羊に転生した私と司くんのハートフルストーリー 作:Splite
私が転生してから三週間が過ぎた。ようやく適正体重になったのか、カプセルの中から出ることを許され、生まれてから初めて母親に抱っこされた。
「ああ、良かった。羊、生まれてきてくれてありがとう。お母さんよ」
お母さんは、私がカプセルにいた時、笑顔しか見せなかったが、低体重児として生まれてきたことが、不安だったらしい。抱っこされながら見るお母さんの顔は今にも泣きだしてしまいそうだった。
「ほら、貴方も抱っこしてみて」
お母さんが私を髭面の男の人に渡す。お母さんに比べて抱き方はぎこちなかったが、一生懸命頑張っているのが分かる抱き方だった。
「産んでくれてありがとう、芽衣子。生まれてきてくれてありがとう、羊。お父さんだよ」
どうやら、この男の人がお父さんらしい。カプセルに入れられていた時からお母さんと一緒に私の様子を見に来ていたからそうじゃないかと何となく思っていたけど、やはり当たっていた。お母さんが美人だったからどんなイケメンがお父さんなんだと身構えていたが、思ったより普通の人だな。もう少し大きくなったら二人の出会いを聞いてみたい。
「ほら、司くん。こっちに来て。羊よ」
お母さんとお父さんの他にも誰かいるらしい。声の方に少し首を傾けて見ると、少し離れたところに高校生か大学生ぐらいの金髪の青年が立っていた。どうやらこの青年が司くんらしい。お母さんかお父さんの弟だろうか。だとすれば、私からすると叔父もしくは伯父ということになる。司くんは戸惑っていたようだが、こちらまで歩いてきて、じっと私を見つめた。その様子に負けじと私とじっと見返す。
「抱っこしてみない?」
「えっ!!」
「この子が生まれたのは貴方のおかげでもあるのよ。抱っこしてあげて欲しいわ」
「そうだよ、司くん。抱っこして君の助けた命の偉大さを身に染みて感じてよ」
「でも俺なんかが…」
お母さんとお父さんが司くんに私を抱っこさせようとする。何も分からないがお母さんが言うには司くんのおかげで私が生まれたらしい。ということは私の命の恩人に当たるわけだ。是非とも抱っこしてほしい。その意を込めて手足を動かす。
「ほら、羊も抱っこしてほしそうだわ」
お母さんが言うと、司くんは観観したのかお父さんから私を受け取って抱っこした。さっきまで遠慮していたわりにはものすごく抱っこが上手い。抱く姿勢が安定しているのか、気持ちいいし、暖かい。恐らく司くんは基礎体温がこの中の誰よりも高いのだろう。油断すると寝てしまいそうだった。
司くんは私を抱っこすると感極まったのか、目に涙を浮かべながら言った。
「…っ!!生まれてきて偉い!息してて偉い!!俺に抱っこされても泣かなくて偉い!!」
何だこの人。生きてるだけで褒めてくれるbotか?初めてこのテンションの人に出会った。少しびっくりしたけど、面白い。さっきまでの眠気が飛ぶくらいには面白い。そんな感情が顔に出たらしい。口角が上がった私に司くんが叫んだ。
「笑顔が100億万点!!!!」
おもしろ。
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あれから数ヶ月が過ぎた。お母さんやお父さん、司くんが話をしているのを聞いていると、どうやら司くんは別に親戚という訳では無いらしい。私を妊娠していた時に気分の悪くなったお母さんを助けてそれからの仲だと言う。今はお父さんの会社でアルバイトをしているらしい。そう!私のお父さんは!社長なのだ!!とても大きな会社という訳ではなく、むしろ小さい方らしいがそれでも凄いと思う。
そして司くんはなんとアルバイトをしながらスケートを学んでいるらしい。クラブに通うお金がなく、団体のスケート教室に通っているらしいがそれでも凄いと思う。前前世にスケートショーを見て以来、するのも好きなのだが、それ以上に見るのが好きだし、スケート選手が好きだ。司くんは別に選手ではないが、それでも未来のスケート選手として目をかけておこう。いつか司くんの滑りを見てみたいものだ。
ところで、司くんは数日に一度我が家に来て私の世話を焼いてくれている。というのも、お母さんは身体が弱いらしく、私が退院してから毎日世話を焼いてくれていたが、二週間もしない内にぶっ倒れた。お父さんももちろん私の世話を焼いていてくれたのだが、仕事が忙しく長時間は無理だった。そこで選ばれたのが司くんだ。どうやら司くんには弟がいるらしく、その世話をしていたことがあったので抱っこも上手かったようだ。家族でない青年に世話をされるのは少し恥ずかしいが、司くんにアルバイト代がきちんと出ているようだし、司くんがスケート出来るように私も我慢しよう。
「羊さーん、おしめ変えましょうね」
噂をすれば司くんだ。私はこの時間が一番苦手だ。前世はともかく前前世は成人した記憶があるので、お母さんやお父さんはともかく、関係ない他人に、しかも男の人に自分の秘部を見られるのは抵抗があった。先程は司くんのスケートのために我慢しよう、と言ったが、私にもプライドはある。足をバタバタさせて精一杯抵抗させてもらう。
「羊さんは本当におしめ替えが嫌いだなぁ」
そんな私の抵抗も虚しく、司くんはスルスルとオムツを取って、新しいオムツに変えていく。いつも思うが、赤ん坊とはいえ抵抗する力は強い筈なのだが、それを意にも介さず、受け止めて、オムツを変える司くんは凄いと思う。まぁ、だからこそ私も抵抗してしまうのだが。
「よし、おしめ替え終わり!今日も嫌いなおしめ替え頑張って偉い!」
司くんは何かをやり終える度、大きな声で私の事を褒めてくれる。むず痒いが、素直に受け取っている。というか、ちゃんとした言葉を話せないので受け取らざるを得ない。まぁ、この場合偉いのは私というより、私が抵抗してもちゃんとオムツ替えを完遂させる司くんじゃなかろうか。よし、喋れるようになったら今度は私が司くんを沢山褒めるんだ。
ちなみに、司くんとの時間でいちばん嫌いなのはおしめ替えだが、一番好きなのはミルクの時間だ。本来なら母乳の方が良いのだろうが、お母さんは身体が弱いので無理せずミルクを、という事に病院でなったらしい。私としてもお母さんの乳を吸うのはなんだか罪悪感が凄いので、ミルクでありがたい。
司くんはミルクをあげるのが上手で、ミルクを上げる時に片手で私を抱っこする時の安定感が凄いし、哺乳瓶もちょうどいい角度に傾けてくれるし、飲み終わったあとゲップを出す時に背中を押す強さも丁度いい。司くんにミルクを飲まされていると、すごく大切にされているような感じがして、なんだか心が暖かくなる。それと同時に眠気が来るのだが、いつも大きな声で司くんが、ミルクちゃんと飲めて偉い!げっぷして偉い!と褒めてくるので目が覚めてしまうまでがセットだ。
司くんの話ばかりしているが、お母さんとお父さんもきちんと私の世話をしてくれている。
お母さんは私が眠たくなるようにすごく綺麗な声で子守唄を歌ってくれるし、私に沢山絵本を読み聞かせてくれる。絵本の絵を一緒に見ながらお母さんが読むというより、お母さんが絵本を読んで声だけ聞いてる感じだ。普通の赤ちゃんなら読み聞かせにはまだ早いが、私は寝る以外暇してるのでこれが案外助かっている。だけど、さすがにかちかち山や、さるかに合戦は赤ん坊どころかある程度の年になるまであまり読み聞かせ無い方がいいと思うんだ。小さい子には少し残酷な気がする。うん、まぁ、そんな童話が残って絵本になってるのが悪いんだけど…。
お父さんは私を笑わせたいのか、変顔ばかりしてくる。これがわりと傑作で、毎回笑ってしまう。他にも事ある事にぬいぐるみを買ってきてくれて、私が寝ているベビーベッドの横に台を置いて並べてくれている。最初は一匹二匹だったが、どんどん増えてきてベビーベットを囲うようにぬいぐるみが置かれるようになり、司くんが流石に邪魔だと怒っていた。ちなみにこれ、私だから良いが本当の赤ん坊だったら流石に並べすぎて泣いている気がする。
そんな風に綺麗だけど少し抜けてる病弱なお母さんと、これまた抜けてるお父さん。そして私の世話を焼いて褒めまくってくれる司くん。前世で施設暮らしだった分、家族という存在が暖かくて毎日幸せに赤ん坊ライフを送っている。