【完結】なめくじにも角   作:扇架

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一話

「手伝う気がないならどいてくれない?」

 きつく言いながら、ぱたぱたとハタキを動かす。棚の上やピアノの埃を落とす、というより拭う、に近い。人が住まない家は荒れるという。だけれどだ、住んでいてもどこからともなく埃は現れるし、髪の毛は落ちる。東洋のように玄関で靴を脱ぐなんて文化じゃないので、土や小石その他も入り込む。なので掃除は欠かせない。

 そう、彼が家にいる間はなんとしても現状を維持してみせる。おじいちゃんな屋敷しもべはいるけれど、あまり働かせすぎるのもかわいそうであるし。

 ちら、と居間の置物を見る。緑の敷物(アラブかどっかから輸入したらしい)の上には椅子その他の家具がある。古びた先祖伝来らしいそれの一つ、深い色のどっしりした椅子に置物はある。暖炉の火に照らされて「考える人」のように固まったままだ。

――菓子の備蓄について考えてるならまだいい

 だが、それにしては固まりすぎである。物騒なニュースも多いし、考えることが多いのかもしれない。

 死喰い人の手が伸びるとも思えないけど。少なくとも考える人もとい置物には。

 うーんと唸り、ピアノの鍵盤に指を這わせ、そっと押す。柔らかい音が響いた。調律の必要はなし。

「サフィヤ」

 やっと置物が口を開いた。

「なに? どうせ僕に魔法省に入れだとかいいとこの子といちゃいちゃしろとか言うんでしょ」

 前半はともかく後半は無理だろう。サフィヤはいいとこどころかマグル生まれ――いや、正確には片親がマグル生まれ――だ。そのあたりは期待されてない、はず。

 そもそもだ。

「引き取ってくれたのは感謝してるけど」

 できることとできないことがあるよ、と言おうとする。だが、置物がぱっと立ち上がった。普段のだらだらした生活態度とは雲泥の差だ。

「引っ越すぞ」

「……は?」

「いいか私は優秀で誰もが欲しがる人材なのはわかってるなサフィヤ。つまり狙われるということだ」

 つらつらと述べられた事実だが癪に障る言に頷いておく。優秀なのは確かだろう。元ホグワーツの教師だったらしいし。

 誰に狙われるのかと訊きかけて、テーブルの上に放られた日刊預言者を思い出す。闇の帝王が復活はデタラメだ、ハリー・ポッターは嘘吐きたどうこう。

「死喰い人から逃げるわけだね」

「さすが私の息子。付け加えるなら」

 ダンブルドアからも逃げる、と力強く言う「父」に肩をすくめた。

 わかっているんだろうか。サフィヤはホグワーツ生で、ダンブルドアはやろうと思えはサフィヤを人質にとれるんだけども。

 いやでもこの人お坊ちゃんだから抜けてるんだよなあ。

「荷造りするよ」

 余計なことは言わずにハタキを放り出す。

 パイナップルの砂糖漬けは邪魔だから置いていこう。妖精と手分けして、このお屋敷を不在にしてもいいように守りを固めて……と指を折る。

 無駄に広いんだよ、スラグホーンのお屋敷は。

 慌ただしく引っ越しを済ませ、サフィヤは両手を腰に当てた。働いた。ああ働いた。

「狭いなあ」

「十分でしょ」

 一世帯かつ二人と妖精一人の計三人しか住まないのだ。リビングダイニング、寝室もとい個室二つ、妖精のための部屋という名の納戸、トイレひとつと収納庫一つ。

「だってだな」

 はあーとため息を吐く「養父」に冷たい一瞥をくれる。大きくて古いテーブルに椅子が二脚。あとは妖精のための子ども用の椅子もある。養父はだらだらとテーブルに突っ伏している。どっちが子どもだかわからない。

 本を持っていきたいとごねるし、アルバムがどうこう言うし、生徒からの手紙をお菓子の缶にせっせと詰めるし。

 養父とはいえ年齢的には祖父を通り越して下手したら曽祖父だ。年齢が人を大人にするんじゃないんだな、とサフィヤは常に噛み締めている。

「夏が終われば」

 広くなるんだから。

 言いながらテーブルを拭く。邪魔だと言われるのがわかっているのか、養父は顔を上げた。

「買い物は――」

 おじいちゃんを連れて行けって言うんだろ、と先回りして返す。スラグホーン家の老妖精は家族のようなものだ。よそでは奴隷同然だとか。少なくとも、養父はサフィヤと妖精が一緒に菓子を食べていようが、食事していようが構わないらしかった。

 あれこれ構う性格なら、サフィヤを引き取らなかっただろうけれど。

 ちん、とトースターが鳴る。皿にトーストを載せ運ぶ。テーブルに滑らせ、とって返す。冷蔵庫からサラダを出して……とこまこまと働く。引っ越し先はマグルの住まいだ。都合よく海外出張で不在らしい。本当に都合がよすぎると思っても、いちいち養父に訊きはしない。ホラス・スラグホーンはのらりくらりとかわすだけだろう。

 鋭い音がして、妖精が現れる。手に持っているのは新聞だ。

「ありがとう」

 ティル、と言うか言わないかのうちに、新聞がふわりと浮かび、滑るようにしてティルの主……サフィヤの養父のもとへ向かう。

 養父は軽く頷いて新聞を広げる。片手に持った杖を無造作に振れば、テーブルの上にマグが現れた。コーヒーの香りが広がる。その気になれば家事もできるのに怠けるのだ。こうしてコーヒーを淹れるくらいで。

 サフィヤはキッチンに戻り、手を洗う。ようやく席に着いて朝食にありついた。

「あーあ」

 養父の声に眼を上げる。ジャムを切らしてたっけかな。べたべたと塗るものだからすぐになくなるのだ。オレンジやらりんごやらのジャム。苺はない。

 もう業務用のでかいのを買うしかないのか? とうんざりしてくる。シンプルにマーガリンでいいだろう?

 勝手に気分を乱高下させている養子をそっちのけで、養父は紙面を見て顔をしかめた。そしてサフィヤを見る。

「ほんっと気の毒だ」

 おっと珍しく本気で気の毒がっている。何年ぶりだろう?

「……なにが? ホラス」

 父親呼びは養父が嫌がるのだ。なんでも独身貴族でいたいらしい。養子をとったくせに。

「面倒なことになった」

 それは死喰い人に勧誘されるのと、ダンブルドアから虎視眈々と狙われるのと同じくらい拙いのか。眼で問えば苦々しい顔で「それとは違う種類の厄介事だ」と言われた。

「ろくでもないのが教師になる」

 ダンブルドアめ、へまをしたなと養父はひとりで盛り上がっていた。ついていけない。

「教師だから聖人君子ってわけでもないでしょ」

「この世の真実を言うんじゃない。心配するな、聖人君子なんぞいたら詐欺だ……まあなんだ、お前が絡まれることはないか」

 スラグホーン姓だし、とこれまた勝手に結論を出している。サフィヤは手を伸ばし、新聞を奪い取った。どれどれ。

 大臣の補佐官がホグワーツの教師に。サフィヤは魔法省の役職も大人の世界のあれこれもわからないことが多い。ざっと記事を読んだ限りでは、大臣の手下(たぶん)がホグワーツに送り込まれるらしい。ダンブルドアが教師を見つけられなかったから仕方なくだとか。

「……で?」

 ろくでもない教師なんてそれこそ追い出せるんじゃ、と思ってしまう。それこそお役人なんて双子のウィーズリーが喜々として叩き出しそうだ。

「ドローレス・アンブリッジは純血主義の過激派だ」

 本人の出自もはっきりせんくせにな、と鼻で笑う。

 要は気に入らない、つまり嫌いだということだ。サフィヤのような孤児を引き取ったくせして極端というか振れ幅が大きいというか。

「あー……なるほどね」

 よかったスラグホーン姓で。おかげでまかり間違ってスリザリンに放り込まれて数年、なんとかかんとか誤魔化せている。サフィヤはいわゆるマグル生まれのようなものだと。

 母親がマグル生まれの魔女、父親がマグルなんてスリザリンでは「穢れた血」だ。

「なんとか乗り切る」

「お前ならやれる」

 そんな励ましはいらないと思いながら、トーストの最後のひとかけを飲み込んだ。

 心配するのは後だ。今は掃除洗濯とジャムの備蓄のほうが大事だ。

 

 

 豪奢なシャンデリア、磨き抜かれ、鏡のように姿を映す床。亡霊のようにいくつもいくつも影が映り、踊っている。

 場違いだ。そう思うのはいつものことだ。サフィヤはどうしたってなじめないだろう。いわゆる上流の社交、あるいは情報交換、それかお見合いに。

 私が出たら若い女を漁ろうとしている好色爺と思われかねん。お前適齢期なんだから出てこい、と社交の場に送り出されてこのざまだ。次から次へと令嬢と踊る羽目になっている。適齢期って滅茶苦茶だろう。

 本当に花婿探しに来ている令嬢も、同じく花嫁探しに来ている令息も少ないだろう。主な目的は情報収集だ。例のあの人が復活したという噂。やっきになって否定する魔法大臣。あれほど必死に火消しをするのが却って怪しい……さあどうする? というわけだ。大臣にすりよるか、それとも「次」の大臣に歩調を合わせるか。死喰い人ではと噂されている連中は誰だったか。近づかないようにしないと……。

 上流の面々はどういう動きをするべきか決めかねている。動くに動けない。はっきりした情報がない。だからなんらかのとっかかりがほしいというわけだ。

『ほぼ確定だろう』

 そう養父は言った。ほぼ確定だからこそ、さっさと引っ越したのだが。一時避難といってもいい。スラグホーンのお屋敷に死喰い人が訪ねてきても困るし、ダンブルドアも同じくだ。

『ダンブルドア側だと思われて困る』

 といっても死喰い人に協力するのもお断りだが。養父は吐き捨て、葉巻をガンガン吸っていた。そりゃスラグホーンはスリザリンが多いがな、あんな犯罪者集団の仲間だと思われるなんぞ屈辱等々。ほかのスリザリン系の家も同様だ。巻き込まれるのは勘弁。過激派のせいで迷惑を被っている一般人である。

『花嫁探しのついでによそ様がどうするのか探ってこい』

 というわけだ。さすがに花嫁どうこうは冗談だろう。今時それはない。

「よそ事を考えてらして?」

 かすかに甘い香りと、愉快そうな響きに頬をはたかれた気がした。危ない、今はご令嬢と踊っている最中だ。一体何人と踊ったことやら。

「いや」

 軽く謝り、歩を踏む。

「……セドリック・ディゴリーのこと、お悔やみ申し上げようと」

 どう言ったらいいか考えていて。令嬢――リディア・グリーングラスの歩がずれた。とんでもなく踊りが巧いその人の、心の乱れを示すように。一秒か二秒の沈黙。言っちゃだめだったか? と内心で冷や汗を流す。いやだってこの令嬢とディゴリーは。

「誰もセドのことに触れてはくれなかったわ」

 私のいとこなのに。

 下手に口に出せないんでしょう、とかディゴリーは事故ということになってるから、とかは言えなかった。真相がどうであれ(養父もサフィヤもセドリック・ディゴリーは殺されたのだろうと思っているが)、今現在、彼の死に触れることは禁忌に近いのだ。

――別に親しかったわけじゃない

 接点はない。名前と姿しか知らないし、話したこともなかった。「事故」に遭った当事者の、その従姉と踊っているのになにも言わないのも変だと思ったから。それと、魔法省の無責任さにも多少は思うところがあるから、だ。

 激怒するとかそういうのじゃない。でも、魔法省が三校対抗試合を主催して、仮に事故だとしても死人を出した。安全には配慮していますよと言っておいて、だ。たかだか学生一人死んだだけでないかと言わんばかりに知らぬふりをしている。いまは「たかだか一人」でも、これからはどうかわからない。死人がごろごろ出ようが、魔法省は知らぬふりをするのだろうなあと思うと嫌な気分にはなる。

 といってもしがない一貴族、しかも純血でも半純血でもないサフィヤには、できることなんてないのだ。魔法騎士の一族リアイスや、純血の中の純血だが王族だか言われているブラックでもないのだから。

 その二家の血筋を引く男がいたな、と思い出す。ウィスタ・リアイス。本人は目立ちたくないらしいのは見ていてわかるが、ハリー・ポッターとセットで目立つ運命にありそうな、かわいそうな男。

「どうかされまして?」

「……上品な話し方だと疲れません?」

 ステップ、ターン。お淑やかな花嫁を求める男たちには受けがよさそうだが、どうせリディアの話し方はよそゆきのそれだろう。絶対中身は活発だ。

「社交の場だもの」

 少し冷たい声。なれなれしくできない「高嶺の花」を演じているらしい。たぶん男避けだろう。花婿探しに来たのなら、もっと上のほうの男を狙っているはずだし、サフィヤとは踊っていないはずなのだから。

「あのね、グリーングラスのご令嬢」

 君、自分が美人だってわかってないだろう。あとその態度だと熱烈な求婚者を呼び寄せかねないよ。言おうとしてやめにする。お節介だろう。

 サフィヤの意見なんて参考にもならない。だってサフィヤは社交の場で踊るより、誰かのドレスや衣装を直したりいじったりするほうが好きなのだから。

 代わりにこう言った。

「イルヴァモーニーってどんなところ?」

 ◆

 スリザリンでそこそこ巧くやってきたと思う。養父から「あまり近づくな」と言われたマルフォイ家のお坊ちゃんをかわし、スリザリンで遠ざけられることもなく、しかしグリフィンドールから妙な言いがかりをつけられることもなく、な立ち位置を築いたとは思っている。そもそも一つ上の学年が特に仲が悪いだけで……いいや五学年上も悪かったな。そうそうオリバー・ウッドとマーカス・フリントの学年だ。彼らはもう卒業したのでいいだろう。

 とにかく、サフィヤの学年はまだ平和だった。入った途端に秘密の部屋事件があったが。あれのお陰で入りたてほやほやの一年生ことサフィヤたちはいがみあうどころではなかったのだ。スリザリンだから純血というわけではないし、グリフィンドールに喧嘩をふっかけている場合ではなかったし、秘密の部屋事件で目立ったのはやっぱり一つ上の学年だった。

 ぱちん、とはさみで糸を切る。できたよと言ってローブを渡せば、ダフネ・グリーングラスはにっこりした。

「ありがとうサフィヤ」

 ダフネはローブを着てくるりと回る。付け替えた釦がきらきらと輝いた。

 スリザリンの談話室。サフィヤが裁縫道具を広げてなにやらしてようが、ローブやらブラウスやらが卓に積み上がっていようが、寮生は慣れたものだ。

 制服の直しや改造ならスラグホーンに。そんな風に言われている。金銭のやりとりは基本的になし。家に布や(ぼたん)があれば持ってきて。なかったらいいよ。なにかあったときによろしくと言ってある。

 なんでこんなことになっているんだろう。自業自得なのだけれど。原因はダンスパーティにある。去年開かれた、クリスマスダンスパーティ。当時の四年生以上は強制参加だった。サフィヤは一学年下の三年生で、当然出るわけがなかった。養父に上流階級の心得を仕込まれて踊れるし、ピアノもちょっと弾けるけれど、あまり興味がなかったのだ。

 追いかけ回されるハリー・ポッターや女を泣かせまくっているという噂のウィスタ・リアイスのことを大変だなと思いながら横目で見ていたものだし、スリザリン寮の面々も相手探しに熱心で、これも大変だなと思って見ていたのだ。

 パーティ一週間前あたりから、女の子たちは準備を始めた。持ってきたドレスを開封、それか注文していたものが届いた。女子寮の方へいそいそと消えていく上級生を見送り、サフィヤはのんびりと紅茶を飲んでいた。なんとなく学年問わず男子は固まっていた。

 そしたらだ。談話室に飛び込んでもとい帰ってきた女の子が何人か。パンジー・パーキンソンは青ざめた顔で、なぜかサフィヤを見た。一学年上の彼女とはたいして接点以下略だ。なぜ見られないといけないと思っていたら、彼女はドレスを片手にソファまでやってきた。サフィヤが座っているソファに。

 ぱっとピンク色が広がる。鮮やかというべきか、派手というべきか迷う色だ。色はまあいい。なぜかリボンがいっぱいフリルがいっぱいだが。

「あんたは分かってるわね」

 あれこれすっとばして「わかっている」前提で話を振ってこないでほしい。

「なにが」

「ママがね、いつまでもこういう趣味なのよ」

 言葉は足りないがサフィヤはわかってしまった。私のかわいい天使としか娘をみていないママと、嫌がる娘の構図だ。

「……愛情なんじゃないかな?」

 ドレスをけなすこともなく、パンジー・パーキンソンのママをあれこれ言わずかわそうとした。

「リボンとフリルがいっぱいの」

 じわじわとパーキンソンの眼に涙が滲んできた。ここでできる男ならハンカチを出すのだろうが、サフィヤは別のことで忙しかった。なんでパーキンソンにバレたのかを考えるのに。

「大人っぽいのがいいって言ったの。でも押し切られて。後で届けるっていうから……蓋を開けたら」

 飾りが増えてるんだけど。

 悲劇的である。女の子というか女児が喜ぶドレスになっている。

「リボンとフリルをとればいいわけ? というかなんでわかったの」

「そうそれでお願いスラグホーン。頭がいい男は好きよ。バカはやっぱりダメだわ。あんた自分で制服いじってるでしょ。丈伸ばしたりとか」

「伸び盛りの食べ盛りで成長期だから」

「スネイプ先生のローブの染み、落としてあげてるのも知ってるわよ」

 頭を抱えそうになった。なんでそこまで知ってるのか。

「点数稼ぎです」

「ドレスなんとかして。礼は弾むわ」

 卓にたたきつけられる金貨。サフィヤは顔をひきつらせた。素人のお遊びみたいなものだよ? 制服いじったりなんて。

「わかった受けるからお金はいいから」

 それからは忙しかった。パーキンソンのドレスだけではなく、他の寮生の色を変えて欲しいだとか、丈がどうこうだとかの依頼も受けたのだ。受けるしかなかった。

 挙げ句にドラコ・マルフォイからも丈を伸ばして欲しいという依頼があって大変だった。詰めるのは楽だが伸ばすのは大変なのだ。単に黒い布を継げばいいだろうという問題ではなかったし、パーティまで日がなかった。黒でも色々な黒があるのだ。令嬢たちのドレスの丈詰めをした余り布を染め直し、あてがってなんとかしたのだ。

「家に送り返すのも面倒だったからな。助かった」とマルフォイ家の令息は大満足だった。

 それからだ。サフィヤが「仕立て屋」と呼ばれるようになったのは。

 

 

 サフィヤはふと顔を上げ、両腕を伸べた。広げた手のひらだけでなく、腕も使って重みを受け止める。ちらと上を見れば、ふくろうが数羽旋回していた。やれやれ重いものを運ばせて、と言わんばかりにサフィヤに視線を投げ、去っていく。

 確かにふくろうには重かったろう。受け止めたサフィヤでもけっこう重いと思ったのだから。といっても、これはサフィヤが頼んだ荷物ではないのだけど。小包である。忘れ物はないはずなんだけどなあと顔をしかめる。テーブルは盛られた果物やパンその他でいっぱいだ。邪魔になるので膝に包みを置く。そうしてテーブルを眺めやる。

 同じように顔をしかめているスリザリン生が何人か。お互いを窺いつつ、けれど無言で小包をなで回し、また互いを見やる。もしや、皆似たような荷物が来たか? どうだろうね。開けてみる? と声なきやりとりが交わされる。

 なんとなしに一、二の三で開封し、朝食の席にため息がいくつかこぼれた。

「……考えることはどこも同じって?」

 誰かが呟く。サフィヤの膝の上にも、寮生の膝の上にも、本の束が載っている。題まではわからないが想像はつく。

 闇の魔術に対する防衛術に関する本だ。理由などわかりきっている。サフィヤは同封されていた手紙を素早く開いた。

『来年は普通魔法試験の年なのだから勉学に励むように』

 ふ、と手紙に息を吐きかける。すると文字が滲み、形を変えた。

『あの女の選んだ本も授業もあてにするな』

 だったらホグワーツに行く時の荷物に入れておけよ。軽く五冊はある上に、どれも分厚いし、受け止めた時に角が当たって痛かったんだけど。文句を言いたい相手は遠い(国内だが)空の下。

――どうなるんだろう

 一年目はロックハート(リアイスの人が補佐というか実質仕切っていたが)、二年目はルーピン(養父が太鼓判を押していた)、三年目はマッドアイ(あれは偽物だったという噂がある。養父によるとマジで偽物だったようだ)、四年目がこれである。期待しない方がよさそうだ。

 防衛術の時間が終わり、スリザリン四年生は無言だった。言葉もないとはこのことだ。

「……ねえあれどこの家よ」

 アンブリッジなんて知らないわよ。女子が口火を切り、皆ひそひそとささやき始めた。

 少なくとも旧家じゃない。ほら新聞に載ってたじゃない。大臣の肝いりってやつで。だいたい初日の挨拶も……魔法省がホグワーツに食い込みますよって。いやそれはいいけど。というより。

「勝手をしているダンブルドアを」

 ちょっと抑えてくれるとかならいいけど。だって半巨人とか人狼を教師になんて……。

「人狼でなければいい先生だったんだけど……完全治療薬ってないんだよねまだ」

 ぽつ、と誰かが言う。そうだよなあと誰かがうなずく。

「でもスネイプ先生がぶちまけたから」

「大人げないよね。あれ絶対わざとだ」

「ほかにやり方あるだろ」

「もうさあ、人狼でもいいからルーピン先生戻ってきてくれないかな」

 僕ら来年は普通魔法試験なのに授業があれだよ。無理だろ。理論だけってそれ家庭学習でもいいよな。

 もう止まらない。サフィヤは耳を傾け、ルーピン先生のくだりにうなずきながら、積極的に口は出さない。人狼だろうが教師に向いていたのだろうし、サフィヤは彼の授業がけっこう好きだったのだ。一学年上の授業ではまね妖怪スネイプ先生なんてものを爆誕させたらしいし。寮監が辱められた、とマルフォイは怒っていたが。辱められた、という言葉選びに女子が噴き出したのは覚えている。

「もうリアイスでもなんでもいいよ。ナイアード先生に戻ってきて欲しいほんと」

 また別の誰かが本音をぶちまける。リアイスは闇側と熾烈な戦いを繰り広げてきた一族ではあるが、スリザリン生を一律に嫌っているようには見えなかった。スリザリンの過激派なんて一部なのだ。たいていが親がスリザリンだからなあなあで放り込まれているようだ……ということをわかっているんだろう。

――意外と

 帽子もこだわらないし。多少はどこそこの家の子か考慮するらしい。

『君の中身だからね』

 私が一番見るのは。君、高をくくっているな? ほう。ハッフルパフかレイブンクローだと。僕はマグル生まれのようなものだし、と。

 帽子はにやにや笑いをしながら(見えはしないがそう思った)、スリザリンと叫んだのだ。

 三年生になった今でも思う。サフィヤがあたふたするのが面白いだろうと思って、スリザリンに放り込んだのだろうと。

 アンブリッジはうろうろちょろちょろしていた。あちこちの授業に顔を出していた。今のように。高等尋問官ドローレス・アンブリッジ。ファッジが新設した職位らしい。つまりホグワーツに口を出せる権限があるとかないとか。いくら大臣でもできることとできないことがあって、ホグワーツへくちばしをつっこむのは「できない」方だったはずだ。なんのために理事会があるのかという話にもなるし。ファッジが裸の王様になって浮かれてるだけでは? と一部のスリザリン生は囁いている。

――いい方に変わるんならありだけど

 ファッジの強引なやりかたを見ていると無理じゃないかなあ……アンブリッジは授業の妨害をしているようなものだし。

 羽根ペンの音がカリカリとうっとうしい。スリザリンとグリフィンドールの合同授業、魔法薬学。いつもいない何かがいて、音をまき散らしているというのはけっこうなイライラ要因だ。

 サフィヤは体を傾けた。すれすれのところを何かが飛んでいく。臓物だろうか。ちらりと見てみると、ジニー・ウィーズリーが「ごめん」と口だけ動かした。彼女の鍋は危険な輝きを放っている。調合手順を一つとばしたんだろう。「いいよ」とこちらも声には出さずに返す。

 代々グリフィンドールの旧家ウィーズリー家の女の子と、サフィヤの仲は悪くはない。良くもないが。サフィヤはお下がりのローブを着ているからといって人をからかうようなことは嫌いだし、ウィーズリー家が「血を裏切る者」というのもばからしい……と思っている。

 ジニーも(ウィーズリー家の子は多いから、ジニーと呼んでいる)、スリザリン生に誰彼かまわずつっかり嫌いですオーラを出しているわけではないようだし。

――養父が

 気に入りそうなんだよなあ。ジニー。この際かわいいかどうかとか、美人どうこうは置いて、中身を気に入りそうな予感はしている。養父とジニーが接触する可能性なんてほとんどなさそうだが。

 極力、羽根ペンの音を無視し、器を手に取る。並々と入った火蜥蜴の血から眼を逸らしつつ、鍋に投入した。素早くかき回す。

 考えるのは養父のことだ。わざわざサフィヤを引き取った養父。気まぐれもあったろうが、なにを考えているかわからないところがある。悪い人じゃないが善い人かと言われるとうんとは言えない。普通の人だ。サフィヤと同じように。

 そして普通の人なら孤児を引き取らない。

 ましてや……。

 鍋が火の粉を散らす。薬液が真っ赤に染まり、サフィヤは眼をつぶった。ああ嫌だ思い出すではないか。親が死んだときのことを。

 あの日、サフィヤが遊びに行って帰ってきたら。

 血にまみれた母と、銃を握りしめたまま死んでいる父がいたのだ。

 




サフィヤ・スラグホーン
ホラスの養子。男の子。金髪にスプリンググリーンの眼。泣きぼくろ。ハリーより一個下。
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