地の文だらけです。
ここ数日の間に何度繰り返したかも分からない採掘作業。空気が焼けるような暑さの中で、ノーチラスは黙々とピッケルを振り下ろしていた。
ギルド支給の地図に記されている採掘ポイントは、二日前に回り終えてしまっていた。予想は出来ていたことだ。そんな所に埋まっているなら、とっくに誰かが見つけ出しているはずだ。
それからは岩肌の亀裂や地上に露出している鉱脈など、それらしい箇所を勘を頼りに掘り返している。
太古の塊を探すにあたって、ノーチラスなりに準備と対策をしてきたが、それでもノーチラスは本職の炭鉱夫ではない。狩猟区に持ち込んだ資材が尽きるまでに目的の物に辿り着けるかどうかは、一か八かの賭けだった。
今回のために調達した大容量の鞄は大活躍しているが、ほとんど使う予定のない鉱石ばかりが増え続けていた。
鉄鉱石やマカライト鉱石、大地の結晶に紅蓮石といった鉱石素材で鞄が一杯になるか、手持ちのピッケルが尽きる度にベースキャンプに戻り、準備を整えて再出発。
日の出と共に山に足を踏み入れ、日が暮れる直前まで岩肌を堀り続ける。
暑さ対策にクーラードリンクを飲んでいても、砂漠とは格の違う火山の熱波を防ぐには十分ではない。文字通り身が焦げるような苦しみからは解放されるが、鎧の下では変わらずに凄まじい汗が吹き出していた。
それでも防具を着ている方が僅かに涼しく感じられるのは、鎧に備わる〈鋼殻の恩恵〉の影響だろうか。しかし、スキルLv.3では熱に対しての効果は発現しない筈なのだが。
(採取向けの装備でも着てくるべきだったか……いや、別の装備で
他所ごとを考えて、気もそぞろになっていたからだろう。おかしな角度で岩肌を叩いてしまい最後のピッケルが破損したのを見届けると、ノーチラスは荷物をまとめ始めた。
地面に転がしたままにしていた鉱石を拾い集め、折れたピッケルの穂先も忘れずに回収する。壊れていても
一度の依頼で多額の報酬を得るハンター達にとっては二束三文の
ノーチラスは鉱石でずっしりと重くなった鞄を背負い、ベースキャンプへと続く岩だらけの道を歩いていた。
鞄の中で折れたピッケルの穂先がぶつかり合う音を聞きながら、火山の熱風に耐えつつ一歩一歩進む。太陽と溶岩のそれが混じり、赤みを帯びた光が岩肌を照らしている。
空気が歪んで見えるほどの熱波と採掘作業の疲れが体を蝕み、鎧の下で肌を伝う汗の流れを感じられるほどだった。
いつの間にか
「っ!?」
ノーチラスは思わず足を止め、振り返った。遠くの火山の稜線から、地面を震わせるような爆発音が轟き、それから赤い火花が一瞬空を照らすのが見えた。
咆哮の正体は分からない。中型以下のモンスターしか相手にしないノーチラスには、聞いただけで身が
ただ、その音が尋常ならざる脅威を孕んでいることは、本能が教えてくれる。
幸いなことに、近場ではない。
鞄の重さに肩が軋むが、ベースキャンプまではまだ二時間ほどかかる。鉱石を満載にしたまま急ぐのは難しいが、それでも、遠くの異変に気を取られながら、ノーチラスは歩みを速めた。
熱風が頬を叩き、クーラードリンクの効果も薄れつつある中で、頭の中ではあの音が何だったのかを考え続けていた。
ベースキャンプに着いた頃には、太陽はまだ空にあり、火山の熱気をさらに強く感じさせる明るさが残っていた。
あと一度は採掘に行けるだろうか。
ノーチラスは鉱石を下ろし、汗と埃にまみれた顔を拭う。鎧は一度外してしまえば、もう一度着る気力が湧かない気がしたので脱がなかった。
ほとんど休息を取る間もなく、ピッケルを補充し、再び採掘場へ向かう準備を始める。
そしてベースキャンプを出る前に、再び遠くから咆哮が聞こえてきた。今度はさっきよりも近く、風向きのせいか音がはっきりと耳に届いた。
(近づいてきてる?)
その瞬間、ノーチラスの脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。
エルメリア──火山の麓の村まで一緒に竜車に乗ってきた若い、というかノーチラスの感覚ではまだ幼いとさえ言える年齢のハンターである。エルメリアのパーティは〈鎧竜〉グラビモスの狩猟が目的だと言っていた筈だ。
あの咆哮が、もしやそのグラビモスのものだとしたら。
一度そんな考えが頭を
ミナガルデの受付嬢であるベッキーから、飛竜との戦いは、早ければ一時間も掛からずに終わると聞いたことがある。
だが、ベースキャンプを
ノーチラスのいる区域とエルメリア達が赴いている場所は、隣接してはいるが厳密には別の狩猟区である。
複数のパーティが同じ地域で狩りをすることで生じる可能性のあるトラブルを事前に避けるために、依頼の成否は
救援依頼や消息を
罰金かハンターランクの降格で済めばいいが、実際にはどんな罰則が適用されるのか、ノーチラスは知らなかった。
エルメリアはまだ十二歳だと言っていた。本人は自分が子供であるとは思っていないし、ここまで出会った皆もエルメリアを子供ではなく、一人のハンターとして扱っていた。
一年と少しこの業界に身を置いてノーチラスも理解しているが、ハンターは実力が全てだ。無論、素行に問題がある者もいるが、他者に害を及ぼさないのであれば見逃される場合が殆どである。
それに、エルメリアにはガノン・ドノンという、腕利きで名の知られた仲間がいる。ミナガルデでランス使いとしてやっていくに当たって、絶対に知っておくべき名前であると、かつての隣室の友人が教えてくれたのだ。
戦いが長引いているとしても、エルメリア達の仕事にノーチラスが関わるべきではない。
しかし、そうだと分かっていても、ノーチラスは進路を変えた。
ノーチラスの中では庇護されるべき子供、まだ小学生の年齢であるエルメリアのことが、どうしても頭から離れなかったのだ。
心がざわついて、集中出来ないままでいるのはノーチラスにとっても危険だった──と言うのは、苦しい言い訳だろうか。
なに、遠回りにはなるが、問題ないことが確認できれば引き返せば良いのだ。
支給された地図のエリアを抜けてしばらく進むと、岩の丘とでも言うべき壁に行き当たった。恐らくはこれを狩猟区の境目としているのだろう。
ノーチラスは登れそうな場所をさがすと双眼鏡を取り出し、上に登って遠くを見やる。どうやら、本当に近場で戦いが行われていたようだ。双眼鏡で見える範囲にグラビモスの姿はあった。
レンズの先には、ノーチラスが初めて目にする飛竜狩りの戦場が広がっていた。
巨岩の如きグラビモスがその巨体に見合わない機敏さで暴れ回り、その周囲では小さい人影が走り回っている。
こんな戦場にあってもよく目立つ金髪を
パーティでの狩りは連携が重要らしいことぐらいは、徒党を組んでいないノーチラスでも知っていた。
しかし、ガノンが手にしている鉄槍が妙に短いことに気が付いたとき、ノーチラスは自分の甘さに反吐が出るような気分になった。
意識して双眼鏡を動かして見れば、無残に砕けている大剣〈アギト〉の残骸と、原形が分からない赤色の何かがすぐに見つかった。
……ハンターズギルドに登録したあの日から経験を積み、
それは自身の異常性が露見するリスクを減らすためでもあったが、それ以上に、平穏な世界で生まれ育った自分とは全く異なる常識と感性に生きる彼らの中で、どうしようもない異物感を拭い去れずにいたからだった。
ハンターよりも市場の商人たちとの方が親しい程度には、ギルドの中に居場所を作れずに暮らしてきた。
それ故、死が身近なこの世界に来てから今日に至るまで、身近な人の死というものを、一度も経験していなかった。
誰かが殉職したという話を耳にしたり、小さな箱に納められたハンターが故郷へ向かう竜車へ積み込まれる光景を見たことがない訳ではない。
ただ、それを見て自らを
だって、彼らはどこまでも他人であり、ノーチラスにとっては知人ですらなかったから。
───ジォ・ワンドレオでエルメリア達と出会ったとき、自然な会話が出来ていただろうか。
誰かに怒りを向けられるのも、弁明のために慌てたのも、何もかもが久しぶりだった。
出発して早々にハプルボッカに襲われたときは、生きた心地がしなかった。
運良く奴の標的にノーチラスの馬車が含まれていても、エルメリアから距離を取ろうとして竜車の入口側に座っていなければ、〈
エルメリア達が
けれど、あれがあったお陰で、エルメリアとの会話が生まれた。もし何も起きていなければ、ン・ガンカに到着するまで、ノーチラスは最低限しか口を開くことをしなかっただろう。
あの一瞬、誰よりも早く動くことができたノーチラスの姿が偶然の生んだ
人を見る目が成熟し切っていない、エルメリアの勘違いが切っ掛けだったとしても、エルメリアがノーチラスを見直して話しかけてくれたから、ノーチラスも言葉を返せたのだ。
エルメリアは少しばかり気の短いところがあるし、口もあまり良くないが、行動が真っ直ぐな良い子だ。
ガノンは顔も怖いし握手も交わしてくれないし、会話もほとんど相槌を打つばかりで正直苦手だが、エルメリアが幼い頃からずっと一緒にいるらしい。
大剣使いの二人組も、竜車が違ったのであまり会話をする機会はなかったが、ノーチラスが作った甘じょっぱいソースを絡めたこんがり肉を毎晩、美味い美味いと喜んで食べてくれた。
ン・ガンカのギルドでの晩餐に誘ってくれたのも彼らだった。それなのに別れ際、自分は彼らの顔をちゃんと見ていただろうか。
依頼が終われば、またミナガルデで会えるのだと思って、軽い気持ちで別れを済ませたんじゃなかっただろうか。
一人で夕食をとっていた自分を、同じテーブルに誘ってくれたことへの感謝も伝えずに。
凍ったかのように動かず、記憶の回想にとらわれていたノーチラスだったが、それはほんの一瞬、息を吸う間ほどの時間だった。
遠くで響いた甲高い打撃音──エルメリアのハンマーがグラビモスの硬い装甲に叩きつけられる音が、ノーチラスの意識を現実に引き戻した。
双眼鏡を握る手が震え、レンズ越しに見える光景がようやくノーチラスの頭に届く。エルメリアの金髪が汗と埃にまみれて乱れ、彼女の小さな体躯がグラビモスの巨体に立ち向かっている。隣ではガノンが折れた槍を手に懸命に動きを牽制しているが、その動きは明らかに疲弊していた。
大剣使いの二人──あの気さくで豪快な笑い声を響かせていた彼らの姿は、もうどこにもない。〈アギト〉の残骸と、赤い何か。ノーチラスの中で現実が冷たく結びつき、胸の奥が締め付けられるように疼いた。
友人と呼べるほど親しくはなかったかもしれない。けれど、肉焼き用の携帯
別れ際に軽く手を振ったあの瞬間が最後になるなんて、思っていなかった。
エルメリアの叫び声が風に乗って届いたその時、ノーチラスは腰のアイテムポーチに目をやった。
閃光玉。戦いに加わることはできなくとも、モンスターの動きを止める時間くらいは稼げるかもしれない。
一瞬、大型の飛竜種と戦ったことのない自分では足手まといになるのではないかと躊躇したが、胸を締めつける痛みで、震える手を握り潰した。
双眼鏡をしまい、ノーチラスは岩の丘を駆け下りた。ガチャガチャと音を立てるピッケルの束を放り捨て、高低差の激しい地形を息を切らしながら進んだ。
溶岩が流れる岩場を飛び越え、熱風に耐えながら、ようやくエルメリアたちが戦うエリアにたどり着いた時、状況は既に危機的だった。
口に紫煙を揺らすグラビモスが、エルメリアの背後でその上体を反らしている。かつて両手に握った
慌ててポーチから閃光玉を取り出そうとした、その瞬間──グラビモスが口を開き、灼熱の熱線が放たれた。
エルメリア達はガノンの大楯に隠れてどうにか耐えていたが、盾は徐々に融解し始めていた。ノーチラスの目にも、それが長く持たないことは明らかだった。
反射的に
浅い弧を描くように飛んだ槍はグラビモスの肩辺りに突き刺さり、グラビモスは悲鳴と共に体を暴れさせる。
そして槍が抜け落ちたのを見るや、ノーチラスは全力で駆け出した。決して失ってはならない、命脈に等しい武器だ。もし失えば、これを越える武器は絶対に手に入れることは出来ない。
ノーチラスは自分が何処へ向かい、何をしようとしているのかさえ深く考えることなく、大槍を───〈刻銀の襲槍〉を拾い上げ、グラビモスの前に立ち塞がった。
頭の中でアドレナリンが吹き出し、心臓の拍動が耳元で響く。恐怖と覚悟が交錯する中、ノーチラスは無我夢中でグラビモスに向かって槍を突き出した。
◆※◇※◆※◇※◆
(そんな目で見るんじゃねぇ!)
ガノンの目覚めを待つエルメリアを横目に、ノーチラスは心の内で悪態をついていた。
半分パニックになりかけながら、攻撃が迫れば守る、守っては刺すの基本を必死に繰り返した末にグラビモスを撃退したノーチラスは、先程からチラチラと怪訝な視線を向けてくるエルメリアに静かに憤慨しながら、毒テングタケを頬張っていた。
ノーチラスが手のひら程の大きさがあるアオキノコを既に十個も腹に収め、続けて毒テングタケまで食べているのは、全てガノンとエルメリアのためだ。
ノーチラス自身がグラビモスとの戦いで負った極僅かな傷は、鎧に宿る恩恵によって既に癒えていた。
本来ならそのまま食すことは推奨されない多様な茸や毒茸から、有用な効果を引き出せるようになる〈キノコ大好き〉(*または〝茸食〟とも。)。
薬等を摂取することで得られる有用な効果を、周囲の他者にも波及させられるようになる〈広域化〉。
ノーチラスの武器防具に宿る大量のスキルに、上述の二つが含まれていたのは幸運だった。
ノーチラスの身の上を明かすことが出来ない為に、事情を知らないエルメリアが不審に思うのは当然であるが、だとしても、命を張って助け出した相手から向けられる不審者を警戒するような視線に、ノーチラスが不満を覚えるのは仕方のないことだろう。
エルメリアにも失礼な行為だという自覚はあるのだろう。回復薬を分けてもらった手前、
相変わらず、感情が素直に
毒テングタケを飲み込むと、ノーチラスは立ち上がった。
未だにガノンが目を覚まさないので、エルメリアに気楽に話しかけられるような雰囲気ではなく、何もせずに待っているだけの時間が少々辛かったのだ。
「あの、あそこに落ちている尻尾や甲殻は、エルメリアさん達がやったのですか?」
「え? あ、えぇ。そうだけど」
「ガノンさんが目覚める前に、回収してしまいましょう。あぁ、私がやるのでエルメリアさんはガノンさんを見ていてあげて下さい」
「……ありがとう」
無言で頷きを返し、ノーチラスは散らばるグラビモスの素材を拾い集め始めた。〈鎧竜〉の異名が付くだけあって分厚く、重い。見つかる範囲の甲殻を素材回収用の袋に入れてから、残る大物に取り掛かった。
───凄まじい大きさだ。
ギルドへ納品される飛竜の尻尾は何度か見たことがあるが、初めて見るグラビモスの尻尾は、それらとは比べ物にならなかった。
最も近い〈角竜〉ディアブロスの尻尾でさえ、グラビモスの尾の半分にも満たないだろう。
一般的な身長の……否、この世界では身長がやや低い部類に入るノーチラスの一・五倍ほどの高さがあるだろうか。巨石に棘が生えているようなそれに触れると、まだ仄かに熱を帯びていた。
時に溶岩にさえ潜るグラビモス。断熱性の高い甲殻に阻まれた熱が、未だに殻の下の肉に残ったままなのだ。血の流出は止まっており、切り離されてからどれ程の時間が経過しているか分からないが、周囲の環境を考慮してもなお信じ難い現象だった。
どうやってこの尻尾を切り落としたのか、ノーチラスには見当もつかなかった。
一筋の傷もない万全のグラビモスに挑むときの気持ちとは、どんなものなのだろう。この尻尾を切断したであろう彼らは、どんな思いで戦っていたのだろう。
そう思い、彼らと共に戦っていた筈のエルメリアを見ると、丁度ガノンが目を覚ましたようだ。どうやら、悠長に観察して、物思いに沈んでいる訳にもいかないらしい。
並の飛竜の尻尾ならば袋詰めして丸ごと持ち帰る所だが、これを持ち帰るのは不可能だろう。専用の竜車でも用意しなければ、とても人間に運べる大きさではない。
ノーチラスはポーチからハンターノートを取り出して、グラビモスの尻尾の剥ぎ取り方を調べると、ノートを片手に指南に従って剥ぎ取りを始めたのだった。
マルチプレイでは乙らないことが一番大事だと思ってます。