ファッジの政治生命は風前の灯火なんだろうなあ。サフィヤは寮の風呂――二月も半ばを過ぎたとはいえ、まだまだ寒い。シャワーより風呂がいい――に入りながら、あれこれ加工を施した『ザ・クィブラー』の問題の記事をじっくり読んだ。例のあの人復活。ハリー・ポッターの証言。三校対抗試合の時に拉致されてどうこう。ウィスタ・リアイスのことにも多少触れてあった。拷問されて重傷で云々意識混濁どうこう。
なんでかルーナ・ラブグッドが一冊くれたのだ。ねえラブグッド、僕と君はいつ友達になった? どうもインタビューの主役であるハリー・ポッターに一冊、友達のジニーに一冊、ついでに友達(?)のサフィヤにも一冊。
おい僕はスリザリン生だぞいいのかこんなことして? と訊いたし突き返そうとしたが、色んな意味で頭がおかしいルーニーは「サフィヤはそんなことしないもン」と断言した。なにを根拠にそんな確信を持ってるルーニー。僕はただの仕立て屋さん(素人)だよ。
風呂ならじっくり記事を読める。寮だと敵味方、あるいは見て見ぬ振りをしてくれるのかがわからない。当たりはつけているし、マルフォイ一派はあからさまに魔法省バンザイモードだから確実に面倒だけれども。
ほかの中立派がどうするのかが不明だ。なので風呂で読書にはげむのが無難だった。万が一アンブリッジが乗り込んで来ようとしても「変態セクハラ」等々言って退ければいいし、ついでに監督生がやってきても「変態セクハラ同性の裸がそんなに見たいのか」と言って追い出せばいい。
――監督生だって絶対こっそり読んでるだろうけど
そもそも、気位の高い上流階級のやんごとなき方々は、アンブリッジなんてゴミとしか思わない。そんなゴミを派遣してきたファッジのこともゴミかゴミ以下としか思わないはずだ。マルフォイ家のお坊ちゃんはどうも日和見というか、一周回って世渡りが下手というか、無駄に周りの反感を買いがちなようだけれど。
雑にまとめると、いかに「純血」の「過激派」の判定基準があいまいか、という話にもなる。アンブリッジなんてもしかしたら穢れたなんとかにひっかかる可能性大なのに、ああすばらしきかなアンブリッジ先生なんてしているのがおかしいのだ。
血筋なんていい加減なものだし、本当は純血の出自だって怪しいものだ。サフィヤがいい例だが、ああだこうだと書類をいじって記録をどうこうして、純血の家にマグル生まれかそれに準じる生まれの子が入ることもあったらしい。しれっとした顔して、血筋の隠蔽改竄くらいどこでもやってるし、歴史の闇に捨て去ってるものだと養父は言っていたものだ。
今じゃ純血ですみたいな顔をしているが、その昔はマグルの富裕層あるいは貴族と結びついてどうこうとか、特別なことではなかったんだとか。養父はおおっぴらに言ってはいないらしいが、マグルのお嬢様と純血スラグホーン家の魔法使いの間に生まれた、半純血らしかった。
『ザ・クィブラー』を片手に風呂から上がる。さて、ハリー・ポッターが暴露記事を出しただろう? 去る冬期休暇、冬の社交でも「ファッジの精神が不安定だ」という噂も飛んでいたし、危ういのではという話も出ていた。
「集団脱獄に」
身支度を整える。
「神秘部の職員……」
ファッジは自分の政権が危ういのを理解していないに違いない。
――神秘部の職員
ボードとか言ったっけな。お見舞いの品に悪魔の罠が紛れ込んでいてどうこう。そしてそれより以前にルシウス・マルフォイが聖マンゴを訪ねていた。わざわざ直接。寄付するために。そして彼はハリー・ポッターに死喰い人だと名指しされている。
やり方は色々ある。変身して誰かになりすまし、見舞いの品こと悪魔の罠を差し入れるとか。服従の呪文をかけた誰かに悪魔の罠を押しつけて差し入れさせた、それか職員に服従の呪文を……とかもできるだろう。
証拠はない。それに死喰い人が神秘部の職員を片づける理由はわからない。
無駄なことを考えた、と首を振って浴室を出た。
◆
アンブリッジの改革は空回りしていた。
『ザ・クィブラー』の閲覧禁止所持禁止を命じたが失敗、占い学のトレローニー先生を解雇しようとして失敗。
――ついでに
ダンブルドアにボッコボコにされる大失態。
アンブリッジ親衛隊こと高等尋問官親衛隊なんてものをつくり、なんと恥ずかしいことにマルフォイ家の坊ちゃんその他「上流」の薄らバカが尽力したというのに、ダンブルドア軍団だとかいう秘密組織の人間を捕まえるには至らなかった……らしい。
サフィヤは仕事をするなら高等尋問官親衛隊の依頼よりもダンブルドア軍団の依頼をこなしたかったと色々噛みしめた。
おめでたい、おそろいが大好きなドラコ・マルフォイが「おい仕立て屋お前の腕を見込んで高等尋問官親衛隊のマークを刺繍してほしい」とのこのこやってきたのだ。いいのかお坊ちゃん。あなたパパが死喰い人だって名指しされてるのに? というかおそろいのマーク? え、どの案もダッサ、ついでにおそろいのマークなんて標的になるのでは? ウィーズリーの双子とかに等々の懸念事項はあったが口にはしなかった。
なにせマルフォイのことは一学年上のスリザリン生としか思っていなかったし、どうも少し気楽すぎるところがあるし、警告してやる義理もないしと思っているのだ。
談話室の居心地いいソファに腰かけ、杖を振る。卓に並べたローブに銀のきらめきが躍る。何本もの針と糸がすいすいと動き刺繍を挿していく。小さくて簡単な刺繍なら、魔法で同時並行作業も可能だ。
ダンブルドア軍団の首謀者はあのハリー・ポッターだという噂だし、それなら稲妻のマークをいれて、ああしてこうして杖のマークも入れて、一応ダンブルドアの名を冠しているなら不死鳥か羽根も入れたい。もし衣装をつくるなら深い紅を下地にして上品な感じに……うーん、いい。
「……いやあ」
とても困ったことに、マルフォイ家のご令息、サフィヤが仕事をしたらカッコイイとかよくできてるとか天才だとか大喜びするので悪くない気分にはなってしまうのだけど。妙に素直というかなんというか。刺繍の案はサフィヤが誘導して修正し、そこそこカッコイイ感じにはした。
視線が痛い。まだかなあ楽しみだなあというきらきらした眼が痛い。やりにくい。あの、マルフォイ先輩、あなたは五年生で普通魔法試験が控えていて忙しいのでは?
なんとか仕上げ、ローブをまとめて依頼主ことマルフォイに渡し、マルフォイはというと「こういう古い本は気にいるだろうか」といそいそと返礼をくれた。魔法界のファッション誌だった。年代は詳しくみないと不明だが、これには思わずにっこりしてしまった。さすが古い名家。
機嫌よく談話室を出て、図書館へ向かう。今日は休日で、夕食までにはまだ時間がある。来年を楽にするためにも勉強だ。勉強しても楽にならないかもなんて思ってはいけない。心が折れるから。
勉学に励み、余計なことを言わなければアンブリッジはうるさいことを言わない。特にスリザリン生は目こぼしされるし、うっかり魔法省を非難したり、ハリー・ポッターをあからさまに支持するスリザリン生はいない。内心はどうだか知らないけれど。
魔法省がポンコツでガタガタになりつつあるのは理解していても、まだまだ息を潜めておくべき段階だった。堂々と、後ろめたいことも後ろ暗いこともなく動けるのなんてグリフィンドール生くらいだろう。なにせダンブルドアの出身寮でもあるし。
そしてリアイスはまだ動いていないらしい。おおっぴらにはだが。養父によると「裏でごそごそしてファッジを爆破だか土下座だかさせる準備はしてるだろう」とのことだ。悪の組織を名乗ったほうがいいんじゃないかリアイス。
「おっかないな」
つぶやいた時、前方から叫びが聞こえた。とっさに透明呪文をかけ、そろそろと忍び足になる。屋敷しもべのおじいちゃん、ティルによく遊んでもらったものだ。かくれんぼとか。
「ふうん」
女の声がする。けっしてとがっているわけではなく、優しそうにすら聞こえるのに、サフィヤは震えた。
声は空き教室から聞こえるようだった。扉を少しだけそーっと開け、中を窺う。
影がひとつ。西日に煌めく金の髪。まるで炎のようだった。
そして足下には檻がある。狂ったように暴れているのは鶏だ。雌鳥。
「あなたの足りない頭は」
ママのためならみんなを売ってもいいと思ったわけね。
「それで自業自得であばた面になったのに吼えるし。挙げ句に」
私の恋人のことをなんて言ったマリー?
ばん、と檻が跳ねる。鶏が悲鳴を上げた。サフィヤは息も気配も声も殺した。
「あんな死喰い人の息子とつき合うなんて頭がおかしいって」
羽根が散る。
「よくも言ってくれたわね」
そうだハグリッドが近々締めるそうだから、あなたを連れて行こうかしらマリー? 柔らかくていいお肉になると思うのよ。頭もなにもかも柔らかいんだからいいわよねえ。
つらつらと女が並べ立てていると、鶏が失神した。恐怖のあまりにそうなったのだと明らかだった。
女の靴が檻を蹴る。鉄色のそれは粉々になり、一瞬後には女性徒が現れていた。白目を剥き、顔には醜いあばたがある。密告者、と読めた。
ああそうか。あばたの彼女は「ダンブルドア軍団を売った密告者」で、怒り心頭の彼女は売られた側で。
「……こそこそしないで姿を見せなさい」
鋭く声が飛んできて、サフィヤは観念した。透明呪文を解除し、杖を仕舞い、両手をあげて空き教室に入る。逆光になってよくわからなかったが、近くに寄ってみればどこの令嬢だかはっきりした。
「盗み見するつもりはなかったんだよ」
マグダラのご令嬢。ふ、と彼女の顔から険が消える。
「こんなところを見られて恥ずかしいわ。スラグホーンのご令息」
サフィヤだったわよね。問われ、頷く。互いに顔くらいは知っているが、親しいつき合いはしていない。
「恋人を侮辱されれば仕方ないんじゃないかな」
昨年のクリスマスダンスパーティで一悶着あったのは知っている。マグダラの令嬢ことクイン・マグダラのパートナーはウィスタ・リアイスだった。恋人になったとは聞いたことがあったのか、なかったのか……。
「言わないでくれる?」
「あなたの黒髪の恋人に」
ウィスタ・リアイスとはまっったく接点がないので問題ない。
「なんのことかな。僕はなにも知らないよ」
転がる密告者をちらと見る。失神しているので放っておいてもいいだろう。口も頭も軽いやつはサフィヤも嫌いだ。
視線を滑らせる。さきほどまでの怒りはどこへやら、なんだかしょげているようだ。瞼を軽く伏せ、そのせいで藤の眼が色を濃くしている。
「君が誰かのために怒ったこと、その誰かに言ってやればいいのに」
喜ぶと思うんだけど。が、マグダラの令嬢は首を振った。
「気にするもの」
自分のせいだと思うし、煮え切らないし……と令嬢は呟くように言う。お似合いのカップルっぽい二人にも色々あるらしい。死喰い人と闇祓いの息子のリアイス家のご令息が相手だと障害が多いのかもしれない。気の毒に。
「煮え切らない恋人には」
いっそのこと押し倒してキスでもしたら?
相手こと厄介な経歴の「恋人」が令嬢を少しでも思っているなら陥落するだろう。男は結構単純だ。
令嬢と恋人には巧くいってほしいものだ。ほとんど関わりがないのにそう思った。
不倫とかそういうどろどろした問題で家庭が崩壊するのはサフィヤだけで十分だろう。健全な恋愛をするのが幸せの道だ。あいにくサフィヤはそういう仲の誰かはいないが。
「じゃあね」
頑張ってねマグダラの令嬢。
厄介ごとに巻き込まれないうちにその場を離れた。
ああ、図書館で勉強はもう無理だな。
やっぱりダンブルドアはホグワーツに必要な人だったんだ。
教師の人選に多少の難があろうと、ちょっとグリフィンドール贔屓ぽくても。
花火が飛び交い、誰かがクソ爆弾を落とし……な混沌とした廊下を歩きながら、サフィヤは顔をしかめた。ダンブルドアという重石がいなくなったとたんにこのザマだ。
まずウィーズリーの双子に、悪戯心という悪魔が目覚めた。元から悪戯をしていたじゃないかという話はまあおいておく。今年は少し穏和しかったのだ。というか、機を窺っていたんじゃないかと思う。
そう、たとえば――。
空を気持ちよく泳ぐドラゴン花火に、素知らぬ顔で失神呪文をかけた。花火は増殖し、開け放たれた窓からわらわらと出て行った。
ウィーズリーの花火はとてもよくできていて、呪文の練習台にぴったりだった。うるさい『親衛隊』の前ではできないが、スリザリン生もこの祭り、それかバカ騒ぎに便乗していた。
重石がいなくなり、まっさきに箍、いや羽目を外したのがウィーズリーの双子だった。彼らは花火によって反乱の狼煙を上げた。おかげでホグワーツは花火の巣窟のような有様になった。
同時期に、モンタギューが行方不明になった。恥ずかしいかな親衛隊の一員だった。しばらくして、なんでかトイレから発見された。せめて湖から帰還ならカッコもつくのに。哀れなモンタギュー。そろそろ彼の両親がやってくるだろう。冷や汗をかいているアンブリッジの姿が見えるようだ。なんでありありと浮かぶのか。
ぱしゃん、と水の跳ねる音に頷いた。ああそうだ。沼の近くにいるからだ。モンタギューがトイレから見つかったので、連想したのだろう。
双子の置き土産。廊下の一角に沼がどーんと出現し、小舟で渡らないとだめになった。大量の悪戯グッズをばらまき、沼を出現させ、箒を呼び寄せてホグワーツから脱出したのだ。さすがのアンブリッジ派こと親衛隊――高等尋問官親衛隊も呆けていた。その他スリザリン生はしれっとした顔をして双子の『携帯沼』や花火を持っているのをサフィヤは知っている。出来がいいのだあれ。
勉強どころじゃないよなあ。ちょうど、一学年下のアストリア・グリーングラスが隣にいたので、小舟に乗り込むのに手を貸す。穏健派のグリーングラスのお嬢様で、ダフネ・グリーングラスの妹だ。まかり間違って沼に転がり落ちでもすればかわいそうなことになる。
小舟が滑り出す。やたらと揺れるなと思って振り向けば、グリフィンドールの連中がいた。
「やるんなら親衛隊にやってくれない?」
だってお前らスリザリンだろう的な眼をされた。くそっ。
小舟が傾く。
「アストリア、浮遊呪文お願い」
人間二人と荷物が少々、ついでに小舟の重さもあるが、やらないよりいいだろう。
揺れが少しだけマシになる。さすがお嬢様だ。
向こう岸までまだかかる。サフィヤはもう一度後ろを見た。えーと、ジニーはいないな。あとマグル生まれの誰だったかもいないか。じゃあよし。過激派の汚名なんて着たくないもの。
小舟から身を乗り出す。片手を沼に突っ込んだ。
「僕はやめろって言ったからね」
一秒、二秒。片手に重みがかかり、サフィヤは軽く手をひねった。グリフィンドールの小舟がぐらりと揺れ、次の瞬間には転覆する。悲鳴が上がるが知ったことではない。沼から手を引き抜く。軽く払い、洗浄呪文で綺麗にした。そうこうしているうちに岸――というか沼の終わりにたどり着いた。
「サフィヤって結構好戦的なの?」
「そういうことをド直球で聞くかなアストリア」
てくてくと歩き始める。後ろから声がした。
「はーん、先輩方はスリザリン生とはいえ下級生をいびるのがお好きだと」
「待てリアイス!」
「俺がみたところ一方的に絡んでたようですが?」
「おい、リ……」
なにがあった? と好奇心を抑えられなかった。アストリアは「まあ……」と上品な声をもらした。
「アストリア。ああいうのを好戦的って言うんだ」
どうにか沼から這い上がろうとしている上級生を沼に蹴り落とし、あまつさえ頭に足を置いて沈めようとしている男がいた。
「容赦ないな……」
スリザリンから不良とおそれられ警戒されているウィスタ・リアイスは今日も絶好調なようだった。やってることは筋が通っているし身内であろうと締め上げるのは公平といえば公平だが。
「あの人が監督生になったほうがよっぽどよかったんじゃ」
言うことを聞かない生徒を黙らせるにはぴったりだ。
アンブリッジがどう振る舞おうが、試験は待ってくれなかった。サフィヤは「君なら監督生になれると思うよ」と言ってくれたルーピン先生の言葉を胸に、試験をこなした。養父は適当で雑な性格なので、監督生になれるどうこう言われても胸に響かないのだ。これが人徳の差。
防衛術は防衛術理論を丸暗記していればどうとでもなる試験だったので楽だったし、魔法薬学は養父に嫌というほど仕込まれているので以下略。総じてまあまあできたのではないかと思う。
試験でばたばたしているうちに、色々と変化があった。マクゴナガルが魔法省の者(重要)に襲われて入院した(重傷)。サフィヤはたまたま医務室の前を通りかかったのだが、大柄な闇祓いらしき男が、うめき、胸を押さえよろめきながら廊下を歩いているところを目撃した。あれは肋骨が何本か折れているし、マダム・ポンフリーは鎮痛剤を処方しなかったのか。
――マクゴナガル先生だって
失神呪文を胸に受けたのだからいいだろう。闇祓いが事故で折ったのか、誰かが故意にへし折ったのかは知らないが。もし折った誰かがいたならいい仕事をしましたねと言いたいところだ。
そして、事件もとい魔法界に激震がはしった。
「……なにがどうなってるわけ」
とある朝、病室に忍び込んだサフィヤは、寝台に転がっている同級生二人に問いかけた。
「死喰い人とやりあったのよ」
「あたしは肋骨を一本やっちゃった」
参考にならない証言もあったものだ。試験が終わったと解放感に誘われるがままに校庭をぶらつき、ついでに森を散策していたら響いた悲鳴。ケンタウルスにいびられるアンブリッジ。
「セストラルに乗ってどこに行ってたんだよ。ちょっと大変だったんだから」
アンブリッジのことはまあいいかで放置し、どこからともなく舞い降りてきたセストラルを回収するのに忙しくなった。手綱も鞍もつきっぱなし。誰かが乗っていって戻ってきたのか? と疑問に思いながら、魔法生物飼育学の臨時講師のところへ連れて行き(そしてアンブリッジは引き続き放置した)、ああやれやれと思えば、誰それがいないと噂になり、よりにもよってその中に同級生の名があったので耳をそばたて……。
「神秘部に行ってたんだな?」
日刊予言者号外をひらひらさせる。例のあの人復活。神秘部に現れる。ハリー・ポッターがその場に……仲間もいて……阻止しようと……等々。
「成り行きで」
ジニーが小さい声で言う。成り行きでそこまでするか。
「そっちは」
ラブグッドに話を振る。「だってハリーが困ってたんだもン」らしい。いつかそういう「だって」で死ぬぞラブグッド。
椅子に腰かけ、顔をしかめた。なにがどうなっているのか霧の中だが……巻き込まれて誰かが死ぬことにならなくてよかったと言えばいいのか。いや、一人死んだのか。シリウス・ブラック。その息子であるウィスタ・リアイスはホグワーツから姿を消している。
「ねえサフィヤ」
「なんだよルーニー」
「あんた、例のあの人が復活したっていうのに平気そうだね」
「『ザ・クィブラー』には真実が書いてあったんだろ? しわしわ角スノーコーンの実在は怪しいけど」
「スノーカック」
「なんでもいいよもう」
たいして考えずに話していただけなのに、ジニーが笑い、痛みにせき込んだ。沈痛呪文をかけてやる。
「げほ……ありがとサフィヤ。例のあの人の復活を信じてたんだ?」
「だってハリー・ポッターとかウィスタ・リアイスにちょっかいをかけるのなんて例のあの人くらいだろ」
あんた意外と肝が据わってるねと言われ「その口を閉じろラブグッド」と返した。
◆
「それで」
お宅はどうする? の「それで?」だった。あまり広くもなくみみっちい住まいに、紅茶の香が広がる。ああ、倅が「余計なものは持って行かない!」と引っ越し先に紅茶を持って行ってくれなかったせいで、ここまで上等な香りというのはご無沙汰だ。
手みやげをすすり、なんだかしょっぱい気分になった。冬期休暇後に再度引っ越しし、腰がちょっと痛いせいではない。
「曾孫がスクリムジョールに招待されている」
手みやげを持ってきた「客人」もまた紅茶をすする。ぎしぎし鳴る床も椅子も、客人の前では大変おとなしい。
「そりゃ……」
口ごもる。客人の曾孫がスクリムジョールに招待された。なにをしに行ったか明らかだ。ただの魔法省見学ツアーではあるまい。
「そうなるか」
やっとと言うべきか。父親が冤罪を着せられた挙げ句に名誉の回復もできないなんて耐えられないだろう。そして客人も客人の曾孫もリアイスだ。大臣だろうがなんだろうが引きずり下ろすだろう。そういう一族だ。どこぞの孤島に島流しにされないだけファッジは幸運だ。
「そろそろダンブルドアが動くぞ」
「やだよ」
本音が漏れる。若者風に言うとマジで嫌である。
「お前の引っ越し先を漏らすような愚はおかしていないが、やつのことだから絶対探り出す」
「畜生め。まあー、引っ越し先紹介してくれて、あれこれと助かってるがこっちは」
アシュタルテと呼びかけた。「構わん」とリアイスの重鎮は涼しい顔だ。アルバス・ダンブルドアと従兄弟なくせして、こうしてダンブルドアの意に反することもするのがアシュタルテであった。
ついでにダンブルドアに秘密を持っているのもアシュタルテだ。
「倅の件もな」
うん、とアシュタルテが頷く。
「つつがなく過ごしているか」
「平々凡々な学生生活をおくっとるよ」
もう一口紅茶をすする。今頃ホグワーツ特急に乗り込んでいるところだろうか。
最初は教え子への同情もあり、男の子ならまあ育てやすいかもな、と軽い気持ちで引き取ろうとした。マグルの警察に保護されたようなので、そろっと忍び込んでひとまず手元に引き取った。呆然自失のその子の世話をしつつ、ついでに調査を頼んだら、だ。
「グリンデルバルドの血族だとは?」
「知らせるわけなかろう。あれの直系ではないことだけは確実とかなんとか言ったのはあんただろうがアシュタルテ」
菓子をかじる。リアイスの者がやっている菓子屋の作だ。彼の教え子の一人である。リアイスの中でも自由人なほうで、今はローズだかローゼだか名乗っている。うん、うまい。
数年前を振り返る。倅の母、彼の教え子はマグル生まれだった。別に疑問にも思っていなかった。親と折り合いが悪いのもよくあることだった。絶縁まではめずらしいけれど。
絶縁までするか? とふと思った。できたら引き取った「男の子」に本当の親について話してやれればいいと思った。よくよく考えれば、彼は教え子についてあまり知らなかった。優秀で努力家で、とても苦労していたことしか。一生懸命な者、特に優秀な者を彼は好んだ。それなりに要領よく物事をこなす彼は、一生懸命なにかをやる資質に欠けていたので。
ざっと調べて、教え子の親の家は突き止めた。奇妙な力を持つ娘を放り出し、彼らは別の場所に引っ越していた。上がり込み、ちょっと魔法を使って雑談に興じれば、異常なほどの魔法への忌避感は明らかだった。なんとなしにある語が浮かんだ。
スカウラー。魔法族から生まれながら魔法を憎む者。そうし向けられた者。
考え過ぎかとも思ったが、念のためにきちんとした調査を依頼した。リアイス一族――アシュタルテに。
『お前の教え子は』
散らされた悪徳の華の一族だ、とアシュタルテは告げた。大陸を逃げまどった、グリンデルバルドの一族だと。
ゲラートがやらかしたせいで、あれの家族は割を食った。名を変え、姓を変えて潜み……。
狩り、と当時言われた。残党狩り。悪しき血筋を根絶やしに。英国にいた彼とてそれは知っていた。大陸を荒らしたグリンデルバルドに対する復讐心。報復。
『あれには姉妹がいたろう』
ああ、と彼は頷いた。名は知らない。ゲラート・グリンデルバルドの姉妹。ただの姉妹。その一人は巻き込まれたのだ。
『火刑の魔女』
隠れ潜んでいたのに引きずり出され、処刑された。縛り上げられ、生きながら焼かれたという。
『その魔女か、もう何人かの姉妹の子孫だろう』
さらりとアシュタルテは言った。彼はもう腹いっぱいだったが、救いようのない話はうんざりするほど続いた。
どうも隠れ潜んだグリンデルバルドの一族は、魔法を捨てることにしたらしい。忌まわしい記憶を封印し、生まれた子どもが魔法力を持っているとわかったら間引いたと。
『たかだか二、三代でマグルの出来上がりというわけだ』
事態を把握した彼は、アシュタルテに依頼した。とりあえず手元に置いた教えの子の息子に関して。
『あの子はうちの子にする』
だから記録の改竄を頼めるか。スラグホーンにちょうどよい遠縁がいる。そこの実子を引き取ったという形にする。
たとえマグルとマグル生まれの間にできた子だと知られても、スラグホーン家が引き取ったのだからでなんとかなる。だが、グリンデルバルドとの関連を知られるのは多少の不都合がありそうだった。
さすがに残党狩りはもうおさまっているはずだが懸念がある。まだ当事者たちが死に絶えていないのだから。それに、例のあの人はまだ生きている可能性が高かった。グリンデルバルドの血統――直系ではないにしろ――を例のあの人が引き込もうとするかもしれなかった。ありえないとも言い切れない、なくもない可能性。
『慎重だな』
苦笑するアシュタルテにぴしゃりと返した。
『保険だよ』
家族を亡くした子が、これ以上なにかに巻き込まれるなんて嫌なものだからな。
過去から現在に意識を戻す。過去と現在ね、と小さく呟いた。クソ忌々しいゲラート・グリンデルバルドは未来視持ちなくせしてやらかしたのだ。姉妹があんな惨い目にあうと知っていたならば、野心を捨てたのだろうか? 未来がわかろうがわかるまいが、あれは歩みを止めなかっただろう。そういうものだ人間は。
幸いだったのかもしれないな。倅は恩寵の持ち主だ。本人は気づいていない。ささやかな、気のせいかと思うくらいにささやかな、未来視あるいは予知の異能持ちだ。その力を育ててやるつもりはない。
「血族のことなんて知らないでいいのさ」
アシュタルテに告げた。
「サフィヤには」
たいしてなにも望まない。平凡に生きてくれればそれでいいんだよ。