【完結】なめくじにも角   作:扇架

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なめ角後の番外。ネタバレあり。


花と月乙女

 狭い、暑い。

 窓を開けたい、と切実に思った。魔法薬学教室は狭すぎる。いや、人が多すぎるのだ。なにせ「復学組」と七年生――サフィヤたちの学年だ――がごっちゃになって詰め込まれている。無茶苦茶だと言ってはいけない。ホグワーツはここ一年以上無茶苦茶だ。

 ぐるぐると教室を歩きながら、こっそり窓を開ける。幸いかな、魔法薬学教室は地上階にある。窓もある。昔みたいにじめっとした気分にならないし、風を感じることができる。

 だからまぁ。

「ねえ補佐」

「サフィヤ」

「スラグホーン」

 てんでばらばら、実に雑に呼ばれても許そう。ぶらぶらと声のほうへ向かう。ちなみにスリザリンのローブを着ているが腕章付きだ。『教授補佐』と書かれている。

 調合を失敗した、失敗しそうという子羊たちを救うべくサフィヤは働いた。あーあ、七年生兼補佐という雑用もとい下僕なんか放り出したいのだけど。

「おいルーナ」

「なあに先生」

「いや補佐だよ。それよりもなにやらかした? 真っ赤すぎて気持ち悪いんだけど」

 本気で吐きそうだ。ルーナは瞬いたあと、すっと杖を振った。バケツが現れる。そっちの気遣いはいらない。やたらと睫毛が長いなこいつと思ったのが吹っ飛んだ。

「火蜥蜴の卵を入れたの」

「出現呪文ができるくせになんで斜め上の方向に暴走する?」

「吐かないの?」

 やだよこの天然っ子の不思議ちゃん。

「……バケツは仕舞ってくれ」

 で、と睨めばルーナはへらへら笑った。

「ウィスタが調合の短縮法で教えてくれたの」

「下手すれば爆発するだろうが。しかもあのひとは魔法薬学優+++レベルだぞ!」

 なにうちの生徒に教えてくれてるのかなウィスタ・リアイス!

 ヴォルデモートを倒した一人は復学組だ。入院していたが復帰し、七年生の課程をじっくり学ぶかと思いきや、試験だけとっとと受けてするっと通過し今は学生なんだか補佐なんだか雑用なんだかわからない状態である。ほぼ確実に「七年生までの課程は詰め込まれてた」のだろう。これだから純血貴族ってやつは……。

「素人が下手に応用なんてするな」

 嘆息しながらルーナの「謎の液体」の修復をはかる。

「さすが補佐だねえ」

「哀れな養父の下僕だよ」

 本当なら試験と高等魔法試験を受けてホグワーツからさよならできるんだけど。何の気なしに呟けば、ルーナが瞬いた。

「それは困るな」

 困られてもな。ルーナはたまにバカをするが頭が悪いわけでもなく、むしろいいほうだ。その発想はいわゆる空想方面に特化しているが。レイブンクローは変わり者が多い。外野から見る限り時代を先取りしすぎて凡人がついけないだけか、俗っぽいものに興味がないか、単に秀才天才型が多い。ついでに詩人や画家――いわゆる芸術家を輩出しやすい。さらにいえば賢いくせに抜けているもとい、俗世に疎いところがある。よく言えば純粋。純粋な気持ちで「あのひとはいい人」と汚職まみれの大臣を庇った芸術家がいたはずだ。一方で、反政府――反魔法省を掲げ批判的な歌を歌いまくった反骨心あふれるロックなやつらもいた。妖女シスターズとか。

 なんにせよどう動くか読みにくいのがレイブンクローだ。特にルーナはわからない。時代先取り型なのか、ただの変人なのかも。一生分からないかも……一生ってなんだよ。いまのところ知り合い以上友人(なのか?)。もはや周りから付き合ってるのいないのと……。もはや貸し借りゼロのはず。

「基本を押さえればできるんだから変なことするなよ」

 ルーナの困るどうこう発言を流す。だいたい、ルーナのことだ。サフィヤがとっととホグワーツを抜けようとしたところで引き止めてきそうだ。サフィヤも、引き止められれば振り払えないだろうと予感がしている。

 踵を返す。小さく呟いた。

「バカじゃないのか」

 サフィヤは何人かの死喰い人を殺した。マグル生まれを助けるために首をいくつか落としたし、カロー兄妹を始末した。マグル生まれ……コリンなんとかはサフィヤと遭遇するたびに怯えている。隠そうとしているようだが、本音が透けて見えるのだ。無理もない。脅したわけではないが、首無し死体の件について口をつぐんでいるようだ。公的にはサフィヤは誰も殺していない、ことになっている。なってはいるが、カロー兄妹の件に関してはサフィヤがやったのではと囁かれている。狗か裏切り者か。どっちつかずの蝙蝠か。ホグワーツの中であまりいい立ち位置を築けていないのは確実だろう。誰だって正義を好む。ヴォルデモートを倒した英雄たちのように「明確な善」が。サフィヤの微妙な立場をわかっているくせに、ルーナはバカだ。サフィヤと距離をとり「ハリー・ポッターを擁護した男の娘」であればいいのに。そしてサフィヤもバカだ。のこのこと近づいてくるルーナを突き放せず、挙げ句にうっかり、なんの気なしに、なにも考えず――。

 あの細い指から、リンゴの皮を食んでしまった。

 ◆

 補佐と学生を両立しながら、サフィヤの日々は過ぎていった。久々の休日に(ホグワーツの復旧作業にも駆り出され、なぜか忙しいのだ)、森へ向かう。世俗の喧騒から我が身を切り離す……なんて高尚なものではない。単に疲れていた。めちゃくちゃ疲れていた。こそこそと狗、蝙蝠、灰色の男なんて囁かれて嬉しいわけがない。血を裏切る者の仲間入りかなんて喜べるわけもない。第一、サフィヤは嘘つきの魔法使いもどきだ。純血なんてとんでもない。父はマグル、母はマグル生まれだった……。

 秋の日、木漏れ日を浴びながら気の向くままに森の奥へと進む。秋、冬の森は悪くないが、すこしさびしいものだ。花々がない。

――母は

 花が好きだった……と思い出す。ほんとうにそうだったのか、思い込みなのかもわからない。どうしたって血まみれの居間の記憶に塗りつぶされている。たまに浮かぶ断片は、幸せな日々の名残を求めるあまりの、つくられたものなのかもしれない。それでも、母が花を育て、飾り、笑顔であった時が本当にあればいいなと思ってしまう。

 ひょう、とか細い風が吹く。背を押されるように森をゆく。ふ、と鼻先をなにかがかすめた。水の香と――。

「こんなとこあったか?」

 思わず呟く。

 開けた場所だ。泉と――花がたくさんある。季節を問わず、白に黄に、赤に……と咲き乱れている。ここはホグワーツだ。「麗しの園」くらいあるだろう、と呑み込むしかない。古い地には不思議が宿るという。この花園もその一つなのだろう。

 ちらほらと見えるのはセストラルの影だ。さしずめここの番人か――と視線をめぐらせる。眼がなにかに吸い寄せられた。奇妙な違和感。ひっかかりによくよく眼をこらす。自然のなかにある人工物。まさか王様の剣が刺さった岩ではないだろう。

 「それ」の近くに行く。少し、拍子抜けした。古びた墓標だ。薄汚れているので洗浄呪文で綺麗にする。刻まれた字はかすれていたが、そっと撫でて読み取った。

 ノクチュア、あなたを覆う土がどうか軽いものでありますように

 昔に誰かが隠すように、だけれども守られるように、荒らされないように、ノクチュアという人を葬ったのだろう。泉と花のそば、セストラルの番があるこの場所に……。

 膝を突く。かさりと花が鳴った。後ろめたさが心に忍び寄る。サフィヤは両親の墓の場所も知らないし、知る気にもなれなかった。そして公的にはサフィヤの両親は両親ではない。過去は打ち捨てられた……。魔法界で生きていくためには必要だった。サフィヤが生きるために過去は邪魔だった。どこかで罪の意識を感じていても。振り返る気にもなれないのだ。

 うつむき、落ち着かない気分で花を摘む。手が動く。魔法でやれば早いのに。

――父は

 おぼろげな影は、器用な人だった、と思う。サフィヤは父が好きだった。好きだったのだと思う。都会っ子で、手先が器用で。なんでもできた。

 どこかに出かけた時に――その手は、その指は布を断ち、縫うのではなく花を編んだ……。

 喜ぶかな。サフィヤも手伝うんだ。こうして……低い、穏やかな声がふと蘇る。サフィヤは無心で指を動かした。遊びに夢中になる子どものように。誰かに――妻に喜びを捧げたいと願う男のように。

 ふ、と手をとめる。両の手で花冠を持った。なんでこんなことを、と我に返る。これは泉の乙女にでも捧げよう。それがふさわしいはずだ。水面に落ち、そのうちふわりとほどけ、溺れた月のように、白を散らすだろう……。

 あと五秒あれば、花冠は泉の乙女に捧げられていただろう。だが、そうはならなかった。

「サフィヤ」

 なんだか呼ばれてばかりだな。ぼんやり思い、声のほうを見る。セストラルの仔に連れられて、ルーナがやってくる。森の緑と咲く花々、泉のきらめきとセストラルの仔の小さな影。絵のような光景だった。

「こんなところにいたんだ」

 スラグホーン先生が探していたよ。言われても、サフィヤは頷くことしかできない。いつもならなにかしら言い返すのに。

 すぐ行く、と返事をすべきなのに、過ったなにかがそれを阻む。花冠を捧げる父と、にっこりする母……。

 壊れてしまったけれど、サフィヤは欠片しか覚えてないけれど。幸せは確かにあったのだ。そしてサフィヤだけが生き残った。だからこんなにも苦しい……なんでこんな時に。心はままならない。

「サフィヤ」

 女が膝を突く。サフィヤは心のままに、彼女に花冠を捧げた。え、くれるの? と女が笑う。値段にすればたいしたことのない品なのに、抱きついてくる。ぬくもりがじわりと沁み、花の香に包まれた。

 暇つぶしにつくっただけだ、といつもなら適当なことを言うのに、女の肩に顔を埋めるようにする。いつかどこかで、こうやってくれた誰かがいた……その犠牲の上にいまのサフィヤはある。

 背を、ちいさな手がさする。血まみれの記憶が遠くなる。ぽつり、と呟いた。

「いまはこれで我慢してくれ」

 とてもレイブンクローの髪飾りには及ばないけど。

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