【完結】なめくじにも角   作:扇架

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七話

 

「……血を裏切る者が」

 のこのこ出てくるなんて。サフィヤはかたくなに窓の外を見ながら言う。今日も天気が悪い。ホグワーツに近づけば近づくほど寒くなるだろう。それもこれも吸魂鬼のせいだった。

「引きこもっていても仕方ないでしょう」

 窓ガラスに赤毛の魔女が――もう女の子というより女性といったほうがしっくり来る――映っている。なんとなく一緒のコンパートメントになってしまい、解散もできずにずるずると旅を共にしている。

「めそめそしてたくせに」

 ぽそっと言えば、赤毛の魔女ことジニーの顔がひきつった。

「ハリーもひどいよね」

 ジニーの葛藤を知ってか知らずか、ルーナ・ラブグッドは通常運転だった。『ザ・クィブラー』を逆さまに読んでいる。クロスワードパズルでもしているんだろうか。

「で、君の元彼はどうしたんだ」

 ジニーの口から唸りが漏れた。あー、怖いね。

「見回りしたなら知ってるでしょ」

「突き出したら懸賞金がもらえるぞ」

「サフィヤ、あんた嫌なやつだったんだ?」

「……嫌なやつの定義は知らないけど、そうなるねラブグッド」

 サフィヤは監督生バッジを指で弾く。

「ええ……?」

 なんで残念そうな顔をするラブグッド。ロングボトムも「ええ……?」という顔をしている。

「微妙なの」

「察して」

 ぶっちゃけると現時点で他の寮生と一緒にいることも「微妙」だ。言い訳なんていくらでもひねり出せるからなんとかなるだろうが。敵情視察だとか、ほら美人と一緒のほうがいいしとか。嫌だな人の見た目を言い訳に使うの。

「あなたにはうまくやってもらわないと困るんだけど」

「なんだっけ。将来ハリー・ポッターと結婚するときは僕が花嫁衣装をつくるんだっけ」

 ロングボトムが紅茶を噴いた。彼の隣に座るラブグッドはひょいと避けた。

「いいねジニーの花嫁衣装」

 ロングボトムを無視してラブグッドが言った。

「……ねえあれその場の勢いで言ったんだけど?」

「そうかあ、元彼とよりを戻したくないと」

「サフィヤあなたやっぱりムカつくわ」

 サフィヤは喉を鳴らす。数ヶ月前。ダンブルドアの葬儀の後、少し時間があったので森に入った。泉の近くでめそめそしている泣き女、いや泣き妖怪がいたので怖々様子を窺ったらジニーだったのだ。

 面倒だったので採集を手伝わせ、キレながら泣くジニーの話を聞き、サフィヤは軽い気持ちで言った。

「ポッターが悪い。あいつの詰めが甘い。つきあいはじめたことすら秘密にしてればまだよかったのに」

 と元彼の悪口を言ったら蹴られそうになった。

 うっさいわよハリーだって考えてのことよ。私は捨てられた女じゃないんだから。いまは一旦関係が終わっただけで!

「で、どうしたいの」

 ぽんと質問を投げた。ジニーはサフィヤの指示で薬草やら木の実を集め、ガンガン籠に入れながら自棄のように叫んだ。

「ごたごたが落ち着いたら捕まえて逃がさないんだから。あなた、裁縫得意でしょ花嫁衣装よろしく」

 完全にその場の勢いだった。

「でも言っとくよジニー」

 結婚は人生の墓場らしいよ。

「私で遊んでる? サフィヤ」

 サフィヤは鼻を鳴らした。

「用心しとくことだね」

 血を裏切る者は、格好の標的になるだろう。

 

 表面上、ホグワーツに大した変化はなかった。沈黙と疑念の上に綺麗に化粧して、取り繕っているだけと言えるが。

「どうですか」

 サフィヤは立ち上がり、膝の埃を軽くはたいた。その室は広すぎず、狭すぎず、壁には例のあのひとの「偉大なる行い」の記事が貼られ、おどろおどろしい絵が何枚も飾ってあった。異形に変えられたマグルの絵だとか、内と外が「ひっくりかえった」マグルの絵だとか。服従の呪文にかけられたらしい親が、笑顔で自らの子を始末する……だとか。

「ああ」

 ぴったりだ。魔女がくるりと回る。黒い、足首丈のスカートがひらりと踊った。細かいプリーツをつけた、上品で優雅なスカートだ。上は白いブラウスと黒いジャケット。ジャケットの胸のところに蛇の刺繍がしてある。

 少し猫背のその魔女は、にんまり笑った。

「よくやった仕立て屋」

 マダム・マルキンのとこのただのバイトです。そうは返さず、サフィヤは薄く笑った。

 いやー、マダムに「道具一式を持っていくように」と手紙が来てなんのこっちゃと思ったらこれだ。

 カロー兄妹、はじめての仕立て服を頼む。マダム・マルキンがほぼ完成させた服を、サフィヤがせっせと調整したのだ。

「すてきですよ先生」

 猫背でなくて、死喰い人でもなくて、性根をどうにかしたら。カロー兄妹は出自がはっきりしない。純血とは言っているが怪しく、おそらくだがよい暮らしをしていなかったようだ。学生時代は中古のローブと制服一式だったのだろう。

「お前、あの方の仕立て職人にならないか」

 私から推薦してやる。

 いやめっちゃ困るな。

「あのお方ならば、たとえ襤褸を着ようが輝けるのでは?」

 サフィヤは声を震わせた。何割かは本音だ。「あの方」の側に行ったら最後だ。

「そう、あの方はあまねく英国を……腐った世界を」

 つらつらつらつら。アレクト・カローは語る。

「……とベラは言うし、私もその意見には同意する」

 そうかベラトリックス・レストレンジは狂信者だったな。サフィヤは穏和しく耳を傾ける。

「最近、あれがうるさくて」

 おっと愚痴か。愚痴がきた。

「穢れた血の排斥が思うようにいかないから、とか」

 やつらは鼠のように増えて逃げ足も早いですからね。ひとまず相づちを打つ。なにか返さないとまずいと勘が告げている。これも接客スキルだ。マダム・マルキンだってこいつらの注文なんか受けたくなかったろうが、どんな目に遭わされるかわからない。仕方なしに注文を受け、かなりふっかけたようだ。

「いや」

 アレクトは眼を伏せた。うんざり、と顔に書いてある。

「あの方の顔が……と、怒り狂っている」

 魔法省襲撃のときになにかあったな?

「で、あるからして」

「ええ」

「あの方には最高のものを着てほしいとわめいている」

 なんだその好きな男にはずっとかっこよくいてほしい乙女心みたいなのは。

「マダム・マルキンや僕よりも……専属の職人が……?」

「ブラック家は」

「はい」

「あのリアイスの小僧ががっちり職人を囲い込んでる」

 まあその小僧も……とアレクトはけたけたと笑った。おいなにがあったウィスタ・リアイス。

 ひとまず「僕はまだまだ実力が足りないので精進します」と健気にあの方のお役に立ちたい若い魔法使いAの演技で乗り切った。

 後に、それとなーくホラスに「ねえウィスタ・リアイスまずいことになってない?」と聞いたら頭を抱えられた。まあまだ死喰い人の家が残らず皆殺しになってないから大丈夫だろうとのことだ。

 ◆

 カロー兄妹のぱしりのようになり、やれ茶をいれろだのやれ「授業」の資料をまとめろだの要求され、適当にこなしながら過ごした。ロングボトムがこそこそ動いていようが無視した。

――ここでおおっぴらに動いてもどうしようもない

 たとえばマグル学で反抗的な態度をとるとか、闇の魔術に対する防衛術でアミカスに楯突くとかしたところで、だ。

「死の呪文なんて」

 とても無理です。とある日の授業で、サフィヤはうなだれた。小鳥を実際に始末してみよう! というあまり洒落にならない授業だ。

「先生みたいにすごい魔法使いじゃないと」

 等々よいしょしておけばどうにかなった。あまり出自のよろしくないカロー兄妹、純血からよいしょされるのがうれしいらしい。

「軟弱だな」

 それじゃ穢れた血を始末できないだろうが! と言いつつ、アミカスは杖を振る。緑の閃光が小鳥を貫いた。

 

 事態は進展をみせないままだった。救いがあるとすれば、誰も命を落としていないことだろうか。マグル生まれが一掃され、建前上では誰も始末、それか追放する必要はなくなった。スリザリンのだいたいの生徒は体制側に迎合していた。もはや自由とは心の内だけにあるもので、おおっぴらになにかを言ったりしたりするわけにはいかなかったのだ。特にスリザリンは、誰が死喰い人とつながっているかわかりにくい。ついでに死喰い人の息子が在籍している。ドラコ・マルフォイが学校に戻らなかったとはいえ、クラッブ、ゴイル、ノットがいるので、目立つ行動がとりにくい。

「教師の息子のくせに」

 恨みがましい声がする。廊下に転がっているのはグリフィンドールの生徒だった。たしかフィネガンだったか。制服には血が点々と飛び、頬は切れとそれなりにひどい有様だった。

「僕は自分の身がかわいいから」

 腹を蹴る。フィネガンがうめいた。

「ディーンをどこにやった」

 いや知らないよ。ひとまずもう一発蹴っておく。

「グリフィンドール十五点減点……もう点自体がないんだっけ」

 等々嫌みを投げてその場を後にした。

 フィネガンの返り血が飛んだ制服を見て、生徒たちが避けていく。まだ話が通じそうなカロー妹ことアレクト「先生」のもとへ行き「フィネガンがポッターが生きてるとかなんとか言ってたのでしばきました」とほぼ本当のことを報告した。サフィヤの制服の有様を見て、彼女は納得したらしい。

「おいスラグホーン、あの方の専属職人になるべきだ」と誘いを受けても辞退した。ちょくちょく誘われるが、サフィヤは腕に蛇を飼うつもりはない。さすがに死喰い人の採用条件に裁縫の腕前は入っていないはずだ。いくらなんでもそんなスキルで死喰い人になるのは無理があるし嫌だ。サフィヤは死にたくないのだ。

 どっと疲れながら、足を引きずるようにして廊下を歩く。フィネガン君、加減したから軽い怪我で済んだはずだけど。血糊もまいたので、見た目が派手なだけだ。マダム・ポンフリーが杖を一振りすれば治る程度にしておいた。

――カロー兄妹に締め上げられるよりはいいだろう

 機嫌によったら磔刑の呪文だ。そのうち反抗的な生徒に磔刑の呪文をかけるなんてことになるかもしれない。あー、嫌。

「どうしたもんかな」

 どうしたもこうしたも、こそこそ動いてはいる。ちょっと前にあれこれ発掘していた。時計台区域のとある室にふと入って、隠し扉を見つけて、物資を見つけたりだとか。なんかの導きがあったとしか思えない。

 箱――長櫃といったほうがいいか――の中には杖が何本もあり、短剣やらもあり、大量の薬があり、毛布その他諸々もあった。まるで籠城と戦いのための物資だった。

 ひょい、とサフィヤは杖を手にとった。小さな字でセバスチャン・サロウと刻まれていた。サフィヤと同じイニシャルだ。奇妙な親近感を覚え、それをポケットに入れる。長櫃の中をさらにあらためると、乾いた音がした。それは手紙だった。「名も知らぬ君へ」と書かれていた。

 要約すると「我らが先視の君が必要になるだろうとこれを用意させた。杖十字会メンバー有志の古い杖等々を突っ込んでおいた。で、だいたいの時間指定してこの隠し室が現れるように中略――君大変だろうがこれを運んで中略まあセラの先視はだいたい当たるからやっといたほうがいいぞ中略僕らの杖、有効に活用しろよ。基本杖は二本持ちがいいから。セバスチャン・サロウ」とのことだ。

 大変だった……と遠い眼になる。長櫃を変身させてポケットサイズにして、指示に書いてあった必要の部屋にこっそり行って長櫃を運び入れた。どこかのタイミングで誰かが――誰かたちが使うのだろう。明らかに戦いを想定している物資だった。

 できることはしている。あとはそのときが来るまで待つことだ。まだ随分かかりそうだし、それまでにどれだけの負傷者が出るかわからないけど。

 軽い足音がする。見覚えのありまくる生徒が走ってくる。片手には『ザ・クィブラー』らしい雑誌。

「マジかあ」

 ラブグッドだ。明らかに逃げている。そしてばっちり眼が合った。さあどうする。体罰を食らわせるか。かなりめちゃくちゃ嫌だ。

 サフィヤは杖を振る。無理矢理アクシオを使い、ラブグッドを引き寄せ、腕をひっつかみ小部屋に入った。どこに行ったと声が聞こえる。あー、これはクラッブ&ゴイルか。

「サフィ、」

 小さな小さな部屋だった。物置に近い。壁にラブグッドを押しつける。黙れ、と睨みつけた。背を扉に向ける。いかにもそう見えるように。

 激しい音とともに扉が開く。眼を細め、サフィヤは振り返った。かなり不機嫌そうな顔をして。

「スラグホーン。レイブンクロー生がここに」

「は?」

 僕ら、取り込み中なんですけど。そういう見物をする趣味があるんですか。「取り込み中の彼女」の顔は陰になって見えない。それに、さすがの彼らもまじまじと見物はしないだろう。いかにも「そうだよなお盛んだよな」という共感が彼らの顔に浮かんでいて、不愉快だった。同類にしないでほしい。

「そうか」

 スリザリンの上級生たちはそろってにやにやする。ぱたんと扉が閉められた。

「悪かった」

 さっさとラブグッドのブラウスのボタンを一つ二つと留め、ネクタイを締め直す。我ながら早業だった。ついでに自分のネクタイも締め直した。いかにもお取り込み中の工作のためには仕方なかったのだ。気まずいったらない。顔なんて見られない。別に実際にどうこうしたわけじゃなくても。

 ため息を吐きながら、ラブグッドの腕を掴む。強引――に見えるように外へ出した。ラブグッドはだんまりだ。いきなり男に壁に押しつけられたら怖いだろう。殴る蹴る呪いをかける以外でごまかせそうなのがこの手しかなかったのだ。

「さっさと行け」

 うんともすんともラブグッドは言わない。だが、頷いた気配がして、気づけば彼女は去っていた。

 サフィヤは気をとりなおし、寮へ向かう。無意識にポケットの中の杖――過去の置き土産の杖をなでていた。

「どうしましょう。セバスチャン君」

 僕、最低セクハラ野郎として噂になるかもしれない。

 

 

 

 ひとまず逆らわなければ命の保証はある。そしてどこに杖を向ければいいかわからない。なにが正しいか、誰が悪いかもわからない。そんな状況に追い込まれれば、たいていの人間は穏和しくするだろう。命大事にだ。

――前の時とはやり方を変えたのだろう

 『例のあの人』は、自分が表に出ることを控えた。魔法省を陥とし、傀儡を立てた。突然の政策転換……マグル生まれの実質的な迫害はあったものの、世間の大多数にとっては他人事だ。数の理屈だ。マグル生まれは少ない。たいてい混血――半純血だ。なにを以て半純血とするのか、マグル生まれの同士の間に生まれれば、それはマグル生まれとはみなされないのか。純血の定義とは等々の議論はおいておく。ほじくり返せばきりがなく、正直結論が出ないのだ。つついたらいけない問題はある。たとえばとある救世主は魔法使いか否か、とか。アーサー王が実はゴドリック・グリフィンドールに関連しているのではないか、とか。

 そして、わざわざ茂みを揺らし、つっつくのは考えなしの馬鹿だ。

「……頭の足りないやつらばかり」

 自然、声が低くなる。ホグワーツ城上階――階段付近。冬が近づき、城の内外はことさらに冷えた。吐く息が白く流れていく。いっそ燃え上がってしまえと思う。サフィヤは自分の目元がひくひくと痙攣しているのを自覚した。思わず、泣きぼくろのあたりをひっかく。縛られもがいているのは三つの影。じったんばったんしている女子二人……かなり危ういことになってるんだが。

「魔法省で騒ぎがあって?」

 杖を振る。もがきまくっているジニーとラブグッドのスカートをズボンに変えた。

「ハリー・ポッター一味が現れたとか」

 もう一度杖を振る。怪盗一味こと、ロングボトムの顔が腫れ上がった。

「君たちにできることなんて穏和しくすることだけだ」

 再び杖を振る。下まで転がっていった「それ」がサフィヤの手に飛び込んできた。銀色の輝き。グリフィンドールの剣――のはずなんだけど。

「面倒をかけやがって」

 サフィヤは使い勝手のいい駒だと思われているようで、カロー兄妹だけでなく、スネイプ「校長」にも体よく使われている。書類持ってこいとか各寮の状況は君から見てどうだね監督生だとか。つまりちょくちょく校長室に入れる立場だ。それをいいことに「あの校長、カロー兄妹から死喰い人に勧誘されているんですがそれとなく止めてくださいよ」とお願いした。さすがのスネイプも「は……?」と言っていた。わかるよ校長。なんで一学生が裁縫スキルがあるばっかりに非合法組織に勧誘されてるんだと思うよね校長……結局、カロー兄妹から勧誘はかからなくなった。その代わり、着飾ることを覚えた兄妹、ちょいちょいマダム・マルキンに服を頼むようになった。めんどくさがったマダム・マルキンは生地と寸法表その他諸々をぶん投げてくるようになった。下っ端バイトになに丸投げしてるんですか、バイトも経験だよという手紙での醜い争いをマダム・マルキンとは繰り広げている。

 つまりサフィヤはけっこう忙しいのだ。だというのに、なんで面倒ごとがグリフィンドールの剣をもって走ってくるかな。

 校長室に向かっていたサフィヤは、怪盗一味を問答無用で捕らえた。ロングボトムは口の中に臭い布を突っ込んだ上で沈黙呪文。他は沈黙呪文だけ。あとはいっぺんに縛り上げ転がしている。

 ロングボトムがなにか言おうとしたようだが、どの道無理だ。蜂刺し呪文で顔が腫れ、鼻血を流し、沈黙呪文までかかっている。話せる状態じゃない。

 杖をひょいと振る。ずるずると窃盗犯を引きずった。階段に体を打ち付けようがおかまいなしだ。合言葉を唱えれば、ガーゴイル像が退いた。螺旋階段が上昇する。扉を蹴るように開け、三人を放り込んだ。サフィヤも入室し、扉が静かに閉じる。

 杖を執務机に向ける。便せんとインクがふわりと浮かび、手紙をしたためた。止まり木にいるふくろうが、さっと手紙をくわえる。独りでに窓が開き、ふくろうは去っていった。

「……お前に服従の呪文をかけて」

 こいつらを締め上げさせてもいいんだぞロングボトム。杖で彼の喉元をつつき、冷えた一瞥をジニーとラブグッドに向ける。本物の怒気がひらめく丸顔に拳をたたき込む。鼻が折れる感触がした。

「お前たちの英雄はいない」

 ハリー・ポッターの行方は未だにわからない。魔法省に出たのも誤報じゃないかって言われてる。それか海外に逃亡したのかとか。ウィスタ・リアイスだって生きてるのかもわからない。

「闇雲に動いたところで」

 このざまだろう。

 血のこびりついた手を見て、サフィヤは顔をしかめた。身を丸めるロングボトムを無視し、ジニーとラブグッドに向き直った。

「血を裏切る者と、嘘八百で混乱を引き起こす男の娘か」

 学ぶべきだよ君たちは。

 二人が眼を見開く。そこにどんな感情が乗っているかはわからない。考えをめぐらせ、サフィヤはため息を一つ吐く。何度めか杖を振る。全身金縛りが行使された。

「見せしめがいる」

 剣を構える。窓から差し込む陽に眼を細めた。

「じっとしていろよ」

 この剣なら、綺麗に切れることだろう。

 息を整える。見えない手が、二人の首がのけぞるまで髪を引っ張る。そして――甲高い音が二度響いた。

 

「君に粗暴な一面があったとは」

 入室してきたスネイプは、くるりとあたりを見回した。執務机に腰掛けたサフィヤは肩をすくめる。

「誰だって一皮むけば本性が出ますよ」

 穢れた血や反乱分子を見捨てた、世間一般の魔法族のようにね。

「軽く処罰しておきましたので」

 言って、サフィヤは床に眼をやる。失神している三人と、散らばる赤と金の髪を。

 床についた二条の傷と、破られたガラスケースにおさめられた剣をスネイプが交互に見る。

「器用だな」

「切断呪文だとつまらないでしょう?」

 首を切られると思ったのか、二人とも失神しましたけど。悲鳴のひとつでもあげてくれたほうがよかったのにな。心底残念、とばかりにサフィヤは言う。幸い、悪のスリザリン生発言集は脳にインストール済だ。

「よくやった」

 スネイプはスリザリンに加点する。もはや寮杯制度なんてあってなきがごとしであるし、ダンブルドアの喪に服すという名目でクィディッチ杯も今年は中止だ。点もクソもあるか、という状況だった。

 スネイプの闇色の眼が、サフィヤを探るように見る。サフィヤも同じようにした。

――やっぱり

 閉心術で鎧っているか。彼の本音を引き出すのは不可能だろう。第一、サフィヤが予想する答えを見ることができたとして――それが本当かはわからない。閉心術は、巧みに追求をかわし、相手の望むものをちらつかせることもできる。そして、スネイプがサフィヤの心を覗いたところで、見えるのは穢れた血への蔑みだろう。そう見えるようにはしている。どこまで通じるかわからないけれども。

 一瞬の交錯ののち、スネイプは眉間に皺を立てた。

「罰則がいるな」

「骨の髄まで恐怖をたたき込んでおきました」

 念押しに罰を加えるのもいいでしょう。サフィヤは言って、机から降りた。

 靴底で、赤毛と金髪を踏みにじる。扉が開く。外へ出る間際、ふと振り返った。眠っているはずの歴代校長の肖像画。そのひとつがサフィヤを見て、ライトブルーの片目を瞑った。

 

「僕はやるだけやったぞ」

 あとは知らないぞ。ぶつぶつと、誰にも聞こえないようにつぶやく。ふらふらしながら階段を下りた。服もそこそこぼろぼろにしておいたし、女二人の髪をばっさり切って派手に演出したのだ。罰則とやらが軽くなることを祈るしかない。

 あいつら馬鹿なのか。馬鹿だ。なんでグリフィンドールの剣を盗みに入るかな。考えなしめ。スネイプがあんなこれみよがしに剣を置くわけないだろう。カウンターで呪いが仕掛けられていなくて幸運だった。ああそうとも。盗もうとした瞬間に首が飛ぶとか、剣にふれたら呪いが全身に回るとかなんでもできるぞ。

 段々とイライラしてきた。たぶんスネイプは味方だ。少なくとも、闇の陣営――『例のあの人』に心酔しているわけではない。ダンブルドアを殺したのがスネイプかそうでないか。サフィヤは現場を目撃したわけではないが、たぶんスネイプが殺した。殺すしかなかったのだろう……。闇の陣営の信用を得るために。

――アンブリッジの時

 彼女は校長室に入れなかった。しかし、スネイプは入れた。校長にもなれたといえばなれた。おそらく手続きをいくつかすっ飛ばしていそうだが、それでもなれたのだ。ダンブルドアが指名していたと考えたほうが筋が通る。

 悪賢い男、と養父はダンブルドアを評価していた。策士だと。ある意味では悪党より悪党なのだろう。そして悪賢いダンブルドアは予想していたのだろう。自分が死んだらどうなるか。魔法省が陥落してしまう可能性も織り込んだ。スネイプという駒をホグワーツに配置できるようにした。たぶん、生徒を守るため。無駄な血を流さないようにするため。

 そして、最終決戦の地を確保しておくため。ホグワーツこそが決着の舞台になる。

 あいつら馬鹿なの? 内心でぐちぐち言いつつ、足早に寮へ向かう。マダム・マルキンからの荷が届いているはずだ。上等な生地、ボタン……それと物資。カロー兄妹の「仕立て屋」の荷物は簡単な検査だけで抜けられる。だから、悪戯グッズも持ち込める。必要の部屋がどういう仕組みであるのかはわからないけれど、物資はあればあるほどいいだろう。

 そのうち、必要の部屋に逃げ込む人間が出てくる。そして増えていくだろう。

 かつていた「先視の君」は、名も知らぬサフィヤの姿を視てのけた。長櫃に詰め込まれた品たちは、未来への希望で祈りだ。サフィヤが踏みにじっていいものではないし、細い細い希望の糸を繋いでやるべきだろう。

 少なくとも、破壊と混沌に満ちた、親なし子が泣く未来よりはいい。

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