【完結】なめくじにも角   作:扇架

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八話

 日刊予言者が紙屑になり果てたのは間違いない。ハリー・ポッター生存説と死亡が混じり、ダンブルドア殺しの犯人はハリー・ポッターで、彼は海外へ逃亡した、スクリムジョールは病気ではなく始末された――いや、彼は実際のところ闇側だったなどの与太話が溢れていた。

 完全に日刊予言者が傀儡政権の狗になった……と確信したのは、リアイスがハリー・ポッターと共謀してダンブルドアを殺した。彼らは実は対立していた。御曹司のウィスタ・リアイスは姿をくらましていると書かれているのを見たときだ。

 こんな嘘八百、誰が信じるんだと思っていたら、そこそこ有効だったようだ。ホグワーツはまとまりを欠いていて、一部だけが果敢に動いていた。そしてサフィヤはどうにかこうにか果敢な馬鹿を抑えつけるのに忙しかった。カロー兄妹は、サフィヤには多少甘いというか気に入っているようだが、本性は残忍だ。たぶんマグル生まれを捕まえて彼らの前に放り出せば、大喜びでなます切りにするだろう。なぜそこまで敵意を持つのかサフィヤには理解できないしするつもりもない。

――父は

 マグルだったからああいう行動をとったわけじゃない。冬のスラグホーン屋敷で、ティルがいれた茶を飲み、顔をしかめた。「渋かったですか」とティルがおろおろし、サフィヤは首を振った。おじいちゃん妖精に言っても困らせるだけだ。僕のお父さんはろくでなしだったんだ、とか。マグルと魔法族にそんなに違いはないよね、とか。子どもを残せるわけだし、片や機械を使い、片や魔法を使うだけだ。じゃあヴィーラとか巨人とか小鬼はどうなんだよと思わないでもないが、そのあたりは深く考えてもしょうがない。

 かわいそうな父。ふっとそんな言葉が浮かぶ。魔女と結婚したばっかりに……。

――気でも狂ったのかな

 かわいそうだと思うべきなのは母のほうだ。裏切られ、撃たれ……殺し殺されたのだから。

 茶を飲む。熱いそれが腹まで滑り降りていく。父も母もかわいそうだ、とかすかに思い、終わったことだと打ち消す。もう過ぎたことだ。サフィヤにはどうしようもなかった。帰ったらすべてが終わっていた。別にマグルが全部悪いわけじゃない。だから、サフィヤはマグルを排斥する気になれない。どうせマグルも魔法族も似たようなものなのだから。どうせ、マグルを減らしたところでまた増える。なにせ数が多いから。

 『例のあの人』は今現在、マグル生まれの排斥を掲げ、成功していると言ってもいい。だけれどそのうち純血を頂点とし、マグル生まれとスクイブを最下層とする体制に移行するだろう。『例のあの人』が本当にいかれているなら(ほぼいかれていると思うけど)、マグル生まれは発見次第処刑、スクイブも同じくという方針にするかもしれない。まともで頭が働き、社会秩序と労働力の確保を重視するなら、処刑まではせずに最下層の奴隷にするんだろう。マグル社会だって奴隷制から抜け出したのは「最近 」のことだし、その影響は残っている。

 魔法界は現在進行形で奴隷制がある。たいていの家は、そこまで妖精に酷くはない――と思いたい。

 ティルのカップが空なので、紅茶をいれてやる。普通の妖精ならおろおろするが、ティルはにこにこしている。彼はサフィヤがうっかり自由にしてしまった屋敷しもべであり、今も昔もこれからもスラグホーン家の一員なのだから当然だ。

「お上手になりましたね」

「先生がよかったから」

 家事全般をサフィヤに仕込んだのはティルだった。魔法式からマグル式まで完璧に教えられたものだ。サフィヤは路頭に迷いそうになったら、どこぞの家で子守やハウスキーパーで食べていこうかと思っている。それか仕立て関係。

「ハリー・ポッターはあちこち転々としているようです。一番現れそうな、ゴドリックの谷には姿を見せていませんね」

「逃げるんならとっくの昔に大陸に行ってるよね」

 目的はなんだ? 紙屑な日刊予言者に眼を通し――顔を上げた。

「ねえティル、なんで? どこからの情報?」

「妖精には妖精のネットワークがあるのです」

 『例のあの人』に好きにされたら、私たちも困りますし。『例のあの人』に眼をつけられた者が、妖精を変身させて身代わりに立てたとか、妖精を鬱憤晴らしの生け贄に差し出したとか、囮につかったとかあれこれありましたよ。さらりと暗黒の時代の話をした。

「……なんか、ごめん」

 魔法族憎しな妖精が出てきてもおかしくなさそうだ。サフィヤは怖々とティルを見た。

「あなたがたが皆悪いわけではありませんよ。魔法族も、マグルもそうです。私たちは家に仕える者ですし、そういった習性がありますが、だからといってなにも感じないわけじゃない」

「お給金上げようか」

「十分です。今でももらいすぎです恐れ多いことに……話を戻しますよ」

「うん」

 サフィヤは姿勢を正した。そこらの教師より教師らしいのがティルだ。

「妖精は、訊かれれば答えるしかありませんが、黙っていることはできるし、連絡を取り合うこともできるのです」

 ご主人様方の中には、妖精に知恵がないと思っている人も多いので。

「……ハリー・ポッターに勝ってほしいと」

「あんな暗黒時代はごめんですよ、私は」

 だから、妖精たちは黙っている。どこかでハリー・ポッターを目撃しても言わない。お使いに出ろと言われればそうする。けれど、それ以外の「よけいなこと」は口にしない。

「随分と死にましたからね」

 そうだねと返す。サフィヤは暗黒時代を知らない。うかつに何かを言えない。ただ、ティルがスラグホーン家に残ってくれているのは幸運なことなのだと思えた。

「……ポッターは」

「追っ手から逃れ、時機をうかがっているのでしょう」

「旗頭になってくれれば一番いいんだけど」

 ホグワーツには生徒も教師もいる。ハリー・ポッターが戻れば旗頭になれる。ついでに消息不明のウィスタ・リアイスも出てくれば――リアイスも出てくるだろう。いまのところリアイスが比較的穏和しくしているのは、ウィスタ・リアイスの身動きがとれないから。どこかで監禁されていそうだ。あの一族がリアイスの子を殺されて爆発しないわけがないので、まだ生きているはず。死んでいたらそれこそどこかの村が火の海になったりなんだりしているだろう。

 まだ動けないのは確実だ。ハリー・ポッターたちも、リアイスも、心ある者たちも。闇の陣営も。

 本当は、ハリー・ポッターがなにもかも放り出しても文句は言えないのだ。たまたま『例のあの人』に狙われ、なんの運命の悪戯か生き残っただけ。結局それだけだ。彼が戦う必要なんて本当はない。リアイスのほうは……逃げようものなら一族に背後から襲われて殺されそうだが。もはや背水の陣というか、逃げ道がないというか、いくら名門の御曹司で恵まれているとはいえ……彼もかなり気の毒だ。

 それでも、彼らは公に姿を現すだろう。他に選択肢はない。それに、彼らなりに親の仇討ちという動機もある。

 教師と生徒の数をざっと計算する。スリザリンはほぼ除外したほうがいい。で、カロー兄妹をさっさと制圧して叩き出すなりしないといけない。スネイプはおそらく味方だろうけど、期待しすぎてもいけない。

「……城を掌握したとして……」

 ぶつぶつつぶやきながら、日刊予言者をのける。積みあがった雑誌の一冊を手に取った。

「援軍がたぶんあるし……掌握さえすれば味方を通せるとして……」

 で、城が舞台になるなら闇の陣営は巨人を用意するだろ。絶対やる。

「確実じゃないなあ」

 正直、この戦いがどうなるか不透明だ。考えたくないが、負ける可能性はある。

 グリフィンドールの連中なら絶対勝つ必ず勝つで突っ走るのだろうけど、サフィヤはそういうのは好きじゃない。なるべく勝率は上げたいし、負けた時でも被害は抑えたい。卑怯卑劣どうこう言われるスリザリンだが、後先を考えていると言ってほしいものだ。

 所詮サフィヤは学生だ。風を読み、風を待つしかできない。

 ダイニングテーブルを指でたたく。やっと雑誌に眼を通し、顔をしかめた。無意識に手に取ったそれは『ザ・クィブラー』で、少し前まで、ハリー・ポッター擁護派だった。

「……言わんこっちゃない」

 紙面に躍る『指名手配犯ハリー・ポッター』の写真を睨みつける。『ザ・クィブラー』は手のひらを返した。理由なんて明らかだ。筆を曲げるしかなかった。ゼノフィリウス・ラブグッドには泣き所がある。娘という泣き所。弱みが。

――ラブグッドが

 さらわれたか……下手をしたら殺されているか。締め上げてからろくに話してもいなかったし、帰省の特急でも会わなかった。接触する理由がなかったのだ。

 くそ、と小さく言う。娘のほうは穏和しくなったようで、サフィヤは安堵していたのに。ちょくちょく助けた意味がないではないかふざけるなよ。かなり苦労したのに。女の髪を切りたいやつがどこにいる。いやそれより……小部屋で……あれは未遂どころかやましいことは……。

「あーーーもう!」

 頭を抱える。「坊ちゃま!」とティルが叫んだが、それどころじゃない。

 娘も馬鹿なら父親も馬鹿か。ゼノフィリウスに、髪を切られて無惨な有様の娘の写真でも送って脅しでもかけておけばよかったのか?

 

 

 早めにホグワーツに戻ってみれば、城内はがらんとしていた。当然だろう。わざわざ危ないところに戻りたいやつなんていない。休暇終わりギリギリまで家にいたいだろう。サフィヤのように休暇を切り上げるのは単なる愚か者だ。

 さして多くもない荷物を寮に置き、手みやげ片手にまずはカロー兄妹の兄のほう、アミカスの室を訪ねた。新年の挨拶兼帰還の挨拶をし、スラグホーン屋敷からくすねてきた、上等な酒を差し出せばアミカスは大変喜んだ。喜んだついでに肩をばんばん叩かれた。

 お前も飲めと言われたので二つグラスを用意して、乾杯。口をつける振りをして、やたらと無駄に繊細で労力のかかる無言消失呪文でじわじわとグラスを空にした。アミカスが空にしたグラスにせっせと酒を注ぎ、おつまみもつくりとまめまめしく働き、時間をつぶした。しばらくして、アミカスが酔ってきた。お前は気が利くから助手にしたいんだがなあ……成人したら採用してやる。俺は教師という仕事があるから身の回りのことが、まあ妖精を使えばいいんだが、あいつらやたらびくびくしてうっとうしい、とアミカスは好き勝手言う。

 適度に怖がっているふりをしないとそれはそれで嫌なくせに、と内心であきれつつ、サフィヤは「先生はよくやっています」「穢れた血なんて無知蒙昧の野蛮人」「ホグワーツは正しく運営されるべき」「先生、酔ったでしょう」等々適当なことを並べ立て、アミカスの眼を見る。するり、と彼の心に入り込んだ。ぱらぱらぱら、と場面が飛ぶ。ちらりと見えたのは『例のあの人』か。どこかの屋敷……見覚えがある……。竜の紋……またも場面が飛ぶ。

『ポッターはまだかからないのか』

『別のやつがかかった』

 言葉が木霊する。

 からん、とグラスが揺れる。氷が音を立てる。黒いローブの影がいくつか。ゆらゆらと灯が揺れる。

『ラブグッドの娘』

 どうするベラ。この声はアミカスか。くつくつ笑って「ベラ」に呼びかける。

『あんたはリアイスの若造に構うので忙しいか』

 ああ、と低い声。ふ、と焦点が合う。黒髪の女だ。眼は灰色――ああなるほど、ブラック家の血が濃いのか……ベラトリックス・レストレンジ。『例のあの人』の副官。

『アミカス、あんたにくれてやってもいいよ』

――すかい、と「ベラ」は笑う。アミカスは鼻を鳴らした。

『小娘なんか、俺の趣味じゃないね』

 ベラ、あんたは若いのがお好みらしいが……あの方というものがいながら……。

『私と我が君二人がかりでも』

 あいつ、まだ壊れない。

 けらけらと「ベラ」が笑う――。

 

 次にアレクトの室を訪ね恭しく花束と酒と菓子を献上し、アレクトの愚痴につき合った。ちなみに、兄のアミカスはソファで爆睡している。酒に弱いという話は聞いたことがないし、いくらサフィヤを侮っていようと、酔って寝るなんて醜態を死喰い人がさらすだろうか……という疑問はあるが、寝ているならそれでいい。起きているとろくなことをしない。

 カロー兄妹は、休暇中に少しホグワーツを離れていたようだ。知ってますとはいわず、ふんふんと耳を傾ける。ベラが生き生きしていてうんざりらしい。まあ知ってる。ウィスタ・リアイスを嬲って生き生きしているのだろう。最悪だ。なんとか助けてやれないものだろうか……等々で心は乱れていたが、サフィヤは綺麗に隠し通した。愚痴を吐き出せてすっきりした顔のアレクトに見送られ、サフィヤは退出した。

 次に『変身現代』片手にマクゴナガルの室を訪ねる。「よく帰ってきました」と先生は歓迎の言葉を口にしたが、表情がそれを裏切っている。まともな教師なら、逃げてほしいと思うものだろう。そしてマクゴナガルはきわめてまともだ。『変身現代』の最新号が手元にきたので、先生よろしければどうぞと言い、サフィヤは席に就いた。卓の上に雑誌を広げる。

「まあ、ありがとう」

 マクゴナガルはにっこりして、細い指をページに置いた。

おそらく黒の息子は竜の館にいる

 と書かれた文が溶けるように消え『各家に草が入り込んでいます』と文が現れた。

「――教授のこの論はどういった解釈をすれば?」

 サフィヤは尋ね、ページをめくる。

彼は傷つけられています。保つかわかりません

 とん、とマクゴナガルの指がページを叩く。

情報は流しておきます。きっと特定は済んでいるのでしょうが、救出のためには準備がいります

彼らも動けないと?

 熱心に『変身現代』について語り合いながら、無言の意志疎通が図られる。

彼の捜索と救助に割ける人員は、そう多くないはずです

 つまり、最低限ということだ。サフィヤはマクゴナガルの、苦々しげな顔を見る。彼はグリフィンドール生で、つまりマクゴナガルの教え子だ。心配でたまらないのだろう。

ほかの人も捕らわれているかもしれません……先生がそう

 それとなくアミカスから探り出したことも匂わせた。

よくやりました

 既にリアイスが動いているなら、サフィヤの情報は無駄だったかもしれない。それでもほめてもらえたのはうれしい。

ラブグッドもいます

 付け加えた。マグル狩りに捕まった生徒もいるかもしれないとさらに書く。

 助けてくれとはとても言えない。死喰い人の機嫌次第では、虜囚がどうなるかわからないのだ。間に合わない可能性は十分すぎるほどある。

 

 やれることはやった。あとは結果を待つだけだ。休暇が明け、サフィヤはいつものように過ごした。段々と「運動」あるいは「反抗」は下火になりつつあった。

 せめてもの抵抗運動――カロー兄妹を挑発するだとか、マグルと魔法族は違わないなどの檄文を壁に書くだとか――の勢いが衰えたのは、純血と混血の間に微妙な溝があったからだ。カロー兄妹の授業でなにかしら失敗すれば混血は嘲笑され、悪くすれば罰則だ。たとえば死の呪文が使えない、鶏に磔刑の呪文を使えない、友達にかけた服従の呪文がうまく行かない、とか。

 彼らはこれみよがしに言う。これだから卑しい血が混ざっている者は。まあ穢れた血よりはマシだが。悪くすれば殴られる。そんなことではあの方のお役に立てないと。

 一方、純血が失敗しようが「軟弱者め」「仕方がない」で済まされる。多少ちくちく言われるがそれくらいだ。

 それが混血にはおもしろくない。カロー兄妹があえて格差を目に見える形にしたのかそうでないのか、サフィヤにはわからない。だが、一定の効果をを上げているようだ。純血、それもスリザリンの生徒への周囲の眼の冷たさときたら。もはやスリザリンすなわち悪だ。腹の内はどうあれ迎合のポーズとらないと危ないんだよと言ったところで聞いてくれないに違いない。

――君ががんばったところで

 報われるとは限らないよ。闇の魔術に対する防衛術の教室で、サフィヤはひそかにため息を吐いた。床には縛られたロングボトム。まだ懲りてなかったのか。

 四寮の六年生が集められ、ロングボトムを囲むようにする。する、というかそう指示された。アミカスは不機嫌極まりなかった。ここのところアレクトもそうだ。ある日出かけていって、どこの誰に八つ当たりされたのか、痣だらけ傷だらけで帰ってきた。もはや世話係になりつつあるサフィヤは呼び出され、治療するはめになった。カロー兄妹、なぜ医務室に行かないかというと、小言を言われて乱暴に治療されるからだそうだ。そしてなぜマダム・ポンフリーに暴力を振るって言うことを聞かせないかと言うと、変にへそを曲げられて治療拒否も困るからだそうだ。腕のいい癒者は貴重なので殺すべからずと「あの方」から通達されているようだ。

「今日は磔刑の呪文の実践だ」

 躾の授業と言ってもいいか。アミカスがにやりとする。彼の隣にはクラッブとゴイルがいて、ロングボトムを蹴っていた。

「今まで小鳥やらだったからな」

 サフィヤは唇を噛んだ。血を裏切る純血が躾されるなんて最高! という歓喜を顔に浮かべようとしても、さすがに無理だ。心はがっちり閉じているが、冷や汗までは制御できない。ついにこうなったか、というあきらめが胸にうずくまっている。苦労して抑えつけようとしたのに。

「やれ」

 アレクトが命じる。小さな悲鳴が上がった。誰かがもがくような音――ちらと見れば、飛び出そうとするグリフィンドール生をレイブンクロー生が押さえている。どちらの顔にも苦渋と怒りの色が濃い。

 ロングボトムの悲鳴が響く。まずはクラッブ。次にゴイル。

「よくやった二人とも。完璧な見本だ」

 喘鳴が聞こえる。ロングボトムが痙攣していた。アミカスは残忍な喜びに眼を輝かせていた。血の匂いを嗅ぎつけた鮫のようだ。誰かに痛みを与える機会を逃さない。それが純血ならなおさらいい。偉そうな連中を屈服させる喜びはなにものにも代え難い、と。

「おまえたちはなにもできやしない」

 ロングボトムが叫んだ。

「みすみす逃げられたものな!」

 その言葉がなにを指しているのか、正確に察した者は多くないだろう。クラッブとゴイルはうなり、アレクトは顔を真っ赤にした。サフィヤは守りの脆そうな――そしていくらかサフィヤに甘いゴイルの心を覗いた。ちらりと見えた光景。どこかの居間、息絶え絶えの誰か。ゴイルの父か。あの方が大層お怒りだ、殺されなかったのが幸運だ。不出来な死喰い人を呼び、それぞれ拷問……。

 ふざけるな。虜囚の番はルシウスとベラトリックスの領分……なんで関係のない……。

 悲鳴が響く。どす黒い顔をしたアミカスがロングボトムに杖を向けている。耳をつんざく悲鳴が、幾重にも木霊した。

 ◆

 磔刑の呪文の「実践」は警告には十分すぎるほどだった。純血ですらああなるのだ、とスリザリン生は震え上がった。ことさら言動を過激派寄りにし、カロー兄妹を逆なでしないように、八つ当たりされないように注意を払った。

 城内にはロングボトムに希望を見い出す者と、あいつも所詮純血だと言う者が混在した。後者の言い分だと、ロングボトムは純血だからこそ、磔刑の呪文で済んだのだという。混血なら殺されていてもおかしくないと。

――始末するまでいかなくても

 このままじゃ壊すかもしれないな。一応、建前上……もう笑ってしまうほどぺらっぺらな建前だが、ホグワーツは教育機関だ。スネイプ校長は「生徒への過度な罰則を禁じる」と命令を出している。ついでに「純血の血を流すべからず」とも。しかしなにを過度にするかは人による。カロー兄妹は死ななきゃいいんだろう派である。

 カロー兄妹の敵意はほぼロングボトムに向いている。ハリー・ポッターとウィスタ・リアイスが戻ってくるまで粘るつもりだろうけど、君も十分英雄的だぞと言ってやりたいくらいにがんばっていた。馬鹿も貫き通せば英雄だ。

 そうこうしているうちに、イースター休暇がやってきた。明けてみればジニーが城に戻って来なかった。身の危険を感じたらしい。

 これでラブグッドとジニーが欠けた。夜の見回りをしながら――まだ抵抗運動の火は消えてないのだ――サフィヤはあれこれ考える。ラブグッドは無事に逃げたようだ。おそらく、ウィスタ・リアイスも。クラッブの心を覗いてひとまずの確認はとれている。

――僕は

 心を閉じるのは得意だけど、開くのはさほどでもなかったはず。案外するっとできるものだ。なんとも嫌な技能だ。ろくに防御もしていない、隙だらけの心だから読めたのだろう。

 サフィヤは唸る。ロングボトムの抵抗運動に意識を戻した。そろそろ彼も詰んでくるだろう。教師がいくら罰則を回避させようが、いくら「まともな」スリザリン生や他の寮生がグラップとゴイルの手からロングボトムを逃れさせようが、限界が近づいている。

 もうロングボトムを軽く締めて穏和しくさせるのは無理だ、とサフィヤは割り切った。ならば医務室へ放り込もう。適当な罰則を口実に、入院するくらいの傷を負わせて務室にぶち込んだ。マダム・ポンフリーはたらたらと仕事をした。

 他のスリザリン生も、おそらくだがロングボトムをかばっている。あくまでおそらくだ。監督生ではないけど雑用を命じて拘束。嫌味を言いまくり罵倒。カロー兄妹は、哀れな奴隷のようなロングボトムを見て満足。彼ら直々の拷問を回避。

 性格が悪い、差別主義、世界の敵と言われがちなスリザリン生だが、暴力は嫌いなのだ。クラッブとゴイルが異質なだけだ。その証拠に、セオドール・ノットは我関せずだ。

 周囲に庇っていると思われない範囲なら、多少は手を出す。散々誰それの家が襲われたとか、マグル生まれが引きずり出されたとか、暗い話ばかりなのだ。スリザリン生は互いに腹を割って話したわけじゃないけれど、うんざりはしていた。「あの方」が完全に英国を支配すれば、純血だろうとなんだろうと危ない。生き残るには「あの方」の靴をなめる羽目になる。もはや「あの方」こと『例のあのひと』は不要だ。

 かしゃん、と音がする。考え込んでいるうちに玄関ホールにやってきていた。かしゃん、かしゃん。金属音が鳴り響く。乏しい明かりに浮かび上がる影。鎖に繋がれた生徒たちだ。

――嫌にもなる

 密かに手を回して、ロングボトムたちに味方しようとするスリザリン生が出るのは必然だ。一年生たちを鎖でつないでいるのだから。ロングボトムを賞賛するようなことを言ったという些細な罪で。カロー兄妹の振る舞いは、彼らが唱える野蛮で穢らわしいマグルと同じだ。

「もう少しだからな」

 囁き声。鎖の前にかがみこんでいるのが誰なのか、サフィヤはいちいち確認しなかった。足音を殺し、息を潜め、灯りの届かない暗がりへ。失神呪文を放ち、そいつはばったりと倒れた。

 小さな悲鳴と鳴き声。夜中に出歩き、正義感で突っ走ったあげくに失神しているそいつを蹴る。灯りがその顔をはっきりと照らした。マイケル・コーナー。レイブンクローの七年生だ。

 無言のまま、凍り付いている一年生たちとコーナーを見比べる。軽く杖を振り、コーナーの顔に切り傷をつけ、肩や腕も同じようにした。たらたらと血が垂れる。一年生がすすり泣く。もはやサフィヤは悪魔と思われていることだろう。ヒーローを倒した悪役だ。悲しい。

「お前たちがロングボトムを称えると、優しいお兄さんがこういう目に遭うんだよ」

 反吐が出そうなほど優しい声で語りかける。片手に握った杖で一年生をつつき、ポケットの中の杖に触れる。直後、一年生たちが身をよじり、涙をこぼし、叫んだ。

「もう帰りたい!」

「家に帰りたいよぉ!」

 眼の焦点が合っていない。大騒ぎに、カロー妹――アレクトがやってくる。

「どうしたって?」

 サフィヤは一年生の背を軽くたたきながら言った。

「意志薄弱なので、今回の罰則が大変堪えたようです。幼いので、恐怖は魂にまで染みこんだことでしょう」

 まともに話すこともできません。蔑みの眼を錯乱した一年生たちに向け、続けた。

「マダム・ポンフリーの診断次第ですが」

 親元に送り返したほうがよろしいでしょう。

 さすが仕事のできるマダム・ポンフリー。震え上がりろれつの回らない一年生たちを一目みて「自宅療養の必要あり」と断言した。サフィヤは「これだから純血思想も理解しない無知蒙昧が」等々暴言を吐きまくった。アレクトも「まあいいだろう」と許可した。

 ぐったりした一年生たちをマダム・ポンフリーが寝かしつけ、サフィヤを別室に案内した。

「顔色が悪いですよ」

「あんなうるさい猿を相手にすればね」

 誰のことかは言わない。猿のような一年生どもか、カロー兄妹か、好きなように解釈すればいい。

「すぐに親たちが迎えに来ます」

 それはよかった、とだけ言った。ああ、疲れた。一年生たちに錯乱の呪文をかけて疲れた。よく同時にかけられたものだ。たぶん、セバスチャン・サロウの杖がそういう方面に向いているのだろう。

「チビどもは邪魔になりますから」

 避難させる人間が少なければ少ないほどいい、という本音は言わない。サフィヤは悪魔のようなスリザリン生なのだ。まだ我慢だ。そろそろ辛いが。なんだあのチビたちの眼は。心が折れそう。

――頼むから

 そろそろなんらかの動きがほしい。

 切実な願いは、それからしばらくして叶えられた。

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