羊に転生した私と司くんのハートフルストーリー 作:Splite
ある時、スケートショーを見た。好きな作品とコラボしていたスケートショーで、スケート自体に興味はなかったけど、折角のコラボだから見に行った。スケートショーは良い席で見ようと思ったら想像していたよりも高かったけど、この機会を逃したら二度と見ることは無いから渋々払った。初めて生で見たスケートは、言葉で表せられないぐらい良かった。このシーンをこう表現するのか、とか、スケートでこのシーンを見るとこんなに良くなるのか、とか驚きがあった。ずっと滑らかに滑る綺麗さや、スピンやジャンプの迫力に心が踊った。
スケート自体にも興味が出て、よくスケートリンクに通うようになった。その時既に成人していて、クラブに通うとかましてや選手を目指すとかはなかったけど、元々スケートをやっていた友人に教わりながら基本的な滑り方を覚えることが出来た。自分の思うようにリンクを回れるようになった日の喜びは忘れることは無いだろう。
ジャンプなどは通っていたスケートリンクの規定上試すことすら出来なかったので、それだけが不満だった。そんな時だった。私が死んだのは。
死んだ時の事は思い出したくないから省くけど、とにかく私は死んだ。そして生まれ変わった。
今世の私は施設育ちで、とてもスケートなど出来なかった。けれど、前世、ジャンプを試すことすら出来なかった未練から毎日公園でジャンプの練習をするようになった。5歳からそんな事を続けて3年が経ち、陸の上でようやく三回転飛べるようになったそんな時、とある男の子と出会った。
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その日は、いつも通り公園でジャンプの練習をしていた。
「誰?」
声が聞こえた。その声の先を見ると、黒髪で無表情の綺麗な顔をした私と同い年ぐらいの男の子がいた。私が今世の名前を告げると首を傾げてどこの?と聞いてきた。私が通っている小学校の名前を上げると、不快そうに違う、と言ってきた。続いてスケートのクラブの事だと告げた。どうやら彼は私がどこのクラブに所属しているのか聞きたかったらしい。私は正直にどこにも所属していないと答えた。その返事を聞くとその男の子は来て、と言ってどこかへ歩いて行ってしまった。これは着いて行った方がいいのだろうか、迷っていると男の子が戻ってきてなんで着いてこないの?と怒った。どうすればいいか分からなかったと私が告げると舌打ちをしてまた歩き出した。今度こそはその男の子に着いていくと、その男の子はスケート場に入って行った。
スケート場に入るのにはお金が必要な筈だ。その男の子は何故か受付で何も払わず入場しようとしていたが、私はそんな事出来ない。
「私お金持ってない」
男の子にそう告げると、男の子は気にしなくていいと返事をした。受付の人をチラッと見るとこっちを向いて頷いたから、本当にお金は大丈夫らしい。もしかしたらこのスケートリンクは年齢によってタダなのかもしれない。もしくは、そういう特別な日なのかもしれない。そう自分を納得させた。
受付を通り過ぎたところで男の子に何cm?と聞かれたので身長を答えると、靴のサイズの事と怒られてしまった。自分の靴のサイズを答えると男の子は受付まで戻ってスケート靴を取ってきてくれた。その靴を受け取って男の子について行くと誰もいないスケートリンクに出た。前世ぶりのスケートリンクに感動していると、男の子がどこからか自分のスケート靴を履いて滑り出した。
その子の滑りは綺麗だった。滑らかで美しくて、夜の月のような静かさがあってそれでいて華があった。暫くその子の滑りを見ているとおもむろに目が合った。私にも滑れと言っているように見えて、私もスケート靴を履いて滑り出した。すぐに転けた。転けた理由はすぐに分かった。前世とは身長も体重も違うのに前世と同じ場所に重点を置いていたからだ。スケートで滑るためには今の自分の身長や体重合った一点を探さなければならない。前世で滑れていた経験もあり、その一点は十分もしない内に見つかった。男の子は私が滑れるようになったのを見るとジャンプを飛んだ。ジャンプの種類をあまりよく知らないが、三回転したように見えた。飛び終えると男の子は私を見た。やれと言っているのだろう。前世では試すことすら出来なかった氷上でのジャンプ。初めての経験に胸が高鳴った。助走をつけて跳ぶと陸上で出来たこともあり、あっさり三回転は出来た。ーー着氷で転げてしまったが。
陸上と氷上とで力の逃し方は違う。分かっていたが、いざ失敗すると悔しい。氷の中に力を逃す感覚でやっていくと、二十分と経たない内に転ばずに着氷出来るようになった。男の子はそんな私を見てニヤッと笑った。
ふいに後ろから拍手が聞こえた。いつの間にかスケートリンクの外に大人の男の人が立っていた。気になってその人の所まで行くと、純という人のコーチをしている人らしい。誰のことだろう、と首を傾げるとさっきまで一緒に滑っていた男の子がいつの間にか私の隣にいて、俺の事だよ、と言った。夜鷹純。それがこの子の名前らしい。
男の人は私にスケートの才能がある、と言った。クラブに入るべきだ、とも。正直に私は施設育ちでお金が無いと告げた。それを聞くとタダでもいいからスケートの指導をさせてくれ、スケートシューズ代やスケートリンク代も出すからと男の人は言った。そこまで出させるのは申し訳なかったし、試合としてのスケートに出ることにも興味がなかった。それに、前世では跳びたくとも練習すら出来なかったジャンプを跳べるようになって満足していた。男の人の誘いを断ると男の人は残念がっていて、横を見ると男の子ーー純は私を睨んでいた。
誘いを断ったとはいえ、日課になっていた公園でのジャンプ練習は続けた。三回転飛べたからといって途中で止めるのは気が引けると思ったし、何よりもう少し続ければ四回転跳べそうだったからだ。純は毎日公園に来て私の練習を眺めていた。恐らく既にスケート選手として忙しい毎日を送っている純にそんな眺めるだけの時間があって甚だ疑問だったが何も言わないので放っておいた。
純は数ヶ月に一回、私をスケートに誘った。初めての時と同じように来て、と一言だけ呟いて、ついて行かなかったら戻ってきて怒った。時々であれば私もお小遣いを貯めて少しだけだけどお金を出すことが出来たので、毎回来ていて見てくれていたコーチにそのお金を渡した。
コーチは私が何度断っても諦めることなく、勧誘を続けた。その熱意と、断った時の純からの殺意の籠った目線に負け、純と出会い二、三年が過ぎた頃、試合に出るのは一回だけという条件を組み込んで本格的な指導をしてもらう事になった。
プログラム用の練習は、今まで技ごとに行っていた練習と違い、続けて行わなくてはならず、更にそこに今までした事のなかったダンスの振り付けも加わり、毎日練習が終わる頃にクタクタになった。半年かけてバッジテスト5級まで取得し、次の大会でノービスA枠で出場することになった。その頃には三回転の成功率が90%以上になっていたし、4回転はサルコウなら成功率50%になっていた。二回に一回の成功率にかけて大会のプログラムでも四回転サルコウを跳ぶことが決まった。コーチはこれが飛べれば日本中がド肝を抜かれることは間違いないと言っていた。純は何も言わなかったけど、私が練習で四回転を飛んでいると、ギラギラした目で見てくるから、少しは期待してくれているのかな、と思った。勝負とか、ましてやそれで有名になる事とか興味はなかったけど、それでお金を出してくれたコーチや私を見つけてくれた純が喜ぶなら、頑張ってみよう。そう思った。
そして、当日。コーチや純と待ち合わせしている試合会場に向かう途中で車に轢かれて私は死んだ。
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目が覚めたら知らない天井だった。言葉を話そうとも発音できない。手足を見ようにも自由に首を動かせない。この不快感には覚えがある。どうやら今の私は赤ん坊らしい。また死んで転生してしまったのだ。
天井との間になにか透明な壁があるから、何か透明なカプセルに入れられているみたいだ。多分体重が足りなかった時に入れられるやつっぽい。そのまま天井を見ているとぬるっと女の人の顔が出てくる。びっくりして泣いてしまった。
「あら〜泣かないで〜」
焦る女の人には申し訳ないが、自分で泣き止めない。前も赤ちゃんの頃から記憶があったので分かるが、疲れたら勝手に睡魔が来て泣き止んでそのまま寝るだろう。
「もしかしてママに早く抱っこされたいの?私も貴方を早く抱っこしたいわ」
どうやら目の前にいるのは私の母親らしい。金髪ストレートのとても綺麗な女の人だ。前世は生まれてすぐ捨てられて施設に入れられたけど、ちゃんとしたカプセルの中に入れられているといることは今世の母親はちゃんと育ててくれる気らしい。前世の施設暮らしも別に不便では無かったが、精神年齢つられて母親や父親という存在を恋しがっていた時期があるから嬉しい。
「早くあなたに触れさせてね、羊」
こうして私の三度目の人生が始まった。