「ウィゼンガモットに誓って」
我ながら白々しい、とサフィヤは自分に呆れた。聖マンゴの一室。窓を少し開けていて、カーテンが揺れている。壁は清潔な白。明かりは柔らかい色。薬の匂いが漂っていた。
寝台に腰かけたサフィヤの前には椅子があり、お役人が腰かけている。扉の近くには護衛がいた――金髪の闇祓いだ。
「では」
役人は手元の羊皮紙に視線を落とす。淡々と読み上げた。あなたはカロー兄妹の側にいましたか? 拷問に荷担しましたか? 等の質問だ。要するに知っていることがあれば全部吐け、を丁寧に言っているにすぎない。さてここは、繊細な貴族のお坊ちゃんを通すべきだろうか? あまり悪辣ポイントが付くと面倒だ……と考えつつ、口を動かす。
僕はマダム・マルキンでアルバイトをしていて、その縁というかなんというか。カロー兄妹に贔屓にされていました。一応お客様ですし。
闇の帝王の部下の中でも高位――つまり死喰い人に勧誘されたことは伏せる。こんなことを言ったところでどうしようもない。
「良心の呵責、罪の意識は感じませんでしたか」
「仕事ですので」
さらりと受け流す。かわいげのない態度であるが仕方なし。サフィヤは成人済みの「一応大人」である。春生まれなのだ。
「拷問への荷担は?」
あの状況――支配されたホグワーツへ行ってみろやボケと言いたかったが我慢した。役人に噛みついても仕方ない。ちろりと役人を見れば、軽く睨まれた。
「なにせ魔法省のお達しでしたしね」
そうそう、シックネス殿はお元気になられました? ついつい嫌みを言う。おっと減点を食らった。
「マグル登録なんかと同じように。お上の命令に逆らえる蛮勇なんて」
学生に求めるものではないのでは。実にさわやかな笑みを浮かべながら言ってしまう。口が滑った。いいや、本音がぺろっと出たのだ。サフィヤは気づかないうちにけっこう鬱憤がたまっていたらしい。人間、自分のことはわからないものだ。
ひく、と役人の目元がひきつる。
「拷問はありましたよ。ただ、喜んでやっているのなんて一部だけに見えましたね」
気持ちのいいものじゃない、と付け加える。ふん、と役人が鼻を鳴らした。サフィヤは無視した。
「あなたはカロー兄妹になんらかの便宜をはかってもらいましたか」
「むしろあんだけ働いて給金ゼロですよ。大赤字ですね」
だん、と音がする。役人が足で床を叩いた音だった。なんてことだろうか。魔法省は人材不足らしい。
「やれ仕立てをしろだとか、靴を磨けだとか教材運べだとか室の掃除しろだとかパフェ作れだとか紅茶いれろだとかあれこれとね」
つらつらと並べ立てる。役人の眼は冷たい。なにか便宜――賄賂でも握らされたと思っているのかそうでないのか。そんなわけがない。サフィヤは長期的な目的で動いていた。誰も信じなくとも。そして役人は頭から決めてかかっているのだ。サフィヤが進んで協力したと。
――進んで協力は間違っていないが
あくまで手段であって目的ではない。
「生徒たちに暴行したとか」
「事実ですね」
よけいなことは言わない。言っても言い訳にしかとられないだろう。外から見ればサフィヤは「死喰い人に媚びを売ったスリザリン生」でしかない。まぎれもなくカロー兄妹の狗であった。たとえ状況によったら裏切るつもりだったとしても。裏切る、の定義はおいておく。どちらかといえばだまし討ちに近いか……あの二人、妙に呑気なところがあった。不良が犬猫を拾えばやたらいい人に見えるのと一緒で、たとえ死喰い人だろうと多少の補正はかかるということだろう。
思考を遊ばせているサフィヤをよそに、役人は何人かの名を挙げる。サフィヤははいとうなずいた。そのとおりですよ、と。
「反省はないのかね」
「過ぎたことは考えないようにしてます」
しれっと答えれば、奇妙な沈黙が落ちた。役人はじんわりと顔を赤くしている。いい気味だ、と思ってしまう。きっと役人は「遺族」なのだろう。だから闇側――荷担した者をゆるせない、と。わからないでもないが実に薄っぺらいではないか。ただの学生に突っかかるなんてバカか?
どうやって聴取とやらを切り上げようかな、と考えていると声がかかった。
「ここは聴取の場でしょう。ウィゼンガモットの名に誓い、公明正大を心がけるべきでは……マアトの天秤はみだりに揺らすべからず」
穏やかに言ったのは金髪の闇祓いだ。紫の眼で射るように役人を見ている。役人が背筋を伸ばした。
「ネビル・ロングボトムを特に痛めつけたようだが?」
闇祓い夫妻の息子だからかね、という含みを読みとった。別にそんなものじゃないのだが。
「あれが穏和しくしないのが悪い」
「そして何度も入院させた、と」
いやほんと、行いだけ見たら真っ黒だなサフィヤは。そう見えるように振る舞ったのだけど。ツケはもう払ったようなもんだろうと言っても無駄だ。
「穏和しくしておけと言いました。しなかったからしかるべき措置をとりました」
とだけ言う。まったくもってその通りなのだ。
「戦いに参戦したのは?」
「僕は勝ち目のない戦いはしないので」
ぎろりと睨まれた。サフィヤは口笛でも吹いてやろうかと思った。ほんとこの役人は無能だな。どうせ何人か病院内を回って聴取しているのだろうから、別なひとがよかった。
スリザリン、と役人が吐き捨てる。あからさまな差別である。マアトの天秤も揺れまくり、傾きまくり、公平もへったくれもない。もはやスリザリンの印象は黒に近い灰色だ。サフィヤはライトグレーがチャコールグレーといったところか。服で合わせるなら、灰色は結構使えるのだが。
ここで差別だなんだと言ったところで、今までの行いどうこう厚顔無恥と言われるのがオチだろう。かなしいことだ。
「カロー兄妹と行動をともにしていたようだが」
「連行されただけです」
あそこで逆らったら死の呪文がぐさりでしたよ。さすがにこれは言っておく。
「兄妹は死んでいたが」
「そうなんですか」
あの二人結構仲が悪かったようで。やれやれと言わんばかりの顔をする。できていればいいが。本当は兄妹の仲はよかったのだが、死ぬときも二人一緒だったし。やったのはサフィヤだが。ここは嘘をついておく。間違っても仲違い、死の呪文等々は言わない。曖昧な推測だけを投げておく。まさかサフィヤが死喰い人を始末したとは思うまい。
「養父を侮辱したとか」
「凶悪犯罪者が近くにいて、養父と仲良くできると思います?」
まったくもって本音である。こんなことまで聴取してくるなアホめが。
「君には出頭してもらわねばならないだろう」
背中に汗がにじむ。やっぱりこうなったか。最初から裏切るつもりで活動してました、なんて小説のような展開を役人どもが信じるわけがない。誰かを始末した(まあカロー兄妹はしたが)わけではないので、アズカバンで禁固数週間か労役だろうか。それとも監視付きで生活か? 養父の伝手でひっくり返せるか……とめまぐるしく考える。考えながらもついつい煽る。
「令状をとってきてくださいね。ちゃんとしたやつ」
一回瓦解して傀儡政権になったもんね、と含めたのだが通じたようだ。皮肉が通じるくらいには知能があるが、視野は狭いかわいそうな役人は、顔をひきつらせながら勝ち誇ったように笑った。器用なものだ。
「もちろんだとも」
聴取した後に諸々精査がいるのでは? 手続きすっ飛ばすのがお得意でとさらに煽ろうとしたのだが、扉が叩かれすっと開いた。緊迫した空気のなか、応対したのは金髪の闇祓いだった。一言、二言やりとりし、扉が閉まる。彼は手に持った羊皮紙を役人に差し出した。役人は受け取り、たいそう苦い顔をした。
「幾人からの聴取の結果」
声がかすかに震えている。サフィヤはまじまじと役人を見て、控える闇祓いを見た。闇祓いが片眼をつぶった。絶対この人モテる人だ。役人はモテないタイプだろう。
「君は多大な貢献をした、と」
「令状はいらないと?」
無言で舌打ちされた。いらねえよということらしい。乱暴に突き出された羊皮紙に「何人か」の名があった。ラベンダー・ブラウンその他。人命救助等々……。そうかじゃあ助かったのかとそっと息を吐く。
「なぜ隠し立てした?」
「訊かれませんでしたからね」
この包帯まみれの状態をみたらわかるでしょうがバァアアカと言いたくても我慢した。戦いの後に私刑を受けたせいもあって、包帯が増えた。だから役人に八つ当たりするのは意味がない。唸りながら役人が立ち上がる。聴取は終わりらしい。なんて無駄な時間だ。
役人は黙って背を向ける。早足に扉へ向かい、さっさと出て行った。闇祓いも続こうとして――扉が開く。闇祓いが誰かと話す。
「サフィヤ」
彼女がお見舞いに来たよ、と闇祓いはにっこりする。面白がられている。そしてサフィヤは名前を覚えられている。
誰がきたか見当がついてしまった。無言のサフィヤをよそに、闇祓いが一歩横に退く。飛び込んできたのは案の定「彼女」であった。
「彼女じゃ――」
「ごゆっくり。ああ、省に入りたいならここに連絡をくれ。スラグホーン先生の伝手があるからいいかな?」
闇祓いが指を弾く。ひらひらと降ってきた名刺を掴む。闇祓いルキフェル・リアイスと書いてあった。
「よかったね」
スカウトされて。のんびりと言ってやってきたのはルーニーであった。なぜかリンゴを持っている。なぜリンゴ。
「ネビルのおばあちゃんがくれたの」
おばあちゃん受けがいいルーニー……。
「僕ねえ、クソみたいな聴取が終わった後なんだけど」
帰れよと言外に言ったが無視された。都合よく無視するんじゃないよ。
「お咎めなしになったでしょ」
ちゃんとサフィヤのこと皆で言ったもんね。ルーニーは大変誇らしげだ。なるほどね。有志がかばってくれたのね。ありがとうと言うべきか。いや、勝手にやったことだろうからいいやもう。サフィヤだってしたいようにしただけだし。
「僕が身体を張って守った子が生きててなにより」
死なれたら大損だ。言えばデコピンされた。けっこう痛い。人の生死を損得ではかるなということか。たしかに、損得以前の問題か。
サフィヤは勝手に入り込み、勝手に椅子に座っている女を見た。よくもまああの戦いでたいした傷も負わなかったものだ。実は強運か?
「……まあ君も無事でなによりだ」
死んだら付きまとわれそうだし、と軽口を叩こうとしてやめた。縁起でもない。ルーニーの眉が少し上がる。機嫌がよくなったらしい。
「リンゴ食べよう」
「君が剥けよ」
僕は怪我人、と強調する。素直なルーニーは文句も言わずどこからともなくナイフを取り出して剥きはじめた……が。
「いや待てルーナ、僕がやる」
皮が分厚すぎる。仕方なしにリンゴとナイフを奪い取り、せっせと剥いた。不器用な女が拍手する。これくらいで感心されても。ひょい、と分厚い皮を差し出され、もったいないので口にした。ほのかな甘みが広がる。
「ねえウサギとかできる?」
皮を飲み込み、鼻を鳴らした。
「できるに決まっているだろう」
「お見舞い」に来たマイケル・コーナー、ネビル・ロングボトムに「いちゃいちゃしてるんじゃないよ」と言われるのは五分後のことである。リンゴ食べてただけだが?