【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい   作:オタリオン

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096:老いぼれ祓魔師の奮戦(side:サム・ホーキンス)

「……何だ、此処は……ケガレが薄い……いや、“ほとんど無い”だと?」

 

 梯子を下りて、床に足をつける。

 魔力で強化した目で周りを見れば、何かの実験施設のようだった。

 不気味であり、冷たさを感じるものの。

 感覚だけでケガレがほとんど無い事が分かる。

 

 あの吐き気を感じるような不快感がしない。

 いや、寧ろ空気が美味いとすら感じた……だが、妙だ。

 

 空気が美味いと感じるほどに澄んでいるが。

 妙に肌が“痺れる”ような感覚がする。

 強力な洗剤で肌を洗浄されているような……長居は危険だな。

 

 俺は先に降りていた二人に指示を送る。

 周りを警戒しながら、目的のものの回収を急ぐ。

 

 二人は頷き、ライフルを構えながらレインが先行していく。

 俺は後方をカバーしながら、周囲を警戒する。

 埃をかぶった手術台に、血に濡れたメスやらの道具。

 何かを入れて保管していたであろう砕かれたガラスケースに。

 床のタイルには完全に乾燥し切った血がこびりついていた。

 

 何があったのかは不明だ。

 そもそも、ただの教会の地下にこんな怪しい施設が隠されていたこと自体が謎だ。

 此処で行われたいた事は何か。

 情報が不足している今では、その答えを出す事は出来ないだろう。

 

 俺たちはそのまま周囲を警戒しながら。

 足を進めて、仕切るように敷かれたカーテンを開け放ち進んでいった。

 そうして、散乱する手術道具やぶちまけられた何かに群がるネズミなどを避けていく。

 

 ……益々、奇妙だな。虫も鼠もいやがるのに。何故、空気がこんなに澄んでいるんだ?

 

 空調とか空気清浄機とか。

 その程度のもので解決できるようなものではない。

 衛生的な問題でいえば、間違いなく此処は最悪だろう。

 乾ききった血が放置されて、汚物のようになった何かが溜まり。

 悪臭を感じてもおかしくないというのに、だ……恐怖すら感じるね。

 

 俺たちは周囲の状況に警戒度を跳ね上げる。

 そうして、部屋の奥に辿りつき……扉か。

 

 何の変哲もない扉。

 そう見えるが、実際には違う。

 電子的なセキュリティーがある訳じゃない。

 頑丈に設計された扉でもない。

 ただのノブがつけられただけの木の扉で――“強固な術式が張られている”。

 

 先ほどのように、隠された術式ではない。

 ハッキリと目に見える術式であり、警告の意味が込められているのかもしれないと感じた。

 触れれば、どんな効果があるかは分からないが。

 十中八九が、人体に異常を来す類のものだと分かる。

 

 石化か即死か……或いは、もっと苦しいものか。

 

 レインたちは周囲を警戒する。

 俺はライフルを下ろして、扉に触れないギリギリの位置で手を止めた。

 サーチを行いながら、分かる限りの事を分析してみる。

 

「解除は?」

「無理だな。俺の術式は触れないと発動しない。これは触れたらそれで終いだ」

「強引に突破しますか?」

「いや、すぐにそれは止めた方が良い。まだ時間はある……C4をくれ」

 

 レインに指示をし、C4を受け取る。

 俺は扉から離れて壁を軽く叩く。

 

 材質はコンクリート。

 何の強化も施されておらず。

 術式の範囲外であり、この壁自体は触れても問題ないと断定した。

 ナイフを取り出して、C4を少しだけ取る。

 切り分けたそれを一番もろそうな個所に張る。

 信管を取り付けてから、レインたちに指示をし距離を取る。

 

 ムサイが棒状になった簡易シールドを取り出す。

 床に差し込めばアンカーが打ちこまれて固定される。

 すぐにシールドが展開されて、俺たちはその後ろに身を隠す。

 俺はレインから遠隔式の小型の起爆装置を受け取り――起爆する。

 

 かちりと音がすれば、C4が起爆する音が聞こえた。

 爆風が広がり、破片がシールドにバチバチと当たる。

 

「……量が多すぎませんか?」

「これでいいよ。恐らくだが……やっぱりな」

 

 煙が晴れていく。

 すると、そこには――“無傷の壁”がそこにあった。

 

「どういう……待って。まさか、あれも?」

「あぁそうだな。まさかとは思っていたが、アレにも時間停止の術式が組み込まれているらしい……まぁ勘だったが。当たっちまってたな」

 

 ムサイがシールドを戻す。

 俺はゆっくりと立ち上がり、壁に近づいた。

 手で触れれば、時間停止の術式が作動していた。

 

 あそこで二十人近くの人間が死んだんだ。

 更にここの壁にも同じことをしたとなれば……どれだけの人間が命を捧げたって言うのか。

 

 常軌を逸している。

 狂っていたのか。それとも、それほどの何かがこの奥にあるのか。

 俺はそんな事を考えながら、壁に手を触れて――術式を起動する。

 

 壁が僅かに揺れる。

 すると、術式は解除されていた……さて。

 

「このまま、何度もやってりゃ、その内、この厄介な術式の効果も消えるかもしれないだろうが……分かるな?」

「「……」」

 

 二人は何も言わない。

 が、俺の意図を察して勝手に動いてくれた。

 

 レインは俺の手からC4の残りを奪う。

 そうして、それを適当なタンカーにつけ始めた。

 ムサイもシールドを再び離れた位置で展開し。

 ぶつぶつと独り言を言い始めていた。

 

 俺は笑みを浮かべながら、ムサイの横に座る。

 すると、レインは手でタンカーを移動させて、扉の少し離れた前で止まる。

 

「……ちゃんと引きな。でなきゃ……化けるよ?」

「はは、お前が夢に出てくれるんだったら俺は嬉しいがね」

「馬鹿言うんじゃないよ……合図を」

 

 レインはタンカーに足を掛ける。

 俺は床に落ちていた汚れたコインを手に取った。

 俺はそれをレインに見せる。すると、彼女は静かに頷いた。

 

 俺は無言でそのコインを――弾いた。

 

 くるくるとコインが宙で回転する。

 レインはそれをジッと見つめていた。

 ゆっくり、ゆっくりとコインが落下し――床に当たった。

 

 瞬間、レインはタンカーを蹴飛ばした。

 ガラガラとタンカーが扉に向かって動いていった。

 レインはすぐに此方に向かって飛んできた。

 俺はレインに手を伸ばしながら、扉にタンカーが触れるギリギリを見極めて――起爆する。

 

「……っ!!」

 

 レインの手を掴む。

 そうして、一気に彼女を引き寄せた。

 瞬間、ムサイが結界を展開し。

 閉鎖された空間にて大爆発が起こった。

 

 壁を破壊する量ではない。

 地下でこの量を使えば崩落の恐れがあるだろう。

 が、天井が崩れる気配はしない。

 煙が広がって、シールドにガンガンと物がぶつかる音が連続して響く。

 結界にも激しく揺れていて、薄く罅が入っていた……おいおい。

 

「怠けてるな。ムサイ?」

「怠けてませんよ。ただ、老いた、それだけです!」

 

 ムサイはにやりと笑う。

 俺も笑みを浮かべて……衝撃が収まる。

 

 辺りには煙が広がっていた。

 ムサイに結界を維持させながら、俺は魔力で強化した目で扉を見つめる。

 

「……解いてくれ」

 

 俺が指示を出せば、ムサイは結界を解く。

 俺はレインから手を離し、そのまま扉の方に駆け寄る。

 ジッと煙を発する扉を見つめて――手で触れた。

 

 刻印を起動し、術式を発動させる。

 瞬間、僅かな時間が巻き戻り――奇妙な音が聞こえた。

 

 まるで、歯車同士が止まったかのような音だ。

 それが聞こえた瞬間に、扉から壁に伝わる術式が――“消えた”。

 

「……思った通りだな。時間停止とトラップは同時には作動しない。片方が作動している時に一部だけ時を戻せば……矛盾が生まれて、術式が崩壊する」

「高度で複雑な術式ほど繊細だって訳だね。賢くなったじゃないか」

「……もうガキじゃねぇんだ。耄碌しねぇ為に、俺だって必死なんだよ」

 

 俺はそう言いながら立ち上がる。

 そうして、銃のグリップを握りながら二人を見た。

 二人は静かに頷き、俺は扉を見つめえて――蹴り破る。

 

 中へと一瞬で入り、銃を構えて辺りに向ける。

 部屋の中は真っ暗であり、何も見えない。

 光はあの部屋で途絶えていたようだ。

 俺は発煙筒を出そうとして――明かりが点灯し始めた。

 

「「「……!!」」」

 

 警戒度を跳ねあげる。

 陣形を組みながら警戒すれば、床のライトが次々と点灯していく。

 真っすぐに道のように続いていく。

 黙ってその光景を見ていれば――中心のものにも光がつく。

 

「……アレは?」

 

 視線の先。

 広い部屋の中心には、円筒形の筒のようなものがあった。

 機械であり、見たところ検体などを保管する類のものだ。

 が、どう見ても世に出回っているものじゃない。

 そもそもが、配線の類も無ければ駆動させる為に必要な発電装置も無かった。

 

 ……妙だ。明らかに、あの中に何かがある。

 

 俺は仲間たちに指示をし、俺が調べる事を伝えた。

 二人は周りを警戒し、何時でも援護できる位置につく。

 俺は銃口を円筒形のそれに向けながらゆっくりと近づいていった。

 

「……全長は十五メートルほど……駆動音がする事と、機械の明かりが灯っているから。何処かに電源があるのか、それとも別の方法でエネルギーの供給をしている……材質は鉄か……いや、合金か。少し、違う気が……コンソールもパネルも無いが」

 

 俺は機械について見える範囲で分析する。

 そうして、無線を起動し外の奴らと連絡を取った。

 向こうも調査を続けているが、収穫はないようで。

 恐らくは、俺たちが辿り着いたものが今回の目的のものである可能性が高い事を伝えた。

 

「対魔局に知らせてくれ。すぐにでもこいつを調べたい。医療機器に詳しいメカニックと魔術の分析官が数名欲しい。後は、護衛としてダーメ……いや、ケーニヒを招集して欲しいとも伝えてくれ。なるべく急ぐようにな」

《了解……それと、こっちの事で一つ……妙な感じがする。早めに上がってきてくれ》

「了解」

 

 仲間との連絡を終える……妙な胸騒ぎか。

 

 無線を戻し、レインとムサイに此処に残るように指示を送る。

 胸騒ぎと言ったのであれば、確実に何かが起きる前兆だろう。

 目的のものが発見できたのであれば、調査が終わるまでは何としてでも此処を死守する必要がある。

 俺はそう考えたからこそ、地上の様子を見て来る事を伝えて小走りで上に戻っていき……?

 

「……術式が、戻っている?」

 

 梯子へと戻る時。

 ふと扉の横の壁に目を向けた。

 すると、微かにだが崩れた筈の術式が展開されて行くのが見えた。

 

 一度、消された術式を展開する場合。

 術者がいなければ、術を張る事は出来ない。

 が、此処には術者は存在しない。

 それなのに、だ……まさか!

 

 俺は部屋の中心のものに目を向ける。

 が、それには何の変化も無い。

 

「……」

 

 胸騒ぎだ。

 此処に来てからずっとだ……が、今は仲間たちだ。

 

 優先すべきものを見誤るな。

 聖遺物は重要だが。

 此処を守るべき者がいなければ意味が無い。

 敵にあれを奪われるのが最も恐ろしい失敗だ。

 だからこそ、俺は謎の機械から意識を逸らし、地上を目指して走っていった――

 

 

 

 ――梯子を上り、地上に出た。

 

「――! 状況を」

「――敵襲だ。何処からともなく湧いてきやがった。他の奴らは交戦中だよ」

 

 レイノスは足元に転がる悪魔に銃弾を放つ。

 頭を破壊し、そいつは息絶えた。

 ゴラムもナイフを悪魔の死体から引き抜き戦場を見つめる。

 

 音が聞こえる。

 銃撃戦の音であり、あちらこちらで敵と交戦状態だと分かる。

 俺は二人に此処を任せて、仲間たちの援護へと一人で向かう。

 

 半壊した建物から飛び出し、ライフルを握り走る。

 音を聞き分けながら、一番近い場所を探し――その場でしゃがむ。

 

「うぁ!?」

「――」

 

 頭の位置を何かが通り抜けていく。

 風切り音を聞き終わる前に、後方へと銃弾を放つ。

 瞬間、気色の悪い声が響き、どさりと何かが倒れた。

 

 視線を向ければ――悪魔だ。

 

 見たところ、下級……いや、中級クラスの悪魔だろうか。

 

 ケガレがあるのであれば、悪魔の発生も考えられるが。

 既に念入りにサーチを行った後だ。

 何処から湧いたのかも不明であり、敵の目的も分からない。

 ぴくぴくと痙攣し消えていく悪魔を見れば……“ローブ”か?

 

 あまり見た事が無いローブだった。

 無地のローブであり、魔力が漏れ出す悪魔の残骸が……“見えない”。

 

「……隠密用の特殊繊維……あり得ねぇ。何で悪魔がこんなものを」

 

 人類が持つ技術であり、悪魔が真似をする事などあり得ない。

 何処からともなく湧いたのではなく、最初から此処にいたのならば。

 悪魔共は全員がこの特殊繊維のローブを纏っている事になる。

 暗殺に特化した部隊か。それとも、人間と手を組んだ悪魔たちか。

 

 そんな事を考えていれば、次々と鳴き声を上げながら悪魔が瓦礫の中から飛び出して来る。

 

「「「――――ッ!!!!」」」

 

 その身にはローブを纏い。

 手を刃のようにして、化け物どもが攻撃を仕掛けて来る。

 それらの攻撃をバックステップで回避し。

 死んだ悪魔を飛び越えて、“魔力で強化した銃弾”を放つ。

 奴らは器用に銃弾を腕と一体化した武器で弾く。

 そうして、そのまま俺に向かって飛んできて――背中を銃弾で貫かれる。

 

「「ふげぇ!!?」」

「……」

 

 撃った弾が同じ軌道で戻って来た。

 信じられないだろうが事実であり。

 奴らは間抜けな面で体勢を崩す。

 そんな奴らの頭に俺は間髪入れずに銃弾を放った。

 

 奴らは叫び声をあげる間もなく。

 頭を吹き飛ばして絶命した。

 俺はそのまま地面に転がった弾の魔力を解いた。

 

 俺は走る。

 銃撃戦の音がする方向へと走り――いた。

 

 仲間たちが悪魔たちと交戦している。

 既に何十体も殺したようであり、死体が転がっていた。

 俺はそれらを飛び越えて、背中を向ける悪魔たちに銃弾を見舞う。

 奴らは気配を殺した俺の奇襲を諸に受けて、そのまま体を四散させた。

 血が飛び散り、顔に掛かったが気にしない。

 そのまま、横から迫った敵の体に触れて――時を戻す。

 

 そいつは逆再生のように動きを戻していき。

 俺はそんな奴の腹にしこたま銃弾を与えてやった。

 奴はハッとしたが、そのまま体中を蜂の巣にして絶命する。

 

 仲間たちは返り血を気にする事無く周囲を警戒する。

 

「状況を」

「悪魔共の奇襲にあった。数は不明、負傷者はゼロ」

「最上級は」

「いない。が、統率された動きが見えた。恐らくは、隠れている可能性が高い」

「――レックス、ニコラス、マイク。陣を張る。それぞれ四名を引き連れて対悪魔結界を構築しろ。残りは俺と共に敵を引き付けるぞ」

「「「了解」」」

 

 それぞれが動き出す。

 部隊を編成し、それぞれの役割を果たす。

 残ったのは三人であり、俺は白兵戦装備に切り替えるように指示をする。

 全員がライフルをその場に捨て、聖刃としての機能を持つナイフと格闘戦用の拳銃を持つ。

 俺は静かに手を上げて――下ろす。

 

 瞬間、全員が魔力を解放し散開する。

 ローブの情報を頭に叩き込み、サーチを開始しする。

 すると、砂粒ほどの魔力を動きを感知し、隠れ潜む悪魔を特定し――銃弾を放つ。

 

 魔力で強化した弾丸は瓦礫を貫通する。

 そうして、そこで隠れていた間抜けを貫き悲鳴が静かに響いた。

 すると、残りの虫共も慌てて飛び出し襲い掛かって来る。

 

 奴らの攻撃を視覚で捉える。

 そうして、隙間を縫うように奴らの爪による攻撃を回避。

 そのまま流れるように、奴らの腹や胸にナイフを突き刺す。

 悲鳴を上げて俺を引き剥がそうとする悪魔共。

 そんな奴らの心臓を精確に弾丸で撃ち貫けば、がふりと血を吐き出していた。

 そのままナイフを操り、奴らの首を掻き切り――四体の悪魔が地に倒れた。

 

「……」

 

 下級だ。

 中級ですらない雑魚だ。

 が、やけに数が多い……まるで、試されている気分だ。

 

 妙な気配は感じる。

 が、姿が見えないからこそ判断は出来ない。

 

 俺はそのまま、残りの悪魔共へと襲い掛かる。

 殺して、殺して、殺して――頭をずらす。

 

「……!」

 

 ヘルメットを何かが掠めていく。

 微かに聞こえたのは銃声であり――狙撃手か。

 

 悪魔の中に銃を使う奴がいるのは奇妙だが。

 奴らにも知能があるのであれば、使わない道理はない。

 俺はそのまま転がるように瓦礫に身を隠す。

 そうして、そのまま近くに落ちていた石を拾い魔力で強化して――投げる。

 

 宙を勢いよく飛んだ石。

 が、それはすぐに撃ち落とされた――理解した。

 

 狙撃手の位置を特定。

 そして、そいつが魔力によって此方を識別している事も分かった。

 俺はそのまま瓦礫から瓦礫に向かって移動する。

 奴は俺を狙って攻撃を仕掛けてくるが、全てが瓦礫で弾かれるだけに終わる。

 

 狙撃手としての腕はそれほど高くはない。

 そして、魔力による強化を施した弾丸も放ってこない。

 そこから導き出されるのは――足を魔力で強化する。

 

 塔になった建物。

 地面を蹴りつけて跳躍し、そのままナイフを突き刺す。

 腕に力を込めて、更に上へと飛び上がった。

 そうして、窓があったであろう場所からは目を大きく見開く――“子供の悪魔”の姿があった。

 

「ひぃ!」

「――」

 

 俺はそのまま無感情に拳銃の弾丸を放つ。

 そいつは逃げる事も出来ずに銃弾を頭に撃ち込まれて死亡した。

 ぶしゅりと血が噴き出し、痙攣する悪魔……こいつは……。

 

 悪魔としての力は弱い。

 いや、外見的な情報からして恐らくは……子供だ。

 

 改造を施された狙撃銃を使う子供の姿をした悪魔。

 力が弱いからこそ、人間の武器である銃を頼ったのか。

 先ほどまでの戦闘を思い出していく。

 今まで戦った悪魔たちは、そのどれもが下級だ。

 力があると思えたのも中級程度で、それも限りなく下級に近い個体のように思えた。

 

「……」

 

 どういう事だ。

 奇襲を受けたのは事実。

 しかし、明らかにレベルが低すぎる。

 

 もしも、最初から俺たちを襲うつもりがあったのであれば。

 確実に、より練度の高い個体を配置している筈だ。

 が、今まで戦った悪魔はどいつもこいつも簡単に殺せるほどの存在たちだった。

 

 肩透かしもいいところであり。

 本来の悪魔としての戦闘能力が低すぎる。

 

「……意図していなかった……ハグレか……或いは、此処を拠点とする。小規模なコミュニティ……」

 

 可能性としてはこれくらいだろう。

 そう考えていれば、結界が展開されたことが確認できた。

 此方が敵を引き付けていたとはいえ、こうも簡単に展開出来た。

 益々、不気味であり……レックスか。

 

「どうした」

《……結界は展開できた。外部からの侵入は防げる。中にいる悪魔共も大幅に力を削がれるだろう……怒るなよ?》

「何がだ。状況は簡潔に報告しろ」

 

 レックスは口ごもるように言ってくる。

 俺は胸騒ぎを覚えながらも、報告するように迫った。

 すると、レックスは――

 

 

 

《停戦を望んでいる――“悪魔共”がだ》

「……あぁ?」

 

 

 

 俺は自らの耳を疑った。

 が、すぐに気を取り直し敵を見張り警戒するように伝えた。

 

 レックスは命令を受けて、現在地を報告する。

 無線を切り、他の仲間たちに繋ぎ敵の事は伏せて結界を維持するようにだけ命令を出した。

 

「……どうなってやがる」

 

 こんな事は一度も無かった。

 同情を誘い、此方を油断させようと企むゴミはいた。

 が、レックスの言い方からして全ての悪魔が戦いをやめる事を望んだと捉えて間違いないだろう。

 アイツもプロであり、そう易々とは騙されない。

 恐らくは、武器を封じ可能な限り抵抗の意志を削いだ状態で姿を晒したのか。

 

 ……なら、何故、こちらを攻撃してきた?

 

 最初から、投降する意志があったのであれば。

 此方を襲う必要は無い。

 寧ろ、襲い掛かって来た時点で此方は相手を殺す気で行く。

 それを理解した上で、攻撃を止めて投降を……何を考えている。

 

 俺はそのまま塔を降りていく。

 途中でナイフを回収し、そのままレックスの下まで走っていった。

 

 走って、走って、走って…………!

 

 レックスたちが見えて来た。

 そして、その前には――“腕を切り落とした悪魔たち”がいた。

 

 やって来た俺の事を悪魔たちが見て来る。

 どいつもこいつも、その目にはありありと恐怖の感情が籠っていた。

 まるで、悪魔たちに襲われる人間のような目で。

 中には、先ほどの狙撃手のような幼い子供の姿をした悪魔もいて……。

 

「……これは?」

「……自分でやりやがったんだよ。俺は命令してねぇ……お望みとあれば、舌も抜くだとよ」

「……」

 

 レックスは心底、不気味だと言いたげな目で悪魔共を見つめる。

 いや、悪魔共というよりは、たった一匹の――“老悪魔”を見つめていた。

 

 黒く乾燥した肌に、半ばから折れた薄汚れた白い二本の角。

 目は見えているのか判断できないほどに眼球は白く濁っていた。

 身長は140もないほどに小さく。その体は枯れ木のように細く弱弱しい。

 汚れた布を体に巻いていて、そいつだけが群れの先頭に立ち五体満足でいた。

 恐らくが、奴が仲間たちの手を切り落とすように命令したのだろう。

 

 この群れのリーダーと捉えるべきか。

 或いは、油断をさせて殺しに来る暗殺者か。

 

 俺が考えを纏めようとしていると――老悪魔が声を出す。

 

「どうか、慈悲を……我々に、争う意思は、ありません……見逃していただけるのであれば、速やかに、この地を離れます……どうか、どうか……」

「……だ、そうだが?」

「……悪魔を見逃す気は無い。そもそも、最初に攻撃を仕掛けて来たのはお前たちだ。そんな奴らの言葉は信用できない」

「……お許しを、アレは血の気の多い、者たちだったのです……我々は初めから、貴方方を襲う気など、ありませんでした……我々はもう、長い間、人を食べてはいません……せめて、せめて、子供たちだけは」

 

 老悪魔は地面に手をつき頭を下げる。

 プライドの高い悪魔が、家畜同然に見ている人間に対して頭を下げる。

 ハッキリ言って異常であり、今までの人生で見た事は無い。

 どんなに人を騙すという心があったとしても、奴らはそう簡単に人間に頭を下げたりはしない。

 言葉巧みに騙す事こそが奴らの性質で……だが、信用はしない。

 

「……お前は嘘をついている」

「……嘘、などと」

「嘘だな。人を食っていないのはお前だけだ。それ以外は人を食っている。でなければ、子供や他の悪魔が何故、そうも――“血色が良いんだ”」

「「「……っ!」」」

 

 子供や若そうな奴らは表情を曇らせる……決まりだな。

 

 こいつらはやはり悪魔だ。

 人を食う化け物であり、捕虜にする選択も、逃がしてやる選択も――“無い”。

 

 俺はマガジンを一瞬で変えて、銃口を老悪魔に向ける。

 そうして、そのまま銃弾を放とうとし――“怖気が走る”。

 

 

「――散開ッ!!!!」

「「「――ッ!!!」」」

 

 

 俺の命令を受けて、仲間たちが散開する。

 瞬間、結界の一部が砕かれて、何かが俺たちがいた場所に勢いよく飛来して来た。

 

 衝撃が走り、地面が大きく揺れた。

 土煙が舞って、俺たちはその場でジッと耐える。

 濃い煙が立ち込めていった。

 仲間たちは銃口を煙の中に向けていた。

 俺も銃とナイフを構えて――術式を起動する。

 

 瞬間、俺の位置は“煙があった場所”に戻る。

 振り返れば、俺がいた位置で拳を振るった後の――“悪魔が立っていた”。

 

 

 

「躱したな――人間」

「――!!」

 

 

 

 底冷えするほどに低い声。

 全身から出る殺気と闘気が空気を振動させているように錯覚させる。

 身長は二メートルを優に超えて、その手足は雑魚とは比べ物にならないほどに太く逞しい。

 比較にならないほどの空気を放つ巨体が――視線を向けて来た。

 

 ゆっくりと俺を見て来た“悪魔”。

 そいつは対魔局のデータベースに記録されていた。

 四つの亀裂が走る黒い腕に、背中まで伸びた血のように赤黒い髪。

 多くの祓魔師の返り血を浴びて赤黒く染まったボロボロの布を体に巻き付けるその姿は求道者のようで。

 その目は赤く輝き、見るもの全てを血に染め上げる。

 

 

 つけられた名が――“戦葬鬼兵(センソウキヘイ)”。

 

 

 ネームドであり、その力は最上級を凌駕する。

 過去にケーニヒとの戦闘記録もあり。

 “三名”がこいつによって殺されたとも記載されていた。

 どれだけの人を喰らったかは不明。

 しかし、手練れの祓魔師を多く殺している事からその危険度もトップクラスである。

 ネームドの位置ではあるが、その情報自体も古いと考えた方が良い。

 恐らく、実力でいえば堕天使にも……まずいな。

 

 奴は殺気を滾らせながら俺を見つめる。

 奴の殺気を浴び、視線を交わすだけで全身が震えあがりそうになる。

 最初の攻撃を避けたのはほぼ勘だ。

 術で“記録”し、発動させていなければ確実に上半身は吹き飛んでいただろう。

 

 目で捉える事はほぼ不可能。

 当たれば魔力で強化しようとも即死は免れない。

 一撃必殺の攻撃が常時展開できる化け物であり。

 もしも、此処に重要なものが無ければ即時撤退を選択していただろう。

 

「……」

 

 呼吸を落ち着かせる。

 静かに奴を見つめた。

 瞬きなど許されない。

 少しの隙が、命を零す結果を招く。

 

 奴を警戒する。

 仲間たちもその場を動かない。そんな中で、煙の先で悪魔たちに動きがあり――術を発動する。

 

 一瞬にして、位置が戻る。

 瞬間、突風が吹き――奴がまたしても、俺が立っていた場所に移動していた。

 

 奴が放った拳。

 その拳圧だけで、目の前にあった建物や瓦礫が消し飛んだ。

 パラパラと砂埃が舞う。

 

 魔力の強化も施していない。

 ただ力任せに振るっただけの拳だ。

 それが魔力で強化した目で捉えられず。

 剰え、その余波だけで目の前のものが消し飛んだ……何の冗談だ。

 

 汗がたらりと流れる。

 視界の端では、悪魔共が逃げて行っているのが分かった。

 

 仲間たちも悪魔たちの動きが辛うじて見えているようだが。

 目の前の存在のせいで下手な行動が出来ない。

 奴の目的は理解できる。

 此処で闇雲に俺の仲間たちを攻撃しない事で理解できていた。

 

 ……俺以外では、こいつの相手は厳しいだろう……だったら。

 

「――行け」

「「「――!!」」」

 

 レックスたちに一言だけ伝える。

 すると、奴らは俺の意図を理解し走っていく。

 その先は逃げて行った悪魔たちの方向ではない……それでいい。

 

 ネームドは、俺の仲間たちを追わない。

 ただジッと俺を見つめていた。

 

「……良い判断だ」

「……そいつはどうも」

 

 俺は武器を構える。

 奴も静かに拳を構えた。

 

 互いに退く事は出来ない。

 奴の狙いはアイツらを逃がす事で。

 俺はこの地の死守が任務だ。

 

 

 互いに信用さえ出来れば話は早くて済むだろう――が、それはあり得ない。

 

 

 俺は人間で、アイツは悪魔だ。

 互いに相いれない関係であり、話が出来ても酒を酌み交わす事は無い。

 ただジッと相手を殺す事だけを考えている。

 何方かが死ねば、目的は達成できる。

 得体の知れない存在を信用するよりも遥かに安心できて、遥かに建設的だ。

 

 

 それだけであり、それで――十分だろう?

 

 

「「――ッ!」」

 

 

 互いに踏み込む。

 一瞬にして間合いを詰めた。

 相手は腕を振るい攻撃を行う。

 俺はそんな奴の拳を見ながら――元の位置に戻る。

 

 そうして、そのまま拳を振り下ろした状態の奴に向かって銃弾を放つ。

 奴はそれを残りの腕で全て弾いた。

 奴の体がブレる。

 横から気配を感じて、体をズラす。

 奴の手刀が空を切り、地面に亀裂を走らせた。

 奴はそのまま体勢の崩れた俺の体に横から手刀を見舞い――奴の服に指を触れさせる。

 

 術を発動。

 そのまま奴がいたであろう場所に銃弾を放つ。

 奴の体は戻っていき、五秒という時間を逆に進み――体に銃弾が命中する。

 

「……ほぉ」

「……効果は、薄いか」

 

 今度は防がれなかった。

 魔力での強化も施してはいなかっただろう。

 命中させた弾丸には俺の魔力を込めていた。

 それを真面に受けて与えたダメージは――“血が少し出る程度”だ。

 

 奴はそのまま銃弾を体外に出す。

 傷をゆっくりと再生させていった。

 

 奴はその場でステップを踏む。

 奴が少し微笑んだかと思って――無数の殺気を感じた。

 

「――ッ!」

 

 四方八方から感じる殺気。

 それに体が勝手に反応し、術を発動させた。

 俺の位置は戻り、更に術を発動させる。

 連続して術を発動させれば、衝撃が連続して響いた。

 

 合計で四回も術を発動させた。

 その結果、俺が通ったであろう場所には見事なクレーターが出来上がっていた。

 

 一瞬だ。

 ほんの瞬きの合間に、離れた位置に拳を打ち込んだ。

 それも、俺が通るであろう場所を予測して打ちこんでいた。

 

 クレータと言ったが、アレは穴では無く“底”だ。

 深い底であり、下が見えないほどに穴が続いていた。

 たった一撃であれほどに深い穴が出来る程の打撃。

 喰らえば一溜りも無く、確実に俺は……。

 

 

 もしも、時間を“ずらしていなければ”――確実に死んでいた。

 

 

「……少し、違ったか……まぁいい。修正しよう」

「……修正、ねぇ……」

 

 

 俺は薄く笑みを浮かべる。

 魔力の消耗は問題ない。

 が、ネームドとの対峙で嫌でも緊張が張り詰める。

 

 碌な装備も無く。

 戦法だってありはしない。

 俺が出来る事はただ――“時間を稼ぐ事”だけだ。

 

「……何か、企んでいるな」

「……さぁ? 何の事やら」

 

 ケーニヒ、一人一人の情報は目を通している。

 恐らくは、“あの方”が此処にやって来る事になるだろう。

 時間にすれば、“数十分”程度だ。

 

 その間、俺がこの化け物を留めておく必要がある……全く。

 

 年寄りにはきつい仕事だ。

 この歳になってもまだ、こんな化け物の相手をさせられる。

 俺は汗を流しながらも、笑みを絶やさない。

 

 仕留める気でいけ。

 ネームドを始末すれば、対魔局から報酬が出る。

 その金で今夜は焼肉としゃれこもう。

 そう考えて――動き出す。

 

 奴は一瞬で消えた。

 そうして、またしても無数の殺気を感じる。

 俺は術の発動を繰り返し、そのまま奴の動きを予測し銃弾を撃ち込む。

 

 攻撃、回避、回避、回避回避回避回避回避回避回避回避――躱せ。

 

 目まぐるしく変わる景色。

 死がすぐそこであり、風切り音が耳音で響く。

 背筋が凍り、心臓が凍り着いたような感覚を覚える。

 

 一度のミスが死に直結する。

 そんな中で、生きて来た経験をフルで使う。

 此処が正念場であり、此処が漢の見せ所だ。

 

「――ッ!」

 

 敵の拳を躱し――隙が見えた。

 

 すぐさま銃口を向けて、魔力を込めた銃弾を連続して放つ。

 が、すぐそこにいた奴の体は霞のように消える。

 俺の攻撃は、奴の影を掠めるだけだ。

 

 そのまま背後から攻撃を察知。

 術を発動し、一瞬にして位置を変える――が、頬を薄く切られた。

 

 奴の拳が僅かに触れたのか。

 頬から血が流れるのを感じながら、俺は足を止める事無く駆けまわる。

 

 まだだ、まだまだ、まだまだまだ――これからさぁッ!!

 

 互いに攻撃と回避を繰り返し。

 予測できない動きで、俺は奴の攻撃を回避していく。

 俺の刻印を完璧に把握できる存在は、先生以外には存在しない。

 これは単なる解き戻しの術では無いからな。

 

「――――ッ!!!!」

「……」

 

 体が熱い。

 呼吸が熱を持ち、汗が噴き出す。

 スローに感じる世界で、奴と視線が合う。

 奴は静かに俺に殺気を向けて、俺も奴に殺気を向ける。

 

 俺はギリギリの生死の狭間で生きながら――“笑みを深めた”。

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