ゆきて帰れぬ騎士かたり   作:水風浪漫

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ゆきて帰れぬ騎士かたり

 

 神はいる。

 しかし神とコンタクトがとれたとして、こちらの願いが届いたとして、それが良い結果に繋がるかはまったく別の話である。

 

 夜空に見つけた流れ星。

 それが神さまへ通じる道だった。

 

◆※◇※◆※◇※◆

 

 気が付けば粗末なあばら家の埃っぽい床に横たわっていて、知らぬ間に着せられた鎧と傍らに転がる大槍と大楯、僅かな金銭の入った袋だけが神からの餞別だった。

 

 日々の生活に疲れてしまい、自然の中でリフレッシュしたいという(ささ)やかな願いを流れ星に三度繰り返しただけだった。

 

 軽く触れただけでガタついた机の上には、青年のこれまでの頑張りを労る言葉と「思いきり大自然と触れ合って元気になってほしい」といった旨が「願い星の神さまより」という送り名と共に記された、可愛らしい便箋が一通置かれていた。

 

 状況に理解が追いつかず、窓から顔を出して人々で賑わう大通りを見下ろしてみたり、わけもなく狭い部屋の中を歩き回っては自分の腕を引っ掻いてみたりもしたけれど、四時間ほどもそうしていれば嫌でも今の状況が白昼夢ではないと突きつけられ、理解(わから)せられる。

 

 手紙の内容を鵜呑みにして信じるのであれば、あまりに受け入れ難い現状は願い星の神さまの手によるもので、それは青年の祈りに端を発するらしい。

 神さまは善意で青年をこの世界に送り込み、自然との触れ合いを満喫できるように本来の体とは別の体と道具を与えてくれた。

 

 願い星の神さまは、手紙を読んだ限りだと心優しい神さまだ。

 

 違う世界にも早めに馴染めるようにという心遣いから、青年が直近まで遊んでいたゲームから願いに相応しい「世界」を選定し。

 自分に出来ることや得意なことが分からずに迷ったり、戸惑うことが少なくなるようにという親切心から青年が──彼の分身(アバター)、〝猛き炎〟の〈ノーチラス〉が使っていた「装備」をそのまま餞別にプレゼントしてくれた。

 

 地獄への道は善意で舗装されている、とはどこで聞いた言葉だっただろうか。

 親愛なる願い星の神さまは、日々の暮らしに僅かな癒やしを求めただけの青年を見事、モンスターが跋扈する原始的大自然へ送り出されてしまった、哀れで孤独な男へ変えしめたのである。

 

 しかし安心してほしい、散々っぱら伝えたように願い星のは親切な神さまであるからして、元の世界へ帰りたいときはどうすればいいかもしっかりと手紙に書き残してくれていた。

 満足して帰りたくなったら神さまのお友達の()()()()()()()()に伝えれば、神さまに伝言を伝えてくれるらしい。

 

 ……かくして青年は名を捨て、ノーチラスと名乗りモンスターハンターの世界へ足を踏み入れたのであった。

 

◆※◇※◆※◇※◆

 

 扉のない石造りの入口を抜けると、喧騒に満ちていた酒場が静まり返り、連中の視線が一斉にこちらへ向けられる。一瞬の後、再び喧騒が戻り狩人たちの視線は手元のジョッキに向けられていた。

 瞬きほどの時間ではあるが、なんとも言えないこの感覚にはいつになっても慣れることがない。

 

 大荷物を他の人にぶつけないように進んでいくと、カウンターの内側に立つ受付嬢の笑顔が目に飛び込んできた。

 

「おかえりなさい、ノーチラスさん。 久しぶりの〈角竜〉はどうでした?」

「ガレオスに邪魔されてひやっとする時もありましたけど、何とか無事に倒せましたよ」

「毎回それ言ってません? もしかして面倒がってテキトーに喋ってませんか?」

「いやいやいや。前回はゲネポス、今回はガレオスに邪魔されたんですって。大物狩りの時はどうしても小型の討ち漏らしが出るんですよ」

 

 そう伝えてもベッキーは微妙に冷たい目線を向けてくる。ノーチラスは弁明しようにも事実しか言ってないのだから、どうしようもない。

 何となく気まずくて、話題を変えようと背負っていた大袋をカウンターに乗せ、ベッキーに差し出した。

 

「確認、お願いします」

(かしこ)まりました」

 

 即座に顔つきを変えたベッキーは真剣な眼差しで袋を受け取ると、袋の方を滑らせるようにして慎重に中身を取り出した。

 現れたのは長さが一メートルにもなるだろう、捻れた角竜の角が二つ。〈角竜〉ディアブロスの討伐証明として持ち帰って来たものであり、今回は片方を依頼人の取り分として納める契約になっている。

 

「〈ねじれた角〉たしかに確認しました。依頼達成、お疲れ様でした」

「ありがとうございます」

 

 ベッキーに(なら)ってモンスターを狩猟した証である角に静かに頭を下げ、カウンターの下から取り出された依頼書にサインをする。これで本当の意味で依頼完了だ。

 余った角はノーチラスの取り分になるのだが、既に角竜の角はストックがあるので今回はギルドへ売却することにした。

 

「アプトノスのステーキを一つ、トッピングに西国パセリと猛牛バターをお願いします。あと、パンも一つ」

「飲み物はどうしますか?」

「いつも通り水でお願いします」

「はーい、それじゃ少々お待ちください」

 

 「アプトノス1! 西国パセリと猛牛バタートッピングとパン!」と厨房へ大声で注文を伝えるベッキーに軽く頭を下げつつ、カウンターを離れる。

 どこか()いてる席は無いかと酒場を見渡せば、()いているのは一番奥のテーブルが一つだけだった。

 いつもと変わらず声が大きく騒がしい。何がそんなに面白いのか、豪快な笑い声とジョッキをぶつけ合う音がそこかしこから聞こえてくる。

 ここで数分も過ごしてから市場に行けば、活気よく客を呼び込む商人たちの声が弱々しいケルビの泣き声のように聞こえることだろう。

 

 先に運ばれてきた水で喉を潤すと、ノーチラスは息を吐いた。

 中身が溢れるほどの勢いでジョッキを打ち鳴らし、ビールを流し込む同業者たちの姿も最初は戦々恐々と見ていたが、今ではすっかり日常風景である。

 

 この世界、知っているようで知らない世界に来て早数年。ノーチラスは単独(ソロ)のハンターとして生計を立てていた。

 願い星の神さまに送り込まれたのは、大陸西側のシュレイド地方で最も多くのハンターが集まる〈ミナガルデ〉という街だった。

 

 この世界に来た最初の日。

 長い時間をかけてどうにか激しい困惑から立ち直った後、空腹に耐えかねたノーチラスは硬貨の種類も分からないまま市場に足を運び、やっとの思いで手に入れ果物を片手に一日中聞き耳を立て、行き交う人々を観察して情報をかき集めた。

 神さまからの贈り物である騎士鎧とランスは明らかに目立っていたし、怪しまれて警察的な存在に突き出されたりすれば、その時点で死に繋がる可能性を考えてしまって……道行く人々に直接ものを尋ねることすら避けて、少しでも怪しまれることなく情報を手に入れようと必死だった。

 

『いつの間に街に入った?』『気がついたら居ました』

『どこから来た?』『分かりません』

『この鎧は何?』『神さまからの贈り物です』

『怪しすぎるので装備は剥奪、牢屋で裁きを待て』『許してぇ……(震え声)』

 

 結局、ミナガルデには警察のような治安維持組織は無く、街への出入りも自由だったので取り越し苦労だったのだが、当時は真剣に危惧していたのだ。

 

 こっそり買い物する人の手元を観察して、硬貨がそれぞれ何ゼニーを意味するのかを解き明かし、商人達の客引き言葉からミナガルデという街の名前を知り、自分と同じような武器を背負った人達の後をつけてギルドの〈集会所〉と思しき場所が〈酒場〉であることを突き止めた。

 そして辺りをキョロキョロ見回しながらおっかなびっくり酒場へ近づいていく、明らかに新人っぽい少年に追従して酒場へ足を踏み入れ、その子に続く形でハンターズギルドへの登録を行った。

 

 偶然その少年を見つけることがなければ、ノーチラスがハンターズギルドに登録するまでどれ程の日数を要したかは定かではないが、手持ちの資金が切れて食うに困るようになるまでは登録しなかっただろう。

 そもそも、ハンター活動にギルドへの認証が必要だということは何となく知っていても、何処でどうやって認証を得るのかについては完全に無知だったのだ。その上で見るからに荒くれ者の巣窟であるハンター酒場の門をくぐり、手順が正しいかさえ分からずにギルドに登録したいと伝えるなんてことが、当時のまだ現代日本の一般人メンタルだったノーチラスに出来ただろうか……?

 

 初仕事で生き物を殺すことを躊躇ってしまい、時間を稼ぎ、我が子を守らんとするアプトノスに殺されかけたのも今となっては懐かしい思い出だった。

 

 シュレイド地方、西シュレイド王国領に位置するミナガルデはハンターズギルドによる自治が敷かれた、ハンターのハンターによるハンターの為の街だ。

 西シュレイドのハンター達を相手に人々が商売を始めたのが成り立ちの端緒(たんしょ)となっているこの街には、狩人としての高みを目指すハンターだけではなく、飛竜狩りによって(もたら)される貴重な品々を求める商人までもが各地から集うのだと言う。

 ……しかし〈ポッケ村〉〈カムラの里〉〈エルガド〉しか知らないノーチラスには〈ミナガルデ〉は完全に未知の土地だった。唯一〈シュレイド〉という単語には聞き覚えがあったが、本当にそれだけだ。

 

 当時、ノーチラスはハンターズギルドを公的な組織だと誤解していたが、実際は王国から〈ハンター〉という戦力を危険視されて公認を受けられていない〝未〟公認ギルドであった。ギルドとしては王国と良好な関係を築きたいので、非公認ではなく未公認なのが肝心らしい。

 そんな理由(わけ)で実質的に王国の統治が及ばない街であるミナガルデには、方々から様々な事情を抱えた人々が集まっているらしい。お尋ね者でもギルドの規律さえ乱さなければハンターとして生きていけると言うのだから、そりゃあハンターにガラの悪い連中が多いのも納得だった。

 

 現代日本とは何もかもが違う環境には散々苦労させられたし、チンピラ同然の同業者は何度ぶち殺してやろうと思ったことか。

 しかし、そんな懐の広い環境のおかげで今日の彼があるのもまた事実なのだ。

 

 ノーチラスが過去に思いを馳せながらチビチビと水で唇を濡らしていると、一瞬あたりから喧騒が消えた。

 おや? と入口に視線を向けると、見覚えのある一団が酒場に入って来た所だった。

 

 〈砂竜〉ドスガレオスを狩って来たのだろう。ベッキーが凛とした表情で大きな砂色の背ビレを査定している。

 ミナガルデ周辺の狩猟区でドスガレオスが生息しているとなれば〈デデ砂漠(旧砂漠)〉だろう。偶然にもノーチラスがディアブロスと戦ったのも〈デデ砂漠〉である。

 もしかすると結構近くで狩りをしていたのだろうかと思い(ふけ)っていると、手続きを終えた一団はおもむろにノーチラスの方へ近づいて来た。

 

「他に()いてないし相席でいいわよね?」

 

 問うや否や、長い金髪を靡かせる少女はドスンと椅子に腰を下ろした。同時にカウンターから持ってきていたビールジョッキが机を叩き、盛大に飛び散った黄金色の液体がノーチラスの鎧に跳ねた。

 腕と腰、脚部にのみ赤い竜鱗の〈レウスシリーズ〉を装備し、頭部は素顔のままで胴部は無防備なインナーダブレットのみという一風変わった装いの少女。その背中から下ろされた〈角竜〉の尻尾をそのまま加工したようなハンマー〈ブロステイル〉が、鈍重な音を響かせてテーブルに立て掛けられる。

 歳の頃は十四〜五くらいだろうか。幼さを残しつつも美しい顔つきをしているが、その瞳は周囲を威圧するようだった。容姿の割りに大きな胸にはさらしも巻いてないようで、彼女が動く度に僅かに揺れているが、それを気にするような素振りもない。 

 しかし、もしも胸元に視線を奪われるようなことがあれば、兜越しの視線であっても即座に気が付くだろうと確信が持てる程には腕の立つハンターでもある。

 それがエルメリア・フランポートという少女だった。

 

「答える前に座ってるじゃないですか……」

「なに、断るつもりだったわけ?」

「そんなことは無いですけど、一言待つくらいしてほしいかなと。あとビールも跳ねてますし」

「OKするなら先に座っても同じでしょ。ほんと、相変わらずネチネチ細かい奴」

「……すまない」

「……気にしてませんよ」

 

 ノーチラスの固定された笑顔を見て、少女の隣に腰掛けた(いかめ)しい顔つきの男が口を開いた。

 身長は優に二メートルを越えているが、これくらいの体格はハンターには珍しくない。

 しかし、着用している防具は別である。

 エルメリアのハンマーと同じ〈角竜〉の素材を用いた重厚な鎧。甲殻を素材とする左右の肩当てから周囲を威圧するように生えている巨大な角は非常に目を惹いた。

 同じ〈ディアブロシリーズ〉の兜の隙間から覗く目尻には深い皺が刻まれているが、僅かに見える首の太さは頭の幅とほぼ変わらず、間違っても老体のそれではない。

 そして背負った雄火竜の火槍はこの男、ガノン・ドノンがノーチラスと同じランス使いであることを示していた。

 

「ドスガレオスを狩りに()っていたのですか?」

「……ああ」

 

 同じ獲物を武器としているが、寡黙で自分より遥かに人生経験が豊富そうなガノンのことがノーチラスは少し苦手だった。

 エルメリアに対して過保護な点を除けば悪い人物ではないのだが、必要以上には口を開かない姿が長らく会えていない父と重なって見えるからだ。

 

「申し訳ありません。今さら言うまでもないと思いますが、お嬢さんに悪気はないんです。どうか気を悪くなさらずに」

「それはもちろん。どうぞ、フラディオさんも座って下さい」

「あぁ、ありがとうございます」

 

 口の重いガノンに代わってフォローに回ったのは、幼くも恥ずかし気なくボディラインを露わにしているエルメリア以上に異常な装備に身を包む男、フラディオ・ハートだった。

 全身をガンナー用〈ゲリョスシリーズ〉で統一しているだけならばともかく、ゲリョス素材との密着感を楽しむためと言ってインナーを着用せずに鎧を素肌に直着しており、さらに胴鎧は装備せず常に上裸というのは、控えめに言って変態だ。

 死刑執行人を連想させるデザインの〈ゲリョスキャップ〉が無ければ少しはマシかもしれないが、以前の自分であれば決して近付こうとは思わない相手である。

 

「ただ、一回強く言った方が良いんじゃないかとは思いますけどね。この先、他の誰かと組む必要が出た時きっと苦労しますよ」

「それは、まぁ、ガノンさんにお任せしましょう」

「………」

「なに? 文句あるなら私に直接言いなさいよ!」

「言ったら言ったで怒るじゃないですか……」

 

 ヘビィボウガン使いのフラディオ・ハート。

 ランス使いのガノン・ドノン。

 そして彼らを率いる、若きハンマー使いのエルメリア・フランポート。

 

 彼女らはここミナガルデのギルドでは唯一、ノーチラスと並ぶ位階に立っているハンターである。

 何度か共同で依頼を受けたことがあり、それ以来、こうして気安く関わることが増えた。

 少々気が短く、荒くれ者が多いハンターの中でも手が出るのが早い方という点に目をつむれば、中々ハンターズギルドの雰囲気に馴染めず、あまり周囲と関わりを持っていなかったノーチラスにとって、エルメリアとその仲間たちは気軽に接することができる貴重な相手だ。

 

「ドスガレオスということは砂漠に()っていたんですよね? 私も砂漠でディアブロスを相手にして、先程戻ってきたばかりなんですよ」

「ふぅん……どうせまた、イーオスにでも邪魔されて危なかったって言うんでしょ」

「惜しい、今回はガレオスです」

「あっそ。何でもいいけど、アンタもいい加減に単独(ソロ)なんて()めたら? そのうち笑い話じゃ済まなくなるわよ」

「私と組んでも大丈夫な人がいれば良いんですけどね。何故か皆さん一度一緒に狩りをすると、それからは誘っても断られてしまうんですよ」

 

 どうしてでしょうね、とノーチラスがため息を漏らすと、口の周りに泡のヒゲをつけたままエルメリアが呆れた様子で言った。

 

「前にも言ったけど、誰も彼もがアンタみたいにタフな訳じゃないのよ。アンタを基準に動かれちゃあ、ついていくだけで精一杯」

「しかし、エルメリアさん達とは問題なく連携が取れるじゃないですか」

「私達を基準にされるのは結構ですが、それはそれで勘違いの元になるんですがね。これでも腕の立つ方だという自負はありますので」

 

 マスクを外さずビールを飲んでいたフラディオがストローから口を離して言った。彼の言葉に同意するようにガノンも無言で頷いている。

 

「そうね、あたし達を除いて、ね」

「ならエルメリアさん達のパーティに入れて下さいよ」

「嫌よ、囮役のランス使いはガノンがいれば十分だし。いくらあたし達が攻撃的な編成とは言っても、アンタの狩りに付き合ってたら命がいくつあっても足りなくなるわ。

 もし本当に組みたいなら戦い方を改めてもらうしかないけど、改める気ある?」

「あると思います?」

「話は終わりね」

 

 そうして話題が切れると、タイミングを見計らっていたかのように注文していた食事が運ばれてきた。

 エルメリア達よりも先にオーダーを通していたノーチラスの料理も同時に運ばれてきたのはご愛嬌。せっかく卓を共にしているのだからと気を回したベッキーの心遣いである。

 ノーチラスは注文もしていないのに届けられたビールジョッキを掲げてベッキーに感謝を伝える。

 

「それじゃあ──」

 

 それを見届けてからエルメリアは、小柄な彼女が持つと普段よりも大きく見える二杯目のジョッキを手にして、周りの皆に見えるように掲げた。

 

「ドスガレオス討伐の成功を祝って!」

 

 そこで言葉を止めてノーチラスの方へ視線を向け、言葉を続けるように顎で促した。 

 

「ディアブロス討伐の成功を祝して!」

 

「「「──乾杯!!!」」」

 

 色々と慣れないことも多いが、ハンターのこういった明朗快活な文化はノーチラスも嫌いではないのだった。

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