ヤドリギを探して
薄ぼんやりとした光の中、鉛筆を走らせる。最近、まともに顔を見ることもできなかったから、これは絶好の機会だ。
――あちこち怪我だらけなのは
かわいそうだけど。ホグワーツでの戦いが終わったことも知らず、サフィヤは眠っているのだ。
「要領いいくせに」
なんでもそつなくこなす、というのがルーナから見たサフィヤだった。そうでなければこの約一年、ホグワーツ――しかもスリザリンの中で生き残ってこられなかったのだろう。スリザリンだから要領がいいのか、それともサフィヤだから優れているのかは知らない。ただ、サフィヤがホグワーツに戻ってきたことは意外だった。面倒事を嫌う彼だから、戦線離脱すると……。
「……君、けっこういい人なのにね」
言ったところで鼻で笑われそうだ。サフィヤが意地悪ではないのをルーナは知っていたし、ルーナというか、パパの持論をまったく信じてないのも知ってる。少なくとも、頭ごなしに全否定してはこなかった。ハリーたちも――ハーマイオニーはちょっと微妙だけど――否定はしてこないけど。
人のことをルーニーとか言うくせに。
「結構君もお馬鹿なんじゃないの?」
話しかけても無駄だ。サフィヤが受けたセクタムセンプラの傷は深い。かなりの血が失われたし、サフィヤは筋骨隆々なムキムキマッチョじゃないのだ。つまり体力がない。どちらかというと優男。優男のくせにやるときはやる。
「頑張ったと思うよ」
ぽつりと言う。どうせ聞かれていないし、病室にはルーナと眠っている患者たちだけだ。聖マンゴは重傷者から順に受け入れている。ここにいるのは「まだ軽傷」な患者たちだ。本当はルーナもあれこれ手伝うべきなんたろうけど、医務室で留守番だ。なにかしていないと頭がおかしくなりそうな人がたくさんいて、手は足りている。留守番はほかにもいたのだけど、ついさっき医務室を飛び出して行った。「私の可愛い羊を捕まえに行くの」らしい。台詞と表情が噛み合っていなかった。ウィスタは大変なひとを恋人にしたなあ……とぼんやりする。あのウィスタの恋人なのだから、あれくらいじゃないと無理なのかも。
恋人、と考えて手が止まる。ルーナの絵はあくまで趣味だ。よさそうな素材があればスケッチする。パパの持説――誰も見たことがないという生き物たちの絵も描く。サフィヤを描いてるのは、手が勝手に動いてるからだ。獅子帽子を手直ししてくれたときも、ほかのときもちらりと見ながらこそこそスケッチしていた。縫い物に夢中なサフィヤは気づきもしなかった。
――盗撮じゃないし
見て描いてるだけだから、罪にはならないよね? と不安になった。どうなんだろう。じゃあコリンがハリーの写真を撮っていたのは……。
落ち着かないから描いてるだけだもン。犯罪じゃないし。見せびらかしたりしないし。
サフィヤがあんなことをするから悪い。あれは緊急事態だったからで、サフィヤにそんな気はなかった。ルーナだってわかっていた。でも、でも小部屋で密着だよ? しかもいい匂いがした。魔法薬でへまをして、薬液が服に染み付いて、たまに変な臭いをさせているルーナと違って。
『いいと思うけどな』
ジニーの声が蘇る。別になにも言ってなかったのに、赤毛の友達はにやにやしていたものだ。
『サフィヤ、少なくともルーナことを嫌ってはいないでしょ』
どうでもよかったらにこにこして適当に遠ざけるし。
『庇ったりしないよ』
カロー兄妹が居座っている中でも、ジニーはちょっとした楽しみを見つけていた。彼女はハリーと別れ(まあ、ハリーが別れたつもりでいるだけだ)、ジニーには楽しい話題が必要だった。そして獲物になったのがルーナだった。
そういうの、よくわかんないよとルーナは返した。きらきらしているジニーと違って、ルーナはおかしいらしい、なんとなくわかってはいる。これが「母親がいないからまともに育たなかった」とか「おかしな家」で育ったからなのかはわからない。
友達はわかる。ただその先はさっぱりわからない。もしかして、不良がちょっといいことをしたからやたらとよく見えるだけかもしれない。サフィヤはよくわからない。カロー兄妹相手に取り入るくらいには狡猾だ。そしてあいつはカロー兄妹の狗だなんて呼ばれても平然としている。真似できない。やると決めたらのとことんやって、とことん泥を被るのだ。なんなのか、この男は。
まともじゃない。小部屋で密着事件の後、ルーナ(たち)はサフィヤに捕まった。あくまでも悪役に徹したサフィヤはネビルに暴行し、ルーナとジニーの髪をバッサリ切った。あまりに怖くて――だって剣を振りかぶってたし、無表情だった――ルーナは失神した。本気の本気で怖かったのだ。文句を言いながら湖から引き上げてくれたり、獅子帽子を手直ししてくれたり、庇ってくれたサフィヤとはまるで別人だった……。
――やっぱりルーナはおかしいのかもしれない
なんで他人の髪をばっさり切った人が気になってるのだろう。ヤドリギの下にいるわけでもないのに。
サフィヤが悪い。最初に助けてくれたあとに、髪飾りをつくってくれるなんて言うから。
アクセサリーを人に贈ることの意味を、サフィヤは知らないんだろうか。お坊ちゃんのくせに。
なんだか腹が立って、眠っているお坊ちゃんの顔を覗き込む。
ふ、と彼が眼を開け――春草の色が現れた。