【完結】なめくじにも角   作:扇架

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四話

「忙しいもんなあ」

 厚めの羊皮紙をくるくると丸め、エプロンのポケットに突っ込む。差出人は闇祓いルーファス・スクリムジョール。いいや魔法大臣のスクリムジョールか今は。

 今年はノグテイル狩りは無理になった、とわざわざやんごとなき大臣閣下が代筆とはいえ連絡をよこしてくれたのだ。純血スラグホーン家の跡取りとはいえ、ただの少年に。

 律儀な人だ。見た目は堅い感じだし、少しおっかないがサフィヤは彼のことが嫌いではなかった。何度か狩りを一緒にしたマクラーゲン家のデカブツは嫌いだけど。図体でかいし偉そうだし無神経だしなんなのだあいつは。グリフィンドールへの敵意とまでいかない、いわば苦手意識を抱くようになったのは、あれのせいだ。

 ふーん、お前スラグホーン家の養子? 親がなんか元教師で……って年が離れてるな、とずけずけ言ってきて、その場は流したが(というより咄嗟に言い返せなかったし)、愉快ではなかった。あれは入学前のことでなにがどう嫌な感じなのか、自分でもよくわかっていなかった。

 ノーフォーク州から住まいに帰る途中、おじいちゃんことティルにぽつぽつと話してみれば「その坊ちゃんはお避けになったほうがよろしい」とズバリ言われた。世間ではしもべ妖精はなんの考えももたない奴隷だと言う人もいるけれど、ティルは頭がよかったし、よく物事を知っていたし、人というものがわかっていた。

 坊ちゃんは見下されたのですよ。おそらく……その、坊ちゃんのお生まれに不審な点がないかどうかお疑いになったのでしょう、とティルは言った。

 きょとんとしたサフィヤに、ティルは頭を掻きむしりながらも続けた。

 つまり、坊ちゃんですねえー、うーん……その、正式な結婚から生まれた子ではないとか……。

 愛人の子ってやつ? と聞きかえせば「どこでそんな言葉を!」と泣かれた。

 そういえば反抗期らしい反抗期もないままに終わった気がする。

「いやだって」

 杖を振る。銀の針がすいすいと動き、真っ黒なローブの裾や袖を縫っていった。

「おじいちゃんがなあ……」

 なんかむしゃくしゃして八つ当たりしようにも、悲しげな顔の「おじいちゃん」が浮かんで無理だったのだ。養父なら多少怒らせようがなにしようがいいだろうと思ってるが妖精のおじいちゃんをいびろうものなら気分は最悪になるだろう。

 で、反抗期はなかった。それどころか勤勉に働いてる。

「サフィヤ! できたかしら」

 カーテンを開け、魔女が入ってくる。

「新入生のローブの直し、二着できました」

 仕事が早いわ、とマダム・マルキンはご機嫌だ。

 サフィヤは積み上がったロープの山を見た。マダム・マルキンの店は夏に繁忙期がやってくる。なのでサフィヤは店の奥にこもりきりになった。いわゆるアルバイトのお針子というやつだ。別にお前はあくせく働かなくても生きていけるだろうが、なんか手に職は持っておけよが養父の口癖で、じゃあバイトでもするか暇だし、となって今に至る。まだ子どもなので保護者ことティルに送迎してもらっていた。

 ああ、スラグホーン先生の子ね、まぁまぁー、先生が養い子をねえー、等々ですんなり採用してもらえたのはうれしい。お針子がやめて空きがあったからなのもあるけど。いまならいけるとなぜか直感し、買い物ついでに応募したのだ。直感というか勢いだ。

 マダム・マルキンが室を出ていく。サフィヤもそっと後を追い、表――店への扉をそっと開ける。片目分の幅を。

 坊ちゃんお嬢ちゃんできましたよ、とマダム・マルキンがローブを持って行く。どうやらマグル生まれの新入生らしく、ホグワーツへの入学を楽しみにしていたらしい。少し大きめのローブを着た二人は、眼を輝かせていた。我ながらいい仕事をした。

――何事もなかったらいいな

 スラグホーンの看板で誤魔化せるサフィヤと違って、あの男の子と女の子はただのマグル生まれだ。学校に行ってがっかりしなければいいけれど。

 それに、例のあの人が復活した今、マグル生まれの安全は脅かされるだろう。

 どうしようか。マグル生まれの入学禁止令なんて出たら? そんな馬鹿な。ダンブルドアがいるし、魔法大臣がスクリムジョールに交代したのに。よい状況じゃないが最悪とまではいかないだろう。

 指輪をくるくると回す。親指を除いたすべての指――両手――にはめている。あまりゴテゴテしないように細くてシンプルなものと、幅広なものを組み合わせていた。

 数秒そうして遊び、サフィヤは仕事に戻った。がんばって早めに終わらせれば機織りを使わせてもらえる約束になっているのだ。

 夕食には遅れるかもしれないが、問題ないだろう。

 養父はダンブルドアの訪問もとい急襲を受けているだろうし。

 そろそろ来るんじゃない? と言って、偽装のためのドラゴンの血とか、念には念をで来客用のカップとお茶を用意しといたが――さあどっちだろう。

 そのとき、泣く泣くダンブルドアをもてなしている養父の姿が浮かんだ。

 

 監督生、なったはいいけど。

「……これは想定してなかった」

 九月一日。いつものようにホグワーツ特急に乗り込み、空いているコンパートメントを見つけ、荷物を置き、盗難防止等々を仕掛け、途中でばったりルーナ・ラブグッドに会い「こっちのコンパートメントに来ない?」等々お誘いを受け……なんでだラブグッドよ。友達がいないから? え、サフィヤも友達がいない認定か。失礼な。あんまりいないけど――等々もやもやする会話を交わし(というか交わすしかなく)、振り切るようにして監督生用のコンパートメントへ行けば。

 なんでサフィヤの学年の監督生しかいないんだスリザリン。どこに行った六年生の監督生と、七年――スリザリンの首席ペア。

「で、君たちんとこの」

 嫌なやつら、スリザリン生。高慢ちき。どれかを言おうとしたのだろう。赤毛のウィーズリーが口を開き――肘鉄を喰らっていた。六年生のウィーズリーといえばロン・ウィーズリーだ。で、肘鉄を喰らわせたのが才媛と名高く、スリザリンから「穢れた血」と呼ばれまくっているハーマイオニー・グレンジャーだ。

「どうもこうも」

 ペアの女生徒は「穢れた血」や「血を裏切る者」と口を利くのも嫌らしいので、サフィヤが代わりを務めるはめになった。

「上級生にどうこう言える立場じゃないんで僕ら」

 断りもなくサボっているんだよ、僕らは知らないしどうしようもないよ、というニュアンスを滲ませて言う。

 幸い、グレンジャーは頭がよく察しがよかった。それ以上追求してこなかった。

 特急内を巡回し、喧嘩と喧嘩と喧嘩とクソ爆弾を炸裂させようとしたどうこうを止め、くたびれながら昼食をとった。サフィヤが簡単に名乗った時、ウィーズリーとグレンジャーにやたらと見られた気がする。

――どこで知った?

 言ってはなんだがスラグホーン家はたいして有名ではない。魔法薬学の新任教授もとい出戻り教授だが、学用品のお知らせには教師の名までは書かない。

 いや、趣味の悪いスラグ・クラブを復活させたらしいから……そうどこかのコンパートメントに、これはと見込んだ生徒を集めて雑談しているだろう、養父は。

 なんだかんだでダンブルドアに給金をふっかけまくり、スラグ・クラブを復活させ、と好き放題しているのだ。自由人である。どう考えても養い子を引き取って育てるタイプではない。

 いやほんと。監督生になったと言っても「そうか」で終わり、むしろティルのほうが喜んだし。

 サンドイッチをかじる。うっかり口の中まで噛んでしまった。くそっ。

 ◆

 なんとなしにイライラし、これはいけないとローブに細かい刺繍を施しているうちに特急が速度を落とした。多少のお守り効果をひっつけたその品を羽織り、軽く荷物をまとめてコンパートメントを出る。素人の手仕事にしてはいい出来だろう。

 特急の通路は、いつものように押し合いへし合いまではいかなかった。『例のあの人』が復活したことで、休学や退学を選んだ家もあったんだろう。ホグワーツのほうがまだ安全だと思うんだけどな。

 特急から降りようとしたところで、ふと振り向いた。コーマック・マクラーゲンが驚いたようにサフィヤを見ていた。手を伸ばし、突っ立っているところを見ると、肩を掴もうとしたらしい。

「なんだよ」

 先手をとる。こいつに好き勝手に話をさせてたまるか。

 一、二度瞬き、マクラーゲンは手をひっこめた。確かに、中途半端に手を伸ばしたままだと間抜けにもほどがある。間抜けでも性格がよければまだいいんだけど。

「挨拶だよ挨拶」

 ほらよ、邪魔になるぞスラグーン、とどこかうきうきしたように言い、サフィヤの背を押す。こいつはそうするだろうな、と思ったので駅のホームに転がり落ちるような無様はさらさずに済んだ。よろめくようにして下りる。

「お前が通路をふさいでたようなものだろうマクラーゲン。図体ばかりでかいものな」

 ひょいと下りてきたマクラーゲンに言い放ち、その場を去ろうとする。前――少し遠くにいるのは、たぶんマダム・マルキンに来ていたマグル生まれの子たちだろうか。え、なんでかウィスタ・リアイスとその従者に手を引かれている。もはや保護者かあの二人。

 きょうだいみたいだな、と眺めているうちに足がゆるんでいたのだろう。追いついてきたマクラーゲンが隣に並ぶ。どうにか抜こうとしたが、図体がでかいだけあって足も長い。つまり追い抜けない。

「そんな避けようとしなくていいだろう。それともなんだ、スラグホーン家からしたらマクラーゲン家なんてって?」

 無視するに限る。なんでこいつはスリザリンじゃないのだ性格悪いのに。性格悪いやつなら売るほどいるよスリザリンは。

「でもお前養子だもんなあ」

 歯を食いしばる。いちいち怒っていられないのだ。

「あの爺にお前は呼ばれなかったんだろ」

 まあどうせお前、爺の召使いっていうか、介護要員で引き取られたんだろうしなあ。大事にされてないよなあ。

 その一、凍結藥。その二、雷轟藥。その三、爆炎藥。その四、石化系統。その五、生ける屍の水藥。その六、混合毒薬。もうどれ使おうかな。やろうと思えばいろいろできるんだがわかってるのか頭の悪いマクラーゲン。

 腰に手が伸びかけたが、寸のところでこらえた。新学期早々騒ぎを起こしていられない。

「マクラーゲン、監督生への暴言で罰則」

「は? ただの冗談だよ」

「マクゴナガル先生に後で報告しておく。お前と僕とどっちを信用してくれるかな?」

 お前、とマクラーゲンが絶句する。サフィヤはせせら笑った。

「侮辱は高くつくんだよマクラーゲン君」

 そうして、人混みをかき分けるようにして馬車溜まりに向かった。

 

「ねえサフィヤ、なんか怒ってない?」

「君の独創性がありすぎるメラメラなんとかに絶望してるだけだラブグッド」

「ありがとう」

 誉めてないと思うな、と呟いたのはネビル・ロングボトムだった。どういう運命のいたずらか、単なる偶然か、サフィヤは他寮の人間と馬車に同乗するはめになっていた。しかもやたら目立つメンバーと。

「メラメラメガネはともかくね。なんかあったでしょサフィヤ」

 珍しい。あなた、あんまり顔に出さないのに。そう言ったのはジニーだった。サフィヤは顔をしかめた。ロングボトムがなぜかびびった。スリザリン生とはいえ年下にビビるんじゃないよロングボトム。

「……ウィーズリー、悪いこと言わないからマクラーゲンとだけはつき合わないほうがいいよ」

「あら、友達として忠告してくれてるの」

 ジニーがにやりとした。双子にそっくりだった。

「大丈夫よ」

 あんなデカブツゴリラとつき合うほど、私の趣味は悪くないから。それともゴリラはやめて僕とつき合ってほしいっていうの、サフィヤ。

 ぺらぺらとよくしゃべる。

「君の信奉者に殺されたくないからいい」

 きっぱり断れば、ジニーはけらけらと笑い始めた。美人と評判になりつつあるのに、中身は男の子のようだ。

「イライラしてるときはラックスパートがいいんだよ」

 とラブグッドが言う。もうなにも返す気になれなくて、片手で顔を覆った。

 なんだよラックスバードって。

 

 

 サフィヤはふらふらしながら廊下を歩いていた。窓の外には露に濡れる草地が広がり、その向こうに森と湖が……朝陽にきらきらと輝いていた。ぼんやりと景色を見るか、それとも寮に戻って寝るかの誘惑に駆られる。眠気が勝ちそうだ。昨夜は忙しかったのだ。新入生を誘導し、寮から出て「探検」しようとする新入生を引きずり戻し……なにせ六年生も七年生もあてにならない。七年生なんてどこかで異性間の交流をしていた節があり、端的に言って湖に沈めてやりたくなった。

 それから余計な対応をするはめになった。ホラス・スラグホーンはサフィヤとどういう関係なのかと訊かれ、つらつらと「本当の」話をした。遠縁の子で、親を亡くしたので引き取られた、と。

 養父の教え子連中、いわゆるスラグ・クラブにいたメンバーの子どもならそれとなくスラグホーン家に養子が入った話は知っている。ついでに社交の場に出ているような家の子もまあ知っていると考えていい。多少の噂くらいは流れたはずだ。

 だが知らない者ももちろんいるし、興味を持つのは責められない。

「あんまり言いふらすことじゃないから」とサフィヤはそれとなく釘を刺した。養子どうこうはよくあることだが、あまり話すことではない。それに教師と生徒が養父子なのも話すことではない。所詮よその家庭のことだから、と。

 どこかのマクラーゲンのように、よその家庭のことをどうこう言うほうがおかしいのだ。

 ふ、と息を吐く。強いてゆっくり歩き、とある扉の前に着く。ああ、職員室で話した方がよかったかなと少しだけ後悔しながら扉を叩いた。

 

「話はわかりました」

 スラグホーン。落ち着いた色でまとめられた室に、紅茶の香が漂う。朝食前のこの時間でさえ、ミネルバ・マクゴナガルは身なりをきちんと整えていた。しわ一つなく、けれど少しゆとりのある服から、まとめられた髪まで完璧だった。

 昨夜の間に相談したいことがあるとマクゴナガルに簡単な手紙を出していたのだから当たり前なのかもしれないけれど。養父ならば寝間着に適当になにか羽織って対応しかねない。そういう人だ。マクゴナガルの美意識それか常識がいかに強固か、養父と照らし合わせればよくわかる。

「マクラーゲンに罰則を科しましょう」

「侮辱の詳しい内容を聞かなくてもいいんですか」

 サフィヤは「マクラーゲンが養父を侮辱したので罰則を言い渡したのですがよろしいですか? グリフィンドールの生徒なので内容は先生にお任せしますけど」だった。てっきりもっと根ほり葉ほり訊かれると思っていたので拍子抜けした。

「相当不愉快だったのでしょう?」

 まあー……と答える代わりに紅茶を飲んだ。

「マクラーゲンは配慮に欠け、勢いで口にすることも多々ありますから」

 あいつは無神経で頭が悪い、をマクゴナガルは上品に言い換えた。勇猛果敢なグリフィンドールは無神経で無謀、細やかさに欠けることがあると。

「冗談という衣に包んでも、とだけ」

 サフィヤはそっと言った。ノグテイル狩りを通じて多少の関わりはあるとはいえ、マクラーゲンにあんな絡みかたをされるいわれはないのだ。

 マクゴナガルの眉間にきゅっと皺が寄った。

「どこかの誰かなら湖に沈めるあるいは堆肥に突っ込むぐらいはしそうな暴言だったのですね」

 まあねー……と言う代わりにまた紅茶を飲んだ。マクゴナガルが「誰」を想定しているかは知らないが、確かにそれくらいはしたかった。いやしかし、どこかの誰かの報復はけっこう激しいな。

「先生に相談するのが筋だと思ったので」

「ホラスはあなたを上手に育てたようですね」

 マクゴナガルはなぜか眼を潤ませた。

「あなたのような常識的な生徒が私の寮に多ければどれほど助かったか」

 ホグズミード駅のホームで個人的な報復をしても巧く立ち回れないと思ったからです。マクラーゲンに効くのは権威ある者だと思ったからです、とはとても言えなかった。かなり過大な評価だ。

 なんと返そうか困り果て

「……どの寮にも色々ありますよね」

 とぼかした。

 

 秘密の部屋が開かれることなく、アズカバンの囚人(冤罪)が脱獄することもなく日々は過ぎていった。正確には課題の激流に流されていった。ちらと、グリフィンドールのチェイサーが聖マンゴに入院したとか、ドラコ・マルフォイがクィディッチの試合に欠場したとか、今年の彼はよく姿を消す……等あったが、サフィヤにとってはささいな問題だった。

 今年は普通魔法試験の年ですよという話を先生方は、特にマクゴナガル先生は口を酸っぱくして言った。養父こと魔法薬学教授はどの教科がどんな仕事に関係してくるかをつらつらと述べたりした。やたらと人脈を持つ養父ならではの発言だった。

 そう、やたらと人脈を持つ養父ならではの発言。

「……まさかこんな形で弊害が出てくるなんて」

 クリスマスが近づいてきたとある日、サフィヤは図書館の一角に逃げ込んだ。やたら薄暗く不人気な場所だった。つまり人が来ない。

 頭を抱えて机に突っ伏す。問題発生だ。元凶は養父である。人を集めて人と人をあらゆる意味でひっつけるのが好きな養父。今年はパーティをするときた。ホグワーツで。クリスマスパーティだという。まあやればいい。僕は手伝わないからね、とだけメモを飛ばせば「せっかくだからお前も参加しなさい」と返事がきた。ほう。スラグ仲良しクラブには招待しないのに、クリスマスパーティには参加しろと。今年は家でクリスマスを過ごさないのだし、その埋め合わせだろうか。「そのパーティには出るけど、僕はいったん家に帰るからね」と返事の返事を書いた。ティルに留守を任せている。休みの間に一人にさせるのは嫌だった。養父は勝手にホグワーツで休みを過ごせばいいのだ。

 パーティに参加する。それはいい……のだが、サフィヤにすり寄るやつがじわじわと湧いてきた。スラグホーン家のサフィヤ。どうもホラス・スラグホーンの養子らしいサフィヤに、パーティに招待してほしい、と。

 春が来たと勘違いするほどサフィヤはおめでたくはなかった。人脈はあるけど、養父が君を後押しするかはわからないよと言うほど親切でもなかった。ただただ、サフィヤは女の子たちをかわした。

 誰を誘っても面倒なことになりそうだ。君たちはハリー・ポッターを奪い合えばいいんだ。パーティは今夜だ。彼は誰も誘っていないという噂だ。

 なんだっていい。ハリー・ポッターに平穏あれ。サフィヤにも平穏あれ。纏わりつかれたり、噂されるのはたくさんだ。

 少しでも安らぎを得ようとサフィヤは眼をつぶった。うんざりだ。マクラーゲンはあのことを根にもって、サフィヤをかわいそうな孤児に仕立て上げたいらしいし。あいつの人望のなさもあって、誰もとりあっていないようだった。サフィヤはグリフィンドールに敵視されるほどのこともしていないから、彼らだってわざわざサフィヤを貶めることに荷担したくないのだろう。する意味もないのだし。

 瞼の裏にあらゆる式や文字が躍る。頭の中まで勉強でいっぱいだ。サフィヤなんて魔法省に入って高官を目指すタイプじゃないのだから、試験だってそんなにがんばらなくていいのに。

 養父は変に圧をかけるどころか、かなりおおざっぱだ。かなりありがたい。養父の求める基準は高い。知名度か頭の良さか容姿のよさ……旧家かどうか等々。あと親戚に有力者がいるか。頭は悪くないほうで、容姿も美形で名高いブラック家ほどではないが、そこそこ。父母の容姿はぼんやりとしか覚えていないが……どっちにもたいして似てないのではないか。旧家どうこうは除外。どこを切り取ってもそれなりだ。

 ああ、パーティに出るのめんどくさいな。うつらうつらし、眠りに滑り込む寸前、誰かに呼ばれた。

「ねえサフィヤ」

 ラックスパートのせいで眠いの? の一言に飛び起きた。ルーナ・ラブグッドがにこにこして立っていた。おかしなイヤリングをつけている。なにをどうしたらカブのイヤリングを着けようと思うんだ?

 もういい。無視して寝ようとした。おかしなルーニーに付き合ってらんない。

「だめだって寝ないでよ。あたしあんたに助けて欲しいんだ」

「パーティには誘わないぞ」

 突っ伏しながらぼそぼそ返す。

「あたし、ハリーに誘われて」

「……ラックスパートが耳から入ったんだなラブグッド。かわいそうに」

「ほんとだもン!」

 渋々起きるはめになった。

「パーティに着ていけるようなのが手元にないの」

「へえ」

 話が読めてきた。養父開催の気軽なパーティ。気軽とはいえパーティ。ちょこちょこ有名人も来そうなやつ。つまり、普段の制服とか私服だと困ると。サフィヤは準備万端だから関係ないけど。

――ハリー・ポッター

 なんにも考えずにたぶんとっさに誘ったな?

 またもや机に突っ伏す。

「新しめの綺麗なローブを持ってこい。なんとかしてやる」

 友達がいないっぽいおかしなルーニー。誰かに誘われてよほどうれしかったのだろう。わけのわからない服でパーティ会場に放り込むのはさすがに忍びなかった。

 ハリー・ポッターの馬鹿野郎が。服くらい用意してやるか資金を出すくらいの気遣いを見せろ。

 

「あら」

 あの子、とってもいいじゃない。「パートナー」の言葉に頷きも返さず、サフィヤは「あの子」をちらと見た。よしカブのイヤリングもコルクをつなげた貧乏臭いネックレスもつけてきてないな。よし。パーティ会場で浮いていない。完璧だ。

「ちゃんとした格好をすればどうにかなるものね」

 パートナーこと狩人、グリフィンドールのパーバティ・パチルはつらつらと言う。彼女はウィスタ・リアイス……いや、ウィスタ・ブラック=リアイスか本当は――から招待状を融通してもらったという。そしてパートナーを「現地調達」したのだ。サフィヤは狩られた哀れな兎だった。

 そりゃあサフィヤが服をどうにかしてやって、ラブグッドが集めていた謎の貝殻やらガラス玉を加工してネックレスもつくってやったのだ。短時間でよくやった。サフィヤはがんばった。

 あの有名なハリー・ポッターのパートナーが見劣りするとか不細工などと言わせるのは、サフィヤの矜持に関わる問題だったのだ。

「元は悪くなさそうだからね」

 給仕が持ってきたグラスを手に取り、パチルに渡した。

「あなた、スリザリンのザビニみたいなことを言うのね」

「やめてほしいな」

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