不穏な事が起きているからこそ何度も調査をしている筈だ。
それなのに、何度も問題が無いように報告しているのであれば……十中八九が、裏切者である可能性が高い。
「……」
まぁそいつらはそこまで重要な存在では無いだろう。
問題なのは、悪魔共が作れないような――“これらを提供した存在”だ。
悪魔は魔術に関しては俺たちよりも造詣は深い。
いや、そもそも元はアイツらの専売特許だったからな。
だが、科学技術に関しては奴らがこれほどのものを用意できる可能性は限りなく低い。
故に、誰かしらが悪魔に対して取引を持ち掛けてこれらを提供したと考えるのが妥当だろう。
……でも、誰がやった? こんなもの、一般は勿論。本部でも見た事はねぇ……一体、これは何処で……?
不意に視線を感じた。
そちらに向けば、カブラギが俺の事をジッと見つめていた。
俺は彼にどうしたのかと問いかける。
すると、彼はハッとしてさっと視線を逸らす……何だ?
カブラギの先ほどの視線。
そこから葛藤や迷いのような感情を感じた。
まるで、何かを伝えようとして……気にはなるが……今は良い。
俺はカーラに連絡を取る。
そうして、今からそいつらに話を聞きに行くと伝えた。
カーラはすぐに支部に連絡を繋いでくれた。
俺は手でクラーラたちにカブラギを連れて先に戻るように指示する。
残って欲しいのはボブだけであり、くれぐれも妖しい奴らは入れないように忠告する。
ボブは「へいへい」と言って外に出て行った。
「……」
また、視線を感じて――視線を逸らされた。
確実に、何かを伝えたそうな顔だ。
滅茶苦茶気になるけど……先にこっちだ。
俺は繋がれた連絡に対応しながら。
すぐにそちらに向かう事を伝える。
三人に片手を上げて別れを告げて、俺は破壊された窓から外に出る。
そうして、そのまま空を飛んで拘束されている容疑者たちの元へと向かった。