ゆきて帰れぬ騎士かたり   作:水風浪漫

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サバ読みのノーチラス(エルメリア視点 02)

 

「古代文明の武器?」

「噂くらいはご存知でしょう? たしか武具工房の目録(カタログ)にも、想像図でしたが幻の武具としていくつか載っていたはずです」

 

 竜車に蔓延していた刺々しい空気がなくなったことで、エルメリアとノーチラスは会話が出来るだけの余裕を取り戻していた。

 顔合わせ早々に関係が拗れて碌に会話を交わしていなかったので、会話の中で自然と、互いにどうして火山に向かっているのかが話題に上がっていた。

 

 〈鎧竜〉の討伐依頼を受けて遠方のラティオ火山に足を向けているエルメリアは、大方(おおかた)ノーチラスも何かしら採集の依頼でも受けているのだろうと思っていたのだ。

 

 誰もが知るように火山地帯は極めて過酷な環境である。小型の鳥竜種では最も危険とされるイーオスが生息しており、ここ以外では見かけることの少ない小型飛竜のガブラス、油断禁物でお馴染みのランゴスタやブルファンゴも生息している。特にそこかしこに溶岩の流れる火山地帯では、ブルファンゴの突進が文字通り死に直結する危険性もあった。

 HR.5-木こり(ウッドマン)のノーチラスが足を踏み入れるには早すぎる場所だと思った──事実、エルメリアは今回の依頼までガノンから立ち入りを禁止されていた──が、ハンターズギルドに登録して依頼を受けている以上は玄人(プロ)なのだ。 

 それが報酬なんて無いに等しい素材ツアーだったとして、そこで何が起ころうともその結果はノーチラスだけのものであり、仲間でもないエルメリアが口を挟むことでは無い。

 

 実際、エルメリアの予想通りノーチラスが受けた依頼は素材ツアーだった。

 しかし、その目的とするものは普通ではなかったのだ。

 

「古代に滅んだ文明が当時の大戦で使っていた武器。それがエルデ地方の火山地帯、つまりはラティオ火山に埋まっているという噂を聞いたんですよ」

「〈ブレス・コア〉なら私も知ってるわよ。ハンマー使いなら一度は憧れる物だし……けど、あれは単なるお伽噺じゃないの?」

 

 古代文明の遺産の実在を確信しているかのようなノーチラスの口ぶりに、エルメリアは困惑を隠せなかった。

 今の時代より遥か太古に栄え、それでいながら現在よりも遥かに優れた技術を持っていたとされる文明があったという話自体は、エルメリアも何度となく耳にしたことがある。

 それは街に訪れた吟遊詩人の詩だったり、酒場で飲んだくれているハンターの与太話だったり、武具工房で炉の熱にやられた鉄ジジの語るお伽噺(とぎばなし)の中だったりと、聞いた場面は様々だ。

 

 特にエルメリアがハンターになる前。

 狩りに出たガノンの帰りをいつも待っているだけだった頃、度々(たびたび)暇つぶしに足を運んでいた武具工房で話し相手をしてくれていた三つ子の親方たち、そのうちの一人である鉄ジジが聞かせてくれたそれを、当時の幼いエルメリアは興味深く聞いていたものだ。

 人には想像もつかないほど長い時を生きた竜人だけあって語り口は軽妙で聞き取りやすく、時間を持て余してどうしようもなかったエルメリアに彼らの体験した実話から嘘か本当かも分からないくだらない話まで、数多くの物語を教えてくれた。

 

 古代に起きたとされる竜と人間の大戦。その戦いで使われた武器が、今も世界のどこかに眠っている……。

 いつにも増して鉄ジジが息を荒くして語っていたので、エルメリアもよく覚えていた。

 

 しかし、お伽噺はお伽噺だ。

 竜狩りの物語への憧れからハンターの世界に足を踏み入れたという者は珍しくないが、一歩間違えれば命の危険が掃いて捨てるほど転がっているこの世界で生きていく為には、いつまでも空想に浸ってはいられない──そう、エルメリアは考えていた。

 

「お伽噺ではありません。太古の塊……古代の武器は実在するんです」

「えらく自信満々だけど、なんか根拠でもあるわけ?」

「それは……色々な人からそう話を聞いたからというか、私が信じているからというか……」

「つまり、無いってことね」

「い、いやっ! 違います!」

 

 これ見よがしにため息をついて呆れたように首を振ったエルメリアに、ノーチラスが焦ったように他の理由を並べ立てるが、そのどれも間違っても信憑性があるとは言い難いものばかり。

 

 ノーチラスが鞄から情報を纏めたらしいメモの束まで取り出してきたのを見て、エルメリアはちらりとガノンに視線を向けた。

 

(ねぇ、こいつ大丈夫なのかしら?)

 

 エルメリアの意図を読み取ったガノンは小さく唸るも、それだけだった。肯定も否定もない。まだノーチラスについて判断を下しかねているようだ。

 しかし、それはエルメリアも同じだった。

 

 先刻の〈潜口竜〉ハプルボッカの一件でノーチラスからハンターランクに見合わない何かを感じた気がしたのだが、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。

 だって、知らない文字が無数に書き込まれている地図を広げて話し相手(エルメリア)の反応も気にせずに話し続ける姿は、時折酒場で見かける遠大な夢を語る新米ハンターの姿まんまなのだ。

 

 いよいよどうやって手に入れたのか武具工房の目録(カタログ)らしき冊子まで持ち出してきたノーチラスに、不意にエルメリアはかつてガノンにねだって〝リオレウスを狩るハンターごっこ〟をさせていた昔の自分を思い出した。

 地図を指し示しながら、目を輝かせて途切れなく喋り続けるノーチラスの姿は、あの頃のエルメリアそのものだった。無邪気に夢を追い、竜狩りの物語に憧れ、空想の中で剣を振り回していた幼い自分。

 思い出しただけでカッと顔が熱くなり、目の前のノーチラスをまともに見ていられなくなった。恥ずかしさと苛立ちが混じり合って、胸の奥がむず痒い。

 このまま放っておけば、延々と話し続けそうな勢いだ。エルメリアはたまらず、ノーチラスの手から目録をひったくった。

 

「ちょっと、もういいから! これ、没収よ!」

 

 突然の手荒な行動にノーチラスが目を丸くして固まる中、エルメリアは冊子を手に持ったまま少し落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。

 ノーチラスはランス使いだ。なら、古代の武器に憧れるとしても、同じランスの〈アンドレイヤー〉が欲しいのだろうとエルメリアは勝手に推測していた。

 どんな想像図が描かれていたかは記憶にないが、ガノンがランス使いなので名前だけは覚えていた。それが伝説の黒龍さえも打ち倒せそうな格好良いランスなのだとしたら、ラティオ火山に挑むノーチラスの姿にも少しは納得がいくかもしれない。

 

「で? あんたが欲しいのは〈アンドレイヤー〉でいいのよね? ランス使いなら当然そこに行くでしょうけど」

 

 エルメリアが冊子をパラパラとめくりながら尋ねると、ノーチラスは慌てたように首を振った。

 

「いえ、違います。私が欲しいのは〈エピタフプレート〉です」

「〈エピタフプレート〉?」

 

 予想と違う名前にエルメリアは眉をひそめる。

 手元の目録を改めて見返すが、そこに〈エピタフプレート〉という名前はどこにも載っていない。代わりに目に入ったのは〈エンシェントプレート〉という別の名称だった。全体的にギザギザした三角形のイラストが描かれている。古代の大剣の一種らしいが、ノーチラスの言う〈エピタフプレート〉ではない。

 

「ちょっと待って。目録には〈エンシェントプレート〉しか載ってないわよ。大剣の話ならこれかしら? でも名前が違うし……」

 

 エルメリアが冊子を突きつけると、ノーチラスは少し気まずそうに目を泳がせた。

 

「あっ、それは……その、伝承によって名前が違ったりする、みたいな……?」

 

 情報の正確さによって、時に命さえ左右されるハンターとは思えない曖昧な答えに、エルメリアは再びため息をついた。やっぱりこいつ、夢見がちな新米ハンターそのものじゃないの、と。

 再び視線を横にやれば、ガノンも小さく首を振っていた。

 

◆※◇※◆※◇※◆

 

 目的地のン・ガンカには予定よりも二日も早く到着した。

 ジォ・ワンドレオを出発して初日に大型の海竜種に襲われるなんて大アクシデントがあり、驚くべきことにそれ以降もドスゲネポスとドスジャギィそれぞれが率いる群れの襲撃に遭い、更には立ち寄ったオアシスで〈水竜〉ガノトトスに遭遇するという不運に見舞われたものの、なんとか戦闘に発展することなく切り抜けた。

 元々、アクシデントでの到着遅延も計算に入れた日数だったそうだが、それでもエルメリア達は当初の規定日数分の報酬を得ることが出来た。

 

 道中モンスターとの戦いが連続したときは護衛依頼を受けたことを後悔しかけたが、後半は打って変わって穏やかな旅路となった。結果だけ見れば腕も鈍らず、ミナガルデの狩猟区では貴重なモンスターの素材も手に入ったので良いことずくめだった。

 

「では、私はこれで。お互いに上手くいくことを願ってますよ」

 

 それなりに長く一緒に居たのだからと、大剣使いの二人がノーチラスを誘ったので夕食を共にしていたのだが、ちょうどエルメリアが三杯目のビールを飲み終えた頃、ノーチラスがそう言って席を立った。

 かなり早めに食べ始めたこともあって、空はようやく夕日が沈み始めたばかり。休むには早すぎる時間だ。

 

 ン・ガンカは〈火の国〉と呼ばれる文化圏に属しており、シュレイド地方とはまるで違う文化が根付いている。

 その為、もしかすると観光がてら一人で村を見て回るつもりなのだろうかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 

「明日には火山に入る予定なので、今日は早く休もうと思いまして」

「はぁ? 休息日なしで挑むつもりなの?」

「出来るだけ長く挑戦したいので」

 

 素材ツアーと言えど依頼の形式を取っていることに変わりはない。そのため依頼の締め切り、つまりは火山に滞在できる期限は決まっている。とは言っても、ノーチラスの行いはやや行き過ぎている。

 ここ一週間ほどは竜車に揺られていただけだったとしても、自分が思っている以上に疲労は体に溜まっているものだ。

 アプケロスを狩ることで食事はそれなりの物にありつけていたが、長らくベッドで休めていないのは事実なのだから、狩猟区にはしっかりと休息を挟んだ上で足を踏み入れるというのが普通である。というか、常識だ。

 

「あんた……いや、何でもないわ」

「そうですか? ……では、お先に失礼します」

 

 流石に一言言ってやろうか、と口を開いたところで、エルメリアは考え直して言葉を飲み込んだ。

 この二週間の旅路の中で、良くも悪くもノーチラスが今回の挑戦に並々ならぬ熱意を持って臨んでいることは理解していた。

 どうして自分の専門ではない大剣の古代武器を求めているのかは教えてもらえなかったし、それ以前に新米ハンターのように本当かどうかも怪しい噂に夢を見ている始末だが、小型の鳥竜種ならば複数で襲われても手こずらず対処出来るくらいの実力は備えている。

 万全を期すのであれば一日だけでもしっかり休んだ方が良いなんてことは、当然ノーチラスも分かっているはずだ。その上で決めたことに、エルメリアが口を挟むべきではない。

 

(まぁ、危ないときは敵に見つかる前に逃げればいいだけよね)

 

 グラビモスを狩ろうという自分たちとは前提から違うのだとエルメリアは自分を納得させて、ギルドを出ていくノーチラスを見送った。

 

 翌日の朝。ギルドへ朝食を取りに行くと、既にノーチラスは狩猟区のベースキャンプに向けて出発した後だった。

 以前、(たしな)められる形でガノンから言われた〝血気に逸る〟とはまさにこのことね、とパンを口に詰め込みながら思う。

 

 変わった奴ではあったけど、悪い奴ではなかった。死なないと良いけど。

 

 ピッケルと食料を山ほど荷台に積み込んで()ったというノーチラスのことを思いながら、エルメリアはパンを水で流し込んだ。

 今日はこれから、狩りに使う道具の調達に行かなければならない。大タル爆弾Gの調合を失敗しない為に持参した調合書を読み直す必要もあるだろう。罠を作るためのトラップツールや麻痺袋も探して、万が一にも手に入らなければゲネポスを狩って麻痺牙を集める必要が出てくるかもしれない。

 火山に足を踏み入れる前に、やっておくことは山積みだった。

 

◆※◇※◆※◇※◆

 

 ン・ガンカでの三日間の休息は、エルメリア達にとって必要不可欠なものだった。狩猟区へ向かう前に道具を揃え、疲れを癒し、万全の準備を整えた。

 だが、いざラティオ火山に足を踏み入れ、〈鎧竜〉グラビモスとの戦いが始まると、その準備がどれほど心許ないものだったかを思い知らされることになった。

 

 戦闘が始まってから既に五時間以上が経過している。

 エルメリアとガノン、そして同行していた二人の大剣使いは、グラビモスを追い詰めては別のエリアに逃亡され、そのたびに罠を仕掛け、誘導し、攻撃を繰り返してきた。

 用意していた罠や大タル爆弾G、それらを追加で調合するための素材もすべて使い果たし、手元に残るのは僅かな回復薬と、使い込まれた武器だけだった。

 

 それでも一時は優勢に立っていたのだ。爆弾と罠の連鎖でグラビモスの腹部の厚い甲殻を砕き、大剣使い二人組の見事な連携による連撃が尻尾を叩き切った瞬間には、勝利が目前に迫っているとさえ感じられた。だが、その希望はあまりにも脆く崩れ去った。

 大剣使いの二人は既に戦死していた。一人はグラビモスの懐に飛び込み、弱点を突こうとしたが、不意に噴き出した睡眠ガスに意識を奪われ、助ける間もなく巨体に踏み潰された。もう一人はグラビモスの突進を大剣で受け止め、懸命に耐えたものの、勢いを殺しきれず溶岩の流れる崖へと弾き飛ばされ、赤熱した液体の中で溶けて消えた。二人の死はあまりにも呆気なく、エルメリアとガノンの士気を大きく削いだ。

 

 今やエルメリアとガノンの二人だけが、グラビモスに立ち向かっていた。だが、状況は絶望的だ。

 ガノンのランスは硬い甲殻への度重なる攻撃と、時折グラビモスの口から放たれる灼熱の熱線によって半ばからへし折れ、使い物にならないほどに損壊していた。

 それでも老練のハンターであるガノンは、折れたランスと角笛を手にグラビモスの注目を引きつけ続け、その隙を縫って、エルメリアがハンマーを振り下ろし、グラビモスの頭部や脚を狙い続けていた。

 

「ガノン、右に誘って! 頭をこっちに寄越せば一発叩き込んでみせる!」

 

 エルメリアが叫ぶと、ガノンは折れたランスを振り回し、グラビモスの巨体を挑発するように突いた。グラビモスが咆哮を上げ、エルメリアの方へ向き直った瞬間、彼女は全力でハンマーを腰溜めにすると、雄叫びと共にグラビモスの頭部へと振り抜いた。

 鈍い衝撃音と共に頭部の甲殻がひび割れ、グラビモスがよろめく。だが、それも一瞬のこと。巨体が再び立ち上がり、エルメリアを睨みつけるや否や突進を放ってきたのだ。

 

「ッ! お嬢様!」

 

 ガノンの悲鳴のような叫びが響き、遠心力を利用して連撃を叩きこもうとしていたエルメリアは咄嗟に足を止めて、転がるように回避行動を取った。

 グラビモスの突進が地面を抉り、溶岩が飛び散る。これまでであれば、時間をかけて突進から体勢を立て直していたグラビモスの巨体が、しかし即座に向き直り、再びエルメリアへと迫ってきた。

 今度は跳び退く猶予さえない。エルメリアはハンマーを構え、覚悟を決める。

 

 ガノンの振るうランスや、共に戦った彼らの扱っていた大剣とは違い、ハンマーはモンスターの攻撃を受け止めることを考慮した武器ではない。

 特にエルメリアは彼女自身の狩猟理論に基づいて、機動性と視界を確保するために胴鎧と兜を着用していない。そんな彼女がグラビモスの攻撃を真正面から受けるということは、死を意味していると言っても過言ではなかった。

 

 エルメリアが盾としてハンマーを構えるのではなく、迎え撃つように攻めの姿勢を取ったのは理屈ではなく直感的な行動だった。

 激烈な勢いで突進してくるグラビモスに合わせ、極限まで振り絞ったハンマーを叩きつける。

 並の衝撃ではないと覚悟していたが、しかしグラビモスの速さと重みは、エルメリアの予想を遥かに上回っていた。

 

 ガキンッ!

 ハンマーがグラビモスの頭部に激突した瞬間、凄まじい反動がエルメリアの腕を襲う。

 甲殻が砕け散る音が響き、渾身の横殴りで大きく進路を逸らされたグラビモスは、エルメリアの髪の毛を数本巻き込んで走り抜けて行く。

 しかし、エルメリアがそれを見届ける暇もなく、ハンマーの柄から悲鳴が上がり、金属が軋む音がした。

 そして、次の瞬間──柄が根元から折れ、ハンマーの頭部が地面に落ちた。

 

「嘘……!」

 

 武器を失ったエルメリアが呆然と立ち尽くす中、背後でグラビモスが咆哮を上げる。こんな状況でも、恐るべき竜の咆哮にエルメリアの身体は意思に反して硬直してしまった。

 その僅かな時間でグラビモスは巨体を半回転させ、紫煙の揺らぐ口からは赤熱した光が漏れ始める。

 

 その喉の奥に刺すような輝きを放つ光が見えた。

 戦いの中で幾度となく目にした熱線攻撃の前兆に間違いない。そう気がついても、硬直が未だ解けないエルメリアにはどうすることも出来なかった。

 

 今にも放たれそうな熱線に、エルメリアは己の死を予感する。逃げる時間も、身を隠す術もない。絶望が彼女の心を支配しかけたその瞬間。

 

 ───お嬢様!

 

 ガノンが叫び、エルメリアを庇うように飛び込んできた。ガノンは折れたランスを捨て、大楯を構えてグラビモスの前に立ちはだかる。

 次の瞬間、グラビモスの口から凄まじい熱線が放たれた。至近距離、真正面からの攻撃。ガノンはエルメリアを押し倒し、彼女を体の下に隠すように覆い被さった。

 

 轟音が火山全体を揺らし、熱風が二人を包む。

 エルメリアはガノンの下で目を閉じ、耳を裂くような轟音の中で骨が折れる鈍い音を聞いた。自分の体からか、ガノンからか、それすら分からない。

 熱線の威力は凄まじく、大楯越しにも熱が伝わり、息をするのも苦しい。いつ終わりが来るのか分からず、ただ暴虐が過ぎ去るのを耐えるしかなかった。

 

 だが、不意にグラビモスの悲鳴が響き、熱線が止んだ。

 逸れた熱線が二人の横を通り抜け、岩壁をガラス化させるほどの威力で溶かし尽くす。エルメリアはガノンに押しつぶされながらも、腕の隙間からその光景を目にしていた。

 これまで見た熱線攻撃では起きなかった現象だ。今の一撃はグラビモスにとっても、全身全霊を込めた渾身の一撃だったのだろう。

 

「ガノン……!」

「お嬢様……ご無事で……」

 

 荒く苦しそうな呼吸を繰り返しながら、ガノンが体を起こす。彼が決死の思いでエルメリアと熱線の間に割り込ませた大楯は激しく溶解し、溶けた鉄が地面と一体化してしまっていた。

 もはや盾としての機能を喪失している大楯から、それでもガノンは手を離さない。

 最早(もはや)、意識もほとんど手放しているのだろう。うわ言のように「お嬢様」と繰り返していたガノンの体からついに力が抜け、地面に倒れる寸前にエルメリアがその体を支えた。

 〈レウスシリーズ〉に身を包む二メートルを越える巨躯の重さに折れた肋骨が痛んだが、今はとにかく、一刻も早くグラビモスから逃げなくてはならない。

 

 熱線が止んで十秒ほど経っていたが、幸運にもグラビモスからの追撃はなかった。

 痛みに震える体を鞭打って立ち上がると、盾の向こう側。(ひら)けた視界の先には、驚くべき光景が広がっていた。

 

 肩口から激しく出血しているグラビモスと自分たちの間に、誰かが立ちはだかっているのだ。

 大楯と大槍を構え、背中になびく煤黒色のサーコート。黒く汚れた鎧が、溶岩の光を浴びて鈍く輝いている────ノーチラスだ。

 

「何であいつが……」

 

 エルメリアの無意識の呟きは、山全体を震わせるようなグラビモスの咆哮に掻き消された。

 目の前の乱入者を排除せんとするグラビモスの体当たり。単順な攻撃だが、そこにグラビモスの巨体と体重が合わさることで途轍もない破壊力を生み出している一撃だった。

 上位の中でも上澄みに属するガノンほどの実力があって、初めて受け切ることができるのだ。実際のランク以上の実力があるとは言えど、下位の中でも位階の低いノーチラスに受け止められる攻撃ではない。

 

 エルメリアは盾を構えた腕がひしゃげ、体ごと吹き飛ばされるノーチラスの姿を幻視し──響き渡った甲高い音に目を見張った

 先述の一撃を、ノーチラスはほとんど身じろぎもせず、完全に受け切っていた。

 エルメリアは眼前の現実が受け止められず幾度か目を(またた)かせたが、その間にも戦いは始まっていた。

 

 矢継ぎ早に放たれるグラビモスの攻撃を、ノーチラスは右手に構えた大楯で受け止めては、攻撃の合間を縫ってランスで反撃を叩き込んでいた。

 

 ランスを手にしたハンターが一番最初に身につけることになる最も基本的な動きだが、グラビモスを相手に文字通り()()()()()()に実行するとなると、あまりにも常識から外れている。

 熟練の大剣使いが力を溜めて放った一撃すら弾き返したグラビモスの甲殻を、しかしノーチラスのランスはまるでバターを裂くように貫き、切り裂いていた。

 小さな人間の身でありながら、グラビモスの猛攻を弾き返し、それどころか隙を見つけては一方的に攻撃を差し込む。攻撃が目前に迫る防御の一瞬だけ盾を構え、攻撃を弾くや即座に攻勢に転じる。

 囮として攻撃を耐えることを第一とするガノンとはまるで違う、綱渡りのような危うさを伴った、極めて攻撃的な戦い方だったが、その苛烈さが逆にグラビモスから睡眠ガスや毒ガスを噴射する余裕を奪っていた。

 余りの苛烈さに、攻撃を弾かれたグラビモスが逆に傷ついているような錯覚さえ覚えたくらいだ。

 

 狩りと呼ぶには、あまりに圧倒的だった。

 

 そして、ノーチラスのランスの穂先がグラビモスの左眼球を貫いた瞬間、これまでで最大の悲鳴が火山に響き渡った。

 たたらを踏んだグラビモスが後ずさり、ジリジリと溶岩の中へと後退していく。

 ノーチラスは構えを解かず、その巨体が完全に姿を消すまで警戒を続けた。さらに数分が経ち、グラビモスの逃亡を確信すると、ようやくランスを下ろした。

 

 その間にエルメリアは最後の一つだった回復薬を取り出し、僅かな量を自分の口に含んだ後、残り全てを自力で飲むことすら難しいガノンの口に流し込んで、効果が出るのを待っていた。

 回復薬の効果でじわじわと傷が癒えていく感覚があるが、本音を言えばさらに三、四本ほど飲みたい気分だった。しかしそれ以上に、自分を庇った結果、まだ意識の戻らないガノンに回復薬を使ってあげたかった。

 グラビモスが去ったおかげでガノンを地面に横たえることが出来たが、首元から見える鎧の下にも大きな火傷を負っていて、依然として呼吸も苦しそうだ。

 

 そんな満身創痍の二人へ、ノーチラスが歩み寄ってくる。

 ……そうだ、素材ツアーに行っていたはずのノーチラスなら回復薬、場合によっては回復薬グレートをまだ持っているかもしれない。

 

「ねぇ! ガノンが危ないの、回復薬を持っていたら分けて頂戴!」

 

 そう懇願し、可能な限り深く頭を下げる。涙交じりの泣き声のようなエルメリアの言葉にノーチラスは膝をつき、頭を下げ続けるその肩にそっと手を乗せた。

 

むぉだいじょぶれす(もう大丈夫です)そぉ、これをほやくつこってあげてくだはい(さぁ、これを早く使ってあげて下さい)

()? ……あ、ありがとう」

 

 エルメリアの声は驚きと安堵、そして()()に震えていた。

 なぜなら、甲冑に付いた煤を軽く払いながら、兜の面頬を上げて口元を露出させたノーチラスは何故か、鮮やかな青色の(きのこ)──アオキノコを口一杯に頬張っていたのである。

 

 しかし、茸を生で(むさぼ)る奇行を目の当たりにして混乱しながらも、エルメリアはガノンに追加の回復薬を飲ませることが出来たのであった。

 




キノコ大好きは神スキル、異論は受け付けません。
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